岩永 ひろき
いわなが
第112回
2014年04月02日 放送

日本維新の会 岩永 ひろき 衆議院議員

お父様は小泉内閣の農林水産大臣という、自民党一家に育ったにもかかわらず、岩永ひろき議員は志を持って日本維新の会に一人飛び込みました。  元やんちゃなティーンだった岩永議員は、ザ男気の気質。その男気にひかれてか?同僚の浦野靖人衆議員、木下智彦衆議員、そして前回ご出演の山之内つよし衆議員までスタジオに遊びに来ていただきました。  ホントは近隣の居酒屋で、民主、維新、結の党の野党会合がこの後行われたのでついでに来て頂いたのですが(笑)、これも岩永議員の男気人徳に違いありません。  因みに、浦野衆議員は維新の会の党内エネルギー政策会議で、あの石原慎太郎代表に「でていけ~!」発言をして、 一躍時の人になりました。維新の立ち上げからかかわっている、維新愛の強い浦野衆議員の熱い思いが思わず口に出てしまった一幕でした。そのあと石原さんに挨拶に行ったところ「俺も若い時はそうだった」という石原さんらしい対応をしてくれたそうです。 維新も良い政党だな。。。としみじみ思いました。

(以下、動画より文字おこし)

日本維新の会 (‘滋賀4区)比例近畿ブロック 1期目

●幸せ度数年表

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第112回岩永裕貴

宜しくお願いします。有難うございます。(やはり新年度1回目でシマル)-お招き頂いてホント有難うございます。嬉しいです。(どちらの選挙区から?)-滋賀4区という所からやって参りまして・・滋賀4区というと私の生まれ故郷が、この狸<狸の置物を手に取りながら>で有名な信楽という町で生まれ育った・・これは忍者の狸になっているが、甲賀忍者で有名な甲賀市信楽町という所で生まれ育ち、他の選挙区には竜王町とか日野町とか東近江市とか近江八幡市とか湖南市とか、その辺りが一帯となった滋賀県の一番山奥の方から今日はやって参りました。(商売上手な所?)-商売上手な所。ペンペン草も生えないという近江商人の・・(そこで生まれ育った?)-信楽というのはちょっと違う・・選挙区の日野、近江八幡、東近江とかその辺りは近江商人の発祥の地で有名な所。(うちも先祖が商人だから親しみがある)-そうですか、今見直されていて近江商人、この時代にあってこの国際的な社会の中で近江商人の「三方良し」というのがある・・売り手も良し、買い手も良し、そして世間が良くなるという考え方をもう一度見直していこうという動きも・・(やはりお金がないと経済も回らない)―そうなんです。(どなたかに似ている)―よく言われるのが、お笑い芸人の陣内智則さんとか、よく「似てるね」と言われる。(お笑い芸人に似ている方は国会議員に多い)―(笑)そうなんです。(今一期目?)-一期目です。まだまだ若輩。

