濱村 進
濱村バスト
第155回
2015年05月27日 放送

公明党 濱村 進

『会いに行ける国会議員 みわちゃんねる 突撃永田町!!

USTREAM akasaka plus』

第155回のゲストは、公明党 濱村 進  衆議院議員でした。

社会人になってからもラグビー選手として活躍したラガーマン。

ヘアスタイル、出で立ち、小物に至るまで、さりげないおしゃれが光り、メンズクラブのモデルさんのようでした。

野村総合研究所から突然の政界入り。二期目の現在、内閣委員会や地方創世委員会で

の発言が際立ちます。

(動画より文字おこし)

公明党 近畿ブロック 2期目(2015年5月27日収録時点)

[公明党の議員さんは、(濱村議員で)5人目? 6人目?]―6人目と、さっき伺いました。[今年はずっと公明党ですね]―ところがですね、もうすでに次の次が変わるかも知れない。次の方が少し面白い方なんですね。[その方が公明党ではなくて、自民党にいく?]―いやいや、そうではなくて。その方がどうしても自分の大学時代のお友達を、と。どうしてもそっちに行きがちなんですよ。[それは、野党ですか?与党ですか?]―野党でございます。[意外な展開ですね。公明党と言えば「鉄の結束」ですから、絶対他には回さないイメージがあったんですが]―実は私もそう思ってたんですよ。私も他党に色んなお友達がいますんで、他の方にパスを投げようかと思ったんですけども、(今まで「みわちゃんねる」に)出てこられた先輩方に話を聞くと、「しばらくは公明党で」と言われたわけです。そうするとですね…[それは、遠山清彦さん?]―正解です。[やっぱり(笑)]―遠山さん、樋口さん、この2人から言われまして、じゃあしばらくは党内でパスを回そうかと思ってたところ…まあ、私は回しました。で、一応先輩方のそういう意向も伝えたんですね。まあ後で話が出来ればと思います。[わかりました、楽しみです。国会が始まっていますね]―私は内閣委員会と災害対策特別委員会と、地方創生特別委員会、この3つがありまして。地方創生はずっとわが党内でもやってきていたのとともに、党内にある「活気ある温かな地域づくり推進本部」という、地方創生のための本部の事務局長もやらせていただいてますので、地方創生に力を入れている、ということです。[先生は御髪が多いですね。地毛ですか?]―地毛じゃなかったらどうしましょうね(笑)。見ていただければわかるように、地毛です。[しっかりした髪の毛されてますね。顔も小さい]―顔が小さい、脳みそが小さい、その程度です(笑)。

●「幸せ度数年表」

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第155回濱村進先

 

