大平 喜信
oohira
第178回
2016年04月13日 放送

日本共産党 大平 喜信 衆議院議員

お父様はタクシーの運転手さん、お母様は地元広島でお好み焼き屋さんというご家庭に育った大平議員。
お店でお手伝いなどをする中、多くの大人たちの会話の中で育ちました。

大学時代はパンクロックに熱いメッセージを乗せて路上ライブなども。

卒業後は、日本共産党の職員となり「われら高校生」の編集長として活躍。

「われら高校生」は現在休刊という事ですが、選挙権が18歳に引き下げられるこれから再び必要とされる読み物なのでは?

スタジオからの質問で、「共産党の名前の変更について」「選挙の野党共闘について」の質問などにもお答えいただきました。

必見です!

 

(動画より文字起こし)

共産党 衆議院(比例中国ブロック) 1期目(2016年4月13日収録)

[お名前が自民党っぽいですね。歴代首相のお名前で] ― そうですね。大平首相がいたみたいですね。あまり存じ上げないんですけど。[思想信条はちょっと違うかもしれませんね] ― はい。[共産党の方に出演して頂いて五人目ですね] ― お~、切りがいいですね。今日はお招き頂いて有難うございます。[去年は公明党の方が出演して下さるようになって、まだまだ共産党には遠いところだと思ったところに、去年、清水忠史さんから共産党政権が「みわちゃんねる」の中で始まりまして光栄の至りです] ― 2014年の12月、今から一年と四か月前の衆議院選挙で、共産党は8議席しかなかったのが21議席に。2.6倍になりまして、私も初めてそこで当選させて頂いて。ですから呼ばれる幅もちょっと広がったのかなという。[じゃあ議会でも、ちょっと大きいな顔が出来ますよね。今までは少数派の少数派と言ったらなんですけどね] ― 少数派の意見も尊重せよ!ということを言いながらね。[でも、なかなか声が届かないみたいなね、悔しい思いをずっとされて] ― 質問時間も伸びて、テレビ出る機会も増えてね、こういうことも含めてね。[やっと「みわちゃんねる」も認められた感じがします] ― いえいえ、こちらこそ有難うございます。[毎日、緊張して新聞を読んでおります。書記局長も変わられたという、一般紙に出ていましたよね] ― 昨日の話です。よくご存じで。[どなたがどなたに変わられたのですか?] ― 元々二年前から、山下芳生参議院議員が書記局長なられて、二年間やってきていたんですけど、昨日共産党の中央委員会総会というのをしまして、そこで参議院議員の小池明さん、テレビではお馴染みだと思うんですけど。政策委員長をされていた方なんですけども、この方が新たに書記局長に交代するということで。[健康上の理由だそうですね。どこかお悪いんですか?] ― 元々、持病で肝臓の方に病気を持っていて、病気と付き合いながらやって来たんですけれど、書記局長の任務は激務で。[みんなで支えあって運営している共産党でも、書記局長というのは重圧なんですか?] ― やっぱり重責ですから。具合を悪くして、ドクターストップということで今回、交代することになりました。[共産党ガールズが二人続きましたね。そして共産党ボーイズ] ― (笑) [一番若いんですって?] ― 男性の中ではそうですね。(笑) 38歳になりました。[38歳で共産党の代議士がいる時代が来ると思いましたか?今までそんなに若い方はいらっしゃらなかったですよね] ― 確か2014年の前までは50代とかが一番若いということでね。[共産党も変わりましたね~] ― 30代、40代がたくさん増えまして。[共産党ガールズがいるぐらいですものね。素晴らしい、お友達にもなりたい、おしゃれも語れる政治も語れる普通の感じで。隔たりがなくなっていますね] ― 有難うございます。

●幸せ度数年表(クリックで拡大)

CIMG5928

 

 

 

 

 

 

 

 

