柚木 道義
柚木バスト
第171回
2015年11月04日 放送

民主党 柚木 道義 衆議院議員

10年近くの歳月を経て、柚木議員に再びお話を聞く機会が出来ました。

安全保障法案「強行採決 反対」の裏話、民主党がこれからもう一度やって行かなければならない事、政権時代の役人との関わりなどをお話しいただきました。

10年お会いしない間に、柚木議員は結婚をされ、二児の父親にもなられていました。

現在、超党派のイクメン議連の代表も務めています。

実際に奥様の出産に立ち会ったり、子育てを実践する中で、日々湧き出る様々な問題を解決しようと活動中です。

 

動画より文字おこし (2015年11月4日収録当時)

 

[お久しぶりです]お久しぶりです。10年ぶりぐらいですね。[昔の「みわちゃんねる」に出演してくれた時が2005年か2006年ということで]― 私も、もう10年になりますから、新人議員だった時ですよね。[紹介、紹介というパターンは変わらずにやらせて頂いていまして。あの時は議員会館に行ってお話を伺わせて頂くというパターンをとっていたのですが、その時は石関貴史先生のご紹介ということで]― あー、同期の。今は維新の党ですね。[柚木先生の後が津村啓介先生]― あー、同じ岡山の。[津村先生はこの「みわちゃんねる」に確か出て頂いたのかな]― 細野豪志の後なのかな。私達、同じグループなので。自誓会というグループを作らせて頂いていまして。[派閥ですか?]― 派閥といえば、まあそうですかね。[最近、自誓会の活動をあまり聞いていないですね]― 毎週一回、集まっているのですが、やっぱり今、巨大与党が数の力で何でもという中で、やっぱりその時に歯止めになる野党が必要だということで、その辺りは自誓会が担わなければと思っています。[みなさん、推し出しもいいし、背の高い方ばかりなので、目立ちますよねえ]― そう言われるとそうかもしれませんねえ。[私は1回しかこの番組でお会いしていないのですけど、ニュース番組に取り上げられると、目立つでしょこの方]― みわさんが私の事をしっているから、そう思うんじゃないですか。(笑)[顔が目立つんですよ。お顔の造作が中心に寄ってらっしゃるから、テレビ向きなんですよね]― 平井賢とか顔の濃い人の顔を書きこみに頂きますよね。[代議士が着るようなスーツは着られないでしょう?]― 私は初当選の頃にですね、国会議員というと、黒塗りの車に、料亭に行って、黒光りみたなね、そうじゃなくて、地元の運動会に行くと一緒になって走って、ズボンが破れちゃうんで、なるべくラフな格好で、もっと親しみやすい、いつでも、どこでも、誰とでも、一人でも多くの方とコミュニケーションを取ろうと。[柚木さん、ニュース映像で目立ちますよ。ですから、安全保障の乱闘騒ぎの言われている時も目立ちますよ]― 国会対策副委員長というのをやっていまして、上からの指示で、別にやりたくてやっている訳じゃないんですけど。(笑)[どなたが委員長ですか?]高木委員長と安住代理というね。後の方で監督のようにねえ。(笑)みなさんの方から見てどう見えるのかわからないけど、あれをやらないとメディアも報道して頂けないんで、何が起こっているのか、何が問題なのか伝わらないんですね。普通に座っていて、賛成、反対とやっていても、まったく報道されませんから。[アピールの一環だったということですね。賛否両論あるでしょうけどね]― 安保法案の場合は、あんなに世論が反対している中での強行でしたから、何らかのアピールをしないとですね。[今までの老獪な政治へのアンチテーゼとして、そういう洋服も着てらっしゃるし、しがらみのないものを持って行こうと思って、国会議員になった訳ですからね]― 地盤、看板、何も無しで。私の相手の方は総理の息子さんでいらっしゃいますから、すべてがあると。[橋下岳さんですね]― すべてをお持ちの方と、庶民目線の政治と。(笑)― [橋下岳さん、この番組に来ましたっけ?あ、来たんですよね。わたしフライデーで政治家のフェロモンランキングを付けて、柚木さんと橋下岳さん付けて、柚木さんの方がちょっと上だったんですよ。そうしたら、橋下岳さんの有権者の方からクレームが来たんですよね]― やっぱり、そういうの来るんですね。みわさんも大変ですね。[まさかと思ったんですけど][そうやって10年が経って、今、大与党を率いている自民党が若手が多いじゃないですか。柚木さんの年下もいらっしゃるし、柚木さんの年の前後の方が政務官になられたりとか副大臣になって活躍されている訳ですよね。そういう人達を見てどうですか?そういう人達は料亭に行っていますかね]― 私は与党時代に財務大臣政務官をやらせて頂きましたが、料亭よりも、柚木さん、よく吉野家で見かけるとかね、どちらかというと、そういうタイプなんですが。(笑)そういうことだけで、評価されてもあれなんでうけども、私もそこに庶民目線と書いている以上は(自身のホスターを指さして)庶民感覚を大事に、原点にというのがありますので、そこはなるべく、そういう生活を10年間心がけて来たつもりですね。[逆に、今若手の同世代の自民党議員たちが、中枢にいてそういう人たちが、長い物に巻かれているな、自分達が警戒したものになっていますか?]― 私達、政権交代の期待に応えきれずに、今、野に下っていますが、思ったことを何でもかんでも言う、主張するというのが民主党の良さでもあるんですが、バラバラだと言われる部分じゃないですか、逆に今の自民党さん、振れ過ぎて、思っていることを言わない、言えない。だから安保法でも反対の人がいっぱいいる訳ですよ。誰も表立って言わないですね。総裁選も誰も出ない、出られない。あんまり振れ過ぎるのもね。自民党の中でも多様性、自民党の中でバランスを取られてきた部分が、今は一色という印象は、正直その中にも優秀な人がいっぱいいらっしゃる中で、ちょっと残念ですね。[私が今の自民党にいたら、毎日料亭とかね、そっちの方に走る人間ですからね。(笑)]― たまにそういう場に一員として伺うことはありますけどね、自分からのれんをくぐることはないですね。10年間、一度も。[その証拠に、痩せてらっしゃいますもん]― 身も細る思いで10年間。30歳の時にこの道を志して、今43歳になったんですね。1回目は落選していますので、在職10年。10キロ痩せましたね。

