最新インタビュー
繁本
第232回
2019年10月15日 放送
自民党 繁本 護 衆議院議員

姫路に生まれ土木工学を学び、運輸省に入省。

北海道に転勤となり当時の伊東良孝釧路市長と仕事をするようになったことがきっかけで立法府・政治の道へ。

自民党公募から「京都2区」での選挙戦。相手候補は元野党党首の前原誠司さん!

自民としては大変な地域での選挙戦、繁本議員のような方でないととても応戦できないでしょう。

とにかく前向き。政策の話も理路整然とわかりやすくかつ楽しい話ぶり。

キャリア官僚という経歴から、さぞや堅い家に生まれ育ったのでは?

お父様はペンキ屋さん、お兄さんも弟さんも「やんちゃ」だったそうです。

京都二区、繁本護議員に注目です。

 

(動画より文字おこし)

 

自民党(京都2区)  1期目 2019年 9月 18日 収録時点

[今日はありがとうございます。スーツがすごく鮮やかな青ですね!] ― ありがとうございます。青がイメージカラーなので、わかりやすい青で。[小泉進二郎さんに似ていますね] ― たまに言われます。[全体的には違う雰囲気なんですが] ― 並べてみたら、全然違う顔なんですけどね。[みなさん、似ていますよね。正面から見ると] ― (笑) 小泉大臣に怒られちゃいますからね。[今日は奥様もいらっしゃって下さって] ― そうなんです。[びっくりしました。秘書様かと思ったら] ― 事務所でも手伝ってくれているんで。[何よりですよね。間違いがないですよね] ― はい、間違いないです。[いろいろ怒られているんじゃないんですか?] ― いや、そうですね、議員であるかないか関係なくね、一番近いので。[先生と言うと、みなさん、注意できないことがあるみたいですが、それがご主人だと本当のことが言えますからね] ― 有難い存在ですね。

●「幸せ度数年表」(クリックで拡大)

