小野 次郎
小野次郎バスト.
第162回
2015年07月22日 放送

維新の党 小野 次郎 参議院議員

東大法学部を出て、警察庁に入庁。フランスの外交官、鹿児島県警察本部長、暴力団対策第一課長などを歴任され、2001年4月に小泉新内閣の秘書官に任命される。警察庁の人事課長から総裁選の一日前に電話で知らされる。

4年4ヶ月の総理秘書官時代を経て、自民党から初出馬。現在は、維新の党で安全保障法案の維新案などの取りまとめや、「論客」としてメディアなどでも大活躍しています。

メディアなどでの語り口調は、実に柔らかいにもかかわらず鋭く切り込むという小野節で、今の時代、野党に不可欠だなと心から思います。普段は、つぶやきジローとしてギャク炸裂ですが(笑)

安部総理への安全保障法案などに対しては、自分が秘書官だったときを思い出し、安倍内閣に近いところに居たら自分ならどう言うか!?ということも常にシュミレーションして発言されているそうです。

2015年夏現時点で国会は1強時代の勢力ですが、小野次郎さんのような古き良き伝統を継承しつつも新しい風を入れていく政治家は有権者にとってもなくてはならない人ですし、自民には染まりたくないというこれからの若き政治家志望の人達にとってもロールモデルになる人だと感じました。

(動画より文字おこし)

維新の党 比例区 2期目(2015年7月22日収録時点)

 

[ご無沙汰しております。みわちゃんねる十数年の歴史がございますが、前にインタビューさせていただいた時は自民党で衆議院議員で山梨3区比例復活の時でした。]-よく覚えてますね。[私の中では、旧、小野次郎さんとNEW、小野次郎さんがおります。]-髪型も変わりましたしね。(笑)メガネも変わりました。[今まで役人然、としてた感じが温和な感じになりました。]-8月15日まで公務員(秘書官)やってたのが16日に辞表書いて17日に自民党の公認証もらって9月11日の投票日でしたからね。1ヶ月無かったんですよ。[公務員のまま、選挙に出てしまった、と。小泉総理の秘書官の1人でしたものね。]-「改革を止めるな!」ということで出ましたのでね。[あの時は、“the自民党”のような感じでした。この1週間小野次郎さんについて考えてみたんですけれど、スペックや今までの経歴などを考えると、今で言う自民党の谷垣さんのような人、なんです。自民党を守り良い意味での古い慣習を未来に伝える、という。それがこれを(本)を読ませていただくと、いきなり秘書官から選挙に出て、みんなの党に入り、結いの党に、そして維新の党、そこからまたストーリーがあるんではないかと思います。]-国会議員になった時は、経歴が経歴だからみんなから〈どんな政治家を目指すんだ〉と(言われました)。自然に皆が言ったのは〈後藤田さんみたいになるんじゃないか、なればいいね〉と。警察出身で官房長官やったりね。僕も(その時は)見上げる存在だから〈え~まあ〉なんて言ってました。今は違うんですよ。野党ですから。楢崎弥之助さんとか大出俊さんとか、そういうラインの方。〈国会を止めてやる〉とか〈予算委員会止めてやる〉みたいな。[谷垣さんのはずがどうして?こちらはこちらで素晴らしいですが。]-もともと警察って役所の中でも1番硬い役所じゃないですか。硬い、というのは個人・自分の感情とか思いを表に出さないで、匿名性、組織の中に隠れちゃうんですね。強い組織だったから、僕は自分が自分の考えで、自分の名前で、意見を言える職業に就きたいと。辞めたら大学の先生か、(又は)物を書いたりしてテレビに出るような、そんな職業がいいな、と思ってました。でも政治家も同じで自分の名前で自分の意見を言えるので、飛び込んじゃったって事なんです。普通の官僚OBのコースを歩みたくはないと思ってたんです。[そうですか。あの風貌からはそういう野望は見えませんでした。