塩川 鉄也
塩川バスト
第187回
2016年08月31日 放送

日本共産党 塩川 鉄也 衆議院議員

6期連続で国会議員のバッジを付けているにもかかわらず、

永田町の垢にまみれず、すがすがしい印象の塩川議員。

原発の危険手当の問題、国会議員の定数保持について。

北関東選出の議員さんにもかかわらず離島政策を訴える姿は、国土を大事に思う気持ちが伝わりました。

「困ったことがありましたら、ぜひご相談に来てください!」と、塩川議員から言われましたが、

通算500人以上国会議員さんにインタビューさせて頂いて、こんなこと言われたのは、私、初めてでした。

塩川議員の、お人柄が伝わります。

尊敬するのは、同じ活動家であり、仕事を持ち家庭を切り盛りする「妻」とおっしゃっていたのが印象的でした。

 

日本共産党 北関東ブロック 6期目 (2016年8月31日収録時点)

(動画より文字おこし)

[参議院選挙でずっとこの番組はお休みを頂いていたのですが、振り返りまして共産党さんの参議院選挙の総括というのは] ― この間、この番組に出させてもらっているのは衆議院議員が多いんですけど、2014年の年末の総選挙で8議席から21議席に増えて、新人議員がずっとお世話になっているんですけど。ですからこの前の参議院選挙も改選3議席が6議席ということで、倍増しで。3年あまり前は衆参の共産党議員は14人、今は35人ですから。この間で大きく議席が伸びているということで。やっぱり、今の安倍暴走政治を変えていきたい、特に参議院選挙は野党共闘の流れというのがね、安保法制、戦争法廃止、立憲主義を守れ、市民と野党の共闘というのがね、大きな流れとなって。このポスターでも紹介されていますけれども、参議院の議席も倍増の6議席ですし、定数1人区でね、11人が野党統一で当選すると。大きな変化を作った選挙ですのでね、是非この流れを前に進めるよう、大いに頑張っていきたいと思います。[塩川さん、バッチを付けてから長いんですよね。今、何期目ですか?] ― 6期目になるもんですから。[6期で何年ですか?] ― 16年、2000年が発当選です。何をやってきたんだ、と言われそうですけど。(笑) [2000年と言えば、小泉政権、真っ盛りという時ですね] ― 森さんがいて、直後に小泉さんが登場という、小泉フィーバー吹き荒れたと時と同時に郵政解散。非常にビビットに今でもよく思い出すところですね。[郵政解散の時に選挙されていたということですよね] ― 郵政民営化の時の国会の特別委員会の担当だったんですよ。ですから、その一年というのは小泉さんと郵政問題で5回も論戦してきたんですよね。小泉さんが言っている郵政民営化がいかにでたらめかという議論を一番国会の中でしてきたという点で、自負もありますし。そういう中で、その後のいろいろな経緯はありますけれども、地域密着の郵便局をきちっと残すと、そういう枠組みを作る取り組みなんかにも現につながっていますから。[郵便局も上場したじゃないですか] ― ですから郵政民営化のもとでね、郵便局のサービスの後退の懸念というのが出ているという時に、そういう郵便局をきちっと維持すべきなんだと。利用者の皆さん、国民の皆さんの声に応えるという国会の中で論戦を通じて、運動を通じて取り組めたというのが大きな役割を果たしたと思っているところです。[郵政民営化の問題でリベートをしてきた訳じゃないですか。リベートの相手としてはどうでしたか?] ― 小泉さん、上手く外すのが上手なんですね。(笑) こちらが質問したことについて、彼が元々国会の中でやり取りをしてきた具体的な指摘をして、今はそれと違うじゃないかと。すると、するりとかわすみたいな。なかなかやっぱりね、長けてるなあと思いながらも、一番の核心となると調子のいい話が通じなくなるもんだから、違う所にすり替えたりというのがあって、その点が非常に残念でしたけれど。そこはもう、有権者の皆さん、国民の皆さんがしっかり見て頂いたんじゃないかなあと思っています。

 