[1975年。どちらで生まれたんですか?]―岡山県の倉敷市で生まれました。[因みに今、何区から出ているんですか?]―近畿比例ブロックなんですね。比例単独で出させていただいております。近畿の中では兵庫県を中心に回らせていただいておりまして。兵庫県と何の縁があるんだ、と言われると、大学時代と社会人の時に少し住んでいた、そういう縁があります。[もともと比例で出ている、ということですか?]―もともと比例です。[(幸せ度数年表で6歳の時) 優勝?]―いきなり優勝します。この時点で「幸せ度数」はだいぶ高くなっているんですが、何の優勝かと言うと、保育園の相撲大会ですね。[あ、ラグビーじゃなくてね(笑)。昔は肥満児だったんですか?]―肥満児…あの~、言葉を変えると、体格が良かったですね。その後幸せ度数が下がっているのは…中学時代ですね。関西創価中学を受験したんですけど、落ちまして。まあそこは奮起しましたよね。ですので、高校入学はしっかりと。関西創価高校にトップで入りました。[トップって…通達がくるんですか?]―まあ、全部満点なので、トップだろう、と。[…(笑)!すごい人ですね]―そんなに難しくなかったんですね。そこでラグビーを始めて、どんどんハマっていく、と。入学した時はトップで入りましたが、高校2年生の2学期くらいには、クラスでビリから2番をとりまして。進学クラスの理系クラスだったので、如実に順位がわかるんです。[大学はどちらに行かれたんですか?]―関西学院大学に行ったんですが、受験は失敗しました。2年浪人いたしまして、行かせていただけたのが関学だということです。[就職はどちらでしょうか?]―繊維の専門商社に入ったんですが、半年で転職をしまして。[馴染めなかったんですか?]―いや、大変楽しい職場で…カーテンの営業をやっていたんです。(スタジオのカーテン)このカーテンは遮光だと思うんですけど、ライトを照らして見ると、1級か2級か3級かくらいは大体わかる。合ってたんですね、すごい楽しかったんですけど、この先これをやっていても面白味はないのかもしれない、安定的ではあるけれど、と思いまして。まあ、あんまり自分が得意じゃないITの分野に転職しました。あまりIT業界と思われていないんですが、「野村総合研究所」というところに。[そして、結婚]―2006年ですね。[転職先で知り合った女性ですか?]―いえ、高校の時の後輩です。[そして、ケガ、結石。結石というのは、石がたまる…]―尿管結石でございます。まあ、なった方はわかるかと思うんですけども。女性は出産の時の痛みが一番大変だと言いますが、男性はおそらく結石だと(笑)。女性の痛さ、忍耐強さを身を以て知ることができて良かったな、と本当に思うんですけど。結石が発覚したのが、この年の8月1日だったんです。結石を体外に出さなければいけないということで、「いっぱいお水飲んで、運動したほうがいいよ」と言われて。で、この時フットサルに行ったんです。そしたら良からぬことがおきまして、右ひざの前十字靭帯を断裂してしまった。それが8月10日で。[泣きっ面に蜂]―そうです。2週間の間に、こんな痛い思いを2回もしなければいけないのかと。[もともとお家はどういうお家なんですか?]―貧乏な家でしてね。倉敷にいる時は喫茶店を開業していたんです。倉敷市役所の前あたりでやっていたみたいなんですよ。[じゃあ、どんどんお客さんが来ますね]―ところがですね~、どうだったのかわかりません、わかりませんが、大阪の堺で花屋をやっている親戚の手伝いにいくために、我々家族で堺に引っ越したんです。それが6歳の時。ずっと花屋をやっておけばいいものを、(おやじは)サラリーマンになった。サラリーマンになったらリストラに遭いまして。おやじはしばらくずっと働けずで、小泉構造改革のお陰でタクシーの運転手になれたんです。[規制緩和で。良かったですね~(笑)]―本当、そうなんですよ。いまだにタクシーの運転手をやっていますけどね。[面白いですね、お父様はタクシーの運転手で、息子は国会議員(笑)]―私も調べたことはありませんけど、多分いないんじゃないかな、と。[お父さんが岸信介とか吉田茂とか、そういう世界じゃないですか]―自民党の先生方とお会いすると、大体そうなんですよね。家業が政治家みたいなね。[いいですね、そういうの。活き活きとした感じが伝わってきますよ]―公明党らしいと言えば、らしいというか。庶民の政党でございますので。[お父様に宜しくお伝えください(笑)。そして、お子さんが生まれた]―娘なんです。[2人ともお嬢さん?]―そうなんですよ。1人目の子が生まれた当時は横浜で暮らしてたんですけど、その時に(出馬の)声がかかりまして。これは是非やらせていただこう、と。[皆さんに聞いているんですけど、いきなり電話がかかってくるんですか?]―ほぼ、そうです。[出馬要請の電話は誰から来るんですか?]―まあそれは、あの、某先輩からありましてですね。[みんなここにくると言葉を濁すんですよ(笑)。言っちゃいけないんですか?]―一応私は高校の先輩にあたる方なんですけども。[じゃあ、太田昭宏さんとか山口那津男さんではない、と]―そういう方ではないです。気軽にその先輩に「何の話かな~」と思いながら会ったら…[考えてなかったんですか?]―まあ、考えてませんでしたね。一番やりたくない仕事が3つぐらいあったんですけど、そのうちの筆頭でしたから。[でも創価学会にいるわけですから、選挙を手伝ったりとか、普通の人よりも選挙に対する気持ちは明るいし、よく知っていらっしゃいますよね?]―だからこそ嫌だったんですね~。[(会場内から)学会での役職は、その頃は相当上だったんですか?]―いやいや、相当とかではないですけど、ある横浜の地域の500~600人ぐらいを束ねるぐらいの立場ではありました。[じゃあもう慣れていますよね。バッジをつけているかいないかだけで、やっていることは同じ]―全然違います。法律の知識はほぼなかったですからね。[現在2期目。この2年半、生活がガラリと変わりましたよね?]―そうですね。要は単身赴任ですからね。妻と子供は兵庫県にいます。子供に会いたくて会いたくて、仕方ない。[それを糧に頑張ってる?]―そうですね。[独身だったら頑張れてない?]―独身だったら断ってたかもしれませんね。ある種社会性がなかったりすると、こんな仕事なかなか受けられないんじゃないかな、と。今もまだまだ未熟ですけど、(独身だと)そんなにまだ人間が出来ていないでしょうし、受けられなかったと思います。

