吉田 宣弘
公明 吉田宣弘
第151回
2015年04月08日 放送

公明党 吉田 宣弘 衆議院議員

会いに行ける国会議員 みわちゃんねる 突撃永田町!!

USTREAM akasaka plus』

第151回のゲストは、公明党 吉田 宣弘  衆議院議員でした。

国会議員の秘書をしていたところに、党から突然の出馬要請。

昨年の解散総選挙で、公明党が4回連続次点で辛酸を舐めていた、九州ブロック比例で見事当選。

公明党が強く推す「軽減税率」について、

そして「カジノ法案」「学校耐震」にまで話が弾みました。

(動画より文字おこし)

公明党 九州選挙区 1期目(2015年4月8日収録時点)

[嬉しいですよ、公明党の方第2弾ということで]―有り難うございます。 [昔は、太田昭宏さんが代表だった頃に出演していただいたんですが、ずっと途切れてまして。このようにご出演していただけると、かなり嬉しいです]―有り難うございます。連チャンでいきましょう。 [そうですね、ずっと公明党で輪をつないでいきましょう]―はい、しっかり。よろしくお願いします。 [吉田宣弘さんとは全く関係ない話ですけど…今、維新の党の上西議員が問題になっていますけども、議会を休んだ前の日に、色々ショーパブとかに一緒に行った議員は、(自民党の)赤枝議員なんですね~。]―……。 [赤枝議員のことは、多分吉田代議士よりも私がよく知っていると思いますが(笑)。あれは、党としてもしてやったりなんでしょうかね。]―……。 [いいですよ、何もコメントしなくて(笑)。でも赤枝さんだったら、上西さんを誘ったというのはよくわかります、私だったら。自民党としては「功労賞]なのかな、それは。…ごめんなさい]―いえ(苦笑)。 [今、統一地方選が始まっていますけど、公明党さんは100%ですか? 当選は]―我々は完勝を目指して、今一生懸命頑張っています。 [誰一人落とさない、と]―はい。 [すごいですよね。今、上西議員の話をしましたが、(公明党は) そういう議員を選ばないんですよね。そのネットワークというか調査力、すごいものがありますよね]―有り難うございます。 [やはりマーケティングもしていらっしゃるんですか?]―そうですね、そういうのももちろんありますけど、我々の支持団体、創価学会の皆さまが本当に熱心に応援をして下さるお陰で、我々は完勝の歴史を持ち続けていられるんです。 [素晴らしい! その素晴らしさを書いた、私の本が…(笑)。これ見本なんですが、ついに来週(出ます)。公明党の組織力の凄さにも触れておりますので]―ぜひ買って読ませていただきます。 [(上西議員の、議会を休んだことについて)歴史として「本会議には絶対に出なくちゃいけないんだよ」とか、イロハも含めて教えてくれる人がいないんでしょうね、大阪が本部ですと。そういうところは公明党は素晴らしい]―先輩がしっかり支えて教えてくれますし、先日(みわちゃんねるに)出て下さった秋野参議院議員も本当に模範の先輩で、私もひとつひとつの後姿を学ばせていただいています。そういった先輩がいるし、皆様からご支持をいただきながら仕事をさせていただいている、というところはありますね。 [そういった中で、吉田宣弘さんはどういう風に選ばれて来たんですか? この間の選挙で、九州ブロックでぶっちぎりで当選されましたが]―いえいえ、ぶっちぎりではないんですけれども(笑)。何故ゆえ私かというのは、何とも私からは申し上げにくい…というか、わからない。 