井出 庸生
ide
第173回
2015年11月18日 放送

維新の党 井出 庸生 衆議院議員

東大の野球部出身、卒業後はNHK記者となります。

そして、みんなの党から参議院選出馬、初めての選挙は涙をのみ、

その後、長野三区から衆議院選に維新の党として出馬し、二期目の現在も熱心に活動中です。

基本はスーツで、みわちゃんねるに登場して下さる国会議員さんが多い中、井出議員は普段着のスタジャンと、ユニクロで現れました!

TPPについても熱く語ってくださいました。

(動画より文字おこし)

維新の党 長野3区 2期目(2015年11月18日収録時点)

[あの~、維新の党…なんですよね?]―はい、そうです。[今日の新聞かな? 下地さんも党を辞めさせられた、と載っていましたけど、それはどうなんですか? 他に7人ぐらいいる、と書いてありましたけど]―先月、先々月と色々ありまして。大阪に行かれた方と大阪に行かないで残った私たちと、どっちでもない方が何人かいるんですけど。[現時点で何人いらっしゃるんですか?]―えーと、今は…26人かなあ。[じゃあ、大分減りましたよね]―もともと衆・参で51人いたんで、ちょうど半分ということですかね。[すみません、カジュアルですよね、今日は。私のほうが遅れて参りましたけど、どなたが座っているのかな、と(笑)。ADっぽくていいですよね(笑)]―すみません(笑)。あの私、会館にスーツをずっと置いてあって、晴れている時とお酒を飲まない時はいつも自転車なんですよ。[都内の移動が?]―ええ、大体30分ぐらいなんですけど。[議員宿舎に住まれているんですよね?]―議員宿舎にも入っていないんで。[個人で借りてる。そういう主義なんですね?]―まあ、もともと「みんなの党」にいた、ということもあって。[みんな肩肘張って、大変そうですね~]―ええ、くそまじめに議員生活が始まったんで、そのまま現在に至っているわけですけど。[それで…格好のことなんですけど…]―それで、いつもこんなジーンズ穿いたり…これ、ユニクロなんですけど(笑)。[ジーンズはユニクロ?]―そうですね、でも地元でも割合、土日の活動とか、あとはお祭りに追われたりするんですけど、「みんなカジュアルだから日曜はオレもいいんじゃない? カジュアルで」みたいな。だんだんそんな感じになってきて。[まあそれは全然厭わないですけど。でも珍しい。初めてですよね、こんなカジュアルっていうのも]―本会議で議員会館から本館に行く時と、地元で来賓がいらっしゃる時はきちっと。[でも、いいですね、そういうの]―そうですね、結構ストレスが溜まる仕事なんで、できるだけストレスを最小限にね。[党内環境も良くないですからね]―党内環境は本当にね~。[話は戻るんですけど、何で下地さんが除名になったんですか?]―大きく言ってしまうと、51人でずっとやってきて、大阪の皆さんが離党されて新党を作る、と。新党を作るために離党するんだ、ということだったので、そうするとお互い政策上で激突があったわけでもないんで。党本体からすると「新党を作るために出て行くのは、それはちょっとどうなんだろうな」ということで。ですから除名になっている人は、大阪の新党に入られてそういう処分、ということになっていますね。[東京のヘッドというのは、松野さん?]―そうですね、まあそうは言っても、ちょっとゴタゴタが長期化してきているので、今度代表選挙をやるんですけど。おそらく松野代表と、参議員の小野次郎さんがお出になるかと。[私は小野次郎さんに入れるな、別に投票権ないですけど(笑)]―そうですか(笑)。小野さんは山梨で私は長野なんで、今、小野さんの身の回りのサポートを色々しているんですけど。[ああいう方がもっと活躍して欲しいな、と思いますよね]―そうですね、結構ツイッターやフェイスブックでピリッと良い事言うんですよ。[おやじギャグも得意なんですよね]―そうなんですよ。最近ライバルが出現しているんです。[どなたですか?]―愛媛の横山さんっていう、この間当選した方なんですけど、その方のほうがおやじギャグの頻度が多いんですよ。[小野次郎さん、負けてるんですか?]―小野さんが10分に1回ぐらいだと、(横山さんは)3分に1回ぐらい来るんで。で、それでみんなが笑うと、小野さん「ピキッ!」みないな顔して(笑)。[わかりますよ。小野さんとしてはそういう所で負けるのが許せないんですよね(笑)。この番組には、第159回に維新の党だった吉村洋文さんが。この方もですね~、「大阪市長選に出るのは120%ない」って言ったんですよ]―いやいや、この番組であの人は「20,000%ない」って言ってましたからね。私この間(番組を)観たんですよ。そしたら美和さんが「吉村さん、喋らなくていいですからね」と言って「多分出ると思います」って一方的に言って、はい次、みたいな(笑)。第1回の松木先生とか、吉村さんとか鈴木貴子さんとか、ちょっとご縁のある方のを観させていただきました。吉村さんは弁護士されてて…[そうですね、やっぱり上手いですね。普通の人だったら、今は否定するけど「本当にオレ出ちゃったらどうしよう」ってことで言葉がまごつくんですよね。(吉村さんは)全くそれなかったですからね。でも絶対出ると思っていましたよ、私は]―相当責めてましたよね(笑)。[そうでしたか?(笑)。吉村さん面白かったですよね。でも、やっぱり(市長選に)出てるんですね。政治家って恐ろしいですね]―でもあの方は、大阪維新の会で都構想とか命がけでやってきているんで、本筋を通されたんだな、と思いますけど。[頑張ってほしいですね]―そうですね。ツイッターとか色々見てると一生懸命頑張られているみたいなので。

