宮本 周司
写真
第144回
2015年02月04日 放送

自民党 宮本 周司 参議院議員

全国商工会青年部連合会の会長を経て、自民党から全国比例の参議院に出馬。

みわちゃんねるでも全国比例の議員さんは大変珍しく、興味深くお話をうかがいました。

実家は石川県で明治の初めから続く造り酒屋さん。かなり若い時はやんちゃ系だったそうですが東京に出てきて、アルバイトの配膳会社から元赤坂の明治記念館に派遣され、そこでメキメキと頭角をあらわし配膳会社でもトップスキルにのぼりつめ、明治記念館からは「ぜひとも社員に!」とスカウトされるも断念、実家を手伝うことに。

そして家業をしながら地元の商工会に入会し、そこでも熱心な活動を買われ商工会青年部トップになり、全国商工会の代弁者として平成25年に出馬となりました。

昨年26年には、念願の小規模企業振興基本法が成立。これからも全国の中小零細企業、そして商店街のために「地方創世」の施策を実行するために奔走してくれるでしょう!!

 

(動画より文字おこし)

自民党 全国区 1期目 (2015年2月4日収録時点)

[昨日は節分でしたが] ― 昨日は参議院は禁足がかかっていて。[禁足?禁足をちょっと説明して下さい] ― いつ本会議が入るかわからないと言うことで、基本的にすぐ戻れる距離にいなさいよと、いう状態でございます。[どれぐらいの距離で待機していたんですか?] ― 昨日は議員会館で待機して。[何キロ以内ってありませんでしたっけ?] ― いやもう、呼ばれて5分以内に行けるとこじゃないと、ちょっと厳しいですね。[禁足、スチュワーデスの待機みたいなものですね] ― はい、そうです。[ご地元は石川県ということで、いろいろ持って来て頂きましたけど、簡単に説明して頂けますか] ― 石川県ということで、後ろにポスターを貼らせて頂いたんですけど、今年3月14日北陸新幹線が開業します。[おめでとうございます!] (会場から拍手が起こる)ありがとうございます![ずっと悲願だったんですよね] ― 構想が出たのが50年程前ですから。[50年前!50年かかっているんですか!?] ― はい、かかりました。でも、今回これが通れば、東京駅から金沢駅まで2時間28分、これが最速になりますから。[観光客が増えますよね] ― お陰様で。[森さんって、凄いですよね。まだご存命で。オリンピックも誘致して。なんて強運な人なんですか。支持率だけは悪かったけど] (会場から笑いが起こる)― 今、話題に出た、森喜朗の地元の石川県の能見市、松井秀規選手と同じ地元の石川県からやってきました。今日は参議院議員としてご紹介を頂きましたけど、ここに飾らせて頂きました。(テーブルの上の二本の酒を指さす)中身がなくて申し訳ないんですが。(笑) 造り酒屋なんです。私は今も、宮本酒造店の代表取締役でもあるんですけど。[造り酒屋のぼんなんですね] ― ぼんと言えばいいんですけど、うちは従業員3人だけなんです。みんなで手作りでやっていますので。私は社長業も経理も労務も全部やっている、小規模企業の経営者です。[どれ位続いているんですか?] ― 明治9年創業ですから、1876年創業です。[明治維新すぐですよ!この日本酒はご自宅で作られているお酒] ― そうです。日本酒を作っているお米は、地元の酒蔵に井戸水があるんですけれど、その井戸水と同じ水系の地元の田んぼで全部契約栽培をしていますし。こちらは実は焼酎なんですけど、松井秀規さんとか森さんの自宅の辺りが一番の産地である加賀丸芋、この加賀丸芋の規格が悪い物を使って、唯一無二の焼酎として作れるのが宮本酒造店だけでして、極めて珍しいんですが。なんと、伊勢丹の新宿本店で売っていますので。(会場から拍手が)[凄い、ブランディングじゃないですか!] ― この焼酎は7年ほど前からの展開ですけれど。[丸芋って、最近スーパーに行くと売ってますよね] ― え、売っていますか?これ位の多いさで、まん丸で、皮をむいてすって食べるんですね。天然の自然薯を丸くしたような芋なので、すったものがお箸でそのまま持ち上がるという。とろろにしたい時はすり鉢におだしとか入れて伸ばさないととろろにならないんです。石川県というのは、日本列島の真ん中、背中の部分にちょこんと乗っかっていますけど、山紫水明ですし、四季がメリハリがありますね。春は梅からはじまって桜も綺麗ですし、夏はしっかりと暑いですし、秋の紅葉、そして冬は白い雪化粧。[小京都と呼ばれているんですね] ― 京都に文化は近いですね。伝統も文化も多い都市でございますので。[この春から忙しくなりますね。観光客は増えるは、いろいろ問題がありますよね] ― この新幹線開業に合わせて全国的な植樹祭だとか、いろんな全国大会、全国レベルのイベントがかなり予定されていますね。

