中丸 ひろむ
中丸
第109回
2014年03月12日 放送

日本維新の会 中丸 ひろむ 衆議院議員

子供の頃、お父様の「蒸発」などを経験し、やや「やんちゃ」な時期も経験した中丸議員。 定時制高校を5年かけて卒業し、ミュージシャン→会社経営という経歴を生かし 「たちあがれ日本」を皮切りに政治の道に入りました。 集団的自衛権、経済成長、税制、教育に関して、歯に衣着せぬ強いコメントをしてくれました。 永田町に多いエリートとはまた一線を画す、熱い熱い国会議員です。 第二の田中角栄さん希望です。 生え抜きの「広島カープ」ファン。 あの!佐村河内守と同級生だったという事です。 その頃のお話も必見です。

(以下動画より文字おこし)

日本維新の会(広島3区)比例中国ブロック 1期目

(日本維新の会からお二人目)―109回目…煩悩の次(笑)、煩悩を超越した悟りを開いて(笑)…宜しくお願いします。(続いていた自民党の議員さんとは毛色が違ってみすじ通りにいそうな)―(笑)呼び込み。(ちょっと上品な…)―高めのお店の…そんな事ない(笑)。(さすが日本維新の会。責任野党の)―そうですね。(今日は色々な物を持って来て頂いて…)―この帽子は、私の地元の広島東洋カープの…オギャーと生まれた時から東洋カープファンだが、今年の日南キャンプの時のスタッフ用の帽子で非売品でこれは差し上げられない、私の宝物。お土産は…開けてみて頂いて…(あ、これ!)―これは一体誰だという…ストラップだが…(日本維新の会の共同代表の石原慎太郎さんと…中丸さん?)―もう一人の共同代表の橋下共同代表。(有難うございます。これ日本維新の会で売れている?)―正式には今まだ売っていると思う在庫がある限り。ちょっと重たいので人気が…(日本維新の会も結構お金を掛けてこれでは利益にならないのでは?)―さっき仰られていた様に「誰だ?」という…(石原さんは分かるが、これ(橋下代表の顔)はご自分だと言った方が良い)―そんな可愛いですか?(どっちかと言うと可愛い、ベビーフェイス)―次から自分だと言う(笑)。(橋下さん、もっと悪そうな顔をしている)―(笑)いやいやノーコメントで。(こちらは?)―広島に厳島神社という世界遺産があり、そこにお土産物屋さん通りがあって、名物が杓文字。杓文字に似顔絵を描いてくれるというのがあって、その描いたのを持って来た。だからどうしたという感じ(笑)…持って来ると地元の観光地の宣伝になる。(アーカイブをずっと見られる訳なので)―ここまでのくだりで、広島カープ、厳島神社とくれば、どこで選挙を戦って来たのか言わなくても分かる。なるほど、広島だな、と。(広島3区では議席は取れなかった)―そう。残念な結果になった。(で、比例復活として)―ゾンビ議員となって(笑)。(日本維新の会の杉田水脈議員が前回「河野談話撤回」の話をすごくしてくださったが、女性が「従軍慰安婦」という食い込みにくい問題に食い込んで風穴を開けつつあるという事で皆さん感銘を受けた)―そもそも中山成彬先生の質問から始まって、昨年の12月に、グレンデール、ロサンゼルスに行ったが、実は、「行く」という企画は私が立てていて、始め一人で行く予定だったが何人か声を掛けたら西田譲先生と杉田先生が一緒に行きたいという事で三人で行かせて頂いた…あの時にも色々あったが、我々は粛々と感情的にならない様に、きちんとエビデンスを固める調査をしようと。(まず事実確認と(杉田議員が)言っていた)―そこをしなくて抗議だけで帰ったのでは結局前に何も進まないではないかという事があって。河野談話に関しても、前回石原元副官房長官に来て頂いて…それで河野さんにも来て頂いて、きちんと事実がどうだったのか、別に糾弾しようというのではなく、どうだったのかというのをまず平場に並べて貰おうと。その上で、最終的には政府が解釈していく訳だから、政府がどういう判断をするのかという事を一個ずつ詰めていきたいというのが我々考えているところ。(裏の話では河野さんもその場に出たがっているという話?)―是非出て頂きたい。