「●幸せ度数年表」

(クリックで拡大)

CIMG2692

[1977年生まれということで、今おいくつでしたっけ?]―37、もうすぐ8になります。[30代の代議士なんですか?今は珍しくはないと思いますけど、若いですよね]―そうですね、でも今は20代でなる人もいますから。[どちらでお生まれになったんですか?]―生まれたのは東京で、すぐ埼玉に。地元は長野なんですけど、うちの親父が私ぐらいの時に、東京に出てきて仕事していたんで。[どんなご家庭に育ったんですか?]―親父の実家は田舎で酒屋をやっているんですよ。おふくろはそこから車で5分くらい行ったところで果樹園をやっているんです。[「ザ・地元」って感じですね]―そうですね。親父は末っ子だったんで、若い時東京に出てきて、酒屋の酒を東京で売る、みたいなことをやっていた。それで私はこっちで育ったんですけど。[お酒もブランディングによっては一攫千金ですからね]―うーん、でも今はなかなか全体は厳しいんで…消費がね。[お酒を飲む人が少なくなって?]―去年、一昨年あたりは酒粕がテレビで火がついちゃって。NHKとかで取り上げられて。[井出議員はお酒は?]―私はまあ…その時は楽しく飲みますけど、大体次の日は駄目ですね。[ごめんなさい、話を途中で…それで、酒粕…]―酒粕を1パック作るのに、一升瓶20本くらいの日本酒を造らないと、酒粕がとれないんですよ。なのに「酒粕ないか」って来るので、「じゃあ日本酒とセットで売ったら?」って。まあ何とかやってる感じですけど。[私なんかよく風邪をひくと、お酒をここ(首)に巻いたりしましたよ]―巻く? ぜひ飲んでいただいて(笑)。[(笑)さらしで巻くと風邪が治るっておばあちゃんが教えてくれましたけどね。…「その髪形は何をイメージしているんですか?」って来ていますよ、ネットで。渡辺喜美さんでしょ?]―はっきり申し上げて、私のほうが早かったですからね。[あ、喜美さんが、後から…]―いやいや、まあ別に、出会ってからあの人がしたわけじゃなくて、出会った時はお互いこうだったんですけど(笑)。たまたまその時行ってた床屋さんが「こんなのどう?」って。僕、もともとNHKの記者をやっていたので、NHK的にどうか…「まあ勝負ですね」みたいな感じで。ずっとこのまま来ているんですけど。[そのあと渡辺大臣も誕生しましたからね]―そうですね、2010年に「みんなの党」で参議院選挙をやったときに渡辺さんと初めてお会いして、その時はもうこの髪形でね、実力以上に買っていただいたような(笑)。[そうだったんですか(笑)。どちらで高校時代を過ごされたんですか?]―小学校、中学校、高校、大学も埼玉と東京で。中学、高校は練馬の学校に。[何ていう学校?]―武蔵中学、武蔵高校という。[東大に入る率が高い]―そうですね。政治家だとこの間民主党を離党した松本剛明さんとか何人かいらっしゃいますけど。[そして、東大野球部。今、話題になっているじゃないですか]―いやー、だからこの間94連敗脱した時に、「井出さん、コメントいただけますか?」って私の所にもマスコミから電話が来て。「いっそ選挙の前に連敗脱出してくれないかな」とかね、そんなことまで考えるくらい話題になって(笑)。でも注目してもらえるのは、すごくいいことだな、と。やり甲斐はありますよね。[やっぱり当時はぬるかったんですか? 当時は小林至さんが先輩にいらっしゃったけど、先輩の後を追って、地味にやっていたということですよね(笑)]―そうですね~、本当に勝てないんでね。結構メンタルが痛めつけられて…。[「いいや、勝たなくても」っていう気になるんでしょうね、ナインが]―でも「いいや、勝たなくても」って言っても、毎週毎週試合がきて、そこに何とか勝つために気持ちを持っていく。で、また10対0とか25対1とか。で、また一週間後に次の相手が、みたいな。メンタルは鍛えられましたね。だから今、野党がごちゃごちゃしてても、まあどうってことない。[でも「オレ達には頭があるから」とか「お前ら官僚になってみろよ」とか、そういうこと思ってたんでしょ?(笑)]―いや、野球やってる人はグラウンドにしかいないんでね、私なんかもそうなんですけど。国立大学の安い学費で野球やらせていただいて、本当に申し訳ないな、って。[国に対して? そういう公共性の気持ちが必要ですよね。あんまり偏差値が低いと、絶対そういうこと思わない(笑)。就職はどちらに?]―NHKに入って記者を。[だから先程冒頭でおっしゃった鈴木貴子さん、後輩ということですか?]