●幸せ度数年表

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[1961年生まれ。どちらでお生まれになったんでしょうか] ― 埼玉県日高市という所で。川越市という蔵造りの街並みの西側に小さな町があるんですけど、そこの農家の長男坊です。跡継ぎにならなかった長男です。[農家で共産党というのは珍しいですね] ― まあ、家の周りには共産党の人はいなくて。うちの母親がね、初めて見る共産党員が自分の息子だったと。[そういう話には事欠かないんですよね。市田忠義さんのお母様も絶対、赤だけにはなるなと、最後の10年間は党員になって下さったということですけど。池内沙織さんのうちは食堂で大変で、やっと赤旗を食堂に貼ってくれるようになって] ― うちの母も初めて会った共産党員が自分の息子ですから、戦前の時代から生きている者にすると、赤というレッテルの中にいるもんだから。そういう意味でも、「お前はニンジンが嫌いだろ?お前がニンジンが嫌いなように、私は共産党が嫌いなんだ」と言われて。でも、私のニンジン嫌いというのは食わず嫌いでしたから。食べたら美味しかったという。[それはいい例えですね] ― 食わず嫌いじゃだめだと。[トマトじゃなくてニンジンなんですね] ― 昔のニンジンは苦かったんですよ。今は甘くなっているんですよね。今は品種改良が進んで。共産党もだいぶんね、皆さんに支持をして頂けるようなって。自助努力もあるでしょうが、今は家の母も選挙になると応援してくれて。私もこの間、比例代表で当選させて頂いていますから、共産党と書いてねと知り合いに頼んだりとか。本当に有難いですよね。そういうことに支えられて今があるなあと思っています。[ここがちょっと落ち込んでいますけど(幸せ度数年表のグラフの落ち込みを指差して)] ― これはね、思春期の悩み。自分の進路の問題なんかを考えて、世界で紛争が絶えないですとかね、飢餓の問題がある時に自分一人で何が出来るかと考えることがあった訳です。[聞きましたか、皆さん!] ― 皆さんも思っているでしょう?自分のことに引き付けて、世の中の人がどんな思いでいるのかと。そういう悩みの時に大学に入って、共産党と出会う訳ですけど。[どなたが勧めてくれたんですか?] ― 学生時代ですから、先輩ですね。あの頃は米軍が横須賀基地などに核兵器を積んだ空母を持ち込むことが大問題となっていて。広島、長崎の被爆の経験を持つ国になんで核兵器を持ち込むんだと。おかしい、というのが私の出発点としてあって。そういった時に、アメリカが日本に核兵器を持ち込む大本には安保条約という軍事同盟があって、そのもとで日本に基地も置かれ、核も持ち込まれるという。安保条約を無くして平和な日本を作っていく道筋があるんだと。そういうのを訴えたのが共産党の先輩方ですし。そういうことを考えているのは君だけじゃないよと、言われたんですよ。同じような思いの人はたくさんいるんだと。大事なことは一歩踏み出すことじゃないかと。生き方と、政治を変える羅針盤を掴むというのが共産党との出会いで、上向きの人生のスタートです。[塩川さんの時代というのは、そんなに学生運動が花盛りの時代ではなかったと思うんですが] ― でも、世界的には核兵器廃絶の運動が広がっている時でしてね。オバマさんと年は同じなんですよ。オバマ大統領自身も核兵器廃絶を言われています。世界で核軍拡競争が行れている時に、世界を滅ぼすものになるという共通の認識が世界各国で広がった時なんですよ。その時に政治を志す出発点があって。私の場合は日本で、この共産党だったというのが、この道に進むきっかけだったという点では大きな流れの中の一つの特徴だったんじゃないかなと思うんですよね。[そして日高市役所に入りましたね。部署はどこに行かれたんですか?] ― 教育委員会で郷土史編纂係、当時は日高町でしたけど。日高市の歴史をまとめる係、非常にのどかな仕事で。