堀井 いわお
ほりい
第127回
2014年07月30日 放送

自民党 堀井 いわお 参議院議員

東大経済学部⇒自治省(サンフランシスコ領事など歴任)⇒地元の奈良県から参議院議員出馬当選という経歴です。かつて。。。80年代のOLが憧れた結婚の条件「3高」をフルに兼ね備えた方です[笑]夏休みながら内閣改造を目前に、虎視眈々と入閣を狙う「入閣適齢期」の議員で熱い!永田町のお話や、総務省時代、政界に入るきっかけ、政治家としての抱負を語っていただきました。

 

(動画より文字おこし)

自民党(奈良選挙区) 1期目 2014年 7月 30日 収録時点

[堀井先生はどの省にいらしたのですか?] ― 総務省です。昔は自治省と言われていました。[高級官僚の方がこうしてバッチを付けているということですね。日本のブレーンですね。今、永田町は夏休みですか?] ― はい、夏休みです。偉い先生方は大先輩方は内閣改造ですからね。おそらく、いろいろ、そわそわされているんじゃないかと、期待も高まっているんじゃないかと。(笑) われわれ新人議員は何も関係ありませんので。[参議員で三期以上、衆議院で五期以上は入閣組と言われているんですよね。そういう人が六十人もあまってらっしゃるんですよね。あ、失礼な言い方を(笑)] ― (笑)人材が豊富なんです。[人材が豊富なんですね。女性登用ですから、三割は一部上場会社にも女性の起用が義務付けられますから、内閣も三割は女性をということになりますからね。安倍さんも女性を入れなくてはならない。いろいろな噂が出ていますね] ― 新聞にいろいろ報道があるんですが、どうやって総理の心の中を読んで記事になるのかなと思って。報道の方は凄いなと思って。[堀井さんは一期目ということですね] ― まだ新人です。[まだそわそわしなくて大丈夫ですか?] ― 大丈夫です。全然、平気です。(笑) 一年生議員という事で、どんな会社でも学校でも一緒ですけど、雑巾がけからやっています。[そんなお気持ちが本当にあるんですか?高級官僚の方ですからね] ― 一年生ですから、見習いですので。[国会議員、700人にレクチャーする方ですよ。「先生、こう話して下さい。これはこうなんです」データとか渡して] ― レクするなんてとんでもないです。

 

●幸せ度数年表

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第127回堀井いわお

 

