田村 貴昭
田村バスト
第182回
2016年06月01日 放送

日本共産党 田村 貴昭 衆議院議員

聞くに、お見受けするに、幼少の頃から政治的センスを持ち合わせている田村議員。

幼心にテレビニュースで目の当たりしたロッキード事件が、「政治とカネ」に対する意識を高めて行きました。

焼酎アドバイザーの資格や温泉入浴指導員の資格を持ち、九州・沖縄の皆さんと心の通った交流に努めています。

大阪枚方市の小さな設計所を営む家庭で生まれ育ち、大学時代に日本共産党に出会いました。

そして北九州市議会議員を2期務め、様々な落選なども経験し、現在は衆議院議員のバッジをつけています。

熊本地震で現在避難所にいる皆さんへの、政府の対応について、改善策などを熱く語ってくれました。

くまもんのネクタイで素適にきめて来てくれました。

 

日本共産党 (比例九州沖縄ブロック)  1期目 (2016年6月1日 収録時点)

 

[はじめまして。着実に共産党の輪が続いております] ― おかげさまをもちまして。(深々とお辞儀をする)[181回目の真島省三さんから、共産党一、おしゃれな国会議員の方だと聞いております] ― 彼が言っているだけじゃないですか?[でも、おしゃれじゃないですか。みなさん、見て下さい。くまモンのネクタイですよ!しかもピンクの水玉のワイシャツですよ] ― これは熊本の被災地に心を寄せるという思いで。[ポスターもいろいろあります。(後ろのポシターを指して)田村先生は九州沖縄ブロックということで] ― 九州沖縄ブロックで、住んでいるのは北九州の小倉です。[凄い所に住んでますね!] ― 凄い所?![私の中では異文化という、なかなか血気盛んな所で] ― ええ、テレビや新聞によく登場する。でも、普段の街並みはみなさん思っている以上に平穏ですよ。[そうですか?] ― 慣れっこになっていて、どこかで発砲があったと聞いてもまたかー、という感じだけども。いやー、それは本当は大ごとですよね。[「選挙に行こう」というポスターがありますね] ― 今日で通常国会が終わりました。[昨日は内閣不信任案が否決されまして、残念でしたが。出すことに意義があると] ― 不信任で当然の内閣なんだけどね。いつか変えてやると。[そして参議院選目前ということで。そして野党共闘ということで、定数1の32選挙区が全部、野党共闘で埋まったという!] ― (田村議員、手を大きく挙げて丸を作る)[そして香川県のみ、共産党単独候補者] ― うちの候補者を各党のみなさんが応援して頂けると。[あとの31区は無党派の方とか民進党の方を共産党が推すと。歴史的です!アレルギーはないですか?大丈夫ですか?] ― アレルギーですか?僕らがアレルギーを持っているという?[民進党なんて推してられないよとやけ酒をあおる党員が出て来るんじゃなんですか?] ― いやいやいや、そんなことはないですよ。ほとんど民進党の推薦で連れてこられた方を推すわけですから。[歴史的なことですね!] ― 歴史的なことです。半年前に今日の事態を誰が予測したでありましょうか![前回出演の真島省三さんにも聞いたんですけど、これは上の幹部同士がかなり折衝を重ねて合意に至った野党共闘だと。そうじゃないとね、歴史というのは変えられませんからね] ― やっぱり、自分の候補者を辞退してまでも、統一で自公を追い込んでいくという大義は立憲主義の復活なんですよね。[だって、田村貴昭さん、何度落選されたんですか?] ― 落選、多いですよ。(笑) [共産党は今まで、出ることに意義があったわけですよ] ― 勝利を目指して、32の選挙区で立候補を予定していた人は候補が決まったら、比例候補として頑張っているんで。共産党と書いてくれる人がおったら、それだけ比例が入るんで、議席が増えていくので。元気に戦っています!よろしくお願いします。[そして志位さんのポスター。「みわちゃんねる」共産党政権なので気になって仕方がないんですよ。街の至る所にありますよね]