[このようなグラフ線は初めてですね。1978年、広島生まれということですね。大平家の次男として誕生ということで。ご実家はどんなお家だったんですか?] ― 広島といえば、佐野さん何を連想されるでしょうか?[私、調べてきたので分かるんですけど。お好み焼き屋さんのご子息として] ― そうなんです。広島といえばお好み焼き。(笑) 食べたことありますか?[市議会議員時代に広島に視察に行って、一人で食べまた。(笑) おたふくソースがかかっていて] ― そうです!広島の街にはひと集落ごとにというか、道路をひとつ曲がれば一軒、またひとつ曲がれば一軒。おばちゃんが一人でやっているようなお好み焼き屋さんがあちこちにあったんですね。[観光客が行く屋台村のようなところではなくて、街角にある] ― 普通にみんなが住んでいる所に必ず一軒あるという、そのひとつが我が家です。家の母親がひとりで焼いていて。一人でやっていますから、十人も座れば満席になるような小さなお店で。家は男兄弟が二人で、ひとりでやっているものですからね、自宅と店がつながっている店だったんだけれども。夕方ぐらいになるとキャベツがきれる、そばが無くなる、それでお客さんを帰す訳にもいかないものだから、小学校から帰って来て夕方、「喜信、キャベツ買って来て」というのが二日にいっぺん。千円札を渡されて裏にあるスーパーに行って。(笑) いつもブツブツ言いながら、そういう買い物をしながら育ったという。(笑) [お父様はどういうお仕事をしていらしたんですか?] ― 父親はタクシーの乗務員をしておりまして。[それではタクシーの規制緩和とかいろいろな問題が起きると人ごとじゃないですよね] ― 今は辞めて旅館が持っている送迎バスの専用ドライバーとしてやっているんですけどね。[お母様は今もお好み焼き屋さんを?] ― 今はもう止めました。67歳にもなるので。[残念ですね、そういう古き良きお店がなくなるのは。何という名前のお店だったんですか?] ― 「お好み焼き屋 ふみ」といって、長男がふみとしという名前なので、それを取って。近所からご愛顧頂いて、有難いことにいつも繁盛させて頂いて。店が無くなる時には、近所の人たちには残念がられて。[あんなに安く美味しく食べられたのにと] ― そうそう、(笑) その家は引き払って実家は引っ越しているんだけど、普通の家にある訳がない鉄板をベランダに持って来て、一年で何回か仲間たちや友人を呼んで、お好みパーティーをしています。[共産党員ということですので、いつから入党されたのですか?] ― 18歳、広島大学に入学をしたんですが、入学とともにというタイミングですよね。[きっかけは?] ― 母親が共産党員でして、共産党は支部というのを作って、支部の集まりを定期的にやるんですけれど。店に丁度いい広さがあって、たまにご飯なんかも食べれるものですから、その集まりを我が家でやっていたんですね。[凄い所ですね!] ― 家の母親は地域の責任者みたいなものを一時期やっていたものですから。近所の党員さんが集まる場で、僕や兄のことも良く知っているものですから。[いいお兄さん、お姉さんがみんな共産党員だったということですね] ― おじさん、おばさん、おじいちゃん、おばあちゃん。(笑) [そういうものですよね。ビートルズを聴いて育ったらビートルズが好きですものね] ― そういう近所のおじちゃん、おばちゃんから「18歳になったのだから、これから社会の事も勉強しなきゃいけんで」ということで。[そういうことでするっと、何の迷いも無く] ― いえ、ちょっと迷いはありましたけどね。[そして「われら高校生」の編集長をされていたんですよね] ― よくご存じですね~![「われら高校生」をご存知の方、いらっしゃいますか?(客席に向かって)] ― 知らないですよねえ。[凄く、共産党の匂いがするんですけれど] ― 本当ですよね~。われらと言っているのも時代を感じますよね。