[お生まれはどちらですか?] ― 生まれは昭和40年、奈良県生まれです。[奈良グッズがいっぱいございますが、自民党の奈良の支部長の郷土愛ということで] ― 奈良県は自分の故郷ですからね。今日は「せんとくん」を持ってきましたけど、一昔前まではキャラクターと言えば、昭和のゆるキャラと言えば「せんとくん」だったんです。最近、くまもんとかにかなりやられていますけど、せんとくんはゆるキャラの元祖です。[高校三年生の時に入院されましたね] ― 高校三年の二学期にちょっと病気で入院したので、幸せ度数を40まで落としていますけれど。[どうしたんですか?] ― これは自然気胸といって肺に穴が開く病気で。病院で寝ていれば良かったんですけど、幸せ度数をゼロにしなかったのは、入院中皆さんに良くして頂いたので。[そして、交通事故で幸せ度数後が下がっています] ― 大学に入って東京に出てきて、夏休みに奈良で瀕死の重傷のような大きな交通事故にあって、二回入院して。[ひかれちゃったんですか?] ― いえ、車の助手席に乗っていて対向車と正面衝突をしたんです。シートベルトをしていたので命は助かったんですけども。[ちなみに大学は?あえて聞きますけど] ― 大学は東大です。[何学部なんですか?] ― 僕は経済学部です。[入院されても大学に入れるものなんですね。浪人はされたんですか?] ― 浪人はしていないんです。[身体を壊して入院されたのに大学って入れるものなんですね] ― たまたま運が良かったのだと思いますけど。[勉強の仕方が違うんですかね] ― 本当に運が良かったんだと思います。[新聞をパッと見て何が書いてあるかわかってしまう?] ― わからないです。(笑) [同じ時を過ごしていてどうして違うのか、聞いてみたいです] ― 大学に入った時、学者になりたいという気持ちがあて。[何の学者さんですか?] ― 経済学者に。数学で式をバーッと書くという。大学に入ってみて思ったのはね、100人に1人ぐらいの天才の人が90パーセントをリードするんだろうなと思って。自分はとてもじゃないけど、そういう能力はないというのを実感して学者はやめておこうと。立派な方々はあちらこちら、世界中にいらっしゃるんだろうなあと思いました。[東大に入って経済の勉強をずっとしていたんですか?] ― 勉強はしませんでしたけど。勉強はせず、公務員試験に受かるぐらいの大学の単位を取るだけの勉強を。やはり4年間で卒業しないと。[親が厳しかったんですか?] ― 厳しくはなかったんですけど、親にもう一年授業料を払って下さいというのもいけないしね。何とか4年間。学者の道をあきらめて。1988年に自治省、今の総務省という役所に入ったんです。公務員人生のうち、半分以上は東京以外で過ごせるという役所なんで、これが一番の魅力で入ったんです。当時はバブルの時代ですから東京に勢いがありましたけど、電車は混んでいるし、大変ですよね。もっといろんな所に住んでたまに東京にも出て来れるし。東京ともつながっているし、住む場所は地方だというので、これほど楽しい人生はないと。東京以外に住んでいる時は幸せ度が高いんですけど。(幸せ度数年表を指して)[これは総務省で赴任された場所が書いてあるということですね。長野、アメリカ、静岡、岡山。アメリカが幸せ度数が一番高いですけど、アメリカでの役職は何だったんですか?] ― アメリカは外務省に出向してサンフランシスコの総領事館に。他にも高いのは、サンフランシスコというのは夏でも涼しいんです。冬でも暖かいんで気候が最高なんです。[ご家族で行かれたんでしゅか?] ― はい、家族で行きました。[この間で結婚されているんですね] ― 結婚は長野とアメリカの間ですね。[80年代のOLはみんな、堀井さんみたいな人と結婚したかったと思いますよ。三高だし、サンフランシスコの領事の奥さんですよ!] ― バブルの時代と言うのはね、公務員の奥さんになるというのは可哀そうなくらい、お金は無いし。苦労はしていますよ。[それはお金で買えない、何か満たされるものがあるんですよ。(笑)] ― 人生、引越しと公務員住宅人生ですから。[奥様と知り合ったのは?] ― 大学時代に。[サークルとかで] ― そうです。[そうなんですよ、時計を巻き戻せば。そこが人生青田買いなんです、女性の生き方としてはね。それは正解なんですよ、きっと] ― 大学は別なんですけど。今は草食系と言いますけれど、悪い意味じゃなくて、こちらから普通は、男性の方からアプローチするのが当時は主流でしたからね。いちおう、こちらの方から。[同世代ですから、気になりますよね。どうやってそういう素晴らしい女性が生き残っていくのか。奥様の生き方も知りたいですね] ― ここに女房が出てくると、また全然別の話になると思うんですけど。(笑) [家庭ではいろいろあると思いますけど、自治省の役人としていろんな所に赴任されて凄いですよ] ― ここの幸せ度数年表が低い所は女房が引越しの荷物を作っていたんで、幸せ度数が低いと思います。