池内 沙織
池内バストショット
第179回
2016年04月20日 放送

日本共産党 池内 沙織 衆議院議員

みわちゃんねるが共産党政権となり、6人目の国会議員さんの登場です。

愛媛・松山という、保守地盤と言われる地域の食堂[レストラン]の娘として生まれ育ちました。

中央大学・法学部に進学し、そこで共産党作家・小林多喜二の生き方に出会い、感銘を受けます。

そして日本共産党の職員となり、出馬に。

比例復活での当選第一声は「待ってろよ、安倍!」。永田町と言う世界、日和見になりがちな空気の中「血気盛ん」な池内議員。

食堂を営む両親は最初、共産党活動に猛反対。しかしながら、いつもは無口なお父様が最終決断をしてくれたという、家族のドラマも印象的。

今では実家の食堂にある新聞の中に赤旗新聞も加えられ、たまに切り抜きをお父様が貼ってくれるまでに。

憲法の問題、同世代の保育所の問題、今の政権について語ってくれました。

そして大学時代に知り合い、現在教鞭をとっていらっしゃるご主人とは「事実婚です!」とさらりという池内議員は、

とても美人でした。

(動画より文字おこし)

東京ブロック 1期目(2016年4月20日収録時点)

[この番組は紹介、紹介、友達の輪みたな感じでして、今、「みわちゃんねる」内では共産党政権ということで] ― そうなんですよね。(笑) [共産党政権が6人、続いているんですよね。私も政治家のインタビューをやらせて頂いて、10年間、共産党の議員に出て頂けなかったんで、初めて永田町で認められた感じがして嬉しいです。お若いですよね!33歳!] ― はい、参議院の吉良よし子さんも同じ年で。彼女が9月14日生まれで、私が15日なんですよ。同じ年です。彼女は高知出身で、私は愛媛県なんで。お互い隣同士で。[共産党の女役、男役みたいな感じで] ― (笑) 若干、そう言われることもあります。別に私はそれを狙っている訳ではなんですけど。[人気を二分しますよね] ― いやー、吉良さんには及ばないですよ。[池内さんは凄くインパクトがありますよ。議員女子の定番が出来つつあるじゃないですか。それを逸脱して、ある意味インパクトがあります] ― (笑) 逸脱している自覚も無いんですよ。[この髪の毛のお色は宝塚の男性役のお色ですよ] ― そうですか。黒い自分の髪をあまり見たことがないぐらい、ずっとこの色で。[お似合いですね!33歳でバッジを付けていらして、お若いですね~][先週の「みわちゃんねる」の日に熊本で地震があって] ― 大きな余震がずっと続いているということで、ますます大きな被害も心配されますし。私も熊本の皆さん、九州の皆さんの生活再建のために、力を尽くしたいと思っています。[共産党としては何かしていらっしゃるんですか?] ― はい。救援基金ということで、対策本部も現地に立ち上げて、田村貴昭議員と真島省三議員、両衆議院議員なんですけど、現地に張り付いて対策をしています。水が足りないということですよね。やっぱりこういう事態ですので、今、原発が動いているということは、あまりに危機管理がなってないんじゃないかなと。震源自体も川内原発にずいぶん近づいてきているという報道もありますし。やはり、何かあってからでは遅いので。原発は止めてもらいたいなあというのが、私の思いですね。

●「幸せ度数年表」(クリックで拡大)

