橋本 がく
arc20
第94回
2013年10月23日 放送

自民党 橋本 がく 衆議院議員

(以下、動画より文字おこし)

自民党 岡山4区 2期目

●幸せ度数年表

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第94回橋本岳

1974年生まれ、今39歳。あと半年位30代。生まれた時(父は)大臣はしていないと思う。幼稚園の時に初めて厚生大臣になった。息子は何も変わらないが。嬉しいのはあったかも知れない。その後運輸大臣、幹事長をさせて頂いて、最後は総理までいった。幸せな政治生活だったのではないかと思う。(父は連続)14期、小渕恵三さんと同期。(当時20代の青年代議士という事でニュースになっていた)若い!父親だが(笑)ピカピカのお坊ちゃんみたいな感じ。(元々歌舞伎顔、役者顔)―自分は母親に似たみたいで(笑)。厳密に言うと旧中選挙区は岡山2区と言って岡山県の西半分で、それが4区と5区に分かれたが元々の家はその5区になる。どちらかが4区に行かなくてはならないという時に、父が総理だったので「難しい方をおれが選ぶ」と言って移った。かっこいいでしょう?父親らしいと思うが、お陰さまで今隣の選挙区に自分の小学校の同級生が一杯いる(笑)。選挙区の外からしっかり応援して貰えるので嬉しいな、と。すくすくと中学に入学をし、大学、段々(矢印が)↗上がっていく。結婚し、就職、楽しい研究員生活を送り、31歳で衆議院初当選(郵政解散の時)。4年間1期を務めさせて頂いて落選。浪人が3年4~5ヵ月、長かった。10キロ身を削り2期目当選。大学院に入学してその4月に結婚した。大学中にお付き合いをしていて親から「せめて大学を卒業してくれ」と言われ「そうだね」と言って。すぐ娘にも恵まれて子供たちも今4人いる。(ベビーカーを押しているのが話題になったが)―押していた。話題になったかどうか知らないが。藤沢キャンパスだったが(結婚してすぐ授かり)大学院の2年生の時は(ベビーカーを)押しながら。奥さんも同級生なので、どちらかが授業だったりするとどちらかが押していた。その時(父は)総理だった。(自分が小さい頃、父が厚生大臣になった位までは)週末は帰って来た。それから段々色々なお役を頂くにつれて帰って来なくなって、「テレビの中で見る人」みたいになっていた。ニュースで「橋本幹事長がこうで、街頭演説をした」という時に「こんな所に行っているんだ!」と、そんな感じだった。自分が二十歳を超えて、父が総理の時に晩酌を付き合った時にこぼされた。「お前が幼稚園の時に、日曜日の晩にこれから東京に行くっていう時に「また来てね」と言われたが、寂しくてなあ」と。(自分は)全然覚えていないが。この間一番下の息子に言われた「また来てね」と。(息子に)「またね!」と。歴史は繰り返す。(父は)怖かった。機嫌が悪かったら声をかけられない。寝起きが無茶苦茶悪い。たまに朝ゆっくりできる時があって、9時になったら母が「起こしてらっしゃい」と言うが絶対に嫌だと思った。それでも起こすとすごいムッとした顔で、全身から「たまの休みに起こしやがって!」というオーラが出ている。(橋本龍太郎さんはタバコ「チェリー」を愛飲していたそうで)―震災の影響でJTの工場が被災して(「チェリー」の発売が)中止になった。(「チェリー」と言えば橋本龍太郎先生)―あと青木幹雄先生が(「チェリー」)好き。父が他界をして一杯家に「チェリー」があったので差し上げたようだ(笑)。1個も(残して)ないかも知れない。(展示する)記念館も無いし。(愛用していたヘアクリーム等も見たい)―資生堂の「アウスレーゼ」。