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[これを見れば繁本議員の半生がわかるということで。今、書いて頂いたんですが、達筆ですね!] ― 取りあえず、筆書きで。[筆で書いて頂いたんですね!筆で書かれた方は初めてです。ウキペディアなんかでも、総理大臣経験者の書いた字がそのまま出てますからね] ― 生まれは兵庫県の姫路なんです。[そして今、選挙区は京都2区で。比例で当選されてバッチを付けてらっしゃるということで。みなさん、京都2区といえば、この番組にも出て下さった前原さんの選挙区なんですね] ― え!出られたのですか?[前原誠司さん、京都2区はすごい選挙区ですよね] ― そうなんです!誰も出たがらないんです。京都の人も出たがらないんです。だから姫路生まれの僕が出ることになったんです。[たとえば、中曽根康弘のような超重鎮の方の相手候補に出るのも嫌なんですけれど、近い将来にその方は引退されるので。ずっとやっていたらその座を奪うことが出来るんですけど、前原さん、若手じゃないですか] ― お互いに若いんですよ![ですよね。だから、有権者としてもどっち入れてもいいけど、どっちにしようということで厳しいんですよね。自民党の公募に受かって京都2区に出られたんですけれど、なんで京都2区だったのですか?] ― それが、相手が強すぎて、誰も出る勇気がない。最後から2番目に決まった候補者だったんです。自民党が小選挙区に候補を立てて行かねばいけない中で、候補者を選ぶのに自民党本部はすごく苦労されたんです。地元の京都府連もすごく苦労されて。[いばらの道を自ら進んだということですよね] ― そうですね。[選挙戦を振り返ってどうでしたか?] ― 僕は初陣でしたからね。相手はすごく強い人だし、野党第一党の代表でしたからね、途中まで。前原さんが野党第一党の党首になるかわからない時に、僕はコツコツ歩き始めたんです。[選挙までどれぐらいあったのですか?] ― 結局、8ヶ月しかなかったです。[大変な8ヶ月だったでしょうね] ― お友達、ゼロ。お金もゼロ。地盤、看板、カバン、何にもない状態でした。[そういう選挙戦を戦ってきたということですね。ちょっと戻りますね。姫路生まれということで、神戸大学に進学されて、22歳の時に阪神淡路大震災だったんですね] ― 神戸大学で土木工学を勉強しているんです。土木を勉強して街づくりを、橋をかけたり高速を作ったり、道路を作ったり、それを勉強している総仕上げの卒論を書いているところにあの地震がきて、高速が倒れたり、港の岸壁が崩れたり。[そして、運輸省に入省される] ― 土木を勉強したからインフラを作る役所に入りました。[青いスーツを着ている方は霞が関にはいませんよね] ― (笑) いないですね。運輸省に勤めていたら、この服を着る必要がないです。(笑) 目立つ必要がないから。(笑)[必要に応じてこのスーツを着られているということで。この辺で奥様と知り合われて。(運輸省時代を指して)] ― そう、このあたりですね。[そして運輸省からアメリカに留学されて] ― ずっと海外を飛び回って、貧しい国のインフラ整備、ODAとか担当してずっとやっていたんです。それで留学させてもらって、経済とか経営とか、MBAを取りにいって文系のマネージメントを勉強して。[本当に前向きですね!] ― 足りないものは何なのか、それを補うために留学をさせてもらって。[そういう方というのは、悩んだり、後ろを振り返ったり、引きこもったりすることはないですね] ― まったく無いです。前しか見ないです。[今もそうですか?] ― 今もそうです。[この強さというのを自民党が、前原さんの所に送り出しても、大丈夫だ!こいつならやれるぞ!みたな感じですね。自民党の人選というのは半端じゃないと思いますからね。適材適所、ピッタリくるんですよね。それに合致したということですね] ― そうですね。[そして霞が関構造改革ということで] ― 私は運輸省に入って、国土交通省というところに省庁再編でなるんですけど。霞が関、村全体が国のために国民のためにもっと質の高い政策を展開できるような構造改革が必要だろうということで。当時の総理は小泉純一郎さんだったんです。幹事長が武部勉さん。実名を出しながら本を出版したりテレビに出たり、ラジオにでたり、日経新聞の経済面に記事を書いたりして、霞が関のあるべき姿を訴えたのが30代。[この頃から、霞が関には出るだろうなと囁かれていたんじゃないんですか?] ― いや、それはないですね。僕は全然、役所を辞めるつもりはなかったんで。[あくまでも若手の一員として情報発信していこうと] ― そうです。中から改革していかないとだめだなあと。[提言した政策というのはあるんですか?] ― あります。今、内閣人事局ありますよね、あれがひとつ。国家戦略を作る組織が必要だとうこともひとつ。そしてもうひとつが、今風に言うと働き方改革。僕も入省していきなり、同期が自殺しましたからね。そういうところは改善しようと言うのは全部実現していますからね。[そうは言っても、一番中枢にいる方ですから、働き方改革と言ってもこの時間で終わるわけないなというのは一番わかりますよね] ― 役所が一番遅れていますけど、昔に比べればだいぶん、ましになっています。[どういう風に一番ブレーンに方が居る中で、必ず10時間かかるところをマックス8時間やるという風に変えていったのですか、変えることが出来たのですか?] ― 仕事を効率化するのではなくて、無駄な国会待機とか、無駄なタクシー券の使用とか。そういう地道なところですよね。国会側にも協力してもらわないと、霞が関の働き方改革は実現しないから。僕は国会議員になってから、質問通告する時は必ず二日前に出しますよ。[みなさんはもっと短いですか?] ― みんな、ぎりぎりですよ。質問出した、答弁取りに来る、先生との打合せの中で答弁案を作る、局長まで上げる。最後、大臣まで上げる。というのは時間がかかるでしょ。そんな短い時間で出来るわけがないんです。いい答弁が来るわけがないんです.

