堀内 照文
堀内バスト2
第180回
2016年04月27日 放送

日本共産党 堀内 照文 衆議院議員

お父様が共産党職員、ご自身も共産党の職員となり、4回の国政選挙落選の後バッジを手にしました。

紅顔の美少年の面影を残す堀内議員には、保育所問題などを熱く語っていただきました。

その他にも党の選挙費用についてなどは、私が興味津々。

ご子息からもらった手紙や写真を肌身離さず持ち歩く、優しい家長としての一面も見せてくださいました。

 

日本共産党 (比例近畿ブロック)  1期目 (2016年4月27日収録)

(動画より文字起こし)

 

[「みわちゃんねる」共産党政権7人目ですね。共産党さんが出て下さるまでに、どれぐらい月日が流れたか。佐々木憲昭さん以来、誰も出ていないのですから] ― お陰さまで、昨年末の総選挙では共産党は8人から21人に躍進させて頂いて。(会場から拍手が起こる)まだ、出るメンバーはいますので。(笑) [この番組は紹介から紹介という形なので、私どもはまったくキャスティングをしておりませんので、全部お任せしているということで。これからも共産党政権が続いて下さりそうなんでしょうか?] ― 少なくとも私の次は。(笑) [有難うございます。上の方から、あんな番組に出るなと言われたら永田町を歩けないので、本当に感謝しております。共産党さん、国会議員の層が厚くて毎回、驚いておりますが] ― 特に先週の池内沙織さんは。(笑) [強烈でしたね!堀内さんは最年少議員ですか?] ― 池内さんが最年少、大平義信さんがその次で、30歳代はこの二人になります。私は40歳代になります。[40歳代前半ということで、ちょっとイントネーションが関西系ですね] ― 大阪生まれ、今は神戸在住です。[今、国会はどういう感じなんですか?] ― TPPで黒塗り資料、のり弁と言われていましたけれど。[斉藤和子さんがこのスタジオに持ってきて下さいました。黒塗りのTPP報告書] ― けしからんということで、もちろん中身もやっていた訳ですけれど、どうも今国会では無理だということで断念すると。審議の中で、例外もあるんだと言っていましたけど、よくよく聞いてみたら全部交渉対象になると。無傷な物はない、ということですから。そういうことも明らかになりましたので、TPPは廃案にすべきだと。あと、熊本の地震対応は急がれますので、ゴールデンウィーク明けの13日には補正予算が出るとい言われていますので、その審議になっていくんだと思います。[それはもちろん、反対じゃないですよね] ― もちろん中身は見なくてはいけないですけど、地震に関しては、本当に地震の被災者のためにということであれば、大いにやっていくと。[共産党さんというと、全部反対というイメージがありますからね。そこを払拭していかないと。もちろん賛成している議案もたくさんある訳ですよね] ― もちろん、半分以上です。

 

●「しあわせ度数年表」(クリックで拡大)

