杉田 水脈
杉田
第108回
2014年03月05日 放送

日本維新の会 杉田 水脈 衆議院議員

西宮市職員歴18年という、日本維新の会の杉田水脈衆議院議員。 妻として母親としての顔を持ちながら、国会議員のバッジを付け、勇気を持って「従軍慰安婦問題」に取り組んでいます。 河野談話の見直しや、河野元官房長官の国会参考人招致という前例の無い事例も、理路整然と要請を続けています。 党人でありながら、政策に対する独自の切り口を持つ杉田議員。 一昔前の「党の操り人形的」な女性議員とは一味もふた味も違う、 幅広い視野を持つ議員さんです。 杉田議員の様な国会議員が一人でも増えれば日本の未来は明るいのでは!!

(以下、動画より文字おこし)

日本維新の会(兵庫6区)比例近畿ブロック 1期目

※音声トラブルにより、アーカイブの冒頭が欠けております。申し訳ございません。※

先週の放送を拝見して大岡君が美味しそうな物を持って来ていたので、私も何か持って行かなければいけないかなと思い、今の選挙区は伊丹、川西、宝塚と海の無い選挙区だが私の生まれ育った瀬戸内海に面した神戸市なので、そこから今日母が手作りのイカナゴの釘煮を送って来て今日届いた。(こんなお土産初めて、本当に嬉しい)―私の手作りと言えたら良かったが修行中なもので申し訳ございません。(魑魅魍魎の永田町でこんなハートフルなお土産がある)

(河野談話見直しの集会が維新の会先導でやられていたと記事になっていたが、杉田水脈先生は河野談話見直しを政策で掲げている?)―色々な政策を掲げている中で、河野談話の見直しというよりは、所謂従軍慰安婦の問題について取り組んでいかないといけないと思っていて、よく申し上げている様にセンシティブな問題でもある…(女性が特化してやるのは珍しい)―逆に女性がやる方が良いと思っていて、男性がやると色々な所で上げ足を取られたり、男性だから故に遭う反論というのも…「男が言うな」みたいな部分が結構出てくるし、そういう風な事を思えば、女性としてこの問題をきちっと検証したいという事を言っていく事に意味があるのかと思う。(いつ頃からこの取組みをされている?)―議員に成る前に、超党派の地方議員の方々と一緒に…私は議員ではなかったが…十日間位アメリカの方に視察に行った。その時に向こうで有名な知日派とか親日派と言われる方と直接お会いしてお話しをして、今日などもニュースになっていたがアーミテージさんとかマイケル・グリーンさんとかとお会いして、その時に皆さん仰るのが「これからは中国がドンドン台頭して来るのでアメリカと日本と韓国という同じ民主主義国家が手を結んでそれに対峙していかなければいけないのに、何でそんなに韓国と日本は仲が悪いんや」と仰って、「その根底にあるのは慰安婦問題だから、日本はちゃんと考えて対処しなさいよ」みたいな事を会う方会う方全員仰る。私は日本に暮らしていてこの慰安婦問題はもう済んでいると思っていたし、一部の左翼の人が騒いでいる問題かなと思っていたので、何でアメリカに来てこんな「慰安婦問題、慰安婦問題」と言われるのかなと釈然としない気持ちのまま帰って来て、そこから勉強して…それが7月だったが12月の選挙で初当選させて頂いて、去年の1月にも慰安婦問題を予算委員会の中で取り上げさせて頂き、その時はテレビ入りではなかったので…ネットではちょっと話題になったが、その後も日本維新の会の中で歴史問題の検証プロジェクトチームというのが始まって、まず一番最初は慰安婦問題、河野談話の見直しというのをしっかりやっていこう、という事になりそこで事務局長もさせて頂いて…(昨日集会があったという事で大変盛り上がった?)―はい、立ち見がすごく沢山出ていて500人の会場に立ち見が一杯出る大盛況だった。(自民党の桜田義孝さんが出席された?)―そうなんです。私は司会を仰せつかっていたが、その時に全然知らされていなくて本当に飛び入りで来られた。(みわちゃんねるにも出られた、文部科学省の副大臣…)―ご紹介させて頂いて一言ご挨拶をお願いしたら「私は嘘とか捏造とか大嫌いだ、皆さんと考え方も思いも同じだ」と仰って非常に力強い挨拶をして頂いた。(それはやはり責任野党という位置づけがなすもの。そうでなければできない。自民党からすればスタンドプレイ。菅さんからも釘を刺された)―今日ニュースであったみたい。

●幸せ度数年表

(ダブルクリックで拡大)