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[1982年生まれで、現在33歳。どちらにお生まれになったんでしょうか?] ― 愛媛県松山です。とっても保守的な所でして。つい最近も、演説会に行く機会があって故郷に帰ってきたんですけど、あー、私はここで生まれ育ったんだと。あまり政治的には自由な所ではないので。[保守大国?] ― はい。民主党政権の政権交代の時でさえ、自民党が全部勝っちゃったので。それは私には衝撃でした。(笑) [そういう所で生まれ育って、どうしたんですか?!] ― どうしたんでしょう!(笑) なぜ!(笑) 本当に保守的な街だったので、教育現場でも、あなたはどんな意見なのといっさい聞かれることなく、とにかく暗記、暗記の勉強で。面白味もなく、やる気もなくて。中学二年の夏休みの直前にお母さんと私と先生で三者面談をするんですよね。志望校はどこですか?どこに行きたいの?と言われて、出来れば県立に行きたいんですけれど、と言ったら、今の成績だったら県立はどこも行けないと言われて。私は凄い衝撃で。全然、競争心とか全くない子供だったんですよ。運動会のかっけっこなんかも、余裕でランニングしてるみたいな。(笑) 本気で走れ!と先生から言われるみたいな。それは手を抜いている訳ではなくて、なんとか一番になろうみたいな感じがなかったんですね。勉強も両親が共働きで忙しいというのもあって、勉強しなさいと言われたこともなくて。自由気ままに生きてきたんですよ。それが突然、中学二年の三者面談の時に、あなたこのままだとどこにも行けない、と言われたのが衝撃で。そんなに自分はヤバかったんだと。それで勉強し始めようと思ったんですね。ちょっと頑張ってみようと思って。中二の夏休み、なんと、一日も遊ばず、勉強したんですよ。夏休み明けのテストでいい点数が出て、これだったら県立に行けるよと先生に言ってもらえて。やったー!ということで。勉強が楽しくなかったんですよね、ずっと。[ご両親の話が出ましたけど、どんなご両親なんですか?] ― 家はですね、元々は小さい食堂をやっていたんですけど。父が作ったお店で。それが食堂からレストランみたいになってですね。私の記憶にあるのはレストランの時代のお店なんですけど。だから、朝から晩まで、とにかく両親は働いていて。とりわけ家の母は誰よりも働きましたね。朝から晩まで。そういう家でした。[では、食べ物にはうるさいんですか?どんなお料理を作られるんですか?] ― それは結構いろいろで、母は煮物とかも作るし、和食も出すし。ランチで和食と洋食と選べて、基本的には街のイタリヤ料理屋、食堂カフェみたいな、そんなイメージですかね。(笑) [食べ物のご職業は大変ですよね。ご両親ね] ― すごく景気の変動のあおりは受けるので。[駅前とかでやられているんですか?] ― いえいえ、駅前とはちょっと違うんですけど。道後温泉から近い所で。目の前が私が通っていた小学校で。[ご両親が共産党だったんですか?] ― 21歳、大学4年年生になる直前の話なんですけどね。私の両親は政治的には無党派で、むしろ政治と野球の話はするなと。(笑) 対立の元だからと。政治の話は家ではすることもないし。もっとぶっちゃけたことを言えば、家の前が小学校だったんです。体育館は投票所なんですよ。でも、私は物心ついた時から両親が投票所に足を運んだのを見たことがない。朝から晩まで働いているから。そういう家だったんですよ。共産党に対しても、テレビとかでたまに映るじゃないですか。メディアの取り上げられ方というのは、だいだい共産党には好意的じゃないので、中国か北朝鮮かわからん共産党みたいな感じで。家の中ではそういう会話が飛び交うんですよ。そういう感じだったので、無党派より保守的な家だったと思いますね。そういう私がなぜ今こうなっているというのは、多喜二を知っちゃったというのが。[多喜二わかりますか?小林多喜二、「蟹工船」の執筆者、作家さんですよね。20代で亡くなっているんですよね] ― はい、しかも拷問で。[あの写真が忘れられないですよ。腫れた足が] ― はい。多喜二の遺体を囲んで悲しみにくれているという写真ですよね。私は政治には関心がなかったんだけど、裏を返せば、人々がこの社会を変える力を持っているとか、主権在民ということの意味をまったくわかってなかったんですね。歴史の教科書を開いても書いてない訳ですよね。この国の主役は誰であって、この国を動かすのは誰なのかということを多喜二の人生を通して、物凄く私に伝わったんです。[本当ですか?私、読み切れなかったもん。「蟹工船」難しくて] ― 多喜二は主権在民と反戦、平和を貫いて、共産党の活動家になったんですよ。多喜二の人生を描いた小説に三浦綾子さんの「母」という小説があって、それを読むことによって、多喜二を知ったんですね。「蟹工船」も読んだし、「党生活者」も読んだし。やっぱり衝撃じゃないですか。戦争に反対しただけで権力によって奪われた命があって。ひとつやふたつじゃない訳ですよ、ものすごい数。国内的には共産党を弾圧することによって、侵略戦争をあの当時、進めていった訳ですよね。だけど、多喜二たちが求めた、反戦平和、主権在民の基本的な理念って、今の日本国憲法に全部結実しているんですよ。戦って勝ち取ってきたし、人々が切り開いてきた。[それが、大学3年生の時] ― 大学4年生になる前の3年生の2月に多喜二のことを知った時ですね。[多喜二も幸せですね。没後かなり経ちますけどね] ― そうやって信念とかが受け継がれていくと思うんですよね、社会を良くしていくために。[ちなみにボーイフレンドの影響とかではないんですか?] ― ないですね。(笑) [ボーイフレンドが活動家で、そこにのめり込んでいって、従順な女というのが定番なんですよ] ― そういうの、私はないですよ。(笑) 自分が入ったあとにむしろ何人、党に迎えたかという感じです。ある意味、ボーフレンドは多喜二なんじゃないんですか。(笑) 私にとっては。師匠と言うか、なんていうか。[大学を卒業してからどうされたんですか?] ― 多喜二に出会って私は共産党に入る訳ですが、両親が大反対するんですよね。なんで選りによって共産党なんだと。母なんかは何週間も寝込んじゃうぐらい、もうショックだったみたいです。携帯が当時ガラケイでしたけど、この辺でも聞こえるぐらい、大きな声で電話がかかってきて。共産党だけはやめてくれと。あんたを赤にするために生んだんじゃないと。[それ、戦前の話みたいですね] ― 多くの人を悲しませている選択をしたのかなと思って、それが不安で。