伊東 信久
伊東バスト
第158回
2015年06月24日 放送

維新の党 伊東 信久 衆議院議員

元ラガーマンで、コテコテの大阪人ヤデ。

医師となり、椎間板ヘルニア治療専門の病院を開業。

数多くの患者さんからの信頼を集め、亡くなったやしきたかじん氏や、多くの有名人からも慕われています。

その中に維新の党の橋下徹氏もいて、橋下氏のすすめや、自身が常に持っていた「医療制度改革」への問題意識が引き金となって政界に出馬。

バッジをつけて2期目、医師だからこその意見を厚生労働省にぶつけています。

現在でも伊東医院長ご指名の患者さんには手術など行っているそうです。

椎間板ヘルニアでお悩みの方はぜひ「伊東クリニック」に!

 

(動画より文字おこし)

第158回

伊東 信久 衆議院議員

維新の党(大阪ブロック 大阪11区) 1期目(2015年6月24日)

 

[伊東先生は国会の先生というだけでなく、本当にお医者様?院長先生なんですってね] ― 肩書き的には理事長、院長なんですけどね。[大阪の方で大きな病院をやてらっしゃる?] ― 大きな病院というか、クリニックを大阪と兵庫、治療院の方も東京でやっているんですけれど。[東京はどちらでやられているんですか?] ― 東京は麻布十番です。大阪の方は福島のABCの朝日放送の近くに。本当はMBSが好きなんでけれど。(客席ののMBSの二人に微笑みかける)大阪と言えば阪神タイガース、尼崎商店街にもクリニックをやっています。[そして専門は?] ― 椎間板ヘルニアのレ-ザー治療をやっていましてPLTDというんですけど。日本というか世界の中でもちょっと変わった治療で、カテゴリーで言うと整形外科かもしれないです。腰と首のヘルニアもちょっと問題になっていますね。一番若い方は十代の方がおられまして、年配の方だと97歳の方がおられまして。97歳の方がおっしゃるには、胃がんの手術されて大動脈瘤の手術されてすっかり元気になって、97歳だけど老後のために頑張りたいということでヘルニアの手術を受けられました。(笑) [たかじんさんとのご関係は。主治医だったんですか?] ― 2006年に開業しまして、その時にふらっとたかじんさん来られてヘルニアの手術をして。これがきっかけで、これは凄いと言って頂いて、よみうりテレビで僕の特集をして頂いたのがテレビに出るきっかけで。その時に同じ番組で橋本代表と共演して。[それで維新に合流するんですね] ― そうです。その間、MBSさんでワンマンという番組をやっていまして。(客席のMBSの二人に微笑みかける)[どんな番組なんですか?] ― 深夜番組なんですけど、それはそれは素晴らしい番組でした。(笑)深夜バラエティーだったんですけど。[今日は白衣でご登場ということで、初めてですね] ― そうですか。どちらかというと、自分では白衣が似合っていると思うんですけど。(笑) こういったメディアの場で白衣を着るのも最近のことでして、それまではあえてね、どちらかというと政治の世界と医療の世界を分けていこうと思って、最初は着てなかったんですよ。だけどやはり、政治と医療、税と社会保障の一体改革ということで切ってもきれない。だったらもう自分自身がそれをアピールするために着ようと思いまして。[秘書様が聴診器を忘れたと言ってましたよ(笑)] ― 聴診器ね、どっちかというとあまり使わないんですね。

 

 

 

●幸せ度数年表

 

伊東 信久 しあわせ年表

 

 

 

 

 

 

 

 

(クリックで拡大)