―鈴木さんは重なったりはしていないんですけど、私が最初の参議院選挙で長野から出た時に、長野局でディレクターをされてて。だから会ったのはお互い政治家になってからです。[そうだったんですか。あとは柿沢未途さんとか]―柿沢さんもそうですね。柿沢さんは長野オリンピックの時に長野局に。[NHKに縁のある方が意外と代議士になっていらっしゃる]―そうですね、あとは「次世代(の党)」の和田政宗さん。NHKのアナウンサーだったんです。[NHKに入社されて、どちらの部署にいらっしゃったんですか?]―私はいわゆる社会部とか政治部。東京では仕事をしていなくて、仙台と横浜に。[NHKの方は赴任されるんですね]―そうですね、最初は東京以外でどこかに。特に横浜にいた時は、ほとんど事件とか裁判とか、そんな取材ばかりでしたね。[選挙はやられていなかったんですか?]―NHKは選挙当確を打つから、選挙になったら選挙モードで死ぬ気になって取材させられるんですけど、ちょっとあの取材はきついな、と。やっていて「そんなに1分1秒争わなきゃいけないのかな」とふと思ったりして。[そういえば私も今思い出しましたけど、小泉旋風で都議選に落選したことがあって。出陣式を撮りたいということでNHKの職員が来て、すごい傲慢で]―傲慢? そうですか…。[出陣式はここでやる、って決めているのに、「絵的にそれだと…」とかコードがどうのこうので、「トイレの前でやってくれ」って言われて(笑)。落選を予感する出陣式だったんです。そういう風に横暴に変えてくるんですよね]―都議選で、NHKのテレビが来て取材するということは、もう最重要候補だったんですよ。[最初はね。でももう出陣式の時は「落選する」ってわかってたと思いますよ]―NHKって厳しいんですよ。候補者をそろえて…時間も顔の大きさも。だから選挙の時になると「ちょっとあなた、背が低いから台の上に立って下さい」とか「降りて下さい」とか。[そう、まさにそうですよ]―僕はやってたんで、自分の選挙の時は、第一声はテレビカメラのために喋る、って決めてるんで。車の絶対通らない所とか、どこかの駐車場を借りるとか、割り切っちゃってるんですけど。ただまあ、あれは多分周りで見ている人は「偉そうだなあ、マスコミの人って」ってなりますよね。[そうでしたね~。私は小泉旋風の時に無所属だったんで、その時はマスコミは落選を100%わかってたと思うんですけど、遊説の様子をNHKでやる時も、わざと噛んでる所を2回も使うんですよ(笑)。それもちょっと悪意があるんじゃないかな、とかね。嫌な思い出しかないんです。ごめんなさい、思い出した(笑)]―(笑)思い出した?[170回に出られた階猛さんも、NHKの会長とガチでやりましたよね?]―そうですね。私も1回やりましたね、予算委員会で。[そう。もっと給料高くしろよ、みたいな?]―いやいやいや(笑)。NHKは受信料で予算もしっかりあるし潰れないし。「NHKスペシャル」とかいい番組もあるじゃないですか。だから、いいお仕事をしてくれればいいと思うんですけど、色んな政党の顔色を窺って、可でも不可でもないニュースにしとくか、ってなってくると…。[確かにそうですね。だって番組は、民放なんか敵わないですもん、素晴らしくて。ドキュメンタリーの見応えの高さというか…この間は認知症の話をやっていましたし、遺伝子の話とか、「72時間」とか「ファミリーヒストリー」とか、「どうやって取材するの?」っていうくらい。素晴らしいですよね]―本当にそうですね。私なんか毎日事件、事故、次の日は新しい事件、みたいな感じだったので、番組を観ると「いいなあ」って。[そういう番組には携わってないんですか?]―たまにあるんですけど…自分が関わった事件や裁判が社会的に反響があると、それを元に「NHKスペシャルに参加して一緒にやってください」とか、そういうのはあるんですけどね。[番組を作る所とは別の部署にいた、ということですね?]―記者でニュースやってるんで、その日のニュース出したら、もう次のニュース、みたいな。[(ネットの質問を見て)年収が1,700万円というのは本当ですか?(笑)]―いや、ちょっとねえ…記者は残業代が出るから、他の同年代のアナウンサーの人よりは貰ってたと思うんですけど、でも1,700万というのは…。私は32歳の時に辞めちゃってますから、多分その半分ぐらいだったんじゃないかなあ。こんなに言っていいのかわかんないですけど、NHKは基本給は公務員と似たような仕組みなんですよ。記者は残業が付くから少し貰える、という感じですね。だからこの1,700万という数字が…もうちょっと上(の役職)で平均をとっているんですかね。