●幸せ度数年表

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[1961年、どちらでお生まれでしょうか?] ― 生れた所は大阪市内なんですけど、ほとんど枚方という所で。一枚、二枚の枚と書いて枚方、そこで育ちました。[そして高校時代は?] ― ここちょっと、落ち込んでいますね。いわゆる三無主義というのがあって、文化祭とかやろうじゃないか、となった時にそんなことやってどうするんだよと。[頑張っているところがダサい、みないな?大阪であったんですか、そんな風潮が?] ― どこでもありましたよ。それで私も内向的になったんです。その中で本ばっかり読んでいた。[どんな本ですか?] ― 推理小説ばっかりなんだけど。森村誠一さんとか松本清張さんとか。そういう読書にはまってしまって。中学校の時はテニスをやっていたんだけど、高校では書道部で、だんだん内向きになっていって。先が見えなくなって、落ち込んで。何をしたいのかわからなくなっちゃって。[田村先生はどんなご家庭に育ったんですか?] ― 普通の家庭ですね。おやじは自営業でした。一人で設計事務所をやっていました。機械の図面をずっと書いていました。母親はパートの専業主婦で。[共産党のご一家ですか?] ― いえ、全然違う。[自民党だったんですか?] ― 自民党でもないし、おかんが社会党が好きだったと聞きましたね。[そして大学、大学を卒業してどうされたんですか?] ― 大学の4年生の時に北九州の市会議員選挙が始まろうとしていて。私、大学時代に共産党に入ったんです。それはいろいろ理由はあるんだけれど、ひとつはお金に清潔な党であることを学びました。もうちょっと歴史をさかのぼると、小学校の時からどちらかというと政治好きな子供で。学芸会なんかで寸劇をやるわけですよ。小学校6年生の時にロッキード事件が起こって一国の総理大臣が逮捕されるという、衝撃でしたよね。なんで一番偉い人が逮捕されるのか、それは後々知っていくわけですよね。政治と金の問題だと。「よっしゃ、よっしゃ、新幹線も高速道路も任しときなさい」(田中角栄の物まねで)[田中角栄の物まねで?そんなの小学校でやるんだ、凄い!] ― 政治と金の問題にずっと引っかかりながら、大学に入って。自分の応援する政党はその時は新自由クラブがいいなあと思って。自民党から分かれた若手のホープで、中小企業を応援するとか言ってテレビに出ているからね、あー、おやじもこの党で助かるんだなあと思って。学生時代に共産党の先輩と話す中で、企業団体献金というのがあって、これを受け取っていない政党は日本共産党なんだということを教えてもらって、ちょっと目から鱗で。あ、そんなにお金を貰わずに政党というのは運営できるんだ、というのは衝撃でした。[その方は凄い方ですね] ― その方が北九州の市会議員団の方でもあったので、学生時代にそこにアルバイトに行って。そうしたらスタッフとして働かないかと。ここの市会議員団の事務局に専従者として働かないかということでお誘いを受けて。労働組合の書記も半年ほどやったんですけど、ここで仕事をするということになって、約十年間、秘書的な仕事を。[そして北九州市会議員に。何期やられたんですか?] ― 2期8年です。次の市会議員選挙のために2万枚名刺を作っていたんです。これは使わなくてよろしいから、衆議院選挙に出て下さいと。[それは党から言われるんですか?] ― 党から言われました。もう、ビックリポンで。そして4回の選挙で。[でも、共産党だから党がお金を負担しているからやっていけるという] ― そうですね、基本的にその期間政党で選挙資金も個人カンパを中心にちゃんと集めてやりますので。[どういう選挙だったんですか?] ― 一回目、2005年は小泉フィーバー、郵政解散。[2009年は麻生さんが延ばしたやつですね] ― 2012年は自民党政権奪還。この3回目までは、いわゆる逆風の時代ですよね。おととしの12月、九州沖縄のみなさんに応援してもらって上がってきました。[バッチを付けられてどうですか?] ― うーん、面白いのと、質問というのが作るのが大変で重みを感じますね。[役人の方がヒアリングに来るんですか?] ― 今日も一日やっていました。[田村先生、どんな質問をされるか戦々恐々なんですかね] ― どうなんでしょうね。日ごろ、ヒアリングをやっている中で、私の問題意識は伝わっているので、あんまり驚かれないようです。ただやっぱり議員も増えて、質問の機会と回数も増えたので。今国会だけでも数えてみたら21回質問していて、半年で21回やっているのでそれは毎日、真剣勝負でしたね。地元に戻っていろんな話を聞いてきて政策化して、質問化してやっていく。この繰り返しですからね。[移動の時間もありますしね] ― そうですね。でも2005年の立候補から沖縄、九州を10年間ぐるぐる歩いてたので、移動は苦になりません。[2011年に福岡知事選挙にも出ているんですね!47万票も取ったにも関わらず、落選してらっしゃる] ― でもね、共産党一党推薦で3割近く取れたんです。2011年の4月ですから、まさに3.11直後なんです。やっぱり原発の訴えというのはこんなにも人々に届くのかと確信しましたね。ここの所、伸び悩む時期にありながら頑張れたんだと上がっています。[幸せ度数が100%いくというのは与党体質ですね、違いますか?] ― やりがいがありましたし、多くの友人と同士に恵まれたということで。[この「みわちゃんねる」182人の方がご出演下さって、その前に500人以上の方のインタビューをさせて頂いているんですけど、私の持論は物まねが上手い方は政治的センスを持ってらっしゃる方なんです。ばっちりですよ。大臣になったり出世している方が多いので、期待しています。(笑) ]