(政府が止めている?)―前例が無いという事。(この問題は国会の中では冷静でも色々な処で白熱する。感情的にならないというのをご自分に言い聞かせる意味合いもある?)―そうですね。感情的になり過ぎると、何が本当に真実なのかというのを見失う可能性があるので、やはり対外的な問題も含んでいるので、相手には相手の言い分があるのは当然の事なので、こちらの言い分と…裁判と一緒だと思って頂くと良いと思うが、裁判だって嘘をついて訴訟を起こす事が出来る訳で、訴えられた方は何が嘘なのかというのを証明しないと裁判にまけてしまう訳で…仮に嘘であっても。そうすると今回の件もきちんと何が真実なのか、相手の言っている何が根拠が無くて本来は何であったのかというのを積み上げていく必要があると我々は考えてやっている。(グレンデールをはじめ諸外国に従軍慰安婦像とプレートがあり、そこに事実とは違った、日本の認識とは違った事が書かれていて、学校に行かれている子供達が今いじめにあっている)―そうですね。強制的に連行されたのが20万人だとか、そういう事が書かれている訳だが、よくブーメランという言葉が使われるが、例えば韓国軍がベトナム戦争の時にベトナムで何をして来たのか…。結局「ライダイハン」と呼ばれる、強姦されたりとかで出来てしまった子供が35000人いると言われる。どれだけの数をやってきたのかという話もある…そういうのをベトナムはベトナムで今そういう事も真実はどうだったのかというのをやられるでしょうし、我々は我々でまず日本人の…我が党の山田代議士が言われた、子供達が日本人に生まれた事を誇りにするには、事実は事実として当然受け止めなければいけないが、事実無根である事は事実無根であるときちんと糺していく必要があるという事。(日本維新の会は何人?)―衆参合わせて62名。(62名で一強と言われる安倍内閣と戦って見込みはあるか?)―議会はやはり数。今日所属している内閣委員会で、国家公務員法の一部改正する法案で採決があり、自民、公明、民主が共同で作った修正案が可決された訳だが、我々は日本維新の会とみんなの党と一緒に共同提案で違う我が党の案を出していたが当然多数決で負けて政府案の方になってしまうが、実は今回我々が出した案というのは、元々自民党さんが野党時代に作った案。野党時代に作られた法案を、一部は手を加えているがほぼそのままの内容で、政府の方々が元々あまり法案と言われていたものだが、敢えて出して…何故出したかと言うと、そっちの方が改革的には進んでいた。国家公務員の改革をどうするか…進んでいる方を、色々議論があって、温度を冷ました状態にしたのが、分かり易く言うと今回の政府案。我々は自民党さんが本当にやりたかったであろう事を敢えて提案した。この4年間の間に…出されて4年ちょっと経つが、その4年間の間に環境、時間的なもの、色々なものが変わって、議論した結果こうなった…要は妨害が入ったから落ちたのだろうという話。(自民党も鉄が熱くなくなった?)―やはり政府の立場と野党の立場の違いがあるのかも知れないが…改革というのは摩擦が起きるのが改革なので。(責任野党という定義づけなのでむげにはされない?民主党や結いの党みたいに?)―国会中継とか見られている方は分かると思うが、我が党の議員が質問をしている時というのは非常に与党の方は丁寧にお答え頂いているという印象を持っている。(永田町はその辺の温度差、人間関係が分かり易い。今イケてるなとか嫌われてるなとかすぐ分かる)―(笑)まぁあまりその辺は。(もっと自民党と手を組んで、なだめたりすかしたり)―我々も是是非非と言っている…与党の良いところは良い、悪いところは悪いと。中途半端でももっと踏み込むべき事は踏み込むべきだ、と言っていきたい。普通は野党というのは与党と対峙して、出来れば反対していくというのが基本路線だと思うが、我々はそうではなくて、逆に本来必要なものを引っ張っていく様な側になっていきたいというのが党全体の意見として、私もそう思っている。(みんなの党もいるが野党暮らしに疲れている)―分裂してしまった。