これも洗面台の棚を開けたらドバっと箱で入っている。ひとチューブが何回かで無くなる位、物凄く付けていた。夜寝て朝起きると枕カバーがベットリ。(モテたでしょう?)―それは分からない。(料亭などでは)「昔よくお父様がお見えになった」と言う店は時々ある。それこそ赤坂界隈で。自分はそういう処に行けない、高いので(笑)。初当選した時は(父は)居たが、その後1年経たずして亡くなる。父の人生で言うと、42年間衆議院議員をさせて頂いて、立候補しないで辞めて、10ヵ月位して急に入院して亡くなる、という感じ。仕事をずっとやっていて張り合いが無くなったのか何なのか、急だったのでよく分からない。(近所のテレビ局の平均寿命は63歳)―その会社の年金財政はきっと豊かでしょう(笑)。家族からすると「せっかく辞めたのならもうチョッとのんびりしてくれたらいいのになあ」と思う。(今の小泉さんを見ていると)楽しんでいる、それはそれで良いのではないか、お元気でいらっしゃるのは。(自分の初当選の時は)複雑そうな顔をしていた。そもそも立候補する時にスムーズでは無かった。父親は自分の大事な選挙の時に一ぺん帰って来て、それも橋本がくの応援ではなくて「龍太郎が今度立候補しなかったので後援会の皆さまにお礼のご挨拶をする」と言って帰って来た。自分の決起大会の前、プログラム内ではなくて、前に橋本龍太郎が一言挨拶をすると言うのでどんな事を言うのかと外で聞いていた。そうしたら石油価格の上昇についていきなり話し始めた(笑)。「何の話をしに来たのだ!」と(笑)。という中で最後に「今回の選挙では立候補しなくなった。大変皆さんお世話になりました。代わって次男の岳が立候補している。あんまり馬鹿じゃないと思うので宜しくお願いします」と言って、それだけだった(笑)。気が気ではなかった。素直な人ではなかったのだろうとは思う(笑)。そういう人ですから。(落選は)3年4ヵ月位。浪人生活。辛い時以外は楽しい浪人生活だった(笑)。(子供が4人いるから)子供たちはどうにか飯食わせなくてはいけないし、背負っているし、背負っていながら色々なかた達にお支え頂いたりお力を頂いて何とか生活していた。(総理大臣の息子だからといって食べて)―いけない。実家が何か会社があるわけでもないし。それは、嫁の実家に助け頂いたりとか色々なかたのお助けがあって生きてこられた。そうやって助けて貰って3年生活ができて、また選挙に挑戦できて、有難いなと思った。それで3回目の選挙ができたし、「ここまで来られて有難うございました!」と言って選挙していた様な気がする。お金が無いと選挙できないし、自分ひとりでは選挙できないので、ある意味では浪人をして凄くそういう事を学ぶ事ができた。「有難うございます」と言っていたら有難い事に当選させて頂いて「このお礼、ご恩はちゃんと仕事をして頑張ります」とそんな感じ。(永田町の感じは1期目とは)また違う。年が若かったのもあるし1期生だから右も左も分からなくて、色々な会合とかがあってそのセットされた会合に行く、という感じだったが、2期生になってみたら、事務局長とか委員会の理事とかそういう役になってくると自分がセットする様になって来る。セットする立場に段々なって来ると、会場とか先輩の先生がたの日程を頂いて場所を取って事前に案内を流して「皆さん何人来てくれるかな」とドキドキしながら待って、会議が始まったら司会をして、済んだら次、宿題を一杯貰ったらどうしよう、となった。(2期生になって)一歩裏側というか中に入ったという感じで主催者側の下っ端になった感じ。中間管理職の下の方という感じ(笑)。組合員じゃなくなったけどまだ上の方に一杯先輩がたがいる。