(笑) [役人人生は何年間だったんですか?] ― 25年ぐらいです。[最後は内閣にいらっしゃったんですか?] ― いえ、最後は総務省の室長という肩書で。[どんな仕事をされるのですか?] ― 総務省の時は地方公務員の方の給料の仕事をしていたんです。例えば、若い人が低すぎて中高年の方が高いと、もうちょっと若い人の給料を上げてあげた方がいいんじゃないんですかとか、そういうことをいろいろアドバイスしたり。民間に比べて高過ぎるところは下げなきゃいけないし。というようなことをアドバイスする仕事でした。[公務員生活25年を振り返って、何か印象的なことはありますか?] ― 日本の国と言うのは東京じゃなくて、地方で成り立っているというのを実感しました。[自民党がその縮図ですからね] ― 我々も地方から出させてもらっていますけどね。地方が元気な時は日本も元気だし。地方の人口が減っているしと元気がないと、日本が元気がないし。地方で住むというのは本当は幸せなことなんですけどね。[私も地方議員をやっていたことがあるので、管轄が全部、自治省だったんですよ。何をやっている省庁かわからなかったですね] ― ちょっとくろうと役所ですから。県庁の方や市役所の方は良く知っているけど、世の中の人に聞いたら、自治省って何?と言われることがありましたから。いぶし銀のような感じでしょうか。[こういう方が日本を支えているんでしょうね] ― 公務員ってそういういぶし銀的なところが、結構いいですよね。くろうとはだし役所で、楽しかったです。[やりがいがありましたか?] ― やりがいはものすごくありました。[なのにどうして、2013年に47歳で参議院議員に出馬されるということですね] ― これは2012年12月31日に自民党の奈良県連の役員の方々から帰って来いと。会いたいと言われまして、その場でイエスかハイか、選択を迫られて。[自民党奈良県連も結構いきますね!] ― もう、その場で。奈良県の樫原という所にあるホテルの中華料理の個室だったんですよ。そこに入ったらみなさんに囲まれて、イエスかハイか言わされたんですけど、これからご飯を食べながら話をしようということで。中華料理のフルコースでも出て来るのかなあと思ったら、全員焼きそばでした。(笑) 焼きそばを食べながらその場で。[その前に秋波を送っていたんですか?自分もちょっとやりたいなみたいな] ― いえいえ、自分自身は公務員人生を全うしたいという。[辞めた時の肩書は?] ― 室長です。公務員人生を25年近くやって、その間特に管理職になってからは毎日のように国会議員の方にレクに行ったり。レクに行くと言うより、向こうから呼び出されて、これはどうなっているんだ、とか。先生!手前どもはと、こんな感じでいつもやっていたんですけど、(背を丸めるしぐさ)でもやっぱり、範囲は狭いかもしれないけど公務員と言うのはみなそれぞれ、市役所の方もみな同じ気持ちだと思いますけれど、持っている仕事に関しては責任感も持っているし、誇りも持っているから、公務員人生を頑張っていこうと思っていたんです。[本当に急に言われたんですか?誰かが探していると噂になったりして] ― どうも目を付けられているぞ、というのはありましたね。12月31日に呼ばれた時には、いろいろ聞いてみようと。それまで政治は全然わかりませんし、お金もどれだけかかるか想像だにつきませんでしょ。だから普通の方が政治に抱いている一つのイメージしか持ってなかったので、いやー、どうしたらいいんだろうなと思って行ったんです。[そこでイエスと言ったんですね] ― 自分以外に候補になるような方はいらっしゃらなかったようだし、もともと自治省に入ったのは地方の仕事をしたくて、地方に住んでいいなあと思っていたんで。君、いろんな地方の仕事をしているけれども、ここから人生、故郷奈良の仕事をしなさいと、みなさんに言われて。確かに故郷の仕事が出来る、もちろん長野も静岡も和歌山も愛着だらけですけど、奈良県を良くしたいという仕事が出来ると。[地方政治としては鬼に金棒の人を良く選ばれましたよね。政策的な物は強いじゃないですか。やっている年数が違いますから] ― 役人が候補者になった瞬間から、堅いとか、とっつき難いとか、何かこう上から目線だとか言われますからね。女性が候補者だったら、たとえば佐野さんが候補者だったら、見た瞬間にみなさん共感されますよね。我々はまずそこから始めないといけないから。[でも、堀井先生は役人の悪いイメージを払しょくするような見た目ですから。よく選びましたよね。さすがです、選ぶ人は。目を付けていたのでしょうね、10年ぐらい前からね] ― そんなことはないです。はいと言ったあとは、奈良県のために頑張っていこうと、そういう仕事が出来るのは有難いと思って。12月31日のその場で。[家族を説得するのは大変だったんじゃないんですか?] ― 家族は有難いのは、ノーって言わなかったんですね。大学生からつき合っていたこともあって、またあの時代に戻るのかなあと。