森山 浩行
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第7回
2011年11月16日 放送

民主党 森山 浩行 衆議院議員

 

[初めましてですね。市会議員から府議にそして国会議員になられて、とても親しみを持っております]― 佐野さんは市会議員をやられていたんですね。

[そうなんですよ、昔ね。(笑)そして、テレビマンだったということで、その話もひも解いていきたいと思います。

 

●幸せ度数年表

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第7回森山浩行

 

[生まれた時が100パーセントというのは与党体質ですね。昔の民主党の方に聞くと、ゼロから入ったり]― 暗いですね。[政権を取っている人といない人ではモチベーションが違うんです]― 野党になったことが無いんです。[これから分からないですよ(笑)]頑張らないと。(笑)[幸せ度数年表にやけどとありますが]― 死にかけたんですよ。小さい時ね。てっちりの鍋を、てっちりってふぐ鍋なんですけど。ガスホースを引っ張っちゃって、上からジャバンと鍋が落ちてきて全身やけどで生まれた病院に連れていかれたら、あ、無理と言われて。次の病院に行ってなんとか治してもらったということで。(笑)[良かったですね!今も後が残っているんですか?]― 今もね、この辺にちょこっと残ってますからね。それ以降、うちの家ではてっちり禁止。[毎週、たこ焼きは食べますよね。(笑)]

