清水 忠史
simizu
第174回
2015年11月25日 放送

日本共産党 清水 忠史 衆議院議員

みわちゃんねる共産党国会議員初出演!ということで、かなりドキドキしました。 松竹芸能のピン芸人さんだった清水議員。オセロなどと同期だったと言います。 話が面白いというのも勿論ですが、面白さの中に隠れた優しさが垣間みれるのが、清水議員の特徴です。 共産党でここまでの面白さと、優しさが前面に出れば、また新しい支持を大いに取り込め、多くの人が共感してくれる事間違いないと感じました。 法務委員会でのお話、そして最後は得意技の「バナナの叩き売り」で締めて下さいました。

日本共産党 近畿比例 1期目 (2015年11月25日 収録時点)

(動画より文字おこし)

[第174回目のゲストは共産党、清水忠史衆議院議員です!] ― こんにちは!清水忠史です。よろしくお願いしまーす!(はっぴ姿、ねじり鉢巻き。大きな声で両手を大きく開き)[歴史的瞬間ですよ、今の!この「みわちゃんねる」に共産党さんが出て頂いたというだけでも、私は本当に驚いていたんですが。(笑) 今の出、さすがですよね。掴みがね!] ― 酔っぱらっていませんので、大丈夫です。[今日は有難うございます] ― 出たかったんです。前から。いつになったら回ってくるのかと。[(笑) たぶん、先週初めて知って下さったと思うんですよね (笑)] ― 有難うございます。すいません本当に。[それでも、そう言って頂けるというね、このサービス精神がね、やはり衆議院議員だなと] ― 今日はタキシードで来ました。(はっぴの襟を正しながら)[何から聞けばいいか、わからないですよ。こういう番組に出る時に、共産党さんですと、何か届け出とか出すんですか?] ― 一応、出しますね。ただ今は、あまり堅苦しくなく、どんどんメディアに出て、いろんな人に共産党の政策や人柄を知ってもらいなさい、ということですので。[今ね、共産党さんも変わりつつありますからね] ― だいぶん変わってきましたよ。これを見て下さい。(はっぴの襟を合わせる)[元、お笑い芸人という!] ― 三年間、松竹芸能で漫才をやっていました。[なんと、オセロと同期ということで] ― ますだおかだもおられましたね、養成所には。TKOとかよゐことかね、凄いでしょ!売れなかったのは私たちだけです。[でも、もはや国会議員じゃないですか!] ― 人生、巡り合いがありましてね。舞台やテレビから、まさか政治の世界で笑いを取るとは思っていませんでした。[政治こそ、笑いも重要な要素ですよね] ― 人に伝えるという意味では同じ仕事だと思いますね。[街頭演説をやるのと、お客さんの前で松竹芸能時代に話すのと、どう違いますか?] ― 基本的には一緒。聞いてもらえなければだめですし。[どんなに崇高なことを言ったって、どんなに楽しいことを言ったって、聞いてもらえないとだめなんですよね] ― 私の演説会に来られた方は、最後送り出しの時に、「面白かったよ」とかね、「よう笑ろうたわ」とかね。「笑い過ぎてしわが増えたらどうしてくれるの?」とかね。[面白いですね!] ― あとね、「同じネタやったわ」と言われる時、ありますね。[厳しいですね~] ― ネタを抑えられる時もありますよね。[さすが、大阪人!] ― そういう意味では、日々鍛えられております。(笑) [大阪維新の会、市長になった吉村洋文さん、この番組にも出て頂いて、市長になることは二万パーセントないとおっしゃって。別にいいんですけど。(笑) 同期だということで。吉村洋文さんと何の同期なんですか?] ― 衆議院議員、初当選が同期ですね。そして、同じ選挙区なんですよ。中山泰秀さんと、吉村洋文さんと私、清水忠史が大阪4区、大阪駅のある梅田とかですね。大阪4区で争って、小選挙区では中山康秀さんが通られて、吉村さんと私が比例で当選したという。[日本一濃い、小選挙区ですね] ― 暑苦しいですね。[中山泰秀さんだって、一筋縄ではいかないじゃないですか。そして吉村さんも、20.000パーセント市長選には出ないと言って出ちゃう人ですから] ― 漫才師もおりますから。大阪らしくていいかもしれませんね。[吉村さんいなくなっちゃって、良かったですね] ― いやあ、その後に橋下さんが来たらどうしようかなと思っているんですけれど。ビビっています。大丈夫でしょうか?[それは大丈夫でしょうね。もう一度戻るんですけど、共産党の国会議員ですから、正式な国会議員なんですから(笑) お咎めとかなかったんですか・どんな番組とか聞かれましたか?] ― いやあ、清水が出るんだから大丈夫みたいやろ、みたいな感じで。[全部を信頼されている] ― やっぱり、メディアに露出していかないと、共産党ってまだまだ、堅い、暗い、反対ばっかり、道で会っても挨拶しない、ゴミ出しの日を守らない。なんか、都市伝説みたいにね、悪いイメージがつきまとっていますけど、決してそうじゃなくて。明るくて朗らかで、いいことには賛成するし、ひらけた政党だというのをね、僕を見て感じて頂けたら、嬉しいな!みたいな。[さすがですね!自分のカメラをわかっていらっしゃるんですね。ちゃんとカメラに食い入る感じがいいですね。慣れていますよね。「みわちゃんねる」は174回目なんですけれど、その前に2002年から有馬晴海さんという政治評論家の方と始めたのがスタートで、今は大臣になってらっしゃる方とか総理大臣になっていらっしゃる方とかの所に行って、共産党では佐々木憲昭さんの所に行ったのが、最初で最後の共産党だったんですよ] ― じゃあ、何年ぶりに出会った共産党が、こんなんで申し訳ございませんです。ほんまにもう。すいません![凄い時代の流れを感じますよね。変わりよう、変遷を] ― 今、同僚議員で、元ロックの歌手とかね。地方議員には元、演歌歌手という方もおられますし。最近は自衛隊出身の方が地方議員になられました。[バラエティー豊かになってきましたね。活動家、凄いですね] ― 今はもう、多彩なキャラクター。党別な人がね、がり勉で東大を出ていないとだめとか、そんなの全然ありません。本当に庶民感覚で頑張っている党なので、その辺をアピールしていきたいですよね。[でも、贅沢する人はきっといないでしょうね] ― いませんね。そこはよそとは違うところですね。[贅沢にうつつを抜かすような人は、さすがに活動家の集団だからいないですよね] ― 銀座、赤坂といっても、私たちは赤ちょうちんですから。[銀座、赤坂、六本木でも赤ちょうちんに入るという] ― 椅子のある所に入れた日にゃ、幸せみたいな。[立ち飲みですか?] ― はい。赤ちょうちんでね。[今日はたまたま、鈴木宗男先生と対談だったんですけれど、佐々木憲昭さんといえば、ムネオハウスを追及された方で。佐々木憲昭さんのお話を出しましたところ、あれはちょっと間違えていると。佐々木さんは勉強不足だと。どうしてですか?と聞いたら、あれはダーチャだと。ハウスというのは英語なんですって] ― なるほど、そこはロシア語で言わないと。[ロシア語で言わないと、あれは冒涜しているよと。(笑)