 

幸せ度数年表はこちら(クリックで拡大)

第144回宮本周司年表スクリーンショット 2015-02-10 12.59.22

 

 

 

 

 

 

 

[1971年、どちらでお生まれですか?] ― 石川県ですね。[本当に地元なんですね。明治からやっている造り酒屋さんですもんね。ここ遊び過ぎとありますが](幸せ度数年表のグラフの落ち込みを指さし)高校に入学した位から、私の人生は真っ逆さま。[何をしたんですか?] ― それはちょっと言えないですけど。(笑) いや、合法的な遊びです。人様に迷惑もかけていません。[禁酒禁煙の反対?] ― お酒も飲みましたし、ちょっと煙に包まれたりもしましたし。[今もスモーカーなんですか?] ― 僕ですね、選挙に出ようか悩んだ時に、ピタッとやめました。[それまでは激しかったんですか?] ― はい、一日二箱吸うヘビースモーカーで、しかも何年吸っていたかいうとちょっとまずいので。(笑) [遊びって、なんで遊ぶんですか?] ― ギャンブルですね。[えー!] ― パチンコとか麻雀とかですね。[マージャンはちょっと文化的な香りがしますけど、パチンコは高校生が行くと良くない。二十歳位で行ったんですか?] ― そこはコメントを差し控えたいと思います。(笑) [地方であんまり遊ぶと目立つでしょう?] ― そうですね。[近所の暇なおじさん、おばあさん、全部見ていますからね。ああゆう目って本当に凄いですね] ― 怖いんですよ。それで田舎ですからね。わかり易く言うと、出で立ちもビーバップハイスクールのような。[まだヤンキーが生息していたんですね] ― 18歳位に、追い出されるような形で、僕は一回東京に来ているんです。そこでちょっと、ふらふらしながら、一般的よりは少し遅れて大学に入り。ここ戻っているじゃないですか。(幸せ度数年表のグラフが上向いている所を指さし)ここ実はですね、学生というよりはバイト先で改心しまして。信濃町なんです。元赤坂の明治記念館。僕、明治記念館でずっと、配膳をやっていたんです。[配膳という名前が昭和っぽくて、いいですよね] ― 明治記念館は日本初の総合結婚式場ですからね。元々、赤坂御所のお食事処、会議処ですね。[明治記念館は会をやるのも、ステータスですもの] ― ラウンジがあるんですが、そこに金鶏の間というのがありまして、そこが明治憲法が制定された場所なんです。何の宣伝に来ているか、わからないんですけど、今。(笑) [そういう歴史と伝統、大好きですよ。いい所でバイトしましたね。違う場所だったら、こういうことにはならないと思いますよ] (宮本議員の議員バッジを指さして)[明治記念館があったからこそ、いろいろな神のお導きで、ここに来て頂いた感じでしょう] ― チャンスを頂いたと思います。[バイトって、凄いですね。どうして入ったんですか?] ― 大学の先輩がそこにいて、僕はちょうど他の所の配膳に面接に行こうとしていたら、うち、配膳だから、来いと言われて行きまして。[配膳って、パーティーのセッティングとか、片づけですよね] ― そうですね。平日だとパーティーですし。明治記念館は明治神宮とセッティングした形での結婚式場なので、土曜、日曜がメインですし。僕がいた時は大中小あわせて14会場あって、うちの配ぜん会社がそのうちの3部屋を持っていたので。[何という配ぜんの会社ですか?] ― 堀配膳です。[トキワ配膳とか堀配膳とかいろいろあるんですよね] ― 東京配膳、品川配膳、セラン配膳、堀配膳、これで14会場を分けていまして。[地方から出てきた若者がそういう所で勤めるんですよね、頑張るんですね] ― 多い時は一日、三回転しますから、一つの会場で。[女子はね、明治記念館で結婚式を挙げるというのは、憧れでしたよ。中庭があって] ― 今でも夏場はあそこにテーブルとイスが出て、ビヤガーデンならぬ、ビアテラスですね。鶺鴒というビアテラスが。