森山 浩行
森山バスト
第219回
2018年06月21日 放送

立憲民主党 森山 浩行 衆議院議員

第7回のみわちゃんねるに出演頂き、2回目の登場です。
その間5年の落選生活「長かったー」と振り返ります。
当日は弊社お取引先の「関西テレビ」、モリモリ議員にとっては
古巣の後輩にあたる方々もかけつけ、和やかなムードに包まれました。

以前からTPPなどの法案を問題視し、さまざまな提言をしてきてモリモリですが、
議員復活となった今も「TPP」にくわえ 「PFY公共事業を民間に開放する法案」
「IRカジノ」などの分野にも、
「横文字法案に気をつけろ」とばかりに慎重に向き合っています。
立憲民主党の新生モリモリに期待します。

 

(動画より文字おこし)

立憲民主党(近畿比例)2期目 2018年 6月 21日 収録時点

[この「みわちゃんねる」今回で219回目なんですけど、第7回に出場して頂いて、第1回目から219回目まで二回出てくれた方は森本さんが初めてなんです] ― 初2回目!ありがとうございます![ずっと永田町を空席にされていたそうで。(笑)] ― はい。(笑) 5年ぐらい休んでいたんで。(笑) [5年!長かったでしょう?何歳から何歳までですか?] ― 42から47歳。[男の働き盛りに辛いですよねー。その間、関西のご地元で] ― 堺の街をウロウロ、回って。息子に「お父さんの仕事はお配りする人」と言われて。(印刷物を配るしぐさ)チラシをまいている訳ですね。[小学生にはモリモリと大人気だとおっしゃっていましたものね、外見から近づきやすいと] ― その子らが18歳選挙権でどんどん有権者になってもらって。[でも5年だと長いですね] ― 5年と決まっていれば、何とかなる訳です。いつ受かるかわからない訳です。[ビラを配ったり、遊説したりとか。関西は昼間からお酒を飲んでいる人が多いですからね。いろいろ言われる訳ですよね] ― 二回、落ちたんです。二回落ちると、あいつは通らん奴や、というような感じになっていくんですよね。[そういう風評がね、感じましたか?] ― 自分一人で、いやいや、次は受かるからと言って回るという。なかなか、精神は鍛えられますね。[立憲民主党に入党したことで、票がさらに上積みになって] ― ねー、本当にこんなこと、あるんやなあと思って。解散した瞬間に党がなくなるんですよ。え!どうすんの、というところから、いったん、無所属をやりますと言って。その数日後に、枝野さんが立憲民主党を作る話があって、そこに行ったわけなんで。[それは自分の意思ですか?それとも枝野さんの方からアプローチがあったんですか?] ― 枝野さんは前から仲良くさせてもらっていたんで。[グループが一緒だったんですか?] ― 枝野グループで。いっぱいグループに入っていたんですよね。民主党って文化部なんです。天文部と書道部と文芸部と新聞部にみんな入っているみたいな感じがオッケーな状態で。枝野さんは5人くらいでこじんまりした勉強会をやっていて、その一人だったんです。[当時と比べてだいぶん、お仲間の議席が減ったんじゃないんですか?] ― 2009年の初当選に143人いたんです。その後、2回目、3回目、今回は4回目なんですけど。4回目の間に受かったり、落ちたり、入れ替わりがあって。それでも、4回連続で通っている人もいるので、こればっかりは。[ご地元の選挙区大阪16区、北側さんの所ですよね。自公の強固な地盤ですから。そもそも、そういう所で立候補したということが、いばらの道の] ― 生まれたからしょうない!(笑) [地元だからしょうがないということですね。でも、当選されて本当に良かったです!]

