はぎうだ 光一
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第100回
2013年12月04日 放送

自民党 はぎうだ 光一 衆議院議員

(以下、動画より文字おこし)

自民党 東京24区 3期目
総裁特別補佐 副幹事長

50歳になると皆「疲れる」と言うのは大人になった言葉遊びで言っているのかと思ったが、本当に疲れる(笑)。全然元気だったが、アリナミンとか飲む人の気持ちが最近分かる。(選挙の時に今まで)―飲まなかった。(選挙は)―7回。総裁特別補佐という党の仕事をしていて…これは特別、一人しかいない。副幹事長は何人もいて、最近出世してしまって筆頭副幹事長になった。自民党数多くいれども上司が安倍晋三さんと石破茂さんというのは自分一人。結構大変。もはや何期生か皆分からなくなって…3期生。たまたま役職で後ろに座っているだけ。(119人も部下がいる)―すごい。名前と顔が覚えられない。(「みわちゃんねる」に)―何で皆が出ているのに呼ばれないのかと思っていじけていたら100回を待ってくれた。(今まで(紹介の)打診は?)―全然ない。(100キロ超え?)―100キロない。100キロあったが今もう96位、あまり変わらない?(笑)。(100回に相応しいゲストで)―有難うございます。

●幸せ度数年表

(ダブルクリックで拡大)

第100回萩生田光一

うちはサラリーマン。平成の成り上がり者。米山病院で生まれた、今も同じ暁町の同じ場所に住んでいる。(↘停学)―元々野球をずっとやっていた地元で。八王子では結構有名な野球少年で甲子園に出たいと思い、当時は東東京だったが早稲田実業を受験して勉強もちゃんと頑張って入学したが、リトルリーグとかシニアリーグからの人が一杯いて「軟式出身て、そんなんでここで野球やるの?」みたいなカルチャーショックを受け辞めてしまった。辞めた後5期連続で出たので狙いはあっていた、多分。野球を辞めてからはプラプラ絵に描いた様な高校生で、グレてはいないが。大学の付属校なので、普通に真面目にやっていれば7割位はそのまま大学に行ける、早稲田大学まで。ところが高校生の時に停学になる。停学になった理由が、たまたま場所柄朝鮮高校の生徒と喧嘩になってしまった事が1回あって、6大学の付属は多少派手なものだからパーティーみたいなものがあって、そのパーティー券を売ったのがバレてしまって停学。2回も停学になってしまった。それで大学の推薦はダメと言われて、それが人生の第1回目の…(朝鮮高校と?)―たまたま。今でも思っているが17歳、18歳の多感期の頃は人生にとって凄く大事だと思うのは、いまだに北朝鮮外交を自分のライフワークでやっているし、いまだにパーティー券売りながら政治活動をやっている(笑)。いずれ文部科学大臣になったら甲子園のマウンドに立とうと思っている。17歳の置いて来た夢を今取り戻そうという50のおっつぁんみたいな感じ。(早稲田に行かず)―1年浪人して明治に行った。早稲田大学を見返してやろうと思って、自分を逃して損をしたと、いつか地団駄を踏ませてやろうと思って(笑)。(「政治家を目指す」)―20歳と書いたが本当は高校生の時。政治家を志したと言うとおかしいが、よく「何故政治家になったか」と聞かれるが、最初から正直な事を言ってしまったから途中から修正ができなくて、いまだに言っているが、高校生で新宿の高校に通った頃に…今から30年以上前…社会科の時間に「家が汲み取りトイレの人」という質問があった。それで「ハイ」と手を挙げた。浅川のこちら側は、自分の家の周りは大きなお金持ちの家だろうが何だろうが皆汲み取りだった。だから恥ずかしいと思った事は無かった、全然。ところが「ハイ」と手を挙げたのは40人のクラスで自分一人で「ボットン八王子」とか言われ、それが凄いカルチャーショックで「おれんち何でボットンなんだろう」と思ったのが、行政の仕組に凄く興味を持ちだした一番最初のきっかけだった。家に帰って来てお袋に「水洗トイレにしてくれ」と言ったら「うちはまだ下水が入ってないから無理なのよ」と説明をされた。そこでやめなかったのが政治家の素質があったと思うが、市役所に電話して「うちの下水はいつ引かれるのか」と聞いた。電話に出てくれた市役所の人がすごく親切な人で「萩生田さんが住んでいる暁町というのは、今使っている東京都の下水処理場に放流予定なので昭和66年以降の予定です」と昭和53年位に言われた。それは15歳の少年にとって10年以上先の事はすごい未来の事。それが一体誰が決めるのか、なんでもっと早く処理場を作らないのだと、そこにすごく興味を持ってしまってそういう事は政治によって順番を変えたり早めたりという事は頑張ればできるのではないかと子供ながらに思う様になってうすうす政治家を目指すようになった。20歳の成人式の時に皆市民会館に集まって久しぶりに同級生に会った時に、お酒を飲んでいたかどうか忘れてしまったが「俺は政治家になる」と皆に言った。