僕は早い時だったら、2か月前に質問を出していますから。こういう問題が来て、こういう質問をするからいい政策を返してね。[だいたい役所から返ってくるものはわかるんじゃないんですか?] ― いやいや、そこはもう政策に応じてケースバイケースですよ。[スパンが長い、前に出すと答えって変わります?] ― それがね、一回、二ヶ月前に出したことがあるんですけど、なかなか答弁案が返ってこない。どうしたんだと聞いたら、早すぎてもだめね。[(笑) どれぐらいが、いいんでしょうか] ― 一週間、二週間がいいかもね。僕の場合、国会が始まったら所属委員会に出て来る法案を全部バーッと見て、自分の関心の高い所をから見て選んで。そこからまずレクを受けて、自分の問題意識をぶつけてみて、どうかで選んで、質問を決めて。国会が始まったら、臨時国会なら会期始め、通常国会なら1月、やっちゃうんです。あらかじめ、こういうことを考えているからねということを国会の始めに言っちゃうんですね。そうしたら霞が関、ずいぶん助かりますよね。[考えていることがわかりますよね。この先生の注目点は今回、ここなんだと。一番知りたいことですよね] ― そう、その間に自分の本当にやりたい仕事を一般質問で挟んでいきますから。地元に関係のあることを挟んでいきますから。大切な質問権を大事に使わなければいけないと思って。[みなさん、繁本議員の昔の学生時代の勉強の仕方がわかるような感じですね] ― 勉強はしなかった。(笑) いつもギリギリでした。(笑) [でも、理路整然としていいですね、わかりやすいですね] ― ここで長いこと働いていたから(「幸せ度数年表」運輸省勤務を指して)国会議員の秘書を6年やっていたんで、立法府がどう動いていくのか、霞が関がどう動くかわかった上で今があるから。上手にね、立法府の資源と霞が関の資源を使えますよね。[ちょっと戻ってしまいますが、北海道ではどこに勤務されていたのですか?] ― 釧路、根室、いわゆる北方領土隣接地域ですね。そこで港を作る仕事をしていたんです。元々あった港です。100年以上歴史のある港ですけど。[そこをきれいしていくとか安全にしていくとか?] ― 機能を高めていく。[そこで運命の出会いですね。伊東良孝農林水産副大臣と出会ったということですね] ― 伊東良孝先生は僕が転勤先として頂いた釧路の市長さんだったんです。すごくいい市長さんで、僕も国交省の出先の事務所長として、港町作りを伊東先生とやっていたんです。そうしたら伊東先生からすごく気に入られてしまって、国の出先機関の事務所長から釧路市役所の港湾部長として、横滑りで出向させてもらったんです。伊東市長と繁本港湾部長として仕事をしていたんです。伊東先生が自民党が政権を失ってしまった選挙に出ることになって、市長を辞めるんです。僕は部長として残るんですけれど、伊東先生が見事、初当選したんです。新人で、自民党が下野した時に。[2009年によく当選されましたね!] ― あの時に新人で国会議員になったのは自民党で4人しかいなかった。小泉進二郎大臣、今回、伊東良孝さんは農林水産副大臣、斉藤健、橘慶一郎の4人しかいないんですよ。[その中のお一人が伊東良孝さん] ― 伊東先生と相思相愛で一緒になって北海道のために頑張ろうという思いで、国交省を辞めて伊東先生の部屋に弟子入りするんです。[これはもう、国会議員を目指してですね] ― この時はさすがにそういうことも視野にいれて。[そうでないとご家族の同意は取れないですよね] ― ご家族の同意はどこでも取れないんです。[今もコンセンサス不充分ということですね] ― 取れないです。(会場から笑い)政治の世界は一番、家族を説得するのが難しいんです。[ここに来た方、90パーセント以上の方がおっしゃっていますね] ― そう。一回生、二回生と選挙に出るたんびにご了解戴かないと。大変です。[この時も家族の反対を押し切ってということですね。(伊東議員の秘書時代を指して)] ― この時はまあ言ってみれば、伊東先生と言う大きな船に乗っているわけだから、まあまあ、あんた好きなことをやんなさいとやりたいことをやらせてもらったと。ここが大変でした。(衆議院立候補の時を指して)[でももうそれは、織り込み済みですものね。遠くない将来に] ― それはわからないことなんですよ。秘書になったからと言って政治の世界で必ず立候補できるかというと、そんなに人生は甘くないんです。甘くない、甘くない。