武部 あらた
ac105
第105回
2014年02月12日 放送

自民党 武部 あらた 衆議院議員

かつての小泉内閣における「偉大なるイエスマン」と言われた元幹事長・武部勤氏を父に持ち、現在は北海道12区でご自身がバッジをつけていらっしゃいます。
目元が、お父様の武部勤氏によく似ています。
秘書当時の目からみた「小泉郵政解散」や「刺客選挙」、バッジをつけてから現在の「北方領土問題」「水産業政策」について語ってくださいました。

(以下動画より文字おこし)

自民党 北海道12区 1期目

(武部あらたさんと言えば自民党の武部勤元幹事長のご子息さん。当時は最大なるイエスマンと言われて…)―「偉大なるイエスマン」(笑)(お父様はお元気?)―すこぶる元気。(目のところが似ている)―最近似てきたと言われるので喜んでいいのか悲しんでいいのか。(お父様はどちらに?)―だいたい東京に居て国会議員と同じ様な生活をしている。ウイークデイは東京で働いて週末は地元の北海道北見に帰っている。(偉大なるイエスマンといえば小泉政権で話題になったが、その小泉元首相といえば都知事選で細川元首相のまさかの落選。小泉パワーが問われているが内側からどういう風に見ているか)―小泉さん(の時)、幹事長をやっていたがその時も郵政解散があって、あの時は私は親父の秘書をやっていてつぶさに見ていたが、「そんな解散して絶対に勝てない」と皆思っていた。(郵政選挙で?)―郵政選挙で。でも小泉さんだけは「絶対勝つ、勝てる」と言っていたので。恐らく人の見えないところが見える政治家だと思うが、今回はやはり違ったのでしょう。(一部の人は細川さんが勝つと思った?)―うーん、だけど比較的冷静に都民の皆さんが判断されるのではないか…やはりone issueで、反原発だけでは…オリンピックもあるし。猪瀬さんが辞任されてお金の問題もあったし、細川さんも…。投票率低かったし。小泉さんはテレビに出て訴えかけるのが戦法だが…(足りなかった感じ?)―足りなかった。細川さんもテレビにはあまり出られなかったし、公約も発表されるのが遅れたので、意外とメディアをうまく使うはずの小泉選挙がそうならなかったのが一番の問題というか誤算だったのではないか。(武部元幹事長のご子息としては小泉レジェンドが生きていて欲しかった?)―まぁでも難しいところ。我々自民党は舛添さんを都連として支持されていた。(月火水と、小泉進次郎さんと会ったか?)―まだ会ってない。(小泉進次郎さんは落ち込んでいたか?)―そんな事はない。親父は親父だし、自分は自分なので。あまりあの親子も話をしていない様な気がする。(武部家も?)―うちもそんなに話をしない。秘書をやっていた時は始終一緒に居たし話す事が多かった。今むこうはもう政治の世界から一歩引いてしまったし、こっちは毎日国会があって、週末は地元に帰っているので、そうするとなかなか会う機会も無いので昨日も「久しぶりに会ったね」という感じ。((スタジオ観覧者に)ここは田母神ファンも多そう)―田母神ファンは自民党の中にも多い。(「安倍さんは本当は俺の事を応援している」と)―(笑)気持ちは分かる。(舛添さんが当選して保育所や待機児童解消の事など言っているので、やはりone issueではダメ)―そう。安倍総理が…女性が美和さんみたいにイキイキと働いて頂ける環境を東京が作らなくてはいけないので、子育て、介護とかそういった事も非常に関心が高かった。

●幸せ度数年表

(ダブルクリックで拡大)

