小林 史明
小林
第132回
2014年09月24日 放送

自民党 小林 史明 衆議院議員

NTTドコモ本社勤務から国会議員へ転身。ドコモ時代は群馬県内のドコモショップに配属されたこともあり「今も機種変更くらいは出来る」と小林議員。発売されたばかりのiPhone6を携帯しての登場でした。上智大学の学生時代は、歌舞伎町のパチンコ屋さんでのフロア定員や、溜池山王の居酒屋など様々なアルバイトを経験。それらも今の国会議員としての糧となっているとのこと。現在国会では、日本の漁業をより効率よく生産的にするために「漁獲改革」に取り組んでいます。 31歳、広島七区の宮沢喜一歴代総理の地盤をさらに発展すべく奔走中です!

(動画より文字おこし)

自民党 広島7区 1期目(2014年9月24日収録時点)

●幸せ度数年表

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第132回小林史明

[どうも、初めまして]―初めまして。よろしくお願いします。[すごいイケメンですね]―とんでもないです。[今おいくつですか?]―31(歳)になりました。[31歳!最年少ですか?]―今の自民党だと、そうです。[独身?]―そうなんです。[彼女はいるんですか?]―いません。[嘘つかなくて大丈夫ですよ]―本当です、本当です。[なんでこんなことを聞いているかというと、あの、女子アナと結婚した…]―あー、辻清人さん。[女子アナと結婚して、すぐに「みわちゃんねる」が(インターネットで)トップに。ここで色々根掘り葉掘り聞いたから(笑)]―喋ってたんですか、ちゃんと中身は。[あんまり聞かなかったんです。だからこれから若い人が出たら、早めに聞いておこうと思って。局アナと結婚される方が自民党で2人いたから]―あ、そうですね。当時「今はプロ野球選手か衆議院議員だな」って先輩議員に…。[でしょ? みんな羨ましがってるでしょう、先輩は。先輩の頃なんか全然もてなかったんだから]―どうなんですかね~、先輩たちの方がもてたんじゃないですか?[まあ、夜の商売ではね…ここらへん(赤坂)の]―ここは私の前の職場があったですよ。もともと議員になる前に「NTTドコモ」に所属して仕事をしていましたので。5年勤めてたんですけど、最後の2年は溜池山王のドコモの本社ビルに。[この間いらした村井英樹さん、(小林さんが)ドコモショップに勤めてたって]―それは若干誤報ですね(笑)。確かに就職すると、3ヶ月の研修はドコモショップにいるので、今でもどなたかの機種変更は、私やることができます。溜池は人事の採用担当だったので、その時はビルの中に2年いたんですけど、最初は群馬支店配属だったので、群馬のドコモショップに3ヶ月いて、その後群馬で法人営業を3年やっていました。[ヤンキーみたいな人も来るんでしょ?機種変更]―色んな方来られますよ。時間帯によっては夜の出勤前だとか…あとはブラジル人の方が結構多いんですよ。太田とか桐生ってブラジル人街があるんです。ドコモショップってそれぞれ地域の特色があって、私の行っていた太田のショップは外国籍の方が多いので、外国籍のスタッフを雇っているんですね。その方の窓口にブラジルの人は優先的に行くわけです。で、何故か私が研修で座っているとブラジル人の方が来るんです。[(顔が)濃いもんね、ブラジル人に間違えられる(笑)]

 

●幸せ度数年表

 