夏場はパーティーとか披露宴が少ないので、2月8月は少ないんですよ。だから、8月はビアテラスの方で働いたり。2月、8月の暇な時期に4配膳合同で、新人を募集するんですね。100人から多い時で200人。トレーナー試験というのがありまして、トレーナー試験に受かったトレーナーだったんですよ、当時。[どういうことを?] ―  知識と技術と礼儀作法と。当時、在籍が500人か600人、4配膳合わせたらいたと思うんですけど、その中でトレーナー試験を受かったのが、4人だけだったんです。その4人で2月、8月の都度、100人、200人の新人さんを一週間から二週間で現場に出られるよに仕上げると。[凄いじゃないですか、やっぱり。今はどうですか!パーティーを主催する方よ!] ― うちはパーティーはやらないので。(笑) [でも、ご自分で主催しなくても、行く方も多いじゃないですか。どれだけ、配膳の方を見る場に行くかということですよね。なってない人もいるでしょう?俺を誰だと思っているんだ!ですよね] ― いえいえ。(笑) [言いたくなるでしょう。今は甘やかされちゃっているから] ― そうですね。上を目指さないんですよね。配膳だけじゃないですけど、マニュアルを貰って、マニュアルの通りにやっておけば、例えばバイト代を貰えるとかお給料が貰えるというということで、高みを目指さない方が多いような気がします。そこでようやくちょっと立ち直りまして。[凄いですね~!この間出演された、中泉松司先生、お掃除の会社に勤めていたそうで、今度は配膳。頑張っていますね、国会議員!] ― そうなんですよ。叩き上げですから。配膳をやって、人間的に立ち直りまして。お陰様で、明治記念館からも就職のお誘いをいろいろな部署から頂いたんですが、ただ家業がこれを作っておりましたので。(テーブルの上の酒瓶を指さす)戻ってこいということになりまして。それで、25歳の時ですかね、ちょっと一回、広島の方で修業をしたりしていたんですが。[お酒作り、経営ということですか?] ― 酒税法とか含めてですね。25歳で会社に戻ったと。[お父様が会社をやってらしたんですか?] ― ちょっと複雑で。親父はいるんですけれど、家の親父は私が遊び始めた頃ですね、辰口町の教育長をやっていまして、当時の町長に民間から引っ張り上げられまして、3年ほど教育長をやって。当時の町長が急逝しまして、助役さんが町長になって、親父が助役になって。それで、特別公務員なので、兼務出来ないので、代表取締役母親が勤めていまして、親父が平の取締役ということで。いちおう会社の経営は親父が指示を出していたんでしょうけど、社長はお袋が。[お父様もお酒一本だけじゃなくて、役所関係に行かれて。まずはどうして教育長になったんですか] ― 本当に家は商売人の家で、過去にいなかったんです。政治の類は。ただ、家の親父が当時の町長さんに将来の後継者にということで、民間から教育長に。と、聞いております。[お父様はお元気ですか?] ― はい、元気で。息子がこういう状態なので、会社の現場で少しお手伝いをして頂いております。[そして、代表取締役に就任したということですね] ―  29歳で代表に就きまして、34.5歳まで非常に商売が厳しい時代に入りまして、ですから一回落ち込んだと。(幸せ度数年表の下降した所を指さし)[どういうふうに厳しいんですか?] ― 継いだ段階で日本酒の消費量は落ちっぱなしで、昭和49年位をピークとしまして、今約40年経って国内の消費量は当時の三分の一以下です。それまで減っています。ただし、メーカーさんの数は二割までは減っていないですからね。特にこの頃は、今も問題になっていますけど、少子化、高齢化のあおりがもろに市場に出てきたといいますか。例えば、若者はお酒を飲まなくなってきた、お年寄りは増えてきているけど、健康等々で、お酒を飲まなくなってきた。この頃、10年位の間で、アルコールの消費量が2割位、落ちているんですよ。