] ― なるほど、そこは大事なところですね。英語かロシア語かというのは。[本当に怒っていましたよ。(笑)] ― では今度、宗男さんの娘さんの鈴木貴子さんに謝っておきます。同じ法務委員会なんで。そういうのでは、鈴木さんと縁を感じますよね。今、仲良くやっています。野党共闘で。[鈴木貴子さんはどこの政党の方にも、みんなに好かれているんですよね]

●幸せ度数年表 (クリックで拡大)

CIMG2706

 

 

 

 

 

 

 

 

[では、幸せ度数年表です] ― いえいー!(大きく拍手する)[委員会ではさすがに「いえいー!」とか言っていないですよね] ― 時々、言っていますね。マイクには拾われていませんけれど。[やっぱり、同僚を盛り上げたいとか] ― やっぱり、元気が一番ですね。[相手の気持ちを萎えさせたいとか] ― それはないですね。正々堂々、論戦を張るというのが大事だと思います。ただ、最低限の礼儀とかはわきまえないとだめだと思っていますので。[お顔が共産党員じゃないですよ。自民党と民主党をミックスした感じですね] ― 先日、慶応大学名誉教授の小林節さんと、お話しさせて頂いた時に「君は見た目は維新だけど、中身は共産党だなあ」と言われまして。[この幸せ度数年表は、ご自分で書かれたのですか?] ― 自分で今、書きました。中学校の時は漫画家志望だったんですよ。[うまい!(結婚の所に書かれた女性の顔をゆび指して)可愛い!] ― 妻です。見てるか?可愛く書いたよ![妻も共産党員なんですか?] ― はい、僕が共産党に入ってから、入ってもらいました。[何時、共産党に入られたんですか?] ― 僕が日本共産党に入るのは、28歳の時ですね。[1968年、どちらでお生まれですか?] ― 大阪府吹田市で生まれました。[今の選挙区なんですか?] ― 違います。今の選挙区は大阪市内なので、少し隣の行政区ですね。[バリバリ、大阪人なんですね] ― そうですね。1968年5月5日、こどもの日生まれでございます。[じゃ、やはり横山やすしさんを師として?] ― そうですね。やすしきよし、新喜劇ね。とにかく、話の最後にオチがなければ、怒られるという世界に育ってきまして。[親もダメ出しをするという。どんなお家で育たれたんですか?] ― 基本的には商売人でした。父親も母親も商売してましたんで。建築やったり、飲食やったりしてましたから。僕自身も政治家をやっていなかったら、飲食店で働いていたんじゃないかと。松竹芸能の時もずっと飲食店で働いていましたから。また商売をやりたいですね、将来は。[人と話すのがお好きなんですね。ウケないといやなんですか?] ― そうですね。[ウケれば、なおいい、みたいな?] ― どっちでもいいです。(笑) [人が好きなんですね。いいですね、こういう方は。議員にぴったりですよ] ― 有難うございます。(笑) [1968年に生まれたということで。バンド活動をやられて、合気道もやって] ― 合気道はね、やっぱり勉強になりましたね。何が勉強になったかというと、一週間に一回、決まったことをやるというのが、勉強になりました。友達に誘われて、友達が道場の先生になって、生徒さんが集まらないので、「清水君、生徒になってよ」と言われて。毎月五千円の月謝で、一週間に一回、邪魔臭いけれども払って行っていたんですよ。どうしても邪魔臭くなって、けいこを休んで居酒屋に飲みに行ったんですよね。22歳ぐらいの時だったと思いますけどね。「風邪をひいたので合気道、休みます」って電話して。居酒屋に飲みに行くんですけど。近所で飲んでいて、会っちゃったら嫌でしょ。それで、ちょっと離れた所、一年にいっぺん行くか、行かないか、という所で飲んでいたら、練習が終わった友人が入って来たんですよ。ガラガラガラーっと。その時に彼が何て言ったか。「清水君、君はなぜ、今日この店に来たかわかってるか!」と言われたんですよね。つまり、一年に一回しか行かないような店に行って、しかも、サボっていたことが見つかったと。これは、いい意味で、自分自身の人生を考える時期じゃないかと。一週間にいっぺんのことが出来ない人間は何をやっても成功せいへんと叱られて、これじゃダメだと。[いいお友達ですねえ~] ― そうです。親友ですね。それから毎週休まずに、合気道に行きました。[そういうことを瞬時に言える人はいないですよ] ― ちなみに皆さん、合気道の必殺技をご存知ですか?合気道も上中下というのがありましてね、一番低い位は、掴まれたらこう投げる、こう来たらこうかわすというのが、合気道の下のクラス。真ん中というのはね、君子危うきに近寄らず、あ、なんかこの人危ない感じとか、この道を行くと危険だというふうに思うと、それを回避する能力。それが中位。一番凄いのはですね、自分を殺しに来た相手と友達になる。これは合気道の達人である、塩田剛三さんが言うんですよね。僕も殴らないから、殴って来るなと。俺は武器を捨てたから、お前も武器を下ろせと。これが合気道の必殺技、精神。今日僕は、憲法九条の前掛けをしているんですけれど。[憲法九条の前掛けなんてあるんですか!] ― はい、あるんです。特性なんですけど。(椅子から立ち上がった清水議員。憲法九条の条文が印刷された前掛けが画面に)憲法九条の精神というのはまさしく、合気道の必殺技じゃないかなあと、自分自身は思っているんです。合気道をやっていて良かったなあという。[お友達が素晴らしい!驚きですね] ― それで、松竹芸能です。[松竹芸能には、どうやって入ったんですか?] ― ダウンタウンがブレイクして、俺もやりたいなあ、テレビにでたいなあと思って。なんで松竹芸能に行ったか、なんで吉本じゃないのという。吉本も面白いし、新喜劇も大ファンだったんですけど。当時の松竹芸能の若手の戒律というのがありましてね、下ネタ禁止。どつきネタ、なんでやねん!と言って叩いたらだめ。それから、汚れネタですね。吐くとかもどすとかね。そういうのを一切無しで、誰かをけなして笑いを取るんじゃなくて、自分の格好悪いところを見て笑ってもらう。