牧島 かれん
牧島
第134回
2014年10月08日 放送

自民党 牧島 かれん 衆議院議員

行政学の博士でもあり、大学で教鞭をとられていました。自民党「アベノミクス」の切り札「地方創生」にも活躍して頂けること間違いなしです。自然を愛し、珍しいわな猟の免許も持つ、まさに「永田町のハイジ」です。

(動画より文字おこし)

自民党 神奈川県17区 1期目(2014年10月8日収録時点)

●幸せ度数年表

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134回牧島かれん

[はい、1976年どちらでお生まれになったんでしょうか]-神奈川県の東側の横須賀市で生まれました。[選挙区は違いますよね。]-小田原、秦野南、足柄、足柄上郡、足柄下郡という3市8町で活動しております。足柄上郡は、中井・大井・松田・開成・山北、足柄下郡は、箱根・湯河原・真鶴という8つの町がございます。 [横須賀でご両親は何をされていたんですか?]-今も父も母も横須賀に居りまして、公職についております。母は、趣味でいろんな仕事をしながら父のサポートをしております。 [お父様は県会議員でいらっしゃいますが、小泉純一郎さんの秘書さんだったんですか?]-横須賀で皆さんの為に出来る事は何なのか、と思いながら父は仕事をしてきました。その姿を見ることが出来たというのは、有難い経験を子供時代にさせてもらったなと思っています。 [じゃぁ、ずっと政治に関わってきた一家だったんですね。]-そうですね。生まれた時に地方議会の現場も身近にありましたし、講演会や地域の方達が自宅にもたくさんお見えになって、みんなでいろいろな話し合いをしながら、若い人たちがこの地域で暮らし続ける為にはどんな行事を進めて行こうか、とかそういう話をしている姿を、地域の人達から学ばせてもらいました。そこは原点であると思います。 [そして、高校は横浜二葉]-はい、小学校から高校までの~んびり女子高で過ごさせてもらいました。女子高は良いですよね。女の子を育てるという感じではなくて、1人の人間を育てていくので、もしかしたら共学だと〈文化祭で重たい物は男の子が持ってくれる〉とかあるかもしれないですけど、そういう事は無いので、全部最初から最後まで女子が完結してやります。 [そういう考え方もありますね。男に頼らない精神を作るとか。(スタジオ:笑)]-そうそう。 [1985年にアメリカに一人旅の挑戦をしたんですか?]-そうなんです。小学校3年生です。[え~!心配ですよね。こんなかわいい子・・]-小学生を持つ親になると、親の気持ちが分かってくるので〈これ(すごい)決断だったな〉と思ったんですけど。 [ご兄弟はいらっしゃるんですか?]-2人姉妹で私は長女です。長女として〈リュックサックを背負ってアメリカに行け〉というのは祖母が決めていたことだったんです。 [で、どちらに行かれたんですか?]-ジョージア州のサバンナというものすっごく田舎町です。「風と共に去りぬ」の舞台でアトランタで乗換て行くんですよね。町並みは古くてきれ~いなんですけど、1980年代中ごろの南部なので、〈最近、白人と黒人と黄色人種の子供たちが同じ小学校で、口を聞くようになったのよ〉と言う方がいるくらい、まだまだ昔ながらのアメリカが多少残ってる時代ですね。 [よくいきましたね。アトランタに行くと日本人いないもんね。]-少ないですね。そういう所で、自由なんだけど、でも自分で責任をとりなさい、みたいなことをね。 [何でそこに行かれたんですか?家の方で交友があったんですか?]-そういうこともありました。ちょうど同じ年の男の子の親戚がその家にいたこともあって、小学校の内にいろいろな挑戦をさせて、ということが・・ [みなさん、育った環境って重要なんですよね。私は、八王子から出たことがなかった。]-八王子は勤めてた事があります。女子大で教えていたので。 [純心(東京純心女子大学)ですね。山の上で、八王子きってのお嬢様大学。何を教えられてたんですか。]-はい。その頃は、国際政治に関連する事とか、あと児童英語の指導法とかも多少関わらせてもらいました。