勝沼 栄明
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第89回
2013年09月18日 放送

自民党 勝沼 栄明 衆議院議員

(以下、動画より文字おこし)

自民党 比例北海道ブロック 1期目

名前「栄明」はなかなか「しげあき」と読んでくれない。天然パーマなのでグルグル巻いてきてしまう、人生みたいなもので(笑)。

●幸せ度数年表

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第89回勝沼栄明

四国高松に生まれ3ヵ月滞在。父は法務省公安調査庁、母は専業主婦。父は全く厳格ではない。父は丘サーファーをやっていた。他のかたが学生運動をやっている時に父は肌を焼いて、サーフィンしないのにサーフボードを持ってナンパして、全然固くない。
聖光学園という横浜にある中学高校一貫校、福島の聖光学園の方が甲子園で有名で全く違うが。19歳の時に北大の医学部に入学。もう辞めたが形成外科の医者。整形外科は大工さんで自分(形成外科)は左官屋さんの壁塗り。火傷、怪我、当然美容等もやるし体表の先天奇形等。大学病院だと4割位がお子さんで、本当に職人みたいなもので傷を綺麗にしたり乳癌等でおっぱいを取られたかたのおっぱいを作ったりした。小さい頃から気づいたら偉人伝が置いてあって野口英世、シュバイツァーの伝記を読んで小学校1年生位の時にお医者さんになりたいと漠然と思ったのと、自分は喘息やアトピーがあって病院通いばかりしていたので小児科医になりたいと思った。当時は小児科医=医者みたいな感じで思い、なりたいと思った。地元の中学に行こうと思ったが非常に荒れていた。ヤンキーばかりで、横浜スタジオのすぐそばで、当時は浮浪者襲撃事件があり、行く筈の中学に犯人がいた。それではいけないと思い中学受験をして入った。1浪して医学部6年制なので25歳から(医師として働く)。その後結婚してすぐ子供が産まれた。(嫁は)学生時代に自分がやっていたサークルで会った人で、実は離婚している。
北海道比例選出なので選挙区が広くて困る。この間も参院選で伊達忠一さんと一緒に遊説隊として回ったが、17日間で6500㎞だった。寒冷地手当が出る。病院に勤めていた時も暖房費として出ていた。そこは流石に(オンブズマンも責めない)死活問題なので。
子供は元妻が函館でみている。北大の形成外科という処に入ったので医局の人事で1年毎に色々なところに行ったりするが、その人事を外れたという事でフリーになった(34歳)。辞めて色々勉強したいと思ったが全くもって政治に興味が無かった。医者はバイトが一杯ある。夜勤とか美容のオペとか。(色々な女性の)顔をみた。(肌の綺麗な人は)金と時間をかけている、後は休息。顔の造りは色々変えたり出来るが肌というのは難しい。顔の造りが普通でも肌が非常に綺麗で輝度が高いと美人に見える。紫外線は最大の敵で放射線などより危ない。(食べていける為の免許が取れて)親には感謝している。食いっぱぐれは無かった。勤務医の時は本当に忙しく、最初の4年間は休みもなかった。形成外科は傷の専門家なのでチョッとした傷ですぐ呼ばれ縫いに行かなければいけない。
↘民主党政権。フリーをやっている時に政治に全く興味が無かったが、勤務医を辞めて時間ができたので色々な勉強をして社会人として一生懸命やらなければいけないと思いやっている中で色々興味が出てきて(民主党政権で)このままでは日本が潰れると思い、2009年8月31日に民主党政権決定(衆院選の結果が出た日)の次の日、9月1日に自民党に入党した。党本部に電話し、「ここではダメだ」と道連の方に回され、「紹介が無いと入れない」と言われ(2人の紹介が無いとダメ)自分の住んでいる地元の自民党員を紹介して頂いて入った。予想は予想以上に当たってしまってドロドロになってしまったが、その時の動物的勘。まずいと思い次の日に自民党に入党し、できる事をコツコツやっていこうと思った。
