武田 良太
ac59
第10回
2011年12月07日 放送

自民党 武田 良太 衆議院議員

(動画より文字おこし)

自民党 福岡11区 3期目(2011年12月7日収録時点)

[ご無沙汰しております。前の「みわちゃんねる」に4~5年前に…]―7年くらい前ですね。[立派になられて。福岡県で「支部連合会長」なんですか?]―11選挙区あって、(自民党は) 今3つしか議席を持っていないんです。麻生さんと古賀誠さんと僕だけで。でも2人とも大物過ぎて県連会長というわけにもいかんでしょうし、消去法で僕がなっている、と。[暴走族のようにシメてるんでしょうね]―民主的に(笑)。穏健派ですから。

●幸せ度数年表

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1第10回武田良太

[生まれた時は(幸せ度数が)50%ですね]―ちょうど真ん中ぐらいに…こういう息子が生まれて、親の方が不幸だったりするから。[昔から悪かった]―いや、悪くない(笑)。[すごく気になるんですけど、右耳はどうして?]―ラグビーのタックルの練習で、つぶれるんですよね、耳が。人生潰れないようにしないとダメですね(笑)。[どんな子だったんですか?]―まぁ野生児ですよね。あんまり親の言う事、学校の先生の言う事を聞くほうじゃなかった。(親も)大変だったみたいですね。[世襲ではないんですが、ご家族に国会議員の方がいらっしゃる]―そうですね、自民党の幹事長なんかもした田中六助というのが、母の兄貴になりまして。まぁ伯父になるんですけどね。僕が高校2年生の時に他界したんです。[大平内閣で官房長官やられて、その次は…]―鈴木内閣で、通産大臣、政調会長。中曽根内閣で幹事長ですね。[憧れの伯父さんだった?]―怖かったから、あまり憧れてはいなかった。[福岡から東京に通っていらして]―そうそう、よく泊まっていましたからね、我が家に。で、よくテレビをつけてたら消されたり、「勉強しろ」と言われたりね。憧れる、というより「うるさい伯父」でした。[でもその背中を見て、良太さんも国会議員になろうと思った]―うーん、政治家が身近な存在だったというのは確かなことだと思います。[(田中六助さんは) 家だと何もしない人だった?]―本読んだり音楽聴いたり、果物食べたりね(笑)。果物大好きだった。だから糖尿病で死んじゃったんですけど。[そして、早稲田大学に進まれた]―田舎から東京の大学に行って、謳歌してる、という時代ですね。[どんな大学生だったんですか?]―まぁ…学業に燃える、ねぇ…当然(笑)。青年の志をかけてきた学生…のふりしてましたけどね。[当時バブル期だった]―あれは時代が悪かったですね。[チャラいというよりも、どちらかというと硬派な感じがする]―うん、チャラいグループには入れてもらえなかった。[ちゃんと4年で卒業された]―もちろん。[そして卒業されてすぐに、亀井静香さんの秘書になられた]―新聞記者になろうかと思ってたんですけど、縁がありまして。人様の紹介でお会いして、亀井さんのところにお世話になっていたんですが、もう自分でやるかと思って。当時亀井さんは、自民党の政調会長代理でした。[どんな秘書さんだったんですか?]―それは優秀な、かゆいところに手が届く(笑)。[でも1年くらいしかやってない]―そうです、だってもう衆議院選挙に出ちゃったから、25歳で。[そんな無謀なことを。「良太、まだ早い」って言われなかった?]―言われた。散々言われました。[そして、なんと10年の浪人生活]―3回落ちましたからね。20代からずっと出て、3回連続。[25歳から35歳というのは、働き盛りであり体力だって…。そういう時に忸怩たる思いで毎日福岡11区でいた。辛いですよね]―でも若かったからできたんでしょうし、目標があったんで、結構充実した10年間だったと思いますよ。[自民党はこの頃人気がなかったのに、自民党で?]―いや、僕は無所属で。自民党の候補者と戦っていたから。(自民党の)公認とれなくて。[そんな時代もあった方が、今は県連会長(笑)]―そうそう、いつの間にか母屋乗っ取ったというか(爆笑)。[2003年の衆議院選で初当選。おめでとうございます。本当に万感の思いというか]―それがねぇ…選挙の時というのは睡眠不足と興奮状態で、初当選の万歳が、何かボーっとした感じで。自分が今どこにいるのかよくわからない状態でしたね。1年くらい、自分が当選したということが信じられなかった。浪人には慣れてるから(笑)。呼ばれても振り向かなかったりね。