玉木 雄一郎
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第32回
2012年05月23日 放送

民主党 玉木 雄一郎 衆議院議員

 

第32回  (2012年5月3日収録)

衆議院議員 玉木雄一郎

自民党 香川県 1期目

●幸せ度数年表

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第32回玉木雄一郎

 

ものすごい田舎で、保育園、小学校、ずっとひとクラスしかなかったものでクラス替えを経験したのは中学校の時です。[ずっとクラスで一番だったんですよね。この後、東大に行って大蔵省に入られたのですから] ― ひとクラス40人の中から勝ち残れば良かったわけですから。[学校は東大の法学部ですね。そうじゃないと大蔵省は入れないですものね。そして大蔵省では主計局ですよね] ― 予算を編成する仕事です。大蔵省ってどういう所かというと、頭よりも体を使うところなんですよ。いかに体力を維持して極限の状態でも判断が出来るか、潜水艦乗りみたいな存在ですね。主計局の仕事って。あと、あまり寝なくていいのと、どこででも寝れるというのが、今でも私の最大の特長です。飯を食うのも早い。朝の4時とか5時とかまで働いて、次の朝9時から予算委員会だから、大臣には7時くらいから説明するからね。4時まで仕事して6時に出勤する、7時に出勤するというのを何か月か繰り返すわけですよ。それで生き残った者が、文字通り生き残るみたいな。そういう職場でしたね。[財務省の雄というかブレーンみたいな人が辞めちゃって財務省、大変ですね] ― 当時は私も辞めて、私の同期も辞めて、私の上司も辞めて、連鎖反応を起こしてしまって、ご迷惑をおかけして。その分ね、議員になって頑張ってお返ししようかなと、そのつもりで一生懸命頑張っているんですけどね。[大蔵省に就職されて、アメリカに留学されたんですよね。どちらの大学ですか] ― ハーバード大学です。その当時、主計局で国内向けの仕事で、英語もそんなに出来なくて、試験を受けたらなぜかハーバードニ大学に受かって。

[この手術というのはなんですか?] ― アメリカに居る時にお腹を開ける手術をしまして。当時、今よりもっと痩せていて、薬が合わなくてお腹に穴が開いちゃって。激痛で救急車に乗って病院へ。保険に入っていたから良かったんですけど、後から請求書を見たら、何百万円なんですよね。アメリカって公的保険がないでしょ。保険に入っていなきゃ、医療を受けられなくて、むちゃくちゃ高いから。お腹を切っているから38度の熱があるのに、出て行けと言われるんですよね。だめだったら戻って来いとか。保険があまり長く入院すると出なかったりすることがあるみたいで。医療制度というのは日米ずいぶん違うのだなあと経験したのがこの時です。[財務省をやめられたのは、入省してからどれぐらいです?] ― 13年目です。私は大臣の秘書官みたいなこともさせてもらって、石原伸晃さんが行革担当大臣をされている時に財務省から出向して、補佐する仕事をしていたんです。道路公団改革とかいろんなことを当時やらせてもらって。すごく改革ってしていかなきゃ行けないと思って。でも最後にいろんなところで、うまくいくものもあればいかないものもあって。そういうのは、結局最後は政治が決めるんですよね。進めるのも政治だし、ストップさせるのも政治だし。財務省がマインドコントロールしているとか、牛耳っているとか言うけど、本当に財務省が力が強ければ、一千兆円も借金作っていませんって。財務省が財政再建しようとか財出を抑えようと思っても政治がいろいろやってこうなっているんだから。[でも財務省の方は能力高いですよね] ― 能力高いのになんで一千兆円も借金ができるの。というんのは財務省が力がないってことだし、政治がそういう日本を作ってきたんですよ。[どうして民主党に入られたんですか?] ― 自民党はいいことをやって来たし、戦後の発展をやって来たんですけれども、ある種古くなっているところはみんな感じていたところですよ。でもそれに代わる勢力は無かったから。やっぱり、自民党に代わる政権を担える、もうひとつの政治の塊が必要だなあと思ったのが民主党から出た理由です。[落選されたんですよね。一番最初の選挙で] ― 郵政選挙の時に出ましてね。丸々4年間、浪人していました。幸せ度数は低くしていますけど、今から振り返って落選して良かったと思っているんですよ。やっぱりね、霞が関や永田町だけじゃわからない事がいっぱいあって、地べたを這いつくばってやって、毎日の暮らしをされている人と話をしたり。お祭とか、今は現職だから呼んでくれますけど、落選中は呼ばれなくても押しかけるんですよ。現職の人が挨拶して終わったところを見計らって行って名刺を配って回って。そういうこともやっていましたから。営業、営業また営業ですよ。貪欲さがないとダメだと思うんですよ。基本的に貪欲ですから。[13年も財務省にいると貪欲さも消え失せるようなイメージですけどね] ― 貪欲というより好奇心が強いんですね。何かにチャレンジしたいし。人生において一定のリスクをとらないと、最近リスクとってないなあと思うと元気が無くなるんですね。金融の投資と一緒でね、リスクをとらないと大きなリターンが得られないしね。大きな変化の時代ですからね。自分に出来ることがあればドーンと行って。失敗するかもしれませんけどね。チャレンジ、チャレンジまたチャレンジですよ。政治信条というかね、とにかく前へという感じです。