[1964年どちらでお生まれですか?] ― 神戸ですね。大阪市内に住んでいたんですけど、生まれたのは神戸の病院ですね。[お家はお医者様ですか?] ― いえ、違います。普通のサラリーマンで。僕一代で頑張って500円玉貯金して開業しました。(笑) [御兄弟も医師ではないんですか?] ― 弟は塾の先生で妹は空手の先生をしています。[幸せ度数年表を絵で描いた方は初めてですよ。158人以上出てますけれども(笑) ラグビーに明け暮れたということですね] ― 高校時代ずっとラグビーやってまして。[維新の重徳先生とラグビーつながりで。公明党の濱村先生からずっとラグビーつながりで] ― そうなんですよ。濱村先生と一緒にラグビーのワールドカップの成功議連の事務局次長をやってまして。[だからこれですね(後のラガーシャツを着た伊東議員のポスターを指さす)] ― これ全日本のユニフォームなんです。[凄いですね。これ選挙ポスターですか?] ― そうなんです。一応、選挙区の枚方市、交野市と書いてあります。交野って読み難いでしょ。交野ってある地方議員の事件で有名です。[私、地方議員のエキスパートですから(笑) あ、山本景さん!山本景さんは政界復帰されようとしているんですか?] ― そんな動きもちらほらと。[それ党としてやめさせた方がいいんじゃないんですか] ― 今はうちの党ではないんです。[そういう方が一人いると迷惑ですよね。][ラグビーの花園で活躍されたんですね] ― そうなんですよ。ちょうど僕の時、1月1日に負けたんですよ。全国ベスト16なんですけれど。この間亡くなられた町村議長も日比谷高校でベスト16だったらしくて。うちの橋本代表も北野高校時代にベスト16で。伏見工業と言うところに負けて全国でベスト16で。[すっとラグビーつながりで初めて知ったんですけど、花園って近鉄がやっていたんですってね。公営みたいなイメージがあるんですけど、民間なんですね] ― そうなんです。東大阪市がやるにあたって元々、近鉄やったから売却するかうんぬんかんぬんの話があったという訳です。[ずっと絶好調だったんですけど、ここで浪人ということで。何の浪人ですか?] ― 大学の時の郎人で、医学部入るために。[文武両道でずっときたんでしょうね] ― やー、でもね、世の中には凄い人というのはたくさんいてますからね。医者の世界は医者の世界で、研究の世界も手術の世界もありますし。スポーツも言えばきりがないというか、僕の体が身長が174センチの72キロなんですね。ナンバーエイトというポジションなんですけど、全国大会に行って思いましたけど、180センチでも背が低い位で。80キロでも軽量級といわれているんです。70キロでしたら小さい方で。走る早さも早い人はきりがないですからね。[でも腐らないで頑張ったんですね] ― 筋力トレーニングとか、ルールの隙間をついたりとか。[やっぱり頭脳でいくとかですか] ― ラグビーというのは15人でやりますんで、いろんな側面があるんですね。それが後の人生にも生きたかなという感じがしますね。[大学は医学部に進まれたんですか?] ― 文学部に入って医者になるのはなかなか難しいんで。(笑) 医学部じゃないと医師免許は日本の法律では無理なんで。(笑) 時間がなくて描けてないんですけど、これ医者になって注射器でなんですけど。聴診器も描こうと思って、聴診器を描こうとしたところです。途中で時間切れになりましてすみません。元々は形成外科医になろうと思っていまして。形成外科と整形外科というのはけっこうわかり難いんですけど、整形外科というのは医療のカテゴリーでいうと骨とかね、関節とか筋肉を診るんですね。