●最近の政治トピックス

新聞広告に「消費税についてご意見下さい」と出していた。(橋本内閣と)大蔵大臣の時など、(消費税)上げた直後だったと思うが、色々なご意見が当然来るので。(それが退陣の引き金?)―色々な引き金があるが(その一つ)。(消費増税5%→8%は)いつかしなくてはいけない事で、勿論景気とかそういう中で「いつするの?」という議論はあり得る事だが、決断されたのは立派な事だと思うしその上で、ではどう景気への腰折れを防げるか、そういう対策をどう考えていこうかという話だと思う。消費税が上がったから、例えば当時で言えば山一証券が潰れたとか拓銀が潰れた訳ではない。時期が同じ様な時期にあったので、それとこれが繋がっていないとは思わないが、金融不況が起こったのは、金融引き締めだとかBIS規制だとかという話があって、よろしくなかった所が厳しくなったというのがあって、何か別の要因。それはそれ、これはこれという事で、決めた以上は頑張らないとダメ。元々三党の合意で「やろうね」と言っていた事なので。もう一つは(消費税を)上げたものが何処に行くかと言ったら、年金に行ったり、これからご高齢のかたが増えて医療や介護にお金がかかる、そういう所にかかる訳だからニーズが増えていくのは見えている。逆に言うと、消費税だから子供がお菓子を買っても、お年寄のかたが何か買っても全部にかかるが、その負担を皆でもって頂いて、本当に困って介護が必要とか医療が必要とか年金が必要なかたにきちんと社会保障の制度を守って続けていける様にしようというのが主旨。そういうところをご理解頂けると嬉しい。(消費税が上がる事になかなかウン、とは言えない)―勿論そうだと思う、当然。(大蔵官僚の家系)―昔はそう。結局繋がっているので、皆さんから頂いた税金が全て自分のポケットに収まるのだったら怒られると思うが、歳費は頂いているのでその分は皆さんの税金から頂いているのは勿論理解しているが、基本的には社会保障制度と言うと分りにくいが、病院に行ったら千円窓口で払う、本当は千円払うのであれば3千円位の検査とか何かをしていて残り2千円は保険と税金から来ている。そこに入っていくわけだから「消費税とか税金はいいよ」と(消費税を)「上げなくていい、消費税は廃止してしまっていい」と、その代り、年金は積み立てた分があるから無くならないが、医療や介護の保険とか、その時の自己負担分が当然その分倍になるとか増えるという話になる。そのバランスと、誰がどう負担するの?という意味あいで色々な微調整をさせて頂いているという事。自分の財布、皆さんの財布からどんどんお金が減っていくという、それはそう。父は結果的に(消費税に)足をすくわれたところはあると思うが、後で政治家として振り返った時に「タイミングはどうだったのか」とか考え直す事はあると思うが、では、「あの時しなければ良かった」とかそう思っているかと言うと意外とそうではないのではないかと思う。総理大臣をやり続ける事が目的ではなく、あの時に必要だと思ったから決断をして、結果として政権が短くなったのかも知れないが、それはもうしょうがないのではないかという事。それはそういう覚悟を持ってしないと総理大臣などしてはいけないと思うし、ある種、野田元総理は色々な評価ができると思うが、その一つの評価の仕方として、必要だと思って舵を切られ、その結果として再び政権を返す事になったが、野田元総理にインタビューした時に「後悔していますか?」と聞いた時に多分されてはいないのではないかと思う。1回目に(「みわちゃんねる」に)出た時も父親の話ばかりして自分の話を聞いてくれない。龍太郎萌え。それは例えば小泉純一郎先生とか森喜朗先生とか小渕恵三先生とかは萌えないか?(総理になった後、橋本龍太郎氏は性格が変わらなかったか)―変わらない。あんな人だった。頑固。とりあえずチェリーばかり吸っている、みたいな(笑)。