母さんがここまで嫌がるのは、共産党なんか悪いことしたやろ、と思ってですね、学生時代に共産党に入らないかと誘った友達全員並ばせて、どういうことやと。なんで共産党が嫌がられるのか、私にはわからないと。そうしたら、戦前戦後の弾圧とか、レッドパージとか。社会を根本的に変えようとする人に対して、今権力を持っている人が一番強くその前進を阻もうとしますよね。そういう時々の戦いの歴史を学んだんです。とりわけ日本共産党の場合は中国の共産党からも物凄い弾圧を受けるんですよ。毛沢東が武力革命路線というのを世界の共産党に押し付けようとするんですね。ソ連と一緒になって。それに対して日本共産党は断固拒否した訳ですよ。日本は武力革命なんかではみんなの心は掴めないし、日本では合わないということで、日本の共産党は中国とソ連に厳しく対決をしたんですね。その結果、物凄い内部でいろんな弾圧を受ける訳ですよ。そういう党の戦いの歴意を学んだりとかする中で、どれだけいろんな攻撃を受けても決して歩みを止めずに、そのたびに団結を作って前進してきた共産党こそ私は大きくすべきだと思うんですね。今の政治を本当に変えるためには。そうすると母親のことが、なんでこんなに嫌がるのかわからなくなるんですよ。それで母さんにある時電話して、なんで共産党、そんなに嫌なの?と聞いたら、母さんが言うには、年をとったから母さん、忘れたというんですね。なんだそれ?それだけの理由で、私に辞めろと言っていたのかと。[お母様は何歳なんですか?] ― 68歳か69歳だと思うんですけど。これは偏見だし、根拠のないアレルギーと言いますか。それ自体は母親の心配な気持ちは受け止めるけど、でも私は自分の道を進もうと思ってこの時に共産党に入ったんですよ。ただ、その時母親を心配させたくないという思いで、母には共産党にも民生同盟にも近づきませんと言って、自分は入党した訳です。母からすると、この内に沙織は弁護士にでもなって、一般的な生活をしてくれるもんだと。共産党なんかに入ってないと思っていた訳ですよ。それで就職の時にどうなるかという話ですよ。私はそのまま共産党の職員になったんですよ。[入党どころじゃないんでしょ。共産党の職員になったんですね。促す人になったんですから。凄いですね!] ― 私も迷ったんですよ。同級生の学生のみんなは弁護士になる人も多いですし、社会正義という点では弱者の味方ということで憧れていた仕事だったんですよね。でも、共産党に入って社会の仕組みを学んだ時に、私は社会の仕組みそのものを変えたいと。貧困や格差を乗り越えていくような、みんなにとって生きていきやすい国に変えていきたいと思ったんですね。それにはやっぱり政治を変えなきゃいけない。政治を変えるということは、法律をきちんと作って国を作っていくということですよね。弁護士というのは作られた法律の上でやらなければいけないし、同時にこの社会の仕組みの中で困っている人がいる前提の仕事ですよ。困っている人がいるから、戦うことの出来る仕事ですよね。そうなった時に、私はそもそも困らなといけない状況を変えなくてはと思って。そんなに勉強が好きでなかったので、共産党で働こうと決めたんですね。いつぞや両親に言わないといけない、とりわけ母に言わないといけない。[黙って働いていたんですか?] ― 黙ってじゃないで。もう言わないといけないと思った時に電話をかけまして。[大学はどちらなんですか?] ― 中央大学の法学部です。八王子から松山に電話をしました。私、共産党で働こうと思うんだけど、と言ったらですね、その後二週間ぐらい寝込むんですよ。あんたいつから共産党だったの、辞めるっていったじゃないかと。[弁護士を目指していたじゃないかと。なんのために中大に行かせたのかということですよね] ― そう。今度は兄から電話がかかってきたんですよ。さおり、おまえ社会良くすると言っているけど、家族も大事に出来んで、何が社会を良くするや、と。いい加減にせいって。それは一面、その通りだし、ちゃんと誠実に向き合わなければと思いまして、実家に帰って共産党の政策とかをまとめた本があるんですよ。綱領という、それを両親と兄と一緒に中身を読んでですね、私はこうしたいという風に言って。そうしたら、わかってくれたんですよね。すごく時間がかかりましたけど。それで父が、松山という所は保守的な所で、政治といえば自民党だけみたいな。共産党の共の字でも言おうとするならば、共産党は角の生えた人達だと思っている人もいる訳ですよ。そういう所で社会の壁は厳しいかもしれんけれども、家族まで沙織のことを受け入れないということになっちゃったら、あいつは帰って来れないと。どこにも。[お父さん、優しいですね!] ― そう。父親らしい言葉をかけてもらった記憶はないですけど、その瞬間だけは。その言葉が。母は最後まで、私という人間を心配して、ずっとなかなかうんと言ってくれなかったけれど、最終的にはオッケーしてくれて。[バッチを付けた今はどうなんですか?ご両親との関係、ご家族とは] ― そこはここでまた変わるんですけど、(幸せ度数年表のグラフを指さして)小選挙区に出たのが25歳の時なんですよ。衆議院は25歳から立候補出来るんですよ。[東京12区はどんな所か、みなさんご存知ですか?公明党が強い所なんですよね] ― 自公連立政権の象徴という風に言われていて、公明党の現職を自民党が押す。そういう場所なんですよ。小選挙区で公明党が取っている所は本当に少ないですから、東京12区だけですから。今の連立政権の象徴のような選挙区なんですね。25歳で出まして、小選挙区は今まで3回やって、参議院の二次候補でも出ていますんで、国政選挙自体はもう4回やっているんですけど。[みなさん、この若さで4回も落選しているんですよ。4回落選して5回目に受かっているんですね。共産党じゃないと、心が折れちゃいますから。保守でも民進党でもこういうことは出来ないですよね] ― 党に入った時に議員になることを目的として入っていないんですよ。この国の在り方に対して怒りを燃やしているし。[バッジを付けていてもいなくても、毎日が活動なんですよね] ― そうでう。そういうことです。[凄い人達なんです。この人達は] ― 役割分担なんです。[私も市議をやっていたので、知っているんですけど、共産党の市議さんは給料を党に返していましたよ] ― 今もちゃんとした規定がありますから。小選挙区に初めて出る時というのは、言ってみれば、比例の票をとにかく私たちは、笠井亮さんですね、比例の国会議員。笠井さんを当選させるために共産党票を大きく広げないといけないということで、もちろん自分の当選も目指すんだけど、大きくは比例を軸になんですよ。