井上 貴博
井上
第135回
2014年10月15日 放送

自民党 井上 貴博 衆議院議員

小選挙区になってから第41回総選挙から福岡1区は、ずっと民主党が議席を取り続けていた選挙区でした。博多中洲の歓楽街のど真ん中に井上家代々のお家があるそうです。周りから三味線の音が聞こえてくる風情のある料亭街。しかし、井上議員が5年生の頃から!!貴博少年「女の人が泣きんしゃるよ~」お母さん「泣かしときんしゃい」という会話がされるような歓楽街になりました。(会話からお察しください。。。)エリートの机上の空論だけではなく、歓楽街の中で様々な人間関係を生に見てきた井上議員ならではの発想を、永田町にぶつけて頂きたいですね。おじい様お父様も福岡県議を歴任され、日本消防協会では笹川良一さんが会長、井上議員のおじい様が筆頭副会長という事で、あの「戸締り用心火の用心」日本船舶振興会のコマーシャルを、おじい様が今で言うプロデュースされたそうです。[懐かしいCM!!毎日違うバージョンが流れました。同世代の小学生が沢山出ていたので、興味深かったですが、何のコマーシャルかよく分からなかったのがスゴかった。。。]https://www.youtube.com/watch?v=LpxGmpI_3cc国会戦略特区に選ばれた福岡市をお祭りの様に盛り立ててくれる議員さんです。

(動画より文字おこし)

自民党 福岡 1区 1期目 (2014年 10月14日収録時点)

 

先生大きいですね。噂には聞いていましたけど(笑)] ― はい、僕は弾除けですから(笑)

[女子が二人ぐらい入りそうです。身長はどれ位なんですか?] ― 185センチですね。僕より大きい身長もいますよ。宮﨑謙介さん、小林鷹之さん、同期。彼らの方が身長は高いですよね。体重は僕の方が重いです。[体重はちなみに?] ― 僕は同期では二位ですね。

一位は○○先生がいらっしゃいます。[それだけ押し出しがいいと、どこに行っても目立っていいですね。なんと福岡1区ですから。ドンパチ聞こえてきそうですね] ― 僕は家が中洲なんですよ。生家がです。[周りが、申し訳ないですけど風俗街ですか?] ― とんでもない所ですよ。私の小学校4年生までは料亭街だったんですよ。小学校5年生から三味線の音色が違う声に変わりましてね。小学校4年までは三味線の音色でいい感じだったんですよ。それがごろっと変わりましたね。家の祖父が県会議員をしていたんですが、その時に一軒そういう店が出来たんですよ。そうしたら、福岡市でどこかに集約しなきゃならないということで、本当は全然違う所が二か所、候補地に上がったんですね。そうしたら、住民の猛反対でとん挫して。どこかに決めないと、天神という繁華街や博多駅に出来てしまうので、条例でどこかに決めようと。そうしたら中洲しかないので、家の祖父がじゃあ、うちん所に集めなさいと言って、全部集めた。その時に面白いことがあって、家の親父が祖父の所に飛んできて「あんたのお陰で地価が下がったやない!」言ったんですよ。家の祖父が言ったのは「おまえ、売る気か?」(笑)「固定資産税が下がって、おまえ俺にお礼を言え」と。(笑) [吉原なんてそうでしたよね。昔は芸者さんなんかいた街が、あっと気がつくとソープランドになっちゃった。中洲もそうゆうことですか?] ― そうゆうことですよ。[全国から押し寄せるんですよね。大変な地域ですよね] ― ピンポンダッシュだけはやめて欲しいなと思いますね。そういうお店かと思っちゃて。(笑) [屋台も近いんですか?] ― 近いですよ。屋台は風情があっていいですね。中洲にいると、世間の表面的なことだけじゃなくて、本当の人間の姿が見えますよね。

●幸せ度数年表

(ダブルクリックで拡大)