2009年、予備自衛官になった。安全保障に興味があったので「自分の国は自分で守らなくてはいけない」と口で言うのはた易いが説得力が無いと思ったので、まず自分で入って体験して現場のかたの話も聞きたかったので。陸上自衛隊に予備自衛官制度というのがあり、一般の働いているかたが試験と訓練を受けてなるという制度があり、たまたまそれを知りまずは試験等色々受けて予備自衛官補になった。(自分は)技能公募の予備自衛官として手に職を持っている人がなるものだった。10日間の訓練を受けて予備自衛官になって位を頂き、北部方面の衛生隊所属の予備自衛官になった。衛生兵だった。基本教練の敬礼、気をつけ、まわれ右から自衛官としての立ち振る舞い、銃・射撃―小銃64式といって1964年に設計された銃(今は89式)を分解したり結合したり、バラバラにしたり組み立て直したり、新入隊員が3ヵ月でやる事を10日間でやらされた。本当に射撃する。朝6時に起きて分刻みでやっていくのは本当に大変。メスより重い物を持った事がなかった(笑)。ベッドシーツのやり方、アイロンかけから靴磨き、風呂掃除まで全部あるので隊員のかたと同じ様な事をやった。予備自衛官は退職した。予備自衛官は特別公務員で、今は公務員なので兼職禁止なので。いちおう予備自衛官初の国会議員。陸幕でわざわざ会議してくれたが退職という事になった。前例が無かった。地方議員のかたにはいらっしゃるが。本当は辞めたくはなかった。
(衆議院議員)1回生は皆優秀でモチベーションが高い。民主党(政権)になって自民党が落ち目になった時に入ってきた人ばかりなので違うと思う。
2010年4月に統一地方選があったが道議選挙で落選。自分のところに出ないかと話があったのは2010年の2月前だった。3月11日に東日本大震災があり完全にストップした。1ヵ月の地方議員の選挙はやはり辛いものがあったが、それでも144票差で落選したが1万4千以上の票を頂けたので口惜しいからそのまま続けようと思い事務所もそのままにして人も雇った。札幌市西区という所で非常に左派の強い地盤-横路さんの所なので。そこでやり続けていたらこの間の衆議院選挙で比例名簿に載らないかという事でお声がけ頂き今回当選させて頂いた。道連主催の政治塾に入っていて、そこの塾長が自民党の伊東良孝先生という釧路選出の代議士がいらっしゃってずっとお世話になっていてそのかたの推薦で載せて頂いた。道議選の後も政治活動もどきはずっとやっていたので。普段は比例名簿に載せるのは党職員が多い。(名前だけで)取り敢えず来ないという事で。今回はもしかしたらもしかするという事で、一応しっかり思いを持ってやっているという事で自分を選んで頂いた。比例単独3位で当選した。北海道は全勝した。普通はあり得ない。小泉郵政選挙の時でさえ4勝8敗だった。自分の目指すところは、自分で出来る事は自分で地道にやって認めて頂いて政局を頂くというのが自分たちの道。もうメスは置いてしまったので(医者に復帰する気は)全く無い。(手も)鈍る、9ヵ月も(メスを)握っていないので。自分はどうしても表面をいじる科なので出来・不出来が皆さんにも分かってしまう。微妙な感覚が「切る」時にはある。それはこの程度でお金を貰うのは申し訳ない―適当な手術だったら大丈夫かも知れないが(笑)。
(永田町でまだ1年経っていないが)毎日刺激的。情報量が物凄く多い。最初の頃は部会に全部出てやろうと思ってやっていたが、1日の仕事が(書類の束20㎝~)こんなになってしまう。それは自分も中途半端になってしまうので最近は絞って出るようにしている。本当はペーパーレスにして欲しい、秘書も大変だしコストもかかる。1人にiPad1台支給してやった方が良いのではと思うがなかなか皆がそう思わない事もある。