で、帰ってきて(から)、この時の思いとかもあったので、大学選びとかいろいろ考えて、一旦浪人しましたがICU(国際基督教大学)に入学しました。 [英語も堪能なんでしょうね。]-生活をし、仕事をする上で必要なものを身に付けて、その後アメリカにも留学をさせて頂きました。 [そしてここで9.11を体験されるんですね。どちらにいらっしゃいましたか?]-ワシントンDCです。危なかったです。ペンタゴンの近くに住んでいて、ペンタゴンから煙が上がるのを見ました。そして、朝サイレンがずっと鳴っていて〈なんかおかしい〉と。ワシントン周辺って、よく爆弾などの警戒態勢がとられることがあったんですけど(その時は)〈これは普通じゃない〉と思いました。で、テレビをつけたらニューヨークが大変なことになっていて、ペンタゴンも大変なことになっていて、で、ペンタゴンから皆さんが歩いて、家に避難していく時に自分のアパートの前を通って行ったんですね。それで、町から人が居なくなって、緊急の態勢をとって、それでもアメリカが1つになろうとした、その様子も解ったし政治が機能しなくちゃならないという責任にも触れたしホントに危機の時にちゃんと政治が動いていないと駄目なんだっていう原点をこの時に実感をして万が一日本で同じことが起きた時に危機の態勢って大丈夫なんだろうかってペンタゴンの煙を目撃した人間としてこれをちゃんと持ち帰って次にしっかりとした体制作りに繋げなきゃならないっという思いがあったことは今の自分を作っている。[3.11の時も日本にいらっしゃったんですよね。2つの大きな事件・災害に遭遇しているわけですが、緊急事態が起きた時アメリカと日本では違いますか?]-トップの発言と発信力が何よりも大事。国民の皆さんに安心をして頂けるように。という事が最大限考えなくちゃいけない。それが、あの3.11の時に日本で出来ていたのか? [いや、絶対出来てない。翌日、管さんがヘリコプターに乗って記者会見をしたのは、私は、21世紀の中でワースト会見だと思います。あれを見た時に余計怖くなりました。]-それが、1番駄目なんです。9.11の時にワシントンDCそしてホワイトハウスにいたメンバー、特に、リーダーが何を発するかという事をやってるコミュニケーションチームが、自分たちがしっかりしなきゃいけない、と。ホワイトハウスから逃げなくちゃいけないんだけども、避難先で民間の企業が自分たちのスペースを提供してくれました。エアフォースワンに乗ってる人もいるし、自宅にまだ居た人もいたし、ホワイトハウスから避難した人もいたし、チームとしてはバラバラに存在してたんだけれども、そこに集約(集結)をして大統領の言葉を決めていく。同時にファーストレディであるローラ・ブッシュが急にインタビューを振られているんですが、その時に〈国は大丈夫なのよ。あなたは守られているのよ。〉という事を、お父さんお母さんに伝えてください、という事を最初に発進している。何も準備をしているわけではないけれども、そういう事がちゃんと自然に言えるんです。今の安倍政権で皆さんから信任をいただいて総理がお仕事していただいてるのは大事ですけれども、やっぱりコミュニケーション部門ってとっても重要です。東北の女性の方たちが少しづつ前に歩んでいこう、という事で、お雛様を作ってるボランティアの方たちが“友達作戦”で来て下さったアメリカの皆さんに、お風呂に入れてもらったこと、声をかけてもらったことを自分たちもありがとう、と伝えたい、と言ってキャロライン・ケネディ大使のところにお雛様を3月に届けたい、とおっしゃってそのお手伝いもさせていただいたんです。ケネディ大使もここまで皆さんが感謝の気持ちを伝えたいって思ってくれたことを、嬉しかったしいっしょにやっていこう、って言って下さって。もちろん、たくさんの国や日本の地域の皆さんも助けてくださったんだけど、心の交流がね、今でも続いてるし、これからもやらないといけないな、と。 [はい、そして博士号を取得したんですね。これは、ずっと大学にいらっしゃって。]-はい、仕事をしながら1つの形として“行政学”で博士号をとらせて頂いた後、立候補を。 [32歳の時ですね。いつかは国政にと思っていたんですか?]-何らかの形で政治に関わる人生になるだろう、とは思っていたんですけど、何処でどういう形でというのは全く決まっていなかったし、政治学・行政学をもう教え始めていたので、教えながら日本の政治が良くなれば良いな、という思いもあったけれども、それだけで今の若者が政治や国や世界に対して、十分に気持ちが発揮できているかな、っていうもの一方ではあって、研究してきたアカデミックな分野から実践に、という決意をさせていただきました。 [お勉強してきたのと実際は違ったと思うんですが、どうですか?]-いっつも意識してるのは私達よりも次の世代の人達が、政治をどう受け止めるか、っていう事でまだまだ〈無関心層〉って言われる方が多かったり、学生だと他に興味の対象も広いし、っていうのが政治学を教えながらもあって、ただ教えていくうちに、一緒に活動をしていくうちに皆さん吸収はしていってくれたけれども。私が自らの身体で体験して挑戦して候補者になって、そして議員として地元を代弁する仕事をするプロセスを、次の世代が見ていくことによって、自分たちも関わっていこう、自分たちの政治に対する思いがこの地域を良くするんだ、っていう実感になってくれると良いな、と思うんですよね。 [はい、そしてなんと牧島かれんさんが落選しているんですよ。]-はい、大逆風選挙ではありましたが、応援してくださる方たちがその後もずっと支えてくださって、3年3ヶ月浪人しましたので。 [長かったですか?]-長かったような、あっという間だったような。これだけ選挙区が広いので、各地域の皆さんとゆっくり語り合って、次の目標に向かって話を進めることは出来たかな。ちょっと紹介してもいいですか?(ポスターを指しながら)箱根が今すすきがきれいなシーズンにきております。(戦国原)秦野市は、震生湖って人工的に作られた湖なんですが、紅葉の季節になっておりますし山登りでも人気の場所になってきております。さらに南足柄市は、これからざる菊の季節がやってきます。そして山北が、都心から2時間の大自然となっておりますが、紅葉と温泉もあります。小田原は、一夜城まつり・菊花展が小田原城で開催され、真鶴町は、“遠藤貝類博物館”という大変珍しい博物館がありまして一押しです。その上が松田山のハーブガーデン、ハーブの種類が豊富で癒し効果もございます。あと湯河原温泉ですね、しっぽりした感じを宣伝しつつ。あらゆるカップル・ファミリーの皆様お待ちしておりますので。 [なんだか行きたくなりますね。遠くに行く必要ないですね。]-はい、神奈川県で十分楽しんで頂けます。是非、小田急線や新幹線・東海道線などでお越しいただければと思います。 [こちらの地盤はずっと河野洋平さんが守ってらしたところですが、スポンと決まりました。どうして入れたんですか?]-当時、河野洋平衆議院議長のまま引退を決意されて先生は72歳で、(私は)32歳だったんですね。世代を飛び越えて若い後継者を送り出したい、という思いが1つにあった。県議も市議も町議も驚かれたことは確かだと思う。尚且つ、この当時には女性候補者が良い、と思っていたということで。でも実は、神奈川県って自民党においては女性の衆議院議員、誕生したことがないんです。 [じゃ、初だったんですね。]-初だったの。よく、え?神奈川で?って言われるんだけど。私の場合選挙区の面積も広いですし里山・里地・里海まで全部という感じで。 [だって、神奈川っていったら須賀さんとか河野一家、小泉一家でしょう。女性は入り込めないですよ。]-そうですね。最初、河野先生を支えてこられた70代の方達は、〈30の娘っこが来たよ、どうしよう。〉みたいなリアクションがあったに違いないんですけど、そこから手取り足取り田んぼに連れて行ってもらい、田植えを教えてもらい、稲刈りも1人で運転して出来るようになるまで5年かかりました。 [今選挙制度で、上が下を育てるっていうのは無くなっちゃってるんですよね。すごいことですよね。]-育てて下さる選挙区にね、はい、ありがとうございます。本当に皆さんに支えていただいております。