[どういうことですか、あの時代って] ― 無職の時代にね。(笑) [大学生は無職ですものね、固定給の入らない時もあるのかなという] ― この先どうなるの?という。選挙と言うのは結果はどうなるかわからないけれども、身体が元気であれば、子供が大学を出て、就職するまではどんな仕事でもやるからということで。[バッチを付けて1年ぐらいですか?] ― 人気が7月29日からだったので、ちょうど1年です。[どうですか、バッチを付けて] ― 自分が1年間やってきたから奈良県がどんな風に変わったんですか?と言われたら、お恥ずかしながら心もとないですけど。本人だけは一生懸命、奈良と東京を往復して、奈良でいろいろな人に会って、ということを繰り返してきた。何を達成できましたか?と聞かれたら、何もお答えできないような。[でも、25年間の総務省での蓄積がありますから。地方議員や県会議員の方も話を聞かれるでしょう]― みなさん、地元の方が真剣に話をされてくるので、こんなに要望というのはあるんだと思います。[自民党の中の方と支持者の方はいいですよね、すぐに話が伝わって] ― 会う時は自民党の方々だけにお会いするわけじゃないので。いろんな方に叱られたりもあるし、もっとこうゆうことをした方がいいんじゃないかと言われることもあるし。一年間経ってみて、東京にいた時の自分の感覚を反省しているんですけど、マスコミの方とかもね、東京でテレビを観ていても、どちらかとうと東京に情報が集中していて、地方の有権者の人はあまり理解できていないんじゃないかという感じがありますけど。僕がこの一年間で物の見方が変わったのが、有権者の人の方が、政治をやっている人間よりも田舎の有権者の方の方がはるかに物事を良く考えてらっしゃるというのがよくあります。過疎の村に行って高齢者の方の前で年金の話とかね、勉強してしたんですよ。質問何かありますか?と言ったらパッと手が上がって、あんた国政に出ておるのやろ、国の仕事をやっとんのやろ。こんな年金の懐の話はいいがな。外交の話をしてや。ウクライナ情勢はどうなっているんやと。こんな話をね、過疎の村に夜に車で走って行った所でそういうのが返ってくる。日本ってすごい国だなあと。[千人いたら千人違う事を言うから、議員さんも気の毒ですよ。気がおかしくなっちゃいますよ、正直言って。議員を育てるのが有権者の仕事ですから、あまり四方八方の事を言ってもね。堀井先生は奈良のことで政策を掲げられているから、今は外交とかは上に任せようというお気持ちですよね] ― もちろん自分が当選させてもらったのは奈良県の方に堀井いわおと書いて頂いたんであって。奈良県の人が堀井いわおと名前を書いたら奈良が良くなるかなあとか、自分の孫の時代にどうなるかなあといろんなことを考えながら書いて頂いたんで、その声は届けなくてはいけない。それが一番だと思うんです。もう一つは参議院は他の議員さんに比べて人気が5年残っている。衆議院に比べれば。党の幹部の方からも言われますけど、外交とか国防とかそういった分野も勉強して、国民の側から見ても、任期が長い分、そういうこともきちんと勉強しているな、ということにならないといけないんじゃないかと。[有権者に対してなんですけど、堀井さんが国防とか外交とか言うと、私たちと隔たりがある!と言われたりしちゃうから、大変ですよね。(笑)] ― 参議院の自民党で議員連盟が出来まして、それに参加させてもらうんですけど、ハワイ・カリフォルニアとの友好議連というのが出来たんですよ。日米の友好議連はあるんですけど、カリフォルニア州の方々、ハワイ州の方々と日本の議員との交流を進めましょうということを通して、草の根で少しでも日本の理解が広がれば、日本に対して慰安婦像の問題とか、マイナスの要素のこともアメリカで起こっていますけれども。もっと日本との信頼関係が広がるんじゃないかとうのを。参議院の自民党の諸先輩が考えられて。そういうのは我々参議院で頑張っていかなきゃいけないのかなあと思って自分も参画しました。[安倍さんなんかね、今までやりたかった外交とか国防をはりきって出来ていますもんね。あれもやはりおじいさんに子供の頃から言われてきたんでしょうね] ― これを安倍総理個人の思いと捉えるのか。今の時代、国民にもっと説明していかないといけないと思いますけど、今の時代に起こっていることを将来、戦争にならないように平和を続けるようにするためには、我々はどのように向き合っていくのか。我々はきちんとみんなで共有をして理解を深めてやっていくことが大事だと思っています。今、本当に正念場の時期なんでしょうね、後から思ってもこの時期はね。[サンフランシスコの領事をしてらしたので、外交では他の方より一歩前に出られますよね] ― それは英語が本当にペラペラの方と違いますけど、外務省に出る時は研修を受けさせられました。[字がきれいですね。塾や家庭教師の先生の字です!] ― 字がきれいと人生で言われたとこがなかったので、嬉しいです。今日はこれが一番嬉しいです!(笑)