[1983年生まれ]―はい、昭和58年ですね。[83年…私高校生だった(笑)。どちらでお生まれに?]―生まれは富山県の高岡市。漁網会社を家族でやっているんですけど、その時父親が富山の工場長だったんです。[漁網会社って何ですか?]―魚を獲る網を…巻き網とか定置網とか地引網とか色々あるんですけど、あの網を作っていたんです。曾祖父の代から。[お祖父様は参議院議員]―戦後2回目の参議院選挙に1回だけ当選しています。[1回だけ。そういう場合も「世襲」って言われちゃうんですか?]―いや、何も言われないです。むしろそれを知っている方がどこにもいらっしゃらなくて。[皆さんお亡くなりになって]―そうです。[自民党だったんですか?]―自民党に入る予定だったみたいなんですけど、色んな理由があって当時あった「緑風会」に所属を。[今、広島7区ですね]―そうです。同じ選挙区に宮沢喜一元総理がいらっしゃって、(祖父は)参議院から落ちて経営に専念してからは、ずっと宮沢喜一総理を応援していたんです。[中学受験は…(幸せ度数年表が)ちょっと落ち込んでますけど]―地元に、地元の人がみんな行きたい私立があるんですけど。まあ落ちると思ってたんですけど、あっさり落ちまして。もうひとつの兄姉も行っている学校に行ったんですけど、その時はやっぱりショックかな、と。[何人兄弟なんですか?]―3人兄姉。兄、姉、私です。[大学は上智大学。理系なんですよね]―そうです。高校時代ずっと野球ばかりやっていたので、「大学大丈夫か?」って言われてたんですが。[野球はどこを守っていたんですか?]―その当時はセンターです。[モテたでしょうね]―いやいや、もう全然。あまりそういう縁がなくて。[陰から女子がみんな見てたと思いますよ]―そう思いたいです。そんな話、全然届かなかったけど。[上智大学の理工学部に行かれて、就職活動はどうされたんですか?]―最終的にはドコモに入社をしたんですけど、もともと理系に進んで営業職に入りたいと思って、上智大学の理工学部を選んだんです。[珍しいですね]―「課長島耕作」っていう、男性にとってはバイブル的な。私、中学生の時に読んだんですけど、こんなに活躍するサラリーマンになりたい、というのが夢で。[モテるしね]―そうです、モテる、仕事が出来る、出世する、っていう。で、なんか社会にも貢献できる、みたいな。ああいう人間になろうと思ったら、物の理屈がわかる営業の方が面白いんじゃないか、と思って理系に入ったんですね。でも結構苦労して、色んな挫折もあったんですけども…最終的には、モバイルが人間に一番近いじゃないですか。[どういうことですか?]―365日、多分手放さないですよね?誰よりも(人間の)近くにいるのは、携帯電話。一生一緒にいるのは携帯電話だろうな、と思って。人間の意識を変える仕事ってなかなか出来ないので、そういう仕事がやりたいと思って入ったんです。[コネで入ったんですか?]―いえいえ、頑張って…残念ながらコネはなかったです(笑)。大学時代のバイト先が、この近くの居酒屋さんだったんです。[どこですか?!]―「SABOU」溜池山王店、ってわかります?イタリアンの居酒屋で、地下一階にあるんですよ。そこでバイトしてました。そこに来ている常連さんがドコモの方で、その人たちを見てて「こういう上司だったら働きたいな」というのがあったんで、そういうきっかけもあって。[時給いくらだった?]―時給は…1,000円ぐらいじゃないですかね。パチンコ屋さんのほうが高かったですね。