●最近の政治トピックス

―今、国会を賑わせているのが、平和安全法制だと思うんですね。今日も平和安全法制の特別委員会が始まったわけですが、大分紛糾していたみたいです。野党の質問の時も、委員長が「まあまあ」とコントロールされておられました。野次が結構出たり、議論があまり噛みあっていなかったり。[私は、議場の花として野次推進派なんですが、前向きな野次ではなかった?]―前向きな野次はほとんど感じられないですね。[野党ということは、民主党ですか?]―民主党さんの時は、私は院内放送を観ていなかったんですが、維新の党さんの時には紛糾していました。議論が噛みあっていなかったですね。[噛みあわないというのは?]―おそらく、様々前提が違っているんだと思います。質問される方の前提がそもそも違っていると、答弁する側もそれにちゃんと答えられない。そもそも今回の法整備は、昨年の7月1日に閣議決定したことを受けて、新法含めて11本の法案でありますよ、と。それ自体が野党さんから言わせれば「戦争法案だ」とレッテル貼りをされて。どこをどう考えても、戦争に行くなんて一言も書いてないけどな、と思ったりするわけです。[でも公明党としては、独自のスタンスとして、政府が出した案とは別なんですよね?]―いえいえ、そういうわけではないです。今回はどういう風に動いてきたかと言うと、自民党さんと公明党でしっかりと与党協議をしてきた、ということです。7月1日に閣議決定するまでも、しっかりと与党協議をしてきました。総理が、もともと我々が与党協議で議論してきたことを充分に踏まえた閣議決定をされたわけですから、そういう意味では我々は政府と同じ思いでやっているわけです。[自公としては、与党協議が終わった時点で終わってるんですよね]―…終わっている、というと言い過ぎですけど。逆に言うと、国会論戦に耐えられるくらいの議論を積み重ねてきた、というのは間違いないので。我々としては、中身には非常に自信を持っています。[そうですか…憲法も改正になるんでしょ?]―憲法改正についてはまだ議論が始まったばかりですけども、我々公明党としても、改正が必要であるならばしっかりと加憲をしていこうじゃないか、と。日本国憲法が70年近くあったわけですが、その日本国憲法に更にこういう条項を加えたほうがいいんじゃないか、ということで議論を進めていきたいと考えています。[これから議論をする時間というのはあるんですか?]―もう実際やっておりますね。[またそういうのが可決されると「審議時間が少ない」と必ず言われるじゃないですか]―まあ、それはね…そういうことは野党の皆さんがよくおっしゃるんですけども、質問の内容を見ていると「もうネタが尽きたかな?」というのが見えてきますので、そうなったら「大丈夫でしょ?充分に審議したでしょ?」と国会として判断する、と。[あとは「地方創生」ですね。公明党さんは地域、地域にネットワークがあるから、任せておくと楽ですよね]―これこそが我々の力の発揮どころなんだろうとは思うんですけど…[民主党にやらせちゃ駄目ですよ]―まあそれは私、コメントしづらいですけども(苦笑)。民主党の先生方も(「みわちゃんねる」に)お越しになられてるはずなんで(笑)。いずれにしても、ここでしっかりと力を発揮したいな、というのは、公明党としても思っております。[地方創生は、地方がどれだけ主動するか、ということですね。いくら永田町が崇高なことを考えても、地域と一体にならないと難しい]―おっしゃる通りです。地方がいかに主体となって地方創生に取り組むか。新型交付金、つまり地方の活性化に役立つ、あるいは地方に人を残していくために役立つような取り組みをやるぞ、ということを地方版総合戦略にのせているような自治体に対しては「新型交付金を配りましょう」という方針が出ているんですが、その方針をどのように持っていくか…。[地域の格差が出る、ということですか?]―それは、出ます。やはり積極的に取り組んでいる所とそうでもない所、そこは差が出てくる。地域間競争になってくるんだろうな、とは思います。一方で地方交付税は財源調整機能がありますので、そこは保持しつつバランスを保っていかなければいけないんじゃないか、ということですね。[公明党さんは支持者が盤石。そういう中で消費税のことは納得してくれているんですか?特に関西の方は1円2円に厳しいじゃないですか]―お金に厳しいことは厳しいので、消費税増税に関して様々なご意見をいただくこともございますし、年金が少ない、これだけで生活なんかできないとお叱りをたくさんいただくわけですが…。[お叱りいただくんですか?そういう所は厳しいんですね]―めちゃくちゃ厳しいです。私もまだ2年5ヶ月ですが、そう考えると支持者の皆さまに大分鍛えていただいたな、と思いますね。で、文句…文句言うたらあかんな(笑)、厳しい指摘をいただいて、それにちゃんと誠心誠意応えられるかどうか、これが議員力の練磨に役立っているんじゃないか、という風に思っております。[支持されているにもかかわらず「ここは違うよ」と言われるのが一番辛いことですよね。支持されている以上は100%にもっていきたいと思っていらっしゃいますよね?]―そうはならない、とどこかで思っていまして…。政策というのは「100%全員が同意できる」というものでもないのかな、と思いますので、より「ベター」な方を、と考えるのが大事だと思います。「ベスト」はなかなか難しいですね。