 

●最近の政治トピックス

 

[最近のニュースで衝撃的だったのが、関西電力の会長が歴代総理にお金を配っていた話。盆暮れ一千万で、三木総理なんかは少ないと膝をなでたと。それはいいんですけど、みなさん原発に賛成していた方達なんでしょうけど。それ位は政治資金の法的な問題もクリアしているから、悪い話ではないと思うんですけど。問題はやっぱり野党も貰っていたんですね。とんでもないですね!反対してどうしてお金を貰うんですか?]― それがひとつの日本の政治構造だったんでしょうね。[反対してお金を貰うというのは一番八百長じゃないですか!]― 今の時代、これだけ変わってくると、なかなかそういうことにはね。昔の時代の話を大先輩からポロっと聞いた時に、そんな世界だったんだ!と思う時はありますよ。[どんな話を聞くんですか?]― 僕らが今、政治献金と言ってもね、友人から一万円寄付してもらって、本当にありがとうということですけど、昔はたぶんケタが何ケタも違ったんでしょうしね。派閥ということもあったでしょうしね。[ごめんなさい、私がしゃべっちゃって。最近の政治トピックスを] ― 新聞を賑わせている話と違って恐縮なんですけど、今日も奈良の方と会ってきているんで、気持ちも八割くらい奈良なんですけど。(笑)奈良は林業を何とかしたいと思っているんです。過疎の町や村は日本にたくさんあって、ここでもう少し若い人たちが子供を産み育てて夫婦としてやっていければ、日本の人口減少も何とかくさびを打てるんじゃないかと思っていて。今それをやろうと思ったら、山の方だったら林業で、例えば一人五百万円ぐらい十人分ぐらいの稼ぎが出るようになってくると全然違ってくるので。地元の若い人たちがここに住んでも五百万ぐらい稼げるようにしたいというのが、みんなの思い。たとえ十人でもいい、林業や林業の関係で、その地域に居て、五百万円で十人分、毎年五千万円は誰かがキャッシュを稼いでそれをみんなに給料としてあげなきゃいけないでしょ。それだけ稼ぐ可能性があるのは、山にはたくさん木が生えているから。[ビジネスモデルとして成り立ちそうですか?] ― 今はそれがだいぶん衰退してきたんですけど、そこを何とか再生したいというのが。[最近、ウッドジョブ、林業の物語の映画が流行っていたんですよね] ― 子供が生まれる数が一番低いのが東京都ですから、そういう意味では地方に若い人が定着して、地方に住んで子供が三人四人できてくると変わると思うんですけどね。今は若い人たち、お金を持っている人たちが少ないから、田舎で結婚して三人四人子供を産み育てるのは大変なので。[稼ぎたいと思う人も減ってますしね。最近問題になっている生活保護、最低賃金の逆転現象も起きちゃっているから] ― そういう制度を改めて、普通に働けばちゃんとした生活が出来るような給料を貰えるという風にしていけば、若い人たちだって普通に結婚もして子供を育ててということが出来ると思います。[地方に住みたいと言う若い方は非常に多いですよね] ― 最近、増えてきましたよね。確かに地方に住んでディズーランドに行きたいと思ったらすぐ行けますし、ユニバーサルスタジオジャパンも大阪に行けばすぐ行けるし。[子供を育てるには地方の方がだんぜん環境がいいですからね]