[2005年の郵政解散の時には結構波乱があったんですよね]―小泉さんに楯突いて、郵政民営化法案に反対を。[その頃はもう自民党?]―自民党。それで公認をとられて、もう色んな圧力を食らうわけですよ。[誰からですか?]―総理官邸から。まあ大変な選挙だったんですけどね。[小泉さんが「私の政策に抵抗するものは全て抵抗勢力だ」と言った時の、(良太さんは)抵抗勢力?]―抵抗勢力。ただね、それを面白おかしくするべき事ではないけども、今一番問題なのは、権力に巻かれる政治家が多すぎると思うんです。権力に立ち向かっていく気概を持つ、というのをこの30代で経験できたことは財産ですね。ただ、二度とやるまいと思うくらい大変だった(笑)。小泉さんは非常に面白い、力強いリーダーだけど、非常にいい加減な方でしたからね。[どういうところがいい加減?]―とりあえず思ったことをやってみるわけです。深く考えないの。[インスピレーションで]―そうそう。刺客を立てたり公認を外したりという事に賛否両論はあるけども、やはり最高リーダーとして、「最高権力者に楯突いた時はそれぐらいの事になるんだ」ということは、昔、いにしえから同じような事もあったんだろうし、私は小泉さんのことは、決して全面的に間違っていた選択ではなかったと思います。最高権力者というのは、それだけの威厳と決意と決断力が要るんだということはわかりますね。[それを受けた良太さんも格好いいですよね]―いや、受けたわけじゃない、受けざるを得なかったというか(笑)。[でも、そこで迎合して、郵政民営化に賛成したほうがよっぽど楽だった]―僕は、説得して同志を8人くらい反対に導いた、という事で、ウルトラA級戦犯だったんですよ。[戦犯のトップだった(笑)]―そうそう。例えば「大臣になりたい」だとか政治家も欲があるんでしょうが、そういう狭い価値観じゃなくて、もっとこう、ダイナミックな政治を30代の頃やろうと思っていたし、出来るフィールドを小泉さんが与えてくれたという面では、非常に勉強になりましたね。だから次はいつ仕掛けるか、という事を今考えているわけですけど。[今、おとなしいじゃないですか]―そうなんだよね。よく女性が男性を見て、草食系男子が多いって言うでしょ?まさに政治家が草食系ばっかりなの。谷垣総裁を見てもモロに草食系じゃないですか。あれはやっぱり肉食系にならなきゃ与党になれないですよ。[(笑)肉食なんだ]―僕は雑食です。[雑食?誰でもいいんだ(笑)]―誰でも良くない(笑)。[10年浪人されて、3年やった時にまた造反、ということで…]―3年…じゃない、1年9ヶ月ですか。で、解散でしょ?だから地元にも「何だお前、うまくやっとけばよかったのに」と言われる方もいたけれども…。ただね、浪人している頃はいくら頑張っても何となく勝てそうな気はしなかったけど、郵政の時は負けそうな気がしなかったですよ、なんか。候補者はそういうのわかりますね。[色んな小泉内閣の人達が、反対(候補者)の応援演説に来たんですよね?]―もうバンバン。小泉さん自身も来ましたし。[何か言われた?]―竹中平蔵さんが来て、「この選挙区の郵政民営化に反対する若い候補者は、政治家ではなくて単なる悪ガキ大将だ」と言って帰りましたよ。「悪玉コレステロール」って言われた方もおられたしね、それはもう罵詈雑言というか、色んな事やられましたよね。解散から総選挙まで1ヶ月くらいあるでしょ?そういう事言われて最初は嫌な気持ちになるんだけど、だんだん慣れちゃうんですよ。もう、どうぞどうぞって。まぁ、なりふり構わず一生懸命やりましたよ。[ここで勝ったというのは、武田良太さんの人生でも大きいですよね]―本当に地元の方には感謝しなきゃいけないですね。[いいですね、こういう頼もしい政治家がいらっしゃって。私たちも有権者になりたいです]―どうぞどうぞ、過疎化が進んでるんで(笑)。[そして現在は選挙対策局長代理]―30近く候補者が決まっていない選挙区もありますし、やはり次の選挙で勝たないことには政権奪還できませんので、情報を収集しながら勝てる候補をちゃんと決めて、そして決めるだけじゃなくて勝たせなきゃいけない。非常に重い責任がのしかかってきているんですよね。[叱咤激励もするんですか?]―もちろん。全国色んな所に応援に行きますし。あまり屈辱の話を、応援に行ってしないほうがいいんですよ。胃の中に鉛を撃ち込まれたような応援する人がいるわけですよ。[そういうのは駄目?]―駄目。「あんたには無限の力があるんだ。あんただったらできるんだ」ということを言い続けてやることが一番励みになるんじゃないですかね。応援に行くときは、僕はそういう風に心がけていますね。誉めて育てる。