 

●幸せ度数年表(クリックで拡大)

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[何年生まれですか?]― 1972年。[今、43歳ということですね。中学受験失敗とあります]この辺までは、前回の「みわちゃんねる」出演の時と同じですね。(幸せ度数年表の33歳の所を指さして)私の人生は常に失敗が先に来るんです。失敗と成功の連続。よく地元でも言うんですよ。入学式、卒業式で。中学受験を失敗して。これそもそも、塾も行っていなければ、参考書も知らなかったんですよ。2週間前位にある大学付属の中学を受験するぞと、それで当然落ちて。[お生まれはどちらですか?]― 岡山県です。落ちて、地元の中学に一応受かって。大学もお金が無いから私学は受けさせられないと、どちらかと言うと私学タイプだったんですけど。国立一本で前期は落ちて、後期で受かって。就職も1年浪人して2年目に受かりました。[大学はどちらに行かれたんですか?]― 地元の岡山大学です。[国立に行かれたということですね。就職はどちらを希望されていたんですか?] ― 活字に関わりたくて、ダメで、メーカーさんとか内定を頂いていたんですが、一年浪人して出版の仕事にいったんですが。1年間、大学時代もそうなんですが、アルバイトをしながら学費、生活費とかやっていたんですが、そういうことを経験して。なおかつ選挙も1回目落選と。[どんなご家庭に育たれたんですか?]― まったく普通のサラリーマンの家庭で、共働きで、お袋は看護師で。地盤、カバン、看板、国会議員になるには必要だと言われますが、逆に何も無い。父親は今は退職して、介護職の資格を取って、今はグループホームで働いています。私、医療介護が専門分野なんですけど、両親が介護師、看護師という。[そして、選挙に出るということになって。さっきの話とちょっとダブりますね]― 30歳の時に秘書をやらないかというのが、きっかけだったんですけど。[どなたの秘書ですか?]― 江田五月参議院議員のですね。私も江田さんがいたから、この道にご縁を頂いたんですが。秘書をやらないかと同時に、公募を受けてみろと。[またそれも、公正な感じで民主党らしくていいですね]― 人材を広く一般のみなさんの中からリクルートするということですね。なかなか自民党だと、出たくても、みなさん世襲の議員さんが多い中で、なかなか出る空きもないというのが、現実だと思うんです。逆に民主党はそういう方もあまりいないから、公募の中から意欲のある方をということですね。しかし、1回目は見事に落選をいたしまして。私の前の方は、全国300選挙区があって、一番負けた方なんですよ。当時の橋本龍太郎先生、まさに元総理大臣、トリプルスコアで負けているんですよ。[どういう方なんですか?] ― 熊谷さん、今はさいたま市会議員をされています。当時、倉敷岡山4区で出られて、12万9千票対4万6千票ぐらい。[それも辛酸をなめられましたね~] ― で、私がその後を引き継ぎまして、そういう所が変わらないと、政権交代なんて起こる訳がないという思いの中でチャレンジしましたけれど、無謀だ、無謀だとあまりにもみなさんに言われるんで、無謀を希望に変えるというキャッチコピーを作って。(笑) 本当に思い知りました。3年間、浪人をしましたので。[ついこの間まで総理だった人と戦った訳ですからね] ― そう甘くないなというのも、経験させてもらいましたが。2回目の選挙、郵政解散、小泉総理の時、同期で2人だけ当選させてもらった一人が私だったんですね。[それが2005年。相手は?] ― 橋本岳さん。[じゃあ、岳さんも比例で受かられてという感じで。どうにか選挙区で受かったと] ― それが岡山県で民主党の小選挙区での初めての議席なんです。以降、2回は選挙区、2回は比例区で成敗率は中国地方で一番良かったりで、4期。田原総一郎さんがされている、三ツ星議員というやつで、中国地方では私だけみたいです。二年連続で選ばれているのは。[納得している人もいましたけど、していない人もいましたよ。(笑)] ― それはこういうことなんです。与党の人は質問が出来る機会が少ないから。私も与党時代そうでしたから。でも、与党でも三ツ星の人はいるんですよ。[どうして与党は質問回数が少ないんですか?] ― そもそも国会というのは、野党が質問して、与党は法律を出して、予算権もあるし。なるべく質問は野党にというのがこれまでの流れですからね。[二大政党が機能すれば、私たちもその役割がわかったと思うんですが。ここ落選よりも落ち込んでいますよね!(幸せ度数年表の民主党政権転落の落ち込みを指さして)] ― 私、どちらかというとポジティブで、だいたい60以上(幸せ度数のこと)なんですね。ここはもう30点ぐらいで。自分のことじゃなくて、みなさんの期待に応えきれなったという意味で、非常に私の人生の中で苦しい、申し訳ないという経験でしたね。[この番組にこの間出てくれた、篠原孝先生が、羽田さんがおっしゃったように、一回で政権交代というのは最悪のシナリオだからそこだけは避けたいと言ってそうなってしまったというジレンマをお話されていましたけれど、そうなってしまった訳ですよね] ― 国民のみなさんにもトラウマになってしまっていると思うんですね。