百人のお客さんを爆笑まではいかなくても、幸せな気持ちで帰ってもらえ。というふうに教えられて。そういう芸風が松竹芸能だったし、僕には合っていると。本当は下ネタは得意なんですけど。はい。それは封印して大人の笑いで。(笑) ですから、松竹芸能の先輩、お名前をご存知かわかりませんけれども、横山たかし・ひろし師匠とかね、酒井くにお・とおる師匠とかね。松竹のベテランさんの芸風見ましても、自分たちのかっこ悪いところ、どんくさいところを見てもらって、喜んでもらう、笑ってもらうのは僕、大好きだし素晴らしいなと思います。[でもね、入りたいと言ったって、入れないじゃないですか?] ― オーディションを受けましたよ。80人、その時はオーディション会場に来て、コンビで来ている人もいましたけど。[ピンだったんですか?] ― 僕はピンで、一人で行きまして、合格したのは4人だけでした。80人中、4人、合格したんですけど、後で合格の理由を会社の人に聞いたら、オーディションでしゃべったのは4人だけと言われました。面白いでしょ。楽屋ではね、みんなワイワイ、俺が一番面白いぞ、みたいな感じでね。僕はシュンとしていたんですけど、リハーサルに行ってビックリしたのは、会社の人間が机に足をバーンと乗せてね、「はい、誰でもええわ、面白いことやってみい」いきなりこんな空気になる訳ですよ。みんな、ビックリして。もっと優しくね「どうして松竹芸能に来たの?」とか「お笑い芸人さんで、好きな人は誰?」いうオーディションか期待していたら、「何も言うことなかったら、はよ帰れ!」こんな感じなんですよ。だから、みんなトボトボ出てくるわけ。そこへ僕、行きましてね、同じようにすごまれて、「帰れ!」と言われて、これは何かやらないといけないなと思って「田原俊彦の物まねします!バイバイ哀愁デート」とやったら、「時間取らすな!」と言われましてね。(笑) あー、落ちたなと思ったら、合格しました。だからね、プロって凄いな、学校で友達の前で笑いを取るというんじゃなくて、お金を払って来るお客さんを笑わせてこそプロだから、ということで。[相手は笑っていない、怒っているみたいな感じで] ― そこを如何に笑わせるか。その空気にも負けないでやるか。松竹で一番学んだところは、そこじゃないかな。だから、どんな演説会でも、どんな街頭での訴えでも、最後まで誠心誠意やり切る、心の根性が付いたかなと思いますね。テレビにも出ましたけど、テレビカメラ回っていて、僕らの漫才、シケシケでもう途中で止めたいぐらいなんですよ。それでもカメラが回っている以上、最後までやらないといけないじゃないですか。凄く辛いんですけれど、それはやっぱり、やり切る責任感とか、やり切る大切さというのは学びました。[やり切るということですね] ― 本当にそれは良かったと思います。今、テレビに出ているタレントさん、お笑いをやっている方々はそういう競争を潜り抜けて活躍されている人たちですから、凄い努力してると思いますよね。[でもね、天性のものもあると思いますよね。バラエティー番組、トーク番組でひな壇とかに前、よく座っていましたけど、必ずテレビで拾われる人は普段、ベラベラしゃべっていないんですよね。この人いた?という位なんですよ。それで、一分、パッとしゃべったのがパッと使われる、そういう人が多いと思いません?あれは凄いですね!] ― 僕らもいろいろテレビ局からインタビューを受けていることがあるじゃないですか。その時でも抜かれるのは7秒か、8秒ですよ。ダラダラしゃべっていても。この7秒位でしゃべれる人というのは、僕は小泉純一郎さん、それから息子さんの小泉進次郎さん、それから橋下徹元大阪市長。やっぱりね、もうカメラ向けられたら、何を画面を通じて伝えるか。簡潔に、これは凄い才能だと思います。[何を求められているか、そして何を言わなければならないかというのが瞬時にわかるんですよね] ― ああなりたいですよね、本当に。[共産党でも、志位さんね、皆さん、お会いしたことないと思いますけれど、実際に会ったらファンになっちゃうと思いますよ。背が180センチ位あるんですよ。みんな、小太りだと思うでしょ。違うんですよ、すらっとして。テレビと違うんですよ。そこは言っておきたい] ― 志位さんね、今、人気急上昇中ですから。いろんなメディアにも出ておられますし。[みんな、街頭演説で見て、驚くんじゃないですか?あー、こんな人なんだ、みたいな] ― で、ソフトですしね。そこは素晴らしいなと思います。[そしてなんと、95年の4月に阪神淡路大震災] ― そうなんです。これが僕が松竹を辞めたきっかけ、お笑いをやめ、政治家になるきっかけになったのが、95年1月17日の阪神淡路大震災なんです。僕は松竹芸能でタレント部にいて、最初漫才をやっていたんですけれど、背が高いし声が通るから、俳優部の方に移りなさいと声をかけて頂いて、俳優部に移って頑張ったら刑事ドラマに出してやると。生瀬勝久さんなんかも出てた「部長刑事」という土曜日の夜、7時半からやっていた番組があるんですけど、それに使ってあげるよと言われて。ホントですか!?と言ったら、最初は死体役からと言われまして。「動いたらあかんで」と言われて。「犯人役を2,3回やって、筋が良ければ刑事にしたる。俳優部に来るか?」と言われて。俳優部にお世話になります、ということで漫才をやめて俳優部に入って、「冒険宝島」という子供向けのミュージカルの仕事を頂いて。海賊Aという役だったんですけど、一生懸命に頑張っていたら、海賊のリーダーに昇格になって。セリフは多いし、ヒロインの女性をさらう役もあり、子役の男の子とからむ役もあり。そうしたらね、スポンサーさんがコマーシャルに使ってやろうという話も頂いて。おれは俳優として頑張ろうと誓った矢先、クランクインの前日に、阪神淡路大震災で中止になりました。[それは凄い運命ですね。どうしようもない話ですものね] ― がっかりしましたけれど、先ほどの合気道の友人が登場するんです。「ボランティアに行こう」と。[何者なんですか!凄い人ですね!] ― 要所、要所に出てくるんですよ。