そしたら皆結構いいかげんで「おまえ向いてるよ」と同級生が言ってくれて、男はそれで終わりだが女の子は真面目なので家に帰って「久しぶりに萩生田君に会ったら「政治家に成る」と言ってた」と何人もの子が親に言った。その中の親御さん達が子供の時から自分を見ていて「ちょっとヤンチャだけど彼いいかも知れない」と本気で思った人達がいて、「それだったら学生時代プラプラしてないで政治の世界に今で言うインターンみたいなボランティアで勉強してみたらどうだ」と言うので前の市長の黒須さんのところに手伝いに行くようになった。それが政治に入るきっかけだった。(何故黒須さんだったか)―ただ家が近所だった。(面識は)―全然ない。(八王子の下水の普及はどれ位か)―今は100%。自分のその時は35%とかその位。千人町は北野処理区という所だから早かった。(何歳で下水ができたか)―結局市議会議員になるかならない位の時だった。浄化槽を庭に埋めればトイレの水洗化は出来ると市から5万円の補助が出る、と。高校生だから「5万円も出るんだ」と思ってもう一回親に言ったが、下水の浄化槽工事というのは50万円位したから「そんな事より勉強しなさい」みたいなそんな感じだった。(「黒須隆一さんのところに秘書さんで入る」)―そう。秘かに地方議員やってみようと思っていたが、やはり「地盤」とか「鞄」とか「看板」という時代だったので「萩生田さん若いけどまだ町会の役員やった事ないでしょ、PTAの会長やった事ないでしょ、消防団の分団長位やらないと八王子は市会議員なれませんよ」と随分言われたが、まあちょっとやってみようかなと思って27歳の時にチャレンジした。(7年間も民間に行かずずっと黒須さんの処に)―そう。今から思えば、例えば有名な政治家の事務所で働いたとかいう事だときっと道が違っていて、名もなきと言ったら怒られてしまうが、地方政治のところで勉強したというのが多分現場感覚に近い仕事の仕方を身に付けて、今ほんのちょっと役に立っているとすればそういうのが良い経験だったと思う。(27歳で初当選)―あの頃は20代の市会議員なんていなかったから記録的な若さだったが、その後若い人が随分出て来るようになった。(初仕事はどうだったか)―やりがいがあった。すごくあった。自分が出て次に美和ちゃん達が出て来たので若い人達の先駆けでやったつもりでいた。例えば、自分で言うのは何だが議員さんというのは町会の役員やって消防団の分団長やってPTAの会長やったりした人が出て来るのが地方都市の保守系議員の典型だったと思うが若い人がいないから結局その若い人の政策がなかった。今でも自慢に思うのは乳幼児の医療費無料条例を作ったり、自分が親になってたまに子供を公園に連れて行くと雨の上がった後ブランコの下に水たまりができてブランコに子供が乗れないので、たまにしか親ができない自分がこれでは親が果たせないと思い、プラスチックのシートで舗装するという事業をやってそれで結構八王子市内中みなブランコの下に舗装してある。そんなのも多分若い世代でないと気が付かなかった政策だと思うので、色々な世代の人が議員にいた方が良いと思う。(2001年37歳で都議会議員初当選)―一緒に当選しようねと約束したがダメだった(笑)。政党政治をやったのは初めてだった。一期の途中で衆議院に出る事になった。これは正直言って自分が国政に出るという事を考えた事もなかったし、都政というのがものすごくやりがいがあって面白かったし、当時まだ若い石原慎太郎知事で、やはり東京都政という、一国…韓国の国家予算に匹敵する位のスケール感で仕事をしていたので、ここで一生懸命やって4期から5期やって都議会の議長位やって自分は終わるんだろうなと思っていた。本当にそう思っていた。人をかき分け衆議院に出ようなんて気は全く無かった。(傍からは国政狙いで地方議員に出ていると思った)―皆さんそう言われるがそうではない。都議会は結構志してやった。(石原さんの一番油がのっていた時代)―かっこ良かった。今日なんか党首討論にやっと起き上がって大丈夫かなと思った。「元気ですか?」と言うと「元気じゃないよ。こんなとこ来るんじゃなかった」「だから言ったでしょ」と言った。石原慎太郎(みわちゃんねるに)呼べばいい、今度。(拍手)画面に向かってブーブーブーブー、もう放送禁止ギリギリみたいなのを言いっ放しで結構大変だと思う。(会計式だったか)―簿記の話は。すごく良い知事だったと思う。横田の軍民共用化っていうのを知事が言い出してそれを一緒に色々勉強したが…いまだに実現していないがやはり目の付け所は合っていたのだと思う。日米のハイレベルな交渉には活きているが、やはり沖縄とかとパッケージの話で「横田だけ先に半分使わせて」みたいな話はなかなかできない。まぁ相手のいる事なので…可能性は無くないと思う。(猪瀬知事も政治資金パーティーを開いている)―すごい図々しさ。行かない。どうかあれは…。猪瀬さんとは個人的なお付き合いが全くなくて、オリンピックの招致をずっと一緒にやって邪魔しないで良かったと言う感じ。それ位の感じだった。