第108回杉田水脈

(昭和42年どちらで生まれた?)―神戸生まれの神戸育ち。(標準語にされている)―ちょっと気を許せば無茶苦茶関西弁が出るが…(大岡さんも)―大岡君は目茶目茶関西弁で、彼は滋賀4区の甲賀の出身だがうちの主人も甲賀市の出身でそういうところも不思議な縁があって。(ご主人もいる)―(笑)後で追い追い。(「幸せ度数年表」ここで少し下がっている)―小学校は普通の公立に行ったが、中高と私立の女子校に行っていた…神戸の方で有名な某女子校で、4つ上の先輩に平松愛理さんがいらしていて5つ下の後輩に藤原紀香さんがいるという様な学校。いまいち女子校に馴染めなくてあまり楽しい思いが無くて、中学の時は本当に無くて、高校時代は、学校は勉強する処と割りきって外で遊んでばかりいた。大学に18歳の時に入学して、鳥取大学農学部林学科というところに行った。これはちょっとマイナーな学科で、40人一学年にいたが、何とその年は女性が私一人だった。(モテたでしょう、今の永田町と同じ)―女子校6年、男子校4年、といういびつな学生生活を送っていた。大学は結構楽しく…就職難とかあり…この頃はバブルだったが女子で四年制で理系となるとなかなか無かった就職が。同級生で短大に行った子だとポンポン良い会社に就職しているがなかなか私は厳しかった時代だった。(民間企業に就職…)―2年間だけ、積水ハウス…営業をやっていた。(結構売れた?)―全然。最初の1年目はまだ結構バブルを引きずっていたので結構契約を上げていたが、次の1年は本当にいなかった。なかなか勉強になった民間企業での生活でした。(そして市役所勤務)―転職をした。(どちらに?)―兵庫県の西宮市。(阪神タイガース?)―そうそうタイガース。(ちょうどこの時期に市会議員で行政視察に行った事がある。ニュータウンか何かを見に行って役所の方に色々説明して貰った)―(担当所管ではなかった?)―違う(笑)。(どちらに勤務されていた?)―最初は職員厚生課という職員の人達の福利厚生をやる処にいてその後は統計という色々調査をする処にいて、後は企画にもいて、最後の5年は子育て支援。(その間に結婚出産されている。ご主人はどんな人?)―また大学の話に逆戻りするが、さっきも言った様にうちの大学は女性がすごく少ない大学だった。農学部、工学部、医学部、教育学部しかないので女性が2割か3割位しかいない。私は女子寮にいたが、女子寮の先輩、林学科の先輩が言う…「水脈ちゃんな、ここの大学におったら女性や言うだけでどんな不細工でもどんな根性悪くてもどんなスタイル悪くても絶対にモテる。けど世界に出て同じやと思ったら、それは勘違いでしかないから大学の中で絶対彼氏を見つけて見つけたら放すな」と言われた。私は割と素直な性格なので実行はしていた。(すごい助言の友人(笑))―先輩の助言…女性。農学部だったが全然モテなかったので、隣の工学部に遠征して工学部の彼氏と付き合いだして、そのまま就職して、むこうは大学を卒業して松下に勤めて…同級生…それで25歳の時にそのまま結婚した。5年付き合って結婚して、それから21年。(それってすごい。それだけで信用できる)―有難うございます。(出産もされて)―30歳の時…正確に言うと29歳と359日位で出産…ギリギリ29で出産して入院している間に30歳の誕生日を迎えた。可愛い可愛い一人娘で今高校一年生。(役所の中のスター部所を渡り歩き遂に役所を退職)―一応国会議員を志して役所を退職したが、ある程度これだけ勤めていたら市役所で…西宮市役所はお給料良かったから年収も女性としてもあったがこれがまずゼロになる。旦那の扶養家族に入る。