共産党とは違うんですけど、日本民主青年同盟というのがありまして。[民生同盟ですよね、それは知っている方は結構いらっしゃると思います] ― その民生同盟の高校生向けの新聞だった訳ですね。そこに私は大学卒業後、入社というか、民生同盟に入ったんですよね。[お給料、安そうすね~] ― そうですね。そんなのもあって広島で活動して、「われら高校生」を作るのは本部ですから東京に移住をして。その時に狛江市に4年間住んでいて。[「われら高校生」という雑誌はどれぐらい作られるんですか?] ― 当時で3千部ですか。[今はどれぐらいですか?] ― 今は廃刊になっちゃったんです。[廃刊ですか!これから選挙権が引き下げられる訳ですから、今こそ「われら高校生」が] ― おっしゃる通りで。[今こそですよね。共産党の得意分野だった訳じゃないですか。若い人たちを育てるというのは。残念ですね、それはね。失われた十何年みないな感じで。復刻版とか見てみたいですね。贅沢は敵だとか書いてあるんですか?] ― そんなの、(笑) それはない。(笑) [共産党というとそういうイメージがね] ― いえいえ、冒頭に申し上げたような、おしゃれな話とか、学校生活の勉強の話とか。[赤旗祭りに行けば彼氏が見つかるよとか] ― (笑) それもそうだけど。学校でも見つかります。[そして日本共産党職員になった訳ですね。そして結婚もされて] ― 2002年に若干24歳で。[24歳で結婚されたんですか。お子さんは何歳ですか?] ― 今年、中学生です。[そんなに大きいんですか!もちろん、党員同士で結婚されているんですよね。どこで知り合われたのですか?] ― それはね、民生同盟でいろんな活動をする中で。[そして初当選ということなのですが、どういう経緯で出馬のお話があったんですか?] ― 3回目になるんですけど、最初に出たのは2010年の参議院選挙。[じゃあ、2回落選されているんですか。まだまだですね。この前の出演の斉藤和子議員も、本村伸子議員も4回ぐらい落選されていたんですよね。共産党じゃないと、これぐらい落選したら心が折れちゃうという話をずっとしているんです] ― 2回なんかじゃまだまだ、落ちた内にならないですね。3回目、2014年の総選挙で比例中国ブロックから初当選しました。[共産党が議席を伸ばした時なので、2000年以来の議席で] ― 中国ブロックでいいますと、14年ぶり。[共産党はそういう波がありますよね。政党政治の声が高い時は共産党はフューチャーされますよね。出馬の経緯はどなたから言われるものなのですか?] ― それは中央の本部のしかるべき方から、ちょっとお話がということで。[公明党さんにも必ず同じ質問をさせて頂いたんですけど、公明党の場合は隠すんですよ。誰から言われたというのを。共産党さんの場合は球数が必要なので、オープンにされているみたいですね] ― 私の時は今副委員長をされている、市田忠義さんが広島に来られて。特に2014年の時の戦いは絶対に中国ブロックで今度こそ議席を獲得するんだというので。[やはり広島ですので、普通の地域と違う特異性が。世界でもまれな地域ですからね] ― そうなんです。中国ブロックでは14年ぶりですけど、実は広島出身の衆議院議員というのは初めて持つことになったんです。[バリバリの共産党員に見えますけど、大学時代は路上ライブとか、そういうこともやられていたんですって?] ― そうです。パンクロックが僕は大好きで。ザ・ブルーハーツとかがまさに世代かな、中学校の時に胸打たれて。[自民党の腐ったブタ!とか?] ― そうそう、そんなような。「戦闘機はいらねえんだ!」とかね。そういうのを聴いて。[愛だ、恋だは歌わないんですね] ― 愛だ、恋だも多少。(笑)「今の社会、おかしいんじゃねえか!」というのは確かに。[フォークなんかじゃないんですね。もっと過激な旋律なんですね。今もたまにやっているんですか?] ― 今はやらないですね、もうね。ギターは押し入れに眠っていますね。