本人は自分が招致したと思っているでしょうが。あれはオールジャパンの成果だと思う。ずっとやっていた。(東京24区の支部長になって、40歳、2003年衆議院議員初当選)―2期順調にきた。3期目の政権交代で負けてしまい落選を初めて経験した。冒頭の通りサラリーマン家庭から政治家になったので順調に行っているうちは何とかやり繰り出来たが結構大変だった。経済的にも大変だったしモチベーションも大変だし。このまま消えていくのは癪だなと思って。負け惜しみではなく良い勉強の機会だったと思う、皆の生の声を聞いて。やはり現役でいるとお世辞みたいなのしか聞こえて来ないが、落ちると結構な事を言われる。色々な人の心が見えて、すごく応援してくれていると思ったのが違ったり、全然自分の事など忘れているだろうと思った人が陰ながら本当に心配してくれていたりという人の機微を知る事もできたし、特に政策面で、自分でさえそうだから他の人はもっとそうだと思うが、政権与党で政策議論をすると、例えば経済の話というと毎朝アジアの金融情勢、ヨーロッパの政治情勢、日本の経済どうあるべきかとすごく大きな話をしている。金融と言ったら日銀、メガバンク、IMFみたいな…それもすごく大事だが、例えば経済って、皆落選してみたら地元に経団連の役員もいないしメガバンクどころか農協とか漁協、郵便局しかない、お金を貸してくれるのは。そういうのを3年3ヵ月地元を感じて「中小企業の皆さんこんなに苦労しているんだ、町工場の親父さんがこんなに額に汗して頑張っている、これを応援してこそ政治だ」というのは自分でさえ再認識した位だから、今まで世襲で二世などで親の看板でそのままスタートした人達にしてみればすごい経験だったと思うし、そこはあまりマスコミが自民党を評価してくれていないが、内部でのモデルチェンジはかなりしていて、経済っていうのは「世界の中の日本」という議論もやるけど「中小企業頑張れ」「商店街の皆さん応援しましょう」みたいなのもちゃんと同時にやっている。(かれこれ永田町には10年間居るが、どうか)―魑魅魍魎の世界(笑)。結構自分は図々しい生き物なんだなと思っている。家柄も何もないが。もしかしたら国民にすごく近い存在の政治家なのかなと自分で思って、その路線で行こうと思う。最初初当選した時に、同期で自民党だけで37人位いて、自己紹介を皆で懇親会でやったが、すごく長い。「うちの父は元文部大臣でうちの祖父は元自治大臣で」みたいなのばかり。そういう意味でうちの父の話をしても誰も分からないと思って、自己紹介は自分の事を言えば良いのではないのかと嫌味に思った位家柄のすごい人達、東大法学部の人達。何で政治家の息子は皆東大の法学部なのかと思ったら何の事はない皆娘婿。とんでもない処に来てしまった、道を間違ったと思ったが、この生き様なので現場感覚という点では負けない。普通の人の普通の暮らしをちょっとでも前進させようという点では皆と感覚が全然違う。自分の方が国民に近い。そういう意味では「萩生田さん若いのによくそんな事知っているな」と大臣とかに言われて「大臣までやっていてよくこんな事知らない」という位すごくギャップがあった。だから背伸びしないでこの路線で行こうと思って普通にやっているうち段々図々しく今日まで来た。自分よりずっと頭の良い人は一杯いるのでそういう人達をどうやって何処に嵌め込んでどう仕事して貰うかというロジックの方が多分あっていると思う。結構ヒイヒイ言いながら幹事長室でも今頑張っている。(上司の石破さんは)―凄い人。凄い人だが朝昼晩ずっと一緒に居るが、朝部屋に入って来る時にあの顔でそのまま入って来るからすごく機嫌が悪いと思って「何なんだろう、すごく機嫌悪いな幹事長」と思うと「ねぇねぇぎゅうちゃん」と言って前の日の楽しい話などしてくれたりして、ちょっとそこが読み切れないがいい人。「ぎゅうちゃん」と最近誰かに言われて言っている。(小泉元総理が「はにゅうだ」と言っていた(笑))―なかなか総理大臣に覚えてもらえない。(デモもうるさいので石破さんが言ったのも分かるが幹事長が言ったからか)―デモや集会というのは自由が認められている国なので多分石破さんが言いたかったのは、夜7時を過ぎてもマイクで喋ったりしているのは違反だが、なし崩し的に皆やっている。鳴り物とか本当はいけない。歌もいけない。そういう意味で集会そのものがけしからんとかデモそのものがけしからんという意味で言ったのではないだろうが、トータルでそう捉えられてしまって…今ちょっとご迷惑かけている。
(SNS:笑うと可愛い)―(笑)。(身体に合わない字を書く、繊細な…)―(笑)よく言われる。

●最近の政治トピックス