日本全体で。ですから、アルコールが落ちた、そして焼酎のブームが来た。日本酒業界にとっては厳しかったです。私、商売をやりながら、商工会がありますよね。企業事業所が入る中小企業の支援団体ですね。昔から市として存在していたところは商工会議所なんです。昔の町村部、群部が商工会。[あー、そうゆうことなんですか~] ― だから、商工会と商工会議所は元々、市だったか、何とか郡かで商工会議所か商工会。これは国が作った支援団体なので。商工会に宮本酒造店として加盟していますので、商工会の会員なんですけど。商工会議所に青年部という組織がありまして、40歳までは青年部にも所属できると。当然、同世代の横のつながりもできますので。世代は違えども、ご地元に戻って商売を継がれるとか、当然ご自分で商売を立ち上げた方もいらっしゃいますので、40名位は先輩後輩、いるような組織でした。[そして、商工会の青年部で頑張るんですね] ― そして、33歳から34歳の頃に地元の辰口町の商工会の青年部長というポジションに就きまして、同時に石川県の商工会青年部連合会の副会長を二年間やって、その後、石川県の商工会青年部連合会の会長と全国組織の副会長をやりまして、そして最後、38歳から40歳の二年間、全国の商工会連合会の会長を。[堀配膳から出世の街道ですよ!凄く頑張ったんだと思いますよ。こういうのって、営利団体じゃないですよね] ― 組織そのものは非営利です。[そうですよね。その中で頑張っていくというのは、地域に対する愛情とか、ボランティア精神とか、自分の商売は二の次と思わざる得ないところがありますよね] ― そうですね。県の会長、全国の会長をやっても給料が出る訳でもないので。ボランティアはボランティアですので。[全国の会長の時は組織に何名ぐらいいらっしゃったんですか?] ― 青年部で全国5万人ぐらいですね。商工会全体での会員さんは、約100万人ですね。当時から女性部組織がありまして、実はあそこにマフラーをしているあの方が全国の女性部の会長なんです。[まー、どうも。違いますよね、そういう方は。小さいお店の組織ですから、横柄には出来ませんしね] ― そうなんです。(笑) [いいオーラがにじみ出ていらっしゃいますよね。素晴らしいですよ] ― 私の母親代わりなんです。[本当のお母さんではないんですよね] ― 違います。(笑) ちょうど、任期満了の時に3.11東日本大震災が起こりまして、ちょうど僕も40歳で青年部も卒業だったんですが、全国の会長をやったということで、相談役の立場で。メンバーが新しく変わると絆が出来上がっていませんので、私が女性部の会長さんと連携してしばらく、震災の復興支援にあたっていたと。それが40歳から41歳にかけてですね。[その頃から国会議員になろうと思っていたんですか?] ― まったく無いです。本当に政治志望じゃないので。[青年会議所の麻生さんみたいなものですね。組織で推されてなったという。その別版みたいに思って頂けたらわかり易いですね。] ― そうですね。[みわちゃんねるは全国区の参議院議員の方に出て頂くのは始めてなんです。お会いできて嬉しいです] ― さんざん石川県の話をしていますけれど、僕、全国比例なんで。(笑) [全国区なんです。みなさんも入れる資格があるという。入れる義務というかね!(笑) 自民党の全国比例とか見ると、誰この人?という人が凄い組織を持っている人が本当に多いじゃないですか。昔で言えば、郵便局とか] ― 基本的にそこなんですよね。職域代表、郵便局の代表とか、建設業界、自衛隊。いろんな職域代表の方が基本的に全国比例の代表ということで。[職域代表ということですね。こういう方はどこの馬の骨じゃない対局の方なんですよね。活動もされているから、票も持っているし、党としては即戦力になるし。直ぐ実務で活躍出来るということが、ベースにあるんでしょうね。初めて見ました、こういう方]