選挙活動と言いながらも素人なので何をしたら良いか分からないが為に手探りで色々やりながら、当時はみんなの党という処に所属をしていて最初は…みんなの党の支部長という形で…活動と言われてもみんなの党は都心の方に議員さんが沢山いらっしゃった…関西の方にいらっしゃらなかったので何をしたら良いのか分からない中で結構もがき苦しんだというか…(新しい少数政党は良い、転職のきっかけになる)―そうですね。(役所は何年勤めた?)―18年。(結構な肩書になっていた?)―あまり結構な肩書にもなっていなかった…恥ずかしいからあまり聞かんといてください(笑)。(退職されて当選までの間は何年位?)―当選までの間は3年。(ここら辺=辞める前の頃は虎視眈眈と考えていた?)―そんなつもりは全く無かった…先ほどの「転職し易い、小さな政党ができると」というのも確かにそうだと思って、親戚に政治家は全くいないし、お金持ちな訳ではないし、地方議員を経験した訳でもないので、自分が国会議員に成れるという可能性があるか、まず候補者に成る可能性があるとこれっぽっちも思っていなかったが、色々なご縁があってお声掛け頂き「やってみないか」と言われて、私の人生にそんな選択肢があった…(お声掛けされたのかそれとも公募?)―これはここだから話せる話(笑)…公務員時代から割と色々な地方の自治体職員の方と色々な交流をしていて、講演活動も色々やっていて、全国色々な所に行っていて土日は殆ど家に居なくて…(役所の人間として?)―いえ、プライベートの部分で。役所はお給料を一杯貰う…私は公務員改革というのも力を入れているが、民間の人と比べたら仕事量とか仕事時間を考えたらやはり結構貰っている…主人は民間のパナソニックに勤めているから色々な話をしていても。自分の胸に手を当ててそれだけの働きをしているかと思ったら、もっと公務員として世の為にやらなければいけない事があるのではないかと。自分の時間と自分のお金を使って、自分の足で行く事で…それで何か自分が得る事が絶対あるはずだと思って、色々な所で。その当時は志があるすごく熱い公務員が一人でも増えれば日本は良くなるのではないか、ボトムアップしていけるのではないかと。組織の為に働く公務員、自分の役所の為に働く公務員ではなくて、生活している住民の為、市民の為に働く公務員の人が…本来皆そうでなくてはダメなのだが、一人でもそういう方が増えれば日本がもっと良くなるのではないかと思ってモチベーションアップとかチームワークのアップとかそういう講演をやっていて、段々正式に色々な市役所から職員研修の講師に呼んで頂ける様になって…(公務員の肩書を持っていてもそういう事をして良い?)―一切報酬とかを頂いていなかったから…副業ではないので。(それで先週ご紹介頂いた大岡さんとか中根さんとか知り合いになった?)―そういう方々のもあったが、その時一緒に色々な活動…「スーパー公務員塾」とか、その中心人物が今三重県の県知事になっている鈴木英敬君という子が居て(自民党の)―彼がまだ経済産業省に居た頃に一緒にやっていたので。(奥さんがシンクロの元選手の方)―武田美保さん。そういう風な人間関係もあって、英敬ちゃんの関係もあり、みんなの党からお声掛けも頂いたり…(出て来たお名前から自民党かと)―自民党さんは色々あるのではないか。国会議員に成りたい人は一杯いると思う…市会議員何年もやって県会議員もやって次は国に行くぞと、そういう人達も一杯いるのになかなかポッとという方は珍しい人ではないかと思うが、大岡君などはすごいと思う。(西宮市役所に勤めていて、市議会議員とか県会議員にはなろうと思わなかった?最初から国会議員狙い?)―地方の行政に18年間携わっていた訳で、地方の実情とかが自分ではとても分かっているので…問題意識としては、国会議員に成る方は官僚出身の方がすごく多い…国の公務員をされていて国会議員に成る方がすごく多いが、これからは国と地方がいかに役割分担をしていくかという事を議論していかなくてはいけない時に、地方の行政の出身という人はあまりいない。