初任給よりは、歌舞伎町のパチンコ屋さんで働いていた時のほうが手取りが良かった。[歌舞伎町のパチンコ屋でもバイトしていたんですか?]―バイトしていました。結構、国会議員ってバイトしたことないんじゃないか、って言われるんですけど。飲食店とか家庭教師とかバーテンダーとか、色々やりました。スノーボードのインストラクターをやっていたんですけど、車が要るんですよ。車を維持しようと思ったらバイトするしかない。[パチンコ屋のバイト、かなりインパクトありますよ]―マイクで喋ったりとか、結構楽しかったですね。「絶対パチンコやらないな」と思いましたけどね、やってる姿を見ると。反面教師ですね。やっぱり色んな仕事を経験する、っていうのは重要なんじゃないですかね。今、キャリア教育に取り組んでいるんですけど、やっぱりこの辺(中学生)でお子さんたちに色んな職業を見てもらう、というのは大事なのかな、と思います。[「少子化を防ぐために、赤ちゃんと若い頃から接する」と新聞に出ていましたから、そういうの重要かもしれないですね]―そうですね。自治体によっては、保育所に必ず中学生が行くとか、そういう政策をやっている所もあるんですよ。何がいいって、腰パンやってる男の子が、子供に注意されると直すんですって。ズボンを下げて穿いているとかシャツが出てるとか。我々の時代もやっていましたけど。そういうの、大人が言っても聞かないんだけど、子供から言われると「あ、やっぱりちょっと恥ずかしいんだな」って思って直すんですって。いい効果がお互いにある。[NTTドコモに就職されて、営業時代に一番落ち込んでますね]―これはかなり大きい転機だったです。1年目で大きい企業を任せて頂いたんですけど、コンペになったわけです、他社さんと。[大きい企業には営業に行くんだ]―そうです。[それで全員社内で使ってもらう]―使って頂くとか、今だったらスマホがありますから「これで在庫の管理をしませんか?」とか。で、そこのコンペになった時に、1年目でわからないので、課長に相談して課長の言う通り提案をしたんです。その時に失注したんですね。その悔しさは半端な悔しさではなくて。自分で判断しない事の悔しさ、後悔してもしきれない感じというのは、すごくインパクトがあって、それ以来いい意味で人のことは信用しないというか、必ず最後は自分で決断をする、と。[選挙の時も色んな事を言われたけど、その時の気持ちが今生きてる、と]―そうですね。柔軟にとにかく人の話は聞くんですけど、決断するのは自分がやらないと、誰も責任をとれない。政治の世界もそうかな、と。人のせいにしちゃうと成長がなくなってしまうので。基本的に自分のせいにしているほうが…自分だったら変われるわけですから。[何年間勤めたんですか?]―丸5年ですね。3年法人営業を頑張って、その後インドで事業をやりたいと移動願いを出したんですけど、人事の採用担当になりまして。かなり異色な人事採用担当だったんだと思います。[若いのに人事に回されるんですね。そんなに自分と年端も変わらない方を面接する]―年が近いほうが企業の話を聞いた時もイメージが湧くんでしょうね、大学生にとっては。でもいいポジションで、社内側に人事のシステムを説明したり、面接のトレーニングを上司にするわけです。役員の方たちにもするので、色んな立場の方とお話ができた、というのが良かった。[選挙に出ようと思ったのは]―ちょうど人事に移ってからです。教育システムを変えない限り、いい会社というのは生まれないんだろうな、と。