チェリーは青木幹雄先生に上げてしまいましたから(笑)。2期生になって1つ良い仕事を手伝わせてもらったなというのが、インターネット選挙解禁の、公職選挙法改正の提案者で党内の調整とか国会の質疑の答弁に初めて立たせて貰った。ネット解禁で参議院選、その後地方選挙がいくつかあったがどうでした?(共産党が躍進した)―拡散部を作って共産党のイメージ変わりましたよね。言っている事をよく見るとやっぱり共産党だが、イメージって大事なんだと。「食いつき」って大事。(何が正しいか)分からなくても、読んで「そうだ」と思う人も勿論おられると思う。(共産党は参議院で法案を提出できる)―そうですね。各党それぞれ歴史は結構長い、この話は。(95年位から)その頃は結構民主党さんのかたが仰っていたが、自民党のかたでも勿論世耕先生とか平井卓也先生とかやりたいと仰っていた方々がおられて、安倍総理が就任をして最初の記者会見で「参議院選挙でインターネット選挙解禁します」と言った。自分は2期目当選した直後で「総理何言うかな、え!そこ?」みたいな経緯は自民党が野党時代も鳩山内閣時代に一度各党が合意した事があり、公職選挙法の委員会まで立って、答弁者が皆答弁席に並んでいるところで委員会が開かなかった。「どうしたの?」と言ったら「鳩山総理が辞任をしたらしいよ」という事でその衆議院が流会になってしまって、それで沙汰やみになってしまったという経緯があった。ある種高まっていた、各党それぞれ「やはりやらなくてはいけないよね」と。総理もやる気だと言ってそれで凄く動き出したという。お陰様で全党賛成を頂いて全会一致で通して頂いて良かったなと。(自民党的には効果はあったか?)―どうか。ゲームとかを作った。「あべぴょん」というスマホアプリを作った。こういうゲームがある―※スマホを見せる―知らないのは遅れてる(笑)。あべぴょんというゲーム、スタートを押すと安倍総理キャラクターが飛んで行く。ひたすら上がっていく。落ちたらおしまい、という何かを象徴している様な気もするが(笑)。話題作りではないが、まさに掴んでそこに自民党ニュースが分かる様になっている。という工夫をしていたりするが、そうか知られていなかったか…(笑)。Q:キーワードとか反応を聞いて、このキーワードを全国に流して、など…。
A:それはやっていた。アピールは今みたいな物を使うが、インターネットのTwitter、
Facebookでも、何か色々な物でも色々なご意見が書かれているのでチェックをず
っとしていて、例えば炎上する様な騒ぎになったらそれをそのまま続けると良くないのでこういう風に対応したらどうですか、というのをやろうという体制は組んだ。自民党本部にチームを作って「トゥルースチーム」と言うが、オバマ大統領が大統領選の時にその名前でインターネット対応チームみたいなものを作ったのでチョッとそれにあやかって。ただあまり重大な事件みたいなものは無かったので、ただ「自民党の話題がこんな風に盛り上がっている」とか「共産党さん、いやに盛り上がっている」とかリアルタイムで知りながら色々な事をやっていた。
※あべぴょんゲーム実演:33mで全然ダメだが、行く人は1000m行く。今、新人議員級になっているが、そのうち大臣級、総理大臣級になって行く。昇って行くとランクアップしていくし落ちたらおしまい、というブラックなゲーム。お陰さまで結構ダウンロード数が多い。せっかくなのでもう少しバージョンアップさせていこうなんて話をしている。勿論難しい話をしなければいけない。先ほどの消費税の様な議論を出来ないといけないが、その前に見て注目して頂かないと始まらない。それで掴む。掴んで、見て頂いて、その上できちんとお話できないと対象交渉ばかりの話をしていても誰も聞いていないと寂しい結果になる。色々な取り組みをしているという事。

