佐々木 紀
arc18
第92回
2013年10月09日 放送

自民党 佐々木 紀 衆議院議員

(以下、動画より文字おこし)

自民党 石川2区 1期目

(石川2区、森喜朗さんの次で)荷が重い。ご指導頂いている。公募。石川県に石川政経塾―自民党の県連が主催している政治と経済を学ぶ勉強会というのがあった。そこの塾生だったので森先生がご勇退をされるという事で、森先生は30代、40代の若くて志のある人間に出来れば後を継いでもらいたいという事も仰って皆さんは面接を受けて…たしか20人ちょっといらっしゃった中から選んで頂いた。

●幸せ度数年表

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第92回佐々木はじめ

基本はやはり恵まれていると思う。その時々で悲しみもあるがその分喜びも増えて行くという様な感じ。(1974年石川県生まれ)今の能美市=旧根上町という所で松井秀喜選手と同じ、森先生も根上町で松井秀喜さんも自分も根上。根上中学校の2年1組で同じクラスだった。(松井選手は)昔から身体も大きかった。野球もできてスポーツ万能だった。おそらく別の形で、国民栄誉賞もあの若さで頂いたという事でまだまだ活躍をして貰えると思っている。(選挙の応援といっても)ずっとニューヨークに居るので、松井のお父さんとか大変応援もして頂いている。聴くところによると、オリンピックの総会がブエノスアイレスであったが、その時森先生はニューヨーク経由でブエノスアイレスに行かれたそうで、少し乗り継ぎに時間があり、そこで松井さんと食事をしたらしいが、その席上で「佐々木は頑張っとるか」と言ってくれた。本当に周りの人に対する気遣いが凄くて、自分も見習わなければと思っている。そういう場で同級生を気遣ってくれるのかな、と。なかなかいい奴だと改めて思った。
(バレーボールA級審判は)バレーボールをずっとやっていて、中学、高校、大学とやっていて体型があまりバレー向きではないが―174㎝だが―そんなに恵まれた体型でもなくて、大学でバレー部に入ったが早々と「審判やれ」と。たまたま宮城国体があったのでそれに向けて審判の養成課程に入ってハマってしまった、審判という世界に。それでずっとバレーボールの審判をやっていた。青年会議所に入るまで、石川県に戻るまでずっと仙台の方(東北大学だったので)でバレーボールの審判をやっていた。
仙台で株式会社を作った。バレーボールの審判優先で(仙台に居た)。環境的に非常に恵まれていて、仙台市は(バレーボールは)強いチームは沢山あるし、指導してくれる立派な先生もいらしたので。仙台に10年住んでいたが、その傍ら色々なご縁があって会社をする事になった。これはメキシコから健康食品を輸入販売する会社を立ち上げたが、当時はお金が無くて手持ち資金で50万円しか出していないが、残り950万円を全くの赤の他人が「佐々木がやるのだったら応援してやる」と出してくれた。皆100万円ずつ出してくれて会社を立ち上げたのがそもそものスタート。(2004年29歳)、会社を石川県に移転したのをキッカケに結婚もして青年会議所という組織に入会した。妻は歯科医。妻の父も開業していてそこで手伝いをしている。その頃も会社をやっていて父も会社をやっていたので手伝いながら三つ程の会社の役員をやっていた。(健康食品の輸入の他に)イベントの企画・運営とか、ビルのメンテナンスの会社をやっていた。何でもやっている。(その後自民党公募で石川2区の支部長になり)本当に感謝。色々なかたに助けて頂いて今日ある。(公募には)勝つという事ではなく、立会演説会とかをして自分の思いを伝えて選んで頂くという事だった。(支部長に)決定したのは昨年9月(選挙の3ヵ月前)。森先生が辞められると発表されたのが7月位だったかと思う。(得票は)12万3400位―(森先生も12万票代)。森先生の後援会のお陰。本当に森先生のご実績、ご功績、お陰に尽きる。(バッジをつけて半年の実感は)無我夢中でここまで来たというのが正直な実感。国会議員に成りたいという思いよりも、政治のリーダーシップというのは感じていた。青年会議所の活動の中でも、領土領海問題であるとか、憲法の問題であるとか、教科書の問題であるとか、そういう事にも取り組んでいたが世論に訴えかけて社会を変えていこうとしてもなかなか世の中が動かない、ここは政治のリーダーシップが必要だろうと凄く感じていた。(神の国発言で叩かれていたのは)あれも誤解で、神道政治連盟で発言したその一部を捉えられたのでご本人も相当心外だったと思う。