[働きながらそういうことを思ったんですか?]―そうですね。「インターンシップ」って、企業がやっていますよね。学生さんを育てるためにやっているわけですけど、すごい育つんですよ。3日ぐらいでですよ。[呑み込みがいいんだ]―呑み込みがいいですし、プレッシャーを1回かけるわけですけど…すごく難しい状況の中で壁を乗り越えていくと、自分で自発的に物事を考えられるようになっていくから、観点も広くなったりするんですよね。自分もそうでしたけど、大学生ってやっぱり視野が狭いので。そのストレッチの瞬間って早い方が良くて。ドコモがインターンシップをやっても100名ぐらいなんですよ。でもこれを全ての大学生にちゃんとやる事が出来たら、もっといい学生が育ち、もっといい社会人が出てきますよね。会社に入ると「お前は勉強は出来るけど仕事は出来ないね」って言うじゃないですか。それって彼らが悪いのか…会社で活躍するためのトレーニングを教育でやりましたか?と言ったら、やってないんですよね。だったらそのトレーニングを用意したほうがいいじゃないですか、皆さんに。それを潜り抜けて社会に出てくれば、皆さんある一定以上活躍できるわけですから、人口が減る中で、活躍できる人を増やす、というのは大事なんじゃないかと。…というのがやりたくなって、これは人事にいてもなかなか出来ないな、と。企業にいるよりも政治側に行ったほうが、教育の仕組みを変えられるよね、ということで。やりたいことはあまり変わらなかったんですけど、手段はこっちのほうが早いだろう、と。[自民党がいいと思ったから自民党にいったんでしょうが、そこで広島7区がどうして空いていたんですか?]―ちょうど民主党政権に代わるときで、宮沢元総理の甥の宮沢洋一先生が…財務省出身で政策通で、ものすごい中心で今やってる方なんですけども。[ずっと広島7区を守ってきましたよね]―そうです。この方が2009年の選挙で敗れてしまって。あまりにも優秀な方なのに、このまま3年半待つのか、と。地元の方の強い要請で、1年後の参議院選挙で早く政策に戻ってくれ、ということで(参議院に)行かれたんですよ。[よく参議院に枠がありましたね]―そうですね。そこも公募でしっかり選考があって。[そこで、もともと宮沢一家を支援していた小林一家が…]―ってなればいいんですけど、そこも公募だったので、論文を書いて面接があって。[(決まった時)嬉しかったでしょう?]―決まった時は、嬉しいというよりも、これから頑張んなきゃな、って。2012年の5月に公募で選んで頂いたので、選挙まで6ヶ月しかなかったんですよね。[バッジをつけてもう2年ぐらい?]―1年9ヶ月ですね。[(幸せ度数年表を見て)政策で悩んでいますか?]―この後「政治トピックス」でお話をするんですけど…ひとつの政策を進めようと思った時に、かなり逆風もあったりとか。[それは党内ということですね?]―党内と役所の方とですね。でもそれは誤解の部分もあって、そのあたりを解いていくのに非常に苦労しました。あとマスコミ、ですね。一部報道機関からはすごく…今でもバッシングを受けています(苦笑)。サラリーマンをやっていて良かったな、と思うのは、結局根回しが必要なんですよね。会議でいきなりドーンと無茶苦茶なことを言ってもわかって頂けないので、事前にご説明して回って意図を伝えて、「いいことだ」とわかって頂いた上で提案をする、というのが、まあ当たり前の世界なんだと思いますけど、そういう意味ではサラリーマンをやっていて良かったな、と思いました。

