小松 ゆたか
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第85回
2013年08月07日 放送

自民党 小松 ゆたか 衆議院議員

(以下、動画より文字おこし)

自民党 (長野1区)比例北陸信越ブロック 1期目

※著書『熱中症予防ガイドブック』
バッジを付ける前までは熱中症の事でテレビでよくコメントしていた。20年位前に
中高生の部活動で熱中症の子供が亡くなる事が相次いだので何とかしなくてはという
ところに日本体育協会が研究班を作ってそこに入れて頂き熱中症の研究をした。
スポーツ医学の先輩に声をかけられたのがきっかけ。スポーツ医学を専門としているが
元々は消化器内科が専門だった。何故国会議員になったのか、医者の方が良かったのでは
と言われるが、医師の仕事は後輩に託し、国会議員も大変やりがいがある。
※著書『「いつも本番に強い人」の心と体の習慣』
体操、レスリング、元々野球の連中と対談する事が多かった。ロンドンオリンピックの
前にこの本を出した。いつも接しているアスリート達がどれだけ凄いか、何故本番に
強いかをこの本に書いた。吉田沙保里、内山航平など皆常に前向きで、起きた事を考えず
しっかり目標だけを定めて目を向けていく。野球は初めて1996年アトランタオリンピックの野球チームドクターで行った。全員アマチュアで井口忠仁、松中信彦、川崎宗則がいた。毎年自主トレに自分が体を動かしに行って、夜一緒に飲んだりしている。自分は内科医でスポーツ医は怪我を治す整形外科と思われるが、5回オリンピックに行ったが、内科医としてやらなければいけない事がいっぱいある。例えば、海外遠征にいると、良い
コンディションで戦うためには内科的コンディションが大事。海外遠征の長旅や慣れない選手村での生活などで色々な事がおこる。アンチドーピングの問題もある。日本選手は
ドーピングをやろうと思ってする事は殆どないが、チョッとした事でドーピングに引っかかってしまう事があるので薬の管理とかが必要。彼らは強靭なメンタルを持っているが、オリンピックの前となると強い選手でも不安になったりする。我々はスポーツに無関係だから、選手やその指導者達の愚痴の聞き役になる事もドクターがやっていた。

●幸せ度数年表

(ダブルクリックで拡大)

第85回小松ゆたか

全部100%!
1961年、長野県生まれ。信州大学医学部。高校生の時に世の為に病気で苦しんでいる人の為になろうと医学部に入った。広尾の日赤医療センターで2年研修して東大の第二内科で消化器内科をやっていた。東大出身ではないが、白い巨塔の東大の中で一生懸命頑張ろうという気持ちになれたので、歴史ある先人達のいた処で色々な事を教わった。解剖なども志ある学生にとっては怖いものではなかった。消化器内科の研究と臨床をやりながら、スポーツ医にオリンピックに行かないかと声をかけられた。東芝病院の整形外科の先生によると、オリンピックでは内科的な事で苦労したので内科医の力が必要と言っていて、ちょうど野球の医科学委員会が立ち上がって、そこに入らないかと言われた。そこで初めて行ったのがアトランタオリンピック(1996年)。JR病院に移ったりして消化器内科をやりながらスポーツ医学に関わっていた。シドニーオリンピックではソフトボールのチームドクターとして行き、怖い宇津木監督に色々な事を教えてもらった。
去年まで26年間医者をやっていた。内視鏡でもERCTといって胃袋、十二指腸、膵臓、胆汁が出て来る管があるが、胃袋のチョッと先に入って、その管に色々な物を入れて
診断したり、石を取ったりする治療を専門にしていた。2005年、最終的に国立スポーツ科学センターに行って、二足の草鞋を履くのは良くないとスポーツ医学に絞って選手達をしっかりサポートしようと思った。
医療崩壊があった。本気で政治家を志した。スポーツの素晴らしさ、スポーツで社会を
元気にしたいと思った。現場の声が政治に届いていないと思った。医療崩壊は、医者の
数が多い少ないというだけではなく、教育だと思った。患者さんの側も自分の権利ばかり
主張する世の中になって、病気になったのは医者のせい、病気が治らないのは医者のせい、の様な風潮があり、訴訟があったりもしたが、医者の側も我々の時代は、卒業して内科など大きい処に行って世の中の困っている人たちの為になりたいと思ったが、だんだん医学生の気質も変わって、楽な科とか患者さんが亡くならない科とかを選び、大変な科を
選ばなくなってきた。これは教育だと思った。国の為に戦った人々が沢山亡くなり戦争に負けたが、そういう、「世の為国の為」という考え方が否定される様になった事が医療崩壊の根本だと思った。これもやはり政治だなと思い、スポーツで社会を元気にするのも政治だと思い、政治に対する意気込みが強くなった。自民党公認は去年10月に長野1区で
公募があって10月20日の面接で決まったらアッという間に解散、選挙になった。政治を本気で志し、スポーツ医学をやりながら6年間都連の政治塾に通った。義家先生も長野だが、長野県連主催の信州維新塾という政治塾にも3年間通っていた。(維新を名乗ったのは義家先生が最初。)その間2回選挙があったが、選挙事務所の手伝いをして街宣車に乗ったり、ハガキを書いたりポスターに証紙を貼ったりした経験が自分にとってすごく良かった。選挙を支える人たちが何をやっているか、ボランティアで単純作業をする為には「この人の為に」という思いがないと一生懸命できないという事が分かった。一番大事なのは、候補者が、「この人の為なら」と思われる人間になる事と分かった。
運もずっと良い。何かあっても超プラス思考。内科のスポーツドクターの一番大切な事は
選手の不安を取る事。いくら強い選手でも不安になるのをずっと見て来たが、いざ、自分が選挙に出るとなったら生まれて初めて2週間眠れなかった。不安で不安でしょうがなかったが、これがオリンピック選手の気持ちだとやっと分かった。これを取るのが我々の仕事だったのだと実感を持った。
2009年、小坂憲次さんが落選して参議院に移られ、そこに自分が入った。小坂先生にも
一生懸命支援して頂いた。立候補する為に色々な事をしたというのではなく、頑張って
やっていればきっとチャンスが来るだろうという思いで7年間やっていた。去年の今頃、
本を出した時もロンドンオリンピックの選手村にいた。この1年は本当に中身が濃かった。

