八木 てつや
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第93回
2013年10月16日 放送

自民党 八木 てつや 衆議院議員

(以下、動画より文字おこし)

自民党 (愛知11区)比例東海ブロック 1期目

(「日本を明るくする会」は)1年生議員が115人いるがそのうち10人位でメンバーを作って「日本を明るくしよう!」という事で、絵を見て頂けると(のぼりの絵を指して)ここがキーポイント。メンバーの写真も持って来たが皆、これ、頭で輝いて、これを「のぼりを作って全国で街頭演説をやろう、日本を明るくしよう」と言って、そういう人が10人いる。一番立派なのは北海道の堀井君―剃っているから―そんな様なかたばっかり。(写真の三人は)立派でしょう?明るくできるでしょう?(笑)真面目。やる事は街頭演説をやったり、これから企画して。暗い所に呼んでください、街頭演説をやりますから(笑)。(ヅラの人は)まだ誰がヅラだか分からない。(国会が始まったが)昨日所信表明で今日代表質問。所信表明で経済をどういう風に牽引していくのか、デフレから脱却していくのか、そこが一番大きな肝になると思う。そして福島の問題等、今回の国会は安倍政権にとっても正念場でしっかりした事をやっていかなければいけない。(ネジレが解消されて)それだけ責任があるのでしっかり議論しなければいけない。

●幸せ度数年表

(ダブルクリックで拡大)

第93回八木哲也

1947年、4人兄弟の末っ子として愛知県豊田市に生まれる。ずっと地元。(「幸せ度数年表」の)グラフのプラス(+)は今まで振り返ってプラスだった、こちらはマイナス(-)だったという書き方をした。(大学は)中央の理工学部で理系。たまたま大学に(陶芸)クラブがあってそれに入っていた関係でそれからずっとやっている。(自作のぐい吞みを持参)留年した年に2ヵ月程(留学し)、これが非常に勉強になった。ヨーロッパを2ヵ月で殆ど周った。元々家は農家だが、父も地方の議員をやっていた関係もあった(市会議員)。(就職は)東京でした。学校を出て建材関係の会社に入り2年弱で突然退職して突然インドに行ってインドで放浪して病気で帰って来た。アメーバ赤痢―アメーバが腹の中に入ってしまい、苦しくて血便ばかり出た。そこから本当はヨーロッパに行きたかったが途中でリタイアしたその悔しさがあった。インドにリュックサックを背負って行ったが全部1ヵ月経たないうちに盗られてしまった。非常に良い勉強になった。カーストの低い処ばかりを見て来たので。リュックサック等を盗られたので、むこうはトイレットペーパーが無いからコップ一杯の水をウォシュレットにするのをマスターして来た。後で実演しても良い(笑)。今でもマスターできていると思う。それ位カーストの低い人たちと生活していた。帰って来てまた就職をした。今度は豊田の方で自動車部品メーカーに勤めた。真面目に技術屋として仕事をやっていた。それで結婚をして、その時にずっと地元で陶芸の窯を作ってやっていて日本陶芸展とか朝日陶芸展に入選した。(水道のオブジェ―大震災の衝撃を表した作品)今年3月11日から2週間やった―市会議員の時に作った作品を展示した。もう今そんな暇が無い。フラストレーションの発散になる。51歳の時に会社を辞め、地域の人が市会議員に出てくれという事で退職して市会議員に出て市会議員を13年7ヵ月で辞めて急きょ衆院選に出てくれという話で、12月4日の公示1週間前に決まった。(自分の所から)誰も出ていなかった。誰も出られない様な土地柄になってしまったので(民主が今でも強く)選挙区で負け、比例復活だった。そういう現実がずっと歴史的にあるので出る人がいなくて(民主党は古本先生)全然運動もできずにいた。幸せだと思わないとしょうがないかも知れないが、皆さんが推してくれたからできた。市会議員の時は党派というよりも自民系無所属だった。(面接も無く)公認の中では最後くらいではないか。正直言うと半々だった。(落ちてもしょうがないが)選挙を戦わないと言うのは選択肢が無くなるという事で、そういう事からしたらやはり戦わなければいけないと思った。公示前の6日と選挙12日の18日間で9万票というのは大変な事。1日5千票。こんな事はあり得ない。それは自分の力ではない。皆さんが一生懸命やってくれたという事。(有権者が「初めて見た」)というのはあった。議長をやっていたから少しは知名度があるかと思ったが全然知名度は無い。豊田市918平方キロプラスみよし市があり、みよし市では「どこの馬の骨だ?」と言われ「ヤギ(八木)の骨だ」と言った(笑)。御髪は苦労し始めた頃から。息子などは軽蔑した様な目つきをして見るので「お前もなれの果てはこうなるのだ」と。基本的には(「日本を明るくする会」は)全国のメンバーがいるので「あっちに行ったりこっちに行ったりしよう」と今打ち合わせしているところ。自分は毎週土曜日地元でやっているので、それにあわせてやるくらい。(「日本を明るくする会」の一番年齢が高いのは)赤枝さん。あの人のパワーには負けるが尊敬している。