 

●最近の政治トピックス

[広島の写真もありますが、(大平議員の後ろに飾られた原爆ドームの写真を指して)「子育て安心の社会を」「返金なしの奨学金を」「学費は値下げを」(貼られたポスター指して)そして志位さん] ― これは最近、新しく出来たポスターです。これ手話で意味があるんですよ。「ぜひ」という。[ぜひ、共産党へという] ― 「力をあわせ、未来をひらく」[また言いますけど、志位さん、実際に会うとカッコイイですよね。180センチ身長があって] ― 大きいんですよ。また言いますって、いつも言っているんですか?[前回から。前回からこのポスターが貼られるようになって] ― 志位さんにお会いされたことあるんですか?[街角でとか、永田町で。あー、背が高いと。共産党さんはいろいろキャッチーなことを今やられていますよね。ブラックバイト然り、保育所問題、待機児童問題。大平議員のキャッチフレーズがですね、「アツく、やさしく若者が希望を持てる社会へ」共産党の一般的なイメージは、若者はジャパニーズドリームを持って働いたりすると、潰されるんじゃないかという。私たちは平均して出る杭は打たれるじゃないでけれども、あんまり働かず国からのお金をあてにして生きていけばいいんじゃないかと。イメージを勝手に持っちゃうんですよね] ― 本当!?[これ、間違えていますよね。どう違うかを言って下さい。共産党というと、ガツガツ働いたりするとそれは資本主義の権化だということで、排除されてしまうんじゃないかなという、勝手なイメージがあるんですけど、違いますか?] ― 今のことを誤解だとひとつ言うのであれば、ガツガツ働きたい人は働いたらいいんですよ。[いいんですか。共産党を支持していてもいいんですか] ― もちろん、もちろん。[潰されませんか、大丈夫ですか?]  ― 潰されないです。むしろ、国民一人一人の願いが最低限実現されるような後押しを、政治はしていかないといんじゃないかというのが基本スタンスでね。みんなが何もせずに国のお世話になろうという意味じゃなくて、みんなが自分の願いをこの社会で果たしていける。仕事にしても、いろいろな活動にしても何でもね。そのために最低限必要な給与だったり、あるいは学びたいという人達がきちんと学んでいけるような教育費支援の制度を作ろうとか。というのが基本スタンス。[やっぱり、誤解を起こしているということですか] ― そうです。[ブラックバイトなんか見ていると、俺たち働かなくていいんだ、みたいな誤解を生んでしまうんじゃないかと思ってしまうんですよね。確かにお亡くなりになったバイトの方もいますし、不当な条件で雇っている事業主さんもいらっしゃるとは思うんですけども、あまりにもブラックバイトという言葉が横行してしまうと、若い人の働く意欲が無くなってしまうんじゃないかという心配が勝手にあるんですけど、違いますか?] ― ブラックバイトって学生たちが多いんですけど。学生たちは学生生活や学業が本業ということで、しかも学業をするために学費が高かったり生活費がもの凄くかかる。親の仕送りも少ないということがあるものですから、バイトをしないといけないという関係があったりする。私が学生の時、当時でいえば、その仕事が回っていく中できちんと正社員達がいて、社会人のパートの方がいて、学生のバイトなんていうのは補助的でポートみたいな仕事で。私もバイトしていましたけれど、中華料理屋で。飲食系に行っていましたね、夜ご飯が食べられるので、貧乏学生だったので。(笑) 今では店長に代わるようなことまで、そんな責任のある仕事まで学生のバイトがさせられているものですから、しかも薄給で。[昔は店長になったよ、と自慢する感じだったと思うんです。それはまた違いますか?] ― シフトを組まなければいけない立場になったりして。シフトに穴が空いたら自分が入らなければいけないとこまで担わされて、テストがあるけど休めないまでなってしまうのはちょっと違う。あまりにも酷いんじゃないかと。そこは正社員をきちんと配置してやるべきじゃないかというのが主張なんですけどね。[みなさん真面目だから、重圧に押しつぶされてしまう学生が増えたということで共産党が声を上げたという] ― そうですね。[あとはどんな政策を中心にやられてらっしゃるのですか?] ― 私は文部科学委員会に所属しているんです。教育行政に関わる問題を。そこでも質問をしたんですけれど、18歳選挙権がこの夏の選挙から始まるということで、参議院選挙から始まる。それに伴ってという形で、文科省がね、高校生に対して政治活動についてこうやるべきだという通知を出したんですね。その内容があまりに酷くて。18歳に投票年齢が引き下げられたということは、高校生の中に有権者がいることになる訳ですよね。そうなってもならなくても、私たちは学校で政治教育、主権者教育というのをやらなければならないし、いろんな形で政治活動に関わるというのは大いに憲法上の権利としてやったらいいという立場なんですけど。文科省はね、学業に支障があってはならないので、高校生の18歳の政治活動への参加は制限するべきだという内容の通知を校長に出したんですね。