形成外科というのはぱっと見てアピアランスと言って見てわかるところを手術する、顔の骨折と皮膚の腫瘍とか、子供の先天異常だったり、火傷であったり11分野あるんです。その中の一つのカテゴリーの中に美容整形があるんです。だから良く聞かれるのは、形成外科と整形外科、美容整形とどこが違うんだと。めんどくさいから三つとも出来るようにしたんです。 [全部出来るんですか?すごいですね!] ― いえいえ。その中で一つに絞って開業する時に美容のレーザーを整形外科に応用したということですね。椎間板ヘルニアの治療に。いろんなバリエーションがあった方がね。[大昔は美容整形というと差別されるようなところがね] ― ちょっとチャライとかね、お金儲けとかね、軽んじられるところがあったんですけど、きちんとやっている先生はきちっとやっている訳です。[お金が儲かるから、保険じゃ儲からないから。隣の高須先生なんてようやく市民権を得て、今は怖いものないですよね] ― 西原さんと結婚されてね。ついつい西原さんのマンガを読んでしまいますね。高須さんの漫画が今出てますね。[たかじんさんが来られたんですよね] ― 亡くなられた桑名正博さんが来られて手術させて頂いて。ざこば師匠の奥さんを手術して、その後、各メディアのそれこそMBSの方もお越し頂いて。関西の局の方はほとんどやらさせて頂いたかなと。[先生は腕がいいんですか?] ― まあまあですね。月に30人、年間360人手術をこなしてきまして、延べでゆうと一万人ぐらい同じ手術をしているのと、たぶんこの分野では日本では負けないと思いますね。世界でも負けないかな。[患者さんから必要とされている先生がどうして政界に行かれたんですか?] ― ひとつはね、私の手術というのは保険が効かないですね。一時期、先進医療に入るかなと思った時があったんですね。結局そこから除外されて。厚労省に直接聞くと、伊東先生がうまいのはよくわかると。だけど伊東先生だけが出来ても仕方がないんだと。どの先生がやっても出来るようにならないと、保険適用にならないと。それはよくわかると。だったら、患者さんの中にも選べる制度があれば。社会保障といえども患者さんに選ぶ権利というか、幅を持たせてあげなければと思うんです。そこで格差という問題もあるけどそれは別の分野で埋めればいいんじゃないかと思って。そういったジレンマを考えているうちに、自分自身がマネージメントなりコントロールなり意見が言える立場になるというのがひとつ。その時に改革としての大阪維新の会が出来て、ちょっと残念な結果になりましたけど、都構想に向けての。そういった時に、元々橋本代表のサポートする立場からいこうかと思ったんですけど、結局のところ、伊東さんも応援するという口だけじゃなくて行動を起こしてみて下さいと。[橋本さんに言われたということですよね。やっぱ違いますね。橋本さん言うことがね。尊敬する政治家の一人なんで。やはり間近で見て違いますか?] ― そうですね。覚悟がありますね。ただ、近づけば近づくほど、厳しい事を言われるから。(笑) [要求が凄いんですか?] ― そうですね。一スタッフとして選挙の時もそうですし、いろんな活動をしなければならないんで、ご本人がいろんな面で、待遇面でも行動面でも覚悟されていますから。たとえば選挙の時にタウンミーティングを代表だったら、600回やっているわけですよね。一日3回。それを公務の間にやっているから。元々僕は体力的にしんどいとか精神的にしんどいとか言わないスタンスだったんですけど、代表見てたら、まだまだやれるなと。