 

会場の方の意見;先生!実はこういうことを経団連でこういうことを提案しようかと検討しているところなんですけど。私は経団連で理事をやっていまして。東京に職域上の住居を持って、家族は田舎で住居を持つと。一人が二戸持てる。そのためには経済的な発展をさせなければいけないんですが、まずは固定資産税を撤廃すべきです。東京のマンションも地方の家も。地方の家と言うのは、過疎と先生がさっきから言っておられましたが、過疎地域は五十万から二百万ぐらいで七十坪から五十坪の家がいっぱい売りに出ています。それをちょっと補助金を出してきれいにしてやって、お金がかからないようにしてやると、私は東京だから東京のことを言いますけど、東京の人は地方に暮らしたい人はいっぱいいます。でも現実、働かなきゃいけないからそれが出来ない。なので、月金は東京議員じゃないけど土曜、日曜は田舎に帰るというようなことをやってですね。それには地方の家に家を持たせてやるような制度を作らなければならない。五十万から二百万で一軒家が買えて何百坪の土地がある訳ですよ。そういう所に定年になったら農家に百姓をしに行こうなとみんな言っているんですが、東京を捨てていくことは勇気がいります。いくら定年になっても。そうじゃなくて今、若い人たちが東京で働いて家族は田舎で家があって、ゆったりした生活が出来るという公的な制度を確立して下さい。これが地方が発展、発達する最短の道ではないかなと思っています。

堀井議員;東京で働いている方たち、若い人も、定年かなあという人も今、地方に目を向けて頂いているのをひしひしと感じます。奈良県でも定年まで大阪で鉄道会社とかで働いた人たちが会社を辞めて奈良にNPO法人で奈良県の様々な農地を借りて自分たちで農業をやるという人たちも増えていますし。そういう流れをどう促進するかが重要だと思います。税金の話はいろいろ問題がありますけれど。

会場の方の意見;税金を撤廃しないとなかなか買う気になりません。働き盛りの人たちは。東京だけでの生活も大変なのに、往復の費用とか、田舎の家を維持する費用ですね。でも一番は東京の固定資産税です。

堀井議員;東京のリビングコストを相当、取られていますから、その部分でうまい解決策が見つかれば、もっと地方に足場を置きながら東京での仕事とか様々な人間関係も維持できるような、そういうライフスタイルですね。大事なことですね。

会場の方の意見;定年後の話では無意味なんですよ。働き盛りの人たちが今、田舎に家が持てなければ。大都市の仕事は大切なので、固定資産税をゼロにして田舎の家の維持費をなるべく少なくしてやるような。これは政治の良さを出せばいいんじゃなくて、仕組みを変える方法です。[法整備をするということですか?] ― その通りです。そのことを考えて頂くと、地方活性化の一番の近道です。そのとたんに、一千億が地方に飛びます。