その戦いに立候補せよと25歳で言われて。私、突然、明大前のバーミアンに上司に呼ばれて。何か悪いことをしたかなあと思って。(笑) 夜の8時頃に呼び出されて。呼び出されるというか、今からちょっと会える?大事な話があるんだけどと言われて。行ったら、小選挙区の話で。衝撃だったけれども、ブラックバイトの問題とか、高すぎる大学の学費の問題とか、若い世代の運動の課題に私は嫌というほど直面してきたので、政治を根本的に変えるというのは一番やりたいことですよ。そこは。でも、これ、どれぐらい悩んでいいんですか?と聞いたら、今すぐ決めてと言われて。(笑) でも、悩んだって結論は一緒だから。だったらやるよ、ということで。[オファーする方は即決して欲しいですよね。パッッションが欲しいですよね] ― 今すぐ街頭に出て、街宣やろうみたいな。それで、よっしゃー!みたいにやっちゃったのがスタートですね。それで母さんに小選挙区で出ることになったと言って、報告にお家に帰ったんですよ。それは驚いてはいたけれども、すごく応援してくれました。ずっと電話で話していたし、この問題についてはこうだよねとか、こう思っているよとか。[その時もお店はやっていたんですか?ポスターも貼ってくれたんですか?] ― ポスターまでは貼ってないと思うんですけど、赤旗新聞をお店で取ってくれるようになったんです。文芸春秋とか女性自身とかの雑誌に並んで、共産党の赤旗新聞が入るようになって。両親が読むじゃないですか。この情報は絶対に知らせたいというのがあるみたいなんですよ。父親がTPPの問題の記事を切り抜きをして、レジの所に張り付けてアピールしてくれて。(笑) [レストランも変わりましたね(笑)] ― だからと言って、お客さんが減った訳じゃなくて。[沙織ちゃんが出ているからしょうがないよね、という感じですか] ― やっぱり、誤解って大きいから。父なりに、母なりに、誤解を周りの人にも乗り越えて欲しかったんじゃないんですかね。[最初選挙に出た時は3万票だったんですけど、最後は比例復活で4万4千ぐらいいっているんですよ。これは凄い!これは沙織さんの努力だと思うんですよ] ― 有難うございます。[1万4千票も東京12区で増えたということはどういうことなんですか?] ― やっぱり、自民党、公明党の政治への怒りというのは強いと思います。[東京12区は北区、足立区ですよね] ― はい。貧困も根深いですし、高齢化が凄く進んでいる所です。私の選挙区にあたる足立区の西側部分はとりわけ都営住宅が多いですので、生活保護世帯も多いです。暮らしへの打撃、それに対してあまりにも冷たい今の政権への批判というのは強い。同時にですね、自公連立の象徴のような選挙区で、本当に対決して、この政治を根本から変えると訴え続けているのは共産党なんですね。[ぶれないんですか?] ― ぶれないです。その時々、いろんなことを掲げて出てくる政党はあるんだけど。例えば、原発だったり。やっぱり、総合的に立場を持ってぶれない。[今、党が名前を変えてな無くなっちゃう訳ですから、その中にあって] ― 老舗ですから。90年以上同じ名前で。頑固過ぎる。(笑) [ある特定の期間に、必ず人気が出る時がありますものね] ― 躍進をポンとする時があるんですね。今は市民が幅広く立ち上がっていて、その中で信頼を共産党に寄せて頂いているということは、かつてないことだと思います。[バッジを初めて付けた2014年の選挙ですよね。ネットによると初当選の第一声が、「待ってろよ、安倍!」というふうに言ったんですよね] ― (笑) 本当です。[凄いですね、その戦闘モード。普通、日和見になっていくんですよね。そういうのが大人のやり方なんですよね] ― 大人じゃないので。(笑) 訴えれば訴えるほど、街宣をやればやるほど、その気持ちは強くなりますね。待ってろ、安倍!って言っちゃったですね。[新聞記者の前で言ったんですか?] ― はい。[凄いですね~。そういう人がいないと、これからの日本は困りますから] ― 言葉には気を付けたいと思います。(深く頭を下げる)怒りがパンと出るタイプなので。[今、政治家の言葉尻とかは大変だから] ― ちょっと気を付けないと。[プライベートはどうなんですか?ご結婚されているんですか?] ― はい、事実婚なんですけどね。[かっこいい!] ― なんでですか?(笑) [なんですか?事実婚って] ― はい、法的な婚姻関係はなくて。ご存知だと思いますが。[フランス婚ね。同棲をしているということ] ― そうです。[旦那さんということで。もちろん、共産党員なんですか?] ― それは本人に聞いて下さい。本人の思想信条のことは私は。[どちらで知り合ったんですか?] ― 大学の同期です。[同じ法学部で?] ― 彼は何学部かな、商学部かな。家は犬を飼っています。めちゃめちゃ可愛いです。犬はお好きですか?[飼ったことがないです。猫しか飼ったことがないで] ― 猫、私はアレルギーなんですよ。飼っている犬種はボストンテリアです。ブルドックみたいな顔で、体が細くて良く走る犬なんです。ジョジョの奇妙な冒険を知っていますか?イギーという犬なんだけど。あ、全然あんまり、すみません。(笑) [ご主人は何をしてらっしゃる方なんですか?] ― 大学の教員です。[中大ですか?] ― いえ、他の大学の。[家に帰って話すことがたくさんあるでしょう?今日は安倍がこんなことを言ったよ、みたいな] ― (笑) そうですね、めちゃめちゃ話は良く聞いてもらっていますね。話すことが大事だと思うので、お互いに。[今の野党同士のカップルは良く話すんですよ。たぶん、与党のカップルは仮面夫婦だと思います。間違いないですね] (会場から笑い声)それは美和さんの直観で?[直感でわかりますよ] ― 私は話をしている感じがしますか?[はい、します。わかります] ― (笑) 面白い![金子恵美さんに似ていますね] ― いやいや、(笑) そうですか?[根本の顔が似ていると思いますね] ― 近くで見たことがないので。[トイレとかで会わないんですか?] ― トイレでも会ったことがないですね。[与党議員の方としゃべるんですか?] ― 結構、しゃべりますよ。ある民進党の議員の方は沙織さん、といつも声をかけてくれて。委員会で、私は内閣委員会に所属しているんですけど、去年二回質問していて、新人なんですけど内閣委員会での質問回数はナンバーワンだったんですよ。自民党議員のある方が「やー、本当によく勉強してますね、本当に凄いですね」と言って下さって。それ位のやり取りですかね。