●今だから言える、あの日のあの出来事

―私、ラグビーをやっておりまして、今もちょこちょこやっています。実は国会には「国会ラグビークラブ」がありまして。2019年に、ラグビーワールドカップが日本で開かれることはご存知ですか? これの「成功議員連盟」というのがありまして、過去に(「みわちゃんねる」に)来られている中谷真一先生が事務局長で、私が事務局次長をやらせていただいているので、常日頃から「どうやってラグビーワールドカップを成功させようか」と色々意見交換をしているんです。そういう中で、地元を大きく見れば、近畿の中には花園が東大阪市にあるわけで。ラグビーの聖地でもありますので、「花園ラグビー場でワールドカップの試合が出来るように」ということで話があったんですが、実はこれ、上手くいくかどうか微妙だったんです。[え、どうしてですか?]―というのは、もともと花園ラグビー場は、近鉄さんの持ち物だったんです。花園くらいの規模であれば、日本の中のラグビーの聖地でもありますし、決勝じゃないにしても準決勝くらいはやりたいだろう、という話があったんです。ですが、そうするためにはスタジアムを少し改修しなければいけない。改修するにしても、近鉄さんに自前でやっていただけるかというと、なかなかそうはいかない、何とか東大阪市さんに譲っていただけないか、という話が…[東大阪市が買い取る、ということですか?]―いや、これがですね、近鉄さんから無償で。[何それ? それ、どういうことですか? そういう事ってあるんですか?]―そういう事ってあるんですよ。上物についてですけど。[持っているだけで運営費がかさむ?]―そうなんです。近鉄さんは「近鉄ライナーズ」というラグビーチームがあって、ライナーズの本拠地として運営はしていたんですけど、なかなか収入的には厳しい、と。何年前か忘れましたが、ライブドアが近鉄球団を買おうとしたことがあったでしょ? あの時に、当時の専務が近鉄球団と花園ラグビー場を外に出そうとしていたんですね。で、花園ラグビー場もその時には東大阪市に無償で譲渡する、と言っていたんですが、東大阪市にしてみれば、コストがかかるし運営出来へん、とお断りしちゃった。その時に活動されていた専務さんが、今の社長さんなんです。そういう状況の中、近鉄さんと東大阪市さんと大阪府知事さんにも是非花園ラグビー場に来ていただいて、近鉄さんと東大阪市さんの間で「無償で譲渡する」と合意を結べるように、日本ラグビー協会の森会長も含め議連で協議をしようと、そういう場がありました。もともと東大阪市と近鉄さんの間で、その譲渡の話が合意に向かって水面下で進んでたんですね。それを、ある新聞社がすっぱ抜いて書いちゃったんです。それで近鉄さんが怒っちゃって、一回破談になりかけた。[それは迷惑な話ですね]―まあ、そういうことってたまにあるんでしょうね。[誰か言ったんじゃないか、って不信感が募ったんでしょうね]―「株主にまだ説明もしていないのに」と。そこなんですよね、おそらく。で、その時に森会長が「そういう話はするなよ」と移動のバスの中で…[圧力をかけたんですね?(笑)]―圧力というか、近鉄さんも東大阪市も大阪府も、皆を笑顔で帰すことが大事な場でしたので。でも、そのバスに乗りあわせてなくて、それを言っちゃった議員さんがいるんですよ。[誰ですか、それ(笑)。それはもう大問題ですよ。引き回しの刑ですよ、議員として! 野党…ですか?]―いやいやいやいや、もうそこはね、あまり追求しないでおきましょう(笑)。いやー、言っちゃったね~、もうしょうがない、と。森さんも言うわけですよ、「君は確かにバスに乗ってなかったね」と(笑)。実はラッキーなことに、私が事前に、花園ラグビー場のすぐ目の前にあるたこ焼き屋さんに頼んでいたたこ焼き20人前が、ちょうどそのタイミングで届いたんですよ。森さんが、そして会議の雰囲気がどんよりして悪くなった時に、私の頼んでいたたこ焼きが届いた。[(笑)それ、関西人のネタじゃないんですか?]―いやいや、ネタかと思うぐらいいいタイミングで届いたんです。[たこ焼きが和ませてくれた]―そうなんです、たこ焼き20人前が皆さんに振る舞われて場が和み、何とか笑顔になった。森さんが私に言って下さったんです、「よくやった」と。で、「あのたこ焼き、いくらしたんだ」と。20人前といっても一舟200円なので、4,000円なんです。たこ焼き屋のおばちゃんも「かまへん、かまへん、そんなんちゃうねん。ラグビーのためやったら何でもするで」って言うてくれはるんです。それで私も「いや、お金はいりませんから」って森さんに言ったんですが、「いや、そういうわけにはいかん」と、森さんは何と3万円私に渡してくれた(笑)。[「損して得取れ」の典型的な話ですね(笑)]―「3万円もらっても、私も困ります」と。とりあえずたこ焼き屋のおばちゃんに一旦お渡ししに行きます、ということで、行くだけ行ったんです。おばちゃんに「何やってんのあんた、アホか~。私そんなののためにやってるのとちゃうねん!」と3万円突き返されて。「この3万円どうしようかな~」と思ってね。ここ(懐)に入れてもええかな~、とも思ったんですよ、一瞬。[ネタですから、皆さん(笑)]―「これは議連にプールさせてください」と森さんにご相談申し上げたら、「やっぱり御党の方は、お金にはきれいだね」と言われましてですね。「自民党の連中だったら飲みに行ってるよ」と(笑)。私も、公明党じゃなかったら間違いなく行ってる(笑)。