これはいかがなものかということで、校内での活動はもとより、休みの日の校外での活動、国会前行動もそうなんですけど、若い人たちがたくさん集まる渋谷駅前でデモをすることもありました。休みの日に校外での政治活動に参加するということが学業に支障があると認められれば、出来ませんということにする。それを把握するために、事前に休みの日に政治活動に参加する場合は学校に、担任に届け出をしなければならないということを校則に書き込むということまで出ているものですから、それはいかがなものかということを取り上げてやったんですね。こんな通知は直ちに撤回せよというのをね、やった訳です。だってね、家族四人で日曜日、買い物に行きますと。買い物の帰り道、駅前で安倍首相が街頭演説をやっていましたと。お父さん、お母さんはちょっと聞いていこうかということで立ち止まって聞く。大学生のお兄ちゃんも聞いてみようかなということで聞く。しかし、高校生の次男はこれは学校に届けていないと、街頭演説なんていうのは政治活動そのものですから、そこに参加するというのは未届けだから、僕は耳をふさいでその場から足早に帰っていかないといけないのかと聞いた訳ですよ。そうしたら否定出来なかった。校長がそうだと判断すればそうなる、そういうことですよね。[もしそれが、処罰と言うか、いけないということになったら、学校から注意がいくということになるんですか?] ― そういうことですね。校長先生から校則違反だと注意がいっちゃう。これは若い世代の政治参加を広げていこうと言っている時なのに、活動の萎縮にもなっちゃう。[馳文部科学大臣名前で来たということですね] ― 初等中等教育局長の名前で来ました。[このままだったら、安倍さんの街頭演説はいいけど、志位さんはだめとかね] ― とんでもないです!今のは安倍さんのもだめという話ですから。自民党も一緒になって、こんな通知はおかしいでしょ!?とやらなければだめな話ですよ。安倍首相どころか、あなた方みんなの街頭演説に関わる問題ですよと。[それを自民党はそのまま見過ごしている、共産党だけは声を荒げていると] ― 馳大臣に自民党の入党年齢は何歳か、委員会で聞いたんです。そうしたら答えられなかったのにもビックリしたんですけど、「18歳らしいです」と。ということは18歳、高校三年生が自民党に入りたいと思ったら入れるんですよね。でも、この通知と届け出制が出来てしまうことによって、政党に入るという行為はこれ以上ない政治活動そのものですから。当然、自民党に入党する前に、当然学校に届け出をしないといけないんですか?と聞いた訳です。そうしたら、やっぱり、もごもごになって、「でも校長の判断でそうだとすればそうです」ということになる訳ですよね。こんなことが許されていいのでしょうか?[それは自民党はそれでいいという見解ですね。もっとしめた方が、細かく聞いた方がいいですね。高校生も気の毒です] ― おっしゃる通り。[見識を深めようと思って、安倍さんの演説も聞きたいし、志位さんの演説も聞きたい。いろんな人の演説を聞きたいと思っている時に] ― こんな通知が出てしまうというと、ちょっとやめておこうかということになる訳ですよ。[その通達がちょっと間違えていますよね] ― そうだと思います。[「われら高校生」を復活するしかないですよ] ― (笑) それで知らせていくと。頑張りたいと思います。最近の話題としてはやらせて頂いたところです。[それは本当に「われら高校生」の編集長としては立ち上がるべきですよ、本当に] ― そうですね、高校生たちのいろいろな声も聞いてきたし。[国会議員の中で若い人の一番近い立場にいつ方ですので。高校生のためにも、可哀そうですものね、彼らがね。いろいろなことを知りたいという人がいますから、その受け皿をね] ― 知りたいことを知れる仕組みを作らないと。[私、いつも言っているんですけど、小さい時は共産党員が好きだったんです。大人になると変わってきちゃうんですよね。あの優しさが面倒くさくなってきちゃうんです。小さい時にあの先生、優しかった、あの大人の人優しかったというのはだいたい共産党員だったんです。今、思うと] ― 僕も同じかもしれない。[それが大人になると、自分も変わって行く、周りも変わっていく。良くないですね、心が汚れていますね。(笑) あの共産党の先生、優しかったと思えた時に戻りたいですね] ― ぜひぜひ、今からでも。(笑) [いろいろなことを考えちゃってね。やっぱり安倍さんだよ、なんて。そういうのは良くないですね] ― 共産党がもっと大きくなって、もっとみなさんに知って頂いて。もっと誤解なんかも溶けていくと、そんな気持ちも。[ニコ生にコメントが来ています。「われら高校生」って何ですか?と来てますよ。説明した方がいいんじゃないんですか。まだ聞いていない方が] ― 日本民主青年同盟という全国組織がありまして、民生同盟という。これは結構、有名なんでしょうか。民生同盟が発行していた、高校生向けの週刊新聞でした。今は残念ながら、さっきは廃刊と言ったのですが休刊ですね。一日も早く、復活を。(笑)