第135回井上貴博

僕は生まれてすぐ、心臓が止まりまして、すぐ復活するんですが、この経験で結構追い込まれた時、窮地に立った時に「あ、俺、一回死んでいるんだ」という気持ちになれるんです。身体が弱かったので運動をずーっとしまして。大学は受験には失敗してしまいましたが、友達には恵まれて、それで留年してしまいまして、その時後輩たちが頑張ってくれまして、これはどうにかせないかんと。僕の家に誰かが住み込む、誰かが食事の手配とかですね。全部やってくれて何とか卒業することが出来ました。卒業したら田中貴金属という金の会社に入りました。バブルのころだったんで、金のおりんと売りましたよ。おりんは税金かからないんですよ。就職どうしようかと思ったんですけど、本当にくだらない理由で、「一度はきんを触ってみたい」と思いまして。ただそれだけの理由で田中貴金属に入りまして。(笑)当時バブルで一番いい時だったんで。あの頃は金は安くて1600円とか1800円とか。今は上がって3000円か4000円するんじゃないんですか。僕は買取で金歯も買い取ったことありますよ。そこで知り合ったのが家のかみさんでして。結婚しまして。[田中貴金属には綺麗な方が多いんですよね] ― それで、福岡に連れて帰りました。子供が生まれる訳なんですけど、そこがピークかなと。それで、県会議員に出させて頂きまして。[おじいさまもお父様も県会議員だったんですよね] ― ここにはっぴを飾ってますけれど、家の家は消防と山笠やっているんですね。博多祇園山笠というのがありまして、日本三大祇園のひとつなんですけど、父も祖父も会長経験者なんですよ。消防は日本消防協会の副会長をふたりともしていまして、日本船舶振興会の笹川会長が会長の時の副会長が家の祖父なんですけど、その時の「戸締り用心、火の用心」のプロデュースは家の祖父がしたんです。[えー!!あのコマーシャルですよね。フジテレビの夕方にやっていた!!] ― 笹川会長のお孫さんと同期で衆議院議員に私はなったという、本当に巡りあわせだなあと。江戸ぶりの軽いまといを作らせて、笹川会長に持って歩いて貰ったんです。笹川さんが日本の消防のトップだということをみんなに知らしめるためだったたんです。[あれ、すごい擦り込み効果がありましたよ。毎日観てましたから] ― あの時に消防団も自分達にお金がなくて、それを助けてくれたのが笹川会長で、基金を作ってくれたんですよ。それが、今の消防団が全国的にやれるという状況を作ったんです。[消防団って、昔から警防団といわれるのからありましたよね。笹川さんの時から盛り返したということでうすか?] ― 消防団を自主的に運営することが難しい時代で、それを自主的に運営する基礎を作ってくれたのが、笹川会長で。行政もサポートしてもらえるように徐々になってきて。署団一体と言うんですけれど、消防と地域の要の消防団員が連携を取って消防、防災をやる。僕も消防団員なんですけれど、「自分の地域は自分で守る」という消防精神は本当に大事だなあと思います。消防団を中核とする地域防災力の充実強化の法律を、議員立法で作ることが出来たんですよ。これは非常に大きくて、消防団の処遇改善とか。200万人いた消防団員が87万人ぐらいになったんですよ。地域を守るのに消防署の職員だけじゃとても出来ないので。法律を作らせて頂いたんですよ。[早いですね。永田町のバッジをつけて二年弱じゃないですか] ― 消防議員連盟の隊長は古屋隊長なんですけど、同期では務台君という元総務省のエキスパートがいましたし、僕は中身がある程度わかっていた。プロジェクトを組みました。自民党にすごいなあと思う所は、エキスパートが10人、20人揃うんですよ。[その立法によって、消防団は増えそうなんですか?] ― はい、増えそうです。祭もそうなんですけど、僕が議員にならせていただいて、祭振興議員連盟の事務局次長をさせていただいていているんですけど、ユネスコの世界遺産に登録申請を出させて貰ったんですよ。全国、何万もお祭がありますけれど、国の有形無形文化財が32あるんです。その32の有形無形文化財の祭をユネスコの世界遺産に登録を3月に出させてもらったんですよ。この前、和食が世界遺産になりましたよね。その時に文化庁の役人が「和食の次のネタがないんですよ。探しているんですよ」と言うので、ネタが無いと言って俺のところに来るんだったら、祭でしょ?と言ったら、「そーなんですよ。祭を世界遺産にしたいんですよ。」と言うから、今年3月に申請を出して、再来年、平成28年に世界遺産になります。[そうなんですか!おめでとうございます。また、日本への観光客が増えますね] ― 今、インバウンド、仕掛けをいっぱいやってるじゃないですか。人工的なものあるし、このような世界遺産もあるし、様々ですね。自然遺産もあるし。[みなさん、見てください。このお祭りのポスターに写っている方達、素人じゃないですよね] ― みな素人です。(笑)博多の良さは宵越しの金を持たない。みんな吐き出してしまうんですよ。家の祖父からもですね。家から外に出せと。そのことだけやれと。家から外に出せば必ず何かが起こると。[何を出すんですか?] - お金を使う。話し合いをする。それからいろんな会社を作ったりするだろうと。家から外に出すことだけの仕掛けをどんどんやれと。空元気で行けと。家の親父は120キロぐらいありましたけど。[お父様はお元気でいらっしゃるんですか?] ― いや、もう死にました。おふくろがですね、親父が死んで一周忌までは大人しくしていたんですけれども、一周忌を終わらせて67歳の時ですね、留学しまして。[未亡人がですか?] ― それで英語がベラベラになりましてね。今、74歳ですけど、アメリカの領事館とかいろんなところに友達の外人がいる訳ですよ。そういう人たちが、この人観光で案内してと言って、九州国立博物館とか案内してますよ。(笑) [公認ガイドみたいですね] ― 今、女性が輝く社会とか言っているじゃないですか。自民党のPTの中でその会議があったんですよ。ターゲットが20代、30代の今働いている人のような気がしたんですよ。それで、ちょっといいですか?と手を上げて、母の話をした訳ですよ。68歳になって英語がしゃべれるようになって、いろんな所で引っ張りだこだと。年は関係なくて、若者から高齢者まで情勢が輝く社会を言った訳ですよ。そうしたら、次の会議の時に、修正になったところは赤で出て来るんですけれど、若年層から高齢者までと出てるんですよね。だからですね、言ってみるもんだなあと。(笑)頑張った者が報われる社会じゃないとだめですよね。頑張らない人が報われる社会になっているところがあるので。僕は地元でタクシー会社をやっているんですよ。タクシー会社と自動車学校を。タクシーの運転手さんより、生活保護の人の方が手取りがいいとかね。[それは困りますよ!] ― そうなんですよ。働ける人は働いて、どうしても生活保護が必要な人に生活保護をきちんと与えてあげると。そうゆう状況じゃないと、本当に不公平だなあと思いますよ。[お酒は飲まれますか?]僕は最近飲んでいないんですよ。県会議員になった時に忘年会、新年会が200くらいあるんですよ。その時に徹底的に飲んでいたら、急性アルコール中毒になりまして、それから肝臓をちょっと痛めたんで。[それで、やめたんですね] ― 乾杯の一杯とかね。それぐらいで、後は飲んでいないです。[こういうお身体だと、若いんだからとか、のめるんだからとか大変でしょう?] ― 祭が多いですからね。(笑)祭には酒がつきものでしょ。