もちろん!土曜日の昼からはテレビ見ながら。(たこ焼きを焼くしぐさをする森山議員)[それって本当なんですか?東京では考えられないですね。ここにいる人は全員、東京ですから]― タコ焼き機で自分で作る訳ですよ。[今でこそドン・キホーテとかで売っていますけど、当時は東京にそういう機具が売ってなかったですものね。どこで買っていいかもわからないくらい]― 大阪ではどこの道具屋でもあるんですよ。私、かみさんが群馬なんで、たこ焼きの作り方を教えました。[あー、かかあ天下ね、群馬はね]― はい。(笑)[そして幸せ度数が100パーセントになっていますが、どんな小学生だったんですか?]― 中学、水泳部、高校、柔道部。がんがんやっていて、成績はクラスで一番みたいな感じの。元気もりもり、周りの人がいじめられたら助ける。[絵に描いたような、強くてたくましい優等生だったんですね]― だから、ずーっと何にも考えずに大学まで行っている訳ですね。[そして明治大学に入られて、カンボジアですか?]― 何末年始に5万円で連れて行ったると大学の先輩に言われたんですね。年末年始5万円だったら、東京にいるより安い。暖かい所が好きやし、いいかと。連れて行ったもらったら、カンボジアは内戦の直後なんです。身体も大きいし力もあるし、何かで役に立つかと思って行ったら、向こうの人は水を飲んでも腹壊さない、熱い中で働いていてもへばらない。こっちの方が助けてもらっちゃっているじゃないか。[ボランティアに行って助けてもらっちゃったんですね。(笑)水にあたったんですか?]― そう、水にもあたりました。僕は大阪万博の次の年に生まれているんですね。高度成長期に関しては先輩がやってくれた。僕たちはもらっているばっかり。これは何かお返しをしなきゃいけないなあという悩みがずーっと続くんです。[カンボジア息が分岐点になった訳ですね。そしてテレビ局に入社されて。とちらのテレビ局ですか?]― 関西テレビです。[95年に入社されたとお聞きしたんですが、95年は関テレによく出させてもらったんですよ。番組名は「Wスポット」女優の原久美子さんの番組にゲストで]― そうですか!!(笑)原久美子さん営業で来てもらったことがあります。[きれいですよね!あとね、日曜日の朝の間寛平さんと兵藤ゆきさんの旅番組も出させていただいて。なので関テレはすごく良く行っているんです]― 市議会一年生の時に?[そうそう、そんなことやっている場合じゃないですよね。(笑)明石とかでロケとかさせていただいて。東京のテレビ局と違って手作り感があって良かったです。(笑)阪神大震災の年だったんですけれども。私の話はさて置き、営業にいらしたんですか?]― 営業の企画という所に一年間おらしてもらって、試写会のチケットを配ったり、製品の宣伝の短い番組を作ったり、その後に報道に。報道ではO157、酒鬼薔薇聖斗、林真真須美。事件ばっかり起こって。[大変な時でしたよね、大事件でね]― 唯一、震災直後にボランティアをやっていた社員だったんです。当時社員の先輩方は仕事していますから。[学生だったからボランティが出来たということですね。何かエピソードはりますか?酒鬼薔薇聖斗事件はショックでしたからね]― 毎日、警察の人の家に行くんだけど、僕らは昼間はマイクを持ってしゃべっている訳ですね。しゃべっていることが間違っているという脅迫状が届く訳ですね。[誰からですか?] ― 犯人らしきヤツから。[その時は酒鬼薔薇聖斗が犯人だとはわかっていない。怖い!]― 夜、一人で警察の偉い人の家の前で待っていると、後ろから誰か来ないかな~と、誰も守ってくれないし。犯人は中学生だと思いませんでしたね。[あの時はショックでしたね。大阪って凶悪事件が多いですよね~。大阪ってビックリするような事件がありますよね。凄い経験をされましたね]― 子供だから何もしないということもないし、それに対してどう周りの人は対処したらいいのかを問われましたよね。[そしてなんと、堺市議に99年に立候補された、これはどういうことですか?]― 最初は市議になる気はなかったんですね。テレビをやっていて、最初に言ったカンボジアのことがありますから、世界の子供たちがみんな幸せになって欲しい、こういう気持ちがあったんで間をつなごうと思ったんです。