[そんなに精力的なんですか。子供も多いですしね。そういう面からも違いますよね] ― 少子化対策を自らやられていますしね。(笑) [その二点があって政界に入ったということですね。政界に入ってどうですか。二期目ということですけど。最初の選挙は維新の風みたいなものがあがありましたよね] ― 正直、風でしたね。私自身の選挙区というのは元官房長官の方がおられて、労働組合の支持も得れてて。[元官房長官って誰ですか?] ― 民主党の平野さんです。選挙が決まって、さあ大阪11区と決まってまず週刊誌を開けたんですね。選挙予想書いてあるじゃないですか。週刊現代を開けたんですね。民主党は全滅するであろう、ただし、11区以外は。(笑) あかんやと思いました。平野さんは20年間ずっと負けてなかったらしくて。無我夢中でやりましたけど、今にして思えば、自分自身が頑張ったつもりでも、凄い風があったと思いますね。[二回目の選挙に刺客が送られて来たんですよね。どなたが?] ― 佐藤ゆかりさんです。まさか大阪11区の枚方に来られると思わなかったんで。びっくりしましたね。[先生みたいに白衣着たり他に仕事がある人はまだ生きていけますよ。普通の人はショックで自殺してますよ。ショックで、戦う前に終わってますよ] ― いや、人の命を救うのが仕事なんで、自殺は出来ないんですよ。(笑) [それで選挙区では落選されて比例区で復活されたということで、冷や冷やということだったんですね] ― 人間、こんなに汗かくうんかい位、汗かきまいしたね。[精力的に回ったということですか?開票の時ですか?] ― 開票の時ですね。もちろん寒かったですけれど、かなり自分自身頑張りましたけれど、頑張るということに限界はないですからね。頑張ったと思ってもまだ先があると思ってやってますんで。ただやっぱり開票の時は、結局我々もテレビ見てないとわからないんですね。一回目の選挙の時は自民党の先生が「先生通っているよ」と電話がかかってきて。それが夕方の4時位に。4時半になるとたかじんさんからご紹介の宮根さんから「出口調査で通ってますよ」と連絡あって。ところが実際はNHKで10時半なんですけどね。あちこちから「おめでとう」「おめでとう」と、まだ結果も見ていないのに。[私十何年前に都議選に出て惨敗したんですけれど、TBSの中継が来ていてSさんという、今は偉くなっているんですけれど、4時ごろだったんですけれど台本を見せてもらって「落選した佐野事務所から中継です」と書いてあって。(笑)それで落選がわかったんです。落選って本人はわからないんですよね] ― 僕は身柄を隠すのにその時はビジネスホテルにいて、ちょうど道路に面していて、自分の事務所が近かったんですね。それでカーテンをこうそーっと開けたらNHKが見えたから、もしかして!と思って。[大阪人ですね] ― テレビ見て出口調査で惨敗してるから、あかんやと思って。気持がこんなになって。(手で上がったり下がったりする仕草)[いつもペット検診で揺れるのと同じですね。いつも結果が悪いんで] ― ペット検診されているんですか?[大腸が真っ赤だんたんですよ。内視鏡を入れてもらったら、何でもなかったんですけど、恐ろしいですよね] ― そう考えると、医療は治療より予防なんですよね。ということも今取り組んでいます。[医療費がどれだけかかるか。なるべく予防して頂いて、健康寿命を伸ばしてほしいですよね] ― 税と社会保障の一体改革と言われていますけれど、社会保障の中にいろいろありまして、国民のみなさんの命と安全というのは大事なことでありますし、国民皆保険もそれはそれで大事なんですけど、無駄があるんでメスで切り刻んでいくというのが「政界のお医者さん」というポスターです。