今丁度安全保障の問題が参議院に移っていますが、どんな感じですか?]-来週から参議院での安保法制の審議が始まりそうですね。私は維新の党の安保法制の責任者です。維新の独自案っていうのを出しているんだけど、あれをまとめたのは私なんです。[後でいろいろと聞きたいです。難しいですよね。非常に重い問題ですし、私達もこれからどうなっていくんだろう、と思っていますけれど、小野次郎さんが説明してくれるとすごーく分かり易いです。]-ありがとうございます。それもなんだけど、さっき「なぜバリバリの官僚が政治家になって」って言われたじゃないですか。僕は今こういう時期に野党にいて独自案を出せた、って事が「私が政治家になった意味があるな」と思うんです。あのまま自民党の中にいたら、「当選何回です」とか言って中堅の政治家みたいになって、たぶんどちらかというと異論は唱えない立場に入ってしまったと思います。でもこんな時に、自分の経験を生かしながらあの法案を作ってるんですよ。それを目に見える形で国会に出せるというのは、何でも反対じゃ困りますけど野党に行って維新の党のような第3局の政党にいて、だからこそ出来たので、その1回だけでも野党議員になっている意味があるかな、と思います。大事な時に大事な役目を頂いてるな、と思っています。[前に出て下さった、落合議員も「維新の党は小野さんがいなかったら大変だった」と仰ってました。]-“日本維新の会”の系統の人もいるし、僕たちは“みんなの党”“結いの党”でしょ。民主党や自民党から来た方もたくさんいるしね。51人の議員が最初から安全保障について同じ考えではなかったんだけど、21回会議を開いて「共通項で政府に対して対案を示せるのはこういう部分だよね」っていうのを、まとめていって。僕のオリジナルな部分がどのくらい入ってるかというと、ほんの1部分なんだけど、全体としては「みなさんこれでいいですか?」と言いながらやっていったんです。[いろいろな難しい議論をされてるなか、口調はマイルドだけど中身は厳しいみたいな物言いは、やはり暴力団対策をやられてたからなんでしょうか。(スタジオ内:笑)独特ですよね。]-でもね、死んだ母がよく言ってた。「子供の頃からおまえは口が上手くて、誠実そうに言うから、まあいいか、と言ってしまう。しばらくして子供に騙されてるんじゃないか、と思うことがある。」って言ってました。上手く例示を上げたりして、「お母さん、ほらあれと同じでしょ。」って感じでね。[声も良いですね。]-ありがとうございます。それと“アネクドート”って言葉があります。アネクドートってのはソ連の時に言われたらしいんだけど、人を批判したり攻撃したりするとすぐ弾圧されて捕まったりするんだけど、寓話、比喩を使って批判するんだって。分かりやすく言えばイソップ物語のように話を掏り替えるんですよ。話が分かりやすいのと、攻撃された人も「捕まえろ。」とは言わないじゃないですか。「あいつ、俺のことを批判してるな、」とは思うんだけど、間接話法だから。政治家にとって、声が良いって事も大事なんだけどもうひとつ。たくさんの比喩を持っていて「この例と似てるよね」って。言われた人は、俺のことを当てこすってるな、って思うんだけど直言してないからね。許してくれるというか聞き流してくれるというか・・・。[こうやって考えて話してるんですね。これじゃあ共産党もタジタジでしょうね。]-タジタジじゃないです。この間も、小池晃さんとね。[見ました]-何かいつもと違って変でしょ。[何かマイルド路線というか・・・]-高校の先輩後輩なんですよ。だから控え室にいる時に「同じ高校だよね。」なんて言って。スタジオに入ったら先輩みたいな扱いだったんだよね。[あ、そうなんですか。]-筑波大付属駒場。[頭良いんですね。そうですか、そういう関係が下地にあったんですね。]