●幸せ度数年表

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第109回中丸ひろむ

(1963年どちらでお生まれ?)―広島県。(選挙区?)―選挙区ではない。当時両親が広島県の大竹市という所で教員をしていて、大竹市の病院で生まれた。(お父様お母様も教員?)―夫婦揃って教員だったが、途中で父親が教員ではなくなり…いきなり教員を辞めて鉄工所を作った…会社経営。中学校の先生だった…そのまま真面目に働いていれば校長の道も大丈夫と言われていたのを捨てて冒険、ベンチャーした。良い時は良かったが、オイルショックがあり、その時に負債を抱えて倒産してしまった。母親は教員をしていてくれたお陰で何とか…兄がいるが二人は何とか学校に行く事が出来た。それで暫く父親が借金等色々あって何処に行ったか分からなくなって…(失踪してしまった?)―10年以上音信不通で会えなくて…(すごく昭和な話)―そうなんですよ。この頃(「幸せ度数年表」の下降線「大事件発生」のところ)私も精神的にもそういうのがあって煮詰まって…幼少期に煮詰まると
色々その弊害が青少年時代に出てくる。幸福度的にはそれはそれで、如何なる環境でも楽しむというのがモットーなので、そういう中で楽しみながらだったので少しずつ幸福度が上がっていくが…(お父さんは10年後に出て来た?)―私が結婚するちょっと前位。色々やんちゃな時期があり、今内閣で警察庁の担当の人達に「もっとこういうのを取り締まった方がいいよ」とか色々な事を言っているが、ちょっと取り締まられる側にまわっていた時期もあった、若い時に(笑)。あまり言えないが、交通違反とか…「パラリロパラリロ」とかそんなのがあったりとか(笑)。(暴走族だった?)―そんな事はないが走るのが好きだった。そういう事もあってその頃から組織づくりの勉強もしていたり(笑)。(東京の暴走族の方は今皆立派になっている)―暴走族…まぁ似た様な事を自分でやっていた。(心に傷を受けて…お父さんが居なくなってやんちゃになって)―あまりにやんちゃだったので、仕方無しに父親が出て来て「お前何やってんだ」とえらい怒られ…(お母さんと連絡を取っていたかも知れない?)―そう…出来てなかったと思う。(18歳からどうされた?)―それで色々家庭の(ここ(「幸せ度数年表」の「大事件2」)でグッと下がっている)―これは…子供が産れて落ち着いて…やりたい事が当時あって…すごくずっと音楽がやりたかった、洋楽とかそういうのが好きで、家内と喧嘩しながらその世界に入っていって…(バンドで食べたいと?)―食べていた、31迄7年間。一応CDとかアルバムを出しながら。(だから芸能風、一般人と違う様な…)―多分歌はうちの党で一番上手いと思う。それで地元中心にライブハウスを回ったりしていたが、自分の中で30迄に自分の目指す歌い手としてのレベルに達しなかったら辞めると決めていた。女房と約束をしてその世界に入ったので、30になった時に「ダメだなこれは、才能無いな」と思って辞めた。辞めて地元の音楽スタジオを経営している社長に拾って頂いて、そこでコマーシャルソングとかジングルとか作ったり番組制作とかさわっていたら、何とそこの社長が44歳で癌で死んだ。やっと歌の世界から真っ当な自分の持っているものを活かせる道に入ったと思ったら亡くなって…すごく広島では有名でチャゲ&飛鳥をデビューの時にプロデュースしたプロデューサーで…(広島は音楽がすごく盛んで西城秀樹さん、ユニコーン…)―矢沢永吉さんもそう。…それでその会社が無くなってしまって、親方会社だったので後、会社を整理しなくてはいけなかったので、1ヵ月間ただ働きでで会社を整理していた。食べられないけれどお世話になったので何とかしないといけないと次にやってくれる人が見つかるまで1ヵ月やっていたら地元のテレビ局に拾って頂いて契約社員で来ないかと…広島のフジテレビ系。それで大事件(「幸せ度数年表」の「大事件2」)はあったが…もう一回本当は落ちる↘が…そこへ行って一年チョットしたら、テレビ局の本体ではなくて、グループ会社が7つあって、そのグループ会社…イベントとか広告制作をするところに入っていたが、一週間前にいきなり「この会社を解散する」と言われて「どうすれば…」みたいな。