(後のポスターを指さして) [私達の頃の政界のお医者さんというと赤枝さんを思い出しちゃう。(笑)上西さんと前の日食事していたそうなんですけど、ここに来てくれた時のお土産はコンドームでしたよ(笑)] ― 赤枝さんも女性特有の癌議連で。[六本木の赤ひげ先生と言われているんですよ。上西さんも維新の党なんですよね] ― 同じ維新塾で同じクラスです。[大変ですね。いろんな問題ある方が出てて。どうなんですか、その点については] ― ただ何ていうかなあ、個々人ですから。[正直、困りますよね。有権者の方から責められるのは伊東先生じゃないですか] ― あんまり責められないです。詳しくは聞かれますけど、僕はどちらかというときちっと答えますんで。意外と真面目なんだみたいな感じで。山本さんの時もそうですし、上西さんの時もそうですけど。[理路整然と答えれば来ないということですね] ― あんまり真面目に答え過ぎて。(笑) もっと取材に来て欲しいのに。来ないですね。少し問題発言をした方がマスコミの方が来られるんですかね。(笑) [民主党がその手法でずいぶん持ちこたえてきましたけれどね] ― やっぱりレティングが数字が大事ですかね。[もう数字のことしか考えてんないですから。(観客席のMBSの二人を指して)そんなことないか。(笑) ちょっとお聞きしたんですけど、プロダクションに入ってらっしゃるとか] ― たかじんさんとマネージメント会社を作ったんですね。自分自身の受け皿として。東京の「ほんまでっかテレビ」とか大きい番組は太田プロさんに紹介してもらって。3冊本を出したんですけど、それは太田プロさんの紹介でホリプロさんが作ってくれたんです。[どんな本なんですか?] ― それはね「腰痛は医者の言葉を信じるな」(僕も医者ですけど)吹き出しで書いてあります。[そういうの関西人ぽいですよね] ― まさしく関西人です。(笑) [本は売れたんですか?] ― 1万部初版で全部売り切れましたんで。[私の知り合いの腰痛の専門の人も腰痛の本を出してベストセラー作家になっちゃって、急に金持ちになちゃって(笑)] ― それってライバルじゃないですか。[それ位、腰痛で悩んでらっしゃる方は多いんですね] ― 腰の本を一冊目に出して、二冊目首の本出して、三冊目腰の本だだったんで、四冊目は違う分野を考えていまして。来年ぐらいに出ればと思っているんですけれど。[国会議員には医師は何十人もいらっしゃいますよね。今は] ― 医師免許を取られている方はたくさんおられますけれど、現実に今すぐ手術を出来る医者というのは僕だけじゃないですけね。僕の手術は10分、15分で終わるので、2時間もあれば4.5人出来るんです。[今も国会で相談を受けることが多いんじゃないんですか] ― そうですね。国会は長い時間座ってますからね。意外と狭いんですよね。[地方議会の方が意外と広いんですね] ― 大阪市議会は結構ゆったりだったですよ。[残念でしたね。都構想負けて] ― 残念でしたね。[大阪人が復活できる最初で最後のチャンスだと思っていたんで、もうチャンスを失ったなと] ― 先程の話じゃないですけど、限界があってその上にまた限界があるかもしれないので、まだまだわかりません。[疲弊していませんか、大阪は] ― 大阪自体は疲弊感というか、橋ロスと言いますけれど、橋本ロストシンドロームと言われていますけれども、その疲弊感があるということは、まだまだ改革に対する期待があると思っています。[この間安倍さんと食事した時は橋本ファンは残念がっていましたけど] ― ただね、単純にあったことって考えたら食事しただけですからね。うちの代表が食事しただけであんなに話題になるんだと。ある意味関心しましたね。