ですから、このトラウマを克服できるかどうかというのは、いばらの道だと思っていますし。ただ、日本に政権交代の受け皿を作るというのが、私がこの道を志した最大の目標なので、そこだけは自分が議員をやらせて頂いている間にね、アメリカでもイギリスでも一定の周期でこっちにやらせてちょっとだめだったらこっちにと受け皿をね、国民のみなさんに選択肢を持っていただくというね。それはやり遂げたいですね。[民主党の自誠会の人達、頑張って欲しいですよね] ― 来年も参議院選挙がありますけど、やっぱり、行き過ぎるともう一つの受け皿、歯止めをと国民のみなさん、思っているんだけど託せないという現実が今、あると思います。その受け皿を作っていくことが我々のミッションだと思っています。[政権交代してからもこうやって、バッジを付けられているのですから、受かられている訳ですよね] ― 有難いことに、10年間議員をさせて頂いていますので。10年というのがひとつの区切りで、これからの10年、どうやってご恩返しするかとうのが最大の今年のテーマでして。後ほど政策の話をさせて頂きますけれど、政策の中での違いというものも、良くも悪くもあって。たとえば、安全保障でも社会保障でも、それぞれ民主党、自民党、他の野党、考え方があります。そういったものをしっかり打ち出す中で、この分野は民主党に頑張って欲しいという時には、我々が政権を担えるような、また民主党でなくても、新しい受け皿でここに託して欲しいと、思って頂けるようなものを作っていきたいですね。政策と受け皿。[作って欲しいですよね。そうなっちゃうと、有権者が一番、不幸ですよね。やっぱり、自民党、許せないなと思っていても、盆踊りに来てくれるから入れちゃうんですよね。心の中で安全保障は反対だと思っていても、お世話になっているA先生、お葬式にも来てくれたからしょうがないよ、というのが、全国津々浦々に染みわたっている訳ですよね] ― 私も盆踊りもお葬式も多く行く方なんですが、ただやっぱり、そういう地元活動に加えて、政策であったり、ちょっとこうねえ、行き過ぎだなあと思ったら、こんどこっちに頑張って欲しいという受け皿があるというのを有権者のみなさん、求めていらっしゃるというのを私は感じますし、そこはそれを作るというのが、私たちの使命だと思って、今はそういう意味では、いっぺんこうなって(幸せ度数年表の政権交代の所を指して)自分のためじゃなくて、政権交代の受け皿を作るためにこうして行かなきゃいけないな(点線で書いた上昇の先を指さして)という気持ちです。[選挙区で受かっているんですか?] ― 最初の二回は選挙区でして、2012年は政権転落しましたから、中国地方では一番の得票率で比例で受かって、この間も中国地方は選挙区はゼロ。私と同じ岡山の津村さんとが比例で。中国地方は岡山以外は民主党議員はゼロなんですよ。[全国的にも岡山は保守だと] ― なにしろ、元総理が私の最初の相手の方ですし、有力な議員さんがたくさん、今でもいらっしゃいますし。[前も聞いたと思うのですが、総理と戦って、そのご子息と戦って、戦い方は変わりましたか?] ― いまだに経験したことはないんですけど、橋本龍太郎先生のポスターに違和感があったんですけど、名前が書いてないんですね。お顔が大きいんですよ。知らない人がいないから。名前が無いポスター初めて見たなという。(会場から笑い声)日本の未来に責任を持ちますと書いていらっしゃったと思うんですけど。当時、夢に出ていらっしゃいまして総理が、当時はお袋が一緒にいたんですね。うなされているから「みちクン、どうしたの、どうしたの」お袋が覗き込んだら、僕は寝ったまま、「ありがとうございます。頑張ります!」とお袋の手を握ったらしいです。(笑) 龍太郎先生の夢を見るぐらいに、元総理に挑戦するというのは、選挙区を回ってみて、大変なことだなあと思いましたし。[逆にご子息さんだと戦いにくいというのはないですか?] ― なにしろ、もっと言うと、おじい様から政治家ですから、三代、半世紀以上にわたってそのお名前しか書いたことのない方がたくさんいらっしゃる中ですから、それは本当に、ゼロからの出発というよりは、マイナスからの出発。前の方が全国で一番負けた訳ですから。3年間、約千日、一日100人の方と名刺交換、握手するというのを千日続けて、10万人の方と初当選までに。[凄いですね!きっと、営業マンとしても成功しましたね。(笑)] ― 配り終わるまで、駅の最終とか、居酒屋の前とか、とにかく最後まで、一日終わるまでやっていましたね。[昔は総理の胸を借りてみたいな感じで老醜政治という感じで、ボーンとぶつかって行けましたけど、今は若い対若いですからね] ― 国会の質問とか、国会での業績評価が選挙だと思っています。[年齢とかを超えてね。政策の戦いですね] ― 私の場合、党より、民主党とは書いていないけど、個人名で柚木道義と書いたよという方が、民主党と書いた方以上にいらっしゃるので。岡山弁でいうと、「わしら、民主党じゃないけん、柚木党じゃけん」と言ってくださる。有り難いです。民主党の方も頑張ってと言われるように、自分が頑張ることで、そうなるようにしなくちゃいけないと思います。

 

●最近の政治トピックス

 