●最近の政治トピックス

一番のトピックスは9月7日。2020年に東京にオリンピック・パラリンピックが決定するかどうかが政治にとっても大事。オリンピック招致に関わっている。評論家的な事は
言えないが、とにかく2020年に東京でオリンピック・パラリンピックが来る様に、自分のできる事を必死でやる。招致活動と言っても秘密でやらなければいけない事もある。
バッジを半年前から付けて、オリンピックスポーツの素晴らしさや、東京にオリンピックが来てくれたらいいな、という気持ちに皆がなる様に活動をしている。アベノミクスの
3本目の矢「成長戦略」でも、オリンピックが来る事が巨大な矢になる。ねじれが解消され、自民党も謙虚にやっていく中で、ここにオリンピックが来たら経済的にも素晴らしい事になると思う。戦後の日本も東京オリンピックで立直った。3年前の大震災から立ち直るきっかけにもなるので、是非(招致決定までの)1ヵ月間一生懸命やりたい。選手たちもスポーツの素晴らしさが分かっているので、現役の人たちも含め招致に頑張っている。

●今だから言えるあの日のあの出来事

去年の7つの金メダルのうち6つの現場にいた。(あげちん)
ソフトボールはアトランタで銀、シドニーもメダル、アテネもメダル。WBCも2回行った。
第1回WBCは金メダルだった。イイ思いをさせて頂いている。全部100%の幸福度数年表だが、悔んだりする事があまりなく、失敗してもそれが経験になると前向きでいられる。
選手もオリンピック会場で怪我をしたり病気になっても、勝ち続ける選手というのは起きた事を受け入れる能力があり常に前を向いて進んで行く。そういう事ができる選手でないとオリンピック選手になれない。すべて自分の為になると思う。選手たちはいつも
感謝の気持ちを持っている。インタビューの時も必ず感謝の言葉を言うが、マスコミに
向けて言っているのではなく、本当に感謝している家族や支えてくれた皆さんに言っている。自分も選挙の時にそういう気持ちになった。感謝の気持ちがなければ金メダルは
取れない。
子供の頃から正義感が強くていじめているのを見ると注意した。
派閥はまだ入っていない。色々な先生にお世話になり過ぎてどことは言えない状況。派閥はどういうものか分からないし、本当に必要なのかも分からない。派閥は古い自民党の
象徴の様なものだし、もう少し見て判断しようと思う。小坂先生が守っていた所を初めて
公募で選ばれた。新しい自民党の象徴としても新しい役割としてよく考えて判断したい。
小坂先生は大先輩だし偉大な方なので一歩でも近づける様に頑張りたいと思う。小坂先生に応援演説を頂いた時も「小松です、小坂と書かない様に」と言ってくださった。参議院の若林先生のお父様も長野1区で自民党を支えて来た方で、若林先生にも本当に感謝している。
議員になって一番戸惑うのは、生活のリズムが変わった事。公募でがむしゃらにやって来て頑張り過ぎたので健康でいる為にそういう事も必要かなと。リズムが大分掴めて来た。毎週末地元に帰って来るわけだが、1年のサイクルはまだ掴めてないがこの半年位大分
分かって来た。
正真正銘の公募で出たところから全てが始まった。古い自民党も変わって、ねじれの解消はゴールではなくスタート。これから我々も責任を問われている。日本を前に進める為に
奢らず真面目に謙虚に丁寧に政治をやっていかなくてはならない。実際に政治の中に入っていくと、国会議員の、これだけ真面目に勉強し忙しくやっているというのが一番の
驚き。ふんぞり返っているのではなく、朝8時の部会に皆真面目に出ている。皆本当に
日本の為に頑張っている。マスコミが植えつけた変なイメージに踊らされてはダメ。この番組もそうだが、しっかり正しい情報を我々国会議員も何をやっているか発信していかなければいけない。ツイッターも自分でやっているが結構大変。あまり縛られても本末転倒になってもいけない。部会の最中に写真を撮って(携帯?)打っている人がいるがあまり良くないのではと思う。