[二年前の12月に衆議院の当選されましたね。これはなんと、福岡1区ですから、松本ドラゴンという人がいたんですよ。ずーっと民主党の牙城だったんですよ。福岡は内部が大変ですよね。武田良太さんとかいるんですよ。私たちにわからない世界が、選挙よりもその前の選挙が生きるか死ぬかだから] ― よく知っていますね。詳しいですね。(笑)

県会議員の時にですね、僕は警察委員長していたんですよ。その時に作ったのが「暴力団排除条令」です。全国で初めてです。中州に住んでいて、警察委員長で、暴力団排除条令を作っていました。警察から防弾チョッキを用意しているから、博多署まで取りに来て下さいって言われて。(笑)それで、警察に取に行ったんですよ。中途半端じゃなくて、本気でやると大変なんですよ。命がけでね。うちの家にも防犯カメラが出来たし、この条例が出来て、一年ぐらいは防弾チョッキを着ていましたね。[自分の身は自分で守るのを地でいっていますね] ― 消防団で教わっていますからね。自分の地域は自分で守ると。この時はきつかったですね。[この方のおかげで、みかじめ料とかなくなっちゃう訳ですから、このやろうって感じじゃないですか]― いや、僕が作ったわけじゃないですから。知事の提案で僕たちが賛成するということですから。[怖い目にあったことはないんですか?]

― 怖い目はまったくなかったわけじゃなないですけど、[防弾チョッキは役に立たないですんだんですね]― 博多署の警察官がね、「用意しましたから」と言うので、「貰って行くね」と言ったら、「あ、それ3万7千5百円です」と。「これは、遠くから撃たれた分には大丈夫なんですけど、近くから刺された分は駄目です」と言うからね、「歩くのに近くから刺される可能性の方が高いやろ!」と言ったら「ちゃんと用意していますから。

7万8千円です」と。「おまえ、警察官辞めて、俺のところの営業に来い」て言ったんですよ。(笑)警察官、いいセンスしていますよ。[防弾チョッキはくれないんですか?] ―