地域のお年寄りの方に話を聞きに行って、昔話とか手まり歌とかお手玉歌とか、そういうのを集めてレコードなんかも作って、なかなか楽しく。[そういうのは重要ですよね。町の歴史が消えてしまうかもしれないですからね] ― その時に私より50歳も上の方々の話を、当時のいろいろな体験として聞けたのが良かったですし、そういった方々の戦争体験なんかをね、聞く機会がありましたから。本当にひもじい思いでの生活ですとか、そういうことを聞けたというのも今につながるようなものになっているなあと思います。[そして結婚ですね] ― これ、もっとグラフが上に上がっていても良かったかもしれないですね。(笑) 100パーセントを超えている感じもしますけれども。(笑) 私自身は地域で民主青年同盟という青年のサークルで出会ったのがきっかけでした。なかなかパリッとしているいい女でしたね。(会場から笑い声)ですから、彼女と一緒にいると周りの共産党の人はね、かみさんの方が候補者に、政治家に向いていろよねと絶対に言われるんですよ。それは大したものだと思いますよね。[奥様も陰で頑張っていらっしゃるんでしょうね] ― 一生懸命やっていますよね。本当に有難いですよね。[ご家庭で政策の不一致とかはないんですか?] ― ほとんどないと思います。家庭生活の仕事の分担においては、いろいろご意見を頂いているんですけど。[分担されているんですか?] ― 私の方が家にいる時間が短いものですから、片付けの方はしっかりやらなくちゃなと思って。ゴミ出しの日を含めて覚えております。火曜日がペットボトルの日とか、しっかり出さなくちゃなと。(笑) そうしないと責任を果たせないというのをよくよく自覚して。[私の調査によると、自民党員は本当に何もやらないですよね。(笑)ゴミ出しの日を聞かれてもわからないと思いますよ。皆さん、(笑) そういう伝統がずっと継承されているんですよね、自民党の中で] ― それが憲法観にも反映してるのかな?[反映してますね] ― 自民党の改憲草案にも。[間違いないですね] ― そこはやはりねえ、そんな歴史の逆戻りでは困りますよねえ。[先祖返りなんですよね、そこは。そして衆議院選、初当選ということで。同期はどなたなんですか?自民党でいうと、重鎮を担っているということですよね] ―  ですから、今大臣に新しくなったばかり人というのは6期目が多いですから、文部科学省大臣の松野博一さんは同期ですね。この方は議院運営委員会の理事会でずっと一緒でした。真面目な方で。[選挙は6回やられているということですか?] ― いえ、その前に一回あって、衆議院の小選挙区比例代表並立制の最初の選挙の時に小選挙区候補で立候補して落選をしているんです。[6期連続当選ということですか!?] ― 比例代表で送り出してもらっていますので。[いつから比例に変わられたんですか?] ― 96年の時は小選挙区単独で、2000年以降は重複で。2009年以降の選挙が比例単独ですかね。[若い方でも、共産党の方は3,4回落選されている方が多いですよね] ― 一時期、困難な時代がありましたから。(笑) なかなか頑張っても伸びないという時代に候補者をやっている皆さんが、今回たくさん国会に来たというのがね。[生涯、落選されて終わる方がいらっしゃいますよね。それでも、自分は使命を果たしているんだという方が多いじゃないですか。一般的に名前が知られてなくても] ― 私も最初の選挙そのものが、当選すると思ってやっていませんから。大いに共産党の議席を全体として増やすために頑張りたいという思いで。結果とすれば、小選挙区という新しい枠組みでしたけど、過去の共産党の得票を上回る結果を出せたので、それ自身は役割を果たせたなあとと思いましたし。[それにしても、6期連続当選は凄いことですよね!自民党だって2009年に一皆さん、バッチを外された訳ですから。そういった中で一定に保ってバッチを付けているとは凄いことですよね] ― 皆さんのご支援があってですよね。それに応えて頑張らないといけないですよね。

