三原 じゅん子
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第16回
2012年02月01日 放送

自民党 三原 じゅん子 参議院議員

(動画より文字おこし)

自民党 1期目

[国会に出馬された時は本当に驚きました]―そうですよね。[ご自分で出馬された]―そうなんです。党から声がかかったんだろう、って思われてたんですが。[野田聖子さんが引き上げて入られたと解釈している人が多い]―そうですね。ですが私は永田町の党本部へ直談判に行きまして。「お願いしまーす」って(笑)。[野田聖子さんに最初に手紙を書いた]―そうですね、それ以外の先生方にもご指導頂いて。長かったんです、公認頂けるまでが。断られ、断られ(笑)。[意外ですね。でも私はご自分で出馬される方が大好きなんです]―有難うございます。[名前や地位のある方が一公人を目指していくのは勇気がいる。素晴らしいな、と]―覚悟がないと駄目だということですね。[私もパシリとして使って下さい。ビラ配りから頑張りますので(笑)]

幸せ度数年表

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第16回三原じゅん子

 

[子役だった]―7歳の時からお芝居をやっていました。[劇団に入れたのはお母様?]―そうなんです、別に芸能人や女優になろうという思いじゃなくて…。子供の頃やたらと無口だったらしく、母が心配しまして、児童劇団に入れれば皆との集団生活で慣れていくんじゃないか、という事で入れたそうです。[15歳で(幸せ度数が)ガッと上がって…]―これ、金八先生ですね。撮影期間が半年だったものですから、本当の学校がああいう生活で3年間続いたらいいのにな、と。[本当の学校はすごくつまらないです。トシちゃんとかマッチとかいないから(笑)]―確かに(笑)。[どちらと仲良かった?]―そうですね~、当時は両方とも仲良かったですかね。[でもレースをやっているから、きっとマッチとのほうが仲いいんでしょうね]―マッチとは「金八」が終わって、本当に同じ高校に行ったんです。そういう意味では仲が良かったんですけど、途中から世界が分かれてきて。マッチはスーパーアイドルになって、私はどちらかというと地道に女優をやりたいタイプだったので。で、だんだん離れて行ったんですけど、また趣味で一緒になりました。[ツッパリの役ということで、学校ではいじめがあった?]―ツッパリ役だから、というよりも、周りにテレビに出ている人がいなかったから、目立つということがあまり皆に好かれなかったのではないか、と。[「山田麗子」さんをいじめるなんて。いじめてる方って感じなのに]―あ~、そうですねえ…そうですか?(笑)でもいじめのお陰で私は強くなれたな、と思いますね。[その時お母様もご病気になられて]―そう、「金八先生」をやっている時にいじめに遭いながら、そして母が癌で入院して。[でもお母様、今でもお元気で。良かった]―有難うございます。[そしてその後、(幸せ度数が)ドスンと落ちて…]―離婚と自らの癌と、愛犬の癌と。もうなんか悪いこと全部が一度に来たみたいな。[初めは離婚から?]―離婚からきましたね。[コアラさんが他の女性の所に行っちゃって。それで三者面談を]―三者面談、しました(笑)。[それでコアラさんが新しい彼女といる方が楽だと]―まあ、そういうような事を…。[でも、今笑って言えるというのはすごい]―三者面談の時も、もうそんな感じでしたけどね。3人ともが吹っ切るために一回会いましょうか、みたいな。[その直後にご病気になられた]―ええ。愛犬が先だったんですけどね。[でも、ワンちゃん今でも元気がいいですよね]―まあ~、この子も癌を克服したんですよ(笑)。[生命力がある。素晴らしい!]―今また再発しちゃったんですけど、元気です。で、自分も癌になったと。[子宮頸癌ということですが]―正確に言えば(子宮)腺癌という病名なんだそうです。[たまたま腰が痛くて人間ドックに行かれたら、みつかった。まさかの展開ですね]―そうですね~。皆さん、必ず年に一回は検査を受けましょう。若い方はぜひ予防ワクチンを打って頂いて、そして検診を重ねていけば、この病気は恐れるものではないと私は思っています。[原因がわかっている癌ですからね。予防ができる癌で、多くの人が助かるわけですから。その(ワクチンの)無料化でご支援されている]―そうですね、これで選挙を戦わせて頂きまして。[そして出馬、ということに。公認の最初のお願いから公認されるまでは、どれくらいかかった?]―半年はかかっていますね、1年まではかからなかったかもしれないけど。[自民党も堅い所ですね]―だから私は自民党で良かったなと、断られた時に改めて思いました。[どなたに断られたんですか?]―ちょっと、ねえ…(笑)。[当選された2010年といったら、自民党が最も人気がない時。堂々と当選ですよ。素晴らしい牽引力]―いえいえ、とんでもないです(笑)。やはり子宮頸癌のワクチンが皆様方にちょうど認知して頂けた時だったので、それがわかりやすかったんだと思います。何のために出馬したか、という事が。[でもそういう女性関係のものって、自民党は堅い。だからこそそこに入って中から変えていこうと?]―まさしくその通りです。そういう意味では、わが党らしくない地道な活動かな、と思いますが、そういう議員が一人くらいいてもいいのかな、って。[芸能界と政界の違いはありますか?]―全然違います。[芸能界も政界も保証がない。そこは似ていると思いますが]―この世界に入ってからは自分の保証って考えたことがないですね。まずは自分の掲げた政策のことしか…。ちょっと優等生発言みたいですけど。

●質問コーナー

Q : 道を歩いてて、声をかけられませんか?「顔はやめな、ボディ、ボディ」。

A : 「顔はやめな」はたまに言われますね(笑)。ただ最近はもう「議員」というのが定着」したかな?