 

●質問コーナー

 

Q:当選して、党内教育でしごかれた?

A:党内教育って、もっとあってもいいな、と思うんですけど。どちらかというと、地元の議員さんたちに色々しごいて頂いた、というか。ルールを教えて頂いた、ということはありますね。県議さんとか市議さんとかに。「政治の世界って特殊であれ」って言われるんですけど、さっき申し上げたように世の中の一般の社会の縮図なので、ルールを教えてもらえるとよくわかりますね。

 

●最近の政治トピックス

 

[さっき落ち込んだ、とおっしゃっていましったが、今はどんな政策を?]―もともとはキャリア教育のことをやりたかったんですが、今は早くやらなければいけない、ということで魚…海の政策をやっていまして。皆さんあまりご存知ない話なので、ちょっとだけ説明すると…[それはお父様とお兄様が漁網会社をやっているから?]―きっかけは、実は全然そこじゃなくて。新幹線に「Wedge」という雑誌があるの、ご存知ですか?あれが結構面白くて。ちょうど1年くらい前に読んだ時に「日本の漁業だけが儲からない、ヨーロッパの漁業は儲かるんですよ」という記事が書いてあったんです。[昔は北海道なんかではニシン漁とか…]―そう、ニシン御殿が建ったんです。今はニシンが全然獲れなくなっちゃって。欧州の漁業者の平均年収は大体800万だと言われてますけど、日本の平均年収は250万。で、ノルウェーだったら、漁業が若者にとって一番人気の仕事なんですよ。船もすごくきれいだし収入も安定しているし、高収入だし。どうしてこんなことが起こっているかというと、日本の漁業は、一応ルールは決まっているんですが獲り放題に近いんですね。(例えば)小林丸と佐野丸がいて、2人で漁場に行ってとにかく獲るとします。小林丸は明日休みたいんだけども、佐野丸が出て行っちゃうから、仕方なくうちも休まず出るか、と。だって獲りにいかないと魚減っちゃうし。市場に魚の量がどれくらいあるかというのも多少は見ていますけども、関係なくガバッと獲っちゃうんですね。それでどうなるかというと、市場に魚が多いと値段が下がるんです。それを安定させるために、ノルウェーは「小林丸は今年100トンですよ、佐野丸は今年50トンですよ」って決めるんですね。[漁場をコントロールしてる]―そうです。そうすると、まず獲り過ぎる、ということはない。そして値段がなるべく高いときに、大きくなった単価の高い魚を獲るようになるんです。欧米はなるべく大人になった魚を獲っているんですけど、日本は0歳魚と言われる本当に小さい魚を獲ることが多いです。この政策を変えて差し上げると、誰も損しないで漁業者の方の収入も増えて、日本人は日本の美味しい魚を美味しい時期に食べられて。地方創生は漁業なんですよ。[一刻も早く変えないと]―そうですよね。だから言うと「変えた方がいいだろ」となるんですけど。下手すると、オリンピックの時に日本の魚を出せないかもしれないですよ。[どうしてですか?]―ロンドンオリンピックの時から、国際的に認められたマークを取っている漁業で獲られた魚じゃないと、オリンピックじゃ出しませんよ、というルールをみんな守ってきているんです。それは、ちゃんと持続的に獲れる量を獲っていてちゃんと管理をしてて、みたいなルールがあるんですけど、これは日本が獲っている漁業ではほとんどないですね。[じゃあ日本は亜流ということですか?]―亜流というか、あまりルール整備が進んでこなかった、ということです。[規格外の商品だということ?]―規格外というか…ルールがない![オリンピックの時は選手村で提供できない?]―(提供)できるようなルールをちゃんと作って、それに認定されるようなマークを自分たちで育てるか、外のマークの認証を取るか、どっちかですね。[原発の問題は関係ないんですか?]―関係ないです。要は資源を管理できるか、持続可能かどうか。[駄目じゃないですか、日本]―色々諸事情があるんです。役所の方のこともわかるし、漁業者の方からすると、目の前に魚が泳いでいて、それを獲ったら自分たちの収入になる。で、誰も止めないものですから、心ある佐野丸が休んでも、小林丸は獲りに行っちゃうわけですよ。そしたら(佐野丸も)しょうがなく獲りに行くしかないじゃないですか。[家庭教師の「トライ」と同じですよね。ハイジが勉強してないのに…]そうそう(笑)、「してない、してない」みたいなクララが勉強してる、みたいな(笑)。[そういう競争をなくす、ということですね]―そういうのを止めよう、と。でも今までは「行政としては民間のところに行政が入るのはやり過ぎじゃないですか?」というので引いていた。[介入してくれないと困りますよね。コントロールしてくれないと]―そうなんです、コントロールしたほうがお互いに幸せなんだから、ということです。数年前に取り組む態勢があったんですけど、やろうとしたら、漁業者の方がまだ獲れていたし「そんなことやられたら俺たち収入が減るんじゃないか」という思いがあったので、出来なかった。でも皆さん、だんだん今は獲れなくなってきたのと、資源管理に対して理解が進んで…。資源管理というと、動物愛護団体みたいな、その、ヒステリックに「魚を獲るのは悪だ」みたいに捉えられちゃうんですね。でも我々がやろうとしているのは、定期的に獲っていつでも獲れて、ずっと続いて、しかも収入が上がる、という政策をやりましょう、という資源管理なんですけど、これが結構誤解を受けている。そのあたりをちゃんと理解して頂く情勢がだんだん出来てきたので、これからやっと取りかかれるんじゃないか、と。今、地方創生の担当大臣が石破さんに決まりましたよね。その下が副大臣の平さんで、その下が小泉政務官。石破さんが今回NHKに出て、最初に言って頂いたのが地方創生で、「資源管理をやったら漁業は儲かる」って言って頂いたんですよ。小泉政務官にもこの話を知って頂いて、今度ご説明に行くんですけど。[それは頼もしいですよね]―心強いですよね。やっぱり政府側も巻きこんでいかなければいけないし、現実的に進めるには役所の方の理解が必要なので。

 

●今だから言える、あの日のあの出来事

 