[そうですけどね、霞が関出身ですよ] ― 僕は秘書生活6年やってますけど、高い志を持ちながらずっと選挙に出るチャンスが無くて、この世界で秘書さんとしてご活躍の方もたくさんいるし。逆に言うと、え!何でこんな人が?選挙にいきなり出て、何で受かってんの?そういう人、僕じゃないですよ。そうおっしゃる人、結構多いでしょ。伊東先生が僕に言ったのは「この世界に入ってくるんだったら、51対49の理屈があって、どんなに頑張っても、49の努力を上回る51の運がないと、絶対にこの世界では始まらない」と。だから伊東先生に弟子入りした時に「必ず立候補できると思ったら、大間違いだよ。どんなに頑張ってもチャンスが無いことも有り得るんだ」ということは本当におっしゃっていて、僕もそうだと思う。[すごく深い言葉をおっしゃって下さいましたね] ― みんなそうやって潜り抜けて、いろんな運をつかんで立法府に集まってきているんです。[だから永田町っていろんな気があるんですよね。いい気もあるし、悪い気もある] ― この番組も、僕が232人目でしょ。232人の経歴があって、いろんな運命の扉があるんですよ。本当に、それが一言では語れない。[こんな繁本議員はどんなお家に生まれたんですか?また戻ってしまうんですが] ― 姫路でね、私を育ててくれたのはペンキ屋さん。[ペンキ屋さんなんですか、お父様が塗られるんですか?] ― そうよ、刷毛一本よ。[だから筆字がきれいなんですね] ― 筆じゃないよ、刷毛だよ!軽トラにコンプレッサーと塗料と刷毛と足場を積んで、朝、かあちゃん作った弁当積んで、行ってきまーすと行って、夕方日が暮れたら帰って来る。[それは選挙にいいですね、親しみが湧きますね] ― 本当にそうなのよ、ペンキ屋なのよ。中学校しか出てないから、親父は。[勉強しろと言われたことはあるんですか?] ― 全然ない。勉強してないんだもん、本人は。[神童なんですね、学校に行って、パッと見たらわかるんでしょ] ― いやいや、そんなことない、そんなことない。普通の子でしたもん。[ご兄妹はいらっしゃるんですか?] ― 兄貴と弟がいるけれども、兄貴は高校しか出ていないし、弟は高校に入ったけれど、途中で辞めたからね。[親しみ持てますね!] ― 弟は高校生の時に電車の中で喧嘩して、それで退学よ。兄貴は昔、野球で強かった豊田姫路高校の応援団長だから。こうだから。(前髪が膨らんでいるしぐさ)[本当ですか!(笑)] ― 応援団長の兄貴だよ。だから雑草から生えてきた国会議員なんだ。[経歴がおもしろいですね]― これは真面目な話よ。(笑)[これは有権者の人が聞いたら、そいう裏の顔があるんですか、なりますね] ― 裏じゃないよ、俺、別に恥ずかしくないよ。表の顔だから、表しかないよ。[ガチガチのエリートかとずっと思っていました] ― 違う、違う![ご兄弟を見てどう思ったんですか?] ― 勉強はしないですよね、[一緒に遊ぶんですか?]― 三つ上の兄貴とひとつ下の弟だけど、それなりに遊んでましたけどね。[アウトドアだったんですね] ― アウトドアじゃない、二人ともバイクよ。(バイクのサドルを握るしぐさ)[本当ですか?] ― (笑)そうよ。[繁本議員は乗らなかったんですか?] ― 俺はバイクは苦手だったね。今も車の運転はあまり好きじゃないです。[聞いてみないとわからないものですね!] ― ペンキ屋のお父ちゃんとお母ちゃん、家が貧乏だったのよ。だから私立の大学は受けさせてもらえんかったのよ。[それで公立に行かれて] ― 国立しかだめだったのよ。国立しかだめで、落ちたらどうすんだと言ったら、働けって言われたんだから。予備校はと言ったら、ダメといわれた。一発だったんです。家から通える所にしなさいと言われて。そうしたら、神戸か大阪か京都大学しかないわけよ。何とか神戸にひっかかった。[今、バッチを付けた議員を見てご家族は] ― 父も母も今年亡くなったんです。70歳の母ちゃんと、72歳の父ちゃん、結婚50周年、今年の1月で。それぞれ、2月5月に亡くなってね。この時にはすごく心配をかけたから、(「幸せ度数年表」立候補決意を指して)議員バッチを付けた状態でお見送りが出来たのは良かったなと思う。今頃、あの雲の上から見てるよ。(窓の外の空を指さして)[喜ばれていますよね。選挙の時は興奮されていましたか?] ― いやー、心配ばかりしていましたね。[バイクに乗っても心配しないけどね、バッチ付けたら心配されたんでしょうね] ― バイクに乗った、兄貴も弟も心配してたわ。それも別な意味で心配だけどね。親は子を心配するもんですよね。