●幸せ度数年表

小野先生幸せ度数年表

 

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[1953年どちらでお生まれになったんですか?]-板橋でね。[今は全国比例なんですよね。こういう名刺を頂いたのでね。]-はい、そうです。[で、お父様は早くにお亡くなりになった。]-23歳の時に亡くなりました。腎臓が悪かったんだよね。[何人兄弟だったんですか?]-4人兄弟。で、よくお酒飲んでね。[どういうご家庭だったんですか?]-普通のサラリーマン。(僕の)名刺が大きくなったのは、父も僕も2代続けて転勤族で。生まれたのは板橋だけど、そこから仙台の小学校に行ってとか東京の中学に戻ってきてとか多いでしょう。務めてからは、北海道行ったり茨城に行ったり鹿児島行ったり。2代続けて転勤族なんで。全国区向きなんだよね。(スタジオ内:笑)[長男ですか?]-はい、長男です。[そして、ご結婚されて長男が生まれたという事ですね。これは、フランスに留学されたんですね。]-結婚する前、父が亡くなった翌年に人事院の留学生で2年間行って、“フランスのタクシーの営業許可制度”で論文を書きました。帰ってきて、結婚して長男が生まれた32歳ぐらいの時かな、外務省に身分が変わって、1等書記官でパリの大使館に3年間行きました。2度フランスに行ってるんです。フランスで勲章を貰ってるんですよ。スパイじゃないですよ、日仏に貢献したという事でね。[(小野次郎さんは)ヨーロピアンテイストですよね。コーヒーの本出していますよね。]-〈フレンチローストの薫るとき〉っていう本を書きました。[読んでみたいですね。そしてもともとは東京大学法学部を出て警察庁に入ったんですよね。そして最後は鹿児島県警の県警本部長をやられて暴力団対策をされていたと。]-うん、最後はね。暴力団対策の課長もやりました。山口組のお屋敷に見に行ったんですよ。そしたら防犯カメラが動いてて僕の方を向いてる気がしたんです。そしたら〈今日は偉い人が来るから〉って連絡してあるって言うんですよ。そんな事してくれなくていいのにね。[見られてるんですよね。やはり死と隣り合わせと言うか、恐い世界なんですか?]-銃器対策課長といって拳銃の取締りの課長もやってましたからね。何年かたって暴力団対策の課長でしょ。同じ警察庁の官僚の中でも一番強面なPOSTばかりやってたんですよ。うちの息子がある民間会社(の面接)を受けた時に(その会社の)社長さんをたまたま知ってたんですよ。後で、電話を頂いて「お父さんの事を尊敬してるか」って聞いたんだって。そしたら「警察の時代の父を尊敬しています」って言ってたって。政治家になってからじゃないんです。暴力団対策課長をやってた時の方が危険はあるけど毅然としてた、ってイメージが子供心にあったんじゃないのかな。[奥様やお子さんとは普通に会話していたんですか。]-してましたよ。仕事の中身の事はあまり言わなかったけどね。[言えないですよね。普通に(ご自宅へは)帰って来れるんですか。]-普通に勤務していましたよ。自分が現場に潜り込んでってことは無いですからね。[警察の方って目つきが違いますけど、きっとその時は違ったんでしょうね。そして、普通に省庁でお勤めをされていたにも関わらず、いきなり総理大臣秘書官ということで。]-鹿児島から戻って暴力団対策課長を1年やってたら、人事課から「また転勤だ」って言ってきて「地方ですか?」って聞いたら「すぐ近く」って言うんですよ。「官邸の総理秘書官をやってくれ」って言われて。廊下に飛び出して携帯で家内に電話しました。「それ正式に発表になったの?(奥様)」「特別に個人的に教えてもらったんだ(ご本人)」って。「だったら断れるんじゃないの?あなた向いてないから(奥様)」って上から目線で「あなた秘書官なんて出来ないから早く断った方が良い(奥様)」なんて言われて。(スタジオ内:笑)でも官房長に言われてそれ断ったら出世が無くなっちゃうから、黙って受けるしかないんだ、って言って受けたんです。[それは、2001年に小泉さんが小泉内閣を。]-うん、出来た時にね。秘書官の人事ってこっそり決める訳じゃないから、小泉さんがなる前日か2日前ぐらいに内示が来るんです。[そういう段取りがちゃんとされてるんですね。その後4年半秘書官をやられて。]-僕、皇居なんか行った事なかったのに秘書官だったから、天皇陛下から小泉総理が任命書を貰う時隣の部屋にいて、(式の)段取りを小泉さんに振付するんです。