 

●最近の政治トピックス

 

[最近、大阪がすごい気になります]―ああ、維新の会ね。[自民党の選挙対策としては、何かやられているんですか?]―全国的な問題として捉えればいいのか、大阪の特殊な例として捉えるか、という…[みんな「大阪は特殊だから私たちは関係ない」って言うんですよ]―私もそう思います。例えば橋下さんのやり方を九州や福岡でやったとして受け入れられるか、と言ったら無理だと思うし。大阪独特のノリに合ったんじゃないですかね。[今は、大阪は(自民党が)3人くらいで少ない。更に維新の会が出てしまうと、次は結構苦戦ですね]―維新の会もあるしみんなの党もあるし、民主党もあるし。ただ、やっぱり選挙というものは、自分の政党にアゲインストの風が吹いてても、岩にかじりついて勝てるだけの地盤は自分で作り上げるしかないからね。だから、維新の会ができた、みんなの党が出てきた、民主党の支持率が上がってきた、自民党はピンチだ、という中でも勝たなきゃいけない。私が思うには、与えられた自分の選挙区があるわけですから、勝ったら皆さんのお陰だけども、負けたら全部自分のせいなんですね。だから、維新の会がどうだこうだ、という前に、一軒でも多く有権者の方々の所に足を運ぶべきだと思いますね。評論家になっちゃ駄目です、選挙は。

 

●今だから言える、あの日のあの出来事

 

―うーん、我々政治をやっていれば、有り過ぎるんですよね。[郵政解散以外で「まずいな」と思ったことあります?]―あんまりないですね。あんまりないなぁ…まぁ…ちょっと漠然過ぎて何を言っていいのかなぁ…。[わかりました!やめましょうね!(爆笑)]

 

●質問コーナー

 

Q : お酒は毎晩飲まれますか?

 

A : お酒? 毎晩。[何が好きなんですか?]―何でも。寒けりゃ日本酒、ワインも焼酎も飲みますね。でも大体はウイスキー。ウイスキーは好きです。

 

Q : 政権を奪取するためにも、民主党とは違う政策で景気回復等をやっていったら、と思いますが、その点いかがですか?

 

A : 消費税10%というのを我が党のマニフェストにも書いたことは、広く多くの皆様がご承知と思いますが、大体この議論をやるのが日本は遅すぎましたね。今まで先輩の政治家たちが逃げてきたんじゃないですか? 大平内閣の時に「一般消費税」という形でやって、その間いくつもの内閣の首が吹っ飛んできたわけでしょ? だから消費税というものは国民に受け入れられないんだと、内閣の首が吹っ飛ぶんだと、選挙にはマイナスになるんだ、っていう、政党と自分の立場を基準に考えた政治をやってきたツケが回ってきたと思うんですね。社会保障費なんか莫大な金がかかっているわけですし、1兆円規模で毎年伸びているわけでしょ? そしてこれは北海道に住む方であろうと東京に住もうと、福岡であろうと沖縄であろうと、皆さん年も取るし病気もするし怪我もするし。社会保障は全員共通の問題なんですから、そうした問題に消費税を充当するというのは、私はベストな形だと思っています。ただ、なぜ日本の場合は消費税に反対されたか…3%導入して5%にする、全ての局面で国民から大変な非難を浴びたんです。それは物が高くなる、という、消費者から受け入れ難い政策だという事はあるんですが、そうじゃなくて、上がった消費税がどういう形で自分に帰ってくるか。国民が、自分たちが5%の消費税を払う事によって、具体的にどういう事が帰ってくるかを、やはり政治家がもっと説明して国民が納得するように、わかりやすく内容を公開しながらやってくるべきだったと思いますね。民主党の一部が消費税反対だと言っていますけど、だったらどうするんだ、という事に対する具体的な案は出てきませんよ。日本の財政はもう、空雑巾絞っている状況ですからね。だから、これは全党的に消費税導入の向き、そして具体的に国民に説明する向きで、一つのテーブルに着くべきだと思いますね。

 

Q : ユーロについて、将来があるかどうか。今週サミット・ミーティングがあって、ユーロが大きな問題になりそうです。いかがでしょうか?