 

●最近の政治トピックス

 

最近のいうことなので、この放送は10月23日ですよね。その頃には落ち着いているかもしれないけれど、収録している今日は9月18日でしょ。まだ千葉県で大規模停電が起きているでしょ。この中に千葉の方はいらっしゃいますか?停電をくらった人はいますか?いないですね、良かった。今やっているのは台風対策です。去年、京都で9月4日に台風21号が来たんです。あんまり全校的に放送されていないんですけど、それはそれはものすごい風の力で。僕の選挙区、都市部のように思うんだけど実は、山間部も抱えているんですね。木がバキバキになぎ倒されて、なぎ倒されてた木が道路をふさぐは鉄道はふさぐは。千葉で起きているように電線は切るは。電柱はバキバキ倒すは。そして光ファイバーも無茶苦茶にしちゃった。千葉の停電が今で二週間ぐらい続いているんですか。京都は一ヶ月以上道路が寸断され、電気の復旧も遅れたんですよ。何でこんな事が起きるのなと考えてね。今やっているのは、そもそもがね、日本が戦争に負けて復興期に入って林業を盛んにするために木をいっぱい植えたでしょ。かつては植えたら高値で売れたんですよ。立米(1㎥)2万円の値段が付いたり。今、全然、木の値段が上がらないから。立米も4千円とか、価格がどんどん下がっているから、当時に植えて今、切り時の木が全然、使われていないんですよ。しかも当時、植えたら儲かると思っていたから、みんな道路の際まで植えて。鉄道があっても際まで植えている。それが今、切れないでずっとあるわけよね。台風が来たら間伐していないから、木が生い茂って風のエネルギーを山が上手に逃がすことができないわけ。風のエネルギーを森全体で受けちゃうわけ。そうしたら、バーッと倒れるでしょ。それで電気がなかなか復旧出来ない。千葉で起きていることと、去年、京都で起きたことは同じなの。[構造上の問題なんですね] ― 地球温暖化で台風がどんどん大きくなるでしょ。台風は北海道には届かないと言っていたのが、届くようになったでしょ。海水温がどんどん上がっているから、台風の被害が激甚化しているわけ。さあ、これをどうしましょうか、という話をしています。[今まさに、そのお話合いをされているということですね] ― 来年度の予算要求、今は仕込みの段階。仕込みの段階において、ライフラインの沿線に植えられている木というのを予防的に伐採しよう。予防伐採するのもお金がかかるから、そこに林野庁の補助を入れましょう。ただ何でもかんでも、それは出来ないから、そのためのルール作りをやろうと。そのために地域でも話し合ってもらおうと。鉄道会社、管理会社、山主さん、森林組合、そこで生活している人が協定を結んで。ここは危ないから優先的に木を切ろうね、お金は誰が負担しようを含めて、みんなで協定を結んでもらって。それを認めた所に林野庁がお金を付けて予防伐採をしていく。そして切った木は売って活用していく。という新しい仕組みを今年の通常国会に提案する。それがようやく、来年度の予算要求に乗っかって、千葉でも間に合っていれば使えたんだけど、今の今ではね。全国にこれが必要な山村地域がいっぱいあります。だから、京都以外に山村地域で必要だと思っていたら、今回、千葉でしょ。