契約社員は保障も何も無いし、退職金代わりに当時やっていた月刊誌の編集の責任者をやらせてもらっていた。「仕事と顧客をそのまま持って行っていいから、退職金代わりに。そのかわり来週から仕事無いから」と言われた。編集の途中まで進んでいる状況だったので、仕方無しに商工会議所に相談に行って、作ったのがネオプランンニングという会社を作った。同じ様な広告とか制作とかプランニングをする会社を作った。はじめ商売は結構面白いと思った↗…当時結構仕事もあってこれもなかなか良い人生だと思っていたが、2003年イラク戦争が起こり、友人が戦場カメラマンをやっていて、彼らが写真展をやったりする手伝いを…イベントの仕事もやっていたので…やっていて「もっとやった方がいいよ」と言ったら、「中丸さんも現地に行かないと本当の空気感は分からない」と言われ、2003年のイラク戦争が終わった後のバクダッドへ行ってしまった。現地の議会の議長とかに会って「広島がやっている平和首長会議に来てください」とか、「広島がやっている復興の歴史から、破壊されたバクダッドの復興を学びに是非広島に来て下さい」という民間外交で行っていたが、行っていた時に現地の日本大使館の方々にすごくお世話になったが、殺されてしまった…当時大ニュースになった。(そういうのがきっかけになった?)―そういうのがあって…当時50億ドル拠出金を出した…5千億円。それが殆ど日本の企業が使わずにアメリカの企業が受注するという話になっていた。現地に一番初めに戦後入った企業人は私だった。色々現地の人から石油の話まで色々な話を頂いて、「そんなに大きな話は出来ないので」という話をして、何か政治に対して矛盾という事を感じていて…(お金とは?)―政府から出す拠出金を5千億円出した。(それがちゃんと使われていない?)―アメリカの企業が受けてアメリカの企業とかイラクの企業とか…自分の国が出した拠出金というのは普通は自分の国の企業が受ける。それから現地の企業とかを使ったり。なのに日本が出したお金をアメリカが使うのはおかしくないか、という素朴な疑問から政治の事を考える様になって…当然会社は疎かになって仕事をしていても面白くなくなって↘(「幸せ度数年表」)下がって来る。それで「たちあがれ日本」に入って政治活動を始めた。(きっかけは何か?)―どの党が良いか…学歴も学歴なので、東大か京大か、そんな感じかと思い、自分が国会議員とは、ちょっと違うと思っていたが、イラクの問題もそうだし、安全保障を何とかしたいという思いがあって、そういうのをやっている人はお目にかかるというか私の知っている範囲ではいなかったので…という事は誰もやらないのだったら自分がやらないといけないと。公募に応募したら、公募はしていないと(笑)。当時「「かけはし塾」という塾もやっているから要らない」と言われ「そこを何とか」と言って勝手に応募論文とか応募要項を書いて押しかけて行って…(公認試験はあったか?)―公認試験は無く、とにかく当時は「たちあがれ日本」は広島に全く土台が無かったので「とりあえず広島で土台づくりをやらせて下さい」という事で広島に支部を設立する準備委員長の名前を拝命して、色々署名活動とか党勢拡大の為の党員拡大というのをやっていたら、いきなり解散して、解散したら「太陽の党」というのが出来た。(という事は太陽の党にもいた?)―僕は支部長ではなかったので、支部設立準備委員長というよく分からない役職だったので「どうしたらいいですか」「考えなくてはいけないね」と話をしていたら4日後に太陽の党が無くなっていきなり日本維新の会になってしまった。(西の方では良いのでは?)―うーん…どうなんですかね。(朝日新聞ではトップが日本維新の会だった事があった。東京では全然だった)―広島にもあまりない。(バッヂをつけられて…)―通った。(お父さんはお元気?)―父親には本当に苦労を掛けたが、私が当選する1年半前に亡くなった。(バッヂをつけたのを)―見ていない。「たちあがれ日本」に入ったのは知っていたか。