情報を持って帰ったら寄付する人も増えるかなと。国会議員であれば世界のことが出来るなと。O157の事件があったのが堺市だったんです。市という所でもきっちり仕事をしないと、子供が死ぬんだと。ものすごいショックで。堺市に完全無所属で立候補して、4番目で通してもらいました。〔テレビ局社員というブランドが利いたのかもしれないですね、関西テレビのね〕― 60人も立候補者がいて最年少とあるだけで目立つんです。〔最年少だったんですか。おいくつだったんですか?〕― 28歳。〔私も初当選は28歳でした。(笑)〕(会場から握手が起こる)〔もう前世の話のようで。そして、府議になられる。こちらも無所属の立候補ですね〕― そうです。10人区だったですが、酔っ払い運転で不祥事を起こされた現職がいたんだけど、無投票で通ってしまうというようなこともあり。今の政党がね、地方議員をやっている時に魅力的ではないというところは未だに問題意識を持っているんです。[民主党がですか?]― 民主党だけじゃなくて、全部本部が東京にあって、国会議員がいて、そのもとに地方議員がいる。上手くコミュニケーションが取れているというよりは、必要な時だけドーンと命令が行ったりとか。[別ものという感じなんですね。いい時だけ政治は数だとか、街頭に立てとか]― そうそう。[ここはガンと落ちていますが、ここは市長選に立候補されたということですね] ― そうなんですね。[落ちているということは、落選されたということですか] ― 現職8万9千に僕は5万5千という。[残念でしたね] ― 0落ちた時にいろいろ助けてもらったんですね。お金の面で言えば、毎月毎月、千円入れて下さいというので、毎月、30万円以上になっていました。そうすると事務所が維持できるんですよ。この時に選挙で落選するということが必ずしも悪いことではなくて、続けていくことが大事なんだよなあと。普段より上がっていますね。(幸せ度数年表の上がった線を指して)[全くの無職になって、政党にも入ってなかったじゃないですか。民主党も押してくれなかった訳ですよね。そして国会に行くというのはどういうことなんですか?] ― 2年後に政権交代が近い、候補者を決めるという時に声がかかったんですね。[候補者がいなかったんですか?] ― いなかったんですよ。相手がね、与党の大物だったもので。[どなただったんですか?] ― 公明党の北側一雄さんです。[怖かったでしょう?(笑)] ― 怖かったです。(笑) というか、今も続いているので。[自民党のいないところなんですね] ― そうなんです。[公明と自民がタグを組んでいる選挙区なんですね。そこで民主党として2009年に初当選された。一回で当選されて強運じゃないですか]― ええ、今回は勝つんだろうと思いました。2009年はね。そこから先が問題だということなんだと思うんですよね。地元に顔を出す回数じゃないんだと思うんですね。どんな仕事をするかとか。どんなに頑張っても今、国会にいない対戦相手の方が有利な訳ですから。いかにきちんと仕事をしていることを報告をさせてもらうかですね。[落選されている方と言うのは毎日地元にいられる状況ですからね、かなわないですね。当選してからも緊張の毎日なんでしょうね]― それはね、朝、駅に立つのもずーっと13年、続いていますし。来る人、来る人からエネルギーをもらいます。アイコンタクトがあったり、たまに握手があったり、嬉しいですね。[今でも駅に立ってらっしゃるんですか?]― 帰る時は、月曜日の朝を中心に。[駅に立っていて辛いことはありませんか?]― 駅に立っていて、文句を言ってもらう時は、文句の内容に返すことで、わかった!言ってもえることも多いんですね。[相手の懐に入ったということですね]― 身体も大きいので殴られることはあまりないですね。(会場から笑い声)[今日、初めて森山議員にお会いしたんですけど、体格に反して、優しい感じですよね。もっといかつい感じで東京5区の手塚よしおさん風かと思ったんですけど、違うんですね。(笑)]― あー、弁論部は一緒ですよね。[お話しすると優しい感じで、有権者の人に多く会うといいかもしれないですね。スタジオのみなさんはファンになって頂けましたか?](スタジオから大きな拍手が起こる)ありがとうございます!