[共産党の人なんですか?] ― まったく、関係ないです。小学校からの友人なんですけど。彼がボランティアに行こうということで、まだ仮設住宅が出来ていませんでしたからね、体育館に防寒着を持って行ったり、インスタント食品を持って回ったんですよ。その時も、腕に赤い腕章を付けた人が一生懸命ボランティア活動をされていて、それが日本共産党の後援会なんですよね。僕はその時はあまり政治に関心がなかったので、共産党ってなんやろな、という感じだったんですけど。ただ、芸人時代、アルバイトをやっている時にアルバイト先のオーナーが共産党の支持者で、これからの芸人さんは政治のことも語れないとだめだから読まない?ということで、その時から赤旗を取らされて、いや違う、(笑) 勧められて読んで。読んでいる内に、あの震災というのは天災じゃなくて人災だなと。というのは、自衛隊の初動も遅かった。さらには、耐震防火水槽と言って、断水しても火事を消す施設の整備が遅れていたとか。消防車や消防隊員の基準も国の基準に満たしていなかったとか。それからひどいのは、その時の政治のリーダーと言われる人たちが、仮設住宅よりも神戸空港を先に作るべしみたいな、神戸空港で復興だ、みたいなニュアンスでお話されていたのを聞いて知って。これはなんかおかしいよね、と。実際にボランティアに行って、困っている人たちの声を聞いていましたから。政治に求められる役割は何なんだろう?テレビとかで笑いを取るのも凄く大事だけれど、普段の暮らしから笑えるような社会。ひとたび、震災、あるいは病気、貧困、もっと言えば戦争ですよね。こういうことがひとたび起これば、笑えないような社会になる。だったら、普段から笑えるような社会を作るために政治を変えないといけないと思うきっかけになりました。(会場から拍手が起こる)[このねじり鉢巻きは?] ― これはね、震災が終わった後、共産党に入ったのと同時ぐらいに、関西一のたたき売り名人と言われている、極楽亭とんぼ師匠と出会いまして。バナナのたたき売り、聞いたことございませんか?自称日本一なんですね。師匠の師匠は誰なんですか?と聞いたら、「誰だったかなあ~、レコードで覚えたけど」と言われましたけど。(笑) その師匠に弟子入り致しまして、バナナのたたき売りの口上だとか、実際にバナナのたたき売りを教えて頂いて。僕の場合は、バナナのたたき売りに政治風刺を盛り込む、民主的バナナのたたき売りというのを確立いたしまして。私は極楽亭ぺんぎんという屋号を頂きまして。勤めていた喫茶店がぺんぎんと言うんで、ぺんぎんという芸名を頂いて。[バナナのたたき売りって、本当にバナナを売るんですか?] ― 昔はね、門司港で、山口県だとか、九州だとか、海が荒れると船便が遅れるじゃないですか。だから、バナナが青い時に出荷するんですけど、着いた時は熟れちゃってそこで売らないと商売にならないという時に、本当にたたき売りで、もってけ泥棒という感じ。売っていたパフォーマンスで、文化教室だとか、年末年始の宴会の余興にということで。たたき売りや南京玉すだれとか、覗きからくりの芸風の口上ですよね。今細々と、何人かはやっていらっしゃると思います。[それも全部、フェイスツーフェイスですからね] ― そうです。私の師匠ね、戒律が三つありましてね、守らなければいけないというのがありましてね。一つ目は練習してはいけない、バナナをたたく練習をしてはいけないと。たたき売りというのはお客さんとどういう掛け合いがあるのかというのは、現場に行かないとわからない。「高い!」とか「もっと安くして!」とかお客さんが言う。それに機敏に返すためには本番に強くならないとダメだと。でも後で聞いたら、ただの練習嫌いだったんですよね、師匠。(笑) 二つ目は師匠にビールをおごるという。逆だと思うんですよね。(笑) 三つ目は師匠よりウケたら即、破門。これ、ひどいでしょ。(笑) でも、師匠に出会っていなかったら、政治家にはなっていたと思いますけれども、今の僕のスタイル。演説会だとか街頭だとで、出来るだけ多くの人達に楽しく聞いて頂きたい、分かり易く伝えたいというスタイルは出来なかったんじゃないのかなと思っています。そういう点では師匠のお蔭なんで。「師匠また、ビールをおごります!」(カメラ目線で)[必ずカメラ目線ですね。(笑)バナナのたたき売りはやって頂けるんですか?] ― はい、最後にやります。チャンネルはこのままで。「みわちゃんねる」のままでお願いします。[バナナ一つとっても、蓮舫さんのお父さんはバナナを日本に輸入されて、共産党の清水議員はバナナのたたき売りをやっていたという。エトセトラが永田町にはいっぱいありますね!] ― 国会議員になったら、やったらダメと言われていたんですけどね。[党の方から?] ― 志位さんから。あ、嘘です。(笑)志位さん、謝ります。(笑)[共産党に入られて結婚ですよね。赤旗祭りで知合ったんですか?] ― いえ、串カツ屋さんで知り合いました。大阪の串カツ屋さんで、僕も常連で彼女も常連ということだったんですけれど、偶然出会いまして。何の仕事をしているの?と聞いたら、OLです。アパレル関係です。あなたは?というので「共産党で働いています」と言ったら、私、共産党大嫌い~と言われて。なんで?と聞いたら、権利ばっかり主張して反対ばっかり言ってということで。それは違うよと政治談議になりまして、その内消費税とか自衛隊に話で盛り上がって。するとカウンターから店の店主が、「お客さん、うちの店でそんな政治の話は止めてもらえますか」という風に言われたんですけど。(笑)すごく言い合いというか討論になって。お互いいいたいことが言えるよね、みたいな感じで、付き合うようになりまして。[今は二人とも党員ということですよね] ― はい、そうです。「党員の活動せいよ!」(カメラに向かって)[串カツの二度付けは禁止なんですか?] ― 二度付けはお断りですけど、口づけはオッケーでした。(笑)あとでまた、嫁さんに怒られると思います。(笑)[そして、2007年に大阪で市会議員に当選ですね] ― 大阪市福島区というところで、定数が2なんですよね。