[そうでしょうね~。今、民放が悪くなってどんどん下がってるから、NHKとの差がそんなになくなってきていますよね? フジテレビの急降下とか。NHKよりとれないかもしれない]―でも大きいテレビ局、新聞社のお給料の水準は、やっぱり他の世界とは違うな、と。[ダントツですよね。…そして、(NHKを)退職された。(幸せ度数が)ちょっとおちてますね]―ええ、NHKに入ってから、なんかこう緩やかに行き詰まりを感じてきてですね(笑)。[どうしてですか? 花形職業じゃないですか]―ひとつのニュースを出したら、次の日は忘れて新しいニュースをやらなきゃいけなくて、この人生を積み重ねて行って何かあるのかな、って。記者の寿命は大体15年ぐらいなんで、デスクになると内勤ですし「これはちょっとまずいんじゃないか」という気持ちが緩やかに。[そして参議院選に出る、と]―この時は取材で色んなものを見たり、それこそ選挙の取材なんかもやってて、「何かちょっとおかしくねえか?」と。今になって言うのは申し訳ないんですけど、この時は「こんちくしょう、オレがやったほうが」みたいな思いがあって、それでパッと辞めちゃった。大体NHKを辞めて選挙に出る人は、出る選挙、所属する政党を決めて、ガチガチにかためてバッと辞めるんですよ。だけど私は、とにもかくにも辞めて動き出さなきゃ、ってまず辞めたんです。辞めたんだけど、民主党が政権とった後で選挙もしばらくなさそうだし、政党も決まらないしで、辞めてから「あれ?」みたいになっちゃって(笑)。[結構のんびりしてますね~]―(笑)。で、半年ぐらいしたら「みんなの党」にご縁があって。[どういうご縁ですか?]―私はとにかく地方で政治をやりたかったんですね。申し訳ないけど東京や横浜だったら、国会議員も地方議員もたくさんいるし、優秀な方もいっぱいいるし。「地方のほうはこれからどうやって生き残るんだ」みたいな思いがあって、地方でやりたいな、と思っていたら、ちょうど「みんなの党」が少し伸びてきて。ただ「みんなの党」は都市型政党だと言われてて、地方でやりたい人を探していたんです。そこでうまく合って。[そうですか。で、参議院選に出て負けてしまった。どこから出たんですか?]―長野県選挙区。あの時は定数2で、5人くらい出たのかな。小沢一郎さんが「参議院は、二人区には候補者2人立てる」と言って女性候補者を結構立てられた選挙だったので。その時は、当選される方は30万票ぐらい取って、私は18万票だったから、やっぱりちょっときつかった。[そして、もうずっと浪人生活が続いた。2年ぐらいですか?]―2年半ぐらいですか。[「みんなの党」からの政党助成金で食べていた?]―衆議院選挙が2012年の冬なんですけど、2012年の年明けぐらいまで出馬表明しなかったんですよ。[どうしてですか?]―2011年に震災があったりして、色々ボランティアをして考えるところがあって、政党助成金も半年ぐらいストップしたり。もともとあれは活動費にしか使えないんで、食費とかには…。長野県はガソリンが高いんですよね。月のガソリン代のほうがオレの食費より絶対高いだろう、みたいな時期がこの浪人時代。「ガソリン値下げ隊」ってどうなったんだろうな(笑)。[民主党が結成してましたよね、その頃。そして衆議院選挙に出る。それが今出ていらっしゃる長野3区、ということなんですね。長野3区といえば、羽田孜さんとかの総理大臣がずっと地盤を守ってきた]―羽田孜先生、そのお父様の羽田武嗣郎先生、今の羽田雄一郎先生。そこの選挙区ですね。[その選挙区で当選されてる]―2回目は。1回目は比例だったんですけど。[すごいですね。最初は「みんなの党」で出られたんですか?]―そうですね、「みんなの党」で当選して、1年ぐらい経った2013年に「特定秘密保護法」という大きい法案があって、そこで僕は党と違う行動に出てしまって。[今、安定している国会ですが、周辺は色々変わっていますね]―そうですね。とにかく第三極っていうのは、大きくなってくると争いが起こる。要は立ち位置なんですけどね。少し与党に協力するのか、野党で突っ張らなきゃ言ってきた改革は出来ないか、とか、そういう所が難しい。[公明党や自民党のように、派閥でもいいし何かひとつカリスマがあって、「今回右だから右でやれ」とならないと難しいですね]―やっぱり歴史の浅い党なんで、そこの未熟さっていうのはありますよね。ただ、もしかしたら自民党だって最初出来た時は、固めるまで少し時間がかかったのかもしれませんし。だからまずしっかりした政党を作る、という所が大事かな、と。

