うえの 賢一郎
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第65回
2013年03月06日 放送

自民党 うえの 賢一郎 衆議院議員

 

(動画より文字起こし)

自民党 衆議院(滋賀2区)  2期目 (2013年 3月 6日 収録時点)

[上野議員は京大を卒業されて、自治省に入省、今の総務省ですね。当選は何期目ですか?] ― 二期目です。4年と4カ月です。[国会議員としてこの足掛け5年の間で、印象深い出来事は何ですか?] ― 自民党の中でいろいろな調査会があるのですが、税制調査会というのがありまして。一回生議員で自民党で初めて、そのメンバーに入れて頂きまして。いろいろ勉強させて頂きました。

 

●幸せ度数年表

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第65回上野賢一郎

 

商店街の中で生まれたんですけど、家は荒物屋をやっていまして。子供の頃はお客さんがいっぱいで活気に溢れていまして、店も順調で。順調な子供時代だったと思っています。[それが今の明るさとなっているんですね。とても明るい方ですね] ― それからずっと順調だったんですけど、中学時代、半分遊びなんですけど、いじめに合いまして。なんでこんなことになるんだろうなあと、ずっと悩んでいた時期がありまして。それでちょっと下がったかなあという気がしています。[しかし、それにめげずに。この上がっているところは?] ― ここで京大に入りまして、自治省という役所に入省したんですけど。[京大に入るのに猛勉強をされたのですか?] ― いえいえ、そうではないんですけど、それなりに、はい。(笑) 田舎の高校だったんでみんな、そんなに勉強するという感じではなかったんで。役所に入って、県に出向したりとか。[どちらに行かれたのですか?] ― 佐賀県です。非常に楽しかったんですけど、なかなか仕事が出来ないということに気付きまして。一生懸命やっても上手くいかないということで、だいぶん落ち込みまして。「挫折」と幸せ度数年表に書いたんですけど。[京大を卒業したエリートの方でも、挫折ということがあるのですね] ― それから仕事にもだんだん慣れてきて、仕事が面白くなって、順調にいってまして。[佐賀県でどういう仕事をされたのですか?] ― 地方の町興しとか、あるいは地方の財政、予算を作ったり。[町興しはどういうことをやるんですか?] ― 地域の活性化に向けて地元の人と協力して、イベントを考えたりとか、いろいろな計画を立てたりとか。[どんなイベントをされたんですか?] ― 対抗イベントとか、どろんこ大会とかいろいろやりまして。それから30歳ぐらいで岩手県に行きまして、また出向なんですけど。[その時はまだ独身ですか?] ― はい、独身です。岩手県庁にいる時に今の妻と出会いまして。それが一番、盛り上がっているところです。(「幸せ度数年表」の上昇線を指さして)彼女はマスコミで。テレビ局でアナウンサーをやっていたんですけれど、県庁で出会いまして。その数年後に結婚しました。ここまでずっと上がっているんですね。そしてイギリスに行ったりもしていまして。約1年ですけど出向で。[イギリスでは何をされたのですか?] ― その時は大学で、LSEという大学ですね。[総務省からお給料を貰って、一年間大学に。いいですねえ!] ― はい。(笑) でも、大変ですよ。その場その場で苦労はありますけれども。そして、ここで役所を辞めたんです。(「幸せ度数年表」を指して)[どうしてですか?] ― いろいろ理由はあるんですけど、子供の頃から政治に関心がありまして。いつかは政治家として頑張りたいな、チャレンジしたいなという気持ちがあったんで。構造改革特区ってありましたでしょ。その特区制度を作る所にいたんです。その企画をやっていまして、縦割りなんで各役所が反対するんですよ。なかなか自由に出来ない。その時に小泉さんとか、当時、鴻池大臣だったんですけど、あの人たちが特区制度をやらなければいけないと。政治家がリーダーシップを発揮することが非常に大事だと。役所に風穴を開けることにもなるし、日本全体も変えていくことになるということを、身をもって体験しまして、子供の頃からの思いもありましたんで。思い切ってやめて選挙に出ようと。衆議院選挙に出させて頂きまして。[立候補した選挙区に大物議員とかはいなかったんですか?] ― いました。当選7回、8回の川端さん。前、総務大臣をやってた民主党の。[そこに挑戦状を叩きつけたのですね] ― はい、そうです。その方は強かったので、最初は全然相手になりませんでした。その方は強かったので、誰も手を上げないんですよ。それで僕が出られた。[それも運がいいというべきでしょうか] ― そうですね。(笑) [その時は党の公認ですか?] ― はい、自民党の公認で出ました。ここで落選を2回したんです。[続けてですか?] ― はい。当選したのは3回目の選挙です。[よく頑張りましたね、2回も落選して] ― 大変だったですけど。(笑) 初当選したのが2005年の郵政解散の時で。[自民党の天下だった時ですね] ― 追い風があって、非常にラッキーだったですね。[初当選は何歳の時ですか?] ― 40歳です。初当選してから4年間、頑張らせて頂いたんですけど、そこでもう一回落選してるんです。[魔の2回目の選挙というやつですよね] ― 2009年、落ちました。民主党政権交代の選挙で。ちょっと惜しかったんですけど、落選しまして。[悔しかったんじゃないんですか?] ― 人生、山あり谷ありというのを自覚していますんで。特に今の選挙制度だと風によってだいぶん変わりますから。今回の選挙でまた復活をさせて頂きました。[お子さんはいらっしゃるんですか?] ― 残念ながらいないですね。