 

A : 通貨統合することに関して、後々こういう問題が浮かび上がってくるのは、我々自身もわかっていたんです。イギリスは先見性があって、色んな危惧する内容を挙げて今日この日が来ることも予期しておられたと思うんですが。私は、今この局面を打破するためには、ドイツが頑張っていかなければならない、と。ドイツが本当にやる気を示して、ヨーロッパを自らの力で再建させるんだ、という気概を具体的に見せていかない限りは、なかなかこのユーロ問題は解決しないと思います。かなり深刻だと思いますね。ヨーロッパという、地域エリア的に見れば同じような慣習があるにせよ、違う国であって違う経済のやり方、違う政治体制でやってきたのに通貨統合する、というのは、所詮無理があるんではないかな、と。今からの局面を打破するためには、ドイツがのろしを上げて立ち上がる、という事が必要だと私は思います。

 

Q : ドイツの指導者メルケルについて、どういう感想を?

 

A : 僕はまだお会いしたことがないんで…。ただ、ドイツ自身も、今どうしていいかわからないような状況だと思いますよ。ヨーロッパ地域再建のためにやる気はあるんだけども、具体的にどういう手立てでどうやったらいいかが、メルケルさんもよくわかっていないんじゃないか、と。ですから、もっと国際的な経済アナリスト、そして学者等含めて色んなシンクタンクをつくって、メルケルさんはそこの情報を的確に行動に移して、そして思い切った政策に踏み込めば、私はヨーロッパの救世主になる可能性はあると思いますね。

 

●今後の政治に対する意気込み

 

―今年は震災がありまして、我々野党としても色んな面で政局に絡めてはいけない、というひとつの紳士協定みたいなものがあったんですね。復興がまず第一だと、余計な政局にかまけている場合じゃないと。我々が与党でいたら、復興・復旧に対する初動からして違ってきたので、忸怩たる思いはあるんですが、今からも全力をあげて色んな提言を政府にしていかなきゃならない、と思っています。自民党も確かに問題が多かったんですけど、40年を超える政権与党、責任政党であり続けた経験はあるわけです。それに比べて、経験がない政党、経験がない政治家がリーダーになった時に、平時は役人が機能しますから何てことないんでしょうけど、震災だとか経済危機だとかいうことが突発的に現象として現れたときに、どれから手を付けていいのかわからない、初動の決断ができない、という非常に危険な場面が訪れるので…。民主党にも良い人材の方がおられるんですけど、やはりまだ日本の国民生活と国家を担うに足る政党ではない、と私は思いますから、いち早く我々が政権を取るために、国民の皆さんが納得のいく政策を掲げながら解散総選挙に持って行って、そこで戦って政権復帰を目指す。そう思っています。[大体いつ頃解散があるとふんで、今行動されているんですか?]―これはどこに行っても聞かれる。僕は「野田さんに聞いてくれ」って言ってるんですけどね(笑)。僕が総理だったら答えてやってもいいけど。民主党側の心理としては、民主党の支持率が今みたいに低迷している時は解散しませんよね。自分の所の会社を潰すために解散する人っていませんから。だから、ああじゃない、こうじゃないと言いながらいたずらに時が流れて、自民党がぎりぎりまで解散を打てなかったというふうに、任期満了近くまでいく可能性もあると、私は思っています。そこで野田さんが…政界再編でも何でもいいと思いますよ。憲法問題どうするんだ、財政問題どうするんだ、教育問題どうするんだ、という悠久の大義を掲げて解散総選挙に打って、そして新しい秩序を作るんだ、という最終目標を決められるのが、国難の時のリーダーのあるべき姿だと思いますけどね。…野田さん、解散してください(笑)。[歯がゆいですよね、野党としては]―歯がゆいね~。野党がこんなに辛いものだとは思わなかったですよ。[どう辛い?]―自分たちにいくらいいアイデアがあっても決裁権がないわけですから。外野になっちゃう。強行採決されると負けちゃうんですから。[でも「ねじれ」になってちょっと良かった?]―参議院のほうがね。小選挙区は、ねじれ現象は全うなあるべき姿だと思いますよ。日本の場合悪いのは、国家基本政策の安全保障とかエネルギー問題、普天間の問題も含めて、政権が変わっても変えちゃならない問題と変えていい問題と一緒くたにしてるでしょ? 外国からすれば、何やってるんだ、という話。信用がなくなる話ですからね。成熟した国家を目指すためには、ねじれ現象の中でも見識を示す立法国になっていかなければならないと思いますね。