 

●幸せ度数年表(クリックで拡大)

IMG_0769

 

 

 

 

 

 

 

 

[性格がきっちりされているんですね。(きれいに書かれた幸せ度数年表を指して)] ― いえ、結構、のうてんきなんで基本、ずっと幸せなんですが。これは火傷、8ヶ月の時。(幸せ度数年表の一番落ち込んだ線を指して)[瀕死の状態だったんですよね。一件目の病院でダメだと言われて、二件目の病院へ行って助かったという] ― よく覚えてる!二件目の病院で助けてもらって。よく二件目の病院に行ってくれましたね。一件目の病院であきらめていたら、終わってたという。[カンボジアに行かれているんですね] ― 二十歳の時、カンボジアの学校建設のボランティアに行って、日本に生まれて自分はどれだけ幸せだったか、のうてんきに幸せに暮らしてきたなという風に思って。世界の中にここに生まれたというだけで、教育も受けられへん、物も食べられへん人がこんなにいるんだ、というところから、何か出来へんかななあ、というところでぐーっと下がって。(幸せ度数年表の下降線を指さして)そしてテレビ局に入って、堺の市議会、大阪の市議会、ずっとトントントンと通るんですね。堺の市長選で一回負けて、その時に衆議院に出えへんか、という話があって。政権交代の時に民主党に合流すると。[今日は古巣のテレビ局の関西テレビの方も来られていまして。後輩の方で] ― 重なっていない、3年半ぐらいしかいなかったので。[森山さんのような先輩がいることはご存知でしたか?] ― はい、お名前は。(関西テレビの後輩の方)たまに、関西テレビの人がいろんな所にニュースできはって、一緒にドキュメンタリーを撮った人とか、先輩方とかが取材現場にいる訳。これは社内用サービスカットと言って、アップの絵を撮って帰ったりして。(笑)[でも、ニュースには流れない。(笑)] ― (笑) ニュースには流れない。[いいですね!いずれもっとご出世された時に編集してプレゼントするのもいいかもしれないですね] ― ね、捕まった時に使われんようにね。(会場から笑い声)[それね、うちは不倫の時に使いますから。(笑)お気をつけて] ― (笑) はーい。[冗談ですから、ご安心下さい。(笑)] ― 政権交代したのはいいんだけど、もがいてもがいて頑張ったんだけど、どんどん支持率も落ちていく。やろうと思っていたことが出来ない。[前回、出られた時に野党になったことがないと、言ってらっしゃいましたもの。どうですか、野党になって永田町で見える景色は違いますか?] ― 仲間から総理大臣が出ていないと、こんなに資料もくれへんのかと。[それが今、問題の公文書破棄ですか、偽造ですか]  ― くれないどころか、正式に言っても黒塗りで出てきたり、改ざんがあったとか言って、昨日あたりに急に出てきたり。[そもそも、土俵が違ってしまっているんですね] ― 違っていますね。[それも、与党を経験したモリモリだからわかるんでしょうね。5年ぶりに帰ってきたという] ― 前のイメージで帰ってきたら。(笑)与党の時の嫌がらせは、資料をくれと言って、明日までに質問をして欲しくない時は200ページとか持って来るんです。ドーンと持ってきて「先生、頑張って呼んで下さい」と。そういう嫌がらせ。「渡したでしょ、書いてあるでしょ。138ページに」みたいな。野党になると1枚持って来る。1ページみたいなことがわりと多い。たぶん、国会で声が大きい一人なんですけど。本会議でヤジなんかやっていると、席が前から7列目で演壇の人と目が合うんですよ。たまにドーンと言うのが、しゃべっている人を撃沈してしまう。1月に総理が施政方針演説でこんなことをやりますと話をするんだけど、「プライマリーバランスについて改ざんをしています」と。ん!?と思って、それ、改善やろ?プライマリーバランスを改ざんしたらまずくて、しかも施政方針演説で。「改善!」と言ったら、うっと止まって、見直して「改善しています」と。あの時におかしいと思ったんですよ。[良く聞いていましたね!] ― ものすごく良く聞かないと、ヤジは出来ない。的外れなことをワーワー言ってもアホに見えるだけ。[ヤジが出来る人は寝ている人よりも崇高ですよね] ― 改善と書いてあるものを改ざんと読むのは普通の日本語の感覚ではないです。改ざんと書いてあるのを改善と読むのは有り得る。安倍さんの頭の中、改ざんでいっぱいなんかと思ったら、その後の流れがこうですから。改ざん文書が次々出てきましたと。もうその時に気になってていたのと違うかなと。[悪いなと、安倍さんも思っていたかもしれませんね。出ちゃったんですね。ライブでわかる、国会議員同士の話ですよね] ― 議事堂は意外に狭いんでね。[2009年の時に野党だった自民党の新人の方なんかが] ― 小泉進一郎さんじゃないですか。同期なんですよ。あの時に勝っているということはその後も当然、勝ち続けている。[2009年、自民党で勝っている人はもちろん、今でもいる訳ですからね。会期を重ねてらっしゃるということですから、おのずと偉くなっていく。差がついて] ― そうなんですよ。席の並びだけ一緒ですけどね。[何か思うところがありますか] ― やっぱりね、与党にならなきゃだめなんだと思います。野党が野党のままでずっといていいと思ったら政治はダメになるし、与党が政権にしがみつくことを考えだすと、これもダメだし。ここのバランスというか、緊張関係がないと前にまわっていかへんなあと。[だからこそ、小選挙区というのが導入されたんですけど、未来永劫このまま遠いという感じが今はしますよね] ― すごいブースターがつくんですよね。思っている以上に差がついてしまう。民主党は当時、300人いたと思うと、今は50人ですから。仕事の量が違う。[人が少ないから大変ということですね] ― いっぱい降りて来てね。立憲民主党は55人中、新人は何人だと思いますか?[半分くらいですか?] ― そう、20人。そして10人近くが大臣経験者。その間の中間管路職が少ないんですよ。前を全部の仕事が通っていくという感じで。[新しい組織ですから、モリモリ地元で顔を売ってますけど、昨日、今日初めてという人も正直言って多いじゃないですか。それが歴史と伝統の自民党に敵わないというのがひとつの原因なんですよね。おじいちゃんの代からおばあちゃんの代から人間関係が出来ていますからね、地方ではね] ― 統一地方選挙が来年ですけど。[参議院選もありますね] ― 参議院はその時の支持率で変わります。地方議会はそんなに簡単に変わらないので、そこからなんですよね。選挙対策副委員長なので。(笑) [頑張って下さい。モリモリは立憲民主党だということをちゃんと認識したいと思います] ― はい、初!立憲民主党の「みわちゃんねる」参加ということです。

