吉川 有美
無題
第228回
2019年07月11日 放送

自民党 吉川 有美 参議院議員

「忍者になりたかった」と本気で語る吉川議員は三重出身で、忍者議連に所属しています。

大学生の頃から環境問題に目覚め民間会社に就職。

その後、三井住友銀行に入行しその経験を生かし、中小零細企業の支援策に全力で取り組む毎日です。

今年は任期満了の年。子育てと、永田町、そして選挙とフル稼働の毎日になりそうですね。

 

(動画より文字おこし)

自民党 (三重県)1期目 (2019年4月10日収録時点)

 

みなさま、こんにちは!「みわちゃんねる」第228回目のゲストとして呼んで頂きました、自民党三重県選出の参議院議員、吉川有美でございます。どうぞよろしくお願いいたします。(会場から拍手)[すっかり選挙モードというか、今年、選挙なんですよね] ― 今年、選挙です。7月にございますので。[6年間経ったということですね] ― あっという間ですね。[どうですか、この6年を総括してご自分では] ― やるべきことを最大限にやったと、仕事にすべて人生を捧げ切った思いでございまして。本当にゼロからの出発、何もわからないところでの民間から政界へ来たわけでございますけれども。ゼロあるいはマイナスからの出発だったんですけれども、本当に周りの方にお支えを頂き。参議院自民党は先輩方が手厚く教育して下さいますので、雑巾がけのところからスタートして先輩方のご指導が本当に有難いですね。そして地元の衆議院の先生はじめ町議の先生方にも本当に優しくして頂きましたので、お支えを頂き、やり方を一歩一歩教えて頂きながらでありますけれども、6年間やれることは最大限やってきかなあと思うんです。[ご地元はどちらですか?] ― 三重県の桑名市という所で生まれて、四日市という所で過ごしてきたということです。[三重県選出の議員さんですね] ― そうです。[その辺も含めていろいろ聞いていきたいと思います]

●幸せ度数年表(クリックで拡大)

attachment00

 

 

 

 

 

 

 

 

 