●幸せ度数年表

1973年、昭和48年生まれ。今40。(お父様は自民党の閣僚だった?)-小泉内閣の時に農林通産大臣をさせて頂いていた。(農林水産大臣の岩永大臣の息子さん、でも日本維新の会。そこのねじれ現象も繙いていきたい。お生まれの時にはお父様は国会議員だった?)―うちの親父は魚屋の息子で、二十歳位から地域の街づくり活動をずっとやっていて、28、9歳の時に信楽町の町会議員になって、それで次に県会議員をやらせて頂いて、それで55歳位か、国会議員に成らせて頂いた。(小泉政権の閣僚として農水大臣になった。魚屋さんから成り上がってたいしたもの、信念が)-魚ですから(笑)繋がっている。(お父様は魚屋をやめちゃった?)-魚屋は継がずに・・おじいちゃんとおばあちゃんがやっていたが。(岩永議員が生まれた時は、町会議員?)-県会議員だった。(選挙とかは小さい時から親しいものだった?)-そうですね、父も10回以上選挙をしているので身近な・・(家族が一番犠牲になっている、良い面もあると思うが)-色々と勉強させて頂きました。((幸せ度数年表)でここでグッと下がっているが)-18の時単身アメリカに留学をした。それで何故留学をしたかという話だが、結構私は無茶苦茶田舎者で、今も私の実家、生まれ育った所の全校生徒10人位の小学校があって・・(少子化だから?田舎だから?)-いや~少子化もあるでしょうし田舎もあるでしょうし、働く場所が無いとか色々な事がある中で、結構都会に憧れをずっと抱きながら成長して来たというところで、アメリカというのはテレビを観ていても自分の生活の中でも結構頻繁に情報が・・ニュース等でも「アメリカはアメリカは」と・・(昔のアメリカ輝いていたから)-そうなんです。アメリカというのはどんな所なんやろな、とずっと思っていて・・(アメリカのどちらに?)-コロラド州とカンザス州という所・・(結構田舎)-それも田舎。出来るだけ日本人の居ない所で本当のアメリカというのをを見てみたいな、というのがあって、そこに行った。私達日本から見るとアメリカというのは物凄く大きな存在だったが、アメリカから見た日本というのが凄く小さな存在。人種差別も受けた、日本人ということだけで。(どうやって?具体的には?)―例えばレストランに入り、日本人ということだけでオーダーを取りに来てくれないとか・・(そんな意地悪をする)-そうなんです。ガソリンスタンドでガソリンを入れようと思っても、レジの処で出してくれたりするが、最初にお金を渡して「幾ら分」と。そういうのもガソリンを出してくれなかったりとか・・(観光地に行けば日本人はウエルカムだが地域でまとまっている様な所ではまだまだ差別がありアジア人に対して偏見がある)-そうなんです。根強いものがあり、そういう経験をずっと7年間いたが・・(7年間も?)―大学二つ卒業して来たが、最初はその衝撃が大きくてここ(「幸せ度数年表」)でガタンと。(よく7年もいた、そうは言いつつ)-そうですね。(政治家として色々な事があるお父様のいる家庭より海外にいる方が良い?)-そうですね、でも本当の自分で居られたというとこらが多分にあると思う。色々な挑戦を7年間。(帰って来てどちらに入社?)-東京の広告代理店で、名前が変わったが、「インターボイス」という会社があり、永田町にオフィスがあったが、特にお客さんが官公庁に多くて・・国土交通省さんとか・・とにかく政界を目指すが・・アメリカで口惜しい思いをした・・(その頃から政治家になると?)-何とか日本の為になるぞという思いで帰って来て、それで外からというか、一業者というか、一民間企業人として霞ヶ関というのを見てみたいなと思っていて、そこでは色々な本音トークを役人の皆さんもしてくださるので。(自分の業者なので)-そうなんです。厳しい事もかなり言われながら・・(今、岩永ひろきさんのところに来る役人は皆仮面を被っている)-被ってるんですかね~(間違いないですよ)-当時はやはり厳しいことも言われたし、広告なので、省庁をどう見せるかという話なので結構本音の部分で・・(結構緩いのではないか、国のお金だから)-いやいやいや。結構厳しく言ってくださるが、型にはまった感じの考え方で・・(これが民間の企業だったら1円でも安くしようと皆さん思うでしょうけど)-最初に見積もりとか・・予算があってからのお話なので官公庁というのは。(予算ありきだから)-そうなんです。((「幸せ度数年表」)「結婚」で下がっている)-いえ、下がっているところで結婚して上がっている。(ここは一番気を遣うところ)-(笑)そうなんです。32の時、サラリーマンを辞めて地元に戻らせて頂いて・・東京から。