 

●最近の政治トピックス

 

[7年前出て下さった時はTPPに力を入れてらっしゃると話していらっしゃいまいましたが、今日はTPPのことで衆議院で何か通過されたようですね] ― TPPのために日本の国の中でどういう対策を打つかという法案を通したんですが。政策の話で言うと、横文字の法律に気を付けろと、いうことで。PFIと言って、公共事業を民間に解放しましょうと。それは全然問題は無い。ところが公共事業を民間に開放するんだけど、WTOといって世界貿易体制の中で言うと、日本で民間に開放するということは海外の企業も取れるようになるんですね、という形で自由貿易になっちゃう。やる前に歯止めをかけて、日本企業が取れるよいうにしますという枠組みの中で民間開放すれば、ちゃんと日本に返ってくるんですけどね。[それは今後の日本の課題ですね] ― ところが、先に法案を通しちゃった、さらに水道下水道もいてまえ!というので、今回さらにお金を付けたんですね。そうなるとフランスにヴェオリアという世界最強の水の会社があったりして、この中に日本支社を作って取りにきている訳です。これは日本を守るということでは非常に問題やと言っているところにTPP。アメリカと一対一で交渉をやったら、ボコボコにやられますよね。ボコボコにやられないように、TPPという会議室で12人ぐらいで一緒にやったら、日本だけおまえだけ脱げという話にはならない。というので、とりあえず会議室に入ろうとこの時もやっていたし、その後もやってたけど、トランプが抜けたんです。結局、アメリカが抜けたんです。あと11人でここで会議をする時に、アメリカがうんと言うところまで自由貿易を進めました。今回、ここで締結して国内対策をしますという法案が今日、通ったんだけど、この後にアメリカは何と言ってやってくるか。TPPイレブンで下げた自由の高いラインから、アメリカと日本の二国間で交渉をやろうという話になって。交渉の順番が逆なんですよ。これも日本の中にある財産がアメリカに輸出していく話になる。民間とか自由貿易とか、見た目、耳触りがいいこと、口当たりのいいやり方なんですと言いながら、中身を見てみたら、日本の経済が蝕まれていくと違うか、というところで、あれもやっらたどうか、これもやったらどうやという議論をやったんですけど。なんせ、数が少ないんで、もうええがな、もう約束してきてんからはよやろうやという方に流れているという状態で。[自民党にとっても世界に仕事が持って行かれるのは大問題じゃないですか] ― 交渉に行って、自由貿易のルールですよね、はい、と言いました。それならこれだけやってこれますよね、はい、って言いました。外務大臣をはじめとして、経済産業大臣らそれぞれの人が約束して帰ってきたのを、そんなのあるか、と言いにくい。これからIR、カジノなんですけど、カジノが出来る会社も日本にない。[ますます、海外に行ってしまう] ― 開けるのはいい、でも開ける前に日本で強い会社を作ってからやろうや、という話をしてたんだけど、どうも開ける方が先になってしまって。5年間、留守にしてたのが、残念![外資が入ってきたら大変というのは、もう起こっていますからね] ― 仕事の上前をはねることになるので、どう考えても日本人の利益にはならない。ちょっとね、この辺が残念で。見た目はいいんだけど、中身はどうだろうかというところの議論を継続してやっていかなあかんなあと思っているところなんです。[それが横文字の法案に気を付けろということですね] ― なんとなく、悪くないでしょ。PFI,TPP,IRと言ったら。[もっと市場を広めてと思っちゃいますよね] ― がんがん行こうよ!