●今だから言えるあの日のあの出来事

ここで私、党に自分からお願いに行った、というお話をしようと思ったんですけど…。当時は本当に逆風ではありましたけど、物ごころついた時からずっと自民党だったものですから、他から(出馬)という発想が全くなかったんですね。自民党じゃなきゃ党じゃない、みたいな。[周りの人から見たら意外だったでしょうね]―他の党は、有名なスポーツ選手の方とか歌手の方とかどんどん立候補なさっていって。でも自民党は、「ただ有名だとか女優だとかいう人はいらん」と。覚悟をもってしっかりと勉強してくれる人じゃないと駄目なんだ、と言われて、「ああ、ここはいいなあ」と、絶対に公認をもらいたいと思いました。それから現役の先生方に本当に良くして頂きまして、勉強させて頂いたり講演をする機会を頂いたり。それでやっと、7月の選挙だったんですけど、5月末でしたか…いわゆる全国比例の35人の候補者の一番最後に、やっとお呼びがかかって。党本部に行ったら「覚悟は変わっていませんか?」って言われて。[当時の選対(選挙対策委員長)誰だっけ?(笑)]―あの…青森あたりの、一見恐そうで本当は優しい(笑)。その先生が、最後に「じゃあ、頑張れ」と言って下さったんです。[その前に議員さんにお手紙を書かれたり]―そういうこともあったし色んな先生にもお会いしたし、色々動きました。先程申し上げたように、腺癌っていわゆるタチの悪い癌だったので、この参議院選挙を逃したら、次の選挙まで自分が健康である保証がなかった。だから諦めるわけにはいかなかったんです。今しかない、と思って。ちょうどその頃介護施設も立ち上げて、その経営をしながら、この介護行政にももう少しメスを入れてくれないと駄目だろう、という思いもありましたね。それが今も自分の力となっているんじゃないかな、と思います。現場を知っていること、実際に体験したことが、やっぱり一番勉強になったのかな、と。[離婚しなかったら、病気もなかったら出馬しなかったかもしれない。色んなエッセンスがあって、今の国会議員の三原じゅん子さんがいる、という感じ]―そうですね。そういうことがなかったら、前職をすっぱり辞めるという覚悟はできなかったのかな。[女優さん一筋でいこうと思っていた]―辞めるということを考えたことがなかった。でも、とてもじゃないけど両立なんて考えられなかったものですから。[今は体調が良さそうですが?]―元気です!逆にしょっちゅう検査を受けるようになったので。癌でも、初期なら恐いことないぞ、ということを是非皆さんに知ってほしい。中学生、高校生はワクチンのお金がかからないので、何とか皆様とのお約束は守れたのではないか、と。[諸外国に比べると、日本は子宮頸癌の検査率がすごく低い]―23%くらい。アメリカは82%くらいなんです。恥ずかしいという方と、自分は大丈夫と思っている方と…。子宮頸癌は30代の方にすごく増えているんです。少子高齢化と言われていますが、子供を当たり前のように産むことができる健康な身体がどれほど有難いか、私は身を以て感じているので、是非皆様には検診を受けて頂きたいですね。

●最近の政治トピックス

[国会議員になっていざ国会に行ったら、「え?こんな事があるの?」という事はありました?]―こんなに忙しいとは思わなかった。朝から晩まで![今日も朝から講演を?]―はい、朝7時50分から。[女優さん時代はそんなの有り得ない]―ドラマの撮影はそうかもしれないけど、それが毎日ですからね。朝8時からの部会から始まって、土日は全国色んな所で講演をさせて頂いたり、選挙の応援や。[最近気になる議案は?]―それはやっぱり税と社会保障の一体改革。私は厚生労働委員会のメンバーですから、これはしっかりと取り組んでやっていかなければいけないです。[そういえば三原さんは入ってすぐ野党?野党から入った方が勉強になる、と小泉さんもずっとおっしゃっていました]―質問のチャンスがすごいたくさんあるんです。私は自分から「やらせてください」とお願いするタイプなので、もうだいぶ(質問)しました。そういう意味では本当に勉強になっていると思います。[人に伝える、という意味ではバッチリですね、女優さんですから]―そうですか?関係あるんでしょうかねえ(笑)。[役人に刺さっていると思いますよ、言葉が(笑)]

●質問コーナー

Q: 金八先生に教わって、今役立っていることはありますか?