今年一番感激したのは、オリンピック・パラリンピックが東京に決まったという…これ7年越しで頑張ったから。ブエノスアイレスの現場も行かせて貰ってロゲ会長が「東京!」と言った瞬間にあの場にいたので…(森さんと一緒に行った?)―総理とも一緒に行った。現場で皆合流した。えらく感動した。皆で本当に…よく抱き合うと言うが、何となくそういう経験ないまま大人になってしまって本当に何というか自然に抱き合って喜ぶというのを初めて経験した。皆と抱き合っているし段々図々しく「そうだ滝川クリステルさんとも抱き合える」とストーカーの様に思うだけで(笑)。イスタンブールも強敵だし、スペインも強いし、最後まで本当に分からなかった…前回2016年の招致は失敗してしまったが、その時にIOC委員と接触してはいけないとか直接頼んではいけないとか、まぁその通りだが、その人は色々な顔を持っている訳で政治家であったり実業家であったり、違うチャンネルから「東京頼むね」というのはどこの国もやっている事なのに今までそういうアプローチをしてなかったので、今回ばかりは107人の投票権のある人達をすごく細かく分けて、それは一人ひとりそれに合う人に行ってもらって世界中皆で駆け回ってお願いした。選挙と同じ。担当地域があって、香港、シンガポールのIOC…直接話せない場合があるから間に入った関係者の人達に日本の本気度をちゃんと伝えたり、向こうが疑問に思っているような…「日本はこれで大丈夫か?」という事に対してちゃんとレスポンスをするという事を手分けでやった。(何か裏話的な事はあるか)―裏話と言ったら失礼だが、久子妃殿下がブエノスアイレスの現場まで行ってくれたが、日本的には「皇室をそういうのに利用してはいかん」みたいな話があるが、そもそも妃殿下そのものが色々なスポーツ団体の名誉総裁とかをやっている…スポーツが好きな訳。それで東北支援のお礼を言うという、一応そういう仕切りではいった。滅茶苦茶頑張ってロビー活動をして頂いて、何十人という人達とお話をしてくれて、しかも通訳を入れないですごくポジティブな活動をしてくれてそれはすごかった。日本の大きな勝利の一つは久子妃殿下の頑張りもあったと思うし、佐藤真海さんのプレゼンテーションも良かった。すごく良かった…失ったものを数えないという、障害を持っているがそれを前向きにスポーツに置き換えていくという、そんなお話も感動したし安倍総理も良かった。国会よりかっこ良かった。(安倍さんとはどういう仲か)―一番最初は、蓮池薫さんが中央大学の3年生の時に北朝鮮に拉致をされてしまって、その時に八王子に住んでいた…緑町に。それで市議会の会派の幹事長の時にお母さんとか支援者が来て、なかなか国が動いてくれないから是非国に意見書を出してくれというのを頼まれて議会に提出した時に、まだなかなか国会でこの問題を真剣に取り上げてくれなかった時代に唯一若手で頑張っていたのが安倍さん。(国会議員はまだ動いて。共産党が動いていた)―共産党さんが一生懸命やっていた。自民党では安倍先生とか中川先生とか(それで安倍さんとパイプができたという訳?)―そう。その前から何となくは知っていたが、都議会に出た時は八王子まで応援に来てくれた。その頃はまだ全然ブレークする前。人が居ない所で。(今となっては大変)―大変。「都議会にとどまらず国会に来い」と言って背中を押したのが安倍さん…そういうご縁で来た。(安倍さんと創生日本というグループを立ち上げてそこで何をやっているか)―事務局長。安倍さんすごい。自分もあまり最近会えないのでメールで話している。(何て呼ばれているか)―「はぎうだ君」と言われる(笑)。(ああ見えて結構意志が強い?)―強い。ああ見えて(笑)。すごくしっかりした国家観と強い意志を持って。政治家の家系に生まれた世襲議員ではあるが、そういう弱さはなくて逆に親父の背中を見て自分ならという思いを持っていた人。世襲は悪いばかりではないと思う。良い点も沢山あると思う。(特定秘密保護法案は)―生放送で言うのもどうかと思うが、ネーミングをちょっと失敗したと思っている。「特定秘密保護」というと何か胡散臭く思ってしまう。戦前の、特に年輩の人、治安維持法を知っている人達はああいう時代に戻るのではないか、言論が奪われるのではないか、もしかして二人で話していると急に連れて行かれるのではないか、みたいなそういうイメージを持った人も大勢いるし、またそれをマスコミ先行でかなりネガティブなキャンペーンを打って、本当は中身は分かってないが一緒になって反対している人もいるが、これだけは言っておきたいがそういう事ではなくて外国の機密事項を日本も共有する時に日本側の罪がすごく軽い。公務員であっても1年の禁固。そんな人はいない筈だが、無理をして逮捕覚悟でそういう機密事項を外に出してしまう人もいるかも知れない。だから10年に引き上げようというのが元々の話だった。「国家安全保障△□」とかにすれば良かった。「後期高齢者医療制度」これで痛い思いをした。「後期の後は何なんだと、末期か俺達は」みたいな(笑)。法律の名前はすごく大事でやはりもうちょっとネーミングを考えて…もっと言えば…あと2日間だから言っても良いと思うが…この会期の中でどうしてもやるというのはちょっと無理があったのかなと思って、別に通常国会でも良かったのではないかと思っている。「と、自民党筆頭副幹事長がUSTREAMで言っていた」みたいなのが明日騒ぎになると困るが。そこは是非国民の皆さんの不安を払拭出来る様に頑張りたいと思う。一番シビレたのはこの前、今上天皇陛下がご自身のお葬式の事を仰ったが、八王子だから僕らすごく親しみを持っている。いつまでもお元気でいて欲しいしお墓御陵が八王子になる事は市民としては歓迎だが、今お元気でインドで外遊されているさ中に、いつの日かの大喪の礼のお話までされるのをどうなのかなとちょっと疑問だったりして。人に説明されても言えない「お墓こうなるんだよ」などと言えない。(宮内庁が出してしまった事で違和感があるのか)―陛下のご意向で出したみたい…自分も何度も確認して…説明に来る、八王子の事なので。ヘビーな話だった。