昨年の12月の選挙というのは、突然の解散だった。我々も九州・沖縄比例ブロックから、私4番目の順位をいただいて戦わせていただいたんですが、過去には5回挑戦した歴史があるんですよ。いずれも次点、という。すなわち、当選の一歩手前で落選をしてきた。 [どなたがですか?]―公明党が。「4番目」というのを通す戦いをしているんです。 [地方選と違って国政ですから、公明党としては許せない事態ですよね]―許せない、というよりも我々の努力が今までどうだったのかな、と。 [あと一歩という、一番悔しいところですよね]―そうなんです。一人当選させていただくために26万票27万票という得票をいただかなければいけないんですけど、前回は特に449票という僅差で…我々があと500票獲っておけば4番目で当選出来たんです。いつもそういったギリギリの選挙戦をさせていただいて、そういった歴史の上で今回は私が、短い選挙戦でしたけれども、当選を果たさせていただいた。そういう歴史の重みをしっかりと噛みしめて議員活動をやるのが私の仕事だな、と今思っております。 […髪の毛はポマードなんですか?]―いや、これはムースです。 [ムースですか。やはり公明党議員はこうでなくちゃ。これ、公明党議員の象徴ですよ、髪の毛をぴっちりするのが]―あの、選挙戦の時に撮った最初の写真は、全然違う髪形でございまして(笑)。写真撮りの時に、スタイリストの方に作って頂いたら… [スタイリッシュになっているんですか?]―そうなんです、若くなっているんです。私は、再現不可能な髪形はやめてください、って言ったんですけど(笑)。 [(笑)自分じゃ出来ないですよね、そんなスタイリッシュな髪形]―出来ないんです。当時の写真の髪形とはだいぶ違うんじゃないかと。 [似合いますよ、今の髪形。今のほうがいいですよ]―そういっていただけると。 [そして、いっぱい後ろに幟やポスターがありますが…]―この一番右の「荒尾の宝」という幟なんですが、荒尾という市が熊本県の北部にありまして、ここで私は生まれました。で、熊本県内を色々転々とするような形で育った、ということで、私の故郷なんですね。故郷のアピールをさせて頂ければ、と思って。そして真ん中の「三角西港」ですが、熊本の天草に行く時に通る場所で、非常に歴史がございます。私は、大学は福岡の九州大学で、そのあと福岡県の南にある大牟田市というところで勤めるんですね。そこの遺産というのが少しありまして。近代化遺産といって、各地の明治以降の、日本を近代化するときの産業で大変に活躍をしたものがいまだに残っていまして、これをユネスコの世界遺産登録に申請をあげさせて頂いているところで、今審査待ちなんです。朗報が届くのを心待ちにしているところです。 [産業の歴史、労働の歴史]―そうです。特に熊本県と福岡県との県境の地域は炭鉱の町でございまして、石炭産業が日本を近代化させていった原電地と言っていいんでしょうか、そういう役割を果たしてきた、という歴史がありまして。今は若干炭鉱も閉鎖になって、少しずつ人口も減ってきている状況ですが、こういったものをもう一度取り上げて、仮に世界遺産に登録されれば、日本の宝というだけでなくて世界の宝として価値が高まるわけですから、非常に期待をしている状態ですね。 [私も一番初めに覚えた曲が「炭坑節」ですから(笑)。お風呂でおじいちゃんに教えてもらって]―「月が出た出た、月が出た」ですね。お祭りの時は踊りながら歌っています。