だから私は国会議員しか狙わない。(最初にみんなの党に入った時にやりたかった政策は?)―地方分権…国と地方の役割分担という事で、もっともっと国は外交、防衛、安全保障とかに特化した働きをしていかなければいけないと思う。今は全部の事に首相が出ないといけないから、他の外国の大統領とかに比べれば外遊する日数が本当に日本は足りないし、それが今ドンドン日本という国の評価が世界で下がっていっているという原因の一つにあると思う。色々な意味で地方で出来る事は地方でという役割分担というのは大事だと。それともう一点大きなテーマとして思っているのは、すごく現場を見て来た。子育て支援とかなどで、今子供達が置かれている状況とか…若いお母さんと思っていたら若いお祖父ちゃんお祖母ちゃんも結構問題のある人も一杯いるので、すごく自分が現場に居て感じていた事は、これは政策とかいくら変えて新しい政策を出して来ても日本が変わらへん。もっと根本の部分の土台の部分というのをしっかりやっていかないと、例え「子育て手当、子供手当を出します、月々2万円ずつ皆さんに配ります」と言ってもそれで子供が幸せになるかというとならない。お母さんがブランド物を買ったり…(そんな人がいる(笑)?)―いますよ。保育料を滞納しているのに、私でも買えない様なブランド物のバッグを提げて…「質屋に入れて来いよ」とここまで出るが公務員だから言えない(笑)。(現場を見ているこういう方が居ないと困る、全く分からない人が多いのでまじめ過ぎて)―憲法を変えるというのは当然だと思うし、日本人がもし…戦後もうすぐ70年になるが、70年かけてドンドン日本人が日本人ではなくなっていったのだとしたら、また70年かかるかも知れないがまたちゃんと日本人になっていかないと、しっかり子供の事は可愛がるとか、親の事は敬うとかという事をまず土台からもう一回見直さないといくら政策を変えても日本は良くならないと思う。それが出来るのは国会議員しかないと思った。(拍手)(明確な意思表明ですね。みんなの党から日本維新の会にどちらで変わった?)―直前。(選挙では日本維新の会?)―日本維新の会。(これはどういう…?)―それは「今だから言えるあの日のあの出来事」で一番最後に言うので引っ張って…。(はい分かりました。バッヂをつけて今2年、どうか)―自民党から今日バトンが廻って来たが、圧倒的な数の差というか、巨大与党…(水脈さんも仰っているが、自民党だと119人も新人がいるが、人が少ない日本維新の会では色々とやる事がある)―私は今、最初から内閣委員会だが、内閣委員会だけではなくて去年の通常国会と臨時国会でだいたい18回位質問に立っている。今回通常国会始まってから今日もまた内閣委員会で質問して来たが、質問回数というのは沢山あって、私の18回が維新の会で多いかと言ったら全然多くなくて、もっと皆さん20回とかもっとされている方も沢山いらっしゃって…皆がそう、人数が少ないから自分の委員会だけではなくて、「今日は法務委員会だけどこのテーマだけどやる人いる?」「今日は総務委員会でやって」みたいな感じで色々な委員会を掛け持ちして、その度に勉強して質問に立たせて貰っている。忙しいが息つく暇も無いという感じ。(本当に大活躍。この間の予算委員会でも感じ良く…いい野党という感じ。今日本維新の会は何人?)―53人…当選した時は54人だったが一人抜けられて53人になった。参議院が9人。(関西と関東の違いはある?)―よく東軍、西軍とか、関東と関西と言われるが、掲げている政策とかの違いは全く無い。敢えて言えば、大阪維新の会と日本維新の会というのは違いが若干あるかも知れない。(大阪維新の会は元自民の方が多い)―そうですね、自民の方が多い。(隠れ自民)―(笑)。