16年間、共産党は通らなくて自民党が二議席独占という保守層の多い行政区だったんですけれども、そこに住居も移して、吹田市から大阪市に移して。後援会の皆さん、支持者、党員の皆さんと頑張って。第一位で当選させて頂きました。[第一位で!はあ~] ― 決め手はね、もちろん住民運動もいろいろ頑張りました。合わせて、生活相談活動。やっぱりね、各格差貧困が広がる中でね、うちの事務所の前を行ったり来たりする方がいらっしゃって。やっぱり、敷居が高いんでしょうね。で、相談事がありましたらどうぞ、という形で、毎日生活相談にのっていました。それと街頭演説ですよね。街頭演説も、駅前、スーパー前に力を入れましたね。スーパー前は大売出しの日に、必ずスーパーごとにやっていますから、その日にめがけて定置定点でマイクを持ってやるんですよ。最初はスーパー前でやっていると、チリンチリンと自転車のベルを鳴らされてね、大阪のおばちゃんに。「邪魔や邪魔や」とか言われて。ところがこれね、三か月やると、「また来てるはこの子」と言われて。半年やってると、「よう頑張ってるなあ」と言われて。一年経ったらね、「ビラもらうわ」と言われて。二年やりましたらね、今日、「あんた来てるから火曜日やな」と言われるようになりました。スーパー前で声がかかるようになって、スーパー前のスターという形で、スーパースターと言われるようになりました。(笑)(会場から拍手が起こる)ありがとうございます!福島区で当選させて頂いたんですが、2010年に参議院選挙、大阪選挙区から出馬要請をされまして。[誰から出馬要請があったんですか?] ― 共産党の大阪府委員会ですね。大阪の共産党本部から、参議院選挙というのは党の顔だし、大阪じゅうで頑張る気力、体力がある人、若い人、そして何といっても情勢は非常に厳しい時期でした。民主党がすごくブームだったし、みんなの党もすごく人気の時だったので非常に厳しい条件だったんですが。一番強い奴が出ないとだめだよね、と言われて。それは凄く、僕、責任だなと思って。そういう風に思われてるというのが、すごく嬉しくて。ただ、地元の皆さんには一期務める途中で大阪市会議員を辞職しましたから、それは本当に申し訳なく思っていますので。国政の立場からね、大阪市福島区のためにも頑張りたいと思っております。[代わりに奥様が出れば良かったのに] ― うちの妻は内弁慶ですからね。家では総理大臣ですけれども。(笑) 僕は掃除大臣ですけれどね。嫁さんはホントにたくましいですよ。外へ行くと、「しゃべれない、マイクでしゃべれなーい」こんな感じですよ。よく政治家の奥さんで凄くお話上手な方いらっしゃるじゃないですか。自民党とか。政治家の妻ですというタスキをして、後援会とかで「私の夫を男にして下さい!」みたいなね。凄いじゃないですか。うちの妻、全然ですね。無理。そこ汚れてる!洗い物しいや!(笑)「うそやで」(カメラに向かって)[相性がぴったり合うんでしょうね (笑)] ― よく喧嘩もしますけど、すぐ仲直りします。[共産党の方は落選に慣れていますからね] ― (笑) それはおっしゃる通り。[一度ぐらいの落選でね。別にね。生涯、受からない人もいるんだから。どれだけ見てきているか、生涯受からない方を] ― 元々ね、議員になるために共産党に入ったんじゃないんですよね。共産党に入った時は赤旗新聞の出張所長ということで、赤旗の配達や集金や管理をするという仕事を長年やりましたから。[共産党は政党助成金を貰わないというところがね。赤旗ですよ] ― コツコツと、365歩のマーチで頑張りました。[そして落選して、衆議院選に出てみい、どうだ?と言われた訳ですね] ― 2014年の前の2012年でも落選するんですけれど、参議院選挙を落選してから、地域の方々と活動を共にしたり、いろんな学習会の講師を仰せつかったり。それから、いろいろな団体、経済界もそうですし、いろんないろいろ分野の方々と懇談、申し入れをさせて頂く機会をたくさん頂いて自分自身の政治家としてのキャリアといいますか、スキルというのが、凄く上積みされた時期だったと思うので。家の妻は、あんたここで当選していたら、本当に天狗になっていたよねと。参議院選挙で当選していたら。ここで落選して、地域を回って。やはり謙虚な気持ちを忘れたらいけないということで。常に妻に言われております。[2014年に初当選ということなんですが] ― 比例代表で当選ということになるんですが、大阪4区重複で当選したのは初めてだと思います。[小選挙区はもちろんですけど、比例で受かる人もいなかったんですね] ― やっぱりね、ぶれずに頑張ったのが認められたんじゃないかと思うんです。民主党さんがブームだとか、みんなの党さんがブームだとか維新の党がブームだとかなると、ともすれば、どこの政党に行くと自分は受かるだろうか、有利だろうかという風に。もちろん政治家ですからバッチ付けてなんぼですから、そういう風に考えるということが決して悪いとは言いませんけども、先ほども言いましたように、政治家になるというよりは、世の中を良くしていくためには共産党をもっと強く大きくしたいよねという思いでやっていますから。負けたら悔しいですけれども、それが必ず次につながっていくという確信がありましたので。へこたれずにずっと頑張れたし、わき目も降らず。もう直ぐフリーエージェントなんですけど、共産党に残留しようかなと。オファーも来ないですし、はい。[国会議員、共産党はどの位いらっしゃるんですか?] ― 衆議院が21名、参議院が11名。合わせて32人なんですよ。32人なると、廊下を歩いていても食堂に入っても、議事堂に入っても同僚議員とすごく会うんですよね。エレベーターに乗っても会うんですよね。嬉しいですよね。32人ですから、30人学級だったら、2クラスに分けないといけないとダメな位、共産党が躍進してですね、参議員選挙でももっと増やしたいなあと。[この国民連合政府というのはなんですか?] ― 大事な掲げているスローガンですので、それを皆さんに後ほどお話しさせて頂きたいと思っています。