 

  • 最近の政治トピックス

 

[バッチをつけて永田町に入って、どうですか?] ― 今の話題だったら安保の話もあるんですけど、今日は白衣を着ていますので医療の話をさせて頂きますと、医療費が何でこんなに高騰しているかというと、官僚と医者の主導の医療システムなんです。例えば、売上ベストテンに入るような薬剤の中で10位中7位までが海外で作られたやつで、医薬品といわれるやつなんですね。免疫力で使う薬とか、特殊な抗がん剤であるとか。1位の医薬品が月に5000万、2位の医薬品が月に5000万、一つの病院でですよ。ということはひと月1億ぐらいかかっている。これの補助というのが税金で使われているわけです。実際に効くものであれば、大事なものであると思うんですけど。ここで考えて頂きたいのは、その値段がもっと安くならないか。そこでキーワードになるのが後発医薬品なんですね。[ジェネリックですよね。ジェネリックって効かない気がしません。本物の薬よりも効きが違うなあって感じがしてならないんですよね] ― 低比例の法則というのがあって、つまり富士の高嶺に降る雪も京都先斗町に降る雪も解けて流れりゃ皆同じで、水なんですね。H2Oなんです。製造の過程とか産地別にして、水は水なんですね。塩もそうなんです。博多の塩もアンデスの塩も科学合成した塩も全部一緒なんです。添加物が違うだけなんですね。同じ物であれば効くはずなんです。理論的に。そうじゃないのは添加物が悪いのじゃなくて、安定性が悪いとかで効かない気がする。もっと言えば効かないかの検証が大事なんです。[私はジェネリックは絶対貰わないです] ― それは多分ね、私も含めて、医療機関側が悪いと思うんです。患者さんにこれが効きますと自身を持って答えらえないのは、医者自身がジェネリックが効くか効かないか不安だからなんですね。[いつも処方箋を貰って薬局に出してそこでジェネリックにしますかと聞かれるわけなんで、先生もいちいち言わないですよね] ― 僕自身はジェネリックを出しています。院内処方はジェネリックに変えています。それは自分自身がその薬が効くことがわかっているからで。それを全部勧めるのは簡単じゃない。その中で生物製剤の場合はバイオシミラーというんですね。シミラーの場日はまったく同じじゃないんですよ。似てるわけなんで、そうなった場合、ジェネリック以上にもっとハードルが高い訳なんです。何十万もする薬だから、そこに高額医療費という問題があったりする。これが一つと、もう一つは今年、生物製剤の特許が切れ出すんですね。そうなると今度は生物製剤であるバイオシミラーを国の政策として推進していかないと世界のマーケッティングから負けちゃう訳です。患者さんが使うというのも大事なんですけど、国策として成長戦略として、バイオシミラーがあるとすれば、お隣の韓国は始めているんですよね。何十年も前に生物製剤をやる時に、日本は躊躇してしまったんですね。リスクをどうするんやとか。世界のほとんどが、生物製剤、バイオ医薬品になっている訳です。その辺りの国策なり戦略を立てようと思ったら、まずそれに携わる役所の方がちゃんとわかっていないといけない。次にそれを扱う医者がちゃんとわかってなきゃいけないんですよ。お医者さんも一生懸命、各分野で研究してはると思いますし。でも、しがらみがあったり、いろんな関わりがあるからね。[今でこそ、お薬会社にご馳走してもらってないと思いますけど、かつてはかなりご馳走されたと思いますよ(笑)] ― 僕が研修医のころかな、その頃が一番激しくて、僕らが専門医を取る前にその制度はなくなったんですけど。ただ、どっちかというと、それが苦痛でね。中堅の先生がそれをまとめてやっているんですね。若手はアフターファイブに仕事があるんですよ。カルテ作ったりとか研究をまとめたりとか。連れていかれる方が苦痛だったですね。先生の顔があるのと、製薬会社の年上の方々、そこそこの方が僕ら研修医にペコペコされるんですよ。それが本当に申し訳なくて。それなら自腹を切って美味しい物を食べに行くと。[みんなそれはそうなんですけどね、だんだん慣れてくるんですよ。