 

●最近の政治トピックス

 

[最近は嫌なニュースが。ISISでしたっけ。同じ世界の中に同じ人種とは思えないですよね。安倍さんも今日の予算委員会の中でお話をされていましたけど、永田町はどういう空気ですか?] ― 政府の交渉事ですから、我々が直接関わることが出来ないにせよ、人質の交換なり、何らかの状態で生きて解放されることを望んではおりましたので、それを信じて見守っているという状態でしたね。ひとつの、望ましくない結末に終わってしまいましたが、やはり日本国として、しっかりと声を発し、その上で政府も含めて一致団結した形で今後引き続き真摯な対応を取っていかなければいけないなあ、というのはありますよね。[国内の問題でもやらなければいけない問題が山積みですから、その気持ちの切り替えが難しいですよね、国会議員の方もね。よく、地元のお祭りと中央の仕事と言いますけど、その切り替えが大変だと思いますね。政策について伺いたいのですけど、ずっと商工会をやられていたということで、小規模企業振興基本法が可決されたと聞きましたが] ― はい、昨年6月です。[それを作るために、まずは国会に入った訳ですよね。凄いじゃないですか!] ― 有難うございます。(宮本議員、深々と頭を下げる)(会場から拍手が起こる)[凄いですよね、みなさんが目標に掲げたことが、バッチを付けられて一年足らずで通ってしまうということは] ― 当然、新人議員が一年で作れる法律じゃないので、先輩の議員の方々がいらっしゃいますし。[まず議連を作ったんですか?] ― 議連は商工会青年部出身の先輩で、各都道府県から出ている参議院の先輩が二人、熊本選出の松村祥史先生と岐阜県選出の渡辺猛之先生。[二人しかいらっしゃらないんですね。私、もっといると思ったんですけど。小規模企業振興基本法というのは、どういう法律なんですか] ― 簡単に言うと、今から51年前に中小企業基本法というのが出来たんですね。51年前、昭和38年です。中小企業というと小さい企業をイメージする方が多いと思うんですね。今日本には法人、個人問わず、小さい所から大きい所まで全部で386万社あるんです。386万事業社のうちの大企業はたった、1万社なんですよ。[大企業は上場企業ですか?] ― 上場企業の縛りではないです。関係なくです。残り385万社が全部、中小企業なんです。定義とすると、資本金3億円以下、または従業員数300人以下。[それが中小企業の定義なんですね] ― だから、個人で一人でやっていても300人いても中小企業なんです。100人、200人、300人いれば、地方では大企業です。その中でも、従業員数が20名以下、法人、個人問わず、従業員が20名以下を小規模企業という定義付けがあるんですが。この小規模企業が385万中小企業があるうちの334万いるんですよ。20人規模のところも、300人のところも同じ中小企業基本法という法律でくくられていますし、政策がやはり一つしか作れないので、小さい企業にとって、あまり効果が発生しない、偏った経済政策が続いていましたので、中規模と小規模を分けようと。分けるには根拠法が必要なので、その理念となる、小規模企業基本法を作ろうということで、経済産業分野では戦後、二本目の基本法。一本目が昭和38年の中小企業基本法なんですが、戦後二本目の経済産業分野での基本法として、昨年制定できたのが小規模企業振興基本法なんです。[これから私達にメリットがあるんですか?] ― 今すでに、具現化、実現化しているんですが、小規模企業に特化した政策が作れるようになったんです。[政策を分けてやっと作れるようになった。これからですね] ― 法治国家、日本なので根拠となる法律がないと政策を立ち上げることが出来ない。ですから小規模企業に特化した政策、たとえば補助金政策であったろ、支援政策であったり、もしくは税制の改正であったり。小規模企業に特化をする根拠となる基本法が今までなかったので、ようやくこれが出来るようになったんです。ですから、昨年からいろいろな小規模企業向けの応援の政策を実現してきていますので、ちょうど今、地方創生の流れじゃないですか。地方、地域の経済を作って、守っているのは多くの中小、特に小規模企業ですので、これからいろんな小規模企業の努力をお支えをし、力強く応援をする、そんなものをこれから作っていかなければいけないので、まだまだやることがたくさんあるんですね。[これからですね。小規模企業がどんなメリットになるのかなあ。細かい法律が出来る事によって、どんなメリットがあるんですか?] ― これまでの中小企業の応援政策だと、海外に進出するのを応援しますとか、全国に展開するのを応援しますよとか、大きいハードルの高い支援だったんで。でも、地域に密着した小規模企業の場合は隣町に販路を広げるとか、隣の県に販路を広げる、これでも大きな挑戦なんです。ここをしっかり応援できる政策というのがこれまで少なかったので。ですから、程度を分けるといいますか。大企業、身体の大きい大企業にはちゃんと、Lサイズの政策があった、中規模企業にはちゃんとMサイズの政策があった、でも小規模企業用のSサイズの政策がなかった、こんなイメージですね。Sサイズ、身体にあった、ジャストフィットの政策をどんどん、どんどん作っていくことが出来る環境になったということですね。[これから、地方創生が、地方に任すということでやられるんですけど、上手くいくんでしょうかね~] ― 上手くいきます。[20年前はTMOとかいう政策があって、失敗したんですよね。失敗したというか、多少のバラマキで終わってしまったということで。石川県なんかはちょうどいいものがあるのでやり易いんですけど。(後の北陸新幹線のポスターを指して)でも全国区ですからね、いろんな都道府県をみていかなくちゃいけないということですよね。またバラマキで終わっちゃうじゃないですか?] ― そんなことはないです。大丈夫です! [地域主導といっても、疲弊しているところはお上から取ってやろうで終わっちゃうんじゃないんですか?] ― 今回誤解されている人が多いと思うんですけれど、地方の経済を良くすることが地方創生ではないので。[違うんですか?] ― 街作り、人作り、仕事作りを通して、今の人口減少に歯止めをかけて、50年後に総人口、1億人ぐらいをキープできるように、今の高齢化社会でも各地域、地方で順応してというとこですね。[これは大変ですよね。50年後ですから、私達が確認できるかどうか。こういうのって、じわじわくるものだから。バラマキと違って、1万円貰ったからいいというものではないので、大変ですよね] ― UターンもJターンも含めて、地方地域に入る。そこで就職をする。当然就職をするためには、雇用の機会を作る企業も必要ですし。ですからやっぱり、時間がかかる話ではありますが、短期、中期、長期の目標をちゃんと設定したうえで、民間も行政も一体となった取り組みが期待されますし、それが無い限りは地方創生も実現できないと思いますから。[かと言って、成果が見えないからやらなくていいという、話ではないし。国民は早く、早くというでしょうし。頑張ってくださいね] ― はい、頑張ります![ということで、小規模企業振興基本法ということで覚えていただければいいかと思います]