●最近の政治トピックス

やはり消費税。(前から決定していて)上がる事は前提。国民の皆さんもその様な(「今しかない」という)理解をして頂いている。そういう意味では大変有難いと思う。(これから消費税増税の度に印刷物などを変えなくてはならないのでビジネスをやっていると分かるが)大変。国にすれば収入が多い方が良い訳なので減税とか経済対策をやるとどうしても出ていくお金の方が多くなるので、なるべく手元に置いておきたいといのが財務省の考え方、金庫番としては。減税とか経済対策をやると国民の皆さんに還元をしていくという方向になるので、その分国で使えるお金が一時的に少なくなる。それが経済対策を行った上で経済が盛り上がっていけば更に税収が増えていって好循環になっていくという事が重要。(経済産業委員会では)消費税を上げると小規模の会社はなかなか転嫁しにくい現状がある―今まで売っていた値段で売りたい、値段をなかなか上げにくい等、大きな会社に卸している会社もなかなか転嫁しにくい。それで自分が吸収してしまうと、少ない利益の中で更に税金も払わなくてはいけない、かと言って転嫁できない、という事で小さい会社ほど辛い目に会うのではないかと。それを防ぐ為の立法措置などもやってはいる。例えば「消費税の転嫁に関する特別措置法案」という、買い叩きとか転嫁してきたものを転嫁させない様な事を法律で規制するという事。(還元セールを)やってはいけないというよりも、誤解を与えると良くないという、何か如何にも消費税を取っていないという風な表現など。そうではなくて、収めているのは最終的に消費者の国民の皆さんが収めているので、「消費税還元セール」とか「消費税、当社は頂きません」というのは表現として誤解を与えるので規制をするという事。地方に行けば行く程大変。経済産業委員会でも地方の声というのはしっかり届けているし、安倍総理以下政府の方もその辺は良く分かっていらっしゃる。だけれどもこれからの社会保障の在り方とか税の在り方を考えた時にやむを得ない措置だから、その代りキッチリ消費税増税と経済対策と地方への配慮をパッケージでやっていこうという事。(地方への配慮は)東京だけが景気が良いから上げるという事ではなく、まだまだ地方に行けば行く程景気が良いという実感が無いという事はしっかりと受け止めて、経済対策もパッケージでやるという事だと思う。(地方への説明の仕方、落としどころは)皆で話し合いはしている。地方の議員も多いからそれは切実な問題。まずは地方の声を国会に届けるという事と、国会で決まった事をしっかりと地方に帰って理解して頂くという事の橋渡し、情報伝達の役割が凄く多いのかな、という事は感じる。来週からは臨時国会が始まるが、やはり成長戦略の、しっかりと景気を軌道に乗せていく為の政策を話し合っていくという事。その為の国会になるかと思う。国民の皆さんは日常の生活で精一杯というか、自分も国民なので与えられた環境の中で生活していくという事だが、夫々の皆さんのお仕事で一生懸命やっていく事が全体として盛り上がっていくという事だと思うので、夢とか希望を持てる社会を作っていくのが政治ではないかという気がする。