●質問コーナー

Q : 今年は戦後70年になりますが、公明党は与党として 、自民党と一緒にこの日本をどうしていくか、国家ビジョンを教えて下さい。

A : 非常に深い話、壮大な話かと思います。我々公明党としましては、党の歴史的な経緯からも、中国とは友好関係を結んできました。そしてまた、「中国・韓国は、文化的には日本からしてみれば恩人だろう」という考え方もしっかりと持ちながら、ただ政治的にはなかなか上手くいっていない。もどかしい思いを持っているというのも事実ではあります。ただ、こういうものをイデオロギーとしてとらえて対立をしてしまうと、決して前に進まないんじゃないか、と思っておりますので…[いつも同じ話になっちゃいますもんね]―そうなんですよ、そうなると平行線で終わっちゃいますでしょ? なので、しっかりと建設的な議論…具体的にどういう措置をするのか。例えば法整備でもそうですし、アメリカとのガイドラインはどのようにしていくのか、というのもそうですし、そういう国際的な協調をしていくことが大事なのではないか、と。この合意形成に、我々公明党としてもしっかりと尽力して参りたいと考えております。

Q : やりたくない仕事が3つあって、「政治家には一番なりたくない」とおっしゃっていましたが、3つのうちのあとの2つを教えてください。

A :  (笑)3つのうちの2つですね。これ、全部言うと角が立ちますので(笑)、少しオブラートに包みながら申し上げますと…。まあ、最初は議員ですよね。公明党の議員にはちょっとなりたくないな、と思っていたのと、某組織の職員になるのもちょっと…。それと、某新聞の販売店の店主にはなりたくない、と。[A新聞ですか?]―いやいや、違います。[身内の新聞?]―いや~それは…あんまりはっきり言えませんけどもね。いや、大変なんですよ。…厳しい質問されますね~(笑)。[でもこうやって身内からそういう話が出ると、人間味がありますね。やはり部外者からみると「鉄の結束」ですから、そんなこと思ってもみないんだろうな、と思っちゃう。普通の組織っぽくていいですね]―普通ですよ、本当に普通です。普通の人間じゃないと恐くないですか?[(会場から)意外と恐いと思っている人、多いかもしれない。創価学会と世の中がもうちょっと解り合ったほうがいいな、と思う事が日々ありますよ]―なるほど…私自身としては、今の立場では何ともコメントしづらいんですけども(苦笑)、引退したらそれ、頑張ってみたいと思います。