 

  • 最近の政治トピックス

ずっと私、気になっていることがありまして、3月11日の津波で原発の事故が起こって、福島第一原発から20キロ以内に人が入れないんですよ。そこに牛とか豚とか、だちょうもいるんですけれど、犬とか猫とか動物が取り残されているんです。それを保護活動、救出活動みたいなことをずっとしています。この間1年ぶりに現地に行ってまた改めて見てきました。犬とか猫と連れ出してシェルターで保護しているんですけれど、今度はこれを全国の里親募集をしています。香川県で獣医師会同士で連携を取って、10頭だけなんですけれど、受け入れて香川のみなさんに呼びかけら、全部新しい親が見つかったんです。感動的なのは、普通ペットショップで子犬子猫はすぐ売れちゃうんです。老犬は売れないんです。でもある人が来て、最近自分が飼っている犬が死んだと、自分んも先にそんなに人生がないから老犬が欲しいと、後の自分の残りの人生を過ごせる老犬が欲しいと言って年をとった犬を引き取られた方がいる、もう本当に感動しましたね。芸能人の方でも滝川クリステルさんとかベッキーさんとか被災ペットに大変関心を持っておられる方もいますので、そういう方々の力も借りながら、動物の命というのはなかなか注目が集まり難いんですけど、そういう活動も引き続きやっていきたいと思います。[最近野田さん、責められていますけど、そういうのを見ていていかがでしょうか] ― やっぱり政治家は打たれ強くないと。大事だと思うのはトップ、リーダーになるとあまり怒らないことですよね。確かにイライラする質問が来るんだけど、ふっと一呼吸おいて淡々と答えるというのが大事ですね。安定感があるのがいいですね。でも、野田総理は時々自分の思いをぐっと入れてますからね。非常に好感が持てますね。しゃべること行動することに私心を入れないことですよ。

何とか改革とか名前を付けて有名になろうとか、ちょっとでも歴史に名を残そうとか、教科書に1行書かれないかなとか思っちゃうと、私は全部だめだと思いますね。私心なくということです。

 