[吉川有美先生の半生がわかるということで、いってみたいと思います。1973年生まれ、のびのびと育った子供時代、将来の夢「くノ一」「社会の役に立つ」将来の夢は「くノ一」だったんですか?] ― (笑) 恥ずかしいお話でございますけれど、三重県は伊賀がございます。松尾芭蕉もそうですし。小学生の時の高学年の文集の将来の夢のところに「くノ一」と書いてありまして。(笑) 6年生ぐらいなので恥ずかしい子供なんですけれど。本当に忍者になろうと思ってですね。[忍者になって国を変えたいと] ― いえ、ただ忍者になりたいと。[手裏剣をやったりとか?ちょっとおてんばな子供だったんですね] ― そうですね。本当に桑名市の自然の多い所で育ちましたので。家は両親が結婚して三重県の外から引っ越して来たのが桑名だったんですけど、周りのお友達は地元の子なので、山を持っていたり、田んぼを持っていたりで。お友達の家の山を駆け巡って忍者修行をしておりまして。(笑)本当に忍者になろうと当時はしたんですよね。[そしてこの写真ですね。(忍者衣装の吉川議員と安倍総理とのツーショット写真が画面に)] ― 私は三重県全部が選挙区でございますので、伊賀市という所も選挙区でございます。伊賀上野観光協会の観光大使をさせて頂いておりまして、観光協会さんから忍者というものを国内だけでなく世界中に広げて欲しいということで、「忍者NINJA議員連盟」を立ち上げのところから関わりまして。この写真は昨年、忍者議員連盟のメンバーと共に2020オリピックパラリンピック、ラグビーワールドカップにおいて、世界中の方々に日本を見てもらう時に忍者というものを切り口にアピールをする。海外の人は忍者が好きですから。一方で忍者は伊賀甲賀だけじゃなくて日本中に、牧島先生は小田原でいらっしゃいますけれど、全国に忍者はいたものですから。そういう意味では全国の地方創生ということもありまして、官邸にお願いに上がったということです。[夢がひとつ叶いましたね!] ― (笑) 叶いました!これはマイ忍者衣装でございまして、観光協会さんからこれを着てアピールをしてくれということで。夢がひとつ叶いました。[18歳の時に環境と出会うとは、どういうことでしょうか?] ― 私はミッション系の女子高に通っていたんですけど、受験も終わって卒業式までの間、様々な社会問題をビデを見たりして勉強したりして時間を過ごしていたのですが。その時に授業の一環でビデオをみておりまして。当時は酸性雨とかオゾン層とかそういう時代でございまして。アンデルセンの森が酸性雨によってなくなろうとしていますと勉強した時に、地球は私が守らなければいけないと思い立ちまして、これはもうやらないといけないと。当時は名古屋の女子大に行こうと親にお金も出してもらっていたのですが、環境をやらなければいけないと。当時はパソコンもなかったので、いろんな本で探しまくったところ、東京農業大学の大学で環境を学べそうだ。環境学部というのが今のようになかったものですから。環境に出会って、それが今までずっと仕事をする上での一つの軸としてきている。これが18歳ですね。[そして東京農業大学に進んだということですね。今、バッチを付けられて国会議員ですが、前は民間の会社にいらっしゃったということですね] ― そうです。東京農業大学の後は東京農工大学に進みまして。西川公也元農林水産大臣、西川公也先生は私の先輩ですが、そこに進みましてベンチャー企業に入りまして、様々なコンサルをしていたんですけど。一社、一社に環境や食の安全、農業ということを伝えていったのですが、企業利益とのはざまでどこまで出来るか難しいという話の中において、次は審査、国際認証の仕事もしていたんですけど。審査員の言うことは非常に良く聞くよね、コンサルタントの言うことよりも、審査でズバズバと点数を付けるとか、合否を判定するとかする人の言うことの方が企業さん、言うことを聞かれるよね、という思いがコンサルの時にあって。次は審査会社の立場から企業さんの取り組みを応援出来たらいいんじゃないかと思っている時に、ちょうど仕事のきっかけを頂きまして。次はドイツの会社の日本法人、ティフライダンドという世界で二番目、三番目ぐらいの検査認証会社の日本法人で審査をやってまいりました。そのあとは審査会社を二社経まして、2007年に三井住友銀行から声をかけてもらいまして。こらからは企業も銀行のお客様も環境であるとかリスクマネイジメントでありますとか、食の安全、あるいは農業を守る、自然を守る。そういったところで取り組みを、自分の本業だけでなく取り組みをしなくてはいけないということなんですが。銀行員の方々にそれをお手伝いする人がいないので、声をかけてもらいまして。最後は議員になる前は三井住友銀行で金融商品、サステナビリティを軸とした金融商品を作ったり、講演をしたり。省庁の委員をさせてもらったり。あるいは地方行政の委員をやるなどしていろんな取り組みをしてまいりました。[それがきっかけとなって出馬となったのですね] ― そうですね。[どういうきっかけで出馬となったのですか?] ― 省庁の委員をさせて頂いて、いろんな民間委員もさせて頂いたんですけど。これから予算を使うという時に、省庁のみなさまはその分野について深く考えていらっしゃるものの、現場の声というものは民間ほどはわからないというところもありまして。この予算をみなさまに役立つ制度にしていくにはというご相談を良く受けていたんですね。そんなこともありまして。本当に現場がわかっている人間が企業のみなさまとか、国民のみなさまのお声をしっかりと聞いてきた人間が国政に携わった方がいいのではないかということがひとつ。もうひとつは、ずっとやってきた食の安全や一次産業の振興、あるいは環境、エネルギーというところ。なかなか国の政策としては進まないという現場がありまして。他方で世界を見ると、数周遅れ、非常に遅れている状況だったんですね。これはいけないということで、しっかりと立法府に行く、予算を取れるという国政に行って、周回遅れてる日本の政治を何とかキャッチアップな世界的にして。本当は日本は素晴らしい国ですから、世界をリード出来るようなところに持っていきたい。そのためには民間ではなく、国政しかないなと。もっといろいろあるんですけど、そんな思いで。[そういう思いを持った方ってたくさんいらっしゃると思うんですけど、その中でどうやって出馬に至ったのですか?公募ですか?] ― 私の場合は様々な方から声をかけて頂きまして、そういう意味で自分からということではなく、思っている時に。何だろう、幸せ度数は全部100%なんですけど、ほんとにですね、次にこういうところが必要だな、大切だなと思った時に常にお声をかけて頂けて来た。そして自民党でなければ変えられないという思いが私には強くありましたし。どちらかと言えばもともと自民党支持でありましたし、政治ともかかわりがありまして。ほかの党から何度かお声は何度か頂いたんですけど、やっと自民党のお話をもらったのが2013年だったという。[金融系の大臣とかからですか?] ― 谷垣先生に最後、本当にお支えを頂きまして。[谷垣グループですか?] ― はい、有隣会です。谷垣先生は私にとっては恩師といいますか、私の原点です。本当に尊敬しています。