[安保法案はどのように関わっていたんですか?] ― 私は国会対策副委員長という立場でして、衆議院の強行採決の時には、強行採決反対というような、(プラカードを掲げた柚木議員の写真が写る)これも賛否両論あるんですが、マスコミのある意味、暗黙のルールがあって。強行採決の定義があってですね、たとえば、野党が審議に出ていなくて、それなのに審議を強行して採決まで行くと。もっと言うと、院長席に詰め寄って抗議をしていると、そういう状況が強行採決なんですね。強行採決という見出しをメディアに報道してもらおうと思ったら、こういう状況にならないと強行採決と書いて頂けないんで、そこはみなさんから見ると、何をやってんだ、どっちもどっちだというのが当然あるんですが、報道されなければ、国民のみなさんに全く伝わらないので、だからこそ、私、国対副委員長としてこういう形で、強行採決反対というのをみんなの先頭に立ってやっていたんですが。やりたくてやっている訳ではなくて、国民のみなさんにこういう事が起こっていますよということを知って頂くと。もちろん賛否両論あるのはわかっていますし。[有権者に言われるということも、わかっている訳ですね] ― 伝わらなければ、まったく我々、存在していないと同じなので。[政治は数なんですね] ― この時は与党の支持率が10パーセント下がったんですが、与党の支持率は下がっても野党の支持率は上がらないんですね。我々は防衛力、自衛力は重要だということで、ただそれは個別的自衛権の話で、他国に自国が攻められないのに、どんどん戦争に加担するというのは違うだろうということで。自国の防衛力、自衛力は領域警備法、周辺事態法、PKO法などで、これは積極的にやっていこうということで。そこをしっかり打ち出さないと、なかなかもういっぺん託そうというところまでは、ハードルが高いなあというところで、この辺りをもう少ししっかりお示ししていくことが課題だなあというのを、今回の強行採決中で私自身は感じていますね。[長い演説とか批判をされましたけど、永田町内部でも批判をされましたけど、それもしょうがないと] ― 国民の8割が良くわからない、説明不足と、約一億人ですよね。6割、7千万人が国会の強行採決反対と言っていた法案ですから、これは民意を代弁するという意味で、国会の内外、シールズはじめ、国民のみなさんと一緒に訴えました。中と外で一体となって戦っていたという感覚がありましたんで。実際、世論調査もそうですからね。野党はあの時踏ん張らなかったら、逆に存在意義がなかったと思います。[太平洋戦争の歴史じゃないですけれど、何年か経ってやっとわかるということがありますからね] ― 「日本の一番長い日」という映画を私も観ましたし、この間、前回ご紹介頂いた、同期の石関さんと一緒に決算行政監視委員会でアウシュビッツ強制収容所に視察に行ったんです。これはもう、本当に人生観変わりますね。500万人といわれています、強制収容所で100万人。ガス室も見ましたが、その内、三分の一はお子さんなんです。髪の毛とか、洋服から大量に展示されていて、本当に山積み。髪の毛が切られているものはもう子供の物ってわかるんですよ。三つ編みとかも含めて。本当に言葉を誰も発することが出来ない。時代状況が、あれだってヒットラーが最初から独裁でやった訳じゃなくて合法的に選挙で選ばれて、全権委任法を通して、選挙を一時停止してあの流れに突き進んでいったわけでしょ。今のこの流れだって、安倍政権の時は思っていなくても、今後の流れでどう動くかというのは、政治というのは時代状況でどっちに動くかわからない。日本人は優秀だけど、ヒステリックにぶれちゃうと。今、南沙、西沙で航海の自由をと。あるいは自衛隊がいろんな所に派遣されると。場合によっては殺したり、殺されたりすることが起こる。その時にどっちに振れるか。振れ方によっては思ってもみなかった方に行ってしまう可能性、日本が戦争に巻き込まれる、そういうことを本当にリアルに想定していくなかで、どういうことが本当に我が国の平和を守ることになるのか。アウシュビッツに行ってみて、本当に人間、政治家も含めて万能でも神様でもりませんから。それに対する抑止力みたいなものが立憲主義な訳で、憲法で権力の暴走を縛る訳ですね。そういう感覚というのが、戦後70年経って弱くなってきているんじゃないのかなあと、そういう危機感はありますね。[それがここでの行動に出たということですよね(強行採決反対のプラカードを持つ柚木議員の写真を指して)] ― やはりもう少し民意に対して謙虚であるべきで、本来は憲法改正をして国民投票にかけてやらなければ、憲法解釈を変えれば何でも出来るんだったら、憲法いりませんよ。[今、柚木さんは超党派イクメン議連というのをやられて、その代表をされているんですか?超党派イクメン議連ってなんですか?] ― これはですね、男女、老若男女、既婚、未婚を問わず。今女性活躍というのがクローズアップされていて、実は働く女性にアンケートを取ると何が一番必要ですかというと、保育園とか思うじゃないですか。違うんですよ、夫の理解協力なんですよ。つまり、女性が活躍を頑張るためには、男性の理解協力なくして、女性活躍なしなんですね。したがって、イクメンが増えれば当然、奥さん、育児をされている方はサポートされる訳ですから頑張れるし、2020年に管理職30パーセント女性と言っていますけど、男性のサポート、理解があれば、当然女性の方はキャリアアップ、ステップアップされますよね。そういう視点も含めて、超党派イクメン議連というのを超党派でやろうと。政権がどっちに変わっても、こういうのは大事で。