もうひとつ、実はね、民主党政権の時に道路予算をすごく下げた。公共事業の予算を削って、削ったお金で農業者個別所得補償制度とか、あるいは子供手当とか、バーッと撒こうとしたわけ。その時に道路の維持管理予算を一律2割カットした。北海道にいたでしょ、除雪も維持管理。だから除雪費を削られたら、命の問題。[その2割カットは場所ごとではなかったのですか?] ― 全部一律、2割カットした。これは雪国の問題かと思ったら、そうじゃない。維持管理の予算は街路樹を剪定するための予算でもあるわけ。これを削ると同じ事が起きる。木がボサボサになるから風が当たる。[風に当たる面積が大きくなるわけですね] ― それで木がバタバタ倒れる。これが千葉で起きていること。だから、本当に必要な予算を削ったら、必ず自然のしっぺ返しが来て、みんなが困る。これが千葉で起きたこと。[今、来ているんですね!] ― これが最近の政治トピックス!これをどうしましょうか。京都に素晴らしい技術があるんです。京都の庭師、職人さんは全国に先駆けて、街路樹剪定士という制度を作ったんです。ボサボサになった木のフォルムをきれいに残しながら、間を剝いていくわけです。風通しを良くするわけ。[風通しが良くるから、圧力がかからないんですね] ― こういう風圧軽減型景観剪定というというのがあるわけ。国会まわりの銀杏の木と京都の銀杏の木、これから秋になって黄色くなるでしょ。全然、違うから。こっちはスカスカよ、ただ切るだけだから。切れば風の力が安定するから倒れない。京都は景観を残す、だから風合いが残るわけ。これが京都の庭師の腕。職人の技は俺の心に響くのよ!ペンキ屋のせがれだから。だから、職人の業ってすごく大事なの。もうひとつ余計なことを言っておくと、国土交通省の道路予算を2割カットした時の大臣、何人かいるんだけれども、その内の一人が、おれの対抗馬よ![(笑)このことをきっと、街頭演説で千回ぐらい話してますね!] ― 俺はね、絶対に相手の悪口は絶対に言わないの。でも、政策として間違っていることが言わなければ。[こういう明るい喧嘩っていいですね、思っていることだから言うんだ!という] ― 国土交通省出身なので、国土交通行政を捻じ曲げられた思いがあるわけ。だから、第一部に戻るんだけど、出ないか、と言われた時に、相手に不足はありません。俺の使命だと。全国の土木屋の願いを俺が叶える![みなさん、すごいストーリーじゃないですか!人間の縁とか怨念とか、ありますよね] ― 仏教で言う縁起やね。因果応報で原因があって結果があって。だから必ずおかしなことをすると巡り巡って、おかしなことをした人はちゃんと、巡り巡ってくる。[よく天に唾を穿くと言いますものね。深いですね、一部からちゃんとした流れがありますね、今のお話はね] ― 今、千葉でああゆうことになっているから、頑張ります。みんな、救われるから。[期待しています。安心、安全のために。木が倒れてけがをする、身近な話ですよね] ― これ都市部の問題でもあるんだよね。山だけじゃないんだよね。だから千葉で起きたことと、去年、京都で起きたことを全国に役立てていきたい。ということで、予算要求、頑張ります。