●最近の政治トピックス

(TPPの問題では)農家のかたが振り上げた拳を下せないという事も十分わかるし、北海道はやはり第1次産業でもっているところがあるので、あのまま行ったら大打撃は免れないのでやはり生活も大変だし食糧の安全保障からの観点からも農業はやはり守らなければいけないと思うので仰る事も分かる。我々も気持ちは一緒。ただ色々と国益の観点から我々はものを言っていかなければいけないのでバランスをとってどちらかに偏り過ぎてもいけないと思ってやっていかなくてはいけない。TPPは日米同盟の事もあるので、民主党を悪く言うのは止めたいが、あの時代にボロボロになってしまった事をどう構築していくかというのをTPPもあるので、そこら辺をうまく有権者のかた達に説明しながら(やる)。補正予算のところからやっているが、組み方なども酷い。人気取りの為にやったのも当然あるし、政治主導だと言って本当に自分たち(議員)で算盤をはじいた事がある。官僚の人達、プロにしっかりやってもらって「責任だけ持つよ」とやってくれれば良いが、素人がやるので子供に包丁を与えてしまった様なもの。
政策とか何でも、どうしても都会から見た政策が多いので全国一律は難しいが、官僚の若手のかた達とよく話すのが現場を見たいというのがある、霞が関だけではなく。もっと地方を歩いて現場に則した政策を提案していきたいというのがあるようだがなかなかそういう時間もコストもかかるので(それが)無いのが悩みだと仰っていた。そこら辺を我々が地方の声をしっかりあげて官僚とうまくタッグを組んでしっかりしたものをやっていけば良い。責任は我々が取るわけだから、プロに任せてやっていきたいと思う。やはり民主党時代に足りなかったのは、与党であるという覚悟と決意が決定的に欠如していたかと思う。「与党になる」というところで止まってしまった。与党であり続けるという覚悟と決意が足りなかった。自民党も段々落ちてきたからああいう風な事になった。民主党政権を誕生させたのも自民党。我々3年3ヵ月の間そこをしっかり反省して頭を垂れてやってきたので、これからも驕る事無く真摯に、という空気は党にあるのでスピード感を持ってやらなくてはいけないがなかなか目にみえるところは難しいのでそこら辺は期待を持って見て頂けたらと思う。大分昔とは違うので。
この間最高裁で婚外子の遺産相続の違憲判決が出たが画期的だった。憲法にそって、子供には何の罪も無いだろうという人権論から来ている。元々の法律というのは、昔は本妻の子供にしか財産がいかなかったのを、それでは余りにも可哀想だから1/2にしようというものだった。それでも平等ではないから今度は同じだけ分けるという事になった。元々遺産相続は不公平なものなので、ああいう風に法律で決まっているが、もし亡くなるかたが遺書を書いていたらその通り執行されるから、それは不平等であっても文句が言えない。それをああいう風な形でもっていってしまうというのは、よく言われるのが、本妻と(婚外子の子が)平等だったら日本の家族制度自体が変わってきてしまうのではないか、という事もある。今回14人の裁判官がいて全会一致だったが、共通だったのは、外国の趨勢としてそういう風になってきている―という事に合わせるのもどうかと思う。日本には日本独自の家族制度があってそれに基づいた色々な法律がありそれで動いているのにそれをポンと法律を最高裁で変えてしまって良いのかと。もう最高裁で決まってしまった事だが非常に違和感があった。個別案件なら良いと思う。この場合だったら平等で、この場合だったら…等、それをポンと変えてしまうのはどうかなと思う。これで一杯外に(子供を)作り出してしまったらどうするのかなと(笑)。我々戦後色々なものを捨ててきたと思う。家族制度とか地域の関わりとか故郷の事とか。核家族化が進んでいるからやはり色々な問題というのも戦後我々が捨ててきたものを1つ1つ拾い集めていかないとなかなか上向きにいかないと思う。更にそういった事に拍車をかける判決だったので結構違和感がある。それに関係した委員会に入っていないが、個人的に議員として(思う)。訴えたかたの内情は週刊誌レベルしか知らないので深くは言えないが、ドロドロした案件の中でああいう事をパッとやってしまうと非常に違和感があった。
あと(政治トピックス)は、東京のオリンピックはおめでとうございます、という事。ただチョッと心配なのは地方から見ると「東京ばかり」というのがある。インフラ整備もこれからやっていく中で業者さんがドンドン集まっていくと思うが、北海道ではただでさえ業者さんが足りない―東北に行っているのと、公共事業がガツンと減らされていたので仕事が無くなって潰れている。今何が北海道に起こっているかというと、結局冬の除雪をやっている業者さんは夏は公共事業をやっているかたが多く、その業者さんが潰れてしまっているので除雪業者がいない、運転するかたがいない。それによって除雪が遅れている。予算はついているが人がいないので単価の分ばかり上がってしまって全然実行されていない。本当に業者さんの体力が弱っている。瀕死の救急患者さんにいきなり栄養を与える様なものでもう少し段階的にやらないとダメかなと思う。

●今だから言えるあの日のあの出来事

全然関係ない事で―立場的に言って良いか分からないが、よく美容とかで保険が使える使えないというのがあるがあれは全部医者の裁量なので、病名がつけば保険になる。ボトックスはなかなか難しいが、例えば二重の手術、眼瞼下垂という病名がつくと若い子でも二重にできてしまう。流行っているプチ整形―糸で癖をつけて二重にする。(自分も施術は)結構やっていた。すごく簡単だが「逆さまつ毛」と病名をつければ保険でできてしまう。逆さまつ毛の施術と一緒。「逆さまつ毛」と「眼瞼下垂」。一重のかたを二重にしたり、目が下がって困る等、その先生との関係(によって)。当然保険でやってくれる形成外科
でないとダメ、(美容クリニック等)とは全然値段が違う。幅があって「ここまで」というのがあるが本当に医者の裁量。(医者の)言う事を必ず聴く事と素直になる事、後はやはり(医者と)良い関係を作る事、やはりここ(ハート)。あとは(医者の)好みか好みではないかによる(笑)。当然人間なのでそれはある。結構そういう事は大きい。人の紹介、お世話になったかたの紹介の時はそういう便宜を図った事もある。グレーゾーンで、本来は良くないと思う。自分の立場としては医療費が高騰する中でしっかりお金を頂いてやらないといけないと思っている。ただ整形的なもの(?)に関してはご自身でやって頂くと。ただ現場としてはそういう事があるという事。今自分はやっていなが。