●最近の政治トピックス

(杉田水脈衆議院議員のライフワークの「従軍慰安婦問題」はどういう事が問題なのか?)―色々な処で色々な方が発言して、その度に問題になってくる。韓国と日本の問題。韓国と日本が仲が悪いというのは…私は色々な番組で言っているが、これは世界的に見てあまり珍しい事では無いと思っていて…(隣国)―フランスとイギリスも仲が悪いし、ドイツとポーランドも仲が悪いし…どっちが侵略して来たとか、どっちがこんなにして来たとか言って、自分達の独自の歴史の認識が夫々ある。日本と韓国も夫々言い合っているというのは良いと思う。ただ今の韓国がやっている事は日本と韓国の問題をアメリカとかヨーロッパに持ち込んで、そこの所でまた嘘を言っているというところが大問題。(それが嘘も百回言っていれば本当の事になるという?)―という国民性のある国と我々は対峙していかなくてはいけないが、実際に年末に慰安婦像が立っているアメリカのグレンデールという所に行って来た。ロサンゼルスから車で15分位の市で、韓国にある日本の大使館前に立てられたのと同じ慰安婦の像が立っている。実際私も見たが、その横に説明文が書いてある。その中で三つ嘘がある。その一つが、「20万人の少女や女性達が…」、それと「日本軍によって強制連行された」という事と「性奴隷にされた」という事、この三点が嘘。当時の朝鮮半島の人数からしてみて、20万人の少女が連れ去られるという事はまずあり得ない事。日本軍は強制連行したという事になっているが、日本がどれだけ探しても強制連行というかそういう資料は全く見つかっていない。性奴隷という言葉はほんまに嫌な言葉だと思うが、当時アメリカが日本の慰安所を調査した文書とかがあって、それによると、慰安所に居た女性達はすごく高給なお金を貰っていた。週末にはピクニックに行ったり晩餐会に行ったりしていた。借金のかたに売られて来た人も居たが、そういう人も借金を返す事が出来ればまた帰る事も出来たし、しかも嫌いな人とか嫌な人が来たら拒否する事ができたという様な事が書いてある。性奴隷というのも嘘、この三つは嘘。これをきっちりと「これは嘘です。こんな事はあり得ません」と日本は言わなければいけないが、その根拠となったのが先ほどから出ている「河野談話」…1993年平成5年に出された官房長官の談話…この中で強制性というのをちょっと曖昧な文章だが認めている部分がある。そこから派生して20万人だとかドンドン出て来て「性奴隷」も「強制」という言葉から「性奴隷」みたいな事も出て来る。(一般的な人達が思っているのは、従軍慰安婦は旧日本軍が携わっていて、そのお詫びとそれを糧に頑張っていく、みたいな事だったと思うがそうではない?)―そうではない。そういう内容だが…「関わっていた」という事で、全くその通りだが、強制性というのを認めているので、そこから派生していて、「強制連行があった」とか「性奴隷にされた」だとかいう様な事がドンドン出て来てしまた。(元々の河野談話は良いとして、そこから派生している?)―そこから派生しているところもあるし(そもそも捏造されている?)―捏造されている。今回の予算委員会の山田委員の質疑で明らかになったが、その時も強制連行を示す資料は日本がいくら探しても出て来なかった。韓国に「出て来ない」と言っても韓国が「それじゃ困る」と言ったので韓国の政府がこの16人調査してくれと推薦してきた16人の元慰安婦だと名乗り出た女性達の証言だけを基にあの談話を作った。でその証言は裏付けされていない。名前があやふやだったり生年月日があやふやだったりという様な事もあるし、その調査書の中には、当時明らかに慰安所が無かった様な所で働かされたという証言があったり、非常にずさんな調査書。そこからしておかしいので、もう一回再調査をかけて欲しいという事で、「検証をします」という事でこの間菅官房長官が答弁された。(それは歴史的認識の大きな一歩、歴史は変えられる。国内外での政争の具だったが河野談話で収拾がつくのかと思ったが甘かった)―甘かった。「これさえ認めて謝ってくれればこれで終わりにしましょう」みたいな事を韓国が言っていたからというのが当時の方々だが、見事に日本の善意は裏切られてしまっているというのがある。もっと遡ったら1965年に日韓の協定が結ばれた時に、その協定を結ぶまでに10年位ずっと日韓の政府がやりとりしている。で協定になったが、その時もこれだけ日本がお金を払えば今後はもう戦争の事については韓国は言わないと韓国は言っている。それも裏切られているし、ずっと10何年も話し合いをして来た中で、その慰安婦問題は一回も出て来ていない。本当に20万人もの女性達が強制連行されていたのなら、1965年昭和40年の時に「ここの部分をこれだけ賠償金を払ってください」という話になっていないとおかしいではないか。それは一切出て来ていない。(歴史はドンドン風化してしまう。慰安婦とか関わりになっていた方もお亡くなりになっていたりとか一日一日が今大切な時)―風化していっているが、韓国によってそういう嘘が広められているから、例えばアメリカに住んでいる日本人達の子供さんがいじめに遭ったりとかいう事実があったりするので、これから未来永劫、私もそうだし娘、孫も韓国のそれに対してずっと謝り続けなければいけないのかという事になったら、私達の大人の世代でしっかりと決着をつけておかないといけないのではないかと。