 

●最近の政治トピックス

 

先週までのTPPの議論は大変でした。[ちょっとうがった見方をすると、反対派の勝利かなと]あれは所得補償が自由化とセットだよと我々が言ってたのを外しちゃたのが問題なんです。農業の所得補償をして、自由化をします。これが元々の約束だったのに、所得補償は先に入れちゃったんです。もう予算は付いているんです。予算を貰っている人としては、ここから先、もう一回自由化の時にどうしようと。日本の米がなくなる、日本の農業が無くなる、医療、福祉みたいなところで、真面目に反対している人が多いんですよ。[森山議員はどんなスタンスなのですか?]― 僕は自由貿易を反対する国だと言われるのがまずいと思うんです。WTOとかG20とかで締結に至らないものもたくさんあるんです。だから、入ります、出ますと宣言しなくても、会議でまずいなあと思ったら、それは難しいですねと考え込んで座っているのも交渉のひとつなんです。[だったら、あんなにデモをやる必要はなかったんじゃないでしょうかね]― それが、出来るのかと。アメリカからガンガン言われますよ。圧力がかかりますよと。例えば何かを出せと言われた時に、お前も出せと言ったらいいんです。アメリカだって出さない物があるんだから。そういう交渉をきちんとやりますよということを、トップが言う。そして我々は後押しをする。TPP反対が多いのはいい所もあって、交渉で困ったなあと言う時に、「アメリカはん、そう言うけどな、後ろにうるさいのがいてまんねん。サインして帰ったら怒られまんねん」こういう話をした場合に交渉は有利に進む。[反対が多ければ多いほど、反対を背負って野田さんは行ったから、良くやったぞとオバマに言われるんですね]― 今後の交渉においても、一個一個について反対派がいる訳だから、ここは間に入って胃が痛いと思いますけど頑張って交渉するということをやればいいんですね。[じゃあ、JAの人はエキストラだったんだ!] ― いえいえ、本気でやってらっしゃいます。本気で反対されているんだけど、全体としてはいい方向に向かっているから、僕らは全然無駄じゃなかったと思っています。日本は物を売って稼いでいる国ですから、ちゃんと稼げるようにことをしなくちゃいけない。[さすが大阪商人ですね!]― (笑)大阪商人より堺の方が兄貴分なんです。400年前は中心だったんです。[そういうことなんですね、反対にも意味があったということですね]― もちろん。あの議論を見て頂いて、なんとなく流されるはずだったのが、あれもこれも問題だということが国民にわかったことはいいことなんです。[一昨日の参議院予算委員会で二枚舌だと言われていましたよね。それはどういうことなんですか?]― 翻訳が下手だったといろんな言い方をしていますが、オバマ大統領との二人だけの話と言うのはわからない訳です。あるいは、今の時点でオープンにしない方がいいようなこともあるかもしれない。これは最後に批准する、締結する時にあの時どうだったの?というのは振り返ることであるのかなと思いますね。[森山さんとしては、APECに行ってTPPに参加するよというテーブルに付いたことは全然問題ないということですね]― 反対の一番の論拠が、外務省が日本の政府が交渉力がないということです。 渉力がないということを前提に話をするから、行ったらいいようにやられるに違いないという懸念がすごく大きいので、逆に言うとそれを前例とするならば、外務省を無くせばいいんです。交渉が出来ないんだったら。今は交渉能力がないという評価をされているけれども、精一杯やってみてやっぱり国益にならないということになればそこで潰せばいいんです。[今、同じ党の反対を大きく叫んでいた議員さんたちとしてはどういう気持ちなんですか?]― いろんなニュアンスによって細かく分かれていますね。TPPの交渉の席に付くということでは見守ろうというとなっていますね。[マスコミも煽っていましたよね。離党か!?とか]― マスコミにいたからわかるんですけど、喧嘩するのが一番楽しいんですよ。マスコミは政治家同士が喧嘩しているのが。仲がいいとか、悪いとか。そういう話はわかり易いじゃないですか。今日のニュースはこれ。これとこれが殴り合いをしている。[そういう話がマスコミは一番おいしい]― 今回は本当に良かったのは、あいつが好きとか嫌いとかという話ではなくて、政策の中身が深まったので良しとしようと。[民主党もやっている感が凄くアップできましたものね、政策でね。今までは政局でしたものね。菅辞めろとかね、誰がいいとか、悪いとか。もううんざりでしたよね]― 中に居ても本当にしんどかったですね。[総裁選は誰に投票したんですか?]― 代表選ですか?僕は野田さんの推薦人なの。[それなら今は、大手を振って歩いていますね、国会をね。(笑)野田さんだったんですか。意外でしたね、野田さんが?まさかと言う感じでしたね。海江田さんかと思いました]― あの時、野田さんは増税派ですぐに消費税を上げるんだというレッテル張りが来たんですよ。あの、20人集めるの、大変でした。(笑)[じゃあ、森山さんは蓮舫さんたちと一緒に先導して頑張っていたんですね]― とにかく推薦に名前を書いてもらう。そこから広げようと思っても、増税派にはちょっと組せないと言われちゃう訳です。野田さんとしゃべったことあるの?と聞くとないと言う。ずっと財務で副大臣、大臣をやってるから。そこからだんだん雰囲気が良くなってくる訳です。野田という流れになってきたなという時に、国会議員の携帯に電話をがんがんかける。夜中の3時までかける。怒りませんから。3時なんかにかけて非常識とは言わないですよ。だって、自分たちの選挙のしんどさを知ってるもん。議員同士で携帯なんで。[やはり空気が代わっていったんですか?]― 変わっていきましたね。すぐに増税じゃないよという話を僕らはしていたし、まずやるべきことがあるという話も伝わって行って。何よりも演説が良かった。[ドジョウの話をすると言っていましたか?]― 言っていいのかな。(会場から拍手が起こる)前の日、選対で案を書いていたんですよ。演説案を。野田さん自身は演説の原稿なんていらない人なんですよ。でも我々は支えてきた者としてこれを言って欲しいとざーっと書いていて、私はカッコ悪いですというニュアンスのことを書いちゃったんです。(笑)かっこ悪くてもいい、泥だらけになっても前に進むんだ、みなさん一緒にやろうみたいなことを。[ひどい参謀ですね!(笑)]― ひどいですね。(笑)野田さんはその原稿を見て、「かっこ悪いって、そうかなあ」と。[物まねが入っていますね。(笑)]― 本人は言いたくなかったんですよ。帰って最後の演説を練ってきますと送り出したんですけど。その晩のうちにドジョウが入っていたんです。[なるほど!おもしろい!かっこ悪いがドジョウに変わった瞬間に勝ったんだ!]― かっこ悪いじゃなくて、「私は見た目がこの通りです」と。[一晩で変わったんですね。その時ははっきり言って勝つとは思っていなかったでしょう?]― 電話番号を集めて、さあ全員で電話がけしましょうという時に、この人恐いからいや、この人あんまりしゃべったことないと、かけ易い議員からかけるですよ。自分たちがかけ易い所からかけるなんてあり得ないと。ガンガン、ガンガン、先輩も大臣もかけていたんですけれどね。代表選の前の日に丸をずっと数えていったんですけれど、僕は100人までよめていると思ったんですよ。102人だったでしょ。代表選の前の晩に僕の心の中では二番に付けていると思ったんです。二番に付けたら勝つと思ったんです。100いくか150切るか、どっちかだったら二回目の投票で勝てると思ったんです。[野田さんの側近中の側近だったんですね!]― いえ、下働きです。[政務官をさせろとかはないんですか?(笑)] ― いえ、(笑)一期生なので。(笑)エクセル東急、国会の後ろにあるホテルの一番上の階に選対を置いたんですね。そうしたら、ここがね、携帯電話の電波が通じない。(笑)高すぎてね。みんなね、窓際にへばりついて「もしもし!」という。(笑)[大変な選対でしたね。海江田事務所には、菅さんから酔っぱらって電話があったという話がありましたよね。そちらの選対には菅さんから電話はなかったんですか?]― 先輩方が対応しているかもしれないけど、僕らは聞いてないですね。