第105回武部あらた
(1970年、昭和45年生まれ。どちらで生まれたか?)―北海道、斜里町…知床。地元。(生まれた時はお父様はどうされていたか)―道議会議員、いわゆる北海道の地方議員をやって、丁度うちの親父の後援会を作った日に生まれた。「あらた」は「新しい」という字だが、その時のキャッチフレーズが「道政に新風を」という…名前の「新」はその「新風」から取られた。分かり易い…選挙のキャッチフレーズから取った。(その方がバッヂを引き継いで)―そうですね。(楽しい学生時代はどちらで?)―斜里という小さい町には小学校までいて、中学校の時に親父が衆議院議員に初挑戦して落選したが、その時に今住んでいる北見市に移った。(当時から自民党か?)―当時から自民党。(自民党で落選?)―あの時は中選挙区制で、中川一郎先生が亡くなった後、鈴木宗男さんだとか中川昭一さんだとか5人の議席に9人たった時で自民党の公認を貰えなかった。(無所属で出られた)―そう。((、「幸せ度数年表」の)「浪人」というのはあらたさんの浪人?)―大学に入る時…早稲田大学に入る時に浪人するが、この時に自分の立場はどういう風に位置づけられるか「学生」なのか…予備校に行っていたが「学生なのかな、学生じゃないよな」という様な…受験浪人なので。(この頃選挙は手伝って無い?)―手伝って無い。(字が上手い)―有難うございます。(早稲田大学の何学部?)―法学部。親父も早稲田の法学部。(銀行はどちらに?)―今はみずほグループになったが日本興業銀行。興銀。(政治家のお子さんは銀行が多い)―意外と多い。石破幹事長自身も。(どうして銀行に?)―この時迷って、何処かに就職しようと思ったが、親から「世の為人の為」という風に育てられた…何の仕事をしても良い、学生時代も政治家になろうと思った事は無いが、ずっと生まれた時から政治家をやっていたから大変な仕事だなと思っていたので。(お父様は厳しいか?)―よく怒る。怒る時は凄い怒る…優しいが。(優しいイメージがある)―優しい。日本興業銀行に入ったのは、業を興す、という公益的な仕事をするという銀行だったので行きたいなと思った。ずっと外国為替の仕事をしていた。丁度僕がこの銀行に入った時に山一さんが倒れたり拓殖銀行が破綻したり、いわゆる金融恐慌の時に銀行にいた。入行したのは94年で、そこからドンドン日本の経済がバブルが終わって住専があって金融恐慌になっていくという。東京、本社。(違うんですね、北見支店とかではない)―(笑)北見支店は無い。((笑)(「幸せ度数年表」の「結婚」の曲線を書き直している(笑))―(笑)この時代が大変世の中が経済も落ち込んでいたので。26に結婚した…(小泉政権も出る前)―出る前。(どういう方と何処で知り合ったか?)―大学時代にサークルで知り合った。(何のサークル?)―学生時代ずっと剣道をやっていたが、どうしても大学に入って浮かれた事をしたくなってテニスサークル(笑)。(武部勤さんのご子息でもそんな事がある?)―気ままに生きていた(笑)。(それで結婚され…その頃から政治家を目指す気持ちがあった?)―そう。日本の経済がおかしくなって来た時だったので、銀行に入ると「安定した仕事だ」と言われるが銀行自体が破綻したりとか、考えさせられる。それで日本の政治というか世界の経済がおかしくなると大変な事になるのだな、と辞めようと決意して政治家になろうと。(その後合併してみずほになった。それで先日のみずほの不祥事に到る)―合併した時にシステム不安とかで大変な不祥事があったりした。三つの銀行だから。なかなか大変だと思う。(「銀行退職、政治の道へ」は何歳の時?)―これは
29の時かな。2000年に辞めた。(小泉政権になってから)―この時なるかならないか、森政権から変わる時。(お父様はその時は閣僚ではなかった?)―小泉政権の最初の時に農林大臣をやり、BSEが出て大問題になった。(BSEと言えば武部さん)―そう。その時に丁度私がシカゴ大学の公共政策大学院に行っていた時にアメリカのテロ9.11。銀行を辞めて退職金を全部使って行った。結婚もして子供もいた。大学から学費を半分免除して貰った。(どうして?)―多分、分からないが優秀だと思われた。優秀では無かったが…政治の道を志しているかなという事はあったかも知れない。(そういう依怙贔屓は必要)―(笑)。それはもう大学で判断された事なので。大学も色々な大学院があるので…学費を免除するとか。(何を勉強されたか)―行政。公共政策。(公共政策を海外で勉強して日本と通ずるものがある?)―この時には日本にはあまり公共政策大学院は無かった。この後に早稲田とか色々なところに日本の公共政策大学院とか出来始めた。この時は皆さんもMBAとかを取られていた。アメリカにはハーバードにもケネディスクールとか有名な政治の大学院があって…その手の大学院に入った。(英語で勉強する?)―大変だった。(銀行では為替の仕事だったが?)―為替も国内のお客さんを相手に買ったり売ったりだったので。2年間大学院。(戻って武部勤さんの秘書として一からのスタート、33歳、2003年の正に小泉改革の真っ只中?)―そう。(この時お父様は幹事長をやっていた?)―帰って来た時は違うが、帰って来て1年位経ったら幹事長になった。(この間郵政選挙の時までずっと見ていた?お父様と首相は密に連絡を取っていた?)―1週間に一回必ず官邸に行っていた。党の中の仕事は幹事長の仕事で、政府の仕事は勿論トップは総理大臣の小泉さん。