 

●最近の政治トピックス

 

[国会が始まりましたね。参議員予算委員会、すごく面白かったです。]-自民党の中では先輩方がご指導下さるので。 [どういうふうに?]-一緒に政策を作っていきましょう、っていう動き。今丁度女性活力の中で、たくさんのチームも編成されてます。今日も女性局の会議がありましたし、意見交換もたくさんできます。女性が元気だと、社会全体に明るさが増すんじゃないかと。総理のおっしゃっている本気度が、世界各国からも評価されているので。 [よく言われてますが、女性の国会議員の数は日本では1割にも満たないですし、ああいう論戦を見てしまうと〈大変だな〉っと。国会議員に手を上げる女性が居なくなるんじゃないかと思う位、女性同士の戦いが凄いですよね。私が今読んでいる〈ハウスワイフ2.0〉という、高学歴の女性が仕事を辞めて家にこもる、という風潮が新たにアメリカでは主流だと。日本もそれに追従するんじゃないかと1部では言われているんですけどね。]-今日の会議の中で出てきてるのは、ホントに女性の人生の選択肢って幅が広いので、どういう形であってもそれぞれの分野で自分自身が自己実現していくこと、が出来るってことを意識して、もちろんキャリア志向の強い人、家庭で子育てに専念したい、という方もいらっしゃる。それぞれの人生なので。 [幅を広げて選択肢をもってあげるという事ですよね。政府のほうが主導して門下を開いてくれてるという事ですよね。]-そうです。勿論無理やり外に出て、って言ってるわけじゃあなくて、〈パートタイムでも働いてみようかな〉とか、インターネットを通じてテレワークする方もいるし、〈子育てを終わってから働こう〉とか、おばあちゃん世代になってから地域に貢献してくださる方もいらっしゃるので。そういうことで、地域創生・地方を元気に・女性活力、というのが柱になってくると思ってます。それぞれの地域に特徴を作っていって、その分野において女性も仕事をしてもらいたい。例えば今日ここに持ってきた“箱根の寄木細工”なんですが、こういう分野でも若い人たちもついてくれるようになっているし伝統工芸品っていうのはそれぞれの地域の特徴が、これ“小田原漆器”っていうものなんですけど、伝統的な工芸品として認められていて、これは宝なので大事に守って行きたいなぁ、と思います。ちなみに寄木細工でストラップなどを作っていただいておりまして(見本を提示:足柄茶や小田原の材で作ったポストなどetc) [地方創生ってどうやってやっていくんですか?]-林業・農業・漁業とか地場の産業で、若手についてもらってしっかり稼いでもらおうじゃないか、っていうのもあると思いますし。 [浸透するでしょうね。都会で働きたい人も減ってますしね。]-新幹線でも通える距離だったり、週末農業は南足柄は進んでいて、あとはリタイアしてから農業を始めたいとか家庭菜園がやりたいとか、自分で作った人参や胡瓜や大根を毎日食べられるって、1番幸せで贅沢じゃないですか。そういうライフスタイルを私たちは提供出来ると思っているんですね。 [かれん先生は何派なんですか?]-麻生派です。為公会です。 [どんな方がいらっしゃるんですか?]-来週お呼びする方も為公会のお仲間です。 [それは楽しみですね。じゃあ麻生さんの教えを直に受けてるわけですね]-大臣自らが明るいっていうのが景気を良くしていくのに大事なことだと思って。 [明るいですか?ここら辺で飲んでる姿も明るいですよ。]-明るいですね。私落選した時に、実は麻生大臣も落選経験がおありで、〈明るく前向きに行け〉という事をすごく言っていただいて〈地域の方たちにも育ててもらうんだから〉って・・どうしても暗くなりがちだと思うんですけれど、その時は、やっぱり大きな心の支えで、お言葉もいただきました。 [それが糧になってるわけですね。今は大臣ですからなかなか接点はない?]-でも、地元のこととか〈どうなってる?〉って声は掛けて下さるので。後は日本全体がそうだと思うんですけど、2020年のオリンピック・パラリンピックに向けてっていう1つの目標で、それぞれがどんな準備が出来るか、とか海外からのお客様を迎えられる態勢がとれるか、とか。私たちはイスラム教の方たちもお招きできるような、ハラールのシステムとかをやっていく(という)ご報告なんかも大事にはさせていただいてます。 [地方創生だと石破さんですよね。石破さんとは接点はあるんですか?]-この間ドイツにマイスター制度の仕組みを勉強するために視察に行ってきたんですけれど、巧みの技の中でも職人の中の職人と言われる方たち、昔は“小田原漆器”でも“箱根寄木細工”でも親方が〈背中を見て学べよ〉みたいな時代でそれはそれでかっこいいんですけど、それだと巧みの技の方たちが年のこと(年齢)があったり心配だという声も聞いたりしますし、後継者を育てていってもらいたいって事があるので、例えば15歳で職人になりたい、タイルを貼るとかレンガを積むとか塗装をやるとかでもいいんですけど、最近は女性もそういう分野に入っていっていただいていますが、そういう職人になるんだという若者を応援できるようなしくみ、そうするとそこに仕事が生まれて、それぞれの町が活性化されて人が生きてくるという、まち・ひと・しごと地域創生に繋がるんじゃないか、っていう話を石破大臣にもご報告をさせて頂きました。