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[1972年生れ。大阪のどちらでお生まれですか?] ― 大阪の天王寺の病院で生れまして、大阪市内ですね。[どのようなご幼少だったんですか?] ― これを100パーセントにしましたのは、私も子供が生れて実感するのは、親というのは子供には無償の愛情をかけるので、その時に100パーセントを当然、感じていた訳ではないですけど、今となってみればということで。そうやって育てられたのかなと。[このグラフは自民党体質なんですよね。現野党の方は下から入っていくというか。だいたい自民党系はみなさん100パーセントから入っていくんです。(笑) そして、阪神淡路大震災を経験される訳ですね] ― 学生の時でしたけれど、神戸大学の学生でして、私の下宿も半壊になったんですけ。熊本の映像を見るたびに胸が締め付けられるような。[もちろん、就寝中だったんですよね] ― 朝5時46分だったので、大きく揺さぶられて目を覚ましました。[ご家族はご無事だったんですか?] ― 家族は大阪でしたので、私一人、下宿に住んでいて。特に直下型の地震ということですので、熊本と同じような。私の下宿は半壊でしたけど、目を覚まして夜が明けて来るにつけ、被害がわかるじゃないですか。そうしたら、ペッちゃんこになっている家がたくさんあって。すぐ川を挟んだ向かい側にある学生アパートが、ちょうど南阿蘇の学生アパートがぺっしゃんこなったのとまったく同じようで。そこに駆けつけて、とにかく声のする所、二階の床をはがして助け出すという。[自ら救助をされたのですね] ― 熊本の映像にあったような、自衛隊とか警察、消防とか、とにかく人手がなかったのでみんなで、周りは学生が多かったですからみんなでやりましたね。[まさに自助、互助、共助の世界ですね。自分が元気だったら助けに行くということですよね] ― そうですね、地震発生の直後は、出来ることをどうやるかということが問われるかなと。[そして就職はどちらに] ― 生い立ちから言っちゃいますと、両親ともに共産党員でして。[池内さん以外は全員がご両親が共産党員ですね] ― 僕の場合は本村さんと同じだと思うんですけど、おやじが党の職員でしたので。小さい頃から「はだしのゲン」が身近にあったり、平和のこととかいろいろ考えたりして過ごして。学生時代、18歳で共産党に入党したんですね。大学の学費の値下げとかいろんな活動もしていましたけど、そうした中に阪神淡路大震災がありましたので。先ほど、復興予算は超党派で立場を超えてもと、それはそうなんですけど、僕の実感ではね、復興そのものも政治性が問われて。と言いますのは、阪神淡路大震災の直後、まだ仮設住宅も建っていない時点で、当時の神戸市長さんが復興の目玉は神戸空港だと言ったんですよね。先ずは住宅でしょと、先ずは被災者の住宅でしょと。政治の矛盾というのを目の当たりにして、やっぱり自分はどう生きたらいいんだろうと。[お金を稼いでからばらまくとか] ― いえ、神戸空港はまだ稼げていないんですよ。僕が大学4年生の時に阪神淡路大震災があったんですけど、その春に兵庫県の共産党本部に就職をするということになりました。[本部に就職しないと国会議員になれないんですか?] ― 国会議員になるために就職した訳じゃなく。[共産党のみなさん、そうおっしゃいますね。単なる役割分担だと。たまたま、バッジを付けているだけだと。俺が俺が、の自民党とはちょっと違う] ― (笑) 自民党さんがそうだとはなかなか言い難いですけど。