と。[市場も広がるんじゃないかと思いますが] ― やられる方が多いんじゃないかと。[展開としてはどうですか?数で負けてしまうんですけども]― 軒並みそれで通っていく訳です。今回の国会はその辺を全部、通してしまえという圧で今、やっているので。中でも議論を続けていく。こんな困ったことが起こっているよいうなら違う法律で重ねていく、上に積んでいかないと国益を守られへんなあと思って。これは準備も始めています。[自民党としても、与党としても、そうなってしまったら自分たちのせいになりますからね、慎重だと思うんですけどね] ― そこでどういう制度をやったら押し返せるのか、日本の経済が強くなったり、国益を守ったりすることが出来るのかというところが、国会議員の仕事としてはすごく重要な部分だと思うんですよね。[そういう話こそ、霞が関の人に考えて欲しいなというのはありますけどね。エキスパートの方がいっぱいいる訳ですから] ― 日本人はいい人なんですよね。海外でお付き合いしているとよく言われるのが、アラブ人と交渉しようと思ったら、インド人をふたり連れて来い。インド人と交渉しようと思ったら中国人をふたり連れて来い。中国人と交渉しようと思ったら日本人をふたり連れて来い。となると、アラブ人と交渉しようと思ったら8人で行かなならんわけです。特に霞が関の人たちも勉強出来る人がなってますから、喧嘩をしてなっているわけじゃないんで。交渉をするという部分の教育もそうなんだけど、人材育成をあんまりしてないところが、ここで出るのではないかと。[国内だけの戦いだったら勝ってきたかもしれないけど、それが世界市場になってしまうとなかなか霞が関といえども、教科書のテクニックじゃないぞという危機感があるということですね] ― そういうところそ、民間の人が前面に立って一緒にやってもらうと、もっと戦えるようになっていくんじゃないかなと。相手が全力で市場を取りに来るという時に、じゃあどうやったらという。[そういう危機感が、森友、加計でワーワー言ってますけど、その裏にはそういうことが実はあるということですね] ― 26の委員会が衆議院にあるんです。あれをやっているのは予算委員会とかいくつかの委員会だけで。[テレビ局がみんなそれを流しますからね] ― だってそれしかニュースが無い。(笑) [TPPの話にはなかんかならない] ― ならない、分かりにくい。[でも国民に危機感を伝えるのは重要化もしれないですね。それこそが国会議員の仕事かもしれませんね] ― テレビの放送法4条をやめるという話が出ていて、政治的中立と言うのを取ってしまえと。がんがん政権を応援していいで、がんがん政権に反対していいでと。そうなると何を見たらいいかわからへん訳ですよ。局の中でバランスを取っていたりするから、そこはちょっと、自由にものが言える状態、きちんと稼げる状態、そしてバランス良くみんなが生きていける状態、これを作るのが仕事なんだけど、どうも小っちゃい。目の前、ちょっと儲かるかなとか、友達が得するかなとか、そういうところに頭が行っちゃっているところがある。そういう意味では求める方も、自分が得するからじゃなくて、日本が良くなるかという観点で見てほしいし。訴える方もそこは頑張ってそこのラインで訴えていきたいなと思います。[5年間、苦闘されたんじゃないんですか?] ― 5年間、現場の状況がわからないもの。自分の党がなくなるのもわからなかった。[ご自分の考えと有権者の意見が相反する時もあったかもしれないですね] ― 個別の利益をなんとするという話じゃないのよと、これは20年ずっとやっているんで。