 

●今だから言えるあの日のあの出来事

 

僕は表ばっかしかなくて、裏はないんですけど。今日は銀シャリみたいな(ご自分のスーツのこと)横山やすしか、銀シャリか、繁本護かというくらい、青いスーツを着て来たんだけど。(会場から笑い)衆参ダブル選挙があるとい思っていたの。[この7月にあると思ったんですね] ― 京都は熱いんですよ。暑い選挙をどうやって、自分のイメージカラーのブルーを大事にしながら戦うかと。このスーツは選挙用に作ったんです。[なるほど!涼しいんですね。裏が空いているんですか?] ― 中はね、スカスカなんです。さっきの風圧軽減型景観剪定みたいに、(会場から笑い)風がシュー、シューと抜けるんです。風が通るの、風通しがいいの。肩パットも入れないでやわらかくしてあるの、動き回るから。[すごくいい感じです] ― 立っていいの?(繁本議員、立ち上がる)ポケットがないの。余計なものがいっさいないの。[じゃあ、内ポケットだけですか?] ― 内ポケットだけ。走り回るじゃないですか。汗をかくし、やわらかくて戦えるスーツとして作ったのね。[オーダーされたのですね] ― もちろん。そうしたら着る必要がなかった。(笑) [あると思ったんですね!] ― あると思った。[でも、途中でもうわかりましたよね] ― いやー、党首討論があったでしょ。あれを僕は自分の目で見に行って。あの時まではあると思ってた。[出る方としては臨戦態勢を取っておかないとですね] ― あの時にこのブルーのスーツで党首討論を見に行って。総理の横にばっちり映って。「繁本さん、テレビに出てたね」とみんなから言われて。たまたま目立ったんでしょうね、良く出来たスーツだから。[熱いから選挙運動は大変ですよね。なぜ色が黒いんですか?] ― 毎朝、街頭演説をやっているからです。一時間ぐらい、立っていると朝日でもジリジリ焼けますから。[それが、京都2区で出るということなんでしょうね。これだけ論破できたとしても、そういう姿が見たいと言う有権者が] ― そう、政策は政策、選挙は選挙ですからね。[前はどっちかに偏った議員さんのタイプが多かったんですけれど。有権者の方にもいろんな情報が入りますからね] ― だけどね、こうやって顔を合わせて肌感覚で、僕が何を考えているか、どんな政策をやろうとしているかということをできるだけたくさんの人に、これぐらいの人数で聞いてもらいたい。(会場の観客を見ながら)[座談会みたいな感じですものね] ― だから、座談会を無数にやっています、地元で。[京都ですから、なかなか外部の人が入れない伝統があるじゃないですか。それが大変ですよね] ― 大変よ!きちっとした国政報告会を23回やったのね。ある時なんて、おじさん一人しか来なかった。膝を突き合わせていろいろ話をした。マイクを持って、ただ今6時より集会をやります、告知をやったの。告知をやったらお母さんが赤ちゃんを連れて来てくれたの。三人を相手に、僕と仲間の府会議員と市会議員二人、4対3で政治談議。すごく盛り上がるの。[みなさん、繁本議員の話を聞いて、こんな議員がいたんだ、こんなに政策通なんだと思いますものね。やっぱり一人でも多くの人に会った方がいいですね] ― そう、会った方がいい。それで、その時々でその時々の話をするの。お母さんだったら子育てだし、医療のことから何から、演説の内容をその会場に入ってから決めるから。[昔の自民党の旧来型の議員はどこに行っても同じ話をするとか、ありましたものね] ― 同じことをしゃべっていたら、飽きちゃうの、自分が。[自分が飽きちゃうんですね。自分のためにもリフレッシュしていかなくちゃという] ― 新しい事、新しい事、その場に応じて、みんなが一番、関心を持っている事についてお話が出来なければ、やはりだめだね。[時事ネタコント、お笑いのニュース・ペーパーだってどんどん旬のネタを入れてますからね] ― 毎朝、街頭するけど、毎朝、違う事をしゃべっています。朝起きて、新聞を見たり、テレビを観たりしてこれだなと思ったことを。[それで決めると。そして今日の反応はこうだったと] ― 反応はね、だいたいみんな、話の中身を聞いていませんから。[それはそれで、いいんですね]― だけど、聞いている人は聞いているから。[ビルの中かもしれないし]― 油断していたら、後ろに気配を感じるなと思ったら、いつの間にか誰か録画してたりするから。[(笑)SNSの時代ですからね]― おはようございます!と言ってもニコリともしない。だからそこは、きちっとお話をします。[また自民党が弱い地盤ですからね]― でもね、だいぶね。市会議員が一人もいなかった行政区で市会議員を二人、誕生してもらったり。私もかなり積み上げていますから。[昔はね、革新市政と言われた地元ですからね]― でもね、どんな政治環境であってもね、真心を尽くしてね、その地域のため、僕みたいな落下傘であっても、京都のためと思ってやっていたら、必ず響くものがありますよ。街頭をやっていても、3年も経てばね、みんな声をかけてくれるの。[最初は遠巻きに見てたのがね]― 最初は手を上げて振っているじゃない、そういしたらタクシーが停まって、お客さん、どうぞと。違うから!と。(会場に笑い)何台も停まるんだから![(笑)面白いね!ネタね!]― いや、本当だよ!それが今はタクシーが停まって プップ、頑張れって、声をかけてくれる。やっぱりね、継続は力、やね。

[本当に今日は楽しかったです。語りも上手いし、頭はいいしね、こういう議員がいっぱいいるのね。特に、ピカイチですね]― いやいや、そんなことはないです。[早く、政務官、副大臣とかね]― いやー、役はいらない、票が欲しい!(会場、大爆笑)よろしくお願いします。(繁本議員、深々とお辞儀をする)[京都2区、注目です。ありがとうございました!]

 

 

 
 
 
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