A: 「人という字は支え合って…」です(笑)。[金八先生からは、何て呼ばれている?]―最近やっと「じゅん子」になりました。[それまでは?]―「麗子」って(笑)。私も「先生」としか呼んだことがない。裏では「金八っつあん」って呼んでました(笑)。[国会での先生は、野田聖子さん?]―議員としての厳しさは一番教わったんじゃないでしょうか。ただ、衆議院と参議院って全く違うんです。まず接点があまりない。[フィールドが違う]―そうですね。隣の高校、みたいな。

Q: 今、医療費が毎年1兆円ずつ上がっていますが、ご自身の思うところは?

A: おっしゃった通り、今、自然増が1兆2千億円、今年が1兆5千億で来年になったら1兆7千億になるとか色んな試算がありますが、自然に増えていく社会保障に関して税金を上げてばかりでは、いつまで経っても上げ続けなければ追い付かない。ということは、何かしらメスを入れていくべきだと思います。国民の皆さんが「高負担、高福祉」を望むのか、それとも中福祉でいいよ、と言うのか、それによっても変わってきます。あとは、生活保護の不正受給。こういう所をちゃんと根本からメスを入れなくて消費税を上げる、という論議になるのが、私は優先順位が逆かな、と。まず社会保障をきちっと詰めていって、「こういう事をやるのにこれだけ必要だ」という議論になってほしいな、と思っております。

Q: いわゆる民主党と対決するよりも、論点をきちんとして自民党は自民党なりの政策をやろう、という考え方のほうがいいと思いますが、どう思われますか?

A: おっしゃる通りだと思います。今、一番何を考えなければいけないか。党の事を考えるのではなく、今後の日本で自分たちがこれからどうすべきか、というところの具体策をしっかりと作り上げていくこと。それぞれの考え方が当然あっていいわけで、それを議論していけばいい。そういう政策を作っていくのが私たち議員の仕事ではないか、と。[自民党が与党時代は、内部分裂を装って、ひとつの議論でどんどん自民党をアピールしていく、というのが上手かったですが、最近その十八番が出ない]―うーん…でもやはりこのままじゃ駄目だ、変えて行かなきゃ駄目だ、新しい自民党をどう皆さんにわかって頂くか、色んなことを考えていらっしゃる先生方はたくさんいらっしゃいます。ただ悲しいかな、野党ですので、テレビに出ることもなかなかない、発信しても新聞記事になかなか書いて頂けない。だから私もこうやってインターネットでも何でも出ていって…やはり皆様にお伝えする、というのが、すごく大切だと思うんです。何が変わったか、私たちが言うよりも見て頂くほうが皆さんに一番分かりやすいのかな、と。まず、そういうところから変えて行かなければいけないと、いつも私たち1年生議員の…「一八会」って言うんですけど、「一か八か会」とも言いますけど(笑)。そういう仲間たちと、いつもそんな話を。

Q: 日本には長い歴史があって、中には戦争で国のために命を捧げた方々もいます。国を守る、伝統を守っていく、という責任が我々世代にもあるのではないかと思いますが、どうお考えですか?

A: おっしゃる通りですね。私たちの時代で、しっかりこれを受け継いでいってもらうようにしていかなければいけないと思います。いいものはちゃんと受け継いでいってもらう。日本の良さは、もちろん皆さんおわかりだと思います。同時に先人がつくって下さったもの、先人の思いは大切にしないといけない。[靖国参拝は毎年行っていらっしゃる]―毎年どころか、何かある度に行っています。[日本の文化はちゃんと継承して守っていきたいですね]―愛国心、ですね。愛国心を、ワールドカップの時だけじゃなくて普段から持ち続けていること、これが非常に大切なことではないかと思います。

●今後の政治に対する意気込み

私も自分が病気になって、色々と思ったことがありました。その時に一緒に苦しんで慰め合った、病気の仲間たちがたくさんいます。そういう仲間たちの手助けが少しでも出来たらな、と。あまり皆さんが知らないような難病で苦しんでいる方がたくさんいるんですね。そういう皆さんの、小さな声でも絶対に聞き逃すことなく、地道に聞き続けて、集めて、1歩でも2歩でも前進して行けるような、治療する環境作りや制度、金銭面を、地道に地道にやっていきたい。ただそれだけです。[自分がご病気になって苦労なさった後だから、本当に説得力ありますね]―自分が病気になった時に、その病気のことを詳しく知りたくてインターネットで検索してもなかなかわからなかったんです。そういう時に一番頼りになったのが、同じ病気をした仲間たちだったんです。その仲間たちの大切さがすごく大きかったので、自分もそうありたいと。[どんな時も必ず仲間がいて羨ましいです。ご人徳ですね]―周りの方に恵まれています。[永田町でもどんどんネットワークを作って、またブイブイ言わせてください]―(爆笑)懐かしい言葉ですね、ブイブイ言わせるって![八王子では結構主流です、まだヤンキーいますから(笑)]―ヤンキー。いい響きですね(笑)。