 

●最近の政治トピックス

基本、僕は法務委員会ですので、法律、裁判、刑法、民法を。[ご紹介頂いた、井出さん、その前の山尾さん、アニー議員] ― 三人とも法務委員会で同じ理事会対応だったので、野党共闘でいろいろ頑張って来たということもありまして。法務委員会でどんな意気込みで頑張っているかと言ったら、いろいろあるんですけど、一つは冤罪を無くしたいですよね。冤罪根絶。袴田さんの事件もありましたし、大阪の東住吉でも無期懲役の判決を受けていた方が釈放されると。冤罪とか違法な取り調べ、そういうのを無くして、本当に無実の人を裁くことの無いような、刑事司法をどう確立していくかを真面目に追及していきたいと思っています。僕は弁護士じゃないのですが、法務委員会は弁護士さんとか検事さんとかたくさんいらっしゃるんですよね。ただ、その分、一生懸命に人一倍勉強して質問の準備も怠らずに頑張って秘書の皆さんともチームワークで頑張るんですよね。先日、ある大阪の大先輩の弁護士から誉められましてね。君の法務委員会の質問はなかなかいいよ、仲間内の弁護士で評判だよ。何がいいかというとね、専門用語が出なくて分かり易いと。(笑)

ネット配信とか質問もあるじゃないですか。聞いていて分かり易く、多くの人に見てもらうというのは大事です。[世界中に発信ですからね。最初におっしゃったように反対のための反対ではないという。でも、結構みんな反対ですよね、共産党って] ― そうでもなくて、いいことには賛成します。国会でも四割か五割の法案には賛成しますよね。僕の衆議員選挙に出た時のポスターは「賛成です」と書きましたから。わざわざ。反対ばっかりと言われるから、いえいえ、賛成ですよと。だから、いいことには賛成。何に賛成かというと最低賃金の引き上げとか、中小企業向けの減税とか、もっと若者の雇用を増やそうだとか。「賛成です」というスローガンで頑張りました。[キャッチーですね!] ― 有難うございます!次もそれでいきます。[賛成ですと書くと、絶対に自民党だろうと思っちゃいますよね] ― 結構、インパクトはありましたね。反対ばっかりと思われていますけど、実はそうじゃないですよね。例えば、自民党さん一緒に賛成する法案もあります。民主党さんが反対で座っている。あるいは議場にいない。自民党と共産党が一緒に立っているとかね。市会議員の時もありましたけれども。四割ぐらいは賛成していると思います。[そうなんですか!全然、取り上げられないからね] ― そうなんですね。限界があると思うんです。今のメディアの。テレビ、新聞では伝わらないことがたくさんあると思うので、僕たち議員自身がもっと発信していかないとだめですね。今はSNSもありますし。ネット配信も出来ますから、やっぱりやるべきですよね。[選挙協力とかはどうなんですか?最近は変わってきたんじゃないんですか?] ― 今共産党は民主党だけじゃなくて、いろんな政党と野党協力をしようと。[大阪では自民党と共産党が?] ― はい、今回は自民党、民主党、公明党さんも含めて。[それで票を減らしたと聞いたんですけど] ― そうでもないですけど。うちが応援しなかったら、もっと票が少なかったと思いますね。だから、政治的な大義はどこにあるか、なんで国会では自民党と対決して安倍打倒とか言っているくせに、大阪では自民党と一緒にやっているのか意味わからん!とよく言われるんですけれど、政治的な大義はそのつど、そのつどそこにあるか。国会では僕たちが戦争法と呼んでいる安保法案は憲法違反だから廃止をして、国民の手に憲法を取り戻そうというのが大義。そのために協力しようと。大阪では民主主義と住民自治、これを取り戻すために協力しようという大義ですから、そこはしっかりと軸足をぶれずに頑張る。そういう柔軟性というのは逆に共産党のいい部分じゃないかなという風に思うんですよね。中央では反対しているからは絶対に地方では手は組めないとか、そんなことではありませんし。岩手とか北海道では維新の皆さんと一緒に知事を応援するということもありましたから。ですから、地域ごとにいろいろな特性があると思いますし、可能な限り協力していくというのが大事。今、自民党が強いですから。国会では一強多弱と言われるじゃないですか。どうしても参議院選挙では一人区が多いので野党協力が必要ですし、何よりもね、国民の皆さんが野党は協力しろと。野党は共闘せよと。選挙協力頑張れという声をかけてくれているので、それに応えることが今は大事なんじゃないかなと思っています。[共産党さんがよくおっしゃっているブラックバイトの件ですよね。ブラック企業とか。全国区になった言葉ですけど、本当に無体なことを押し付けているのは問題だと思うんですけど、若い人の働くという気持ちがそげてきてしまうのじゃないかという心配があると思うんですけど] ― 両面あると思うんですよね。私たちは非正規や派遣で働いている人がすべてだめかというと、そうではなくて。望んでそういう働き方をされている方が当然いらっしゃるわけで。ただ諸外国に比べて労働法制があまりにも酷い。たとえば労働時間にしても、最低賃金にしても派遣や非正規に対する労働法制についても、諸外国に比べるとかなり規制緩和していますよね。ですから、頑張る人たちが報われる、例えば派遣法でいうと3年間働いたら正社員になれるとう道が残されていたのに、今度の法改正で閉ざされたということですから。僕たちはだらけているとか、働いてもいない、楽をして食べていきたいという人に手を差し伸べる政党ではありません。頑張っていても政治や社会の壁で苦しんいでる人たちに手を差し伸べて、頑張って努力が報われないんだったらあなたのせいじゃなくて、社会や政治責任だからということで、一緒に頑張れる政党。それが出来るのは企業からお金を貰っていないからです。これはやっぱり強みですよね。言いたいことが言える。[清水さんだって、バイトとかして凄く苦労されてこられて] ― いやー、自分で苦労したという人ほど苦労していないんですよ。めっちゃ、苦労しましたよ!聞くも涙、語るも涙ですよ!ほんまに。[共産党が主導していろいろな若い方の声を拾い上げていると、文句を言って、ブラックバイトだと言って企業を訴えるようなことはありませんか?] ― 本当に酷いですよ、今、僕たちが相談にのっているのは。例えば、辞めたいんだけど辞められない、辞めるんだったら次のアルバイトを見つけてこないと、辞められない。もし辞めるんだったら、違約金を払え。残業代はいっさい払わない。交通費も出さない。脅したり暴力を振るったり。そういうのは本当に許せないですよね。[そういのは昔でも酷いし、今でも酷いじゃないですか。ちょっとしたことで根を上げたりする大学生が増えてしまったんじゃないかなという。自殺する方もいらっしゃるので、本当にシリアスな問題ですけど] ― やっぱり正規、非正規含めて日本は労働時間が長いですよね。なんでそんだけ長く働かないといけないかと言ったら、それ位働かないと食べていけないから。シングルマザーの方でいうと、ダブルワーク、トリプルワークをやっていますよ。何でそこまで働かないといえば、そうしないと食べていけない、もっと言えば働いていないシングルマザーよりも、働いているシングルマザーの方が貧困率が高いわけですよ。これって本当に矛盾してません?働かない方が楽じゃん、ということになる。働いている人たちがちゃんとしたルールで守られて、しっかりと働いた分の所得を受け取ることができるようになれば、僕はもっといい世の中になっていくと思います。[うわべで申し訳ないんですけど、共産党さんの政策を聞くと、働こう!とか頑張った人たちが報われるのとは違うなと、思ってしまうんですよね] ― むしろ、そうでない人たちには厳しいというか、頑張っている人たちを応援する。一番気を付けないといけないのが、頑張らない人もいると思います。頑張らない人がいることをもって、圧倒的多くの頑張っている人達を救わない、放置するということになると、これは政治の責任を果たしたと言えないと思いますので、そこに光をあてるというのが凄く大事なんじゃないでしょうか。