 

●今だから言えるあの日のあの出来事

 

野田さんが出馬表明をした時に、一緒に全部の議員の部屋を回ったんですね。一番最初に驚いたのが、バンキシャ、新聞記者たちが「野田さんって走れるんですね」(笑)あたりまえやろ!大臣の野田さんに付いている記者だったんで、野田さんが歩いていることころしか見たことがない。走って400軒回って、3時間ですよ。走って、ピンポン、よろしく!ピンポン、よろしく![いない所もあったでしょう?]― いない所も多かったですね。鳩山元総理がいらっしゃったんですよ。鳩山さんに選挙の最終日に来てもらったりして、僕はずっとお世話になっているんですね。ピンポン、野田候補です!と言ったら「知ってます」と。(笑)その通りですね。[鳩山元総理は誰を応援していたんですか?]― あの時は海江田さんでしたね。鳩山元総理はいつも会った瞬間、出会い頭に笑わしてくれるんですね、何時もね。優しい人です。[優しいから理屈抜きで笑わせちゃうんですね。後の総理と前総理の出会いがしらだったんですね]

 

●質問コーナー

 

Q1;野田さんはドジョウですけど、森山さんは?

 

森山議員;(笑)今、どじょうのまわりの泥で頑張っていますから。(笑)

地元では「元気もりもり森山」なんですよ。小学校とか中学校のまわりに行くと、街宣車が通れない。まわりを囲んでしまって。「もりもりだ!本物が来た!この間、子供の日曜参観に行ったら、「もりもり、来てる!もりもり、来てる!」と。(笑)[お子さんは男の子さんですか?自慢のパパですね]

 

Q2;殴りたい政治家はいますか?

 

森山議員;いないです。(笑)私は平和主義者なんで。

 

Q3;今年の流行語大賞は「ドジョウ」ですかね。

 

森山議員;そうですね!ドショウがものすごくいっぱい、野田総理に送られてくるらしいです。この間ご飯を食べた時にそれを行っていて「ドジョウが好きだと言った覚えはなんだけどね」と。官邸にすごくたくさんドジョウ料理が送られて来ると。もちろん喜んで頂くんだけど、ドジョウが好きとは言っていないと。(笑)

 

Q4;今、大阪知事選ですが、地方分権という立場からお考えとかあれば。

 