●今だから言えるあの日のあの出来事

そんなに重たい話ではないが、たまたま総理の話をされたので…今年の5月に総理が中東から帰って来て「河口湖でひと休みしよう」と言うので、別荘があってそこに行ってゴルフをやった。その前に総理が「今だから言える~」…自分の事ではないが、サウジアラビアでお風呂に入ったらお風呂がこんなに大きくて大理石みたいなのですごく滑って背中を打ってしまった。その時は秘書官もSPさんも誰も居なくて…お風呂だから一人で入って、ブクブクブクとなってしまって「日本の首相サウジの風呂で死す」みたいになったらこれはいかんと思って頑張って這い上がって来て「よく見たらこっちから入るのではなくてこっちに階段がついていた」と言う。それで「背中を打ったから(ゴルフの)調子が悪い」と言って自分に負けた(笑)。それが総理はきっと悔しくて悔しくて…8月にリベンジがあった…自分には言わないが山本有二さんには「俺は今日萩生田に負けたらゴルフは止めるんだ」と言った。自分はそんな事知らないでハーフ終わって「いくつになった?」みたいな話になったら自分は負けていたから山本有二さんは妙に喜ぶ。山本有二さんは何でそんなに喜ぶのかなと思って…「萩生田その意気で行け」と言うから何かなと思って、終わって皆お風呂で会ったら「良かったよ萩生田、もう少しで総理の数少ない趣味を奪うとこだった」と。負けた、自分が。(萩生田さんがゴルフ上手かったら話は別だがそんなに熱心ではない)―熱心ではない(笑)。(山本有二さんの役職は)―党の財務局長。(この番組にも出演されている)―すごい人が一杯出ている。ビックリ。(山本有二さんは芸能一家?)―それは知らない。(あらたという新進気鋭の俳優のお父さん)―へぇそうですか、山本さんが!(萩生田さんというと森さんのイメージがある)―初めて国会に来た時に「どうもあいつは家柄も大した事ないのに態度がでかいのは何でなんだ」「あれは森さんの隠し子だ」みたいな(笑)、皆そう言ったらしい。森さんはすごい人。今年は一緒に行かなかったが、ラグビーの早明戦に毎年一緒に行っていて…今年はユーミンが歌ったらしい…ある日新聞紙に包まれたこんな荷物を持っているから「先生お持ちします」と言ったら「大事な物だから君には渡せん」と言って、こうやって持って(膝の上に抱えて)ハーフタイムまでずっとラグビーを観ていた。それで何なのかと思ったら、ハーフの時に裏で皆でお茶を飲むが、その袋から出てきたのが焼き芋。それを半分に割って早稲田と明治の人に配って「これが本当のノーサイドだ」とか言って。何が言いたいかというと、焼き芋が冷めない様に大きな身体で自分で温めていたというおじさん。(森さんは細かいから買ったネクタイの柄まで覚えている)―「萩生田君いいネクタイしているね、どうしたの?」「誰かに貰った…」「俺が上げたんだよ」(笑)。(森さんはいまだに永田町に影響力があるか?)―勿論。オリンピックの件は森先生でないと出来ない事が沢山あって、世界のIOCにも顔が繋がるし、各競技会の皆さんもすごく尊敬してくれているので、何か親分風吹かせているイメージを言われるが、全然そうではなく、ご自分はそんな気は無いのに皆自分でやってくれとなってしまう人。このオリンピックもその前のラグビーのワールドカップも責任者の一人として頑張ってくれている。(朝日新聞などは一強状態と言っているが実際はどうか)―多分今年の参議院選挙の終わるまでの自民党は、すごく緊張感に満ち溢れていたが、そこに勝った後は少し緩みが出てきているな、というのを僕らはちょっと心配している。「チャレンジャーだった時のあのファイトを忘れないようにしようね」と今石破幹事長とも話していて、数におごる事なく…数だけで押して行ったらつまらない、もう採決する前から分かっているから…自民党が右と言えば右になってしまう訳だから。それは良くないよね、と。少数意見や反対意見もきちんと聞きながら議論を丁寧にやっていくのを基本にしたいと思っているので通常国会は少しモデルを変えてもう少し皆さんに理解して貰える様にやりたいと思う。ただマスコミの人は知っているが途中のプロセスとかは放映・放送しない、それで分かっている最後のところだけ映して「さあ強行採決」みたいに言われてしまうのは可哀そう。何十時間も質疑しているのをずっとNHKが放送しているなら分かるが、していない。