[今、旦那の理解とおっしゃいましたけど、旦那の無関心も多いですよ] ― それも含めて理解、協力。あと会社の経営者や管理職の理解、もっと言うと男女共同参画で日本は100位以下なんですよ。先進国でダントツ最下位で。そういのが高いほど出生率も高いですし、もっと言うと、ワークライフバランスがいい企業ほど業績がいいんですよ。ワークライフイノベーションということをずっと言っていて、製造業の技術革新も重要だけど、働き方、仕事と家庭の両立のイノベーションを起こすことで企業の生産性も上がるし利益率も上がるし。まさに、女性が復職できれば労働力の確保にもつながるし。やっぱり、そういうことを含めてイクメン議連というものを。ただ単に、子供好き、育児好きのお父さんということではないんです。[なんか、お父さんになられたらしいですね] ― 10年前は独身でしたね。麻生総理の時に新人議員だったんですよね。2期目を通ったら、当時後援会の方からご紹介頂いた方をお迎えに行きますと言っていたら、麻生さん、なかなか選挙しなくて一年延びたでしょ。で、結婚も伸びたんですよ。(笑) [なぜですか?] ― 2期目が一番大変だと言われるでしょ。2期目を当選出来たら、お迎えにあがりますと、自分の中で課していたんですよね。[それを奥様におっしゃっていたんですか?] ― はい。相手のお父さん、お母さん、結婚する気あるの?みたいな。[だって、麻生がみたいな?] ― そのせいで、一年延びたと、よく言っていますけど。[みなさんね、貯金も無くなるし、大変だって言っていましたよね。与野党問わず] ― お陰様で、今4歳の娘と1歳の息子がおりまして。[そんな幸せになっていたんですか!] ― 日々、イクメンなんでしょと家庭内でプレッシャーがかかって、ただ単に寝かしつけるだけではだめで、お風呂に入れて歯磨きもして。朝も送り迎えをさせてもらうこともあるんですけど、保育園、幼稚園に行っているんで。その前からちゃんと起こしてご飯を食べさせて、歯を磨かせて。ゴミ出しも持って行くだけだったらゴミの移動だから、ちゃんと仕分けして袋をちゃんと入れ替えて、それがゴミ出しだからと。そういう風になっていくことで、子育てみなさん1人目で大変で2人目はいいという女性の方が多いんです。2人目の壁。二歳までが離婚率が半分ぐらいなんですね、二歳の壁も乗り越えられるかと。イクメンのテレビ、玉木宏さんと、倉科カナさんとのドラマがありましたよね。あれは、イクメンに対して厳しいドラマだったんですけど、そういう危機を乗り越えていくという意味で、男性が奥さんの立場で。よく言うじゃないですか。「おれは外で仕事をしているんだから」でも、育児って365日24時間無休ですよね。そういうような感覚をパートナーとシェアしながら、理解してくれているということがあれば、女性の方も頑張れると。私、今産前産後、就学前後の親子支援が大事だなあと持って、そういう取り組みをさせて頂いているんですけれど。[こういう時も、自民党の議員さん、ここらへんで派閥の事とかいろんな事を話している訳ですよ。夜な夜な、やっぱり、心配なんですよ。そうゆうこと、やらないんですか] ― 私、細野豪志さんたちと自誓会の一員なので。数の力は大事ですし、数がなければ政権を担えませんし。他方でそれが先にありきではなくて、自分たちの掲げるビジョンや政策だったり、自分が超党派イクメン議連だったり、自分がライフワークで取り組んでいることを実現をするための派閥だったり、夜会合だったりでないと。それが逆になると、手段と目的が逆転しちゃうと、有権者のみなさんは良く見ていらっしゃると思いますので。[出産のためにお休みとか取ったりしたんですか?] ― ある新聞記者さんか聞いたんですが、娘の出産で妻を病院に連れて行ったんですが、ちょうど国会の召集日だったんですね。国対の先輩に夜間すみませんとメールをしたら、国会の召集日は儀式だから、議論とかはないから、妻のお産もちょっとリスクがあったものですから、そういうことだったら、傍に付いていてあげたらどう?と言って頂いたものですから、応招将延期願いというのを出しましたらば、お産に立ち会うためを理由に男性が応招延期願いを出したのは柚木さんが初めてですよということでした。記者さんから聞きました。議院委員会に問い合わせたんでしょうね。休むということがいい悪いではなくて、自治体の首長さんが育休を取って賛否両論あるじゃないですか。私がすごく学んだのが、立ちあったことで、三日三晩大変で、国会にいっぺん行ってとんぼ返りで戻って、戻ってくるのを待つかのように夕方4時15分に生まれたから、よいこと。(笑)立ちあったり、産前に両親学級というのに何回か行ったんですが、お産の大変さを目の当たりに、やっぱり命がけじゃないですか。本当に亡くられる方がいらっしゃるし。それを共有させて頂くだけでも、生まれてきてくれてありがとう、産んでくれてありがとうと。[そういうのを見ないと、言えないですもんね]― そういう意味でも大事なことだと思いました。[それは素晴らしい経験でしたね。本当に]― 私も大事な質問の日だったら、さすがに国会に出ますけどね。[永田町はザ男社会の縮図ですからね。それを変えていくのは、柚木さんの勇気ある行動ですよね]― 賛否両論あっても、自分が理解せずして子育て支援とは何ぞやと言われたってなかなか分からないと思うんで。僕がそういう経験をさせて頂くことで政策に繋げていけたらなあというところですよね。保活もしました。保育園を探す。妻は一人目の時に育休から復帰しましたから。当時財務大臣政務官だったんですよ。妻は航空会社に勤めていて三泊四日帰ってこないんですよ。私が送り迎えをしていまして。飛行機新幹線で一歳の娘を抱えて。