 

●最近の政治トピックス

 

[いろいろなことをやられていますね。ブラックバイトの件、保育所の件] ― 最近はブログでだいぶ注目されていた保育園の問題で、私も質問しました。[まさに池内さん世代の問題ですよね] ― まさに。私の友達、何人も保育園に入れなかったということで、杉並で運動している子もいるし、足立区の方でママの会を立ち上げた子もいるし。本当に切実なことだと思っています。私が凄く重要だと思うのが、そもそもですね、去年の戦争法、安保法制を強行して、憲法を踏み破りましたよね。立憲主義を壊した。憲法の枠内でしか、多数の議席を持つ政権党であっても、憲法の枠内で仕事をするというのが原則ですよ。それを踏み越えて、憲法を壊してあの戦争法を強行したということは、政権のたがが壊れた、外れちゃっているなと実感するんですね。それが保育園の問題にも如実に現れていると感じていて。なぜかというと、そもそもですね、憲法を守らない政治というのは、憲法に基づく様々な法律だって省令だって、簡単に足蹴にするな、守るつもりがないな、ということを痛感します。というのは、保育は法律で基準が決まっているんですよ。厚労省が自ら定めている児童福祉法に基づいて基準が決められて。それを読んでみると、各都道府県には保育を国の基準を上回って、いい条件で保育所を作れと命じているんですね。さらに厚労大臣には保育の質を常に向上させなけばならない、と書いてあるんです。これが基本なんです。だけど、政府が出してきた緊急対策なるのもは、一応、待機児童なる言葉は入ってはいるんですけど、結局、詰め込みを求めているんですよね。今ある施設に小規模保育だったら19人の所に3人入れれば22人ですね。それを全国の小規模保育所がやってくれれば、待機児童が解消するじゃん、という安易な発想です。これって結局、基準を下げろということですよね。それを国自ら旗を振ってやる。ここに一番の根本的な問題があると思いますね。[何十年前からの大問題じゃないですか!誰もが成しえなかった問題、出来なかった問題。とうとう総理が出てきた、ということじゃないですか] ― ええ、だけれども、20年間待機児童という問題を政府が把握してから20年間、本来であれば公的責任が一番果たされる認可保育所を作るべきだったんですよ。保育児基準もちゃんとあって、園庭もあって、子供たちの育つ環境もいい。[義務教育を引き下げる感じですか?] ― そうですね。まさに。保育は国の責任としてやるべきだったところを、いろんな基準を緩和して。今、保育のシステムは凄く複雑ですよ。保育士の配置基準だって、なんだって。ここまで複雑にしているということは結局、認可保育園を作りたくないんですよ。[どうしてですか?] ― 国がお金を出したくないから。認可を作るというのは、国が自治体への補助金なりを出さなければ出来ない話で。自治体も予算が無いのに、他を削って、自治体だけの運営では出来ない。やっぱり、国が責任を果たさないといけないんですね。それをやらないが故に、民間委託だとか、なんやかんやということになって、20年。保育現場は切り縮められる中で、血がにじむような努力をされているんですよ。私、本当に衝撃だったのが、正規の保育士さんを減らして、その分の浮いたお金でパートさんを雇うんですよ。朝夕の保育士が凄く少ない時間に。そういう形でなんとか、大人の目の行き届く安全な保育環境をということで頑張っている。とか、いろんな工夫が現場にはあるんですよ。もうそれが限界。もうこれ以上、基準を下げられたら、今までの努力だって水の泡というところまで、ぎりぎりまできているということですね。抜本的に国がちゃんと責任を果たすというところに舵を切らなければ、もうこれ以上という。[この間のツイッターの日本死ねで、安倍さんが動いたわけじゃないですか、保育所のことに関しては。もうそれでいいんじゃないか、という声も聞こえて来そうなんですけど。そうではないと] ― 全然足りてないですし。現実問題、これだけ待機児童がいて、解消するというのは、必要な保育園を作らないと。ちょっと動いたからポーズでオッケーということにはならないですね。中身の対策を見ると、だって予算が付いていないですからね。[まずは予算ですよね] ― はい、金も人も出さずに緊急というのは、ちょっと余りにもどうなの?というふうに思いますね。[ちょうど予算が決まる時期だったじゃないですか] ― 補正予算を組んででもやるべきだと思うんです。補正予算を組まないから、今あるところに入れなさいという話になっちゃうんですね。