●最近の政治トピックス

昨日から国会が始まったので、今回の国会は安倍首相の正念場だと自分たちも覚悟してやっている。たまたま自分は豊田市で会社員だった事もあり、自動車産業だった事もあり経済産業委員会に入り、経済産業委員会の中で重い法案が沢山あり(汚染水の問題)もあるが、デフレから脱却して設備投資も含めて成長戦略をどうするかという議案があるので、そういうものをきちんとやっていく事によって企業の後押しをしてあげる、という様な法案がある。例えば色々な特区、経済特区があるが、企業版―企業の特区―トヨタ自動車自体、「豊田市」ではなく「トヨタ」という企業の特区として、企業をピンポイントで特区を作る。そして設備投資をする所に減税をしたり補助を出す等、そういう様な事が結構ある。明るい話。(特区の基準を満たすのは上場企業でないといけないかというと)そうではないと思うが、比較的上場企業になるかも知れないが、まだ見えて来ないが「ベンチャー」などでもしっかりしたもの、日本を背負っていける様なものがあればそういう事もあるのではないか。最終的には雇用を確保していくと同時にデフレを脱却していかないといけないので給料を上げて消費に還元していくシステムをきちんと作らなければいけない。茂木さんなども経団連に「給料を上げて」と言っているが、そういう事で循環していく。元々組合さんと労使の話し合いだが(うまくいかなかったのは)デフレに入っていたという事もある。重い部分―エネルギーの問題もあるが、電気事業法は衆議院で安倍首相の問責決議が出て審議がストップになって廃案になってしまった。再登板するが、ああいうのも早いところきちんとしていかないと方向性が見えない。大事な法案が廃案になって申し訳ないと思っているが、市会議員と国会議員の違いはこういうところにあるのかなと。市会議員だと議案というのを出して、議案は全て審議して可決するか否決するか、何しろ結論を出す。それは市民の為に出す。ところが国会で審議もせずに廃案になるなんて誰の為の政治をやっているのかという事。(廃案になったのは審議もしていなかった事)国民の為に議案を出しているのだから国民の為に議論をしなくてはいけないのは当然だと思っていて、民主党の時には67%位の法案通過率で、安倍さんになって最後に廃案になってその前にも廃案になった分があるが85~6%までいったが、85~6%までいったから良いという問題ではなく、地方議員からすれば100%解決しなくてはいけない問題を、というジレンマを初めて経験した。驚きだった。誰がそういう事に対して責任を取るのか分からない。国民の為には政局に持ち込む事はいけないと思う。原点をきちんとしていかないといけない。自分は勝ち馬に乗らなかった、選挙は。負ける選挙だったので(笑)。今回は本当に安倍さんの「期待された政治」から「実感できる政治」へどうやって移していくかという正念場だと思う。(安倍さんは)リーダーシップを発揮しているという言い方が良いかも知れない。