 

●最近の政治トピックス

 

[今、委員会は何か所属されているんですか?] ― 経済産業委員会です。[今までの経歴を踏襲するという感じですね] ― あとは三重県もわが国も非常に災害が多いですから、災害対策特別委員会に所属させて頂いていたり。今日は先ほどまで復興特別委員会に。[環境から政治への芽生えがあったということで、やはり金融というのは一番得意とする分野ですよね] ― そうですね、金融もそうですし、ずっと企業の方々のお手伝いをさせて頂いておりましたので、経済産業というのが一番私にとっては近いかなと。[今、一番力を入れている政策はありますか?] ― 経済産業で申しますと、今、日本中の中小企業、小規模事業者のみなさまは、企業を次の代に譲る、事業を承継する平均がだいたい70歳と言われているんですけれど、半分以上が平均年齢70歳を超えようとしているんですね。一方で景気はどんどん上がって、地方との差はあれ、上がってきてはいるものの、逆に人手不足であるとか、人口減少というところ。あとは東京一極集中で地方から東京に出てきてしまっている、様々な要因によって後継者がいない、大問題がございます。そういう意味では事業承継を円滑にしていかないと、我が国の経済、地方を支えてくれているのは中小、小規模事業者のみなさんであったり、商店のみなさんだったりということもありますので。跡継ぎがいないので店をたたまなければ、会社をやめなければいけなくなるということは、ひいては地方の支え手がいなくなるということですので、これは絶対に避けなくてはいけないという思いで。この事業承継、国でもともと税制があったのですが、非常に使い勝手が悪いと前の選挙の時から言われていましたので。当選以降、ずっとこれに取り組みまして改革に取り組みまして。一昨年、商工会選出の宮本周二先生とかみなさんと一緒に財務大臣のところに、税収が下がるかもしれないけど、今必要なことを考えて頂けませんでしょうかと、麻生大臣のところに、勉強会に勉強会を重ねて行きまして。麻生大臣が日本のためにはそれの方が大切だとご決断を下さり、法人版の事業承継税制の改正をして下さったんですね。一方で日本を見ると法人になっていない会社もたくさんありますので。そこに進めるためには個人事業者にもしていかないといけないので、そういった取り組みをしています。[その政策は跡継ぎがいない会社にもいいことがあるんですか?] ― 事業を継承するときに税金が負担になって相続ができないということがありましたので、まずはお金のところを何とかしようと。ともに経済産業省や各省庁、地方機関も一緒になってマッチングを。息子がいなかったら、会社をやりたいと思っている人に会わせるとか。[そこまで踏み込んでいるんですね、税制だけじゃなくてね] ― 中小企業、小規模事業者さんのお手伝い、とにかく本当に苦しんでいらっしゃるところに何か、しっかりと役に立つ政策をしたいということがひとつ。もう一方は、世界の何周も日本が遅れているというところがあったんですけれども、数周遅れの環境だとか社会的課題に取り組むとか。ガバナンスをしっかりするとかいう問題もありましたけれども。そういったところに関して日本はしっかりと取り組みを行っていく。しっかり取り組みを行っているところに世界の投資家は投資をするという流れになっていますので。ESG投資、エンバイロンメント、ソーシャル、ガバナンス、ESG投資と言いますけど、これは世界の潮流なんですが。日本は本当はやっているのに遅れているところがありますので。日本はESG投資にしっかりと取り組んで、世界の中でも今度は遅れているんだけどリードしていける存在になれる国だと思っていますので。そういったことも取り組みとしてやっています。

 

●今だから言えるあの日のあの出来事

 