…[(ニコ生のコメントを見て)「ロザンさんに似てますね」って来てますよ。よく言われるんですか?]―よく言われますね。クイズとか全然駄目なんですけど。でも「似てる」と言われるのは、有権者の方に覚えてもらえて…まあ子供とかはすごく覚えてくれて。有権者じゃないけど(笑)。

●最近の政治トピックス

―まあ、今、国会がないんですけど…。[それも問題なんですよね]―問題なんですよ。野党は当然国会で論戦したいことがいっぱいありますしね。あとはこれ冗談で言ったんですけど、臨時国会をやれば、うちの党ももう少し早くまとまってるんじゃないか、とかね(笑)。TPPが大筋合意になって、もともと「農業大丈夫か、重要五品目大丈夫か」って言っていたのが、合意して3日か一週間くらいしたら実はもう何百種類も関税を…って話なんで。[騙されてた]―騙されたというか、中身を見てみないと、というところもあると思うんですよね。[でももう決まっちゃってましたよね?]―うーん、だからまあ自民党はおそらく、「こういう対策もああいう対策もやって大丈夫。じゃあTPP賛成」っていうスタンスで今度の国会はくると思うんですけど。まあ民主党は、多分半分くらいはTPPに反対しようと思っていると思いますし。[民主党もなくなっちゃうんですよね?]―まだありますよ(笑)。民主党も、細野さんとか前原さんとか最近新聞を賑わせていますけど。「今のままの民主党じゃいけないだろう」という人が少なからずいて、私も正直そう思うんですよね。野党は変わらなきゃいけないんですけど、やっぱり野党第一党の民主党が変革すれば、また全然影響力が違いますから。[すみません、TPPの話でしたね]―僕ら維新(の党)は、自由貿易賛成で来ているんですよ。だからよく中身を見て国会でしっかり議論して、交渉がどうだったか検証したいな、と。新聞の記者さんからすると、「民主党は反対して維新は賛成なのに、大丈夫なの? 一緒になるって言ってるけど」みたいなね。そっちの話に行くんじゃないかって…。[農業県の長野選出の議員さんとしては、TPPは懸念されてる事項なんですか?]―私はずっと3年間、自由貿易自体は良しとしている、ということは地元でも説明してきているので、それはわかってもらっているんですけど。ただ、自民党が言っているような、輸出がいいんだ、大規模化がいいんだというのはちょっと…。日本にとって大規模化は限度がありますし、輸出も…色々作っている人も、「自分たちで作ったものは地元で売りたい」っていう考えがあるんですよね。中規模で地元向けにやりたい、と言っている人たちをどうやって生かしていくか、というのをこれから考えていかなきゃいけないな、と思います。[発言される機会はあるんですか? 国会で。今は閉会中ですけど]―私、農林水産委員会も入っているんで、そこでまた議論かな、と。[何と国会では質問を100回されている]―それは通算ですね。最初の年が20何回で、2年目が30何回。今年が多かったんですよ、40回くらいあって。先週山尾さんがお出になったと思うんですけど、前回法務委員会がヤマだったんで、ちょうど100回を超えたのが、この8月ぐらいだったんです。