堀井議員;税の問題は税、固有の問題があるので議論は別途にしても、おっしゃるように東京にいる方々、全員をどっちを選べというだけじゃなくて、元々全体の今パイがどんどん減っている時に、東京から地方に住んでくださいと強制的にそんなこと言ったってだめで、東京の足場もある、しかし地方の足場もある。両方の足場をしっかり確保できる。地方に親が住んでいれば、そこの面倒もある程度、看てやれるしそこに自分も帰りながら、そこを自分のひとつの場所にも出来るというような形のライフスタイルが広まるように、そうしたいと思います。自分自身がそういうライフスタイルですしね。

会場の方の意見;勤めている企業がそうさせるべきです。

堀井議員;もし企業がそういう負担をして頂いたら、みんなもうねえ、最高です!(笑)

会場の方の意見;仕事には都会に来て、普段は田舎でゆったりと生活する。これは人間としての夢じゃないですか。それを作るのは個人の力では無理なんで、政治の力が欲しい、そういうところですね。よろしくお願いします。

[全然話が違いますけど、私は八王子なんですけど、三多摩という所はサラリーマンのベッドタウンとなったのも、役所主導で私たちはあっちに行った訳ですよ。そういう流れを作って欲しいなと] ― 今、東京から地方に向かうベクトルというのはあまり感じられないですよね。オリンピック・パラリンピックが来るぞ、ということでますます東京に向かうベクトルが。八王子の方から都心に向かうベクトルの方が強い感じがしますね。これを逆に向けないといけない、私も同感ですね。[東京もそうですいけど、どこに行ってもシャッター街だから。がっくりしちゃいますよね。どこの地方に行っても、東京と同じチェーン店しかないし] ― 奈良県に住む人をみたら、高齢層の人は比較的裕福な方もいらっしゃいますけど、若い人たちはなかなか今。若い人たちをもっと本気で支えてあげないと。制度、仕組みを含めてね。[企業で、若い人たちの職場を作るって、本当に大切なことですね]

 

●今だから言えるあの日の出来事

 

官邸で勤務していたことがあるので、内閣官房副長官秘書の仕事をしていまして。[誰の時ですか?] ― 参議院の官房副長官の方だったので、今、参議院議長をされている山崎正昭先生、鈴木政二先生と二代のお仕えしたんです。ちょうど小泉総理の時、第一次安倍政権の時、総理官邸で二年間、勤務していたんですけど。僕は鞄持ちですから大したことは何もしていませんけど。小泉総理の世間のイメージというのは「みなさん!!」と大声で、髪の毛がワー!!という感じなんですけど、普段は寡黙でしゃべらずに。会議でもボソボソ、ボソボソとしゃべられるんです。官邸で与党の方との会議の時に官房長官秘書官というのは官邸の中のスタッフの中でも一番の下っ端なんですね。我々はメモを取るのが役目なんですよ。この後に副長官が記者会見をするから何を言うか。それがね、小泉総理の言葉を聞き取るのが、ウー、ウーって言っているから聞こえないから、小泉総理の顔の近くまで寄ってメモを取らないとならなくて。これがみなさんの持っておられるテレビで見る小泉総理のイメージと普段の寡黙な小泉総理とは違います。[本当に内輪の会議なんでしょうね。内輪の会議は省エネなんでしょうね。(笑)] ― 郵政民営化の解散の直前の記者会見でしたけど、あの時は解散があるとかないとか、参議院で否決されて衆議院を解散したわけですよね。国民に問うてみようと。絶対に解散は出来ないはずだとおっしゃっている方もいましたけど。小泉総理が総理の執務室で憲法の本を読んでおられるのを見たことがありまして。これを見て、心の中で解散は本気だなと、僕はそう思っていました。小泉総理はいつも本を読んでおられる、そんな姿が。5月ぐらいかな、憲法の本を読んでおられたんです。[解散は総理の権限ですからね] ― あんまりこんなことばっかり言っていると怒られますけど、表でお客様のお出迎えをして、表で記者の方にもこの人が入った、出てきたとわかるように出てきてもらう場合もあるし。そこをわからないように、いろいろオペレーションをしたことがないか、と言われたら否定はしない。[裏から出したことがあるということですか?] ― 成功したこともありますけど、失敗したこともありました。(笑) [裏ってどこなんだろう?] ― もちろん通用口もありますし。[入口がテレビに良く映るあそこだけだったら危機管理がなってないということになっちゃいますものね] ― 別に秘密の人という訳じゃなくて。自分たちでも、今日は記者の人たちが感づくか感づかないか、やっていたりしましたけどね。(笑) [今度は追われる方ですからね] ― いや、何も。(笑) 新人議員を誰も負いませんので。(笑)