 

●最近の政治トピックス

 

[自民党の公認議員でいらっしゃるので、党の政策はどういう形で伝わってくるのですか?] ― 自民党は外から見るより開かれた政党でして、毎朝8時から、部会、勉強会みたいなものがありまして。そこを通じていろんな法律を作ったり。[毎朝ですか?国会開催中だけですか?] ― 主に国会開催中が多いですけど。[土日も休みはないんですか?] ― 土日は地元に帰って、地元行事に。金曜日の夜に帰って月曜日の朝に戻って。[外交についてはどうでしょうか?] ― 中国、北朝鮮が気になるところですね。[テポドンは飛んでこないですか?] ― どうなんでしょうね、ちょっとわからないですけど。[委員会はどちらに入られていますか?] ― 環境委員会と国会対策委員会です。今、予算委員会のメンバーです。[経済はどうでしょうか。今、アベノミクスで株が上がり始めて、円が安くなって、凄い経済効果を発揮していますね。日銀総裁は今、自民党が推薦している総裁が認められますか?] ― それはもう、確実ですね。[他の野党は賛成に回りましたか?] ― 民主党さんは総裁は賛成、副総裁の岩田さんは反対らしいです。やっぱり、全員賛成だとダメらしいですね。ちょっと反対も必要みたいな。昔、福田内閣の時に日銀総裁が決まらなかったでしょう。[半年位、空白がありましたよね] ― あれをまた、同じことをやられたら、株価も為替もダメになるんで。そういう意味では、すんなり行きそうなんで、いいなあと思っていますけど。

 

●今だから言えるあの日のあの出来事

 

[今だから言える出来事はありますでしょうか?ご結婚は?] ― 大恋愛です。[ご自分でテレビの前で、大恋愛と言い切れるのは凄いです] ― 僕は離婚しようと思ったことはないのですが、奥さんは何十回もあると思います。僕が何回も落選しているでしょ、だいぶんストレスが溜まっていたと思うんです。僕もなかなかね、優しさが足りなかったかなと。

 

●政治に対する意気込み

 

ひとつは、ここ数年、政治があっちに行ったり、こっちに行ったりであかんでしょ。しばらくは安定して自民党、公明党の政権で仕事をさせて頂いて。その結果は総選挙で判断してもらえればいいんですけど。ねじれとかあるとまた、あきませんので、安定した政治を。[今度の7月の参議院選挙に焦点を合わせていると思いますが、どうでしょうか?] ― いやー、もう勝たせて頂きたいと思っています。[勝つというのは過半数のことですか?それとも三分の二のことですか?] ― 三分の二というのは参議院では難しいので、半分はお願いしたいと。70席位は取らないいけないので、大変ですよ。特に滋賀県はここ数年、勝っていませんので、参議院で。民主党さんにやられてましたんで。[日本をどういう方向に持って行きたいと思っていらっしゃいますか?] ― どういう方向というよりも、自信と誇り、日本が好きだ、日本は大丈夫だ、日本はこれからもずっと続くんだという確信をみんなが持てるような、そういう国を目指すべきだと。[若い人が政治に対する興味が薄れていると言われているし。それからニートだとかアルバイターが多い時代ですが。この辺は解決の方法ってあるんでしょうか?] ― なかなか難しいですけど、若い人でもうちの事務所にインターンシップで働きたいとか、将来、政治家になりたいとか言う学生さんがたくさんいらっしゃるんで。そんなに捨てたものではないと思います。

 