 

●最近の政治トピックス

[最近の政策的なものはどんなものですか?] ― 災害の問題があるじゃないですか。[日本は脆弱な土地じゃないですか] ― 私が活動地域としているのが、北関東の地域で、茨木、栃木、群馬という所なんですけれども、2011年の東日本大震災も大きな被害を受けました。東北三県と同じような一人一人の被災者にとってみれば大変なご苦労があって、その後にも竜巻災害ですとか、大雪災害とか豪雨災害なんかもあって。被災者の生活をしっかりとサポートするというのがね、政治の原点だと思うんですよね。そういう点でも、この間、被災者支援に全面的に取り組んできたというのが、被災者の要望に応えるうえでも私として柱に据えていることの一つになっています。[共産党はネットワークが全国的にも網羅されていますから] ― 地方議員の皆さんが現場で被災者の方の声を聞くのを私たちも受け止めて、より具体的な話を地方議の皆さんと連携して取り上げて実現する。関東地方で大雪被害が数年前にありました。それこそ関東地方じゃ降ったことが無い大雪だったですよね。そんな中でも、いろんな制度がね、関東地方の大雪に適合してないんですよ。例えば、災害廃棄物、ゴミが出たような時に大雪の場合に支援できる基準というのが、1メートルだというんですね。関東地方は1メートルの雪なんて降ったことがないわけですよ。埼玉の秩父で降った雪が97センチだったんです。それでもう適用されないというのはおかしいじゃないか、というので環境省に問題を正したら、基準が変わって。過去にない、類を見ない災害の場合は適用しますという、実態に合わせた制度に改めさせると。あまりにも実態に合わない制度を改めさせるというのはやるべき大きな仕事だろうなと。そういう意味でも一つ一つ、災害対策は前進している面ももちろんありますけども、国の方が小さい災害は自治体にやらせとけと。さらには被災者、国民の自立自助で対応しろというのがグッと強まっているというのが今の安倍さんの政治になっていますので。そういった自立自助論、国、地方の役割分担論なんかを改めさせて、国の責任で被災者支援をしっかり行うという取り組みを前に進めるためにね、今頑張り時だなと思っているところです。北海道、岩手の台風災害も大変心配です。(2016年8月台風7号、9号、10号、11号が上陸)[ネットワークがあるから、いろいろなものを持っていきやすいし、声も吸い上げやすいし渡しやすいんじゃないでしょうか] ― この間、国会議員が共産党は増えていますから、現地と結びついてね、そのまま国会に届ける大変大きな力で、それに応えて頑張らなくちゃなあと思っています。[では、これをお願いします](「原発の危険手当」のフリップが画面にアップになる) ― 東日本大震災の時に原発事故がありまして、安全神話を振りまいてきた東電、国の責任というのは本当に重大だと思います。その点でも東電、国の責任で支援をしっかり行うことが必要ですし、廃炉対策をきちっと行うということが何よりも重要ですよね。[これは塩川さんが質問した時の東電の答えということですか?] ― その時に東電の廣瀬社長とのやり取りで出てきた金額なんですよね。原発事故のあった福島の第一原発の中で数千人の方が働いておられます。放射線量が高い中で完全防御になれば、熱中症になるような過酷な環境の中でのお仕事ですから。そういった困難さに見合った待遇の保証が必要で、手当として反映されてしかるべきですね。そういう意味でも原発事故の作業をやっている人に危険手当というのを出しているんですけれども、その際に払われていないというのが現場の声だったんですよ。重層下請け構造なものですから、建設現場と同じようにスーパーゼネコンが元受けみたいになって、その下にたくさんの業者が入るとだんだん取り分が少なくなって。実際の現場の労働者の方にしっかり賃金が払われないというのが、こういう原発事故を解決するために頑張ろうと思って働いていらっしゃる皆さんが、実際それに見合った賃金が支払われていないという問題が極めて重大だということで。いわきの地方議員の方と連携して取りあげて。具体的に東電は元受けの企業にいくら払っているんだと確認したのが、この数字なんです。マスクがありますよね、顔面フルマスクの場合には2万円を出していますとか。アノラック言われるような全身を覆う白い衣装がありますけれどそれは3万円、タングステンベストという放射線を遮るベストを着てるんですけど、フル装備になりますから、今は4万円となっていますけど、そういった金額というのが現に支払われているかどうか。[これでも安いぐらいですよね。命をかけた作業で、この方々に皆さんご家族がいらっしゃるわけで、心配ですよね] ― 健康への不安を抱えながら、皆さんお仕事をしているわけですから、当然そういう作業に見合った報酬手当が必要なのに、これが実際に払われてないじゃないかということを取り上げたわけです。[払われてなかったんですか!?] ― 実際には現場では1万円にもならないような、福島県の最低賃金プラス1万円ぐらいとか、そういう支払われ方をしているというのも現にあって。とても見合わないというので。これは現場で原発の近くにポスターで張り出しているんですよね。これをポスターにして、相談事があれば電話を下さいとしているんです。