(笑) そういう体験をして、政治の矛盾点というのを目の当たりにして、自分に出来る政治を変える仕事があればやろうということで、就職をしたと。[他の社会を見る気持ちは全然なかったんですか?] ― 共産党で仕事をしていても、いろんな人との接点がありますので。内々だけのことしか見ないんじゃなくて、いろんな人を通していろんな世界をみようと、しっかり吸収しようという気持ちは持っていましたね。[そして結婚、もちろん共産党員同士ですよね] ― そうですね。妻もそうなんですが。ちょうど妻の学生時代に、学生の活動をサポートする仕事をしていましたので、そこで知り合って。彼女も兵庫県の大学だったんですけれど、横浜に教員採用試験が受かってしまいまして、三年間遠距離恋愛を。遠距離恋愛をしてその後、めでたく結婚することが出来たと。公務員という職をけって神戸に来てくれて、頭が上がりません。(笑) [教鞭に立つという自分の仕事を投げ打って結婚されて。長距離恋愛でも普通のカップルと違って、政治的なことを話すんですよね] ― いや、そんなことはないですけど。夫婦と言っても他人ですので、ぶつかったりすることもありますけど。そのつど、とことん話し合って。[話し合いはすごくされていると思うので、そこからいい案が出てきたり] ― そうですね。政治の世界もそうだと思います。今、野党共闘というのをやってますけど、違いが無ければ党が一緒になる訳ですから、そうじゃなくて、違うから党が別な訳で。違いがあっても折り合いを付ける。違いを脇に置いて、一致点で一致するところを大いに協力しようじゃないかということです。[そして、ここから選挙人生が始まる訳ですね] ― まさか妻もこういう立場に僕がなるとは思っていなくて。[どなたに言われるんですか?] ― 初立候補が2004年と言うのは、そういう政治の矛盾がある中で、今は被災者の方の制度としてあるんですけど、被災者生活再建支援法。住宅再建に今は300万円の支援があるんですけど、阪神淡路の時には全くなかったんです。本当に借金に頼るしかなくて、それを作ろう、支援して欲しいという運動の中で1998年にうちの党は躍進するんですね。その時に兵庫県で定数2だったんですけど、大沢辰美さんという共産党の参議院議員が誕生するんです。僕はそういう運動をする中で大沢さんを国会へということでやり、ちょうど2004年と言うのは98年から6年後ですけら、大沢辰美さんの再選がかかった選挙だったんですね。この議席を落とす訳にはいかないということで、若いもので兵庫県で活動する比例候補を作りたいんだという話があって、それならということで私が出たのが最初です。[やはり党本部から連絡があったのですか?] ― いや、これは兵庫県の党本部で決めたもので、最終的には党本部の承認があって決めるんですけれど。その時、県の本部の常任委員会と言いまして、中心的に物事を決める中に僕自身いたんですよ。誰にするんだという場に僕もいて、一人、抵抗してたんですけれど。(笑) 君しかいないということで。[どうしようかなと思っているところに正式依頼ですね] ― そうですね。大沢さんご本人も直々に依頼もして頂きましたので、これはちょっと断るに断れないなと腹を決めて頑張ろうかと。[全部で落選は何回されたのですか?] ― 落選は4回になるんですかね。この後、2007年の参議院選挙で、大沢さんは残念だったんですけれど、大沢さんが私の後継にあなたをと、それが妻が第一子を身ごもっていた時ですね。