やったことないのにおかしいよね。[秘書官は4人いるんですか?]-政務秘書官がいて、財務省と外務省と警察庁と経産省と4人います。[その4人のうちの1人で警察から行ったという事ですね。今の総理の秘書官だったら、今の法案に非常に深くかかわってたかもしれないですね。]-安全保障、危機管理担当でしたからね。[日本一の危機管理のプロと言われてたんですよね。]-内閣が1年か1年半で代わっていくじゃないですか。4年半もそのポストにいた秘書官って戦後いないんですよね。[すみません、ツイッターに髪の危機管理、ってきてます。]-あ、こっち?(スタジオ内:笑)鹿児島の県警本部長が終わってからもう15年経つんですけど、(無給なんですけど)歴代の知事から鹿児島の宣伝してくれ、ってことで薩摩大使になってるんです。今年の春もまた更新するって、知事がいってきたから「山梨の方に本拠地があるし政治家も10年やって鹿児島の宣伝ばかり出来ないんです。」って言ったら「何か1つでいいから宣伝してくれ」と。「じゃあ夕方6時以降は芋焼酎のお湯割りを飲むことにして、それで鹿児島の宣伝するんでいいですか?」って言ったら「それで結構ですから」って言われたんです。で、飲み屋さんに行くじゃないですか。普通ビールから始めますよね。次に芋焼酎のお湯割りってお願いすると、「濃さはどれぐらいですか?」ってお店の人に聞かれます。それで「ごく薄くしてくれ、これぐらいに(頭を触りながら)。」って言うと初めて行ったお店でも、若い女の子が笑いかけるんですよ。「今、君笑ったよね。」って言うと「笑ってません。」って言うの。「笑ったような気がしたけどな。」って言ってね。で、お湯割りが出てきて飲んでワザと「これタダのお湯じゃないか。」って(グラスを)置いて、「そういう目で僕を見てるのか。」って言うの。すると2度目にまた笑うんですよ。無理矢理2度笑わせるっていう・・・。(スタジオ内:笑)そういえば、この間美和さんのお母さんと中央線の特急列車でいっしょになったんですよ。きれいな女性が乗ってきたんですよ。変に思われちゃいけないから声かけないでいたんです。なんとなく印象がダブって。すごく似ていますよね。そしたら、「佐野美和、って知ってますか?」って。「前にインタビューしてもらったことがある。」って。それで、八王子まで25分間ぐらいかな。ずっとお話してね。素敵な奥様でね。男って出会ってデートして家に行った時に、家にお母さんいますよね。お母さんを見ると30年後にその人がどうなるっかってイメージが湧くんですよ。(美和さんは)30年後もきれいだわ。[うちの母は、私の年ぐらいの時、もう未亡人になってますからね。私は、いかずなんとか、で。]-そうなんですか。とっても素敵なお母様でした。[ありがとうございます。]-後ね、1度しか(美和さんに)会ってないのに〈僕の事を良い印象で伝えてくれたんだな。〉ってのが分かった訳。でなきゃ声かけないもんね。[そうなんです。小野次郎さんの事はいろんな人に話しました。]-だって、仕事でたくさんの人にお会いしてるのに、電車の中で声をかけてくれて。娘さんがお母さんに良い印象で伝えてくれたんだな、と思って、ジーンときました。[ごめんなさい。ありがとうございます。で、その後、最初にインタビューした後にお母様亡くなられたんですね。]-衆議院議員になって2年目です。老人ホームに入っていて亡くなってね。国会議員になったことをどれくらい知っていたか分からないけれど、ホームの方が、言ってくれてるみたいで、ときどき「おまえ偉くなったんだってね。」って言うので解ってはいたみたいですけど。[お幾つで亡くなったんですか?]-85かな。[はい、そして落選。2009年の自民党が大敗した時ですね。]-民主党に政権交代があった時ね。落ちちゃって。[山梨3区ですよね。今は山梨3区は無いんですよね。]-そうなんですよ。さっき8月15日まで公務員やってて辞めて、翌日選挙に出た、って言ってたでしょう。そうやって受かっちゃったじゃないですか。僕は公務員から衆議院議員にそのままなって落選したので、全く収入の事を考えていなかったんですね。落選して気が付いたのは、収入がゼロだということなんです。息子3人いて上の子は大学院、下の子はまだ学部の学生です。3人に「すぐ奨学金をもらいに事務局に走れ!」って言って。それぞれ手続したんですけど、ある息子は「どうして、急に申請するの?」って事務局に聞かれたんです。「父が失職しまして。」って言ったら「それは大変だね。お父さん何やってたの?」