[どこの航空会社なんですか?] ― Aの方ですね。(笑) [お嫁さんにしたいナンバーワンですよ] ― 後援会の紹介だったんですけど。地元の後援者のね。地元の出身だったんで。自分が送り迎えをしたり、保育園を探したり、女性の方が普通にやっていることですよね。それこそ、寝かしつけとか大変。イクメン議連を作ったきっかけ、自分がこれDVじゃないかとひやっとしたことがあるんですよ。娘が当時、生まれて三ヶ月の時に。寝ないんですよ。これぐらいの距離ですけどね、「もうパパ知らない!」ってベットの上にやちゃったんですよ。その時に、子供、ぴくっと止まったんですよ。で、私、一瞬心臓が止まったんじゃないかと思ったんですよ。で、さーっとなって、これは危ないと。その時、妻が24時間スーパーに買い物に行っていて、帰ってこないんですよ。一時間も二時間も。育児ノイローゼ的な部分もがあるじゃないですか。それで気分転換に。私もそういう自分がいて、これは危ないと。男性と同じ、育児ノイローゼ多いですね、虐待も多いですね。そういう感覚を共有するだけでも違う。[柚木さんの所は共働きということなんですか?] ― 一人目の時、復職しました。2人目の時は、私が保活して、都内と地元と10以上の保育園を廻りました。妻もそれで二重にやるつもりで、上と下でそれぞれ別れて。下は地元で幼稚園、下はこちらで私が。休みの時は妻がどっちかで2人を看る。そういうアクロバティックなことを考えていたんですが、もう無理だと妻が思ったようで、実は復職の前日に退職願を出しちゃったんですよ。もう衝動的に。だから、育児支援って他人事じゃないんですよ。[一瞬、感情的になちゃったんですね] ― 無理だ!と思っちゃったんですね。そうやって辞める方が多い訳ですよ。だからそれを他人事じゃなくて、自分のこととして取り組めるということじゃないと、子育て支援なんて、10年経っても何も変わりませんよ。[どうして保育園は出来ないんですか?待機児童が多いんですか?総理大臣レベルが動いても駄目なんですか?] ― それはやっぱり政治の決断ひとつですよ。育児支援にしても北欧なんかの三分の一程度でしょ。それだけの予算を投入して、まさに保育園だけじゃなくて、たとえば、子育てしようと思ったら会社を早く帰るので、代わりの人材が必要。そういう人を雇うと企業がコストがかかる。そういうことに対して支援をするとか。社会全体で、育児支援じゃないんですよ。実は成長戦略なんですよ。そういうことをやらないと人材確保が出来ないし、出生率も上がらないし、労働人口も消費人口も増えないし。私がワークライフノベーションと言っているのは、成長戦略の一環でもある。そうすると、無理矢理に産めということになってもいけないし、結果としてそういうことを支援することが、経済成長にも出生率の向上にも繋がっていく。[そういうことになりますと、政治判断が出来ていないということで、一番最初に管さんが待機児童をゼロにするとおっしゃったんじゃないですか。管さんから始まって、歴代総理に踏襲されている公約じゃないですか。] ― もっと言うと、長妻厚生労働大臣の時にイクメンプロジェクトというのは始まったんですね。私、財務大臣政務官の時にノルウエーの首相に会わせて頂いたんですけど、ノルウエーの首相は当時43歳。今の私と同じなんですけど、すでに2回、育休を取っているんです。本人が。ノルウエーも日本と同じ男社会だったんですよ。ところが女性の総理も誕生して、育休も男性が取れば日本も5割だったんですけど、100パーセント給料を保障されるようにしたんですよ。そうしたら出生率がV字回復して、先進国のベスト5に入っていますけど、ノルウエーは。しかも経済も良くなって。だから出生率だけじゃなくて、成長にも繋がったし、女性の社会進出にも繋がったと。男性の育休取得率が4パーセントだったんですけど、男性は取れば給料が100パー出るというパパクオーター制度を導入したことによって、3年後に育休70パー、さらに3年後に90パーの男性が育休を取るようになったんですよ。革命じゃないですか。4パーだったんですよ。6年前は。日本は今、1パーから2パーですよ。日本で男性が8割、育休を取ることになったら、出生率は2ポイントなんか、グイッといきますよ。ノルウエーが実証したわけですから。[でも、出生率がグイッといっても、待機児童問題が解消されないとみなさん不安で] ― だからセットですよ。保育園もそうだし、短時間勤務とか在宅ワークとか、そういうものは全部パッケージです。成長戦略として。それをドラスティックにやるためには予算が必要ですね。[総理がイエスと言ったら出来る訳ですよね] ― もっと言うと、総理が育休を取っちゃった訳ですよね。二回も。その当時、厚生労働大臣ともう一人男性の大臣が育休中でしたよ。世の中当たり前だと、それが。でもそれ、社会の反対も多いし企業の反対も正直あります。なぜなら、人材が、そんなに男性まで休まれたら困ると。だからこそ、代わりの人員をちゃんと確保する。そのための支援もする。その方が企業の業績もよくなることが実証されれば、グローバル企業、実はライフバランスをしっかり企業が制度としてやっているところの方が、利益率も倍ぐらい高いんですよ。何もやっていない企業より。会社の業績にも、つまり企業の税収が増えれば、国の財政にもプラスになる。そういう意味でのワークライフイノベーションがポテンシャルがあるということで、キクメン議連をやっています。日本は100位以下ですから、男女共同参画。結局ね、2人目の復職直前で妻が退職願を出してしまいまいしたので、私もイクメン議連をやっていながら、日々現実に直面しています。