(地元で知り合った方と結婚?)-そうなんです。友達の結婚式で出会った。(そういう時から議員に成ろうと思っているから色々な事を考える?)-いや~当時結構ヤンチャに育って来て・・滅茶苦茶ヤンチャ坊主・・(どれ位ヤンチャだった?維新は結構ヤンチャが多い)-ヤンチャ多いですか?(中丸さんとか・・)-私も結構ヤンチャで・・(どの程度?シンナーとか?)-そこまでは(笑)。それはないが、田舎だったので、友情とか正義感があって、友達がやられたら・・(昭和の不良?)スポ魂マンガ、映画も大好き。(絞めに行ったり?)-絞めはしない(笑)友達がやられたら自分がやり返そうと。いい意味での友情。(お父さんも大変だった?)-大変迷惑かけました。ホント済みませんでした。((笑)タバコとか?)-そんなのは無いが、ヤンチャだったので結婚とかもやっぱりホンマに好きになった女性としたいなと・・(計算高い大蔵省の考え方ではなく?)―そういう考えではない。(好きになったから「こいつや」と)-はい。ホンマに分かって頂けますか?(分かりました、その背景を色々聞いて。議員を目指していると地元からジェラシーが無いかと気にするが、そういう生い立ちを聞くと無いだろうなと思う)-そういう感じ・・(今もそう?)-基本そうです。ピュア。(結婚してから10年位?)-8年位。その間子供も二人・・女の子、女の子と生まれた。それで上がって(幸せ度数年表)この辺一寸色々下がったりあるが当選させて頂いて、まあ100、80いくのかなと思うが、やっぱり現実はなかなか難しい。ホントに悩みながらというか・・(お父様が、町議から県議、国会議員、閣僚になって、ずっと自民党?)―もう40数年ずっと自民党。(ザ・自民党の家のご子息なのにどうして日本維新の会なのか不思議。ずっと自民党の選挙を見て育った方なので反発があったのか・・)-やはり二世というのが。36歳位の時か一度選挙を自民党から目指すが、でもやはり二世批判というのが非常に強い時であったというのと、ネットとか見てたら分かるが、当時は自民党議員と、政治とお金の問題がかなりワイワイ取沙汰された時・・2008年とか2007年とか。(それで自民党が大敗した2009年の総選挙となる)-そうです。(2009年の時は出られなかった?)―自民党から出ようとはしていたが・・(出てもダメだったから良かった)-(笑)そんな事はない。当時議員さんの事務所に浄水器を付けているとかいう事だけで職を辞任されたりとか、色々な細かい事が沢山取り上げられた中でうちの親父も新聞にそういう事が出て、当時本当に大切な選挙だった・・政権交代がどうかという。人気ではなく政策で選挙をしなくてはならない時に、私が出る事によって相手側はそればかりを突く様な選挙になってしまうという事で、「下ります」と下ろさせて頂いて、自分はもうそこでキッパリと政治は諦めた。維新政治塾というのが立ち上がり、新聞で見たが、自分は政治活動をしていたという事は全く内緒で、応募を出させて頂いて、論文を書いて、維新政治塾に入らせて頂いたという事。(日本維新の会が受け皿となって。こういう方達も必要。一強の自民党には結構似た様なタイプの方が多いというのは正直ある。こういうアウトロー的な方が永田町で過激な発言をされて新風を吹き込むという事で役割を担っている)-そうですね・・(お父様はまだ自民党員?)-そうですね。(お父様の後はどなたが継いでいる?)―自民党の候補者がいらっしゃって、親父の後継者はその方で、私ではない。(でも、そこの選挙区から出てるのではない?)-そこの選挙区から出ている。(信じられない、どういう事?)―親父の後援会の皆さんは、「それだけ親父が自民党のお世話になっておきながら息子は何を考えてんねん」と結構未だにずっと怒られ続けながら・・(滋賀4区にとって、二人国会議員が出たという事は自分達の利益になるから、その時は揉めるが結果オーライ、今となっては)-親父に対して思い入れの強い皆さんからはもう一生許してもらえんかと・・(選挙の時はお父様が今の自民党公認の武藤さんの車に乗り?)-そこまでは全然やってない、引退して3年経っていたので。(わざとらしくなってしまうし)-そうなんです。(どちらにしろ繊細な話題)-(笑)(選挙区に帰ったら今は武藤さんと普通に会話している?)-勿論です。同じ地域の事なので。(民主党だったら口きかない(笑))-(笑)(将来自民党に行くという事は?)-いやいや無いと思います。無いというか・・再編の中で色々な政治的な状況がある中でどうなっていくか全く分からないが。(武藤さんが辞めてしまったりとか・・)-いやいやそんな。もう次行きましょうか(笑)。