正式に2005年位に依頼があって、2007年の参議院選挙、2010年の参議院選挙、2012年の総選挙、いずれも落選。4回ですね。5度目の正直です。[共産党の今、この番組に出て下さっている方は平均で3回以上、落選されていますよ。でも、現与党と違って、一回落選しても借金を自分で背負ったりというのはないんですよね] ― もちろん、これは組織的にやっているものですから。全部背負えと言われても、なかなか。(笑) [現、自民党の方に落選した時のお話聞くと、借金があったと。銀行も貸してくれないと。どうやって借りたのかと聞くと、知り合いから3百万借りたと、まだ返していると。嘘か本当かわかりませんけれど、そういうのがみなさん、負担になっているんですよね。2回落選すると、支部長の権利も与えられないということでね] ― うちの場合は、お金のある人しか立候補出来ないのはダメなんだと。お金のある、無しじゃなくて、志ですとか、資質と言うんですね。そこを目指していこうという姿勢というのが、あるかないか。[ポケットマネーを使う場合はあるんですか?] ― いやいや、無いです。[でも多少かかっちゃうじゃないですか、お金って。そういうのは党に請求するんですか?] ― 経費はそうですね。[バッチを付ける前、付けた後、あまり変わらないですか?] ― 生活とか?[生活とか、考え方とか] ― もちろん、それはそうですね。変わらないですね。[目の当りに、自民党の方としょっちゅう接している訳じゃないですか?] ― そういう意味では、政治というのはこうやって動くのかというのが良くわかりましたね。ひとつは確かに与党と言うのは大きな力を持って、国会に提出する前に相当、議論されていますよね。そういう役割を果たしておられるというのが見えたのと、同時に国会の数だけでは政治は決まらないと。去年は特に安保法制で大きく市民的な運動が起こりましたので、数をもってすれば彼らのスケジュール通りにとんとんと進んでもおかしくないんですけれど、そうはことはいかない。僕は厚生労働委員でもあるんですけど、去年は派遣法なんかもしましたし。そういう審議の過程を見ると、国民の世論や運動の力は本当にすごく大きいなと思います。両面です。与党がこうやっているんだなと言う舞台裏と、いろいろあっても国民の力というのは大きいんだなということです。[ここ数年でデモとか、若い人たちが変わりましたよ。政治というのは50を過ぎてからのもの、というのがあったじゃないですか] ― 50で入っても若造みたいなね。(笑) [特に永田町はそういう世界だったじゃないですか。自分たちの孫みたいな世代がデモに来ているという。だいたい自民党の方に聞くと、いや、あれはやらせなんだ、みたいな。特定の団体の特定の人たちが、職業とは言わないけれど、そういうことで来てる場合が多いんじゃないかというのは良く聞いている話ですけどね] ― ツイッターとかそういうもので、どんどん来ている訳なんですよね。[共産党はツイッターの使い方が一番うまいから] ― あ、そうですか!僕らの知らない所で知らない人たちがどんどん来ると。凄いですよね。[お話を聞いたり、対話をされたりするんですね] ― はい、何というのかな、運動を通して成熟してきているという感じがしますよね。保育園落ちた私、なんかもそうだけど、いろんな暮らしや経済的な要求をそういう所でも、政治にダイレクトに働きかける。[SNSがあることによって身近になりましたよね。その地域の顔役と知り合わなくたって国会議員の方と話せるというのは非常に大きいですよね] ― どんどん、こじ開けられている。だいぶ変わってきたんです。