だんだん慣れて接待が欲しくなるんですよ(笑)] それが医療の良くないところで、医者から政治家を志したきっかけでもあるんですよ。[お医者さんは患者さんを診るので精いっぱいですものね] ― それと収入は減りますもん。国会議員になった方が。特に開業医の場合は。[私の一番ポイントとしている所は、地方議員で前の職業を必ず気にするんですよ。前の職業がかなり低所得なのに議員になって高所得になるのは怪しいと。必ずチェックするんです] ― そうだと思いますよ。だから、議員というものを職業とか身分として考えるかどうかはチェックするポイントで、それは美和さんも同じようなことをお考えだと思いますけど。[実際、永田町の厚生労働省の役人、議員いっぱいいる中でこういった議論をされてきて] ― ひとつの結論なんですけど、厚労相の役人の方は一人一人しっかりしてるし、凄く賢いですね。お話してても楽しい。ただね、それが集団になると変わるんですよ。団体になると役所の障壁を考える。でも個人個人と話をすると、すごく有意義な話になるんで切り口にしたいと思いますね。[厚生労働省の全体と戦っていかなきゃならない訳ですから] ― ただ、いたずらに役所バーサス国会議員だったりというのは。先程のうちの代表と安倍さんの話じゃないんですけど、与党と野党の間で、我々は政策本位ですから同距離なんですね。選挙のとか身分のためじゃないんで、何が大事でどうすればいいかということばっかり考えているんで、そのスタンスさえ間違わなければこれからもうやっていきたいと思ってますし、やっていけると信じてやっています。[どうですか、維新の声というのは届いてます?今、安倍さんは維新の党に対して秋波を送っていますけれど。ちょっとやり易くなったなあというのは感じますか] ― それは変わらないです。先週の土曜日に勉強会があって、橋本徹代表と安全保障に関する勉強会をやったんですね。我々が言っていることは、憲法に関して言うと、憲法違反をしない範囲できちっと安全保障の法律をまとめると、いうことなんですね。そうだけど、如何にして自国を守るかということも大事なことだから、集団的自衛権とか個別的自衛権に関わらず、日本の安全保障に資する他国をサポートするスタンスなんで。[今、自衛官の募集も減っているみたいですね。戦地に行くかもしれないという懸念を野党が出しているのにみなさん乗かってね] ― そうゆうふうなワンフレーズでもキャンペーンというのは効きますよね。[刺さりますもんね] ― 残念ながら、住民投票の時に痛いほど感じました。大阪市がなくなると言われたり、黄色パスがなくなるとかネガティブなことを言うのは本当に簡単なことだと思いますね。[ずっとこの番組、公明党のゲストが続いたんですね。公明党は都構想は反対の立場の正当だったんで、ネットワークとか全国的な規模で大阪に人を入れると。その作戦は与党は凄いなと思いますね] ― それに向かって行くのに、決してドンキホーテみたいじゃなくて、カマキリの斧じゃなくて、きちっとしたウエポン持ってね、それが何であるか、政策しかないと思っていますので。ちょっと真面目なことも言っとかんとね。(笑) [あんないい政策というか、日本人は変化を嫌うんですね] ― やっぱりコンサバティブですよ。保守的になります。[70代、選挙に行くターゲットは保守的ですからね] ― 私は関西の経済同友会にも属しているんですけれど、経済界の勉強会になると、いたずらに少子高齢化の話を持っていって、高齢者の方バーサス若者という構図を作るのも良くないんですよ。対立構造を作った方がわかり易いし、煽り易いですけれど、でもそれだったら何も解決しないです。共産党さんおらへんね。(笑) [この番組、共産党から付託を得てないんですよ(笑)] ― 共産党みたいに、何でもかんでも全体で話し合ってというのは現実不可能ですからね。[マスコミに乗るとステレオタイプのものはわかり易いですからね] ― ただ僕自身はマスコミの方に育ててもらったというのがありますんで、今後とも宜しくお願いします。(笑) (客席のMBSの二人に頭を下げる)