●質問コーナー

Q:経団連現役の理事として経済の事が一番気になるが、税金の問題を何とか改革をして貰いたいと思う。今の自民党税調は全然だめだと思う。財務省の手足になったままという風に映る。イギリスのサッチャーの様に累進課税の改革を三段階にするという様な大幅な改革をしないと消費税等上がるのは富裕層いじめで段々やる気がなくなる。こういう社会は良くない。低所得者層に手厚い介護という事ばかりで自民党政権ではない。特に税務問題お願いします。
A:個人とか企業とかではなくて、東京の税をとにかく地方へ移そうというのも富裕層いじめとある意味同じ考え方だと思う。今法人2税を国税化しようと言っているが、自分はそれには猛反対していて、例えば町田でも八王子でもそうだと思うが企業誘致する為に地元は道路を作ったりインフラ整備して一生懸命頑張る。そこで始まった工場が一生懸命業績を増やしてくれて地方税収めてくれるが、もしこれが国税になってしまったら皆新宿とか港区に本社機能を移してしまう、という事もあると思うので…。よく分かりました、仰っている意味は。いずれにしても法人税の税負担は下げていこうというのは安倍さんの基本的な考え方なので、安倍内閣としては企業の皆さんに元気を出して貰える様な…まだ始まったばかりで税調がまだ色々議論があると思う。(軽減税率は)―上手に仕組みができるのであればやってみる価値はあると思うが、その事でまた逆に中小企業の人たちにシステムや何かで負担を掛ける訳にいかないというその両輪で今議論している。例えば軽減税率の品目を精査するのに、普通のハムは良いが□△ハムはいけないとか、チリワインは良いがフランスワインはいけないとか、そういうのは難しい。
Q:富裕層の税金を軽くすると景気はいっぺんに上がる。
A:使うから。
Q: 相続税…若い者に年寄が財産を譲ればパーっと若い人は使ってしまう。
A: 相続税というのは、時代の変化に合わないと思っていて、納税者が全国民の1.4%しかいない。都市部に集中している。何故かというと土地が高いから東京なんかでは普通の建売りを持っている人でも相続税の対象になってしまう。田舎の方は山を持っていてもならないというそういう不公平なところもある。そこはもう多分限界に来ている、相続税は。生前贈与の優遇幅を拡げるとか孫の学費…とにかく持っているお爺さんお婆さんには使って貰うというのを考えている。
Q:孫4人に1500万円ずつあげた。麻生副総理が言ってくれて、ものすごい何億円もやる様な話だったが最後決まったのが1500万円だった。
A:お爺ちゃんが孫の学費出しますよ、と決められた口座に入れたお金については非課税で。(非課税がひとり1500万円)
Q:そういう税の改革を、積極的に改革していく事によって世の中の景気がいっぺんに良くなる。
A:東京などは地方から出て来て頑張って会社を興して三代で無くなってしまうのでは夢が無い。そこは頑張った人は頑張った分だけちゃんと次に行ける様な仕組みにしていかなくてはいけない。それと、高齢者のお金が膨らんでいるのはその通りだが、そろそろ政治家は勇気を持って終末期の事を議論しなくてはいけないと思っている。どういう風に召されるかという、人間の尊厳との闘いだが、治せる医療だったらどんなにお金をかけても良いが、誤解を恐れずに言えば、どんなにお金をかけても治らない医療に膨大な税金が投入されている訳。胃ろうとか挿管とかしたら喋れない食べられない…だけど三カ月生きていた、と。それが本人にとっても家族にとっても幸せかどうかというのはもうちょっと手前で判断出来る様な仕組みにするだけで多分日本の社会保障費というのは凄く圧縮ができる筈なので、それをそろそろ勇気を持ってやらなければいけないと思う。個別には皆それは大事だと言うが、いよいよとなると例えば自分の家族がそうなった時に「挿管も胃ろうも要らない」と言えるかというと結構勇気がいる事。
Q:ピンピンコロリが一番良い。人手も減らせるし、知恵の継承も出来る。
A:一番良い。
(SNS:こういう話をしてくれる議員素敵です)
Q:アベノミクスも好調だが、やはり心配なのは国防の部分で、中国の航空識別圏では民間機についてアメリカと足並みが揃わないが、万一日本の民間機にスクランブルがかかって被害があった場合には有事になるのではないか。
A:有事になる。有事にならない様にお互いきちんと自粛しなくてはいけないが、今回の識別圏については日本だけではなくて世界中が中国を批判しているから今挙げた手をどうやって下すか、或は引いてしまった線だから消すわけにいかないが、でもそこはグレーゾーンにしておくか、みたいな事を多分考えていると思う。丁度バイデンさんが中国に行っているので、かなり色々な意味でこれはもう韓国だって怒っているし。
ただあれが本当に習近平の思いなのかどうか。テレビを見ていると分からなくて、記者会見に出て来た軍服を着た人が「44年経ったらうちも考えてやる」というああいう記者会見もビックリしてしまう。中国の国中もちょっと不安定なのではないかと思う。