あの時は郵政なので党をどうまとめるかというのが大変な仕事だったのではなか。(皆さん反対?)―反対の方が多かった。幹事長室で副幹事長と手分けして、毎日議員のリスト作って○、×…次の日は○が×になっていたり×が○になっていたりというのを…(一人ひとり口説きに行く?)―口説きに行く。それも副幹事長さんだとか夫々の…あの時は派閥もあったし色々な人が伝手で「彼に頼んでくれ」とか。それでそういう様な事をずっとやっていて…ところが衆議院は通ったが参議院では通らなかったので衆議院解散する…(まさかの解散)―まさかの解散。(殿ご乱心と武部勤さんは思ったか)―そう思った人は沢山いるのではないか。亀井静香先生などは「絶対解散しない、解散したら自民党負けるから小泉さんは辞めるしかないのだ」とお互いに説得し合っていた…「反対しろ」「賛成しろ」と。(だから亀井さんも自民党を出て…)―緑の党の…今どうなっているのか。(かき回す。まったく読めない)―(笑)そうですね。(偉大なるイエスマンのお父様はもうしょうがないからと)―解散したので。あの時は刺客をたてたりとか、舛添さんは除名されたが、皆反対した人は「離党届出せ」と言われて離党して、そこに刺客をたてた。(刺客の選考をやっていた?)―やっていた。小泉チルドレン。(チルドレンと言われていた人達を結構取材しているが武部さんに面接されたという方が結構多い)―杉村太蔵さんとか…(何十人も)―あの時は本当に2週間位で千人か候補が来たと言っていた。それも全部会ったりしていた。(どさくさに紛れてあらたさんも出れば良かった)―いやいや…あの時は幹事長の役だったので、私は地元に帰って父の代わりに選挙しなくてはいけなかった。帰って来ない…幹事長で全国飛び回って選挙区に行くので…小泉チルドレンの所に行くので。裏話みたいになるが、実は比例が足りなかった、あの時は。終盤の情報だと選挙区でかなり良い成績が出ると。比例の人数が足りなくて…結果的に言うと一人足りなかった。それを社民党だったかに譲ってしまったが、「足りないからうちの息子の名前を入れておくか」と冗談で言ったが、名前が武部とあまりにも珍しいので「息子入れただろうと言われてしまう」と言って「これはまずいまずい」とやめてしまった。(名前が引っ掛かった、「田中」とか「鈴木」だったら…)―「佐藤」とかだったらシレッと入っていたかも知れない(笑)。(お父様は幹事長で目立っていたから)―そう。そういう風にまた批判もあるだろうからこれは無理だなと。(それは家族に入れたい、とんでも無い人を入れるより。情報が足りないしそういう緊急な選挙では)―突然の選挙で。(去年2012年の選挙で当選しているがそれまでに落選は?)―落選はしていない。(お父様も2009年の自民党が大変な時に比例復活で?)―比例復活。(USTREAMになってからの「みわちゃんねる」第1回目のゲスト松木謙公さん)―観た。(松木謙公さんと戦って勝った)―勝った。(何と言って良いか分からない…)―(笑)。(北海道12区は広い)―知床半島からずっと上がっていって稚内、利尻、礼文と島も入っている。岩手県とほぼ同じ広さ…(岩手県は…)―4つに分かれている。それを一個で。(一軒から一軒に行くのは大変な事?)―大変。海岸線で630キロ…田舎自慢みたいになってきたが。(津島先生の青森1区は都会過ぎる)―羨ましい。28市町村ある。(オットセイに挨拶する感じ?)―牛とか(笑)。夏の選挙の時は船から手を振ってくれる。(外国みたい)―家の遠くから手を振っているのが見える。(移動距離が大変)―12日間で5千キロ位走る。一日400キロ位。(お父さんもやってきた)―そう。それが12月!マイナス20度になる。(どうやって投票する?)―家の中は温かい。人の居る所に車を停めて街頭演説をやったり、自転車に乗ってやる人がいるがあり得ない。移動時間が1時間位あって30分、40分車が走ったところに「すみません、何時に行くのでそこに集まってください」と集まって貰って、5分位の挨拶をして…5分以上喋ると皆凍ってしまう。もう短くして。広いので時間通りに「11時にここでやります」と言っても遅れる可能性が当然ある…10分位。そしたら外で10分位待っている。過酷な選挙区。もう冬は止めて欲しい。(今何度位?)―マイナス20何度。車で走るが何故かこの選挙区では身体を出す車の外に…いわゆる箱乗り。(宗男さんの影響?)―そうそう(笑)。箱乗りしながらマイナス20度の中を走る。吹雪いている時はこちら(片頬)が白い。(もう東京はパラダイス?)―この前の大雪で何やってるのかという感じ(笑)。(箱乗りの慣例止めて欲しい(笑))―(笑)。(「幸せ度数年表」落ちているが?)―これから。当選したので満足せずにドンドン…(当選して1年ちょっとだがどうか)―非常に充実している。地元の皆さんの期待も大きいし自民党に対する期待も安倍政権に対する期待も大きいので。(アベノミクスは赤坂でもまだまだなのに地元ではまだと言われる?)―まぁそう、実際問題。少しずつ北海道でも、色々公共事業の批判があるが、まだ北海道とか社会資本整備が遅れている所があるので、公共事業があって仕事が出て次の波及効果が出て、というのもあるので。少しずつ良くなって来たし、今観光客も台湾とかタイの暖かい所から雪を見に来る。(ニセコとか?)―うちの所はオホーツク海なので流氷が来る…もう今来ている最中。それを見に来られたりするので観光に良いみたい。(SNS:最近の政治家は顔が綺麗過ぎる、疲れが見えない)―(笑)。