と。「先月まで衆議院議員やってました。」って。そしたら、そういう人は金持ちだからと受けてもらえませんでした。あれは、前年の収入でやるからね。[その当時落選された自民党員に聞くと、銀行がお金を貸してくれなかったそうです。]-もう一人の子は奨学金が貰えることになったんですよ。「手続きして新年度から貰えることになったよ。」「良かったね。」なんて言ってたら次の年に参議院選挙にトライして受かっちゃったんですよ。7月にね。で、家族でご飯食べてるとき子供が母親に、明日とか来週とかに貰いに行く、って言ってるの。「何を貰いに行くんだ。」って聞いたら、第1回目の支給日だっていうんですよ。家内と相談して、参議院議員になったから貰う訳にはいかないだろう、と。「誰か別の人が貰えるようになるから断ってこい。」と言って断らせました。[そしてなんと、この参議院選に出られた時は“みんなの党”に入ってたんですね。]-渡辺喜美さんですね。[ここからnew小野次郎 になってるんですね。]-政治家ってね、選挙の時にはめがねも髪型も変えられないんですよ。参議院選挙の時は、前の衆議院の時のスタイルでやってたんだけど、だんだん〈持たないなあ〉と思ってね。で、受かったから変えるなら今がチャンスだと思って、めがねも髪形も変えたの。[めがねに目線が行くからスタイリストが付いたのかと思いました。]-これは、新宿と渋谷のめがね屋さん、3件目ぐらいで見つけたんですけど、“笑福亭笑瓶”っているでしょう。前に僕と会った時、硬いと思ったでしょう?硬い経歴で硬い性格だったんで、イメージチェンジして柔らかくなりたいと思ったんです。(それで)笑瓶さんみたいなめがねが欲しいと思って、新宿のめがねやさん行って見つからなくて、渋谷のめがねやさんを紹介してもらって、そこで手作りみたいなやつを見つけました。鼈甲じゃなくてセルフレームですけどね。[なるほど。そして、小泉さんにもお会いして〈自民党を出てみんなの党に入る〉と。小泉さんとしては、1~2ヶ月も前から小野さんがそういうふうに思ってるんだったらしょうがないな、と諦めたと。]-総理をやり総裁をやって、今では最高顧問かなにかになってるんじゃないですか?自分の秘書官だった人が党を出ちゃうというのは、一応は止めなきゃいけない、という気持ちはあったんでしょうけど、〈思い付きじゃなく何ヶ月も前から考えてたんだったらしょうがないね〉と言って。でも小泉さんって最近「脱原発だ」って、何と言われようと、言っていますよね。[小野さんも小泉さんも違う方向に進んでるという。]-どっちも共通しているのは、やむにやまれないときは発言するし行動する、ということ。僕は教わったと思っています。[安全保障に対する問題について小泉さんはどうだったんですか?]-どうなんでしょうね、最近意見交換はしてませんけどその事ではあまり・・・。どちらかというと、郵政民営化とか、そっちのほうの経済とか財政のほうがお得意というか、関心が強かったから。僕が秘書官のときは・・・、そうだ、“有事法制”ってのがあったんですよ。小泉内閣の時に出来たんだけど、その時小泉さんは「政権交代があって民主党政権になっても維持される制度じゃないといけないから、〈小沢一郎〉と〈鳩山由紀夫〉の了解を取って来い、と。だから1年で決めずに翌年まで国会を持越しして、自民党・公明党・保守党と3つの連立与党だったけど、それ以外に民主党さんと自由党さんの修正意見を全部取り入れて。「なんだっていいんだよ。とにかく大多数の国会議員が賛成するのがいいんだから。」と言って、2年掛けて民主党も自由党も全部取り入れたから、あの時は国会議員の87%ぐらいが賛成したんですよ。小泉さんって凄かったよね。ざっくりしてるというか、「なんでも取り入れろ。」なんて言ってね。今みたいなやりかたしてると、みんな意地になっちゃってね。これじゃあ、何年か後に政権交代になった時、決して良くは言われないと思いますよ。こんなに強引にやってるとね。内容以前にね。ケチケチしないでどんどん、小泉さんみたいに「まとまれば良いんだよ。」という風にやった方が早い、と僕は思いますけどね。[そうですか。そして、みんなの党が解党され結いの党へ、そして今の維新の党に行かれたという事ですね。]-結いの党では幹事長をやって、維新の会との合併を協議する責任者になったんです。[そうですね。今は小さい所で頑張っているんですね。]-そうですね。〈野党第2党〉というんですかね。[わかりました。それでは一旦締めたいと思います。]