 

●今だから言えるあの日のあの出来事

 

ひょっとしたら10年前に言ったかもしれないんですけど、選挙の時に当選して万歳という映像が出るじゃないですか。万歳の前には何しているのと結構聞かれるんですよね。私も万歳は4回、一応させて頂いたんですけど、初めての選挙は落選しました。8時から開票速報は始まるじゃないですか。8時瞬間に橋本龍太郎元総理に当確が出たんですね。事務所にみなさんがいらっしゃる所から離れて、軽自動車の中でラジオを聞いていて。すぐ橋本元総理が当確と出て、ひとり、申し訳ないなあという思いで涙したんですが。あの時のあの瞬間、あの時の申し訳なさ悔しさというのがあったから、二回目の初当選につながったと思いますし、約3年間、一日に最低でも100人で12万人という取り組みをさせて頂くことにつながったと思いますから、良く、ピンチをチャンスに変えると口では簡単に言いますけれど、その時の経験をいかにエネルギーに変えれるかというのを。落選の時のあの瞬間というのは今でもはっきりと覚えていますね。今こうして仕事をさせて頂いているから、笑顔で言えますけれど、あの時は次の選挙に出られるかどうかわかりませんでしたからね、もう自分自身が否定されたという感覚なんですね。そういうあの日というのは、今だからこそお話しできるかなと。[応援していた人だって、応援していた人が落ちちゃうと、自分の名前を呼ばれるのも嫌だって、自分が否定されたみたいで] ― しばらくは選挙区で食事を出来なかったんですよ。自意識過剰じゃないけれど。選挙区から出て、帽子を被ってマスクして食事をしていた時期が落選、浪人中にありましたから。[私からなんですが、もう一度民主党が政権を取ることを夢見て、悔い改めるとしたらどんな点があるんでしょうか] ― 民主党がなのか、民主党を含めた野党が新しい受け皿を作るのか。これは私もいろいろ思いがありますが、いずれにしても、日本において自民党に代わり得る受け皿がないと、政治の世界にイノベーションをと。政権交代可能な二大政党をというのが原点ですから。野球でもジャイアンツばかり優勝していたら盛り上がらないでしょ。他のチームも優勝するから切磋琢磨して球界も盛り上がるし。そういう部分を本当にこれから作っていかなきゃいけないという思いが本当に強いんです。そのためにはですね、やはり自民党さんに良くも悪くも学ぶべきところは学ぶ。しかし、やっぱり親子代々国会議員じゃないと国会議員になれないの?いやそうじゃなくて、みなさんの中から雄偉な人材にはどんどん国会で活躍して頂く。そういう受け皿になりたいですし、しかしそれも2009年に政権に担わせて頂いて、やっぱりチームでまとまって仕事をしないと事を成せない。[やはりバラバラ過ぎたというのは本当ですか?] ― 自民党さんも右寄りの方から鳩派の宏池会の方までいらっしゃる訳ですよ。50年も政権を担えばそんなこと言われなくなる訳ですよ。10年20年経って政権交代が定着したらとそんなことを言われなくなると思うし、私たちの代というのは民主党が出来てから議員になっていますから。いわゆる55年体制とか自民党、社会党の時代はまったく私たちは無縁の感覚なんですね。私たちの代で、もう一回、二回、政権を担わせて頂くような、これ自分たちのためじゃないですよ。[役人との付き合い方はどうですか?反省とか] ― それはもちろんありますよ。財務政務官をさせて頂いて、財務省の方ともずっと人間関係は大事にさせて頂いていますし、社会保障を専門ですから、厚生労働省の方とも勉強会をさせて頂いたりとか、関係を大事にさせて頂いています。政治はビジョンを掲げて結果に責任を取るということだと思うんですね。役所の方にはそれを実現するために一緒に仕事をして頂いたり、知恵を出して頂いたり。そういう形でお互いが目標に向かって二人三脚でやって行くと。ただ、これがあんまり、天下りには目をつぶるから予算付けてよと。予算が付いた先は、たとえば子供手当のようにダイレクトに行くものならいいんですけど、団体に補助金が付くとか、ある企業に補助金が付くとか、そこから選挙に応援してもらう献金をもらうとかね。そういうところだけで、お金がぐるぐる回っているとかね。そういうような部分が制度疲労を起こして政権交代につながったと思っていますから、そこはやっぱり、もう一つの受け皿を担っていこうと思うのであれば、新しい政権運営のビジネスモデルというものを作っていかなくてはいけないと思っています。[具体的にそういう話が役人の方からあるんですか?] ― いやいや、無いですけど、阿吽の呼吸じゃないですか、そういうのは。[でも、何か言っているんでしょうね、レクチャーの時にうまく、そんなような事を] ― まあそれはね、今お伝えしたように、どういう風に思っているだろうなあとお互い想像がつくじゃないですか。我々が厳しく追及したら、自分たちのせいじゃなくて昔からそうだからしょうがないぐらいの感覚でしょ。お役所の方は。[急に役人の態度が変わった潮目とかあったんですか?] ― 政権交代が起こりそうだとなれば、役所の方も先を考えて政権が変わってもちゃんと運営していけるように、役所の方も民主党政権に変わってこういうことをやるのなら、こういうふうにシフトしていかなきゃいけないと、そこ現実的なんですよ。また自民党に戻りそうになったら、現実的な訳ですよ。役所の方って良くも悪くも現実的なんですよ。だからちゃんと行政が機能するようにってことでしょうね。そこを私たちも一定の緊張関係と一定の信頼関係、これがどっちかだけに偏り過ぎると、天下りに目をつぶるけど、予算を付けてよとか、なりかねないんで。[官僚というのは、そこまでずぶずじゃないんですね] ― いい意味での緊張感を持続、維持していこうと思ったら、時々政権交代があることだと思います。どっぷりだったら、お互い目をつぶりましょうとなっちゃいますよね。

 

Q1;庶民目線ということで、ぜひイクメン議連も頑張って頂きたいと思うんですけれど、ひとつの提案としまして、少子高齢化とかそういうのを含めて考えた時に、大家族主義に制度的に工夫して、たとえばおじいちゃん、おばあちゃんが近くに住んでいたら面倒をみるとか、近くに住んで助け合うようなものが、少子高齢化とか女性でも仕事に復帰できるような社会になるんじゃないかなと思っているんですね。そこのところはいかかですか?