(早く決着をつけて欲しい、ずっとその話をしている)―私も問題意識というのを感じていて、しかもアメリカからも言われているし、結局日本が悪いみたいになっている。(従軍慰安婦の像は世界中にあるのか?)―像はアメリカで一つグレンデールにあって、像はそんなに無いがアメリカは何カ所か従軍慰安婦の碑というか説明文みたいなのが立っている。その中に嘘三点、セットの嘘が書かれていた。後は、これもホットな話題だったが、フランスのアングレームという所で開かれた欧州最大の漫画際で韓国はその慰安婦の漫画を出展した。日本は「韓国が言っている事は嘘ですよ」という事を描いた漫画を出展しようとしたら日本だけは拒否された。撤退させられた。韓国の分だけが展示された。それを見たヨーロッパの方々は「こんな事があったのか、日本人はこんなに酷いのか」と思ってしまう。早くそういう動きを止めないといけないと思う。(歴史認識は本当に難しい。水脈さんが言った事も「違う」と言う方も勿論多い。事実は捉え方によって全然違う)―全然違うと思う。ただ事実は色々とあると思う…親に売られて来た人もいるだろうし、実際にそういう所で酷い目に遭った方もいるだろうし、そういう事を我々はどうこうしようとしている訳ではない。ここは女性が言える強いところだと思う。そういう人達は同じ女性として不幸な目に遭ったという事については本当に筆舌に尽くしがたいが、色々な思いがあって、その事は本当に申し訳ない事だという風に思うが、それが問題な訳ではない。さっきも言った三点の嘘があるというのが問題なので、嘘か本当かという事を糺していきたい。まずは事実確認。検証して事実が出て来た時に、「日本政府はこの事実に対してどうするんですか、韓国政府はこの事実に対してどうするんですか」、アメリカに「こういう事実でしたよ」、ヨーロッパの方々に「こういう事実でしたよ」という様な形で持っていく事が目的なので、よく右翼の方が言われているみたいに「韓国と断絶しろ」とかいう様な事ではなく、まずは事実をきちっと出していこうと。(この問題はセンシティブだから色々な問題を皆さん恐れて与党の自民党もそんなに激しくは言わない。自民党はどういう考え?)―自民党は、今のところは河野談話とか、その前にあった村山談話とかは「継承します」…見直しではなくて継承。ただ今回談話の基になった調査がずさんだったという事が明らかになったので、検証を「政府の中で検証チームを設けて検証を行います」という…(日本維新の会では河野洋平さんを連れて来てお話を直接聴きたい、正式な場で、という事?)―国会の処にこの間は、当時の副官房長官の石原信雄さんに来て頂いたから、今度は河野洋平さんに来て頂いて、当時本当にどういう話があったのかという様な事をお聴きしたいという事だが、これがなかなかハードルが高く…(どうして?)―自民党さんの方は元国会議員を招致した事は犯罪以外では無い、という事で…前例が無いという事で拒否されている。(「前例が無い」と答えていた方?)―前例が無いという言葉は嫌いなので、「前例が無ければやったら良い」と、そういう公務員になりましょうという事をやっていたので。(素晴らしいですね)―その高いハードルを崩すべく国会議員の我々も頑張るので国民の皆さんにも助けて頂きたいという事で署名運動をしている。(どういう署名?)―「慰安婦問題に関する河野談話の見直しを求める国民運動(署名活動)」という事なので、韓国が告げ口外交を展開しているので、この間2月20日の予算委員会に於ける山田宏議員の質疑で、そういう女性たちの証言とかがずさんであったという事と、裏付け調査がされていないという事と、そもそもその談話が韓国の言い分を取り入れられて作られたものだったという可能性があるという事が明らかになったので。(誰が作ったのか、河野さんが言った事に対して誰がディフォルメしたのか)―ディフォルメしたのは誰がしたんでしょうね。韓国というのは嘘を百回つけば本当になると言って嘘ばかり言ってはるのかも知れないが、我々はそれに対して真実を叫ばないと嘘は駆逐できないと思うので真実を突き止めましょうという事で国民運動、署名活動をするので、皆さん、お名前と住所を書いて頂いてファックスでお送り頂きたいという事だが、この用紙はどうしたら入手できるのかと言うと…私のホームページがございまして、ホームページのここをクリックして頂きますと署名用紙が出てくるので、これをダウンロードして頂いてこちらまで(画面上に掲示中)お送り頂ければと…宜しくお願い致します。(それでファックスが壊れていた、事務所の)―そうなんです、すみません。(殺到しちゃった?)―殺到しちゃって…重なって重なって入っているとその間全然不通になってしまったりとかいうのがあったのと、専用ファックスはデータが溜まり過ぎて…日曜日は議員会館お休みなので、その間にすごく沢山来たのでデータが溜まり過ぎで受け付けができなくなっていたのでおかしくなっていたが、又月曜日から正常に動いておりますので是非皆さん宜しくお願い致します。(拍手)(有難うございました。第二次世界大戦の記憶というのは色褪せるものではないが河野談話はまだ近い話なので河野洋平さんまだまだお元気なうちに。風化させたくない)―是非、はい…。