 

●最近の政治トピックス

 

こういうのを作って来ました。この国会で私がどういう質問をしたかということで。今日も午前中、やりました。(質問内容の一覧の表がカメラのアップに)いろんなテーマがあるんですけど、もし何かございましたら。[ちょっと仕組みを知りたいんですけど、共産党さんも質問の際にヒアリングと称して役所の方がいらっしゃってどんな質問をされるのですかと聞かれるのですか?] ― 当然、我々の方も今の省庁が考えていることですとか、制度的な問題を向こうも専門家ですから、我々の方もしっかりヒアリングすると。レクチャーを受けて。質問の前日までには項目は通告をします。文章で通告する時もありますし、もうちょっと詰めて議論したい時は呼んで、こういう質問をするよということで。[ただ、本丸みたいなところは取っておく場合もありますよね] ― 二の矢、三の矢といいますか、特に大臣の答弁と言うのは、事前に官僚のみなさんとレクチャーをしても、違うものが飛び出す時がありますので。(笑) ですからいろんなケースを想定して、準備をして。[今日の質問は看護師の夜勤問題の改善をということですね] ― あと、話題になっていた保育所の問題も質問しました。[今日、安倍さんが保育士の給料を上げるという発言がありましたが] ― 今日、報道されていましたね。上げるに越したことはないんですけども、求められているのは10万からの格差をどうするのかということですし。待機児童問題と言うのは長年言われていますけれど、これは政治の責任が大きくて、特に公立保育所の運営費や施設整備費を一般財源化したんですね。2002年、2004年だったんですけど。三位一体の小泉さんの改革で一般財源に移譲すると言って、一般財源の方も少なくしましたので、自治体にしてみたら、やる責任があるのは自治体なんですけどお金がないとやってられないということで、公立保育所はずっと減っているんです。認可保育園は増えているんですけれど、公立はグッと減っていまして。それを政治の責任で減らすことなくやっていれば、待機児童はこんなに深刻ではなかったですし。その間、政府がずっとやってきてるのは、「3歳の壁」というのは規制緩和された施設なんですけど、規制緩和と詰め込みというんですかね、そういうことでずっと対応してきたことによって矛盾がどんどん膨らんで、というのが今の待機児童問題ですので。きちんと子供のための予算を付けようじゃないかということですね。[この20年間、政府はこの問題から逃げてきた、菅さんの時、民主党政権の時もそうでしたけど。やらない、出来ないというのが本当に不思議だったんですね。どうして飛行機を飛ばせる私たちが保育所を作れないの?なんで?という] ― これは本当に政治姿勢の問題なんだと思うんです。予算の使い方なんです。[自民党の方も出演して下さっていましたけど、十人十色の保育所が出来ない訳をおっしゃっていましたよ] ― うーん、なるほど。[そのたびに、私は納得して聞いていましたよ。(笑) ] ― (笑) まあ、その気になれば出来ると思いますので。介護士の場合は専門学校や養成学校に人がいなくて学校自体が閉鎖してということがあるんですけど、保育士の場合は目指す学生は増えているんですよ。だから、本当に処遇をきちんとすれば、なり手はいる訳ですから。そこを一番、力を入れるべきではないかなと。[保育所経営成金を作ってもいいんじゃないんですか?保育で儲かるような(笑) これだけ子供たちを大切に育て上げたら、これだけ儲かるんだよ、みたいな。そういうのじゃないと、どうも魅力が。しみったれている感じで] ― 魅力がね、命を預かるし、子供の発達に責任がある訳ですけど。[給料も良くない、誰もやらない、そういう連鎖が良くない、断ち切りたいですね。今、勢いのある共産党さんのお仕事ですよ。憧れの職業、保育士!みたいな] ― 私たち野党で共同提案をして、5万円引き上げようと。今度、審議をして欲しいとやっているところなんです。[重労働にはそれなりのお金を渡すのは国の仕事かなと。保育士に関しては特に思いますよね。日本の宝を育てている訳ですからね] ― おっしゃる通りです。[他には何かありますか?] ― 阪神淡路大震災については、先ほど言いましたように支援法がなかった。みなさん大変苦労されて、その中で今、問題になっているのが災害公営住宅。あの時は建設が少なくて、民間を借り上げたんですね。借り上げて公営住宅とみなすと。その期限が20年でして、ついては期限が来るんで出て行ってくれと。入った時に60歳だった人は80歳なんですよね。そういう方々に期限が来たから出て行ってくれと。地震で助かった命で、そういう被災者に対して今から出て行けというのは何事かと、兵庫県神戸市、西宮市で問題になっていまして。その継続入居ということで質問もしたんですけれど。[みなさん、地方議会と連携があることをやられていますね。住民の声を吸い上げてということですね] ― 困っている方の所にしっかりと足を運んでと。[辰巳孝太郎さんなんかは何千人もの方と対話してきたとお話しされていましたけど] ― そうですね、地方議員を通じてというのもありますし、直接、電話やメール、ファックス等々で頂くこともありますし。[その中には、親身になるものもあると思いますが、もうちょっと自分の考え、自分の生活を律した方がいいんじゃないかと、思う方もいませんか?] ― 相談者によってですか?もちろん、私たちは何でも相談を受けたことをはい、わかりましたと請負をする党じゃありませんので。政治的に何が問題なのか、相談者の相談内容を受けて、どこに問題があるのかしっかり考えて。[例えば、あなたが働かないからだよとか] ― そういう時もあるかもしれません。地方議員さんなんかみていたらね、「あんた、もっとしっかりせなあかんよ」と。「わたしもあんた、助けたるから、あんたもしっかりせにゃあかんよ」と。[大阪弁でいうといいですよね。(笑) 東京弁で言うといやな感じが。大阪弁で言うと、親身さがアップしますね] ― 本当に頭が下がるような議員さんがいますよ。本当にいっぱい相談者を抱えて、「もっとしっかり頑張らなあかんよ」と激励もしながらね。[昔は民生委員の方とか、いっぱいいらっしゃいましたけどね。地域が崩壊と言ったらあれですけど、絆が固くないですからね。だから議員さんに頼るとうのも多いんでしょうね] ― ぜひ頼って頂きたいと思います。

 

●今だから言えるあの日のあの出来事

 