 

A1;非常に重要かつ有効だと思うんですよ。家も妻のご両親、特にお母さんにお世話になっていますよ。それがなければ我が家は仕事と育児は出来なかったと思うんですね。ですから、そういうところに対してなんらかのサポートが当然有り得ますよね。そういう税制上の優遇もあり得るでしょうし、何らかの家を建てる時の補助もあり得るでしょうし。子育てしやすい環境を支援する、保育園にお願いするのと、親が見て頂けるのと同じような効果がありますよね。そういうことも含めたパッケージとしての取り組みがないと、何かだけで出生率が劇的に改善する、女性が職場復帰できるということにはならないと思います。今のような政策も含めて住居政策、家族政策、強制じゃなくて、選択できるということだと思うんですね。カフェテリア方式とも言うんですけれど、いくつかのメニューを。実は総合合算制度というのが軽減税率が導入されたら、その財源がなくなっちゃう、4000億と言われているんですが、自分がこういうことをサービスとして受けたいと思ったら選べるんですね。支出の上限を超えたら公費が補助してくれる。そういうような仕組みの中に今のようなものも含めて、非常に重要かつ有効だと思いますね。

 

Q2;政権交代というお話もありましたけど、自民党がすべていい訳でもないので、安全保障に関しては自民党、今回は意義はあったなと思います。というのは、世界情勢が変わっていまして中国の海洋進出とか。そういう部分を含めたら、私は安保法、あれを戦争法案という言い方もされていましたけど、私は戦争を抑止する法案だと考えていまして。これは時代が変わってみないとわからないと思うのですが。先程、アウシュビッツの話、ヒットラーの話が出まして、戦争はしない方がいいですけれど、日本の戦争がすべて悪かったという風潮もあると思うんですが、ただやはりあの戦争は止むを得なかった、自衛の戦争であったという見方があると思うんですね。というのは南京大虐殺を中国がユネスコに登録遺産を申請して通ってしまいましたよね。あれは本当は事実でない部分が多いのに、ああゆう形でユネスコが申請を通しちゃったというのは、日本の世論の中でどちらかというとあの戦争は悪かったというマスコミの報道も含めて。

 

A2;その話は重要で、ちょっと分けて考えるべきだと思っています。抑止力は必要だし、自衛力の強化と必要だと思っているんです。ただ、70年間、日本は日の丸をつけて国権の発動たる戦争はやっていないんですね。そのことがある意味巻き込まれなかったことの要因のひとつ。これはイラク戦争の後に、イギリスにしろ、スペインにしろ、駅とか列車爆破テロにあっています。多くの方、関係のない方が犠牲になっています。当然、リスクが伴う事を前提に考えなきゃいけないんですね。それをどう見るかという部分は充分煮つまった議論はされていません。ですから私は、今おっしゃったような意味での集団的自衛権行使が必要だとあれば、戦争で巻き込まれることも含めて、セットで議論しないと現実的ではないし、フェアーじゃないと思うんです。抑止力も必要だし、自衛力の強化も必要だとおもいますが、他国の戦争に自国が攻められずしてどこまで行くかという議論は、慎重であるべきだと思っています。それから戦争認識で言えばね、いろんなみなさんが発言されることは自由です。ただわれわれ政治家、国会議員は起こったことに結果責任を負う立場です。永久戦犯がああいう形で、われわれも同じようなことをしたら、命をもって償う立場です。そういうことを考えた時に、310万人が犠牲になった戦争。戦争というのは全部自衛戦争ですよ。しかしその結果に対して、われわれがどう責任を負うのかを。中曽根元総理がおっしゃっているように、政治家というのは常に歴史法廷の被告人席に立たされていると。その自覚の元で仕事をしていく中で、今のような議論をしっかりしていくべきだと思いますね。

 

[次の選挙、民主党は厳しそうとコメントがきていますね。小選挙区でもいなくなっちゃった所がありますよね] ― 中国地方は岡山2人以外は衆議院議員はゼロなわけですよ。

[候補者も地元のお祭りに来ていない人とかいらっしゃいますよね。分かり易く言っているんですけど] ― 私たち、議員を続けたくてこの仕事をしている訳じゃないんですよ。やっぱりもうひとつの受け皿が日本の政治にとって、政治のイノベーションにとって、緊張感、もっと言うと汚職や腐敗をし難くする仕組みとして必要だと思っているので、その受け皿を作るためには民主党はじめ野党は頑張らなければいけないと。そういう感覚なんですね。ですから厳しいから、自分が受かりたいからじゃなくて、その受け皿を作るために私たちが何をすべきか、何が出来るかという発想で日々、常日頃から考えていますから。そこはもちろん覚悟の上で、選挙は良い時もあれば、厳しい時もありますから。[続けるのが主ではないということだったら、短くてもボンといろんなことを決めてほしいですよね] ― 民主党政権の3年3ヶ月の失敗は、役所と持ちず持たれずで、マニュフェストをどんどん撤回していったんですね。やったこともありますけれど。次もしチャンスがあった時にはね、二度と政権はとれないという覚悟でみんながやると。一期目もそれでやるべきだったと思いますね。[また頑張ってほしいですね] ― 自分達のためじゃなく、みなさんの選択肢を作り、定着させる意味で頑張りたいです