Q:国内のテロや暴動があるので何とか目をこちらに向けようと。
A: これだけ情報化社会になったら、まして中国から日本もそうだしヨーロッパやアメリカに留学している若い子たちがいたら、今まで自分達が国に教わって来た事は事実ではないと気が付いてしまう。自由ってこんなにいいんだと知ってしまう。そういう意味では統制はとれなくなっているし、中国の首脳って選挙で選ばれた人ではない、ある日突然「はい、この8人」みたいな世界。
Q:こういう処で話す話ではないかも知れないが、自分は50億位資産がある。これを55%取られると30億税金で払う。50億というお金があってそれで払うのではなくて、子供に贈与したお金で払う。贈与税でまた55%取られる。その中で子供は30億払えない。これはどうするのか。凄い矛盾。何とか改革してください。
Q:子供は払えないとどうなるか。
A: 工場を閉めるとかマンションを売るとか、そういう事になってしまう。
Q:工場を閉めるとか会社を売るしかないが、上場していないと売る事ができない。それを子供が相続する事になる。
A:相続税というのは対象者があまりにも少ないから不公平な税制だと思う。
Q:議員も取り上げない。
A:東京では深刻な事態で、特に23区は相続税で都市の緑がドンドン減っていく…八王子などはまだ一杯あるから良いが、そういう意味ではかなり深刻で常に議論になっている。国全体の税制や政策を決める時は東京や地方では全然ニーズや状況が違うのでいつも対立するが、その相続税は少なくとも東京の仲間は皆「減免するべきだ、廃止するべきだ」という考え。頑張る。お金を持っている人の気持ちというのを分からないから(笑)。
Q:萩生田さんは一杯稼いでいると…
A:稼ぐ仕事ではない。
Q:お金があったら何をしたいか。「
A:休みたい。
Q:もうずっと休みが無い?
A:無い。
Q:昨年11月から政治献金は増えているか。
A:そんなに変わらない。
Q:安倍さんなどはグーンと増えているが。
A:それは時の総理になれば。見て貰えば分かる様に小さなご支援で支えて貰っている。
Q:現場感覚、国民目線が大切との事だが、実際どの様にしているか。
A:そんなにカッコいいものではなく普通に暮らしている。電車も乗るし自分で車も運転するし。普通が大事。全然答えになってない?政治家って何食ってるかって思うよね。ラーメンで太っている。随分変わって来て、昔は僕ら当選した頃は料亭とか使ったり…最近料亭とか行った事がない。集まる日が無い。
Q:国会議員が機密の事を話したければ議員宿舎が良いのでは?
A:そう、議員宿舎の食堂で。宿舎もよく考えたら同業者が一つ屋根の下に皆暮らしている訳で、やっとくたびれて帰ったら官房長官と入口で会ってしまって「ちょっと」と。結構辛い。皆赤ら顔で日本の将来の大事な話をしちゃって。「そんな事今話さなくてもいいんじゃないか」みたいな。自分の(部屋の)隣は誰だか分からない。すごく安ぶしん(宿舎)。
Q:カジノの話はどんなヴィジョンで進んでいくのか。
A:どうしてもカジノが是か非かという議論に吸い込まれて行ってしまうが、元々この発想は11年前からIR―インテグレートリゾートという概念で、例えば先週モーターショーが終わった…東京ビックサイトでやって90万人の人が来た。一般的には「凄いな立派だな」と思うが20世紀の東京モーターショーって220万人の人が来ていた。何でこんなに減ってしまったのかと言うと、東京ビックサイトっていうと僕らにしてみると凄くでかい展示場に見えるが世界で68番目の広さ。だから20世紀の東京モーターショウ―は世界一のモーターショーだから多くの出品があって多くの人が来てそこで商談が行われたりレセプションが行われたりパーティーが行われたが、残念ながら今はそうなっていない、狭くて。なぜ日本の場合はまだ90万人いるかと言ったら、誤解を恐れずに言うと車を見に来ているのではなくてコンパニオンの写真を撮りに来ているオタクが一杯いる、だから90万までいるので、純粋にモーターショーを見に来ている人は多分その7掛け8掛けなんだと思う。国際展示場然り、国際会議然り、もはや一つの場所で…例えば、東京ビックサイトは泊まれないし食べられない、集まれない。そうすると短い忙しい期間で一つの場所で完結しないとなかなか展示会も会議も良くなくなって来てしまう。20世紀にアジアで会議と言ったら日本でやるのがあたり前、東京でやるのがベストと言われた時代がずっとあったのに、今はとにかくシンガポール、マレーシア、タイ、最近マカオなども凄い…ドンドン様子が変わって来てしまった。それは何かと言うとコンベンションなどを一カ所で完結できるというのをドンドン造っている。それをやっていかないとどうしても会議も呼び込めない、展示会も呼び込めない…その枝葉で観光とかがある訳で、それを考えると何でなんだろうと色々研究していくと、もはや先進国で世界130ヵ国でカジノスペースは必ずある。