●最近の政治トピックス

色々な事をやっているが、今わりと話題になっているのが集団的自衛権。(日本維新の会では何か独自の案がある?)―独自というか、基本的に我々は「これは無い事はおかしい」と。(安倍さんは一日でも早く作りたいが石破さんが抑えている?)―内部は公明党さんを見るとよく分からないが、ただ一つ言える事は、集団的自衛権と言える事を…私の持論だが…そもそも議論している事自体がおかしい、極論を言えば。(仲の良い隣国がやられていたら助けに行くという事?)―よく誤解があるが、国際連合というところはそもそも軍事同盟、戦勝国が作った。集団的自衛権は同盟国同士でどうするかという話が大前提なので、自分のところと同盟を結ぶ…分かり易く言うと…尾張の織田と三河の徳川軍が同盟を結ぶ…織田軍が攻撃を受ければ徳川軍は応援に行く、徳川軍が何かあれば織田軍は応援に行く、それが同盟、そもそもの。今回ので言えば、それを日本の国防、自衛の範囲以内に限定した形で同盟が活きる形にしようという事を言っている。では何故1981年に個別的自衛権はあるが集団的自衛権は無いという政府解釈をしたかと言うと、当時と今と時代背景が全く違う。冷戦時代というのはソ連とアメリカ、西側と東側が睨み合いをしていた。ちょうど極東に隣地する日本でそこに米軍の基地を置いていくという意味で、要は日本ではなくて大国同士の睨み合いだった。日本は西側だった訳だからソ連がもし侵攻して来たらどうするかと言って北海道に沢山戦車を置いて当時やっていた、分かり易く言うと。でも今はそういう時代ではない。今の脅威は北朝鮮であり、13兆円まで軍事力を拡大させた中国であり、そういったところが今の脅威である。そうすると冷戦時代の考え方と今のと全く違う。冷戦時代になんでそんな事を言ったのか、言った人に、河野談話ではないが聴きたいくらい。国連に日本が加盟している時点で、基本的には集団的自衛権というのはあたり前。それを敢えて「無い」と言い切っていた訳で、それは何故かというと「憲法九条がぁぁぁ」という得意の…だったが、実際憲法は九条だけではなくて前文もあれば憲法十三条もあって、当然自分達の生きる権利、平和的生存権というのは保障されている訳だから、生存する事を保障されているのに自衛出来ないという事自体の方が不自然。よく「憲法見直し」とか「憲法解釈の見直し」とか話をするが、解釈を見直すのではなくて、そもそもその解釈はおかしいと。是正もしくは適正化とか正常化というのが考え方ではないかというのが…党内では今からまとめるのだが、個人としては今までがおかしい、普通に戻すだけだという事だと思う。(維新は維新の集団的自衛権の案を激しく政府に提案しているという事?)―はい。(中丸さんの考えとしては地方主権?)―究極を言えば外交防衛とマクロ金融以外は地方で出来るものは当然ある。(市会議員も他の議員も皆同じ様な事をやっている)―そこは分けて考えていかないと…例えばこの間の豪雪で非常に大きな被害で大変だったが、これは本来であればきちんと行政の中でどのエリアがどうなのかと分析してやっていく事だし、所どころで気候も違えば人口も違って道幅だって違う。どうしても国で一つの大きなルールを作ると、やはり最大公約数的な作り方になってしまう、ルール作りというのは…法律もそうだが。そうすると北海道と沖縄の小学校の教室の窓の向きを合わせなくてはいけないという話も出てきてしまう。国がルール作りをするとそれに合わせないと予算が付けられないという事になる。そうではなくて北海道の事は北海道で、九州の事は九州でというのが普通ではないかと。自民党さんもそうは言われている…道州制というのは自民党さんも推進されている。(自民党も選挙地盤の有権者とベタなので余計色々な事をお願いされてしまう、そうすると悪い影響が)―そうですね~。有権者からすると広島市は政令指定都市で独自で予算を持っているが、政令都市でも選挙区には県会議員はいる訳で、そうするとどれが県会議員でどれが市会議員でどれが国会議員か、頼むのにどこに頼んで良いか有権者に分からない。初めに出会ったのが国会議員だったら「集会所の窓ガラスが割れたままガムテープで…何とかして、市役所に言って」という風になる。「私は国会議員だから知りません」とは言えないので、地元の市会議員の先生のところに行って「何かこういうのがあるがやってあげて貰えますか」とお願いに行ったりする様になる。(お話を聴いていると安倍さんと近い)―格は全然違う(笑)。思っている事は一緒だと思う。(維新のエネルギー政策で石原共同代表が若い議員から罵声を浴びせられたというのは、東京裁判を二回も傍聴した方に互角に言って良いのか?)―あくまで個人的意見として言わせて頂くと、長幼の序というか礼節というのは非常に大事だと思っているし、それがあるのが日本の伝統文化だと思っている。お互い国会議員である以上意見を言うのは全く構わないし、でもきちんとした形で言って頂く方が良いだろうと思うし、特にあの時みたいにフルオープンでメディアが入っている時というのは、自分の言った事…逆に言うと石原代表にもお願いしたいというところだと思うが…自分の発した言葉がどういう風にメディアに載って…62人いる訳で、地方の議員の方もおられるので、皆さんにどういう影響が出るのかというのは配慮は必要なのではないか。(石原さんには日本の無形文化財として突っ走ってほしい)―誰も止められない(笑)。(どんどん言っていじわる爺さんぶりを発揮してほしい)―(笑)いじわるかどうか分からない。ご自身で「暴走老人」と仰っている。(是非うまくやってほしい。国会議員だから互角というのは分かるがちょっと残念)―礼節は大事にしないといけない。