●最近の政治トピックス

農林水産関係・・田舎はやっぱり農林水産。あとは国土交通省というところの担当をして、やっている。特に教育についても・・農水と国交省だけに限らないが、私達維新の会というのは地方分権という事を軸に掲げさて頂いている政党。(それは国防、外交は一局集中、永田町に任せてあとの事は地方に任せようという事?)―仰る通り・・(そうでないと国会議員の仕事も大変?)-そうです。選挙のことだけ考えると、地元に行ってお祭りに顔を出してお酒を注がせて頂いてという事を一生懸命やらなければならない反面、やはり国会議員だから・・昨日から消費税も上がったが国内にばかり増税を求めていても厳しいので、やはり国外に向かってどれだけ国会議員一人ひとりが日本をセールスできるかという動きとか、安全保障、防衛とか、しっかりそのあたりを考えなあかんという延長線の中で地方分権、地方の事は地方に考えてもらいましょうという事をずっと訴えさせて頂いているのが大阪都構想だったりする。そうした中で農政についても、この間大きな・・ご存じないかも知れないが、農政の改革が行われ、所謂「減反」というのも止めましょう・・もう40年位続いて来た日本の農政の軸だったが、それを止めましょうと。海外からトウモロコシとか色々輸入して日本の家畜を育てているので、輸入に頼らないで日本国内で畜産系の飼料を作っていこうという大きな大転換があったが、北海道から沖縄まで同じルールで霞ヶ関が発信してやるが、事情が地域ごとに全然違う。北海道や九州は畜産圏で飼料米作ってもすぐに消費してくれるマーケットはあるが、私の住んでいる滋賀県などで飼料米を作ったところでその餌を何処が買ってくれるのかというのがあるし、北海道は北海道の事を、九州は九州の事を、近畿は近畿の事をという大よその地方分権を進めていかにとなかなか難しい。全ての政策がそうだが。(TPP問題も各地方の夫々の主張を聞いているからおかしくなるという事もある)-仰る通りで、滋賀県もずっと京都と競争しようとか、名古屋と、とか色々あるが、もうそんな時代ではない。やっぱり近畿が一体になって、次はソウルや上海、マレーシア、シンガポールと戦わなあかんような時代になって来ているので。地域地域の独自の政策を立てて国際都市として一歩二歩ステップアップできる様な政治を目指していきたいと思っている。(みんなの党と責任野党だが、みんなの党がああなってしまってどうか?関係ない?)-関係無い事はない。地元に戻ると、あまり有権者の皆さん、みんなの党とか民主とか関係なくて一つ、政治とお金の問題という事で捉えられている。渡辺さんの事、これからの説明責任をしっかり果たしていかれると思うが、ああいう事が出ると政治全体の不信に繋がってしまうという部分では非常に残念。(自分も疑いを掛けられてしまう事もある)-非常にあります。(消費税が上がったが、その時はまだ結党されていなかった)-三党合意でうちは入ってなかった。(スタンスとしてはどう?決まったことはしょうがない?)-賛成は賛成だがやはり使い道。(5兆円位ある。待機児童に使うとか言われているが待機児童は15年位前から言われていた)-税と社会保障の一体改革という中での消費増税だが、私から見るとあまりに社会保障に使われている部分が少ないのではないかと、もっとやはり若者、子育て、教育といった部分に年金もそうだがもっとしっかりと使っていかなければならないかという事はしっかり主張している。(日本維新の会としては使い道のチェック、して頂きたいのは。復興税もなかなかロンダリングされて違うものに使われたりとかマンパワーが無いとか言い訳になっている。是非チェックをお願いします)-勿論です。(皆さん元ヤンチャだから大丈夫。すごく期待している)-元ヤンチャ。(それ位でないとダメ。やられてしまう、エリート軍団に)-負けへんように頑張ります。(期待しています)-有難うございます。