●質問コーナー

Q: 部会の優先順位などはどういう風に決めているか。
A: 自分の場合で言うと元々医師なので当然厚生労働の分野で、あと、予備自衛官もやっていたので安全保障委員会で国防部会は必ず出ているのと、あとはやはり北海道なので農政。自分に関わりがあるところから決めていく。あとプラス興味がある分野。興味がある、無いというのは大きいと思う。
Q:今の3つ以外には何に興味があるか。
A:やはり原子力とか科学技術のイノベーション関係や教育か。議員同士話している中で
色々な問題があるが、突きつめて何が悪いのかと言うとやはり教育となる。教育は国家百年の計なので焦らないでしっかりと百年後の日本を担っていく若者たちをしっかり育てられるような教育制度をやっていきたいと思う。
Q:本人だけの興味なのか、秘書さんと何か相談するのか。
A:秘書さんとは相談しない。やはり自分で決める。色々な団体がバックについている場合にはそういった事もあるかも知れないが自分自身に関しては特に何も無いので自分の興味のあるもの、役に立ちたい分野でやっていきたいと思う。
Q:安全保障との事で北海道はロシアとの関係、北方領土に関して日米同盟は基軸にあるが、対中国を牽制するためにもやはりロシアと仲良くする必要があると思うが何か考えはあるか。
A:仰る通り、ロシアとは良い関係を保ちながら、我々は北方領土も抱えているので良好な関係を築きつつ左手で握手をして右手で拳を作る位の心持ちでやっていかなければいけないと思うが、ロシア人の気質として結構金で解決するらしいので、割り切っているところがあるようなのでそのところを我々も狡く利用してやっていきたいと思う。彼らは天然ガスを日本にどうしても売りたがっているのでそこを利用しない手はない。そういうところを日本人は正攻法でいかなければというのがあるが、チョッと狡くやっていかなくてはいけないと思う。(北海道の人はそういうのに強い)北海道は全部割り勘だと聞いて行った(笑)。自分は全部出すが北海道はそういう(割り勘)の風土があるらしい。新しい土地なので難しい事がない。(離婚も)多いと聞いた(笑)。
(北海道は)馴染み易い。新参者でも受け入れてくれるという風土があるので、そこら辺は利用しない手はないかなと思う。ロシアの事はしっかりやっていく。ただまだロシアは脅威であるので完全にロシアと手を結んでしまうと北部方面も削減されてしまうのではないかと心配もある。
Q:HPを見ると坊主(頭)だったのが髪を伸ばしているがどういう心境の変化か。
A:丁度訓練に行った時で、坊主にする必要は無かったが坊主が好きで気合いを入れる為に坊主にして、ヘルメット被るとペシャっとなって情けなくなるという事と、暫く坊主でいこうと思ったが目立ちたくても堀井学先生に勝てない―彼はがたいも良いしスキン(ヘッド)なので絶対勝てないのでもう止めようと思い伸ばしている。

●その他

(本日出演の感想は)自分は結構ゆるいので。TPOをわきまえているという事で(笑)。
Q:自衛隊の時は出動しなかったのか。
A:東日本大震災の時は待機命令が出ていた。丁度(道議)選挙だったので、もし本当に
召集が来たらどうしようと思っていた。(実際は)東北方面から行った。殆どご遺体確認だった。東北方面とボランティアで歯科医の先生が非常に(大勢)行ったと聞いた。あの時は亡くなっているか、軽傷のどちらかで特異な(状況)だった。
Q:出動命令が出ると否応なく連れて行かれるのか。
A:まず待機命令の時に、「待機するか、しないか」と言われ、「待機する」と言って行かなかったら逮捕される。
Q:給料は貰っていたか。
A:訓練の時だけ。日給7900円。
Q:待機している時はお金なしでボランティアか。
A:そう。
Q:右胸のバッジは?
A:これは「千島桜」といって北方四島に生えている桜で「北方四島返せよ」というメッセージになっている。無言のアピール。それにしては小さいが。