ちょっと、こういう物を持って来たんですが。初当選、2014年の総選挙なんですが、その時に息子からもらった手紙なんです。公示の日の夜に家に帰った時に息子からもらったんですね。ちょっと読ませてもらいますと「とうとうへ」私、とうとうと呼ばれていまして、「選挙、がんばってね。とうとうが選挙に勝てば、東京に行っちゃうけど、僕はいいよ。だって世界が平和になればいいから。戦争もなくし、消費税も軍隊も全部完璧になくして、人たちが安心して暮らせるようにしてね。近所の人やとうとうの知らない人も僕もかあかも、かずとも平和を待っているよ。選挙がんばれ!」当時9歳の息子からの手紙です。[9歳で軍隊と書けるんですね!] ― いえ、ひらがなで。(笑) 実はね、この総選挙って急な解散だったんですよ。11月の半ばぐらいかな、急に解散風が吹き始めまして、さっき言いましたように僕は何回か選挙に出ているけれども、それまでは参議院選挙は日が決まってますし、候補者活動って長い時間をかけてやるんですよ。いろんな人の要望を聞いたり、いろんな活動をする中で身体の中にいっぱい地元の思いを詰め込んでね、これを国の政治に反映させるんだ、これを国会に自分は持っていくんだという思いをかけて選挙をやるんですよ。ところが今回はまったくそんな準備なしに、いきなり選挙だ!となったので、ちょっと自分の心の中でまだ、戸惑いみたいなものがあったんです。訴えるんですけどなかなか気持ちがね、どこまで自分が乗っているのかなという。[選挙に出る人って、往々にして線から向こうに行かないと、というのがありますよね。平常モードではちょっと出来ないですよね] ― そこで公示の日、選挙が始まったその日に家に帰ったらこの手紙をもらったので、ドーンときまして。よし、行くぞ!と。[いい話ですね~] ― 近畿ブロックは定数が29で、うちの党は3議席で苦労していたんですけど、大阪維新さんの影響とかもあって2議席に押し込められていたんですね。それで私、4番目なんですよ。2から4というのは本当にどうなるのか、という選挙だったんですけれど、そういう時期に気持ちが入って。もちろん多くのみなさんの支援で、こんどこそ!という大きな試練の中で。[それで比例復活されて] ― いえ、僕は単独比例で、送って頂くことが出来たと。[おめでとうございます。良かったですね!] ― 今だから言えるというのは、実は選挙が始まった日は気持ちがまだ乗っていなかったということですね。(笑) [共産党の方でも、そういう方がいらっしゃるんですね] ― 今だから言えるなんです。(笑) [志位さんに怒られちゃいますね。君、何やってるんだと(笑) ] ― 志位さんどころか有権者の方に怒られます。もっと、しっかりせいと。(笑) [このポスター、良く街並みでも見かけますよね。(志位委員長の写真のポスターを指さして)党員の方が頑張って貼ってらっしゃるんでしょうね] ― そういう人たちに支えられてというのは、本当に感じます。草の根のいろんな市民的な相談活動というのも、やっぱり草の根に私たちの組織があるから、ダイレクトに情報が入ってくるんですね。そういう意味でも助かっていますね。[朝の演説とか行きたくない日もあるじゃないですか。自民党の方は行きたくなったら寝てますよ、たぶん。私の推測で勝手に言っていますけど。でも、共産党の方って、行くって言ったら絶対、行くんですよね] ― あの、僕、結構免除さしてもらっていました。というのは、下の子が今、小学校一年生なんですけど、うちの妻も働いていますので、保育所の送りは僕なんですよね。迎えは妻が行くんですけど。[育メンなんですね。あ、その言葉は嫌ですよね。この番組、金子恵美さん宮崎謙介さん出ているんですよね] ― そういうこともあって、ちょっと免除させてもらって。育メンはいろいろありまして、これを言ったらうちの妻から怒られるんですけど、当選する前は家で朝ご飯を作ったりしていたんですよ。あるママさんたちが集まる会がありまして、僕、こういう風に妻と協力して家事をやっていますと話をしたら、隣にいた女性がボソッと、「あんた、男だから特別だと思わんといて。わたしらこんなの当たり前やってんねん」とドーンと言われまして。そうだなと。本当に確かにそうで、男だから、やったら特別感があるというのは間違っているなと思いました。帰って妻に報告したら、「そんなん、当たり前やんか」と言われて。その女性の方が正しいと。そういう意味では、育メンと一時、ワーッと言われた時、僕も育メンと言われたりしましたけど、自分では言わんとこうと思いました。[でも、宮崎謙介以降はその言葉はタブーですよね] ― (笑)違う意味でね。[永田町で使えないワードになってしまいましたね(笑) ] [質問が来ています。いつになったら国会議員の数を減らすんだと] ― たぶん、おっしゃっているのは定数のことですよね。定数削減だと思うんでうよね。国会議員と言うのは国民の声の窓口ですから、これを減らすというのは国民の声を減らすことになります。今議論になっているけれども、比例代表とか選挙で一番国民の声を反映するところを削ってしまうと、ますます少数政党が減ることにもなりますし、多様な民意と言うのが反映されない訳で。やっぱり一番問題なのは民意の集約と言いながら歪んでしまっている小選挙区を正していくことですとか、そういうことをやりながら。定数と言うのは諸外国と比べても必ずしも多い訳ではありませんので。むしろ少ない位ですので。[共産党としては減らすという方向ではないんですね] ― 身を削るというのだったら、政党助成金こそ無くすべきです。[もらっていない唯一の政党ですから!] ― 国会議員を何人か減らすよりも、政党助成金をバッサリ削る方がよっぽど削減額が大きいですから。これはもうやるべきだと。[私たちが選んでいる人が大多数ですから、当分、無理ですよね] ― なんとかね、しっかり正論をはいて頑張っていきたいと思います。[政策は憲法改正と集団的自衛権の行使に反対、あっていますか?ウキペディアをそのまま読んでいるんですけど。アベノミクスを評価しない。原発は日本に必要ない。村山談話と河野談話を見直すべきではない、というのは間違ってないですか?ウキペディアも合っているんですね。ちょっと確認をしたかったんです]