 

●今だから言えるあの日のあの出来事

 

共産党という政党は先ほども言いましたように、議員になろうと思って、候補者になりたいから入るというのはほとんどないんですよね。ですから、圧倒的に多くの共産党員の方は会社員であったり、あるいは学生さんであったり、お医者さんであったり、大学の先生であったり、主婦の方であったり、年金生活者であったり、様々なんですよ。そういう人たちの思いを政治の世界で実現させるために、候補者になったり、議員になったり役割分担でやっているという感覚なんですよね。[まず、党員になって見られるということですよね。集金率がいいとか] ― はい、それはそうですよね。赤旗新聞の配達集金、もっと言えば拡大ね。読んで頂く、購読のお勧め。これ本当に大変ですよ。地道ですよ。こういう努力というのは光が当たり難いじゃないですか。華やかに議会で質問したり、演説したりするのにスポットライトがあてられますけど、それを僕たちが出来ているのは、僕自身も経験しましたけれども、日ごろ日常的に赤旗の配達や集金や、あるいはビラを配って頂いたりしている人たちの力なんですね。それで、僕が結婚する時にですね、妻は当時は党員ではありませんでしたし、ご両親はどちらかというと保守的な思想の持ち主で、地元では自民党の議員の後援会をやっていたみたいなね。(笑) 娘の連れてきた結婚相手か知らんけど、どうやと。聞いたら、議員でも何でもないと。お父さんにね、結婚したいか知らんけれど、あんたは将来、議員か秘書になる気持ちはあるのかと。私は今、美和さんにお話ししたように我が党ではそういう思いでやっている人はいませんと説明するんだけど、特殊な世界のように捉えられて。違うやろ!と。議員か秘書にならんと、あかんやないか!議員になりたい、秘書になりたいという夢も希望もないような奴には娘はやれん!という風に言われたんですよ。[正しいですよね。(笑) ] ― 娘を嫁がせるのに、結婚相手としてどうなるのか。その時僕は、赤旗新聞の配達集金でね、決して貰っている給料は多くありませんし、休みは少ないし、帰って来るのは遅いし。そういう地道な仕事じゃないですか。その時に妻の兄がおりましてね、「清水君、嘘でもいいから議員になるって言え。もう、嘘でええやんか、納得せいへんから、おやじ。」と言って頂いたんですけれども、噓までついて議員になりたいと言えなかったし、言いたくなかったので。しかしまあ、結婚したい、お父さんお母さんが安心してもらうためにはどう言えばいいかと悩んだあげく、最後にね、おとうさんおかあさん、議員になるかどうかわかりませんけれど、将来必ず、物も言えない位、偉くなることは間違いありません!って言ったんです。そうしたらお父さんは暫く言葉の意味を考えた後、ま、それやったらええか。と許して頂きまして。ですからね、市会議員に当選したり、今回、国会議員に押し上げて頂いたのをずっと見てくれている訳じゃないですか。凄くそこは喜んで頂いているんじゃないかなと思っています。これ、裏話です。[共産党の歴史的な変遷をまさに今、感じていますよね] ― 一発目に私が出ましたので、後の方々がやりやすいと思います。(笑) [共産党がこの明るさと、このPRの力を持ったら、みんな怖いと思いますよ] ― 有難うございます。政策は凄く大事ですし、僕たちも自信を持って。みんなが幸せになれる社会というのは大事だと思うので、大企業の一部の人達だけ、一握りのお金持ちだけじゃなくて、先ほどおっしゃったように、一生懸命に頑張る若者も含め、かつて焼け野原となった日本をここまで立派に復興して頂いた、おじいちゃんおばあちゃんの世代ですよね。安心して豊かな老後を送ってもらえるように。もちろん、アメリカともどの国とも仲良くしていかないといけないと思いますけれども、主権国としてしっかりと独立した外交をやっていくことも大事だと思いますし。何といっても共産党は戦争に反対した唯一の政党ですから。命がけで先輩がたくさん亡くなりましたけど、そこに誇りを持って、平和な日本を目指すために頑張っていきたいと思います。(会場から拍手が起こる)[まずはね、自民党との連立からやって頂いて](笑)かつては、自民党と社会党が連立したことがありましたよね。そういうことが無いとはいえない。ただ、僕たちは国民連合政府というのを目指しておりまして、民主党さんも含めてね、それから社民党さん、維新の党さん、大阪維新の党さん、それから生活の党と山本太郎と清水忠史とみわちゃんねると愉快な仲間たち、(笑)こういう人たちとも、いろんな人と手を携えて。政党だけじゃなくてね、学生団体のSEALDsとかも声を上げるようになりましたし、団体、個人の方々とも力を合わせて。やっぱり、立憲主義をしっかりと国民の手に取り戻す。憲法を守り抜くという立場で、協力、共闘、選挙協力が実現したらいいなあと思っています。[凄い!赤旗が3部位、増えましたね]― こちらにお申し込みをお願いします。[清水さんの紹介と言って下さいね。(笑)]

[それでは最後ということで、得意のバナナのたたき売りの口上をお願いします]

(清水議員のバナナのたたき売り口上が軽快なテンポで始まる)

 

ばーちゃん、因縁聞かしょうか。生まれは台湾台中の、阿里山麓の片田舎。

美人の娘に見初められ、蝶よ花よで育てられ。

ほんのりお色気付いたころ、一房、二房もぎ取られ。

国定忠治じゃないけれど、藤丸(とうまる)お籠に乗せられて。

がたごと列車に揺り揺られ、着いた所が「みわちゃんねる」

わしのバナちゃん、六百円。六百高けりゃ、五八(ごんぱち)か。

権八(ごんぱち)昔の色男。それに惚れたが小紫。

もひとつ負けとけ五五(ごんごう)か。ゴンゴン鳴るのは鎌倉名物、鐘鳴れど、

金で浮世が済むのなら、仙台、伊達公、何故に高尾は惚れなんだ。

同じ惚れるというのなら、福祉と暮らしを守り抜く、

共産党の衆議院議員、清水忠史に惚れなはれ~!