 

●今だから言えるあの日のあの出来事

 

テレビで民主党の両院議員総会を、へーと見ていたら、民進党では候補者は出しませんと。え!!何の連絡もなくて、党本部に連絡をしても政治の事なのでわかりません。[冷たいじゃないですか。(笑)] ― 冷たいですよ。でも結局仕方なかった、前原さんしかしらなかった。幹部のみんなの電話をかけて、どうなってるの?と聞いても、分からない、前原さんしか知らないみたいだ、聞いてない、という話ばっかりで。[途方にくれますね] ― 途方にくれましたよ!今の制度でいくと比例復活もないし、無所属でいくということはどっからでも攻撃を受ける訳で、これは大変、まずいことになったと。無所属でやりますと言いうしかないので、9月の末に言ったんですね。その時に悲しかったのが、落ちていますでしょ。同じ日に辻本さんが、希望の党には行きませんと東京で言ったのがニュースになる。僕が堺で無所属でやりますと言ってもニュースにならない訳ですよ。社会は辻本さんのことは知っているけれど、森山はどうするんだというところでジャンジャン電話が鳴って、無所属です、無所属ですと言う度にものすごい労力を取られて。[でも、出たのは立憲民主党ですよね] ― この二日後に立憲民主党が出来るんですけど、枝野さんから電話がかかってきて、「党を作ってくれるんでしょ、間に合うかな」と言ったら「間に合うように頑張る」と言ってくれたんですけど、選挙まで平日が数日しかないんです。選挙管理委員会に届け出をしないといけないので。そんな中で三日ほど経ちまして、出来るということになって、離党届と入党届、公認申請、自筆でないと離党届はだけなので。自分が東京に行くのも時間がもったいない。辻本さんに頼んで離党届を持って行ってくれと。時間の方が大事だったので。(笑) そんなのもを預けるって、人生初めてですね。辻本さんは大阪のみんなのは私が持って行くから、という感じで。[辻本さんとご一緒なんですね。辻本さんは社会党だったから、そのイメージがあるから。そういう方がいてくれて助かりますよね] ― 辻本さんは国対委員長で代表で与野党の交渉をやってますので。自社さ政権をやっているから、その頃に与党を一度やっていますから。民主党でも与党やっているんで。だから実はいろんな交渉の仕方を知っていて、非常に頼りになる。[自社さの時に与党だったんですね] ― そうです。加藤紘一さんとも仲が良かったし、亀井静香とも仲が良かったし、あの辺の時期ですね。僕らはが今、大阪の代表、辻本さんは特別代表のなってもらって、大阪のことはこっちで一生懸命やっているというような感じです。[そうですか。忘れられないですね、その選挙は] ― 24時間で決めなきゃならなかったので。[あの時は毎日、そうなるんだろうという感じでしたよね] ― 自分たちの選挙対策本部が立ち上がっているので、みんなにずっといてもらいました。どうする!こんな情報も入って来た、あんな情報も入ってきたと。大阪は希望はみんな維新になりましたからね。無所属でいくしかないやん、というところから。それこそ、眠れないということがあるんだという。[こちらからすると、一本にして頂いていい抵抗勢力になって頂かないと。しょっちゅう変わってもどうしようもないですよね] ― そうですね。政権を取るには裾野を広げていく必要がありますからね、がっぷりよつが出来るように。[いつかその日を待っておりおます]

 

[ひさびさの「みわちゃんねる」はどうでしたか?] ― いやー、楽しかったです!ありがとうございます。第7回の時は地下一階のスタジオだったでしょ?ここは眺めもいいし![あのスタジオがなくなったのでこっちに来たんです。そうしたらこんなに眺めが良かったんだと、私も初めて気づいて。(笑)森山さんが出て頂いてから二百十何人の方が出て頂いたんですけど、もう辞めちゃったりね] ― わりと若い方が多いんでしょ。[そうですね、今日はありがとうございました!]