―委員会って、テレビに時々出ますよね?[国会内中継ですか?]―そうです。委員会は全部の党が集まって…会社で言うとコンペですよね。その前に自民党の中での会議ってあるんです。これが部会っていうんですけど、ここでは我々1年生からベテランまで誰でも発言してよくて、それを見て評価をされている。それが取り入れられると政策になっていくわけですが。やっぱり本当にやりたいことがあったら、部会で皆の前で言うだけじゃなくて、根回しをしなきゃいけない、と。しかも皆さん政治家ですから、最終的にはどれだけの人がそれを求めているのか、といことも気にするんです。困ってもいない、たいしたことない問題を一生懸命やっても、社会に対してもインパクトはないし時間が勿体ない、ということになるので。どれぐらいインパクトがあるかということも、先輩議員に知って頂かなきゃいけない。知って頂かないと、実際にはなかなか政策は進んでいかないので、そういうところが実際の現場である、という事を知って頂けると…。[一番重要なのは、実は部会だ、ということですね?]―そうですね、中継されないですけど。[そこだったら何を言ったって大丈夫?]―いや、結構マスコミの方が入っているので。でもそこで言う事によってマスコミに取り上げてもらえる、それが世論をつくることにもなる、という意味の使い方もあるんです。実はそういう使い方もしました。そしたら翌日の業界新聞に載るんですね。これがなかなか面白くて…。[「漁獲量を制限しようとしている」とか]―批判的な新聞は「制限しようとしている。漁業者を守れるのか!」みたいな書き方ですね。こちら(批判的じゃない新聞)はちゃんと主旨を書いて下さって、「漁業者の方が持続的に単価を上げて儲かっていくためには、こういう政策は必要だ。それを小林君が言っている」みたいな書き方をしてくれるんです。両方あるので勉強になりました。立場によって全然違う書き方をされる報道機関というのはあるんだな、と。[でもNTTにいらっしゃったから、色んなバッシングや誉められたことや…そういうのは会社単位で見てきたのでは?]―そうですね、ただその矢面に立つことってなかなかないですし。(矢面に)立つとわかるんですが、この間の集団的自衛権とか特定秘密保護法とか、自分が関わっていることを正しく理解してもらえない、もしくは敢えて誤解されるようなことをやられるって、こんな悔しい事ないですね。そういう意味では、ちゃんとマスコミの方とお付き合いをして、正しく伝わるように色んなコミュニケーションをとるのというのも必要なんだろうな、と。「根回し」という言葉が日本人にとって悪どい感じに聞こえているんですけど、すごい重要なビジネス・スキルで、これを本当はちゃんとやっておくべきなんです。[でも勇気がいるんですよね、根回しって]―…例えば?[例えば、議場で言うよりも言いにくいことを面と向かって言うのは、すごい勇気がいる]―まあそうですね。1対1で面と向かって説明していくのは。[絶対否定されるってわかっているじゃないですか。パフォーマンス的に大きな所でやるほうが簡単ですよね]―簡単だし取り上げられやすい。重要なのは苦労して汗かいて、ということなんですけど。そういう所をうまく報道してもらえたらいいんでしょうけど、そんな小さなことは報道にならないので。そういう意味では、こういうインターネット系のチャンネルというのはすごく有難くて…ノーカットじゃないですか。それが一番大きいですよね。[それが狙いなんです、この番組]―そうですよね、有り難うございます。うまくまとまりました(笑)。[(ポスターを見て)この「何もないとは言わせない」というのは?]―福山市という、広島県の一番右端にある所なんですけど、実はすごく恵まれた場所で、企業も優秀な企業があって…私がいつも来ている「洋服の青山」のスーツ。本社が福山です。時々走っている「福山通運」も福山。他にも物づくりの優秀な企業がたくさんあるんですよ。雇用がたくさんあるし、鞆の浦という歴史的な観光地もある。災害もほとんどないですね。台風も来ないし日照時間長いし、すごい恵まれた場所なんですけど、バランス良くあるせいで飛びぬけて何かがあるわけではない、というイメージになっちゃっているので、住んでいる人たちが「何もない町だよね」って言っちゃうんですよね。これを変えようと思って。[(ツイッターを見て) バラ族? バラ族なんですか?]―「Café Sta」でいつもバラのバッジをつけていたんですよ。「バラの町福山」を意識して。そしたら熊本の金子さんという衆議院議員に「あー、バラ族かあ」って言われて(笑)。そこからですね。宮崎謙介さん、(「みわちゃんねる」に) 来ました? 謙ちゃんと私がBLだって言われてるんですね。[BL?]―ボーイズ・ラブです。[謙ちゃんが男ですよ、背が高いから]―あー、正解です(笑)。色々ジャンルがありますからね、「タチ」とか「猫」とか。[そういうのはないんですか?]―そういうのはないですね、ストレート…と思うんですけど(笑)。ニースなんかは観光政策の第5位に、同性愛の方の対応というのを挙げているんです。[そうやって誘致する]―そうです、そういう方々が旅行しやすい場所ということで。やっぱりその辺の懐の広さって大事なんじゃないかな、と思いますよね。