●今だから言えるあの日のあの出来事

私のさっきの歴史を見ると裏話というと本当に沢山あるが、私の個人の事よりも最近メディアとかワイドショー、新聞を賑わせている全聾のベートーヴェンの佐村河内守さんの話をちょっとしようかと思う。(知り合い?)―知り合いというか、年も一緒で中学校も一緒で、実は彼の家に中学校の時に遊びに行った事がある。(ワイドショーもこういう人にインタビューしなくては!)―同級生のインタビューは殆ど無い。(「嘘をついている」「さもありなん」というのはあったが…本当はどうか?)―例えば、彼が4歳から英才教育でピアノを弾いていたという話があるが、少なくとも…全部は否定しないが…少なくとも私は彼がピアノを弾いているところを見た事が無い。彼とは中学生の一年生の時に同じ学校で、途中で学校が二つに割れた。彼は南中学校というところで僕は五日市中学校というところにいたが、一年生の時に遊びに行った時に、彼は確か極真空手をやっていた。(その後ジャックか何かに入った)―元々僕の中のイメージはヤンチャな武闘派、彼は。名前の通り家はすごく良い家のお坊ちゃんで、ヤンチャな武闘派。どちらかと言うと話を膨らませて喋るタイプ、子供の頃から。(そういう人こそ政治家!)―膨らまして現実と理想の境目が見えなくなる感じ。例えば彼が極真空手に行っていて空手を習い出すと「俺は黒帯だ」と人の話を受ける前に言ってしまうタイプ…訴えられませんか?(笑)(世間が容認してくれる。名誉市民賞を貰ってベートーヴェンと呼ばれていたがその頃から怪しいと?)―色々聴かれた…「同級生でクラス一緒で遊びに行った事ありますよね」と。「あるよ」と。「昔から凄かった?」と言うから「昔は空手をやっていたし…ピアノ弾いたとこを見た事無い」と言っていたら「えー?でもでもでも…」と言って。同じ中学校だし、お互い知らない訳ではないので、当選してから周りの人が「どっかでセッティングして対談したら良いでは」と。今だから言えるが今年僕の選挙区で毎年有名なアーティストを呼んでクラッシックの演奏会があって、そこで佐村河内君の曲を演奏して、そこに本人も来て僕と対談するという話があった。しなくて良かった~!したら「お前本当にやっていた?」と言えない。「凄いよね」と言ったら…(ネットの番組だから言えるが、やはり男性が好き?)―誰が?(佐村河内さんが)―それはよく分からない…高校は男子校だった。(そこで何かあったのかも知れない)―うーん…広島崇徳高校に行っていた。崇徳高校は合唱が国内有数の有名な学校。でもそこにも入っていなかった。(あそこまで有名になってある意味素晴らしい(笑)…議員になるにも名前覚えて貰うのに必死なのに…刷り物して高いお金使って…)―そうそう。それを一生懸命配って、朝…氷点下の雪が降る中ノボリを持って立っている。(それなのに中丸ひろむより佐村河内さんの方が)―無茶苦茶有名。誰でも知っている。しかもただであれだけメディアに取り上げて頂けるなんて…(開き直って彼に生きてほしい)―この後はお笑いタレントとかグルメレポーターとか音楽評論家とか面白い(笑)。同級生としてやはり反省すべき事は反省して…障害があるのは事実の様なので今から頑張って立直って貰いたいと。才能がゼロな訳ではないからもう一回自分でやるというのも一つの道だと思う。(ゴーストライターを雇っていてもあそこまで有名にならない)―プロデュースしていた、自分で楽曲の内容まで。(相手の教授を雇ったり、その才覚はすごい)―相手の人を訴訟で訴えるとか言っていたが、僕は訴えない方が良いと思う。(言ってあげたら?)―会ったら「止めた方がいいよ」と。もし聴く事があったら「止めた方がいいよ」(カメラに向かって)