[安倍さんなんか、一番地方の言葉というのをわかっている人だと思うんです。全国的にネットワークがあるので。共産党もそうですけれども。その中で、地方議員からもいろいろ言われている訳ですよね。待機児童をどうにかしてとか。一番わかっているとは思うんですけどね] ― どうですかねえ。やっぱり、言葉がどのように響いていくのかというのは。私は単にそのことを言われたからわかっている、とうのではないと思うんですよね。わかってないと思いますよね。わかっていたら、アベノミクスなんてやらないと思いますね。社会保障や教育を一番に税金をきちんと投入していく仕事こそ必要だと思いますね。アベノミクスは大企業の優遇と大金持ちの税金優遇ですから。こればっかり続けてきて、結局トリクルダウンで。大金持ちが儲ければ、トリクルダウン、滴り落ちるようにということでこの間経済をやってきたけど、まったく無いわけで。この転換が必要だと。[安倍さんたちは憲法違反だと思っていなくて、いろいろやってる訳ですよね] ― それが深刻だし。あまりにも法律とか省令を軽んじられていると思うんですね。法治国家の体を成していないと思うんです。深刻だと思います。閣僚から憲法違反の発言が毎日のように出て、それに対してある意味慣れちゃっているような向きさえありますよね。[この10年で永田町は変わったということですね] ― はい。小選挙区制度が本当に良くないですね。小選挙区制度というのは大政党に有利ですよ。かつてだったら中選挙区制度はひとつの選挙区から3人とか4人とか、多い所では議員が当選したら、議員間の競争があったんです。ところが、小選挙区ですから、盤石な基盤さえあれば、あぐらをかけるんですよ。[そういう人が議場にいっぱいいますか?] ― いっぱい、いますね!嫌になりますね![議場で携帯を見たりとか?] ― そんなのもいますね。ただ、緊急の連絡も来るから、携帯を持つのが全部だめとは思わないけど、寝ていたり。[人間同士だから匂いでわかりますよね。この人、頑張っているとか] ― いい質問なんかは、他党であっても勉強になりますから。この論点は大事だなあと教えて頂いたりするし。それは与党であれ、野党であれそうだと思うですけど。[困っている人がこれだけいる待機児童問題、何十年も同じことを言い続けている。ついに問題が首長から首相にいって、それでもまだ改善しないというのは、ちょっと日本も情けないと思いますよね] ― そう思います。おっしゃる通り。じゃあ、どこを見て、今までの政治は、とりわけ政権与党は仕事をしてきたのということだと思うんですよね。今の沖縄を見ているとリアルに対決の構図が見えやすいと思うんですよね。あれだけ沖縄が選挙でもう基地はやめてくれと。撤去して欲しいと言っているのに、それでも行政不服審査権とかいろいろものを使って、政府は法律を踏み破って沖縄県民の声を押し止めようとしる訳じゃないですか。やることが違うと思いませんか?県民の声をアメリカに伝えて次の代替策を考えていくことが、この国の政府の在り方ですよ。なんか見ていると、アメリカ政府かと思うくらいの沖縄県民に対するやり方は。どこ見てんだ、ということを言いたいですね。腹立っています。[トランプ氏はどうなんですか?] ― もう、やめて頂きたいですね。やっぱり言葉が政治家って大事じゃないですか。政治がヘイトスピーチなり人種差別を無くしていく方向に動かなければいけないのに、彼は率先して煽る訳じゃないですか。不満を持っている人たちは力強さみたいなものを感じちゃうかもしれないけれども、本当に無責任だなあと思いますね。

 

●今だから言えるあの日のあの出来事

 