 

●質問コーナー

 

Q : 漁場の資源管理をやると、消費者側にどのようなメリットが?

A : 一番は、このままいくと本当に日本の魚が食べられなくなっちゃう可能性が高いので、持続的にちゃんと魚が食べられるようになります、というのがひとつ。もうひとつは、安定的に供給することによって、旬の美味しい魚が食べられる、ということですね。今、スーパーに行って鯖を買ったら、ほとんどノルウェー産です。日本の鯖が獲れなくなってきているのと、ちょっとサイズが小さかったりするので…。

 

Q : それは気候変動の影響もあるんですか?

 

A : そうですね。海流が少し変わったり、温暖化によって例えばブリなんかは獲れる位置がだんだん北上してたり。ですから一概に資源管理だけをやればいい、という問題ではないのが現実です。

 

Q:中国の海洋進出によって海域を侵される、という懸念もある?

 

A:その通りです。中国・韓国・台湾・日本、ここが同じテーブルについてやらないと解決できないことがたくさんあるんです。ですから外交とも密接に絡み合うし、漁業者はある意味中小企業なので経済産業と関わりがある。実は資源管理だけをやっているわけではなくて、輸出や流通とか…小売り側も変わっていただかないと消費者に届かないので。養殖も増やしたい所はあるんですけど、参入が非常に難しいところもあって。今、宮城がやり始めて成功をおさめていますが、福島が復興のタイミングで、いい取りくみからスタートしていく、というのは一番チャンスなのかな、と。

―結構漁業の世界は深くて…。魚を待っている定置網を置いている人からすると、船で追いかけてぐるっと巻いてガバッと獲る巻き網は悪者だ、というイメージがあって。資源管理と言うと、巻き網の人は「じゃあ獲れなくなっちゃうのか」という誤解が生じるんです。スーパーによっては漁業者や農業者の方をすごく大事にしていて、丸ごと買っているところもあるんですよ。船ごと買います、とかね。漁業者の方は魚種ごとに発砲スチロールに詰めて、氷入れて、小さいものは抜いて…とやっているので、すごい大変なんです。で、無駄も発生する。食品加工の現場もそうで、カット野菜にしたらキャベツの芯とか外側の葉は全部捨てちゃうんですね。でもこういうのってスーパーの協力によっては、残りの部分を惣菜にしたりできる。だからこういう小売りさんを皆さんが育てて頂けると、漁業者や農業者の方も儲かって、地方にもちゃんと収入が入るので。「このスーパーはいいスーパーなんだな」と見分けながら買って頂けるようにすると、日本全体が持続可能になるのかな、と思います。[今、派閥は宏池会? 宏池会の皆さん、スマホの使い方がわからないって来るでしょ?]―宏池会も含めて全ての議員の先輩方から「小林君の所に行ったら機種変更できるのか」って(笑)。アイフォンが最初ドコモから発売されたことがありましたよね? (私の)携帯がものすごい鳴ってるんですね。どうしたんだろうな、って思ったら「小林の所で買えるのか?」って言われて「うちじゃ買えません」と(笑)。でもよく相談にのることは多いので、そういう意味では先輩議員とコミュニケーションをとれる。[それがさっきの根回し、というか、コミュニケーション・ツールの第一歩になりますものね]―有難いなと思います。会社勤めをやって良かったな、と。