「●幸せ度数年表」

「(クリックで拡大)」
吉田宣弘幸せ度数年表

 

[1967年に、熊本県で生まれた]―荒尾市で生まれました。[どんなご家庭だったんですか?]―ごく一般的な。父は公務員で。母と、妹が一人おりますが。[公務員って、役所ですか?]―警官でした。[じゃあ厳しかった?]―父は厳しかったですね。で、(その後幸せ度数が)ボーンと落ちてますけど…父が突然いなくなりまして。これから私が大学受験を目指して「さあ、受験しよう」という時にいなくなってしまったもので…。[…平たく言うと、蒸発された?]―(苦笑)はい。[お父さんが蒸発された国会議員って多いんですよね。(吉田さんで)何人目かです、自民党だったと思うんですが…]―似たような経験をされた先生がいるということで、少しは…(笑)。[お父様は、今お元気なんですか?]―いえ、平成5年に(亡くなりました)。その前に見つかっているんです。[ショックですよね、思春期にお父様がいなくなっているわけですから]―そうですね。幸いなことに母親が一生懸命頑張ってくれて、私も何とか九州大学に受かることが出来たので。それで大学に通わせてもらっている間に父親が見つかりまして。[どちらにいらしたんですか?]―静岡にいました。[…込み入った話をすみません、お父様は何をやっていたんですか?]―警官を辞めて、静岡の会社で仕事をしていたんです。[…女性関係とかは]―いやー、どうなんでしょうか(笑)。わかりません。まあ見つかりまして、大学生活も一生懸命アルバイトをしながら奨学金も受けさせていただいて。[苦労しましたね]―結構苦労しましたね、やっぱり。[やはりお父さんを恨んでいるんですか?]―いえいえ、全然恨んでないです。それはそれで。[迷惑をかけられてお母さんが可哀そうだと]―まあ、それは少しありますね。そんな感じで、大学も苦学生でしたが、卒業後は福岡の大牟田市の市役所に。3年半の短い期間でしたが。[お父さんと同じ公務員だった]―はい。固定資産税という税金を担当していまして、これは非常に勉強になりましたね。色んな法制度を理解しておかないとなかなかできない。いわゆる税務行政ですね。大変に勉強になりました。いい先輩に恵まれて。[固定資産税は毎年同じような額ですが、変わるんですか?]―建物に関しては、「経年」といって、年が経ってくれば徐々に下がっていきます。古くなっていきますから。土地に関しては、土地の評価額がその当時どうなのか、ということが一番大きくて。ただ、急激に上がったり下がったりして税収に乱高下があってもいけませんから、負担調整と言って税収が一程度になるような制度が入っています。家が古くなっているのになかなか下がらない、とおっしゃる方もいますけども、それも若干政策的な観点でありますね。[払わない人、払えない人もいるじゃないですか]―それは個別的な事情もおありでしょうから。[その徴収とはまた別の部署?]―私は課税をするだけなので。徴収は別の課がやっておりました。[で、この「浪人」(幸せ度数年表)と書いてあるのは何ですか?]―大学の時から、司法試験といって弁護士になるための試験をずっと受けていたんです。実は公務員をしながらも勉強してまして。市役所もかなり忙しくて、なかなか勉強できないな、と思って、意を決して辞めて一気に勉強生活に突入させていただいたんですけど。なかなか辛い受験時代でした。かれこれ10年くらいは費やしてしまって。結果的に…受からなかったんです(笑)。[そこがまた、愛すべきキャラですね(笑)]―日本で一番難しい試験だと言われていますが、本当にその通りで。[この間はどうやって食べていたんですか?]―アルバイトです。塾の先生とか色々。[この頃は結婚されてた?]―いえいえ。[独身で自分で食べていけた]―まあ好き勝手やっていた時代ですかね。母親の元でそういう風な生活でしたから、母には大変心配をかけながら過ごしてた。[そういうお母さんは元気なんですよ。