 

会場から質問;奈良も何かきっかけを作れば、発展していくと思います。そのためにリニアをもっと早く奈良に引くようなインフラの所も大事かと。交通の移動時間を短縮出来たらもっと流動性が出て来ると思いますけど。その辺のところはどうなんでしょう。

 

堀井議員;おっしゃる通りだと思います。私は奈良県出身の議員ですからリニアは奈良を通る事になっていますので。名古屋までは品川から13年後に。その後18年かかって大阪まで行くんですよ。大阪だけじゃなくて、日本全国には早く通せば通すほど、良い効果が生まれると思うんですね。羽田から伊丹に飛んでいるような、東京大阪を飛んでいるような飛行機の枠が全部いらなくなる訳ですから。羽田にもっと国際線とか、国内線でも九州とか東北とかもっと飛行機が飛べるようになる訳ですよね。すると、他の地域の人にもとっても良くなるので頑張りたいと。そのためには、それは政治の仕事だと思っていますので。

 

会場の方の意見;総務省だというので、総務省の電波の話です。超高層マンションがどんどん出来ているじゃないですか。私の会社は新宿センタービルの42階ですから。ドコモの携帯電話しか通じません。

[私も30階に住んでいるんですけど、auはまったくだめなんです!]

会場の方の意見;こんなひどい話はないですよ。1億人が持っている電話でしょう。それが15階以上になったら電波が届かない。これだけ超高層マンションを建てることを許可しておきながら、携帯電話の電波を電話会社に義務付けないというのがおかしいです。個人ではどうしようもないことです。

 

堀井議員;今まで地下街の不感地帯の解消をやってきましたが、今度は超高層の所の不感地帯の解消をね。すべての方の要望は聞きますので。僕もまったく同感ですので、努力したいと思います。

 

会場の方の意見;超高層ビルで電波の送受信のために一億円かかるんですよ。でもそれを建設会社か電話会社に義務付けなければ。新宿センタービルは1億円出してビル側がやったので。対策委員会を作って大騒ぎしてやったら、ドコモだけが出来て他のはやらない。ビルのオーナーか電話会社が折半するとか。法律を作れば簡単な話なので。

[今日は法律が二つもね。(笑) 市民提出議案。(笑) ]

 

堀井議員;奈良県の川上村という吉野杉の最高の産地、二百年、三百年の素晴らしい木があって。日本の様々な神社、お寺の改修とかを考えても、ずっと一番のいい木を出していける、吉野杉はいい木なんですけどその中でも特にいい木がある場所なんですよ。ところがね、最近の人口減少予測では奈良県は人工減少予測がナンバー1とか、ナンバー2という数字が出ている所ではあるんです。だからこの予測を何とか外したいといのが、地域の人の思いだし、その地域の人たちが、よし、頑張ってこの予測を外そう!と。それを今、みんなでやっています。交流を人の動きを作っていきたいと思います。