●今だから言えるあの日のあの出来事

私、広島に家もありまして、国会議員になってね、東京と広島の往復の日々なんですね。週末に広島に帰り、土日は中国5県を行き来してそして月曜日、東京に上京するという。そんな生活リズム、活動サイクルでやっているんですけれども。広島東京は新幹線で四時間ちょっとですけども、新幹線で行ける一番遠い所と言われているんですね。それ以上行くと、福岡まで行くと飛行機で行った方が早い。広島空港はちょっと田舎にあるもんですから、空路で行っても陸路で行っても、あんまり移動時間が変わらないんです。ですから新幹線に四時間乗って行き来する訳ですね。よく支援者の方に、往復八時間、大変でしょう?と言われるんですけど、実は私、この移動時間が好きでしてね。[一人になれるからでしょうか] ― それもありますかね、小さなパソコンを出して、結構集中して四時間まとまった時間がありますから仕事をしたりとか、落ち着いた静かな環境で本が読めたりとか。国会でバタバタしていたり、地元でバタバタしている中で見ると、大事な静かな落ち着いた時間でね。まだ続きがあるんです。結構、芸能人に会うんですよね。(笑) [奥田民生とか吉田拓郎とかユニコーンとか?] ― よくご存じで。奥田民生さんは広島出身で、奥田民生のお父さんというのは共産党の議員さんだったんです。これはご存知でしたか?[そうなんですか!] ― 奥田民生さんのお父さんは共産党員で市会議員だったか、町会議員だったか、一期なんですけどね。故郷が同じだということに加えて、そんな事情もあるもんですから、余計に親近感が湧いて。[矢沢永吉さんも広島ですよね。共産党員だったんですか?] ― それは知らないですけど。この間、小島よしおさんを新幹線で見かけて、嬉しかったというかね。(笑) [そんな、共産党の代議士の方がね。(笑) 嬉しい物なのですか?(笑) ] ― 嬉しいというか、あっ!ちょっと話題になりなす。[奥さんにラインしてみたり?] ― そうそう、(笑) 写真を撮るのは失礼なので撮りませんけれども。話題としては、今日会ったよ、みたいなことは結構、新幹線の行き来であるかなというのは新鮮ですね。小島よしおさん、服を着ていましたね。裸の小島よしおさんしかテレビでは見ないですから。服を着ている小島よしおさんは新鮮でしたね。[ちょっと共産党のイメージが変わるとコメントが来ていますね。取るに足らない話で良かったです。(笑)] ― (笑) 取るに足らない話しかないんですよ。[そういう、ほんわかしたほっこりした話が、すごく良かったです] ― そうですか。(笑) アツく優しくということで、やらせてもらってます。[自民党はここで先輩を売りますから。中曽根が気にくわなかったとか。(笑) そういうの、好きなんですけど、共産党さんにはそういう話しはして欲しくない。共産党さんには牧歌的な話をして欲しいです] ― 牧歌的な話をしちゃうんですね。あんまり政治家に向いてないですかね。[そんなことないです!「われら高校生」の編集長、これからの鍵を握っている方だと思うので。共産党員の若手を束ねていく。だって、一番若いですしね、男性の中で]

 

Q1;今政府に1000兆円の借金があって、与党も野党も耳障りのいいバラマキ政策ばかり

をやっていては、日本は沈没してしまうと思うんですね。財源とか成長戦略、そういうところを共産党の政策もしくは大平議員のお考えをお伺いしたいと思います。

 