 

 

このバナナ、美和さんにあげます。[有難うございます!]

 

[有難うございました!はっぴの後ろを見せて頂けますか?] ― 後援会の方に作って頂いた、バナちゃんはっぴでございます。ここに「しみずただし」の刺繍もありまして。(憲法9条の前掛けがカメラにアップになる)憲法9条でしょ、それから13条の幸福追求権、19条の思想信条の自由ね、24条両性の平等、25条生存権、26条教育を受ける権利、この6つの数字でロトシックスを買っています。はい、全然当たりませんので。(笑)

 

Q1;共産党のイメージからすると、とても面白かったと思います。考え方、政治信条は党によって違うと思うんですけれど、今日のお話の中で9条の精神が素晴らしいというお話もありましたけど、憲法の前提として平和を愛する諸国民というのが前提にあると思うんですね。ただ、国際情勢も厳しい状況で北朝鮮では平気で日本人を拉致していたり、核ミサイルを作っていたり、中国では海洋進出を進めていたり、隣のチベット、ウイグルでは人権弾圧をされているという。平和を愛する諸国民であれば9条の精神はいいと思うんですけど、なかなかそうはなっていないというのが現状だと思うんですね。安保法制反対という立憲主義のお話もありましたけど、個別的自衛で守れないかなという部分も考えています。そういう意味では、もちろん弱者救済、平和を愛するという理念は素晴らしんですけれども、現実を見れば政治家の方は国民の生命財産を守って頂くそういうお仕事だと思うんですけれど、こういう状況のなかで果たして日本を守っていけるかなという不安もあるんですが。その辺はかがでございますか。

 

清水議員;よく言われるんですけれど、私たちは無抵抗主義ではなくて、万が一、他国が侵略をしてくる、攻撃をしてくるということになれば、個別的自衛権の範囲ですから海上保安庁だとかあらゆる警察力、そして自衛隊も活用してですね、国民の生命財産、領土を守るというのは、当然のことだと思っています。これは僕が個人的に言っているんじゃなくて、共産党の綱領にも急迫不正の侵害には自衛隊も活用して対応するとしっかり書かせて頂いています。中国が本当に脅威かどうかなんですけれど、これは岸田外務大臣が国会の答弁で脅威ではないと、こう述べられました。今、日本と中国は最大の貿易国、アメリカを抜いて最大の貿易国ですし、中国からの観光客もどんどん日本に来て頂いていますし、爆買いツアーなんていうのをね、やって頂いて経済を潤す面もありますし。日本の企業が中国にたくさん進出して、そこで地元の雇用もたくさん生み出している。ですから、日本にとっても中国にとっても、なくてはならない互恵関係にあると思います。時々、中国なんかやっつけてしまえ!という人に限って来ている服は中国製ですからね。(笑)そういった意味では仲良くしようよと。ただ、最近の中国の動向を見ているとね、尖閣諸島の領域内に入ってくるだとか、あるいは南沙諸島にですね、様々な基地建設をやるだとか国際的な緊張関係を作り出そうとしている向きはあるじゃないですか。こういうことは絶対に許せませんし。私たちは尖閣諸島についても、これは日本の領土とはっきりと中国に訴えていますし、言うべきことはしっかりと言うと。ただ、軍事的対応に陥ると、やったらやる、やられたらやり返すとエスカレートしていくと思うんですね。北朝鮮のお話もありましたけど、北朝鮮というのは食料が無くて国連から支援を受けているような国です。軍事費でいうと、韓国の四分の一、日本の十分の一、アメリカと比べると八十分の一軍事力しかありません。抜けない竹竿を持っているような感覚で私はいるんですよね。何よりも38度線で対峙しいてる韓国自身が北朝鮮と戦争しない、戦争にならないように、平和的に外交的に解決しようと六か国協議の枠組みの中でもしようとしていますので。私は憲法九条の精神で、自衛隊については憲法違反であることは間違いないと思っていますけれど、現にある自衛隊を多くの国民の方々が必要だと考えておられる以上ですね、これは共存しているということだと思っています。ですから、先ほどの合気道の精神じゃないですけれども、シリアとかイラクの内戦の問題、イスラム国とかアルカイダを生み出してきた背景には貧困格差の広がりがあると思うんですよね。だから、憲法九条を持っている日本こそ和平交渉進めることができる、大きなイニシアティブを発揮することが出来ると思いますし。万が一、有志国連合に加わって空爆に参加するようなことになると、またそれが憎しみを生み出してテロの参加をもたらすのではないかなと思っています。集団的自衛権というのは、売られていない喧嘩を買いに行く理論だと思っていますので、PKOに参加する国際平和もあると思いますけれど、むしろ、日本にしか出来ない交際貢献の仕方というのがあると思いますので。ただ、攻められたらどうするんだ、本当に日本の領土や安全をどう考えているのかという疑問、今頂いたような質問を本当にたくさん、頂いていますので丁寧にお話しして、説明をしっかりしていきたいなというふうに思いました。有難うございます。

 

[今日は本当に有難うございました。驚きましたね] ― 最後、真面目やったでしょう。(笑)[根本は重々承知していますけど、そこだけ崩して最後、ビシッと決めるという所がね。こういう党員が増えたら本当に脅威でしょうね]」― 最後にトンチいいですか?お礼に。美和さんがお召しになられている、素敵なジャケットとかけまして、私たちが一生懸命、配達集金している新聞、赤旗とときます。そのここ心は生地が(記事が)とっても素晴らしい![キャー!] ― ぜひ、ご購読をお願い致します。(深々とお辞儀する)