でも柿沢(未途)先生なんか、世界一だかギネスだとかって、ね?[ギネスとったんですか?]―いや、わかんない。本人が(笑)。[柿沢さん、今どちらなんですか?]―今、一緒にやっています。[じゃあ、維新の党?]―そうですね。あの方も「野党をしっかり強くしなきゃいけない」とあちこちで言っていますけどね。[そうですよね。個々を見ると皆さん優秀で、すごい方がいらっしゃるんですけど、なかなかまとまるとね…]―私は本当に思うんですけど…政治家の人って集まって会議をすると、やっぱり言いたいことを言うんですよね。で、会議がなんか子供の…グループごとになんかやる、みたいな状況になってきて。年の若い私がですよ、「まあまあ」みたいな。結構そういう局面があるんですよ。結構みんな、これ言わなきゃおさまらない、みたいな。やっぱり順番とか、人の話は最後まで聞く、とかね。[そういうのも(できない)?]―言いたくてしょうがないみたい。[議会は、申し訳ないけど茶番じゃないですか。決まったことを最後に言う、という]―今は与野党の数の差が有り過ぎるので、結果的に茶番になっちゃいますけど、少し数が拮抗したり、山尾さんがこの間説明されていた法務委員会みたいなのだと、「やれば少し変わるんだな」みたいなところもあるんです。大体、与党と野党が議論尽くしてうまくまとまった時って、あまりニュースにならないんですよ。[つまんないもんね、「全会一致で可決されました」って]―(与野党)割れて、プラカードをボーンと(投げると)か棒倒しだ、みたいなほうがニュースになって。でもそれはニュースになるけど、中身の改善は全然ない。[そうですね。いや、でも白鵬だって「猫だまし」とかしないと話題にならない(笑)。話題になっているわけですからね。すごいことですよね]―…そうですよね。横綱だって猫だまし…うーん…[突飛なトピックスが必要ですよね]―あとひとつ、国会は先例重視なんですよ。[先例? 前例ってことですか?]―国会の規則とは別に先例集というのがあって、先例の方が国会の法律よりも重み持っちゃうような。だから私も、横綱じゃないけどいつこれ(猫だまし)やるか、常に考えていますけどね。先例集を読んで「これ、いいんじゃないの? ちょっとやってみるか」みたいな。まあなんとか、大変ですけど楽しくやってます(笑)。[通帳取り合いのニュースは面白かったですよ(笑)]―あ~、通帳ね~。取り合ってはいないですけど。[あれ、すごいインパクトありましたね。本当か嘘かわからないけど、維新の中での論点がわかりますよね(笑)]―あそこに入っているのが公金なんでね、お互いに争いがあるうちはストップというのが今の状態だから、致し方ないかな、と思いますけどね。[維新の中に誰か問題の人がいるんですか? 戦犯的な人っていうのは]―問題じゃない人のほうが少ないかもしれない(笑)。[そうですか、わかりました(笑)。でも安全保障の話でも、独自の視線というのはあったわけですから]―そうですね、あれはすごく良かったと私は思いますね。橋下さんと江田(憲司)さんとずっと話を…あれ、何時間話しているんですかね? それでパッといい案が出たと思うんですけど。それが日の目を見る前に、こんな残念なことになっちゃって。