大平議員;社会保障や教育の問題だったり、どちらかというとどのように税金を使うかと

話なんだと思うんですよね。それだけ国民生活が深刻になっているということの反映でもあるかなと。おっしゃられるようように私たちも何といっても税収を増やしていくために、落ち込んでいる景気を回復させて税収が入ってくるような循環を作っていかなければいけないというのを、私たちものもすごく大事な政策として訴えていっている所です。第二次安倍政権になって3年間、なかなか給料が増えないと、むしろマイナスだと。年金なんかも減らされ続けている。そこに消費税が8パーセントになり、10パーセントになると言われていて。物価の値上げ、生活必需品が高くなることもあるものですから、むしろ3年間ちょっとでアベノミクス不況になっていると思う訳ですね。今こそアベノミクスがやってきたことを転換させなければならないということで、なんと言っても労働者の給料を増やさなければいけないと思っていまして。そのためには鍵を握るのは、大企業が抱えている内部留保。これが300兆円とも言われる額であると。空前の利益も上げているという中で、これをやっぱり吐き出させて労働者に還元していく、あるいは中小企業に還元していく政策をとりながら、労働者の手取りを増やしていくことに全力を尽くさなければならないと思うんですね。それをやる中で政策としても最低賃金をまず全国どこでも直ちに1000円にし、1500円を目指すということも打ち出しているところです。これは政府の政策判断で出来ますから。こういうこともやりながら、賃金の底上げを図っていき、そういう好循環を作っていくということが大きい柱として訴えているところです。

Q1;私は小さいながらも会社を経営していますが、給料はどうしても経営判断でせざる負

えないところであると思うんですよね。最低給料というのは人権の問題にもなってきますからある程度は決める必要はあると思うのですが、政府が民間に対して給料をそこまで決めると言うのは、だんだん国家社会主義的な感じになってきてしまうと思うんですね。その辺の考え方はいかがですか。あまりにも民間に対して統制経済じゃないけど、あるような気がして。

大平議員;大きい思想というところで言いますとね、企業のみなさんとも腹を割ってと言いますか、対話をしていきたいなと思う訳ですけれども、私は内部留保を活用して労働者、中小企業に還元していくということは、企業のみなさんも今後も日本の中で需要を生み出し、企業が健全に儲けていくというかね、そのためにも私はどうしても必要だと思う訳ですね。どの程度、政府、国がものを言うかは議論があると思うんですけど。今の道を進んでいては、法人税減税が結局、内部留保に積み上がっていくということになるだけにしかならない。こういうことを続けていれば、やっぱり企業のみなさんが健全にこれからも発展していくということにとっても、私はマイナスなんじゃないかなと思うものですから。そこは統制をしていくというよりも、日本全体が好循環が起き、企業も健全に発展していく、労働者、その家族も安心して生活をしていけることになっていくためにも、そういう道が必要ではないですかという問題提起として、対話をしながら。いろいろな経営判断というお話もありましたので、そういう事もお聞かせ頂きながらどの辺が頃合いつくところかということも含めて、対話と言う姿勢でやっていきたいというのが、今、私自身の思いでしょうか。

 

[パナマ文書とかタックスヘイブンとかは許せないですよね。(笑) 対極の世界ですね。あれは凄いことですよね、見てみたいですね。あの人もこの人も結局同じねみたいな、税金を払いたくないのね、みたいな]

 

大平議員;税金と言うのはお金がある所から応分の負担をして頂こうと言うのが税金制度

そのものの原則でもありますから。私たちもその立場で、税金の集め方と言うのはお金がある所からその能力に応じて払ってもらおうというのが、基本的な考え方でやっていきたいと思うんですよね。

 

Q2;時間が無いので一番聞きたいところから。共産党という名前を変えませんか?共産党

という響きがね、中国といえば、人民服を着て自転車でみんなが同じ所に向かって

働きに行っている。ロシアでいえば、軍服を着て戦争訓練をやっている、北朝鮮と同じ方向に行こうじゃないかというイメージが、そのネーミングに常に付きまとっているような気が私なんかはするんですよね。若い大平先生のアイディアで、その名前をもっと若い人たちが「いいじゃん!」という名前にするだけで議席は飛躍的に増えるんじゃないかなという気がしますね。おっしゃっていることは素晴らしいことだと思うんですけど、日本共産党の灰色のイメージがちょっと。変えたらどうですか?議論していないんですか?というのが一点。もう一点、これは先生の個人に関わることですけど、末は大臣とうことがあるとすれば、先生は何大臣が、どんな担当をやってみたいですか?