●今だから言えるあの日のあの出来事

自分が2001年に会社を設立した時、9.11同時多発テロがアメリカで起こった日、会社の設立登記をした日が2001年9月11日。朝びっくりした。輸入ビジネスなので円高になると良いわけだが、当初商品の価格をその時のレートで考えていた―だいたい135円位だったか、原価計算をして輸入をしたが、実際振り込む段階で9.11が起こって円高にガーンと振れたのでその差益が出たというのが予想外だったが助かった。その時感じたのは、経済も政治の影響を凄く受けるという事。逆もあるかと思う。今ちょっと一時よりも円安に振れる事で原材料が高くなって大変苦労されているかたもいらっしゃるから、そういう要素も含めてやはり政治はしっかりと安定させておかないと、いくら経済活動で企業のかたが努力されていても政治が不安定だと邪魔をする、影響させてしまうという事の責任もあるとその時感じた。
政治家というのは人々と会うという事に対してもう少し慎重にならなければいけないのだろうなという事は感じた。一経済人であれば、誰でも彼でも会って話しをしたりするが、政治で立場上、例え話だが、選挙をやっている時に相手候補と会ったり相手陣営の関係者と会ったりするのは良くない、いくら知っていたとしても。そういう事を含めて周りがどう考えるかとか、人と会ったりするのも意味を持たせていく、会う大切さの。会いたくないとか会わないという事ではなくて、会議の一つに出席する、しないというのも、どうしても都合をつけて出席しなくてはいけない会議もあれば、出る事によって意外な所からハレーション(を起こす)…そういう事も一つ一つ気を遣ってやっていかなければいけないと感じる。選挙区から色々な会合で上京されている時にはなるべく顔を出してあげたりとか、日頃お世話になっている気持ちを伝えたりとかそういう事をこまめにやる事が大事なのかと最近感じている。

●質問コーナー

Q:石川県という地域柄、韓国、北朝鮮、中国となかなか関係が良くないが、協力して対北朝鮮の拉致問題、尖閣の問題もあると思うが、もし何か朝鮮半島で起こったら、難民も押し寄せて来ると思うがその辺は対韓国、北朝鮮に対してはどうか。
A:小松は航空自衛隊小松基地というのがあって、戦闘機を配備された基地だが、そういう意味では小松市も含めて市民の皆さんも空の安全を守っているという意識は持っていると思う。その表れとしてスクランブルとか緊急発進とか日常の訓練などでも騒音とかうるさいと思われるかたでもそれを我慢して日本の国の為に皆さん理解していらっしゃるという事が凄く有難いという気がする。拉致問題も石川県に被害にあわれたかたが沢山いらっしゃるので県議会の方でも議連を作って県全体で取り組んでいかなくてはいけない問題だという事で取り組んではいる。まずは風化をさせないでしっかりと県民の問題として取り組んでいくという事が大事。
Q:ずっとビジネスをやってこられた訳だが、今ビジネスに未練は無いか。
A:率直な事を言うと今仕事をしてみたいなと思う。今ビジネス環境が良いので今やると何でも成功する様な、それ位日本全体が盛り上がっている。これは本当に多くのかた、特に若い人とかドンドン起業して頂いてチャレンジして頂く、それだけの環境はあると思う。
Q:今やるとしたら何をやるか。
A:自分自身は人と人の中で、どちらかと言うと物を売っていく商売が得意。技術的なITとかそんな分野よりやはり人と人との対話の中から物を売っていくという。営業をやりたい。
Q:健康食品は具体的にどんな感じの事をしていたか。
A:それを今言うと色々な健康食品を扱っている人がいらっしゃるので…(その会社は)まだ事業自体はあるが、今は議員に専念している。

●その他

経済もなかなか実感として賃金が上がったとか給料が上がったとかなれば実感としてある
が、まだそんな状況でもない。これから賃金も上がって皆さんの実感として「景気が良くなった」と成れる様にこの秋の臨時国会でまさに成長戦略を形にしていくという事。一番困るのはスケジュールが決まらない。与野党の協議で決まるので一週間の日程が決まらないのが少しもどかしい。本当は、なるべく地元に帰ったり会合に出たいが飛行機の時間が、電車は4時間かかるので、急に移動したりできない。会期がなかなか決まらないのは一番辛い。(町村派は今も最大派閥)今日も勉強会があってそういう意味では大変有難い。派閥の先輩とか派閥の同僚の先生方と、そういう意味では話し易い。