● 質問コーナー①

Q:お父さんの秘書をする時に、どこで「先生」と「お父さん」を切り替えるか。
A: すごく良い質問…切り換わらない。「代議士」と呼んでいる。家でも「代議士」。たまに家族旅行に時間があると孫を連れて旅行でもと行くが、その全部秘書の仕事みたいな事は変わらない…お食事何時だ?みたいな(笑)。どこどこが良いから予約したりそういう事も全部。これは家族旅行なのか、秘書でついて行っているのか分からないところがある(笑)。
Q:今は代議士になられて呼び名は?
A:難しい、皆。
(「大先生」と「先生」とか?)
A:「前代議士」だとか、「大先生」だとか…私も何と呼んで良いのか分からない。
(本当は何て呼んでいた?パパ?)
A:「お父さん」とか…。孫には「オーパ」と呼ばせている、「おじいちゃん」と呼ばせない(笑)
(兄弟がいらっしゃる)
A:弟と姉がいる。
(お姉さまは結婚している?)
A:結婚している。
(弟さんは有名な女優さんと結婚されている、あまり言いたくないそうで)
A:(笑)なんかもう有名みたいだが。
(芸能一家?)
A:うちは芸能ではない(笑)。うちの弟は全然政治には興味が無かったが。今はビジネスをやっている。シャンプーを作っている…ノンシリコンシャンプー。
(それで女優さんと知り合って結婚した?)
A:仕事で知り合った訳ではないみたい。