●今だから言えるあの日のあの出来事

衆議院に立候補したが、26日の午後に言われた―「27日の午前中に結論を持ってこないと不戦敗にする」と言うわけなので、家に帰ってかみさんに言ったらかみさんも涙を流していた。娘にそういう話をしたら涙を流して「わたしの結婚式は12月15日です」と。(12月15日は)選挙の最終日で「私の結婚を壊す気か」と言っていた。ましてや娘の行っている会社の所が相手候補のいる所なので「そんな勝てない選挙にどうして出るの、私の結婚潰す気か、明日から会社に行かない」と。最後の日の2時間だけ自分の時間をもらってバージンロードだけは通った。途中で帰ってしまったが。本当に申し訳ない気持ちで一杯だった。(次の日)16日が投票日だったので、涙雨にならなかったので良かった。無派閥。(「日本を明るくする会」)は派閥ではないが(笑)。体型的に似ているかたの集まりなので(笑)政治的信条で集まっていないので(笑)。今度29日に会合がある。この近くでやっている。(議運で話題になったのが衆議院の中に吉野家ができて、1200円の弁当(牛重)がある。それで平沢勝栄さんが「国会だけにあるのはおかしい」と問題提起をしたが)1200円でなくても…自分は今日の昼サンドイッチだけだった。吉野家まで行く時間が無くて。本会議場から近く、すぐ行ける所だがそれだけの時間が無くてサンドイッチと野菜ジュースだけ飲んだ。今度一度(吉牛を)食べてみたいもの。

●質問コーナー

Q:今日のニュースで、従軍慰安婦の事で河野談話が、調査したところ事実無根であったという事が産経のニュースと夕刊フジにもあったが、河野談話についてきちんとした方が良いと思うがその辺はどう考えるか。
A:大学の時に科学史を勉強していて、その関係でヨーロッパに行ったが、やはり歴史というのは一面的な部分で、表の部分裏の部分があるのは事実。あちらからこちらからきちんと検証する必要はあると思う。どれだけの資料をあたってどういう風に解析したのかという事があるが、そこの部分は自分自身もよく分かっていない。自分もマスコミ等の情報でしか分からないが、そういうところにきちんとメスを入れる。どれだけ公にされた情報の中できちんと解析していくのかという事が大事だと思う。今は歴史というのは文字でしか解析ができない。文字の信憑性からどういう風に解析していくのかという事もあわせて大事な視点ではないかと思う。もっと古い歴史になると文字は無いわけだが、例えば、こういうのが埋まっていたら「これは縄文で」と、後から物で解析して文字にしていくので、文字の解析はものすごく大事で、残っている文字でどういう風にきちんと解析していくのかというのが大事だと思う。自分自身は従軍慰安婦の問題は軽々な発言はできない状況にある。歴史というのはきちんと伝えていかなければいけないという思いは非常にある。それがその時の政治によって曲げられてはいけない。事実は事実、真実は真実だと思うので、それはきちんとしていく必要はあると思う。

Q:特定秘密保護法案について、国家安全保障会議みたいなものを作りたくてアメリカのCIAやNSAのノウハウを教えてもらいたいが、教わる為には「秘密を守ってくれよ」というオーダーのもと立ち上がった法案なのかと思っているが、アメリカのノウハウを知らないで作れるのだったらこの法案は必要ないのかと思う。「(秘密が)漏れない為」以外の理由はあるのか?
A:一番の武器が情報、国際関係において。だからそれが国益を守る事が出来ない様な部分が出てはいけないというのは事実だと思う。今TPPをやっていて、その会議に出させて頂いているが「これは交渉事だからどこまでしか情報を出せない」と機密でやっている事。そこまで出してしまうと相手との交渉なので、こちらが国益が守れない様な状況になるという危険性があるという部分。そういう部分は場合によっては必要だと思う。しかしそれは最低限度の国益になると思う。ややもするとマスコミなどは表現の自由の問題があるのでそういう部分まで侵されるのではないかと、そこの部分の担保をどういう風にするのかという事は大事だと思う。(今国会の)大きな一つ。真実はどうやって伝えるかという時に、立場によって真実の表現方法が違って来る、という事は色々な人がいるから表現方法が違っても良いのだが、聴き手によると自分に良い立場の情報だけを取ろうとする、そういう部分が果たして良いものかどうかという事は難しい部分があると思う。

●その他

市会議員の時もそうだったが、政治というのはやはり喋るだけではなくて形にする世界。形にする世界という事においては最後は多数決になると思うから、そういう人が説得しなが ら形にするというのが大事な事。
(息子が作ってくれた作品の写真集)―3.11の3ヵ月経って現地に入れたが、その時は本当にショックだった。忘れてはいけない事。