●最近の政治トピックス

[ずっと言われている、安全保障、集団的自衛権の問題が参議院に。審議はされてるんですか?]-まだですよ。特別委員会の設置が今日決まったんです。45人で委員会を作ることにしたんで、小さい政党、社民党や生活の党も1人づつ入れることになりました。福島瑞穂さんとか山本太郎さんの所とか誰か1人入れることになりました。「全国民の関係するテーマだから発言や質問のチャンスを与えたほうが良い。」と要求したんです。[衆議院では小沢(一郎)さん発言する機会も無いみたいですね。前回の落合さんと「政治って悲惨だね」っていうことを話していたんです。]-数が全てだからね。[維新の党のスタンスとしては〈集団的自衛権の要件が政府案と維新案で違う〉ということですよね。]-“集団的自衛権”とあまり言わないで欲しい。僕たちは“個別的自衛権”“集団的自衛権”を延々と議論をしてきたじゃないですか。自衛権てのは、日本の国を守るために必要最小限度で、他に手が無いことであれば、それは憲法も許してるんだ、と。(だから)自衛権で十分だと思ってるんです。私たちが独自案で出したものは、条約に基づいて日本の近辺で日本のために活動をしている外国軍隊が攻撃を受けました。それに引き続いて日本が攻撃される明白な危険がある時には、私たちは第1撃を受けた時に反撃しますよ、ってことを武力攻撃危機事態、と書いてあって、最初から最後まで全部自国防衛、日本を防衛するためだけの規定だから、これは個別的自衛権と呼ぶことが出来るんだ、と思ってます。[武力攻撃危機事態、って難しい言葉ですね。私たちはどういう風に思ってればいいんでしょうか。]― ネーミングもね。準武力攻撃危機事態、とかいろいろあったんだけど。今までは、日本の領域が攻撃されれば“武力攻撃危機事態”と言っていて、それに準じて、日本の領域の外なんだけれども、日本の為に活動しているアメリカの軍艦や軍隊が攻撃された場合は、日本が攻撃されたのと同じにみなして、日本は反撃する場合がありますよ、という意味なんです。政府の提案になっている“存立危機事態”。これも難しい言葉なんだけどね。これは“ホルムズ海峡の機雷問題”とか、そういうことまで、やろうとしてるんだけど私たちは「それは駄目だ」と言ってます。なぜかと言うと、私たちが許している憲法の自衛権というのは、日本が武力攻撃を受けるのを座ってやられるままになってる必要はないよ、反撃してもいいよ、というのが最大限の憲法の読み方であります。経済問題や外交問題で石油が来なくなる、天然ガスが来なくなる、とか物資や電力が不足するからといって、その原因を作った国に武力行使に行くというのは、それは専守防衛じゃないでしょ、という考えで、そこが政府案とうちの案の違うところなんですね。[小野さんもいろんな番組で仰っているように、今の政権が善良な気持ちで行使すればいいんだけど、10年後20年後にどの政権がどうなってるかわからない、全部に適応したちゃんとした法律を作ろうよ、って事ですよね。]-憲法と法律の関係っていうのは、もっとも懸命なる総理が最も慎重に運用すれば憲法の枠内に収まって大丈夫だ、っていう法律じゃ駄目なんですよ。どんなに横暴な政治家がどんなにずさんに運用しても、この法律を運用してる限り越えちゃいけない壁を越えません、というので合憲になるじゃないですか。ところが今の政府が出している案は「私たちを信用して下さい、私たちがそんなことするわけ無いじゃないですか。」みたいに言ってます。法律っていうのは政府の行動を縛るためのものでしょう。十分に歯止めになっていないということです。安倍総理は立派な方かもしれないけど、横暴な方や軽薄な方が総理になったら、この規定を使えば出来るじゃないか、ってなっちゃう。憲法を越えてしまうんだよね。そういう法律の規定の仕方では合憲とはいえない、ってことです。[この自衛権が行使されるとき、安倍さんだっていないかもしれないですよね。]-そうですよ。[維新としては憲法の範囲以内でやって欲しいと。]-他の野党と違うのは、〈廃案にしてしまえ〉、とか〈個別的自衛権、集団的自衛権に触れるものはすべて反対だ〉という党も多いんだけど、うちの党はね。今の日本を取り巻く軍事的な脅威の中で我々が法律を整備して日本の防衛を強化する、というのは分かるけど、あくまでも日本国憲法で許され認められた範囲以内でなんとかやりくりするべきだ、ということです。例えば、集団的自衛権という土地があって、隣に個別的自衛権という土地があります。安倍さんは手狭になったからこっちにはみ出して隣の土地に家を建てようとしてるわけですよ。〈ちょっと待ってよ、容積率を見ると200%と120%しか使ってないから3階を建てることが出来るんじゃないですか?〉ってのが我々の考えです。すぐ隣にはみ出すんじゃなくて、出来るだけ容積率の範囲内で(個別的自衛権の範囲内で)考えていくのが先じゃないですか。我々はそういう考えです。[安倍さんの言い分を聞いてると、〈なるほどな〉ってところもありませんか?小野さんのお話も〈ああ、そうかな〉とも思いますけれども。]― ん~、母屋があって離れがあって、ってやってましたね。離れは日本の近くにいるイージス艦のことですか。母屋も離れもアメリカだって言ってたじゃないですか。そうなると存立危機事態ではなくて、私達の武力攻撃危機事態を総理は説明されているように見えますよね。「アメリカ本体ではなくて日本の近辺にいるアメリカ軍が攻撃された場合のことなんです」っと言うんだったら我々の事ですからね。