●今だから言える、あの日のあの出来事

―そうですね~。裏話、って言っても、大体言っちゃってきてるような気もする。…私は「みんなの党」時代からずっと長く江田憲司さんといて。 あの人はね~、面白いんですよ。(私たち)立候補者の面接をしてくれたんですが、街頭演説で長野に来て下さって、「この江田憲司が徹底的な面接をしたんだから、もう大丈夫!」って街頭で言うんですよ。徹底的な面接…って、ほとんど違う事喋ってたし、しかも「この、江田憲司?」みたいな。[いいじゃないですか(笑)]―私のテンションは、どんどん下がっていったんですけど(笑)。あの人は、「みんなの党」でもゴタゴタがあったりとか…[渡辺喜美さんとあまり仲が良くないと、ずっと言われてましたからね]―まあ、そうですね。その時は結構大変だったんですけど。その一番大変な時に、みんなで江田さんについて行ったんですが…いつもは「この、江田憲司」って言うんですよ。でもその時は「こんな、不肖江田憲司のために有り難う」みたいなことを言って、目に光るものがあった日があってですね。人間味あるんだな~、って(笑)。[だって橋本総理の秘書官として、若い時代に日本の中枢を担っていたわけだし、あれだけのルックスで、コメンテーターとしても支持がありましたしね。でも、落選されてバックパッカーでハワイに行った時が一番辛かった、っていう話も、昔されてましたけどね]―ハワイは、だから思い出の地みたいですよ。今でもたまに「行こうかな」って言ってます。[今、江田さんお元気ですか?]―元気、元気。5月に代表を辞めてるんで、あまり出ちゃいけないんじゃないか、って。テレビは勿論ですけど、講演なんかも断ったりしてますね。[上手いから、話が。本当に上手いですよね]―お説教みたいですけどね、街頭演説が(笑)。[しょうがないんですよ、レベルが高いから。説教されたほうがいいですよ、国民も(笑)]―なんかね~、なんかすごい才能のあるスポーツ選手が、「何で君、100m10秒で走れないの?」みたいな、そんな感じの。「いや、ちょっと待ってくれよ」みたいな(笑)。[(ウサイン)ボルトが一般の人に注意する、みたいな(笑)]―そうそう、だから僕は結構言っちゃうんですけどね。そういう小言をよく言ってます。[素敵ですね。私そういう人大好きですよ。それで、それが裏話?]―うん、大体(笑)。良かったですか?[そういうの、いいですよ。そういうのが党の歴史を作っていくってことなんですよ。大体新しい党って、先輩のことをネタにしたりしないわけです、あまり交流も無いから。こういう風に仰ってくれると、いいな、って思いますよ]―やっぱり人を見てるんですよね。政治家同士の信頼関係も、政党がしっかりするかどうか、というひとつのポイントになるのかな、と思ってます。[(ニコ生のコメントを見て)…都構想の借金があるんですか?]―都構想の借金は…まあ別に私がしたわけじゃないですけど(笑)、まだ支払いが残っているのがあるって…。[どういう借金?]―CMだって聞いていますけどね。[あ~、電通とかに払ってるんだ。うちに言ってくれれば。広告会社なのに(笑)]―電通じゃなくて、大阪の会社らしいです(笑)。住民投票っていうのは、普通の選挙と違ってそんなに制限がなかったみたいで、まあ一大決戦なんで、有るお金は使おうっていうことで。[残念ですね、やっぱり。都構想からちょっと維新は駄目ですね。残念]―まあ~…私も大阪に行ったんですけど、人気はあるんですよ。人気はあるんだけど、やっぱりその「大阪市」をなくす、っていう…[だからあれは、ネガティブキャンペーンをした自民党と公明党のローラー作戦勝ちでしたよね]―まあそうですね~。自民党と共産党が組むと、現場で頑張っているのは大体共産党のお年寄りの方なんですよ。大変だな、可哀そうだな、と思って。[本人より頑張っちゃうんですよね、そういう人って。素晴らしいですよね]―長野から大阪に講演で行くんですけど、「暑いな~、大阪」って思って歩いてると、共産党の年配の方が頑張ってて、ホロッと来ちゃって。素晴らしいですよ。

 

●質問コーナー

Q : 記者時代の政治に対する志というか、政治をどうしたいか、という具体的な所と、この間フランスでテロがありましたが、日本でも来年サミットがありますし、日本の安全も含めてこの先どうしたら日本は良くなるかをお聞かせ下さい。