くれないですよ![福岡1区の公認というのは、ご自分から手を上げたんですか?それとも回りから言われたんですか?] ― 推薦頂きまして。僕は博多区で親子三代県会議員だったんですけど、衆議院選挙以外で、博多区は一回も松本龍さんに負けたことはないんですよ。市長選挙、知事選挙、参議院議員選挙負けたことがないんでしょ。[仁義なき戦いですよね] ― そうですね。狭いエリアの人間関係の中で戦う訳ですから。[麻生さんなんか心配していらっしゃるんですか]― いやあ、呼び出してげらげら笑って「頑張れよ」というだけですよ。[いい字ですね。(幸せ度数年表の字を指さして)味のあるいい字を書かれますね。]― 優しそうでしょ。(笑)

 

● 最近の政治トピックス

アベノミクス第一の矢、第二の矢があって、麻生先生から「サービス業まで行き渡るまで、タイムラグがあるぞ。おまえだったらどうするか」と言われたんで、「交際費ですかね。呼び水にはなりますよね。」という話をして、「交際費の枠を広げてみたいと思いますよね。」と言ったら「いいところに目をつけたね」と言われましたけどね。麻生先生は政府の方で、僕は自民党の方で、ずっと言っていて、税調の方で認めてもらえまして。上場会社は一年遅れたんですよ。非上場会社をまず、600万の満額を認めさせたんですけど。「これで、中州もすすき野も大手を振って歩けるぞ」と麻生さんが言うから、いや飲み屋だけじゃないんだけどなあ。一番良かったのはデパートですよ。お中元、お歳暮をやめていましたから。それがCMまで出るようになって復活したし、贈答品も単価が上がったんですよ。そういったところはすそ野が広いから良かったなあと思っていますよ。

あとさっきの消防ですよね。あと人工光合成、水素ですよ。これから水素社会をですね。[女子たちは水素のサプリを飲んでいますよ。身体が錆びないというんで。頑張ってのんでますよ(笑)]― 水素は身体にいいですよね。あとは福岡で取らせて頂いた、国家戦略特区です。日本で六つだけ、国家戦略特区といって規制緩和をして、いろんな事が地域でやれるというんで、福岡は高島市長、若くてKBC九州朝日朝日放送のアナウンサーだったんですけれど、四年前に選挙出て通って。非常に若い発想で。それが僕が留年した大学の後輩だったんですよ。唯一見つけた後輩だったんで、これは大事にしようと思って応援しまして。アナウンサー出身ということもあって、国家戦略特区のプレゼンテーションが素晴らしかったんですよ。僕が直接聞いたわけじゃないですけど、麻生先生いわく、甘利大臣が「国家戦略特区の高島のプレゼンテーションに騙されたかもしれません」と言うくらい上手かった。目玉は雇用と創業特区なんですよ。釜山なんて飛行機で30分ですから宮崎より近いんですよ。上海まで1時間20分、東京まで1時間半ですから。福岡の感覚は日本の中でもちょっと違いますよね。アジア人慣れしているっていうね。大陸慣れしているっていう。おおらかだけども、激しい。[東京の常識が通用しない時がありますよね]― 福岡失言の法則というのがあります。[では、次のコーナーで]

 

●今だから言える、あの日のあの出来事

 