●今だから言える、あの日あの出来事

裏話というか、私が人生の中で衝撃的だったのは、さっきの年表(「幸せ度数年表」)に繋がるが橋下徹共同代表との出会いというのが非常に大きなインパクトがあり、それまで政治というのは見て来たつもりだが・・(自民党として)-そうです。その時にあった価値観を3分位、一瞬にして変えられたというか。(それは橋下さんの言葉が良かった?)-言葉とかこの日本に対する思いとか取り組む姿勢だと思う。(目から鱗?)―本当に目から鱗。まず一番最初に言われたのが、維新政治塾で一回目に集まって橋下共同代表がドンとこられて言われたのが、とにかく「自分で自立していない人はこの会場から出て行きなさい」という話をまずされた。自分達の事を、自分で生活ができないとか、自分が国家とかを語るだけの立場・・要は自立だが、精神的な自立、経済的な自立含めてそれだけのものが無い人はまず出て行きなさい、というところから始まって、「これから維新が出て行く道というのは確実に茨の道になる」という事を仰り、「覚悟が無い人は出て行ってください」という事で、今支持率も低いし茨の道ではあるが、当時から共同代表はその道を行くと覚悟していらっしゃったその言葉に・・政治を諦めていたが・・(男気がある・・根本的にそういうタイプでピーンと来た?)-そうなんです。来ていただいているそこの二人<会場を指して>もかなりヤンチャだが・・滅茶苦茶ヤンチャな二人だが私もヤンチャな方で、ホンマに熱いこの思いに賭ける、思いというものにやられた。(八王子ではそんな事は無いが、とんでもない人が議員になる事がある、税金を取る為にとか・・そういうのはビシッと言わないと。自立した一社会人でないと立候補する資格が無い)-「本気で世の中の捨石になる覚悟がある奴は残りなさい」というところから始まって・・(退場した人はいたか?)-居なかったと思う(笑)(選挙にどれ位お金はかかった?)-いや~どれ位かかってるんでしょうね・・多分最終報告させて頂いているのが、千二~三百万だったと・・(維新としてはかけ過ぎ・・前の・・<山之内議員が会場に入る>山之内先生はすごく少なかった・・150万位。その前の方も少なかった・・300万くらい)-選挙のノウハウもあるので、何を準備しなくてはならないかというなは、父の選挙の時に叩き込まれて来たので、そういうものをババッと一通り・・宣伝カーもそうだが・・(借金は?)-借りた。(何処から?)-金融機関ではない。(そういうのも政治資金収支報告書に)-勿論。なかなかディープな番組(笑)。かなりディープな番組(笑)本当にそう。報告させて頂いているのはその位でした私は。(渡辺善美さんの8億円は供託金の没収でお金が掛かるからという話だったが、維新は惨敗したら供託金は自分で払う?)―供託金は全部自腹。(不思議に思うのは、みんなの党は党が負担してくれる?どう考えたって自分で払えとヨッシーは言いそう)-どうなんでしょうね、他党の事情なので分からないが・・(この空間に国会議員は何人いる?)-私を含めて4人。(有難うございます。初です四人も来て頂いて。さすが日本維新の会)-団結力が。男気政党ですから(笑)。男気だけで生きている。(山之内さんはすごいイケメン)-そうですか、そんな風に思った事無い。ま生意気ですよね~(笑)。