●最近の政治トピックス

(北方領土の事をお聞きしたい。2月7日は北方領土の日だったが…)―侵略されたのは8月だったが。(どういうお考えか)―私の選挙区ではないが、かつて中選挙区の時うちの親父の選挙区で、隣の選挙区にはなる。知床半島のすぐ隣は国後島なので隣町…僕にしてみると。やはり日本の領土だし、あの時は…あまり知らないが、上はカムチャッカ半島からソ連軍が入って来たのと、サハリン、樺太から入って来たのと2ルートある。カムチャッカ半島からのソ連軍は追い返している、日本軍が。それで武器を置いて、降伏したからという事で。樺太から来たソ連軍に降伏して皆逃げ出した、というか「このままだったら大変な事になる」と逃げられた。そういった事も考えると早く返還して貰う為に…もう70年位経っているし、高齢化しているので、その時命からがら逃げて来た子供が今80歳位になっていらっしゃるので、元島民の人は生きているうちに故郷の地にちゃんと日本の領土として踏みたいだろうなというのはあると思う。(カムチャッカ、歯舞、色丹…口に出して言いたくなる)―歯舞、色丹、国後、択捉、皆言えるか?というのはある。今丁度安倍総理とプーチン大統領がソチでお会いして非常に良い会談をされて来て、二人の首脳の関係は非常に良いみたい。(どういう感じ?)―波長が合うのではないか。(波長は大事?)―やはりある。非常に良い会談をして来たと…北方領土の日に行かれた。色々な「その日に行くのか」とか、G8の国では、イタリアは行ったらしいがアメリカは行ってないし、ヨーロッパのその他の国も行かれてないので、先進国の中で日本が来てくれたと非常にプーチンさんも喜んでいるみたい、開会式に。(ウィキペディアに日露和親条約が2月7日だったと、それで2月7日だったのか…その他、水産政策の勉強会をやられている?)―そうですね。丁度私の選挙区はオホーツク海がずーっとあるので非常に水産の賑やかな所で、今年も皆さん史上最高の漁獲高を上げて…鮭、ホタテ、カニ…(そういうのを料理するのが上手い?)―上手いというか…まぁ、はい。(お魚が好き?)―お魚大好き。「チャンチャン焼き」とか分かります?鮭に味噌を付けて焼く。ホタテとか…サロマ湖というのがあるがそこには牡蠣も獲れるので本当に何でもある。タコも獲れるし。アベノミクスで行き過ぎた円高が是正されると、燃料とか、ガソリンも今高いがそういう影響が出ている。水産だけでなく農業もすごい所なので、そこも餌が上がったり肥料が上がったり、輸入している物が値段が上がっているので、そういう所の為の対策を勉強したりとか。(地元の方にとってはこういう代弁者の方がきちんとしてくれないと大変な事)―TPPなども…今も大変。2月に今度シンガポールで閣僚会議があるみたい。もしそのまま農産物の関税を取られてしまうと、農家の人達は皆やっていけないし、それに関連する産業が多い…例えば農家にとってはトラクターだとか、トラクター売る人達も困ってしまうし、トラックに積んでジャガイモ、玉ねぎを運んで行くから物流業界の人達も皆困ってしまう。非常に影響が地域全体に及ぶので、重要五品目と言っているが、これはしっかり守るという事は政府にも言っているし…(安倍さんにも説明に来て欲しい)―そういうのはもうよく分かっていると思う、国会でも答弁されているし。(地元の方にいつもあらたさんが説明されていると思うが足りないのでは?)―そうですね。あまり情報が入って来ないので、秘密契約があるみたいで、表に出せない。細かい、今こんな風に交渉しているという事は言ってくれないので、余計皆さん情報が無いので心配。(途中で流出してはうまくいかないから仕方ない)―それを心配して表には出さないで、と合意してやっているみたい。(それは同じ与党内で歯痒い?)―歯痒い。だから強く言う事と「守ってね、ちゃんとやってね」と言う事と、あとは安倍総理も石破幹事長も「決意を守る」と言っているのでそれを信頼するしかない。これが今一番地元の皆さんの関心事がこのTPPがどうなるのという。(議員バッヂを付けられてずっと)―そうですね、選挙の時はずっと「反対します」と言って来たから。非常に皆さん関心が高いし「ちゃんとやってね、そうしないと故郷自体が無くなってしまう」という話なので、死に物狂い。