  • 今だから言えるあの日のあの出来事

去年、事業仕分けをやった時に年金とか医療とか介護とか生活保護とか社会保障の分野も切り込むところは切り込むべきだとやったんですよ。テレビとか出てしゃべっていたら、「玉木議員は高齢者の敵だ!」「弱者の敵だ!」とかいうメールとかファックスをたくさんもらったんですよ。でも、あるレセプションでマザース上場したばかりの若い社長さんがわざわざ来られて、その日の朝に朝ズバ出ていまして、政治家が言い難い事を、一期生で選挙地盤も固まっていないのに、福祉を効率化しようとか予算を削ろうとか、堂々と言っているのを初めてみて、私は感動したとわざわざ言いに来てくれたんですよ。切っていく作業をすると嫌われもするんだけど、若い世代の人達が、若い世代の人のためにそういうことをやっているんだということをちょっとでも感じ取ってくることがあったということが、信じて正しいことは言い続けようという最後の拠り所になっているので、今だから言える、そういうことがあったということですね。[事業仕分けは振り返っていかがでがでしたか。] ― 私は結構やれたと思っているし、実は一昨年前に特別会計の仕分けをやったんですけれど、その時に仕分けをやって終わっているじゃないかと言われるけれど、終わっているのはマスコミの取材が終わっているだけで、その後法案化作業を一年もかけてやっって、この通常国会に出しているんですよ。あの時に提言したやつはテレビで撮ってくれるんですけど、その後の地味な法案作業とか各省とのやり取りとか、今回まさに通常国会に出しているやつをもっと取材してほしいです。

 

Q;最も尊敬する議員さんはどなたですか

 

A;地元なんですけれど、大平正芳氏、元総理です。「あー、うー」とか言って派手さが全然なくて地味なんですけれど、「あー、うー」のところを除いて繋ぎ合わせたら、そのまま文章にきちんとなったんです。読書家だった。政治、経済以外にも広く、知識と教養を持った政治家が昔に比べて少なくなったかなあと思うし、自分も常に自己研鑽を積んで行かなければいけないという意味で、理想は大平さんですね。選挙の時に亡くなったんですよ。ひとクラスしかない小学校で反旗を掲げたのを覚えていますね。あの時が政治を意識した最初の瞬間だったかもしれません。地元から出た総理だったんで。香川県は幕府側だったんですよ。松平藩で。薩摩、長州から総理ってたくさん出るじゃないですか。「幕府側につくと総理って出ないものなのかな」と親の世代が言っていて、そんなものなのかな、まだ明治は続いているのかなと思ったことがあって、そういう意味でも香川県から総理が出たということが嬉しかったし、亡くなった時はショックでしたね。

 

●今後の政治に対する意気込み

ひとつ絶対にやりたいなあと思う事は、議員の数を減らしたいんですよ。衆議院は80削ると約束しているんだから。削るべきなんですよ。参議院は40削る。そういうマニフェストに合意して選挙を戦って勝っているんだから。国民に負担を求めるのだったら、自分達も削れるもの削って、脂肪を落として、体脂肪率を落としたうえでのことです。

 

Q;今ちょうど、通常国会で消費税増税の議論がありますが、経営者の立場からいうと、デフレの時期に消費税増税は景気後退に繋がると、つくづく思っていまして、消費税を上げても税収は増えないんじゃないかと思っているんですけど、その辺をどうお考えですか。

 

A;おっしゃる通りです。今、法案の中の付則に経済の状況を確認して行うと書いてあります。完全な義務にはなってないんですが、一定程度、経済成長を達成したうえでやるということになっています。一番大事な問題はデフレだと思うんですね。例えば、100円のペットボトルが5%の税収で5円入ってきますね。継続的に物の値段が下がると、100円の物が50円に下がって10%の税金をかけても、5円しか税金は入らないんですよ。名目の値段が下がっている時に税率を上げても税収は伸びないんです。次に上がるのはちょうど二年後、2014年を最初の増税の時期にしていますけど、この二年間、徹底的に身を削る改革とデフレ脱却のための政策を徹底的にやる。その上で上げるかどうか、閣議決定かにかしてやる。という手順が大事だと思いますね。

 

[今日は学生さんが見に来て下さっているんですけど] ― 一緒にやりませんか?リスクを取らないと得るものはないんだから。鉄砲の弾が届かない所でいくら文句を言ってもだめだから。原監督が悪いとか、言うけど、おまえ打てるのかと。グラウドに降りて、一回振ればいいんですよ。振れないから。それでも、当ててやろうと思って、そういう事をみんなが少しずつやり続けて、日本は前に行くんです。それぞれの分野で。民主主義というのは統治する側とされる側が一致した制度なんだから、この政治制度は誰が作ったかといったら、国民の皆さんが選んだ制度なんだから、一緒になってだめだったら、変えていくしかない。