●質問コーナー

Q: 東京オリンピックの開催を暑い夏ではなく5月や10月の一番良い気候  の時に開くように働きかけをして頂きたいとお願いに来た。経団連など  で言っても「もう決まっているから」と言われるが何とかIOCに働きか  けは出来ないか。
(前のオリンピックはそうだった)
A: 体育の日があるのがそう。祝日の問題…オリンピックの開会式があった  日が体育の日…もう一回オリンピックをやったらまた祝日が増えるのか  と。では長野の時はどうだ札幌の時はどうだという話になる。祝日自体  も考えた方が良いのでないかというのが党内でも実はやっている。今の  ご発言は至極ごもっともで、確かに7月の東京は本当に暑いので「あつ  いおもてなし」と言われるのか分からないが、調整できない理由という  のも詳しい事は私も分からないので調べてみて、出来ないのだったらど  ういう理由があるのかというのも聴いてみたい。動かせるものなら春な  り、スポーツの秋なり…(日本の印象が違う)―それは全然違う。「何と  暑い国だ」という印象なのか「非常にスポーツのし易い国」なのかとい  うのがある。
Q: 1億3千万人でもその事に気がついている人がいない。
A: 非常に良いご指摘を頂いた。
Q: 3.11から3年が経って避難民の方がまだまだいるが、長崎の原爆の後  3カ月で学校を再開している。原発の見えないところで恐怖を煽り過ぎ  ているのではないか。避難民の方が一日も早く元の生活に戻れるよう政  治判断をと思うがどうか。
A:私が広島出身で、亡くなった父が被爆者。祖母も被爆者で私は被爆二   世。毎年ただで検診を受けるというのは実験台になるのが嫌で一回も行  った事がない。広島は核爆弾が落ちて三日目で電車が復旧した。50年草  木が生えないと言われて…今緑沢山あるし、勿論原爆症で苦しんでおら  れる方がいるのは事実。非常に難しいと思う。帰れないのなら帰らな   い、帰れるのならいつ頃帰れるのか政府として打ち出すべきだと思う。  帰れる基準値というのを、感情論ではなくて、きちんとした調査に基づ  いた数字で、それも国際基準に照らし合わせて…それはもう限りなくゼ  ロに近い方が安全なのは誰だって分かっている事で。そう言ったらラド  ン温泉はどうなのか、レントゲン技師はどうなのかという話になるか   ら、どこまでが良いのかというラインは政府がきちんと責任を持って作  る必要はあると思う。
Q:今色々と経済を良くしなくてはいけないという事で三本の矢が出ている  が三本目の矢がよく見えて来ない。それについてどういった方向性でや  っていきたいのか、民間に任せるところは民間に任せなくていけないと  思うが、それについての説明とは?
A:仰る通りで、三本目の矢は透明かと思っている位分かり難い。財政出動  とか大胆な金融緩和とかこれは一言で言って分かり易いが、三本目の矢  を四月一日の消費税導入に合わせての5.5兆円の対策だったり色々な  事をやられるが、結局それが本当に…経済成長というのは時間を掛けて  やっていかなくてはいけないもので、一部の企業だけではなくて…私は  今日本に一番必要なものはベンチャースピリッツだと思っている。わた  しが起業した時もそうだが、雇用を増やすのにどうするか、賃金を増や  すのにどうするか、これは非常に大事な問題だが、単純に会社の数が増  えて皆が人の取り合いをすれば給料が上がる。沢山大きなベンチャーが  出て来ればそこから必ず中堅企業が生れ、その中の何千社、何万社の中  の大企業が…ソフトバンクがそうであった様に、楽天がそうであった様  に必ずそういうのが生まれて来る。その裾野を作る…起業家に成りたい  と言う子供が日本はまず非常に少ない。経営学は学ぶが、本当の経営と  いうのはもっと月末の支払いの時期になったらどういう心境になるか、  ボーナスを払う方は大変なのだという話とか、こういう事をまず大学で  教えない。分からない、経営した事が無い人が経営学を教える訳だから  アメリカみたいに本当に経営者が経営者の為の大学で教える様な仕組み  を作らなくてはいけない。そういう人が沢山増えて来て…しかもアメリ  カは会社を倒産させた経験のある人というのは素晴らしいと言われる。  何故かというと何をやったら倒産するか分かっているから。(よく男の  人は刑務所と倒産と入院はハクをつけると)―(笑)そういう事を言う政  治家いたみたい。日本は倒産すると終わってしまう。だからそういうス  キルを積んだ人を…再チャレンジという言い方をするが、法律の整備で  会社に…社会的な影響の大きい会社は別だが…小さな企業の場合の再建の  仕方、会社のたたみ方、ここは大きく改革する必要があると思う。