●今だから言えるあの日のあの出来事

さっきからあった「なんでみんなの党だったのに日本維新の会から出たんや」と。当時モーニングバードとかがやって来て…私の事務所に…「ポスターがこんなに変わりました」みたいな…(見ました見ました)―そんな取材があったりしていたが、当時「日本維新の会が出来そうです」みたいな感じで維新塾とかいうのが始まったが、私達みんなの党の支部長だったが、関西の支部長はそんなに沢山居なかったが、「関西の支部長は皆維新塾に行きなさい」という様な指令が来た、みんなの党から。その頃は一緒になろう、一緒にやっていこうという動きだったので…関西ではどう考えても維新が強かった、関東ではみんなの党が強かったのでうまくやっていったらいいんじゃないかという事だったので、関西の支部長は全員維新塾に行った。関西の支部長だけではなく関東とか他の東海とかの支部長でも希望する人は維新塾に入った。で維新の塾で勉強させて頂いた。(みんなの党のブランチみたいな感じで行かれたという事?)―そう、で行って勉強させて頂いて(そしたら感化された?)―いや感化は別に…だいたい掲げている政策は一緒。みんなの党でも支部長研修というのがあって、色々な講師の先生に来て頂いて勉強するが、その講師の先生とだいたい維新塾行った時の講師の先生は一緒。(笑)同じ話を二回聴くみたいな、よく理解できました、みたいなレベル、そういう感じだった。今度いよいよ8月20日か何かに渡辺代表と橋下代表、松井代表がお会いになってその中で決裂してしまったという事になった時にみんなの党から塾に行っている支部長が集まって「どうする?どうするよ?」という様な話を色々していて、「夫々それはもう自分の選択だろう」という事で、維新に移って出る人もいればみんなの党のまま選挙を戦った人もいるし、今になって蓋を開けてみたらみんなの党のまま選挙を戦った人は全員結いの党に行ってらっしゃる。(はぁーっそうですか)―維新塾に行っていた支部長で「みんな」に残って出た人で「みんな」に残っている人は実は居ない。(今国会で結いの党が出ると凄いヤジ)―凄いヤジですね。私はみんなの党の中でもすごく色々と交流があったりとか、さっきも言った通り右も左も分からない、選挙活動もした事が無いという時に色々アドバイスして頂いたりとか励まして頂いた先輩議員の方々が実は皆維新の会に移っていた…先に第一陣移って合流したチームがあった…(例えばどなた?)―例えばこの番組に出て頂いた小熊慎司先生とか(元みんなの党)―はいそうなんです。上野宏史先生とか桜内文城先生とかが本当によくして頂いていたので、「彼らも維新に行った事だし私も維新に行こう」と思って私は維新から出るという選択をさせて頂いた。(従軍慰安婦に戻るが、「必要だった」と言った維新の会の橋下市長に関しては?)―籾井会長と橋下代表の発言が似ているのは、自分がその話をしたくてしてくてした訳ではないという事。最初から最後まできちっと見れば、すごく記者に誘導されて誘導されて言わされている部分がすごくある。(それがテレビの恐ろしさ。そこだけフィーチャーされる)―そう。だから敢えて「個人的な見解ですけども」みたいな感じで言っていたが、あれが精一杯だったのだろうと思う。橋下代表もあの場であの記者会見で自分が慰安婦の話などしようという思いなどは全然無かったと思うので、多分記者の方から色々聴かれて誘導されて出て来たというのが本当ではないかなと思う。それと間違った事は言っていないという事。後はご自分が参議院選挙の応援演説に来られた時も、丁寧にこの事を言っていくとそれを聴いた方は「なるほど、本当に間違った事は言ってない」…橋下代表の論点は、慰安所というのは他の軍も持っていた、なのになんで日本だけが責められて日本だけが性犯罪者みたいな言われ方をしないといけないんだという事に対して憤りを感じるから、日本だけが謂れのない事でこんなに責められないといけないんだという事を世界に対して言っていかなければいけないという事を仰っているので、それはそれで間違いではない…ちょっと私と切り口が違うが。…そういうみんなの党から変わったという経緯があって今は維新の会で。維新の会は大好き、いらっしゃる方も皆さん…ベテランの先生もいらっしゃれば新人も沢山いるし、和気あいあいと本当に仲良くやっているので、テレビとかマスコミとかに言われる様な「分裂が!」という様な事は書くと皆さん読んで貰えるからマスコミの方は書かれるのかもしれないが全然そんな事無いので。(みんなの党の渡辺代表とかもお会いする?)―実は殆どお会いしていない。お話しした事も国会議員になって…廊下ですれ違えば「こんにちは」と言うがあまりそれ以上は話した事が無い。(石原さんもそう?)―石原代表は本当に別格なので…東京裁判を二回傍聴と聴いた時本当にビックリ…この間の予算委員会の質疑の時に「私は中学生の時東京裁判を二回傍聴しました」と仰っていてすごいと思った。(生き証人、維新としても長生きしてほしい)―是非是非長生きして頂きたい。