[いろんな人から電話がかかってくるんですか?] ― やっぱりそういう方々は心配な思いがありますから、個別の相談で話があって。それをきっかけに取り組んで改善させたり。裁判でね、東電側にきちんと支払わせるという取り組みなんかにもつながっていて、現場の皆さんのご要望に応えた取り組みを動かすことにもつながっていて、引き続き頑張っていかなければいけないと。[企業のトップ集団と現場では温度差というのが非常にありますね] ― 格差がどうしても残されたままになっていきますので。[そしてこちらですね。これはまた違った話ですね] ― これは鹿児島県三島村の離島航路で。[離島問題ですか?] ― 共産党の国会議員団に離島振興対策委員会というのがありまして。[「みわちゃんねる」に出演された議員さんの中にも遠山議員] ― 彼は公明党の方で。共産党の方の離島振興対策委員会の事務局長をしていまして。遠山さんとは離島振興法の改正ですっと一緒にやってきているんですよ。ですから超党派で。民主党政権の時ですけど、落選中ですけど民主党の打越さんを中心として各党の代表が集まって、十数回議論を重ねて。離島の皆さんが住み続けられる島を作ると。[みなさん、離島って、10個とか20個だと思っているでしょう。違うんでよ、日本は] ― 人が住んでいる島というのは400あるんです。[本州や北海道を別として、そんなにあるんですね!] ― 橋がつながっている島はカウントしていないんです。橋がつながっていないような、人が住んでいる離島が400以上あるんですよね。それぞれの島で皆さんの生活と営みがありますし、そういった地域で住み続けておられるということが、日本の広い領海にとってもそれを支える力にもなっています。そういった離島問題というのを、離島振興法改正を機に事務局で取り組んできたということでね、そのまま引き続きやっています。ただ、私の選挙で選んでもらっている北関東のブロックには離島がそもそも無いんですよ。ひとつも離島が無いんですけれど、だからこそ、地方行政担当の委員会ですっと仕事をしてきたのもあるんですけれど、どんな地域でもね、人が住み続けられる環境に力を尽くすということが、日本全体の暮らしを良くする上でも大事なことだと思っていまして。[中央に集めてここでみんな住め、という感じではだめですか] ― そんな効率主義でやったら、どんどん国の先行きが細くなってしまいます。やっぱり地域に根差した生活を支えるという取り組みこそ日本の国土全体を保全することにつながりますし、何よりも地域の営みの背中を押すということがね、暮らし続ける町作りの大本だと思いますから。[鹿児島県三島村の離島航路と書いてありますけど] ― これは予算委員会で取り上げたんですけど、この三つの島、竹島、硫黄島、黒島というのが三島村なんですけど。三島村に船でしか行けないんですよね。船が出ている、本土に行けるのが週に3日しかないんです。そうすると病気になったりした時とか、周りで買えないような買い物をするとかが、週に3日しか出来ないんです。せめて一日1便、本土に行けるような航路を確保して欲しいというのが、島民の皆さんの一番の願いになっていまして。そのことをお聞きしたものですから。ルートは鹿児島から出て三島を回ってまた鹿児島にまた戻るんですよ。それを枕崎の方につながるルートにすれば、毎日枕崎まで行って鹿児島また戻るという形で一日一便本土に行けるルートを村をあげて要望しています。[まだ実施されていないのですか?] ― 一歩前進して、枕崎の方も月に一便ということで実証運行中ということで始まって。その上で前に進めようということで、本土につながる便を増やそうという方向になっているんです。この点では国土交通大臣もぜひ全力で頑張るという答弁をその時にしましたし。本来ね、国道は国が整備する訳ですよ。私たちはそれを普通であれば無料で利用するんですね。海の場合ですと、国道が無い訳ですから。しかし実際には国道のように日常的に使っているのは離島航路な訳です。とすれば本来、海の国道である。海の国道として無料化をはかる。[鹿児島から各島へ、一等で7千円、二等で3千5百円。島と島は一等で2千2百円、二等で千百円。高いですね~、これはね] ― これを軽減していくと。将来的には無料にしていくと。そういう取り組みにつながる上でも、利用者を確保する上でも、本数を増やすということが非常に重要ですので、一歩前進の取り組みになってきているというのは非常に大事だなあと思っています。この質問をしたら、すぐ電話を頂いて。どなたかと思ったら三島村役場の村長さんで、三島村が予算委員会で、しかもテレビで取り上げられたのは前代未聞だと。初めてのことで、島民の皆さんが三島村のことをやっているというので話題になったという話をしてくれて。海の国道を整備することを今大事にしなくちゃいけないと思います。[塩川議員がこんなことをやっているなんて、北関東選出の議員が。意外ですね] ― 北関東には島は一つもないんですけどね。逆にこういったことに離島が無い議員が取り組んでいるということが。[やっても、一票にもならない訳ですよね。それでも真剣にやられているということがね] ― どこでも住み続けられるような取り組みになっていくと思いますし。今、安倍さんは大型公共事業の乱発をまたはじめている訳ですよ。リニアのためにお金を貸しますよとか。今やったって、別に1円も景気対策上、JR東海がお金を出すのが増える訳ではないですから。