 

●今だから言えるあの日のあの出来事

 

私、わな(わな狩猟免許)の免許をとりました。猪と鹿がすごく増えちゃって、農家さんも困ってられて、猟友会の先輩方から〈ちょっと解体するから来い〉って電話がかかってきて、猪の解体を始めたんですね。苦手ですか?大丈夫? [大丈夫です。じびあはあまり食べられないですが。]-そういう方に食べていただけるような、じびあを作りたい。と思って、自ら罠を仕掛けることが出来るように免許をとったんです。 [すごい人ですね。]-はい。これからガンガン山に入り罠にかかった猪を解体して、私たちはバーベキューにして食べるんですけど・・・ [じゃぁ、解体は大丈夫ってことですね。]-はい。すごく集中して出来るので良いですよ。今度誘いますね。やってみると解体には2~3時間かかるってことも分かるからこれは大変な作業です。ご褒美で猪のタンや鼻を頂いたり、牙を頂いたり(持参:見せてくれる)。 [え!猪の牙?箸置きに良さそうですね。]-はい。良かったらどうそ。そういうことで鳥獣被害のことから、わなの免許をとってしまいました。 [何時とったんですか?]-この夏です。ちなみに秘書にもとらせました。 [どの位勉強したらとれるんですか?(スタジオ内から)]-2週間はしっかり勉強して、この足跡は何の動物?とか紙芝居でこの動物は撃てるか否か?何の動物?とか。リスでも種類があって日本リスは駄目とか。ペーパーと実技ですね。実技は実際に罠を仕掛けるんですね。 [何処が主催をしているんですか?]-勉強会は猟友会がやってくれるんですけど。是非皆さん夏に・・・何処の県でもやっていると思うので。 [免許を持ってる方は何人くらいいらっしゃるんですか?]-毎年試験を受けにこられる方は多分100人単位で受けにきて、私はわなですけど、網もあるし、もちろん猟銃もですね。今猟友会の人口がすごく減ってるとは言ってますけど、その危機感から、若手も試験を受けるようになったり、女性も北海道なんかではたくさん。女性目線で皮を加工して靴を作ってみたりとか、じびえ料理として鹿ソーセージとか。鉄分豊富なので女性の美容にも身体にも良いです。 [いろんなのがあるんですね~]-はい。うちの地元はホントに豊富なんで。 [じゃぁスタジオから質問をどうぞ。]

 

●質問コーナー

 