 

●最近の政治トピックス

 

[堅い話に入る前に、田村議員はいろいろな免許を持っていらして、温泉何とかとか、利き酒何とかとか] ― いわゆる候補者時代が長かったので、しかも北九州の市会議員から九州沖縄の比例ということになって。8県歩くんで、何か8県で共通項はないのかなと思った時に、ひとつは蒸留酒。沖縄の泡盛、九州の本格焼酎、焼酎のことを知っとったらそこでも輪に入れてもらえるかなと思って。焼酎アドバイザーの免許を取ったんです。まぐれで資格が取れたんです。[いろんな所に行って焼酎の話もされるわけですね] ― そうですね、政治の話が終わった後にみんなで会食する時なんかに、焼酎のお湯割りというのは水を先に入れるのか、焼酎を先に入れるのか。[どっちがいいんですか?] ― どっちでもいいんですね。(会場から笑い)その人の好みで。ただ、お湯を先に入れるとまろやかで飲みやすいいと、飲んだ人はみな言いますね。冬の寒い時に早く酔っぱらってしまいたいという時には、熱いお湯を沸かして焼酎を入れてクっと飲んだら直ぐ酔っぱらうじゃないですか。その時の気分と感情で。どちらでもいいです。[温泉は何ですか?] ― 温泉入浴指導員。(会場から笑い)[いろいろ苦労されているから、候補者時代に。(笑) ] ― 温泉の女将さんとかマスターが温泉の効能とか泉質とかを基本的に身に付ける。それから浴場で倒れたお客さんを介助する、AEDとかでね。救命の講習なんかを受けて、一日講習の資格なんですけど。そんなんで、温泉のうんちくとか焼酎のうんちくをちょっと背中に背負ってぐるぐる回っとったと。[この一週間、本当にいろんなことがありましたよね。サミット、そしてオバマさんの訪問、劇的なことが起こりましたよね] ― 消費税の先送りもありました。[消費税の先送りですよ。どうなっちゃうんですか?小泉進次郎さんなんか、社会保障が無くなってしまうんだと、自民党からの発信なんですけど。もちろん私は一消費者として上げて欲しくないですけど、国の負担を考えれば上げなくてはいけないのかなと洗脳されているんですけど。(笑) ] ― 例えば10%の消費税になったところで医療、介護、年金、子育て支援の社会保障四分野を支えるだけの税収にはならないということは、今の時点でハッキリしている訳なんですよ。全然足らないんですよ。10%上げたところで足らないんです。年金を出すことを維持する、医療とか年金を落とさないための維持であるところが大義名分で。これで税収が確保されなかったら、社会保証はどんどん悪くなるんですよね。だから消費税に頼っちゃだめなんですよ。それを私たち共産党は言っているんです。[何に頼ればいいんですか?] ― それはねえ、アベノミクスで大儲けをした人がおられるわけですよ。[タックスヘブンですか?76兆円が日本から出ていたという] ― 株価が上がってですね、株の資産だけで一年半で1兆円規模を築いたとか。[誰ですか?] ― 日本の長者番付で一位、二位と出て来る人がいるじゃないですか。通信大手のねえ、それから誰もが来ているファーストリテイリングのねえ。[やはり共産党としてはファーストリテイリングのヒートテックとか買わないんですか?] ― いっぱい着けてます。春夏秋冬、買っています。お世話になっております。[買っちゃうんですね。それはそれで別なんですね] ― だって便利だし、着心地がいいし。いい製品をいっぱい作って下さいよと。