そういう点でも、前倒し、前倒しの大型開発中心の枠組みに取り組んでいるのが今の安倍さんになっていますから。[オリンピックに向けてどんどん増えそうな予感ですよね] ― 特に首都圏に。そういう時に大型開発じゃなくてね、公共事業をやるんだったら、地域密着の福祉環境、防災優先型の公共事業に切り替えるというのは、今の災害対策の面でもきわめて重要だと思うんですね。そういった点でも、離島航路なんかね、対応していくというのが政治やる仕事じゃないでしょうかね。[次の政策にいってみたいと思います。人口あたりの議員数は今が最も少ない。共産党は議員定数増加ですか?] ― 今年の通常国会でこの議論があったんですけど。我々は議員定数を減らすことには反対だと。この立場で一貫して取り組んでいます。[少数派なのに頑張っていますね] ― いやいや、意外とほかの党の議員も同じですよ。建前で言っているけれども、本音のところでは議員定数を減らすとなると、地方の代表を減らすことになりますから。それは誰もがおかしいとなるんですよね。もともと日本でもかつては、戦前の時代は人口10万人当たりの議員定数だったんですよね。それが戦後、人口は増えている、有権者が増えているのにも関わらず、全体とすると人口10万人当たりの議員定数はずっと減りっぱなしですよというのを、18歳選挙権の話もあったものですから、国民の代表の議員定数ですのでこれを減らし続けていいのかという議論の定義が重要だと思っています。[議員さんだけじゃなくて、一般の仕事も人がいなくていいようなオートメーション化されていますし、ネットも発達していますから、人って昔に比べていらないじゃないですか。それを議員に当てはめるのはいけないんですか?] ― 有権者の声をコンピューターではじいて国政の政策とかに反映する?議会に反映する?憲法でもいわれているように、国民の信託を受けた議員によって構成される議会がその役割を果たす、その議員を減らすということは国民の声を反映することを減らすことにつながる。各国を見渡しても、議員定数というのは人口10万人当たり1議席ぐらいなんですよ。[この人口の割合でいうと、どれ位いなきゃいけないんですか?] ― ですから倍位いないと。[1400人も国会議員がいたら大変ですよね。(笑)] ― 今は減らすということですから。それはおかしいという意味での議論として、現状を確保しろということですよね。[でも、減らされないですものね。自民党も言いつつやらないじゃないですか] ― この前、減らしましたからね。それに対して断固反対ということで、論戦を張った時の議論なんですよね。安倍さん自身も、議員定数削減というのは衆議院の議長のもとに置かれた調査会でも、日本の議員数というのは決して多くはないと思っていると答弁していますから。[苦渋の選択でしょうね。自民党としてもね] ― そういうのを各国別に見たというのがこのパネルですけれども、このようにそれぞれの国が10万人の議員一人で。現状では日本は2倍以上になっていますね。一人当たりの議員が対応する人数が10万人前後。それが日本の場合には倍以上ということですね。それを表しているものですね。(アメリカの議員一人当たりの人口比の高いグラフを指さし)もちろん、アメリカ州という国単位の集合体の形ですから。日本の場合はこの国々との比較で端的に表れているというのを紹介したものですよね。その時に議論したのが、安倍政権の与党が多数の議席を占めるからくりとして、小選挙区制がありますよというので。これは2005年、先ほど言った郵政解散の時ですし、2009年は政権交代の時でした。2012年は自公政権が復帰する。直近は2014年でしたけれども、いずれも小選挙区での得票を合わせてみると、得票数で過半数にいっていないのに議席では7割を超えている。[鈴木宗男さんも、しょっちゅう言っていますね。これは許せないと。得票数を全部足したら私たちの方が強いんだと。お嬢さんは自民党に行くかもしれませんけど。(笑)] ― 籍の方が自民党に移りましたから。[移ったんですか!貴子さん、うまいなあ~鈴木親子!] ― 個々の政策で見たらね、国民の多数の反対の声がある訳ですよ。そこに小選挙区制のマジックがあって、国民の多数の声が切り捨てられる議席の出し方になる小選挙区制そのものを今、見直す必要があるんだということです。[郵政で議論されていた小泉さんは小選挙区制に反対されていましたよね] ― 安倍さんだって反対していましたよ。本人も答弁をしていますけどね。昔自分は小選挙区制導入の時には反対だったんだと認めているんですよ。ただ、合意の中でやって来てるし、現在も運用されていることだからと。そこは自分でいいとこ取りだけの発言で終わらせるのはふさわしくないですから。[一番、自民党が恩恵に預かっている訳ですからね~] ― そういう意味でも、改めて小選挙区制を見直す時だというのを、今の国民の多数の声とかい離した政治の在り方として今、問われる大問題じゃないでしょうかね。[他の問題がいろいろ山積されて、声が薄くなったりしませんか?] ― う~ん、こういうのは一貫して取り組んでいかないと。今憲法をめぐってね、議論が行われようとしている時ですから、国民主権という立場では出発点として選挙制度、選挙権がありますからそういう取り組みにぜひ繋げていきたいと考えています。