 

●今だから言えるあの日のあの出来事

ちょうど41歳くらいのときですね。震災の対応がちょっと落ち着いた頃に、当時自民党は野に下っておりましたので、違う政党が政権政党としてご活躍でございましたが、その時に初めて中小企業庁が国民会議を創設したんです。全国の小さな企業の経営者とか、関係の支援団体の人たちを、全国で120から130名のコアメンバーを集めて、小さな企業未来会議という国民議会が初めて作られたんです。そこで約3,4カ月にわたって、中央での会議とか、地方、いろいろな都道府県に行っての地方会議も重ねて、どうやったら地方の小さな企業が元気になるんだろうかと。会議を重ねた上で、一定の答申まで持っていったんでしけれども、私はコアメンバーに選ばれまして、10名ずつ位で二つの特別委員会があったんですが、片方の委員長と片方の委員をやらせて頂きました。本当に真剣に全国を回ってみなさんと議論を重ねて、政権与党がしっかりとやってくれるんだろうと期待して、みんなと共に汗をかいたんですが、最後の取りまとめの資料を見た時に愕然としまして。我々が一生懸命に議論したことが凄く小さい扱いで、一回も議論したことがないことが大きな扱いになって、その取りまとめが出てきたのを見た時に、あー、政治の力って大きいんだなと。当時実はその段階で、商工会の商工政治連盟という組織から全国比例で出てくれとお話は頂いていたんですが。[商工会もそこで誰かを中心にして出さないと、我々の意見が反映されないということで、立ちあがったということですね。それは始めてなんですか?商工会の歴史は長いですよね] ― 10年前に。先程、熊本県選出の松村祥史先生、10年前の比例で初めて出たのが松村先生です。1期6年、全国比例で活躍されたあとに、熊本県の方から出る形をとったので、全国比例は久し振りに私が。[他の方も自民党?] ― はい、自民党。うちの商工議員連盟の組織は自民党議員だけですね。所属は。[その国民会議の案がまったく違ったものだったのは、民主党が決めたんですか、役人が決めているんですか?] ― 僕、さっきから政権与党という表現をしておりますので。(笑) [大丈夫ですよ。ややこしくなっちゃうから(笑)] ― 当時は枝野経産大臣でしたし、まあその辺りでしょうね。元々決まっていた政策があるでしょうけど、我々が国民会議として中央に集まり、地方も駆け回って、商売も置いて、時間を重ねて真剣に議論したことが、反映はされてはいるんですけれど、ちょっと出来上がりがおかしな状態だったので。これだと地方の小さな企業の声が届かないし。我々が一回も議論していない内容のことが、我々にとってもちょっと不本意な内容だったんですね。地方の現地、現場の状況を反映していない内容だったので、その時にはずっとお断りし続けてた選挙に出ろという話ではあったんですが。[断っていたんですか?] ― 断っていました。政治志望者じゃなかったので。(笑) その時に政治の力の大きさを感じましたし。であれば、しっかりとその声を、もしくは思いを政治の世界で実現できる人が政治家になって欲しいなあというのを本気で思いました。ただ、自分は手作りの作り酒屋をやっておりましたので、いろんな悩みはあったんですが、僕、今でも政治家にはなったんですが、政治家になるのが目的じゃなくて、これまでは商工会という組織を通して、地域を元気にしよう、各地域を元気にしようという思いでやっておりましたので、その実現手段が政治だということで、自分の中で割り切ることが出来たので、挑戦しようと思いました。[みわちゃんねるに商工会の仲間が来てくれる、というのが本物ですよね。たいてこういうのは口だけでねえ] (会場から笑いが起こる)[本当にふれあいがあるんなって、端々で思いますね。ちょっと込み入った話なんですけど、商工会は自民党じゃないんですね。それがちょっと微妙ですよね] ― そうです。友好団体です。商工政治連盟という政治の方の組織がありますので、そこが自民党と過去ずっと友好団体の関係です。商工会という組織の方で見れば、全国いろいろなご商売をされている方々が入っておりますので、当然、いろんな思想であったり、支持政党がりますので。[今日も昔、みわちゃんねるに出てくれた、石井みどりさんが献金の迂回とかね、日歯連とかね、消えては取りざたされ、消えては取りざたされ、ね。それはちょっとこっちに置いといて。そういう団体って民主党がいい時は民主党を応援しなくちゃいけないし。税理士会とかしょっちゅう割れちゃうんですよね。あれ会員も気の毒ですよね。今は一強だからまとまっていますけど、またいろいろあるかもしれないですよね、余計な心配ですよね(笑)]