もともと総理は、「ホルムズ海峡の機雷で封鎖されて日本に石油が来なくなる時には原因を作った国には武力行使に行きます」と言っていたのに随分とコンパクトになってきてます。だんだん我々の提案を受け入れようとしているのかな。という気がしています。[そうですか、じゃあ維新の党としてはねぇ。]― うん、もうちょっと押した方がいいかな。ハハハハ(笑)[小野さんの言い方良い感じですよね。民主党なんかだと〈あれは、いけない〉っていう所から入りますから。]― それは、僕が割り切れてない部分なんだけど気持ちの中に、安倍総理の袖を引っ張っている気でいるんです。「総理、それはなりません」と。「お考えは分かりますけど、学会を敵に回すような、憲法の学者とか内閣法制局の関係者とか、自らを助けてくれた方々が違憲だと言ってます。それを、〈関係ない、100の専門家の意見よりも最高裁の判決だ〉とタンカを切っちゃ駄目だ、と。どこかで僕は、きつく聞こえる人もいるかもしれないけど〈そうじゃないですよ、私だって貴方の傍にいたら止めたほうがいいよ〉って言ってますよ、と。そういう思いで議論してるもんだから。[なるほど、その背景が見えるからなんですね。それは、ずっと小泉政権にいた方なので小野さんしか分からないかもしれない。]― 小泉さんが総理大臣で、安倍さんが官房副長官だったり官房長官だったりしてるから、僕にとってはある意味上司というか、同じ官邸に働いた仲間でもあるのでね。その頃だったら〈そう、おっしゃらないで。そこは慎重にされたほうがいいですよ〉と言ってたと思うんですよ。その延長で僕は言っているんです。〈発想自体がそんな事ありえない〉って言ってるんじゃなくて〈オーバーランしちゃ駄目ですよ〉と。〈あんまり専門家を敵に回したりしないでなんとか収まるようにやった方がいいですよ〉と。〈政権交代があって貴方だって何時までもやれるわけじゃないんだから、そうなった時も不承不承でも貴方が残した制度を、相手の対立する政権の人も受け入れて、同じ制度でやっていくようにしなきゃ駄目なんじゃないですか〉と。身近にいても安倍さんに言ってると思うんですよ。[でも法案が衆議院を通ってしまったということは、やるほうとしては今のタイミングしかないのでは?]― 総理も維新との協議は継続して修正の可能性もあるみたい、期待してるみたいな事もおっしゃってますよね。テレビにも新聞にも出てますけども、私達としては原点が、憲法適合性がある範囲以内で日本の防衛を強化する、という考え方です。憲法適合性だけは、専門家からちゃんと評価を受けるようなものにしないと。後の部分は、自民党が多数派を持ってるんだし、いいかもしれません。総理が判断するんであればね。憲法適合性だけは長い時間を見たときに、やっぱりはみ出ては駄目ですよ。最後まで言っていかないといけないです。[維新の党の指針に反して、憲法適合性から外れたとして、集団的自衛権行使が行われて最高裁まで行って、〈違憲〉となったらどうなっちゃうんですか?]― そしたら法律を作り直すしかないです。大丈夫だと思っていても事件が起きた時に、そういう判決が出るかもしれないけど、作る前から、調査によっても違うけど、9割以上の学者さんが〈そりゃ駄目ですよ〉って言ってるものを強引にやるのは、民主主義の中では避けるべきだと思います。[もともと小野さんは、憲法に対してどういう観点をお持ちなんですか?]― 僕もうちの党もそうだけど、例えば、首相公選制とか一院制にするとか地域主権型道州制とかは、全部憲法を改正しないといけないんですよ。だから、憲法改正はするべきです。でも、基本的人権とか国民主権とか、日本国憲法の平和主義、そういった基本的な部分は簡単に変えるべきじゃなくて、統治機構というか政府のしくみみたいな部分を変えるのはいいですよ。国会の会期末とかいうじゃないですか。何処の会社もそうだけど、会期なんてないじゃないですか。365日ずっと続いてるでしょ。会期なんて止めて通年国会にして、ちゃんと休みはとってね。そうすれば会期末でせっかく審議した法律が廃案になっちゃうとか、無いじゃないですか。そうすればいいと思うんだけど、憲法に〈会期を置く〉と書いてあるから改正しないと出来ないんですよ。70年使ってみて使い勝手が悪い分はどんどん直せばいいと思うんだけどね。〈憲法に触ること自体はいけない〉っていう人がいるけど僕達はそういう考えじゃないです。ただ戦争放棄とか専守防衛の部分は守っていかないといけないと思うんですね。[戦後何週間で作った憲法ですけど、まだちゃんと使われていてすごいですよね。GHQ恐るべしって感じですね。]― でも、戦争放棄の部分は戦争に負けた日本の政治家の多くの方達がそれを望んで入れた、っていってますよ。二度とそういう事にならないようにと。アメリカ自身は戦争放棄になっていないんだから、アメリカが押し付けたというのは〈戦争放棄〉については無いと思いますよ。他の部分についてはアメリカが言ったと思いますけど、もう懲り懲りだという気持ちの方が強かったと思います。だから多分、私達や親の世代の人達はその部分については、別にアメリカ軍に押し付けられたからではなくて、あの戦争を少しでも見たことがある人にとっては、もう懲り懲りだと思ってる気持ちが非常に強いんじゃないですか。[戦後は人口ボーナスとかいろいろありましたけれども私達は夢を見せられたじゃないですか、そのことには感謝したいですね。]― そうですね。[日本人の勤勉さもリンクしたと思うんですが良い時代でした。]