[宝塚系議員と来ていますね] (ニコ生コメントを読み上げる)バイク乗ってるんかなあって、今はもう乗っていないんですよ。250ccですけど、好きなんです、凄く。私の大学生の時の、共産党に入る前の夢はジャガーに乗ることだったんですよ。[そんな、自民党の昔の議員みないのはだめです] ― それはやめたんですけど。(笑) バイクは乗っていて。もう乗る暇もないし、メンテナンスも大変なんで、手放しましたけど。[ロッカーだったんですか?] ― そうそう、バンドをやっていました。大学の時に。パンクも好きですね。クラッシュとかをよくコピーでやってたんですけど。難しいので、あまり上手じゃなかったですね。[バンドでの担当は?] ― 歌を歌っていました。いろいろやりましたよ、シャウト系のやつとかね。[アナーキーとか?誰も知らない?] ― 好きなのはクラッシュとかスミスが好きなんですよ。よく聞いていました。ちょっと最近疲れてくると、中島みゆきが心に沁みて。結構、幅広く聞きますね。父親がよくカラオケで鳥羽一郎とか歌っていたから、鳥羽一郎はさすがに聞かないですけど、テレビとかで流れてくると懐かしいなあと。兄弟船とかね。(笑) [自民党の視察団はみんなそれ歌ってますから] ― (笑) やっぱりね。ロックは凄く好きで、今も国会に通う電車の中で常に爆音で聞きながら。[電車で国会に行くんですか?] ― はい、電車で。[黒塗りの車をチャーターすることとかあるんですか?] ― 一応、各会派に国会の車というのがあるんです。私も詳しくないけど、議席に応じて台数が決まっていて。なので、今からあの会場に行かなきゃみたいな時には車で行くこともありますけど、それはもう、数えるぐらいですかね。日々の生活では。東京なんて電車でいくらでも行けますから。[今日もリュックをお持ちでしたものね。リュックというのは共産党ぽいですね] ― (笑) どういう意味ですか?それ?![共産党のイメージだと、山登りとか、コーラスが趣味ですとか、植え付けられているんで] ― 私、合唱という文化は自分の中にないですね。リュックはあるけど。確かにみなさん、合唱されていますよね。わかる![あと、山登り、やらなくちゃいけない] ― 面白い!(笑) [共産党の方がずっと続いているから、パンクロックが好きだとか、ことごとく日本共産党が新しい世代になっているなあと思いましたよ] ― なるほど、そうですか。志位さんもクラッシックでピアノを弾くから。結構、音楽好きなんですよ。なんとかビッチとか、なんとかボルなんとかとか私なんかが付いていけない高尚な世界があってですね。[共産党の上下で会食とかするんですか?] ― はい。議員団で、衆議院と参議院でそれぞれ別になっちゃうんですよ。[スケジュールが合わないということですね] ― そうそう。だから衆は衆で食事会なんかはやりますね。節目節目に。お互いねぎらいあって。[どんな所に行くんですか?安い所ですか?] ― 定食屋じゃないですけれど、この凄いきらびやかな所というよりは、その辺の溜池山王とか、山王タワービルの中の中華屋さんとか。[接待コースじゃないですか?] ― そんな所じゃないですよ。きっと違う所だと思います。

 

●質問コーナー

 

Q1;志というか、日本を良くしたいという思いが伝わってきたんですけれど、この間熊本の自身がありまして被災されている方、亡くなった方には本当にお悔やみを申したいと思いますし、東日本大震災があってまた5年後またこういうことがあったという。古来からこういう形で天変地異があるとうのは、政が乱れた時にそういう天意というか神意があるというふうに言われているんですが、先生は神様の存在とか信じられますか?

 

池内議員;何か困ったとき神にすがるということ自体は私はしないんですけど、神を信じるか?と言われると私個人は信じません。だけれども、うちのお母さんなんかは心に神様を持って常にご先祖に手を合わせることは大事だというんですね。私もそう思います。大事なことだと思います。お墓参りも行くし、お寺とかも好きです。清水寺とか、凄い好きです。結局、外部的な存在に今の日本の政治の在り方を託してしまうと、我々が何もできなくなる、そういう理由づけに使われるのは嫌で、やはり政治はみんなの力で作っていくし、変えられるものだと、いうことだと思うんですね。神がそういう形で政治利用されるのは、そこは嫌だなあと思います。けれども、心に持ったり、信じてより心をクリーンに保つということはとても大事なことだと思います。

 

Q2;安保法制反対とか、憲法9条を守れとか、保育所のこともありましたけど、今、北朝鮮のミサイル、水爆の話もありましたし、国防というのは厳しい状況にあるとは思うんですけれど。もちろん、保育所の問題は該当する方には大切な問題だと思いますけど、国防の部分に関しては、共産党はどういう考えてらっしゃいますか?