●質問コーナー②

Q:エネルギー問題について、原発に関する代議士のお考えは?
A:皆「原子力発電は使わない方がいいよね」というのは同じ考えだと思う。だけど今すぐ止められるかというとそうでは無いので。特に今電気代が上がっているのは、石油ガソリン石炭とか買って来て火力発電をやっているから、それで大分貿易赤字が増えている。
そういう事を考えると、電気は一般の人も使うし業界も必要だからそれをどうやって作っていくかという道筋を作らなくてはいけない。特に僕の住んでいる北海道などは、自然再生エネルギー、太陽光とか風力発電…稚内とか選挙区の上の方は風の強い地域なので大きい風車が沢山ある。そこでも広いので送電網を引くのにお金がかかったりする。
そういう自然エネルギーも使いながらエネルギー改革を進めていかなくてはいけない。将来的には原発エネルギーはなるべく依存しない様に、そういう様な社会を作る為にどうするかっていう事を今皆のコンセンサスを得ながら作らなくてはいけないと思っている。(お父様の方は小泉さんに同調してない?)―同調してない。最近あまり会ってないのではないか。(会ったら「勉強した方がいいよ」と武部さんに言いそう)―言いそう(笑)。もううちの親父は代わったら一切何もアドバイスというか「ああした方がいい、こうした方がいい」という事は言わない。今回の事も全然何も言わないし…ただよく言っていたのは、小泉さんは安倍総理の時に郵政で離党した人達が戻って来て復党した時があったが「その位に在らざればその政を計らず」と言って、「引退した人が現役に対して口を出すのはおかしい」と仰っていたらしい。だから「安倍総理が決めた事は郵政解散した小泉元総理が言う話ではない」と仰っていたので、今回みたいな都知事選挙みたいな時に色々な発言をされるというのは余程小泉さんも何か思うところがあったのか。その言葉通りだったら今やっている政策について「おかしい」と言う筈は無い。

●今だから言えるあの日のあの出来事

一昨年の選挙は12月だったのでマイナス20度の中の選挙戦だったが、あの時8枚位服を着ていた。ヒートテックを着てヒートテックのチョッキを着てYシャツを着てベストを着てセーター着てスーツ着てジャンパー着て…カイロも貼る。数え切れない位貼っていた。(東京でも今4つ位貼っている(笑))―(笑)寒い、東京も。朝8時から選挙が始まるが7時前位から襷はしないが、自衛隊の駐屯地があるので朝隊員の方々が出勤で来るのでその前に「おはようございます」とご挨拶をする。その時朝6時なのでマイナス20度位になっているその中をずっとやっていた。丁度世襲議員が…津島さんもそうだが、取り上げられていてマスコミもよく来られた。その時に可愛らしいアナウンサーの方がそのマイナス20度の中を薄いジャンパーを着て来られた時に「大丈夫ですか?」「寒いですね」と言って帰られた(笑)。日本全国広いが12月は勘弁して欲しい。2月、今が一番寒い。(政局絡みで何かあるか?)―小泉さんの郵政解散の話もしてしまったし…(「金と女」は注意を受ける?)
―誰から?(お父様から)―いやそれは無い(笑)。(あいつはどうも怪しいから近づくなとか?)―それは無い(笑)。だけど115人も新人がいるから…(4人減ってしまった?)―119人いるが、4人の方は参議院からなので純粋の一年生は115人。大分入れ替わった。自民党の4割は新人がいるのではないか。(あらたさんの人脈でやってくれという事?)―そうでしょう。有難いのは、「うちの親父に世話になった」と言う先輩議員が沢山いらっしゃるので、そういう意味では色々とご指導頂いたりとか可愛がって頂いたり…秘書もやっていたので秘書時代から存じ上げている先生方が沢山いらっしゃるし、非常に有難い環境にある。(お父様以外に尊敬する政治家は?)―私の親分、二階俊博さん。二階派ですから。なので国土強靭化とか…(二階さんて優しい?)―優しい。すごく面倒見が良い。(インタビューしたら凄く怒られた記憶がある)―そうなんですか?(二階さんはよく喋ってくれるが事務所が…(笑))―(笑)。(謝りに何度か行ってから親しくなったがどれだけ怒られたか。「うちの二階に勝手にマイクを向けるとは何事ですか」と)―でも優しい。(本人は良い。そういう事務所体制にするというのがまた二階さんの人徳で素晴らしい、あれだけ秘書さんが頑張っているというのは素晴らしい)―偉い政治家は非常にフランクな優しい方が多い、気さくな方が。(思い出したが、USTREAMになる前の「みわちゃんねる」も紹介、紹介でやっていたが、武部勤さんで切れてしまった事があある(笑))―この番組で?!ストッパーだった!(笑)へー。(お忙しいのに誰かが間違えて「出る」と言ってしまった)―その挽回しようと私が?(笑)。