 

●質問コーナー

Q1;中小企業の問題に関しますと、私も弱小の一経営者なんですけど、消費税のところですね、10パーセントに上げるということで、それは決まってしまっていて。景気もアベノミクスの効果も、第三の矢と言われていますけれど、消費税の増税からマイナス成長になっていますので、本当に増税していいんだろうかということがあると思うんですね。消費税は本当に厳しいと思うんですね。特に小さい企業なんか。日本のGTPの6割が個人消費なので、やっぱりそこにダメージがあるんじゃないかと私なんか思っているんですが、その辺そうですか。お商売をやられていた実感として。

A1;昨年の8パーセントの影響は今の段階でも引きずっているというのは、市場の数字で出ていますし。いろいろな見方が当然あるんでしょうけど、輸出産業を伸ばす手法として、円高から円安に持ってきた、それによって伸びが滞っていた輸出産業に多少、動きは出てきましたけど、結局他の原料資材、中間資材が高騰して輸入物に関しましてはかなりコスト増になった。だから、貿易立国として黒字が続いていた日本でも数年前から大幅な貿易赤字になった。いろんな事がまだ噛み合っていない、これが現実だと思います。ただ、元々昨年の春の段階から、アベンミクスは大企業、大都市から効果が徐々に出てきている。そして、中央から地方に、もしくは大企業から中小、小規模にと、この流れを期待していたんですが、ここはやっぱり、消費税や輸入物のコスト増でうまく効果が出て来なかったんですが、地方からしっかり景気を押し上げていこうというローカルアベノミクスも、実は我々が提唱しましてその動きも始まってきました。そこにあいまって地方創生。地方創生の仕事作りもその一部ですし。ですから、地方の現地、現場から少しずつ景気を盛り上げていこう動き働きかけと、中央から引き続きもっと好景気を作っていこうという動きと、ですから川上、川下と言っていいかわからないですけれども、双方向からこれはリンクするようにもっていとうというのがあります。もうひとつは地方の中小、小規模企業、これまでは個社対策、一社、一社、一事業者に対する個社対策がウエイト的にも大きかったですが、いろんな業界が飽和状態に入っていますので、地方、地域における面ですよね。その地域の課題をしっかりと捉えて、その地域の特色、強みを連携して発揮をしていく。それが面的な視点のスキームを作っていくことで、一社一社だとちょっと弱い中小企業の状況かもしれませんが、ここの強みを掛け合わせることによって、面的な力をしっかりと導き出そうという政策も具現化してもう開始しておりますので。ただ、先程の話じゃないですけど、大企業と違って中小、小規模、規模が小さくなるほど、結果、効果というのは即日出来るものではありませんので、時間がかかるということをしっかりと見定めながら、粛々とたゆまぬ努力を重ねていくしかないのかなあと思います。やはり、ウルトラCは無いとおもいますので。はい。

 

Q2金利が低いのに借り手がいない、先々良くならないのではないかということで、お金が余っているのに借り手がいない。銀行なんか、担保がなければ貸しませんし。何か政府の方で中小規模企業に対して、長期な貸付とか、何か法案を作って頂けたらと思います。

A2;そうですね。特に今、円安の方に来たということも含めて、中間資材も含めて、日本から海外に工場を移設していた企業が、大手も含めてですけれども、ここが今最近戻って来ていますからね。ここで、地元、日本国内に製造拠点を戻すことによっての設備投資というのが必然的に出てきますし、これで海外に逃げていた部分もしっかりと国内に留める。そして、TPPも含めて、各国との貿易協定の中でこれまでいろんな諸条件が課されていて、海外に進出した時に供給資材も現地で仕入れなきゃいけないとか、日本から持って行っていたものが持って行けなくなったりとか。いろんな不具合があったので、ここらへんすべてリセットしながら、国内でさらに需要が伸び設備投資も生まれるような政策は鑑みながら実現するために努力したいと思いますので。有難うございます。(深々と頭を下げる)