Q1;先ほどの「幸せ度数年表」の中でいじめもちょっとあったということで、今、滋賀では大津の事件があったり。いじめに対してご自身の経験も含めて、教育も含めて何かお考えがございましたらよろしくお願い致します。

 

上野議員;どんな時代でもいじめはあったと思うんです。学校の体制が生徒に対して鈍感になっている、なかなか踏み込んでいかない、というところはあるんじゃないかと思いますし。何か問題があった時に、隠そうとするような体質が教育委員会なんかにあるんじゃないかなあと思っています。制度的な面で、もう少し開かれたとか、もう少し子供に近いところでとか、そういった形で変えていけるといいのかなと思っています。

[教育委員会が隠そうという体質があると、これ分からない訳じゃないんですが、マスコミから見る話だけで判断するのはちょっと問題がありますね] ― はい、教育委員さんとか本当に一生懸命に頑張ってらっしゃる方も多いし、学校の先生も汗水流して本当に大変だと思うんです。親御さんのいろんな問題もありますんで、大変だと思うんですけど、そうは言っても全体としてちょっと閉鎖的なところはあるのかなという風に思っています。[役所そのものがそういう体質ですか?] ― そうですね、実際そうだと思うんですよ。隠そうとは思わないんですけど、保守的になっていると言うか、思い切った改革がし難いというところは本当にあると思うんですね。[今後、この問題に対して政治の出番はありますか?] ― まさに政治が頑張らないとだめだと思うんですね。民主党さんが政治主導を目指してやっていらしたと思うんですけど、政治主導と言って政治家だけがちょこちょこやっているよりは、みんなの力を使って日本を変えていくことが大事なんで。そのリーダーシップを取れるかどうかが政治家の力量だと思います。[今の安倍内閣はやりそうですか?] ― 今、景気に対する期待感が高まっているというのは安倍政権への期待感の表れだという風に思っていますので、やり抜く覚悟ですね。

 

[具体的なことで恐縮なのですが、カジノはどうなるんですか?沖縄特区で出来ないんですか?] ― カジノは僕はどこかでやるべきだと思うんですね。滋賀県の琵琶湖に船を浮かべてカジノをする、そういう構想が昔、あったんですよ。やっぱり教育的なところを心配されるんですけど、イギリスとかだと普通に街角にカジノがある感じなんで。反社会的、非社会的な感じをうまく排除できるようにやれば、私は別にいいんじゃないかと思うんですけどね。

 

Q2;環境委員会にいらっしゃるという事ですが、震災の復興について、福島第一原発の汚染水とか除染の方がなかなか進んでいないというところはいかがですか。

 

 

上野議員;いろんな原因があると思うんですけど、これまでの役所の縦割りがどうしたとか、土地の権利関係が複雑でうまく対応できないとかあると思うんで。ただもっとみんなで力を合わせてやっていけば、遅いかもしれないけど、今からでも、もう一回力を合わせてやれると思っていますし。関西とかだと風化しているような気も若干するので、3.11を忘れないということをやっていかないとだめだと思います。

 

Q2;中国のPM2.5とか黄砂も話題になっていますが、国としての対応は警告だけではなくて、何か具体的な対応はございますか?

 

上野議員;日本国内の観測体制というのをしっかりやるというのがひとつあると思うんですね。環境省も頑張ってやろうとされているみたいなんですけど、国内はしっかりやりましょうと。中国もね、技術開発の部分で日本の環境技術を使って頂いて、そうした問題をもっと提言するということはあると思うんで。中国とはいろんな関係がありますけれども、協力出来るところはしっかり協力して。こちらに関わって来る話なので、しっかり協力していくべきだと思います。

 

[最後に先生ご自身の夢を聞かせて下さい] ― 真面目に政治活動をやって、少しでも日本が良くなるように、優等生的な回答ですけど。数十年後、この仕事をしていて良かったと思えるようなことをやりたいですね。憲法改正もやりたいし。[憲法九条ですか?] ― 九条だけではなく、全体的に改正をして。貢献できるようになりたいです。[憲法改正をこれだけ言い切れる方はなかなかいないですよ。元々そういう思想をお持ちなのですか?] ― 元々、変えるべきだと思っていました。[首相公選論はどうですか?] ― 憲法改正の時に大統領制にするのはいいかもしれないですね。[そうすると、国民の意思がそのまま国会に反映できますね。参議院で自民党が勝てば解散はないですよね] ― よくわからないです、政治の世界は、一寸先は闇と言いますから。常在戦場で常に戦う、そういう姿勢でいます。