●質問コーナー

Q:スポーツで健康で生涯現役で年寄りでも仕事ができる、など日本の医療、教育の
あるべき姿とは?
A:医者、スポーツにも関わって来た。地元長野は長寿だが医療費が安いのでモデルに
なる県。厚生労働委員会で同じ様な質問をしたが、長野県をモデルにするだけで日 本の医療費が少なくなる可能性がある。医療の現場で感じたが、医療費削減というと、
厚生労働相の小手先的な医療費削減政策が多く、それで医療の現場がかなり混乱したという実感があった。医療費削減で一番大切な事は、皆健康で長寿で病気にならない事。医療費削減は根本的な事を国としてしっかりやる。健康で病院に行かず長生きできる事。長野県は老人の就労人口が日本一。年を取っても働いて地域との繋がりを持って元気でいられるというのを目指して、今までの経歴からして自分の役割だと思う。

選挙区は1万票弱の差で負けて比例で当選(民主・篠原孝89400票に対し79860票)。小松ゆたかとういう名前も顔も皆知らない。「今だから言えるあの日のあの出来事」の話になるが、皆さんが支えてくれるので一生懸命やって是非勝ちたいという思いが強かったから凄く悔しく、申し訳ないと思った。3時か4時まで一人お酒を飲んでしまったので、朝、長野駅前で辻立ちをしたが直前まで飲んでいたので顔が赤く、テレビのインタビューで「勝利の美酒ですか?」と聞かれ「やけ酒」と答えてしまった。これだけ1ヵ月皆支えてくださったのに「やけ酒」と言ってしまったのが放映されてしまった。比例の当確が先に分かってしまった。その時点でインタビューされても(選挙区で)自分が選挙区の相手に勝てるかと上の空だった。国会議員になる事が決まったのだから、きちんとインタビューに答えるべきと反省している。有難かったのに、比例当確であまり議員になれた実感が無かった。次は必ず勝つ。
Q:選挙の時に自分の著書を読んで不安が無くなったか。
A:いざ選挙になって本当に勝てるだろうか、これだけ助けてもらってもし負けたらどうしよう、と不安だらけになったが、自分で書いた本を読み直して「そうだよな」と
感じた。
Q:オリンピックで「これはピンチ!」と思った事は?
A:山ほどある。去年ロンドンオリンピックで金メダルをとった伊調馨が選手村
に入って1週間後に試合を控え捻挫してしまった。本人もケロッとして動じないし、
コーチたちも皆そうだった。とにかく、我々医療スタッフはやるべき事をやる。普通
皆大騒ぎをするがそういう事は全く無い。どうしようという事は一杯あるが、考えても仕方がないので、とにかく金メダルをとるためのサポートをする立場として仕事をしっかりやるという事。
Q: 長野オリンピックの後、跡地などの問題があると思うが招致に向け教訓や、どうし      て行くべきかについて自論はあるか。
A: オリンピックは開催する意味が山ほどある。オリンピック精神はスポーツによる世界の平和への貢献。そういう意味で遺産をソフトとハードの面で後の時代に残していく事。政治家としては、お金をかけて作った施設をどういう形で利用するかという
事をしっかりと何十年も先までも考えて作らなくてはいけないし、2020年東京オリンピックに関しては、しっかりソフトの面もハードの面も遺産を引き継ぐというコンセプトで作られている。
Q:少子化の中、先細っていく中であれだけの規模の物を作って、巨大な矢と言っているが、それだけでは無い部分も何十年後に出て来るかも知れない。招致活動の人たちで
話し合っているか。
A:招致に関わっているが、そこの中身までは関わっていないのでそういう話はあまりした事が無いが招致ファイルの中には当然そういう事も書かれているし、そういう思いで作っている。東京都で招致の為に作戦本部があり、招致だけではなく招致後は
どうしようという話をしている。国としてはとにかくしっかりと大会運営をできる
為のバックアップと、今はその前にオリンピックが来る為のバックアップをする。
Q:コンパクトというのが東京オリンピックの理念か。
A:国の招致に対する力の入れようは4年前とは大分違う。鳩山さんが決定前のプレゼンに行った。スポーツ基本法ができたが、スポーツの価値で社会福祉を実現するという自分と同じ考えで、オリンピックを使って実現したいという思いが安倍政権は強い。
総理大臣も外務大臣も行く事になっているがバックアップも桁違い。
Q:招致の確立は?
A:オリンピックのソフトボールについて行く時も金メダルがとれそうかと聞かれたが、
僕らは答えられない。とにかくとる為に一生懸命やっている選手たちをサポートする。今回も同じ気持ち。招致を勝ち取る為に自分なりの仕事をしている。それを客観的に「どう?」と言われても一生懸命やるとしか答えられない。
Q:マドリードもイスタンブールも勝ち取る為にえぐい活動もやっているか。
A:それもよく分からない。正々堂々と勝つ事ができると良いと思う。