Q: 財産が52~3億あるが…(会場拍手)…女房と娘二人。どうやって娘達が  一人15億の相続税を払うのか。今の日本の相続税法間違っている。ただ  金持ちから取ればいいという発想で政治家も財務省も国税局もどこもそ  の事を真剣に取り組んでいる人はいない。中堅企業の億単位の相続も、  株式は上場していないと売れない。3億5億10億の会社の資産を全部株  式で割る、娘や息子が全部その株式を相続する、上場していないから換  金できない、払えない。どうなるかというと父親が蓄えた会社は潰れる  しかない。相続税が払えなくて会社を潰すしかない。そこのところを研  究して貰いたい。
A:今のお話には大事な点が2点入っていると思う。1点目は物事の考え方  として、嫉妬心からは何も生まれない。お金のある人からお金を取る、  その気持ちは分からないではない。但し、それでは誰も豊かにならない  し社会は絶対豊かにならない。全部を一旦国が集めて分配するというの  は共産主義的な考え方、社会主義とか。資本主義の良いところは自由に  は責任が伴うという事とチャンスがあるという事だと思う。チャンスが  あるという事はリスクもあるという事。お金持ちの人のお金をいくら取  ったところで、その人は何故豊かにならないかというと、その人はお金  の産み方を知らないから。お金の産み方を知らない人にお金を渡すとい  う事は、単に生活費を渡しているのと同じ事。何も産み出さない。お金  の使い方を知っている人はお金を増やす事を、世の中の為に役立つ事を  知っている人のところに…富が富を呼ぶというのはそういう事だと思   う。自分は貧しいから欲しい、その欲求は理解できるが、それを国の仕  組として入れた国がどうなるかというと、100年かけてソビエト連邦  という国がやって崩壊した。国全体でこれをやると非常に失敗…だから  アメリカはオバマ大統領がやろうとしている格差是正も含めた政策に対  して反論する保守系の人が、ティーパーティーも含めて沢山いる。日本  はどちらかと言うと、世界的に成功した資本主義的社会主義。相続税な  どもそうだが、相続税は三代やると無くなってしまう、土地とか建物   も。これが良いのかという議論は当然あるが、昔は家督制度というのが  あった…長男がそれを引き継ぐという…その代り親の面倒をみる、墓を守  る、財産を守る。こう言うと財務省とかは土地が流動化しないと言い出  す。まぁ日本で家督制度を復活させても、しょせん金持ちと言っても中  国とかアメリカのお金持ちに比べれば知れている。この間ロサンゼル   ス・グレンデールに行った時に色々な地元の家とかを見せて貰ったが、  ちょっと高台に3億4億のプールが付いた家が普通にバーッとある。日  本だったら大変、知らない人がいない位の大邸宅が普通にある。やはり  相続税というのは大きな影響がある。相続税の見方というのは、二つあ  る一点目は、内面的な貧しさを武器にする人はより貧しくなる、心とい  うのは。豊かな人はより豊かになっていく。豊かになりたければまず心  を豊かにする事が大事だと思うし、心を豊かにするという事は貰う事を  考えるのではなく、社会にどう与えるか、自分は社会に対して何が出来  るかというのを考えるところから豊かさというのは始まると思う。それ  が本当に豊かな国だと思っている。
Q:素晴らしい!男気。
A:家督制度とか古いとか、外国のメディアに極右政党と書かれる(笑)。よ  く極右と言われるが全然極右ではなくてゴルフでいうとフェアウェイど  真ん中にショットを打っている。僕の事を極右と言っている人は左下の  OBにいる。だからフェアウェイセンターが右に見える。
Q:一回生議員でここまで堂々と意見を開陳できる人に久しぶりに会って感  動した。
A:私の場合は本当に小さな会社だが、トータルで数百名の従業員の方に働  いて頂いて、本当に色々な人と経験させて頂いて、実体経済の一番支え  ている9割以上の中小企業というのがどういう状況にあるか、友達も皆  そうだし、実態を知っているだけに逆にそこをどうすれば日本の経済と  いうのは上がって行くかという大事な部分で、今までの政治であまり見  られなかった。我々経営者も政治に対しての距離感を置いていたところ  も多い…その企業というのが組合とかそういう団体に入っていなけれ   ば。

●その他

(税金を沢山払う様な人は敵だという様な人が多い)―僕は大好き、そういう人。勿論弱者切り捨てというので成り立たないので、それは当然セーフティーネットというのは必要。やはり成功する人を祝福するという考え方はすごい。それで子供達は夢を持って「ああいう風になりたい」という訳で、そうすると野球選手とかサッカー選手とか位しか成りたい職業というのは…子供が夢を持てない、寂しい。(日本の税制が悪いから野球選手も節税の事し
か考えてない。だから悪くなってしまう。カープも)―カープ。今年こそ優勝して貰わなくては(笑)。