結婚しない息子がいる母は元気なんです]―今でも元気です(笑)。一人で暮らしていますけど。[そして、(幸せ度数が上がって)「三井三池」と書いていますけど]―私の性格的なものなんですが、(弁護士を目指すのを) スパッとやめまして…散々やったという思いがあったので。「三井三池」と書いているのは、大牟田市の企業なんです。三井三池製作所という企業がございます。昔「三井鉱山」という石炭を掘っている企業がございましたけど、その石炭を掘るためにドリルをつくったり。穴を掘ると水が湧いてきちゃうので、中で作業をしている人が溺れ死んじゃいますから、水を汲み出すポンプをつくったり。空気もなくなっていくので、空気を送ってあげる送風設備だったり、石炭を運搬する機械であったり。そういったものを歴史的につくってきた企業で、今でも元気いっぱい頑張っている企業なんですよ。[そのあと、また(幸せ度数が)ぐっと下がりますが]―私はこの会社が大好きで、本当に会社のために一生懸命やりました。会社も私のことを高く評価していただいてたな、と本当に感謝しているんですけど。でも突然「国会議員の秘書にならないか」というお話をいただきまして。木庭健太郎さんという、もう引退をされてますが参議院議員でいらっしゃった。この木庭健太郎さんにも大変ご恩がありまして。結局色々悩んだ末、会社も泣く泣く辞めまして、木庭健太郎さんの地元の秘書として福岡で6年仕事をさせて頂きました。 [そして今度は西田実仁先生]―西田実仁参議院議員。埼玉県選出の国会議員で。木庭健太郎がわが公明党の参議院の幹事長を務めておりまして、引退したあとは西田実仁参議院議員が、わが公明党の参議院の幹事長を。[幹事長つながりで]―木庭さんから「引退するから吉田をよろしく」ということでお願いしていただいて。西田先生も快く私を引き入れてくれた。[秘書さん時代は合計何年間ですか?]―7年になりますね。[そして昨年の12月の解散総選挙に出馬された]―そうなんです。[もともと、弁護士さんも諦めて、国会議員になろうという気持ちから入った?]―いえいえ、私は秘書としてしっかり定年まで頑張ろうと思っていました。どういう理由で私が衆議院選に出るようになったのか、わからないんですけど。[わからないんですか!? ]―私はわかりません。党の上の人達に聞かないとわからないでしょうね。あえて聞かないです(笑)。[公明党の中は、自分が「出たい」と言ってもまかり通るものではない?]―通らないですね。出たい人は出させない(笑)。[じゃあ、天の声を待つ、というか]―どこからどう降ってくるかわからない矢が、突然降ってくる、という感じ。[(会場から)どういう連絡で来るんですか?]―電話が来ます。[誰から来るんですか?]―まあ、とある方から来るんですけど。[…太田昭宏さんから来るんですか?]―うーん、私の場合は違いました。[山口那津男さんですか?]―うん、まあ、それはまあ…(笑)。[言われたらやはり断れない?まあ有難い話ですからね]―そうですね。やはり挑戦してみたい、という気持ちになりますね。そういう意味では西田先生には誠に申し訳なかったんですけど、快く「頑張ってこい」とおっしゃっていただいたので。[最初の話につながりますけど、吉田宣弘さんが出たことによって、4回次点だった公明党の議席が、ついに]―はい、悲願でした。[そのかわりに、どの政党が落ちたんですか?]―いや、わからないです、比例なので。団子状態で、それこそ僅差で他の政党に勝った。今年の次点は自民党さんだったかな?ちょっとはっきり憶えていませんが。[自民党の九州ブロックって、全員ヤクザみたいな人たちですからね。麻生さん始め、武田良太さん…凄い人たちですから]―(笑)ヤクザじゃないと思いますが。[押し出しの強い人たちが多いじゃないですか。連立を組んでいると大変ですね]―大きい存在ですね。近年では福岡でも随分大物の先生が引退をされて、時代が変わってきているのかな、という印象は私自身持っています。