●今だから言えるあの日のあの出来事
●質問コーナー

Q(SNS):ピザの具は何が好きか。
A:普通のが良い。トマトと…「マルガリータ」。
Q(SNS):好きなゴレンジャーの色は?
A:赤でしょう。
Q:児童ポルノ法について。
A:タイムリーなテーマ。問題になっているところが不足で実在する人間ではない。漫画とかアニメとかについてこれから調査するみたいな事が書いてあった。「外せないかな」と今色々な人と相談しているところ。まだまとまったかまとまってないかみたいなところなので、まとまったらまとまった形で法律改正に動きたいと思っている。自分はたまたま国会対策委員会という処で法務委員会の担当なので、児童ポルノ法も法務委員会にかかるので日程的にはきついがどうにかならないかなと個人的に思っているところ。53日間でもう40日位だが、この臨時国会で法務省が出して来る法律がいくつかあるから、それを審議して参議院でも済ませて児童ポルノ法をやっている時間があるかどうか。各党さんのご協力、色々な事にもよるが。ただご心配は外せるのではないかなと思っている。そういう方向で相談中。時間切れになってしまったら通常国会で決着を目指すという事になると思う。(敷居が高くなる?)―そうでもないが、結局またその通常国会は通常国会の色々な法案が出て来る事になるので、何処かでどうやって入れるか、また仕切り直しになるので、出来る時にやれると良いと思う。それこそ2期生になってそういう仕組みが段々分かる様になった。1年生の時は、出席して話を聴いて地元に伝えて、採決になったら立つなり座るなりして、みたいな感じだった。2期生になって段々そういうのが分かってきて良いのだが、忙しくて大変。

長電話をしていたら真面目に(父に)ブチ切れられた。高校生の頃に長電話をしていたら、
後で「お前はおれの仕事何だか分かっているよな。色々な電話がかかってくるので(当時は
携帯電話が無かった)家の電話が塞がっていたら困るんだ」と。済みません。
(慎ましい家だったか)―まあまあ普通っぽい家だったとは思う。例えば、小学生の頃だとお年玉の金額とか学校で皆に「いくら貰った」と言うが一番低い。紙幣が入っていると親に没収される。「それはわたしが預かるから」と母親が。大人になって結婚の時とかに通常くれるが。だから自分の財布の中は500円玉と100円とか。学校に行くと友達に「2万円貰った」と聞くと「うそー!」と。
Q(SNS):叔父さんの橋元大二郎さんと交流はあるか。
A:時々話はする。そのくらい。
Q:もともと政治家になられた志は?どういう事をしたいか。
A:そもそも何をしたいかと言うと、日本のために自分の力を使いたい。日本のため。日本に住んでいる人に幸せになってもらうため、少しでも。勿論世界の人にもなってもらえれば良いが、それこそ親を見ていて、色々な仕事をさせて頂いたが、評価は色々あるが、本人が真面目に頑張っている姿を見て来たから憧れみたいなものがあった。例えば、スモン病の解決、というと昔の話になるが、あの時は橋本龍太郎、当時厚生大臣だったので「総理にはお世話になった」とかそういう話を色々な所で聞くと、そんな風に自分もなりたいな、という気持ちはあった。鷹がトンビを産むかも知れない。(メディアをあんなに鷲掴みにしたというのはいない)―まあそうですね。昔は「威張る、怒鳴る、拗ねる」と橋本龍太郎は言われていた(笑)。確かによく分かる。「拗ねるよね、あの人」みたいに。
Q:お召し物は?
A:よく聞いてくれました。デニムのスーツ。選挙区倉敷市児島、デニムの町児島。ジーンズの聖地、デニムの町。繊維全体を扱っていて、学生服メーカーだとか、作業服メーカーだとか一杯あるが、ジーンズの町でもある。(本会議場に)全然入っている、スーツなので。材質には規制は無いみたい。ずっとこれを着ているから(自宅では洗濯)できない。結構いい値段する。倉敷に来たら皆さん買ってください。普通のスーツより高い。(10万円くらい?)―まあそのくらい。自分も2着持っているが、時々クリーニングに出して着ているが、例えば今選挙区で運動会とか秋祭のシーズンで神輿を担いだ、この上にハッピを着て。それでそのまま東京に来て本会議へ出て、一昨日、
阿部俊子先生に「橋本先生汗臭いよ、それ」と。「ファブリーズしたら?」と貴重なご提言を頂いた。結構臭いと言われると刺さる。
Q:髪の毛がお父さんと違うが。
A:敏感肌なので(ムースなどつけると)痒くなる。痒くて仕方ないのでダメ。絶対ダメ。
わしゃようせん。