●今だから言えるあの日のあの出来事

[ちょっと裏話的なことを教えて下さい。小野次郎さんはとてもアクティブで政党渡り鳥みたいに感じるんですけど、経歴やスペックをみると信頼感がありますよね。]― 僕は変わってません。さっき申し上げた〈何故、政治家になったか〉というと、自分の名前で自分の意見を発表できるような職業に就きたい、と思っていて政治家になるチャンスがあったのでなったんです。小泉さんが去った後の自民党は〈改革を止めるな〉と、〈改革に反対する人はすべて抵抗勢力です〉とか言ってたのに、小泉さんが居なくなったらそうでもなくなっちゃったんです。それよりは改革派の政治家としてやりたいと思ったんで“みんなの党”に移ったんです。そういう意味では、第三極、改革派、というイメージは自分では変わっていないです。実際の政治の中では、それで長期間やっていくのは難しいんですよ。自民党や民主党が上手だな、と思うのは、政権に就いたときいろんな意見の人が権力を握れます。目標があるために、皆党から出ないでいっしょに居るんですね。自民党でもこの間、安保法制で退席した人がいたじゃないですか。自民党って偉いな、と思ったのは〈処分もしません〉って言うじゃないですか。膝が痛いとか言ってましたね。そういう事で許してあげてる、っていうのが自民党の強さですよね。そういう方が何時か大事なポストに付くこともあるんですよ。ところが小さい党は〈なんであいつ出なかったんだ〉って除名にしちゃうとかあるんだけど、自民党や民主党とか大きなところは受け入れちゃって、それがずっと続いてくから、長く続くんですね。[内輪もめで宣伝材料にしていく、という十八番を持ってますからね。小野さんはその中枢にいたわけですね。]― 維新の党もね、幅広くいちいち意見が合う、合わないだけでもめないで、〈みんなで大きな党にして政権をめざそう〉という目標でやってかないと。急にトイレに立って採決にいない、とか有りにしてあげなきゃいけないんですよ。自民党は上手ですからね。中腰の人、って知ってる?〈起立を求めます〉って言うじゃないですか、あの時に〈立ったのかな、座ったのかな〉って中腰だったって人がいて、カウントされてるのかされてないのか曖昧らしいんですよ。後から、〈俺は反対だった〉って言うらしいんですけどね。その人も処分されませんからね。トイレに行った人とか膝が痛い人とか皆オッケーです。幅があるんですよ。そういう人達が大臣になりますから。[民主党だと〈刑罰に処す〉って感じになりますよね。]― 小さいと尚のことね、欠席しただけでも除名になった女性が居たじゃないですか。どうしても厳しくなっちゃうんですよ。[そうなんですね。じゃ、質問をどうぞ。]

●質問コーナー

[先ほど維新の党の中だと意見をまとめるのが大変だというお話がありましたが、たたきは誰が作られるんですか?(スタジオ内のお客様より)]― そうですね。それはたたき台は無くて誰かが言ったのを、最初のたたき台にして他の人の意見を求める、ってのもあります。あと、事務方と相談して〈外の党ではこういう意見が出てますよ〉というのが分かるものであれば、それを書いておいて〈外ではこういう修正意見を出す、と言っているけどうちはどうするか〉みたいな。ルールがあるわけじゃないですね。21回開いた中には、1回まとまったところを、議論をリオープン、蓋を開ける人がいて〈この間のとこおかしい〉と言ってまた議論したりして、そうやってる間にだんだん引出しの中が整理されていくようなもんで、収まりが良くなってきます。右よりの人も左よりの人もいるんだけど、最後は自分の言い分も1文ずつ入ってるから、ってなことで落ち着いて。そうなると強いですよね。[その21回の間に〈どうしてもこれは嫌だ、認められない〉みたいな事を言って、やっとその落しどころで決まるみたいな?(スタジオ内のお客様より)]― あんまりそういう事を言う人がいる場合には、その人の言い分を反映するように、表現を少し変えたりもします。[党の中でも、与党と野党が戦うぐらいの激しい言い合いみたいなのも結構?(スタジオ内のお客様より)]― この間の安保法制については、そんな事は無かったですけど、1番激しかったのは労働法制とか。維新の党って自由主義の政党じゃないですか。基本的には規制緩和の政党です。でも、規制緩和にも良くない場合があって労働者の権利というか健康とか安全に関する部分、そういうのは規制緩和で済む問題じゃないじゃないですか。例えば、長距離バスの運転手さんの規制緩和なんてやってると、休みが殆ど無くて連日運転業務で、高速道路上で凄い事故になったりして、そこはしっかり管理・監督をしないといけないと思う。自由主義が必要な規制とぶつかった時ってのが、うちの党にとっては意見が割れるところなんです。児童ポルノをビジネスで作って売るような商売に規制かけるのも、基本的には我々は自由主義だから規制緩和なんだけど、子供さんてのは、批判出来ないというか拒否できないわけじゃない。そういう部分は、道徳やモラルという面で規制をかけなきゃいけない。そういうところは、維新の党は(意見が)割れるんですよ。自由派と規制派で。[それで切磋琢磨されて良い意見が生まれるわけですね。自民党はそういうのが上手ですよね。]― 自民党はね、農協の事とかになると改革が腰砕けになるじゃない。ああいう政党だからです。僕らの場合は、規制緩和の政党なんだけれども、〈そこは緩和出来ないじゃないか、残すべきだ〉と社会政策的な部分とかモラルに関する部分になると意見が激しくぶつかるんです。[そうですか。分かりました。それでは、次の議員さんをご紹介していただけますか?]

[最後に一言、私から質問いいですか?小泉さんのところで安倍さんをずっと見てこられましたよね。こういう展開になると思ってました?安倍さんは何時かはこういう法案を出すだろう、とか。]― そんな風には見えなかったですけどね。[そうですか。わかりました。お忙しい中番組にご出演いただきましてありがとうございました。]