[議員バッチを付けてから出産されたんですね] ― そうなんですよ。最初に議員になってから出産された大先輩は橋下聖子先生、参議院会長なんです。参議院はとてもいいところで女性の先輩たちがめちゃめちゃ優しいんですよ。男性ももちろん優しいんですけれども。(笑)女性の方たちが本当に優しくて。妊娠とか出産とか子育てとか、みんないろいろアドバイスを下さって。[本当に幸せですね!] ― 働きやすい!地元と行ったり来たりで休みがないというのはありますけど。休みもないし、自由もないというのはありますけど。本当に周りに恵まれているのが参議院自民党です。[丸川さんもそうですね。党派は違いますけど、吉良さん] ― 吉良さん、私のあとです。森まさこ先生とか。森まさこ先生は小学校のお子さんを連れながら、一歳の子を連れて留学した経験があるので。有村治子先生とか。本当にみなさま、いろんなアドバイスを。[今、子育てとか出産で悩んでいらっしゃる方、たくさんいますから、国会議員が先導してそういった悩みを引き受けてということをやっていかないとということですよね] ― 私は子供を産まなければ子どもの政策が出来ないのか、と言ったらそうじゃないと思うんですね。そうしたら男性の議員さんも出来ないですし、子どもはいらないわという選択をされる方もいるし。欲しくても出来ないという方もいると思うし。自分が経験しなければその政策は出来ない、そんなことは全くないと思うんですが、前の選挙の時にですね、自分のリーフレットに少子化対策とか、子育て支援について書くとですね、いないくせにと、言うな、消せとか言われるんですよ。それで私も、くそーという思いと、流産してるんです、なかなか子どもに恵まれなくってという話をしても

まったく聞く耳を持って頂けない方もいて。普通に生活していたらこんなこと言われることはないと思うんですけど、政治家になると何でも言われるんだなと。[公人というだけでね、公人の人権は無いのかと] ― 無いと感じました。(笑) 三重県って女性の国会議員がいなかったんですね。それでだと思いますし、若かったということもあると思います。でも、授かれるものなら授かりたいなという思いはあったので。やっと2014年に、41歳で!(吉川議員、佐野、二人で拍手)[ご主人は政治系なのですか?]うちの旦那さんは民間です。東京で。働いてもらわないと私がどうなるかわからないので。(笑) 最初は主人のお家も政治家がいたんで反対されたんですけど、今は本当に協力をしてくれています。[そしてお子様はお嬢様ですか、おいくつですか?] ― 娘です。この間、四つになりました。[

今議員バッチを付けて朝も早いんでしょうけど]  ― 自民党は部会がありますからね。

[部会は何時からですか?] ― 8時から。必ず自民党はみんな勉強を、常に7時半とか8時から。[これは8時前に作るんですか?] ― (可愛らしいキャラ弁の写真がアップに)

今、幼稚園になりましてお弁当を作る日が少なくなったものですから。[これは吉川有美作キャラ弁だそうです] ― お友達がみんなこういうのを食べているみたいなので。私も調子に乗ってすごい量を。二歳とかの時にこの量を作っていて、調子に乗っていたんだなと。食いしん坊な子なので、食べて帰ってきてくれるので調子に乗ってたくさん作って。美味しかった?と聞いたら、苦しかったと。(笑) 悪いことしたなと。(次々とキャラ弁の写真がアップに)[これはパンダですか?] ― はい、フルーツは旦那さんがやってくれるんです。[こういうことが出来るのはある意味幸せというか。切り替えが出来ますよね。議員の頭で家に戻って、このキャラ弁作りに集中すると切り替えが出来ますよね] ― 確かに、本当におっしゃる通りで、朝は段取りをしてこれに集中して、写真を撮ったりして。(笑) 確かに本当におっしゃる通りで、大変だと思っていたけれども幸せだと思わないといけなかったんですね。夜はね、なかなか子どもとは会合があって一緒にいられないので、せめてという形ですね。(次々とキャラ弁の写真がアップに)[クッキーも作ったのですね] ― 幼稚園で子どもと一緒にお友達に渡すクッキーを作ろうということで。お菓子作りが好きだったのですが、政治家になってからまったくやる時間がなかったのですが、子どもが出来たら経験させなきゃと思って、無理やり時間を作るようになりました。[充実していますね。お子さんがいらっしゃってバッチ付けてね。選挙もやってね] ― こんなことかっこつけて言ってますけど、子どもは本当に申し訳ないことにほったらかしで。今日、後ろに秘書さんいてくれますけど、幼稚園の行事も行けないので代わりに行ってくれたりとか、主人の両親も東京に引っ越してくれたりとか、家の地元の三重の両親も。[サポート体制をお願いしてですね] ― 支援者のみなさまもみていてくれたりとか、本当に良くして下さって。みなさまがいてなので、私は何もしていないんです。

[時間が短かったんですが、「みわちゃんねる」に出演して頂いて、ご感想を述べて頂けますか] ― こんなので良かったのかなという思いで。[委員会の途中で来て頂いて、申し訳あ

ませんでした。ありがとうございます。嬉しかったです。7月選挙ですか?地元のテレビ局の方も来ていますので] ― そうなんですか!どうか友好的な報道をして頂きますように。(笑) よろしくお願いいたします。