 

Q3;全国区の先生だと思うんですけど、代議士の先生というのは、土日地元でお祭りとかあると思うんですけど、全国区の先生は普段、どういう活動をされているのですか。

Q3;それぞれの組織が違うのでどういう動き方か分からないんですけど、僕の場合は商工会関係組織ですよね。たとえば、講演依頼とかがあれば、それを優先して行きますので。基本的に国会の開会中は火曜日、木曜日が経済産業の委員会があって、水曜日金曜日が本会議がある。定例の曜日なのでそこはなかんか難しい。それ以外の日は呼ばれれば講演に行ったりとか。ただ、県外での仕事がない場合は石川県に帰ります。基本的には週末は石川県に帰って、石川県からもいろいろなオファーを頂いておりますので、いろんな行事とかイベントであったり、講演も多いんですけど。だから、石川県に戻って加賀から能登まで回ったりします。はい。一つ言えるのは、他の先生方と比べると、全国比例の参議院議員は組織を持っているということもあるので、県レベルの選挙、たとえば、知事選挙とか衆議員の補欠選挙とかこういった全県レベルの選挙と、もしくはちょっと国としても扱いが大きい市長選挙とかになると我々に、あっち行け、こっち行けと。それはありますね。はい。だから去年、結構沖縄行きましたね。(笑)

[あ、沖縄ね。自民党が受からなかった所ですもんね。それで自民党の三役を入れなかった。あえてね] ― だから、去年はいろいろな知事選挙も多い年でしたし、選挙の年でしたね。かなり各県に行きましたね。[それに付随して、聞いていいですか。全国区の選挙ってどうやってやるんですか?] ― 僕の場合は47都道府県で、ちょっと先着順というところはあったんですが、一定の期間内に全部回ると。[北海道から沖縄まで] ― そうです。あとは都道府県ごとで商工政治連盟の連合会がりますので、たとえば連合会が音頭を取って、県の政治連盟が母体となりますので、ここが県内の政治連盟の方に声をかけて。まあ、日々の運動、活動もありますよ。「宮本を応援してね」と。それはあるんですけれど、僕が入った時に、いわゆる決起集会のような形、演説会のような形で一カ所でやるか、もしくは県内数カ所のブロックを回るか。各単位商工会、30、40。県内全部を三日間かけて回るか。これは各県の考えに私は身体を預けるだけですね。[特に難しいのは、ご商売をされている家って、政治に関わりたくないという人っていう人、多いじゃないですか。それをどうやって入っていったんですか?] ― 僕は政党というよりは、中小企業、特に小規模企業基本法を作る、これを作ってみなさんのご努力をしっかりと応援する環境を作る。みなさんの代弁者として、政治という手段を。この意味においては、普段は違う政党を支持されている方でも「おまえのことは信用する」ということで、多くの方にお力添え、応援を頂きましたので、私は引き続きぶれることなくも、止まることもなく。だから、行く道が見えているので、自分としては変にふらふらする訳でもないですから。中小企業政策、小規模企業政策、地域経済を向上させていくための活動、ここが自分の主たる道ですので。

[今、なかなか大企業でトップが人を300人使っているからといって、トップが推す人を入れるなんてことは、あり得ないですからね。選挙的に言えば、中小の方が崩し易い。ちゃんとした政策があるから、賛同してるってことですけどね] ― しいて言えば、地域でも、日本でも産業構造というのはピラミッド型になっていますので、やっぱり日本をけん引する大企業があって、これを支えるのが中堅企業であり、中小、小規模企業で。やはりこのピラミッドの土台の部分ですよね。日本においても、地方においても、ここの土台の部分の中小、小規模をしっかり支えて、それぞれが持続的に強い経営基盤を作ることが、ひいては大企業をさらに力強く押し上げることにもつながりますし、やはり、物作り日本。日本の良さ、強みをさらに世界に発信するためにも、その先頭に立って頂くのは大企業の方々だと思いますので。その意味においても、中小企業だけじゃなくて、大企業にさらに活躍して頂くための日本の産業構造の土台である中小企業を元気にしたい。ですからちょっと、道は決まっているとはいえ、やることはいっぱいあります。(笑)

 

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