A : テロの問題は…本当に今フランスは大変な状況で、日本もサミットや、軽井沢でも交通閣僚会議とかやるんですけど、そこの警備は当然強化していかなければいけない。あとは日本が国際社会でどういう立ち位置で、テロや国際関係においてどういう役割を果たしていくか、ということだと思うんですけどね。正義とテロと二極化しきれない部分もあると思いますし、そこは国際的な立ち位置や外交も非常に大事かな、と思います。で、政治はですね、今思うのは、とにかくテレビの入る予算委員会とか…何だろうな…いい議論はあまり話題にならないんですよ。だから今、そこを何とかしたいな、と思うんですけど。私がNHKを辞めて政治家になろうと思った時は、まあ色んな選挙もやったし政治の話も聞いて、自分の言葉で語られてないな、と。私は「みんなの党」からスタートして維新にいますんで、自民党と民主党みたいにお互い支援者ががっちり固まっているところじゃなくて、税金を払っている一人一人の思いを代弁する存在になりたいな、というのはずっと思ってやってきていますけどね。

[維新の党としてもTPPでご活躍されて頑張っていらっしゃいますけども、同期や同じ東大出身の自民党の人達が外交をやったりとか、やはりそれは悔しいですよね]―国会議員なんで、外交は関わってみたいな、とは思いますけど。ただ、野党の方が政策の勉強はすごく出来るかな、と。今すごく鍛えられている感覚はありますね。今やっている、国会で議論したり質問したり勉強したりしていることが、政権をとった時の肥やしになる、と思ってね。[その時は、どこの党なんでしょうね?(笑)]―まあ「井出党」とは言いませんけど、やっぱり自分の仲間を作りたいっていう思いはすごくありますね。いつまでもどこかの政党の看板に乗っかったり、どこかの先輩について行く、というのも、そこそこにしておかないと。政治活動は、自分で身を立てて、自分の信念を持ってやっていくので。[それぐらいの気がないと、野党として潰されちゃいますよね。私だったら自民党に入っちゃいますよ(笑)]―(笑)。私も「大阪に行かない」と言って、それは大体の人が「よし」と言ってくれるんだけど、そのうち半分くらいは「井出さんも一生懸命やってるんだから、そろそろ自民党行ったら?」って言うから、「ちょっと待ってくれ」と。維新の分裂を説明する報告会が、「いや、俺は野党なんだ!」という報告会になったりするんで(笑)。今、野党はそれだけ厳しい目で見られてますね。[二大政党になって欲しいですよね、せっかく小選挙区にしたわけですから]―うん、やっぱり二大政党でお互いいい所を少しずつ改善していく、というか。そうでないと官僚の人とか、業界団体の偉い人、頭のいい人、もう緊張感ないですからね。[どうなっちゃうんでしょうね、頭のいい人ばっかりで緊張感がないと。どっちにズレちゃうんでしょうね、国が]―国民の利益よりも組織益、になっていっちゃうと思います。[そういうの見てみたいですね。駄目になっていく人たちを(笑)。まあそういうのがいっぱいあったから、政権交代もあったわけですけどね]―そうです。だから私も「選挙の度に政権代われ」とは言いませんけど、10年ぐらいで政権交代が出来るくらいの、バランスのとれた国会がいいんじゃないかな、と思います。

[(次回ゲスト、共産党の清水忠史先生を紹介後) 今、共産党の代表ってどなたでしたっけ?]―志位(和夫)さんですね。志位さんも結構面白いんですよ。予算委員会で7分ぐらいしかない時に、バババッと総理を追い詰めるじゃないですか。「ポツダム宣言読んでないのか!」とかって。「すごいな、志位さん」って思って見ていると「瞬間芸みたいなもんだよ」って(笑)。ウィットに富んでいるんですよ。共産党には、個人的に魅力のある方が多いですよね。[最後に、私生活のことを全然聞いてなかった。お子さんとかいらっしゃったんでしたっけ?]―子供は今2歳半。結婚は2011年にして。[全然そういう感じしないですよね(笑)]―保育園なんですけど、夜遅いからほとんど会えないですよね。[奥様はどのような方?]―子供できてまた仕事戻って。会社員やっているんですけど。まあ要ははっきり言うと「あんたはいつ落ちるかわからないから」みたいな(笑)。政治家の支え方も変わってきていますね。地元には、だからいれないですね。[普通の生活、ってことで]―一度いれると、ずっといれないといけないんで。[そういう代議士多いですよ]―あとは選挙に勝って…[お返しするしかない、奥さんにも(笑)。大変ですね、返す人が多いですね、有権者の皆さんとかね]―でも応援してくれる人がいるってことは幸せだと思いますよ。幸せ度数も上がってきてますし。[ぜひ「井出党」を作るくらいの気合で、頑張ってください]―はい、頑張ります。