 

Q1;さっき北海道の補選のことをおっしゃっていましたが、あれは熊本の地震がなければ野党の候補が勝っていたのでしょうか。どう思われますか。

 

堀内議員;結果がどうだと私には言えませんけれども、確かに残念な結果でありましたけど。当初はかなり大差がつくと思われていた、しかも弔い合戦ですから、自民党にしてみたら。それをあそこまで追い詰めたというのは、本当に野党共闘への期待だったと思いますので。これをしっかり生かして、今の政治を変える力にしていくのかということでは頑張りたいなと思います。

 

Q1;夏の参議院選挙への影響はそうでしょうか。

 

堀内議員;当然、つながっていくと思います。一人区で共同の候補を立てようということで順次、決まっていっておりますし。衆議院の場合はなかなか難しいんだという話もありましたが、今日のニュースなんか見たら民進党の安住さんなんかは衆議院も含めてと言われた。[そうなると共産党独自の候補を立てないということですよね] ― 野党でどういう話し合いになるか、ということだと思うんですけど。小選挙区でどういう風な立て方をするのかということです。[共産党としても歴史的なことですよね] ― かつてない事ばかりなんです。目の前で展開されていることが。[ニュー共産党なんですね。選挙に出る方も減っていく訳ですよね] ― その中でも、私たちは国会議員の数は大いに増やしていきたいでと思っています。[共産党としても、あまり勝ち目がないところにも候補者を立てていた訳ですから] ― これはね、大義がどこにあるかということだと思うんですね。政策は違えども、安倍政権の集団的自衛権行使公認というのは憲法解釈までガラッと変えると。立憲主義の否定だということですから、これは国の根本に関わる一大事だということで、そこを正そうということで協力すると。大義をしっかり掲げて選択肢をしっかり示すということでやってきた訳ですよね。[全国津々浦々で候補者を立ててきた共産党が変えてきたというのは、共産党の中で凄い話し合いがあった訳ですよね] ― そうですね。それと去年のあの安保法制をめぐる運動、国民の中での声。[そこで、より大義が重要になってきたということですよね] ― そうです。大義が鮮明になってきたということですよね。[上層部でも反対の方とかいらっしゃったんじゃないですか?] ― いやー、聞かないですね。[共産党は大義という単独候補を通せというような] ― そうなると大義がなくなる訳ですから。(笑) [そうですか。そこは冷静に、ですね]