森山議員;これを選挙中に言っていいかわからないけれど、地方分権、地域主権と言うのは出来るだけちっちゃな所で物事を決めるという話なんですね。市議会は4年やったけど、府議会は2年で辞めているんです。何かと言うと、府でやることはほとんどないんです。東京都と違ってね。堺の市長がメインな生活関連のことをやる人になる訳ですね。そういうことを考えても市の権限を府の方に持って行って都政を作るということは、分権に逆行する部分というのがどうしてもある。大阪の場合は摂津、河内、和泉の三つの旧の国からなっているので、大阪府という一体感はもともと大きくないです。大阪から京都は電車で30分、大阪から神戸は電車で20分、大阪から堺は10分。この辺が一つの都市圏なんですよ。イタリアの都市国家を目指してと僕はよく言うんですが、大阪府というのは小さ過ぎる。川の問題とか、三つの空港の問題とか。問題が県を超えちゃうんで。関西の中で地方自治を一生懸命やってきた人間は、基本的には大阪府は小っちゃすぎるよねという感覚はあるんです。[橋下さんも知事時代は持て余していたんですか?]― 大阪府で出来ることは少ないんです。人件費は下げたけど。府と市の違いで市がいらないというのが今回の構想ですけど、むしろ府がいらないんじゃないの?というところはあるんですね。[今日の新聞によると、期日前投票が3倍になって注目されているということですが、大阪内として活気はありますか?]― 昨日の朝も地元の駅で立っていたんですけど、大阪市内はそこそこ盛り上がっているみたい。大阪市以外はダブルの選挙じゃありませんから。有名人二人は大阪市長選で出ていますから、選挙あったなみたいな感じの空気かなと思いますけどね。[東京だと信じられないですね。石原都知事が八王子市市長になるようなものかと] ―

あー、東京よりも神奈川にイメージが近いです。神奈川県知事と横浜市長とどちらが権力があるんですか?という感じです。[わかり易いです!すごくいい例えです!]―東京はね、東京都が兄貴で回りが弟ですと言われても怒らないでしょう?神奈川も千葉も埼玉も怒らないでしょ。でも大阪で、大阪が兄貴で京都、神戸が下だと言ったら、何を言ってる!京都の方が古いやないかという話が出て来るんです。

 

●今後の政治に対する意気込み

 

もともとの政治をやらなきゃというところが、世界中の子供たちがどんな状況にあっても、幸せに生きていけるようにということなんですよね。ずっと、何とかしたいとうつうつしていた訳なんです。(幸せ度数年表の横ばいの線をさして)日本は基本は恵まれている、中でやらなきゃいけないこともあるけど、このパワーを外に持って行ったり、いい部分を持って帰ってもらったりということを一生懸命やるべきだろうなと思っていて。外務省がやっている、東南アジアの国から中央官僚を呼んで、日本の国を見てもらって返すというプロジェクトがあるんです。中国で10年勉強しました、アメリカで5年勉強しましたという官僚やって来ます。10日間日本に来て、なりたい社会は日本の社会と。きれいで勤勉でお互い仲良くやっている。道端で喧嘩するのは大阪以外にないけど。(会場から笑い声)こういう社会になりたい!国内の問題はいろいろあるけど、自信を持った上でマイナーチェンジしていくというのが基本だと思います。[そう言ったお話のわりには日本は閉塞感だらけですから、良くないですよね。こんなマックス幸せなところにきてるのに、日本人は満足しなくてどんどん不幸感が漂っているじゃないですか]― たぶんね、今の日本人に必要なのは、求められ感とか、自分たちがこんなに役立っているんじゃないかということがくると、バシッと合うんじゃないかなと。若い内に外国に出てもらって、そこをひとつのフィールドにしながら、日本に帰って来て生活してもうということが出来たらいいなあと。イギリスのBBCでは一番貢献している国はどこですかと国際アンケートを取って、6年連続かな、日本は一位なんです。(会場から拍手が起こる)世界からも求められているし、うらやましがられているし、でも我々は幸せじゃないというのは、どこか狂っている。気の持ち方が違うんじゃないか。[それを大阪から、直してください。元気もりもりで。(笑)] ― はい、元気もりもりで。(笑)