●質問コーナー

Q: 河野談話撤回に向けて頑張って欲しい。村山談話も朝日の記者が捏造したものをそのまま発表した様な経緯もあると聴いているので村山談話撤回も是非やって  頂きたいがどうか。
A: 河野談話、村山談話と一歩ずつ行かないといけないと思うが、そういう気配を察したのかどうか分からないが村山さんご本人が韓国に行かれて「見直すべきで  はない」と仰っていた…ビックリしたが。さっきの年表の中に敢えて入れなかったが市の職員になってすぐに阪神淡路大震災があった。その当時の首相が村山さんだった。そんなんで村山政権というのはすごく思い出深い頃。
Q: 阪神大震災の村山首相、東日本大震災の菅首相と、やはりトップの人の心というか反体制というのが出る。反省して頂くのが大事なので、村山談話も是非宜し  くお願いします。
A: 頑張ります。有難うございます。
Q: お話を拝聴して真っ当な事を仰っていると思う。韓国はロビー活動が盛んだが、日本は官僚だけではなく、責任野党の国会議員がもっと海外で活動をできないかという要望。
A:有難うございます。年末にグレンデールに行ったお話をしたが、実は国会議員でグレンデールに行ったのは初めてだった。それまでは地方議員の方が東大阪市の姉妹都市で東大阪市の議員さんが行かれたというのはあったらしいが、国会議員が行くのは実は初めてだったという事で。我々は抗議活動とかはしなかった。あくまでも調査で、日本人で慰安婦像を立てるのを反対された人達のお話も聴きたいし、その子供達のいじめの状況も聴きたいのであくまでも調査で行った。「まずは皆さんのお話を聴かせて下さい」という様な姿勢で入って行ったので、パフォーマンスで来たのではないという事も分かって頂けて、すごく向こうの在住の日本の方々とも交流が出来たので、まずは向こうに住んでいる方と信頼を勝ち取っていくという事も大事だと思うし、その上でさっき言われた国会議員だから何が出来るのかという事をきちっとしていかなければいけないと思う。
Q:マスコミに興味があって新聞社の編集局でバイトをしているが、マスコミの偏った報道姿勢に対して国民側からどうやったら変えていけるのか。
A:若い人でそういうきちっとした感覚を持った方がマスコミに就職をして頂きたいと思う。遡る事、ずーっと昔の60年代とかに安保反対とかで所謂左翼の人達が  デモばかりやっていて大学では授業にならなくてという様な時代があった。そういう学生活動とか学生運動をされていた方々は一般企業に入れなかった、就職で  きなかった。その人達がどこに行ったかというと、マスコミとかに就職されたり大学に残ったりという様な事がすごく多い。その人達が今偉いさんになっている  ので、そういう事もあって仰られる様な偏向報道のこれも一つの原因だと感じている。だけどその人達はいずれ退く。既に定年に入って退いていくので、若いき  っちりとした感覚を持った方がマスコミに就職して頂いてドンドンそういうきちっとした歴史観とか国家観というものを持ってマスコミ界を我々が支えるのでと  いう気概で仕事をしていって頂けたら有難いと思う。応援します!(拍手)(すごく良い話。昔は学生運動したりすると、その男性が好きだから女性が行ったと  いう…昔の活動家は従順な女が多い。こういう方は余程従順ではないと思う(笑))―そうかも知れませんね。そういうところでは、男女関係は割とフリーな感じだ  った。左翼の人達はそれをカッコイイと思っていたのかも知れないが、浅間山荘事件の前で何人も殺された人も妊婦さんがいたりとか色々する。(こういう方が  一人でも多く増えれば…男性に言わされているのではなく思ったから言っている、そこが良い、女性として支持したい。昔は違った…恋人のA君が言うからついて  行く…)―主人に対してはそう(笑)。

●その他

(日本の未来も明るい)―明るくしなくてはいけないと思う。(勇気がすごい、問題に対する取り組み方というか…頭の良い人は難しい事を明るく理路整然と言ってくれる、凄く頼もしい)―自分があまり頭が良くないので…公務員時代からの癖だが、出来るだけ役所言葉とか難しい言葉は使わずに皆さんに分かる言葉で分かり易く話をしていかないと伝わらない。保育所の申込書というのも難しい文章でやっていると、今の若いお父さんお母さんは読まない。だからふんだんにイラストとかを入れて、大きな字、丸文字とか使って…(この(パンフレットを指して)キャラの絵も良い、可愛い)―あまり似ていないと言われるがすごくお気に入りで。私は可愛いと思っている。((パンフレットの写真を指して)髪型で大分変わる)―変わっちゃったのでちょっと最近伸ばしている。(マネキンみたいで素敵)―これは幼稚園の先生みたいと言われてしまって…選挙の時ずっとショートだったので、選挙終わって一カ月位の写真なので。(趣味とかあるか?)―趣味はお酒を飲む事。(お酒
は強い?)―はい。(何酒?)―何でも。(お酒を飲んで政治談議とかする?)―政治談議になってしまう事もある…(結局プライベートはそう、無い様なもの)―でもお酒を飲んでいる時が一番楽しいかな、みたいな。(解放される?)―解放される。国会議員になってから一回も二日酔いした事は無い。昔はとんでもない失敗が山ほどあるが(笑)。