大平議員;あの、二つ目のほうから、地方創生大臣です。中国地方というのは過疎という言葉が発祥の地が島根県のある町で。今話題になっている限界集落の問題とかの指標を見ても、一番切実な数値になっているのが、実は中国地方の山口県のあそことか、鳥取県のあそことか、そんな地域なんですね、中国地方は。そういう地域だからこそ、何とかしようと、限界なんて言わせないと。若者たちの移住を勝ち取って大いに若者たちの夢が実現できる町にするぞという、いろいろな開拓精神やアイディアやいろんな挑戦がすでに、これも全国の中で先進的に生まれ始めているのも実は中国地方だと私は思っていて。深刻な問題を抱えているだけに、突破しようとチャレンジ精神やいろいろなアイディアが詰まっているのも中国地方だなと。この一年半、中国地方を巡る中で感じて。一方で田舎みたいな風景とか、残って欲しいなあという気持ちがあるのと、同時に若者たちが大いにチャレンジ精神で乗り込んで来て、いろんな新しい開拓をしているというのも、とっても夢が溢れていて素敵だなと。A級グルメとかをやろうとしているんですよね、とってもご飯が美味しかったり。そんな両方に心を動かされたものですから、そういう取り組みを応援したいという気持ちが元にあったものですからね、何大臣をするかと言われれば、それが自分の願いに合っている気がします。

一つ目の質問が共産党は党名を変えないのか?ですけれども、今日のメッセージの中にもいくつか寄せて頂いたのでしょうか。今、共産党に対するイメージが変わったと結構、あちこちで言って頂くんですね。今日も佐野さんからも言って頂けたかと思うんですけど。さっき18歳、若者たちの票をという話しもありましたけれど、若者たちと話してどうなんでしょうか。共産党と言う言葉から来るイメージを、偏見などを実は若い世代になっていけばいく程、薄れていっているのかなあ。どんなことをやっているのか、どんな人間なのかという所に重きが置かれて見られているのかなあという印象もあるものですから。これからの時代は共産党だろうが何だろうが、中身と人間で勝負するぞという方の気持ちの方が私自身で言うと大きく持っているものですから、そういう意見にくみせずにやっていきたいという決意が大木で。変えた方がいいというご意見は善意の意見として受け止めさせて頂いきながら、しかしこの名前に誇りもあるものですからね。歴史も持っているものですから、そこは私たち大事にしたと思っていまして。むしろ努力方向として、こういう場面にも大いに出させて頂いて中身を知って頂いて。今日もいろいろ寄せて頂いた誤解も一個、一個解いていく、そんな努力も若い国会議員の先頭に立って頑張りたいという風に思っております。

 

Q3;選挙協力についてですけれども、共産党を私ら子供の頃から見ていて、無理でしょうとう所でも全部、立候補を立てて。こいつさえ出なければ、こいつが通ったんじゃないかみたいなことが枚挙にいとまがないような気がするんですよ。それでも何らかの事情で共産党は立つのを止めませんでしたと。この理由はなんだったんでしょう?なんで全地方で立候補者を出したのか。これが質問です。

 

大平議員;なんで出したか?それは共産党の議席をどこでも獲得するために。やっぱり私たちは今、数ある政党の中で、私たちが主張していることこそ国民に求められ、政治に反映すべき内容だという風に思っていましたから。やっぱりその時は組める政党は無いという判断をしていたものですから。であれば出して、当選に全力を尽くすということでやってきたというのがこれまでの経過です。

Q3:全国の党員からの党費で選挙活動なり、党の維持費をやっているとうことですか?

大平議員;党費と、私たちが出している新聞、赤旗を中心とする事業活動、そして個人献金、カンパ、この三つが財源です。

Q3:そうすると今度、鳥取で共産党は出ないと、共産党は選挙協力のため自党の候補を

立てませんよとなった場合は、ここのエリアの党員さんは悲しみますよね。

大平議員;それはもう現在進行形でやっていることでして、参議院選挙の定数1の選挙区は32あるんですけど、すべてで安保法制の廃止、一昨年の閣議決定の撤回で野党統一候補を出そうと、すでに擁立をしていた共産党の公認候補を下ろすということもこの間やっています。そういう政策合意が出来たことを確認して下ろしているものですから、この野党統一候補が私たち共産党にとっても勝利させるべき候補者だということで。共産党としては一致団結してこの人を推そうということでやっているというつもりなんですけどね。

Q3:歴史的な転換だと思うんですけれど、党内はもめなかったんですか?

大平議員;もめませんでした。戸惑いは起きましたけど、議論をして。基本的にみんな大歓迎で、この方向で是非とも安倍政権を打ち倒そうということでみんな一団結しているところです。