●質問コーナー③

Q: 子供は何人?
A: 三人。男、女、女で、中三、中一、小学校三年生。
(女性に継いで欲しい、勤、新、かなこちゃんとか(笑))
Q: (笑)上が「岳」で、下が「りこ」と「ここ」という。自分はB型でお嫁さんもB型なので子供は全員勿論B型なので凄い家。大変。話を聞いているのか聞いてないのか分からない…話噛み合っていないけど会話が成立しているという(笑)。
(小さいながらお父さんお祖父さんが政治をやっているというのは分かっている?)
A:どうでしょうね。オーパと(笑)。
(SNS:家庭円満ですな、あやかりたい)
A: 奥さんに頭上がりません。苦労かけているから。
(家庭内野党…安倍さんとアッキーも…奥さんにしか言えない、政治家は)
A: 本当に大切にされている、総理は昭恵夫人の事…と思う。
(選挙大変だけど頑張ってください)
A: はい、夏は良い所、冬も良い所だが夏は素晴らしい。
(今観光客は流氷以外には居ない?)
A: 色々スノーモービルとか…結構来る南の国の人達は、何も無い、雪だけの畑の上に雪
があって木がポツンポツンと、そういう光景が広がって、広い大地に雪が一杯というの
が凄いと感動するみたい。
Q: 若い人達が政治に関心を持つ為には?
A:我々の生活は政治と密着しているので、いつも不満とか、政治が悪いと言っているのは良くないと思う。だったら自分から変えようとする心を持たないと、そういった若い人達が変えようと思わないと政治も変わらないし世の中も変わらないので、いつもグチグチ言っているよりは、「よし出来ないなら自分がやろう」とかそういった思いを持って貰えるように、我々も「政治家なんて嫌な仕事だね」とか「あまりいい仕事ではないよね」と言われないように政治家がシャンとしていなければいけない。「あぁいいな、カッコイイな」と思われるような。テレビとかこうやって人柄とか色々出して頂けるのは非常に有難い事なので、これを観て色々なイメージを持っていらっしゃる方が増えてくだされば、非常に素晴らしい役割を担ってくださる番組だと思うので。(有難うございます)(拍手)(SNS:志帥会?)―志帥会、二階派なので。(去年から10人目!)―1/3いっちゃいましたね。(武闘派?)―武闘派。一番元気いい。(亀井先生もいらっしゃったから)―そう。(党は違っても尊敬できる政治家の一人?)―凄い気遣いの先生、優しい…気配りもできる、森総理などもそう。(実際に触れ合ってみないと分からない、テレビだけだと嫌な奴だと思ってしまう)―見た感じで。うちの親父も見た感じ怖いが…会ったら意外と気さくだったり。