 

●今だから言えるあの日のあの出来事

[何か裏話的なことはありますか?] ― 妻に有難うが、言いたいと。[声が小さくないですか?(笑)] ― 胸を張って言わなくちゃいけないですね。(笑) いろいろな面で、子育ての面でも大きな役割を担ってもらいましたし。[一家全員、共産党員ですか?] ― いえいえ、子供が小さいですから。まだ中学一年生。両親を見ていると思いますけど、夫婦で共産党でやっているのは確かですから。彼女は共産党の埼玉県議団の事務局の仕事をしているんですけれど、災害対策や、一人一人の方の生活相談も一生懸命で。人のことに一生懸命になる姿というのを間近で見てきているというのが、いろんな形で励みにもなってきましたし、背中を押してもらったと思っているんです。[これ、本物ですよ。心情的なのもとか、彼女は働いていると俯瞰的に見るところがね、なれ合いじゃなくていいですよね] ― 選挙の時に経歴書を出すじゃないですか。尊敬する人の欄に妻と書いたことがありますから。[不破哲三とかじゃなくて?] ― 一番身近で尊敬する人物という自負がありますから。三人目の娘が、私が議員になってから生まれたんですけど。せっかくだから国会の質問で家の娘が生れたことを紹介しておこうというんでね、当時、平沼赳夫経済産業大臣でしたけど、経済産業委員会で、環境ホルモンの問題とか前ふりを少しして、実は家に三人目の娘が生まれました。大臣、感想は?と聞いたら、「それはおめでとうございます」と。終わった後に他の議員が寄って来て、塩川さん、偉いねと。なんで偉いかを聞いたら、三人目を生んだのが偉いんだと。今、子育てが大変な時に大したもんだと。帰ってかみさんにその話をしたら、「生んだのは私でしょ?」と言われて。「偉いのは私でしょ?」と。ははー、というかんじですかね。(笑) 今、真田丸を一緒に見ていまして、梅津城なんかに一緒に行こうという話をしています。臨時国会が始まる前に行けないかなとか。(笑) [そういうお話しを伺うと、議員さんなのに、身近に感じます] ― 何かご相談事がありましたらどうぞ。[初めてですよ!相談事がありましたら、どうぞと言われたのは。(笑) 優しいですね~(笑)] ― 自分で解決しそうな方ですけどね。(笑) [ジーンときましたよ。500人以上、国会議員のインタビューをしていますけど、初めてです。そういうことを言われたの。有難うございます!こういうところが、共産党さんの人たらし的な要因なんですよね] ― (笑) 女性は本当に大事にしないといけませんね。[はい、頑張って輝いていきます(笑)]

[今日はいかがでしたか?このようなネット番組は、アウエイ感覚はいかがでしたか?] ― 面白いですね!いろいろ、引き出しを開けて頂けるようなお話を有難うございました。[年内は共産党さんでずっと。(笑) 個性的で、バラエティー豊かな方がたくさんいらっしゃるんだと思って] ― 楽しいですよ、私たちも一緒にやっていて。先ほども言ったような、野党共闘の流れも広がっているところですから。大きく転換が出来る時じゃないかなと思って。[ニュー共産党ですからね!] ― 基本路線があっての話なんですけれど、一歩踏み出して。いろいろ苦労は、お話しできないこともあるんですけど。前に進む中で、いろいろ化学変化は起こっているなあと思いますよね。市民との共闘というということで広げていきたいと思っています。