 

  • 今だから言えるあの日のあの出来事

 

永田町に来て思ったことなんですけれど、大阪にいる時はいろんな党は対立構造だと思っていたんですけれど、自公民、共産、維新仲良くやってますね。[それは選挙区が別だからですよ。地方議員は大変なんですよ。隣の人と争わなきゃいけないというのがあるんですよ] ― 僕は朝ごはんをあまり食べないんですよ。たまにコーヒーぐらいなんですけど。ヨーロッパに視察に行った時のことなんですけど、憲法審査会なんですけど。ミュンヘンに行ったりとか、プラハに行ったりとかローマ行ったりとかしたんですけど、自公民、共産仲良く、朝必ず散歩ルートも作って皆さん散歩に行かれて。僕はぐーすか寝てたんですけど。ほんとに仲がいいですね。北海道に行った時も自民の先生と共産党の先生がデュエットしてましたしね。[だから、地方議会から上がった先生は意外と意地が悪いと言ったら失礼ですけど、細かい所にこだわるんですよ。ずっと敵対でやってきたから、しょうがないことだと思うんですよね。こうゆう風ににポンとなった方は意外と性格がいいというか(笑) 大変苦労されて議員になれたと思いますが、意外と天然培養で] ― そうだと思いますよ。逆にいうと、僕自身が地方議員の経験をしっかり積んでから永田町に来た方が良かったかなと。[そんな必要ないですよ] ― そうなんですか? [政策をダイレクトに行ってほしいな。先生にしかできないんだから] ― 美和さんもいろんな打ち明け話を聞いてると思うんですけど、都構想の時でもそうですし、地方選挙の時もそうですし、各選挙区をいろいろ回るじゃないですか。いろんな人といろんなお話をする時にいろんな、いい人もいれば良くない人もいるなと見えてきますね。[当選した時というのは皆さん言っていることは嘘じゃないんですよね。国民のために頑張るとか、燃えているとか。そっからどんどん劣化していくんですよね。気持がね] ― そうですね。永田町の皆さんを突撃レポートしたいと思う時もありますね。[ネットもそうですけど、ちゃちゃ入れてくる有権者はモチベーションを下げる事が第一の目的ですから。たぶん大丈夫ですよね。何を言われても(笑)馬事東風でしょ?] ― 馬事東風というか、B型なんでねえ。関係ないか。(笑) 一応医者なんで血液型を持ち出すのもどうかと。(笑) 私自身は世界一ボジティブだと思っているんですけど。言われたら人間なんて気にしますけれど、一晩経ったら忘れるどころか、2時間たったら忘れますからね。[それがまた健康の秘訣なんですね] ― だと思いますね。いつまでもくよくよ悩んでいると、老けてきますからね。[いつも永田町では必ず血祭りにあげられている議員が必ずいるわけじゃないですか。その時期、その時期に。そうゆうのを間近で見てどうですか?] ― こんなこと言わんでもええのになあと思うのと、これはあかんやろというのもあるじゃないですか。それと私自身が常々考えていることなんですけど、一人では何も出来ないかなと。外科医というのは、手術は一人でしないんですよね。看護婦もいてるし、助手もいてるし。政治もそうで、自分一人ではなくてスタッフに恵まれないと。血祭りにあげられている人は申し訳ないけどスタッフが悪かったかなと。そこで守らなかったか、そこで逆にリークされたか。そこで余り考えることが出来なかったのか。ちょっと残念な感じですよね。[私の友達に婦人科の外科医の先生がいるんですけど、その先生やらないですもんね。後輩がやってますもんね] ― ちなみに僕はやってます。大学からも研修に来てます。局所麻酔なんで、わかるんですよ。横になって振り向きますよ。「先生よね」って。[大阪人なので手術中に笑わすんですか?] ― いえ、手術に響きますんで。(笑) 患者さんも大阪の患者さんじゃない時もあるから。東京の方も来られるから。あんまりふざけると怒られます。[先生、厚労省の全体に太刀打ちするためにはどうしたらいいんですか?個々はいいとしても、大勢でくるとダメじゃないですか。そことどうやってクリアしていくんですか?] ― ポイントとしてね、厚労省の政策としてはパッケージで来られるんで、例えば地域医療という中に臨床心理師を入れてきたり、パッケージを出来るだけ分断するようにしたりとか。15個位の法案を一遍に持って来られたりするから、その法案が出された時点ではもう遅いんです。こっちから仕掛けた方が早いんです。こういった法案を作ろうと。先程のジェネリックじゃないですけれど。ジェネリックに関しても海外だったら90パーセント位ジェネリックになっているんですよ。日本はまだ40パーセントで今度60にしようというところなんですけど。それだったら、国策として間に合わないんじゃないかよいうことで、すっと言い続けていったんですね。ちなみに言って行ったのが財務金融委員会、財務省だったんです。そうしたら、提言として80パーセントになったんで。やり方を変えるというのも一つの手ですかね。

[たかじんさんと亡くなる前は交流があったんですか?] ― お盆と正月はずっと一緒に過ごしていましたね。[問題になっている奥さんのさくらさんも知り合いなんですか?] ―

その辺は百田直樹さんの小説を読んでもらったら、僕が悪く書いてありますわ。会社をどっちが相続するかになっているんで、その辺止められているんで言えないんですよ。[結構、深い付き合いなんですね] ― かなり深いですよ。一緒に会社もやってましたし、一緒にテレビも出てましたし。[食道がんが進行されていた時も一緒だったということですよね] ― その辺は角岡さんが書いている「夢いらんかね」という本があるんですね。そこに僕が実名で出てますけれども、12月の22日まで伊東クリニックで診てまして、検査結果見たらねちょっと数値が悪かったんで、東京に行かれらどうですかという話をして東京に行かれてそっからお会いしていないんで。会っておいたら良かったと思って。[それは延命させるために行ったらどうですかということですよね] ― その数値を見た時も、そこまで早く亡くなるとは思わなかったんで。ただ、最初の手術を受ける時にどう思うって聞かれたんですよ。だけど、治療の中に切開だけじゃなくて抗がん剤とかね、放射線療法も併用するって言われた時に、ちょっとすでに進行してるんだなというのはわかりました。そう考えると2年間良く頑張って頂いたと思いますね。