●最近の政治トピックス

[公明党が独自に打ち出しているのが軽減税率。消費税がアップした中で、唯一の希望が軽減税率で、食品とか生活品にはかけて欲しいと思っているんですが、公明党としてはどういうスタンスでいらしゃるんですか?]―日常生活品、特に生鮮食料品、すなわち毎日我々が口にするもの。これに関してはきちっと税率を押さえて、庶民の生活に少しでも負担がないようにしていく、というのが我々の考えですね。[自民党は反対しているんですか?]―いえ、そういうことはございません。我々が一生懸命研究をして、西田実仁参議院議員は特にその中でも中心として、軽減税率の主役となって仕事をしております。[吉田議員も固定資産税ご専門だったので、税に関してはお強いんじゃないですか?]―いえ、固定資産税だけなので(笑)。税一般に関しては、これからしっかり学んでいかなければ。自民党もしっかり我々の話も聞いて下さり、目指す方向性は一致していますから。細かい実務的なところではまだまだ色々あるかもしれませんけど、それは必ず乗り越えていけると思っています。[ヨーロッパなど消費税が高い国は、けっこう軽減税率を導入していると聞きます]―日本でそれが出来ないはずがないと思うし、お隣の韓国ももう何年も前から導入しておりますので。[(導入するの)面倒くさいんですかね?]―全作業自体は、今よりも少し複雑になる、これは否めない点ですが、だからといって出来ないわけじゃない。[消費税がアップした時は、支持者の方にかなり非難されました?]―正直やっぱりご負担をおかけするというのは事実ですから、「負担をする分、より良い社会にして欲しい」というお声は、たくさんお聞きしました。全部社会保障に用いていく、そうやってご負担いただいた分を必ず還元していく、と。これは決まっていることだし、そうしておりますから。そういった意味ではご理解いただけているのではないかな、と私は思います。[楽しみですね、軽減税率]―はい、必ず実現します。[あと、公明党が独自の路線を貫いているのが、まだ決まっていませんが、カジノ法案。ちょっと自民党とは違うよ、というスタンスを保たれていますよね?]―どこまで違うのか、私も勉強不足で詳しくは言えないところですが…私個人としては、やはり慎重にならざるを得ない、と。どういう仕組みにしていくかはこれからの課題なんですが、カジノというのは、やってしまう人が中毒的にやってしまうような…ギャンブル依存症ですか?そういった人を生み出しかねない、という危惧が私自身はありますので、少し慎重になったほうがいいんじゃないか、と。そういったところのフォローまで手が回っていないような状況であれば、どうなのかな、と思っていますね。[凄い利権でしょうね。裏で凄いものが渦巻いていそう]―国民から納得をしていただかなければいけませんから。そういった利権の構図が見えるようであれば国民に納得していただけないでしょうから、その時は我々は賛成することができない、と思います。[他に、公明党が独自に貫いたことはありますか?]―先輩方が歴史を築いてきた政策の中に「学校の耐震化」がありまして。阪神・淡路大震災の時に、耐震化率が50%いってなかった。災害が起きた時に、学校が地域住民の皆さんが非難する中心となる所なのであれば、どんな災害が起きても壊れない、安心な施設にしておかなければいけない、という思いから、代表以下、国会で一生懸命質問して予算を獲得しながら、地方議員の皆さまともネットワークを張って、一歩一歩進めて参りました。努力も実って、今年度、公立の小学校・中学校の耐震化はほぼ100%まで完了。そこまで頑張って来れたことを我々は嬉しく思っています。[公明党のネットワークというか、地方議員にもちゃんと根を張っている、ということなのでしょうね]―地方議員の皆さまが、地域に根を張って地域の事をよくご存知なので、我々は国政の場でそういった声をお聞かせいただきながら、国でお役に立てること、お手伝いできることを色々と知恵を出しながらやっている、という感じですね。[結党50周年]―そうです、去年が。[団結力が素晴らしい。絶対ブレないですよね。中では論争とかあるんですか?]―もちろん党内議論はあります。闊達にやっております。「部会」といって各省庁から色んな説明をして下さる時に、我々議員が出席して、それぞれ鋭い質問をしたり。[それは初年度の議員も?]―もちろん。私もさせて頂いておりますし。[上の人から「生意気だ」って思われないんですか?]―大丈夫だと思います(笑)。

●今だから言える、あの日のあの出来事

―ちょっと言っていいのかわからないんですけど(苦笑)。私は、大学の頃は非常に左的な物の考え方をしていた…(会場内「へえ~!」)。書籍もそういったお考えの方の本を随分読んでました。 [昔でいうと、マルクスとか?]―マルクスは今からでも読みたい本ですね。まだ残念ながら読んでいませんけど。学ぶべきところはマルクスにたくさんあると思います。別にそれは左、右ということではなくて、経済的な問題を含めて。当時は政治的にも少し左側っぽいのを勉強しておりましたね、怒られるかもしれませんが(笑)。社会の中で公務員もやりましたし、民間企業に勤めさせていただいた中で、そういった思想の中に、限界というか冷たさというか、そんなことを少し感じるところはありました。私は今公明党ですが、そういった意味では今が最高の場所だと。先程の「幸せ度数」もずっと100%になっていましたが、公明党大好きです。 [ご家族は公明党なんですか?もともと]―…ちょっと、違うかもしれません(笑)。 [生まれた時から創価学会ではなくて…違ったんですか?]―はい、違います。因みに言うと、家族では私だけです。 [お父様、お母様から受け継いだものではなく、自分が勉強して「この政党がいい」と]―どうでしょうかねえ、そこまで深く考え抜いて、ということではないのかもしれませんが。 [秘書さんの時に入った?]―それは違います。その前から。公明新聞というのがございますけど、これは結構…公務員を辞めたくらいから購読していましたから。 [色んな歴史があるんですね。秋野(公造)先生にも聞けばよかった。聞けなかった、緊張して。初めての公明党だったから。ピロリ菌の話で必死だったんで(笑)]―本当にすごい。模範ですよ。 [ちょっとお話聞くだけで、5万円くらいお布施しないといけないような(笑)。それくらい重みのある方ですよね]―そういう意味では私は非常に恵まれている。温かい政党の中で、先輩が…優しいだけじゃないんですよ、きつく言われることもございますが。非常に有難い環境で仕事をさせていただいている、今度は私の仕事を通して国民の皆さまのお役に立ってみようと。先程言ったように、過去に5回も落選してきた、その歴史の上に私がおりますから、その歴史を噛みしめて仕事をしていくんだと…きれいごとに聞こえるかもしれませんが、率直にそう思っています。