特に時差のある皆さんは最後の晩寝ないで遊んで帰るとかそういうツールが日本は無くて、日本の場合は国際会議をやっても夜集まる所が無くて皆ホテルのバーしかない。日本の文化に触れたいと言ってもなかなか触れられない。これからやろうと思っているのは、ただ単に「カジノみたいなのをやるんですか?」みたいになってしまうがそうではなくて、国際会議が出来、国際展示会が出来、食事も出来、パーティーも出来、そしてもう一つのスペースとしてカジノスペースがあるというのを許可していこうと考えていて、それは多分インバウンドを増やす為にもホテルに着いてシャワーが付いていなかったらビックリするのと同じ様に、主要都市でカジノも無いというと…自分は全然ギャンブル好きでも何でも無いが、世界の人たちのトレンドを見ているとそれはもう必要不可欠なツール。選挙に人生を賭けてしまっている(笑)。それで今すごく良い仕組みがあって、例えばギャンブル依存症があるがパチンコでも競輪でも競馬でも…自己抑制システム、家族抑制システムというのがあって、例えば「うちのお父さんは絶対カジノフロアに入れないでください」と二等親から申請があった場合にはIDをチェックしてその場で入れないとか。日本人の場合はカジノが法制化されると国民総カジノ法案みたいな、皆がカジノに行かなくてはいけないのではみたいな。バイパスの右も左もカジノができるのではないかみたいなイメージを持ってしまうが全然そうではなくて、今言ったコンセプトに合うところを限定的に許可して国際観光の拠点づくりをしていこうと言うのが大きな考え。そこはご理解頂きたいと思って一生懸命やっている。花札でも良いのではないか。(花札は日本、アジアの文化。やった事はあるか)―子供の頃はやった事がある。何故日本人はカジノに対してネガティブかと言うと、この10年ですごくよく分かったが、まず西山会長などの世代は1970年代のゴッドファーザーの映画を観ている世代。あの世代の人たちは皆カジノの奥にはマフィアの事務所があると思っている、皆思い込んでいる。
世界中そんな処は一つも無い。(エー?!)―それ誤解。何故かと言うと、そのカジノに参加する企業の選定というのは世界基準でものすごく厳しくなっていて、経営者の三等親、四等親まで調査を入れて反社会勢力とは一切断つ様になっている。逆に法律が無いから歌舞伎町に地下カジノがあって、それこそ反社会勢力と繋がっている。(一杯入って来ると思う)―人はね。みずほさんが見抜けなかったのを今度はカジノの第三機関が見抜けるのかみたいな議論は当然出て来る。セキュリティをちゃんとして、IDを決めて、新橋のパチンコ屋さんで負けたからと言ってサンダル履きでそのまま次はカジノだという、そういう訳にはいかないという…ドレスコードとかを決めて大人の社交場として時間的空間的遊び場として、そういうスペースが東京や大阪や沖縄なんかにあっても良いのではないかと思っている。韓国が失敗したのは、自国住民を入れなかったから。だから日本人もちゃんと入れる様にして、例えば入場料を取って弱冠リピーターがし辛い様な設定でも良いではないか。いくらでもこれから制度設定が出来ると思う。教育関係者とか物凄く反対する、子供の教育上良くないと。子供はカジノに入れないし(パチンコとかは余程ダメ)―と思う。その時にいつも言うが、PTAの人たちは必ず署名とかで反対して地元でも随分「カジノはやめて」と言われるが「カジノは行かなくていいんですよ」と皆に言うが、何となく自分たちもそこに行かなくてはいけない様な雰囲気になってしまう(笑)。カラオケボックスというのが世の中に出来た時に猛反発したのはPTAの人たち。「あんな密室を作って非行の温床になる」と。「だから風営法を適用しろ」と言った。だけど適用しないで一般の店舗で許可している。あの時に猛反対したPTAの連合会の人が今カラオケの一番のお客さん(笑)。PTA集会終わったらカラオケボックス。(ファミレスより安いし)―打合せも出来るし。TOTOの時も凄くネガティブな意見があって…サッカーくじ…「あれが法制化されたらもう子供たちがお年玉をつぎ込む」とか。お年玉つぎ込んだ小学生いないだろうと言うのだが。いないでしょ?聞いた事ないでしょ?日本人てそういうのを凄くおっかながる。「そもそもギャンブルなんてイカサマなんだ」と「清水の次郎長の時代から畳の下で針でサイコロの目を直すんだ」みたいな(笑)。どうも擦り込まれた先入観が強過ぎるのか。シンガポールなどは日本より厳しい法律。
Q:解禁になったら是非外国資本にやられない様に。
A:そうね、それは日本らしい物を。外国の融資を入れないというのも、これもまた閉鎖的な話だから、そのスキームを日本企業がきちんと考えて外国のお金も集めたらいいし、そこはいくらでも。この会期末に法案を提出だけしょうと、今6党で話しているがなかなかちょっとまとまらない。出来ればオリンピックまでにやりたいと思っている、議員立法で。細田さんが会長。
Q:民間ではさとみさんという人が。
A:さとみさんたちも勉強している。
(SNS:日本人のドレスコードは和服で)
A:良い。