●質問コーナー

Q:農水関係ということで、TPPの問題の先送りでまだ決まっていないが、どんな立場か。

A:選挙の公約ではTPP推進という中でやらせて頂いたので方向性はその通りだが、今難しいのが、関税というのは、国内マーケットがしっかりしている時には外からの勢力というか色々な圧力のバリアになるところだが、国内マーケットが充実しない今みたいに右肩下がりになって来る時には壁にはなる。関税というのは逆に外に出て行くのに障害になってしまう。その辺りのバランスをどう取って日本の農政というものをこれから論じていくのかというのを今まさに・・今日も農林水産委員会というところで議論して来たところだが、自民党はしっかりと「重要五品目を守ります」と言い切っているので、そこを、公約違反にならないのかというところを注視をしていかなければならない。かと言って自民党議員さんのTPP反対というので当選されている、農業関係者のご支援も頂きながら。だからその立場に立った交渉というものをする責任があるし、それが、どこまで出来るのかというのを注視していかなくてはならないが、ニュートラルに考えるとTPPを国外に向かって日本の農政を拡げていくという観点は必要なので、その辺りのバランスをこれから日本としてどうしていくのかというところだと思う。

Q:海外に競争力を持つ為に農業改革が必要と思うが。

A:仰る通りだが、結構、自給率イコール安全保障かというと、そうでもなかったりする。自給率50%目指していきましょう、という事もあるが・・これもちょっと喋ると長くなるが、自給率とは何かという話をしっかり詰めていかないと、分母の部分・・人間が一日に消費するカロリーがどれ位あるのかとか、人口構造はどうなっているのかとか、食べ残す部分はどういう風に計算しているのか、結構分母の部分で自給率は大きく変わって来るので、国内で出来るだけ作っていかなければならないという事はあるが、今の日本で今の農地を最高にフル稼働しても50%までしか上がらない。残りの50%は海外から輸入しなくてはならないというのは確かな事なので、そういう事を考えた時に本当のTPPの関税というものをしっかり、従来通り守るのが良いか、壁になるのか、バリアになるのかというところのバランス感覚をこれからしっかり議論していかなああかんなと思っている。(Twitterにも来ているが、アントニオ猪木さんも日本維新の会・・この間食事をした、馳浩さんと・・馳浩さんの彼女という事で(笑)皆赤いスカーフ持って行ってしまいそう。赤いスカーフはいくらでも要るそうなのでプレゼントすると良い(笑)。「元気ですか!?」は強烈だが党内では問題になったりしない?)-党内ではなっていない・・委員会ではちょっと注意されたんですよね。「ちょっと驚きますよ」と言われてた。((笑)そういうのは同じ党内としてどうか?)-猪木さんですから!(しょうがない、国民的スターなので)―でも政策は結構しっかり持っていらして、そういう意味ではバーンとおしりを叩いてくださるというか・・(気合を入れてくれと言えば同じ党としてビンタしてくれる)―まあ「してくれ」と言えばね。(絶対してもらった方が良い)-ほんまですか(笑)。(してもらえる機会は無いから同じ党の利をいかして是非)

Q:維新の会も自民党も若い議員が増えたが、有権者の若者がもっと政治に興味を持つ為には?

A:あ~これ、一番の夢が、とにかく一人でも多くの国民の皆様に政治に興味を持って頂く  という事が一番大事。それが上がれば上がる程、政治家はいい加減な事をしてられないし、「見る目」というものを政治家の周りに出来るだけ増やしたいなという思いがある。若い皆さんに興味を持ってもらうというのは歩くことだと思う。政治家がとにかく地元で歩いて若い皆さんに「困った事ないか?」とか「今、国ではこうなんだ」というのを本当にコツコツコツコツやっていく事しかないのかなという風につくづく思う。何かをすれば、一時一瞬、メディアを通してとか興味が上がるでしょうが、それが終わればまた元通りになるような事を考えると、もっともっと政治家が汗をかいて地元を周らせて頂いて訴えかける、それしかないと思う。有難うございます。