●質問コーナー

Q : 軽減税率のデメリットとして、計算方法が複雑ということと、軽減税率の対象になったほうが売れるので、業界団体との癒着が懸念されるんですが、これをうまくやるお考えはありますか?

A : 今、党内議論で税務会計に関しての実務的な側面を、細かなところまで検討させていただいておりまして。海外の事例も多種取り寄せて検討している、という状況です。なるだけ事業者の皆さまに負担がないように制度設計をしていく、ということで取り組んでいる最中です。あともう一点、「癒着」という観点ですが、我々がどこまで軽減税率の範囲を広げることができるか。これも、色んな方のご意見をきちっと聞いて…企業や業界団体の方からもたくさんのヒアリングを今まで受けてきておりますから、そういった方々のご意見をすべて我々がふまえた上で、制度を作り上げていく。そういう意味では、まあ癒着とかそういったものは(苦笑)、ある意味関係がない形で進めさせていただいているんじゃないかな、とは思っています。

[今、公明党の国会議員は何人ぐらいいらっしゃるんですか? ]―衆議院35人、参議院が20人です。衆議院は今回の選挙で、今の現行制度の中では一番議席を頂いた、という…。[結党50年の中で]―いや、今の選挙制度の中で。昔の中選挙区では、衆議院だけでも50人を超えている時代がありました。 [反対したんですよね、公明党]―小選挙区制に? 特段反対、ということではありませんでしたが、当時、二大政党制の流れがわが党の歴史の中にあった時代がございますので。そういう意味では、今の選挙制度になってからは一番国民の皆様の信託を頂いたということで。緊張感をもって仕事に取り組んでいる、という感じです。 [奥様は同じ公明党なんですか?]―…多分そうだと思います(笑)。[どうやって知り合ったんですか?]―紹介です、私の先輩の秘書からの。木庭健太郎参議院議員の地元に2人秘書がおりまして、その中に清水さんという方がいらっしゃって。その方から私は今の妻を紹介して頂いて。先輩からの紹介なので、会う事を断れなかった(笑)。今、(妻は) 怒ってると思います(笑)。 [それは許せないと思います、女性としては(笑)]―会わせていただいて、今このような形になって非常に私は感謝しております。 [お母様としては、公明党に入って、嫁もできるわバッジはつけるわで、良い事だらけですね]―と、思ってくれてたらいいんですけど、むしろ心配してるかもしれないですね。 [公人ですからね]―母にはなるべく心配かけたくない、という気持ちがありつつも、やっぱりこういう立場で仕事をするものですから、それも致し方ないのかなと思って。しっかり皆様からお褒めいただくような仕事をして、母の心配を少しでも軽くしてあげたいな、という思いはあります。 [妹さんは何をしていらっしゃるんですか?]―妹は、多分専業主婦をしているんじゃないか、と。 [お兄さんの仕事とは]―全く関係ないです。仕事も信仰も、全く関係ありません。 [仲悪くなってないですか? 大丈夫ですか? ]―仲はいいかな、と思います(笑)。 [込み入った話を。ごめんなさい(笑)]

●質問コーナー

Q : 急に議員になる、ということですが、公明党で勉強会はあるんですか?

A : 今回新人議員が4名。私と一緒に初当選した議員が3名おります。その新人議員と一緒に、勉強会を二週間に一度くらい開かせていただいております。私は秘書として政治の世界を見つめておりましたし、残りの3人のうち、もう1人も秘書でした。あとの2人は地方議員をそれぞれ務めておりましたから、一定程度の下地はあったと思っていいのかな、と。 [そうじゃないとスカウトしないんですね。即戦力ですね。頑張ってください]―はい、しっかりとお役に立って参りますので、どうかこれからも宜しくお願いします。