 

池内議員;北東アジアの問題というのは多くの方々が心配もされていると思うんですよね。その意味では私たちも発信を強くしていかなければと思っています。今大問題になている、集団的自衛権と東アジアの問題というのは全然、性質が違うものなので、混同しないということが大事だと思うんですよ。政府は北朝鮮があるから集団的自衛権が必要だと言うんだけど、そうじゃなくて、今政府がやろうとしているのは、アメリカの世界の戦争に自衛隊を駆り出そうということが目的の法律なので、そこは全然違う問題だということが、まず大事だと思います。その上で、北東アジアで共産党がどういう外交戦略を持っているかというと、今の北朝鮮のミサイルの発射とのやり方は国連決議にも反する、重大な危険な無責任なやり方ですよね。これは厳しく批判する。同時に、絶対武力紛争にしないで、話し合いで枠組みをちゃんと作ろうと。これアメリカ政府もその姿勢です。その話し合いというのは、六か国協議というテーブルがそもそもある訳ですから、このテーブルに北朝鮮にきちんと付いてもらうことを重ねて努力していかなければいけないと思っています。中国の脅威みたいな、軍事費も増えているしと言われるんですけど、じゃあ、日本政府自身が中国のことをどう見ているかというと、外務省の公式見解は決して脅威なんて言っていないんですよ。むしろ、経済的にはここまで深く経済的に依存しあっている。そういう世界の他の国に無いパートナーなんだということを外務省は言っていて。国と国との戦争になるのを避けなきゃいけない。これが政府の公式見解な訳ですから、それに反する自民党議員の発言とか、対立を煽るようなメディアのやり方というのは、本来であれば政治家が反撃していかなきゃいけない論調だと思っています。

 

Q3;以前出られた共産党の方も六か国協議と言われたんですけれど、いくら決議をしても、北朝鮮って時間だけ伸ばして結局変わらないじゃないですか。六か国協議と言っても実効性がないと思うんですね。そういう意味では机上の空論みたいな形みしか聞こえないんですね。

 

池内議員;ただですね、六か国協議で外交交渉を日本政府はどれほど誠実にやっているかですよ。何もやってないじゃないですか。具体的に北朝鮮にテーブルに付きなさいという外交努力を何もやってないじゃないですか。ほとんだ皆無ですよね。やらずに好転しないというのは、なんでそうなるのかなと思いますね。全世界が、北東アジアが力尽くして北朝鮮に向かわないといけない。北朝鮮はならず者ですよ、もちろん。国連決議だって踏み破るわけだから、それに対してこっちも同じ方法でとなったら、相手の土俵に自ら階段を下って行ってですね、彼らのやり方に巻き込まれるというのが一番あってはならないことだと思います。

 

Q3質問者;最終的に国民の生命、財産を守って頂くのが政治家の仕事ですので、そういう形でお願いします。

 

池内議員;はい、もちろんです。だからこその六か国協議を進めていきたいというふうに思っています。

 

[共産党が政権を取ったらどうなるんでしょうか?] ― 多様な国家になると思いますよ。どうですか?今、言論の自由があると思いますか?[どんどん言論統制がかかっている時代になっていると言われていますよね] ― そういう国を作っているのが、自民党政権、自公政権であって。むしろ、自分たちが一番批判している国の在り方に自ら近づいていっている、その方が私は危険だと思いますよ。[共産党がもし政権を取ったら、そういう統制みたいなのはないんですか?贅沢は敵だ!とか?] ― (笑) ないですね。そんなことをする政党だったら、私は共産党で頑張ってもいないし、入ってないですよ。[サオリンさんは女性にもてるでしょう?] ― そうですか?ヤッター![なんか、頼りたーいと思っちゃいますよね] ― (笑) 頑張ろう、じゃあ。[ファンが多いでしょ?党員でサオリンさんみたいになりたいとか] ― 直接は言われないですね。男か女かわからないとか言われます。(笑) [会うと、可憐なお顔なのね。美人なの] ― あれ?今日は褒めすぎじゃないですか。[共産党も幅が広いなあと思って!] ― 個性を勢ぞろいで、取り揃えています。[これを知らしめてください。サオリンがテーマだと思いますよ。これから] ― (笑) はい。[最年少ですからね。共産党のバッチを付けている中で] ― 吉良さんと同じ年です。あ、でも、一日違いで最年少です。でも、これから若いのがもっと出て来ますから。次の参議院選挙に立候補を予定している、山添君なんて、31歳です。東京選挙区で出るんですけど、山添拓さんという弁護士なんですけど、31歳。[その方は党員だったんですか?] ― もちろんですよ。うちは公募とかしないから。ちゃんと誠実に活動している中で、役割分担があるということで。[今日はどうでしたか?こういう番組は] ― はい、もう楽しかったです。美和さんが明るくて、ぶっ飛ばされそうで。(笑) [いやいや、本当に、衝撃的でしたよ。カッコいい!会うと好きになっちゃうから、一人でも多く会うといいいですよ] ― 本当ですか?[やっぱり、共産党というベールがあるから。女子会に入れないような。女子会に来たらいきなり、赤旗を買ってみたいな] ― 空気読めない感じ?(笑) [あれだけ自民党が有利でも候補者を立てていた訳ですから。空気が読めないと言われるのはしょうがないんですよ。ですけど、話すとこういう人なんだ、こういう歴史がある人なんだと思うと、ファンになっちゃいますよね] ― ただ、私は私なりの歴史ですけど、今まで空気が読めないと言われたイメージで語られていた、共産党員も一人一人の思いがあって、一人一人の歴史があって。そうなってしまったというのは、小選挙区ですべて立つというのは、選択肢を必ず示したいですよね。でも今回は市民に押して頂いて、市民の野党共闘という声に共産党自身も。[野党共闘は本当に脅威ですよね。そうしないといけない時代、あまりにも与党が強いからね] ― 頑張りたいです。共産党も、もっともっと脱皮をしていきたいと思っています。