福岡の人は結構失言してるんですよ。[いっぱいいましたね。麻生さんが筆頭ですよね。言葉狩りはマスコミも良くなかったですよね。でも、知り合いにいたら麻生さんって太陽のような方だと思いますよ]― 福岡の人って、麻生先生、山崎拓さん、太田先生、松本龍さん、全員失言して、失言していないのが無口の古賀先生だけなんですよ。それはなぜかと、理由があるんですよ。これね、福岡は逆説を使うんですよ。福岡は人をまとめる時に逆説を使うんですよ。たとえば、何か物事が進まない、そういう時に「じゃあ、あまえたち、せんでもよか!」と言ったら、言われた方は、しなきゃいけないでしょ、こいうでしょう、あーでしょうと言うんですよ。熱いとこだから。そうしたら、「そーやろうが。そしたら、おまえたち、ちゃんとやらんか」と。そうやって、落とすんですよ。こっちに来たら、「せんでよか」と言ったら、「あ、しなくていいんですね」とストレートに言われるから、腰ぬけるんですよ。「しないんですか?」と逆に言われたりする。それは福岡では有り得ないんですよ。逆説が福岡の人達の失言にみえている。本来はやる気をですね、喚起を促す、やる気を起こさせるために言っている言葉が違うように取られる。ある意味では、そこも地域柄を理解してあげて、報道してもらいたいという。僕たち福岡の人達は失言と思っていないんですよ。逆説を問題提起の様にポンと言うと、みんな考えるんですよ。[でも、記者はその通り聞くし、そこだけ切り取ってオンエアーしちゃうんですよね]― そうなんですね。[古賀さんは喚起を促すようなことはしなかったんですか?]― あんまりしゃべられないから。[古賀誠橋というのが有名ですよね。一度は観光に行ってみたいんですけど]― むこうのエリアは全然わからないんですよ。県南の方は。県会議員だったんですけど、災害の時だけ行っていました。[言葉尻だけ取っていったら、本質を見失っちゃう感じがしますね]― そうなんです。何にも言えなくなっちゃうんです。でも、公式な場では言葉を選ばなくちゃいけないので、こういう場では気軽にフランクにしゃべり難いというのはありますよね。[福岡の自民党議連の会話、一回録音してきて下さいよ(笑)]― 福岡で鍛えられると、みんなボスになっているんですよ。拓さんも麻生先生も古賀先生もみんなボスになっているでしょ。まとめる力とか福岡県自体が大変だから。[人と人のぶつかり合いだから、上っ面だけじゃだめなんですよね。入んなくちゃいけないから。その一歩入るのが勇気がいるから。東京なんてなかなかそこまで入らないから。いつも人の腹に入っている人たちだから、ボスになるのは簡単ですよ]― たとえば、渋谷の交差点でカップル同士が出会うでしょ。こっちも彼女連れ、あっちも彼女連れで、出会いました。

その時に東京の人は「あ、彼女?じゃ、今度、飯でも食いに行こうよ。あ、じゃあね」と言って通り過ぎるじゃないですか。なにげない会話ですよね。福岡の人はカップルが出会いますよね、何て言うかというと、「誰や?」「どこに行くとや?」土足で人の中に入り込んで行くんですよ。人の中に入り込んで行くんで、こっちからすると、余計なお世話を言うんですよ。そういう人たちばかりの中で育ってきたから。そういうことは言わないようにしていますけど。[心の中で思ってる(笑)] ― 一応、知りたいじゃなおですか。友達の彼女ってどこの人って。それをスクランブル交差点で言うかどうかという問題はあります。福岡は土足系ですね。フランクですね。[大阪人もそうですね]― 大阪人の方がフランクでしょうね。福岡はまたちょっと違う。[自民党も福岡1区を取れて喜んでいるでしょう] ― そうですね。博多から初めて衆議院議員になったので。

 

●今だから言えるあの日のあの出来事

 

今だから言えるなんですけど、実は僕のひい祖父が衆議院に出ているんですよ。母の祖父なんですけど、衆議院選挙に出ていまして落選しているんですね。第20回衆議院議員選挙ですから、相当前の選挙なんですけれども、そこで戦った方が、松本龍さんのお爺ちゃんなんですよ。僕は選挙が終わった後に母からきいたんですけれど。衆議院選挙に負けて、そのあとはビジネス一本で商工会議所の会頭になったんですよ。巡り合わせだなあと感じましたね。

[御一家で中洲で事業とか地域貢献をされいて、まだ話していない話がいっぱいあるでしょう?]― 中洲で中洲ジャスとかね。オクトーバーフェスの僕は実行委員長なんですよ。イベントやっているんですよ。20万人ぐらい来ますけどね。福岡は面白いんです。でも、意外と治安がいいんですよ。[ドンパチのイメージがありますけど]― ドンパチは北九州なんですよ。

 

●質問コーナー

 

[中国が従軍慰安婦や南京大虐殺をユネスコ遺産にしようと画策しているんですけど、政府としては反論とかなんでしょうか]

反論はしていこうという事は言っていますよね。いろんな形で日本としてのメッセージはちゃんと送らないとだめですよね。アメリカ在住の日系の方なんかはそれを言われますよね。

 

[オリンピックが始まってしまうと、東京に持って行かれた感が福岡あるんじゃないですか] ― 東京一極手中は出生率も低下しちゃう。地方の景気も良くしてあげたいし、地方に住んでもらえる状況を作るかというその先頭を福岡が試してね、成功事例を作って。

[福岡が成功事例作ってくれないと、他は結構きついと思いますよ。戦略特区も取った訳ですから良い成功事例が出ると思いますよ。]― いろんな意見を吸い上げて試したいと思っていて、福岡にどんどん意見をお願いします。