[ご自身が政治を志すにあたって、政治システムや国家のあり方、税制のありかた、など目指してることを伺いたいのですが。(スタジオ内より)]-おそらく、他の自民党議員も同じ精神的な思いを持ってると思うんですけど、頑張ったら報われなきゃいけないし評価される社会でないと。頑張る気力を失わせてはいけない(という)大前提で、システムは作っていかなきゃいけないと思いますし、同時に成長してパイを拡げていく努力、1つのパイをどうやって分担するかという話だけではなくて、拡げるという努力が今回の成長戦略“第3の矢”に出てきたようなところに反映されてると思っています。 [ご自身としてはどういう分野なんですか?(スタジオ内より)]-第1産業から第3産業、どの産業も地元には存在しているし、日本は勝負が出来ると思っているんですね。農業だってこれから攻めの農業で稼げるようになっていくし、工業もたくさんの特許を持っていたり研究開発が進んでいる中小企業の工場の方たちもいらっしゃる、更にはサービス業においては、日本ならではのおもてなしの気持ちもあるということで、何処でも勝負できると私は思っているのでそういう日本を目指していきたいな、と思っています。[ノーベル賞もねこの間3人貰いましたしね。(スタジオ内より)]-私もアメリカに行っていて、日本で仕事をさせていただく。この海外での経験を日本で生かす、っていうのを大事にしたいと思っていますが、海外に行きっぱなしの方もいらっしゃるのでそういう頭脳流出にならないように、戻っていただける国というのがこれからの課題かもしれません。 [昨日おっしゃってましたね。研究で儲ける事を日本は否定してるけどアメリカは反対だと。]-はい、その環境が日本とアメリカと比較された時に〈アメリカのほうが良いや〉ってならないようにする、ってのは大事ですね。 [何で儲かっちゃいけないんでしょうね。どんどん代価を与えるべきですよね。はい、じゃ後ろの上智大学生さん] [え~と、大学生に何かアドバイスを。暗い話題しかないので大人になりたくない。(スタジオ内より)]-学生は楽しいのでその気持ちはよく分かる。けど、そう言われては困るので。一方で、大人は20歳からではなくて18歳からという流れですよね。なので大学生になったらもう大人です。私たちに期待をしていただけるのは有難いし、私も元教員でもありましたので頑張るけど、ドアは自ら開いて下さい!元教員だったからこそ大学生にはきつめに言います。 [議員になられて大学生の時にやってて良かった事は?(スタジオ内より)]-いろいろな大学の方たちと一緒に、中学生の英語の弁論大会の運営のお手伝いをさせていただいてたんですが、自分達の次の世代と、上の世代の方たちと両方と触れ合うことが出来た、っていうのは大事だと思うんです。勿論、仲間だけで集まるのが楽しいのは分かるんだけど、たくさんの価値観の方とか、世代の違う方と世代間交流みたいなのを、あえてやってもらうとその先に良い刺激があるんじゃないかなぁ、と思います。大きな夢を持って挑戦して欲しいし多少の失敗は恐れずにどんどんいろんなところに出て行って欲しい。日本の大学生は恵まれているケースが多いので、割と学業に専念できる学生さんが多いケースがね。去年の夏アフリカに行かせていただいたんですけど、例えば女の子だからという理由だけで学校に行かせてもらえない、という国がまだ世界にはあるわけじゃないですか。日本の昔昔はそうだったかもしれないけど〈今はそうじゃない〉までにきたから、今度は他の国に対して、自分達の経験を踏まえて何が出来るか、っていう事を大学生にも一緒に考えてもらわないと、大人だけで何とかするには問題が大きすぎるんですよね。私たち国会議員も、しょっちゅう海外に行けるわけではないので夏休みがある大学生には、例えばそういう所に出てもらいたい、という希望は持っています。頑張ろう!(上智大生に呼びかける) [大人になりたくない、って衝撃ですね。(次の質問)好きなクワガタは何ですか?]-え~クワガタ?勉強しておきます。すみません。 [若者が政治に参加していく為にはどうしたらいいんですか?(スタジオ内26歳より)]-何に興味がありますか?何らかに関係してると思うんですよね。インターネットの時代になって直接話しかけていただくのも多くなったこともあると思いますし、仲間から仲間に声をかけて集まってもらう、っていうのもあるんですけど。それでもここは、私たちも努力をしなきゃいけない世代ですよね。20代って。いろんな事に忙しい、っていうのもあるかもしれないけど。 [そうね、自分の生活で精一杯だもんね。昔の自民党の先生なんかは、20代っていうと投票に行く数が少ないから、ターゲットにしていなかったけどね。これからは更に少なくなっていくわけですが、その対処は難しいですね]-朝、駅で新聞を配りながら声を掛けるようにして(いて)、読んだことに対しての感想とか質問とかをメールで頂いたり、というのはありますね。 [先生だから年下あしらいが上手いですね。言い方が悪いですけど(スタジオ内:爆笑)はい、それでは次の方をご照会してください。] [質問はまだありますか?] [議員さんはお休みが少ないですけど趣味はありますか?(スタジオ内より)]-ホントにお休みがない仕事なので・・・ [1週間休まなきゃいけなくなったら何をされますか?(スタジオ内より)]-読みたい本がすごくたくさん溜まっているので、それに当てるかな・・・私に明日万が一の事があったら、読み残した本がこんなにあるので棺おけに入れてくださいね。(スタジオ内:爆笑)重いのでスキャンしてUSBでいいや。