ぼろ儲けした分は社会に還元して下さい、税金を納めて下さい。タックスヘブンなんて論外です。そこに富裕税もひとつの方法だし、それから所得税の税率を上げていくと。昔は最高税率、60%を取っていたんだから。こういうことを止めてしまったからね、税収がないと言っているんですよ。消費税だって、消費税だけですよ、税収が上がったのは。5%にした時にね。だから取る方も使う方も税の入りと出の関係を変えないと。社会保障の問題は解決できない。これはもう、確信を持って言えます。一時間で株が上がって6千万円ですからね!時給6千円でもビックリポンでしょ?株が上がって6千万円、6千8百万円ですよ!だったらね、ちょっと社会にね還元、税の応分の負担をして下さいという訳です。[共産党さんがどんどんそういう話しをしていけば、支持者はもっと増えますよ] ― 私たち、無理な話はしていません。[政策の話なんですが、田村議員はどんな政策をライフワークにしてらっしゃるんでしょうか?] ― ライフワークというよりは、私は九州ですので今は熊本の地震です。[熊本で地震がありましたからね] ― 4月14日に発生して。[これで消費税も変わったという話がありますよね] ― まあ、大きいでしょうね。家を失って、仕事を失って収入を絶たれた人に10%消費税をかけることが出来ますか?これは毎日、九州で言っています。(熊本の地震被災地の写真を指して)これは益城町ですね。これが南阿蘇村ですね。12回ほど被災地を訪れました。これが志位委員長、そして小池書記局長、藤野政策委員長ですね。避難所に行って被災者の方にお見舞いを言って、義援金を届けて、要望を聞いて、そして国会に上がって来るというのをこの一カ月半やってきました。[熊本の方はいかがですか?] ― 避難所で必要最低限の備品、お年寄りの方なんか段ボールを入れてあげたら楽でしょう?マット一枚無い、畳も無い、パーテーションも無い、プライシーも何も無いですよね。国の方はですね、こうやって通知も出している訳ですよ。(国からの通知書が画面にアップされる)これはですね、熊本県に対して政府の方から、避難所においてはベット、畳、カーペット、間仕切り、パーテーション、テレビやラジオ、洗濯機、簡易シャワーとか生活に必要な備品は設置して下さいよと言っている訳ですね。ここは追いついていない。なぜ追いついていないか、どうしたら改善できるかをやってきました。[どうして追いつかないんですか?] ― やっぱり被災地の自治体がてんやわんやになっている。[そこの交通整理が出来ていない?] ― 交通整理も出来ていないし、小さな自治体なんかでは避難所の被災者に、罹災証明の発行だけで他に余力がない。そんな中で食事の問題、これが一番問題だと思うんですけど、(被災者の方の食事の写真を指して)これ、レトルトなんですけど揚げパンと、パックのご飯と缶詰だけとか、夜はカップ麺。これが一ヵ月続いたんです。[マルチビタミンも出るんですね] ― ビタミン不足、栄養のバランスが取れていない。野菜が全然ないから。これではダメということで、総理に対して、防災担当大臣に対して、身体を壊しますと、こんなものを食べさせていたら。(予算委委員会の写真が画面にアップになる)[これは誰ですか?] ― 私です。食事の問題は新たな住宅に移るまでに非常に大切だから改善して下さいとやったら、改善の指示が出て。食生活の改善についての支持文書も出て、やっとお弁当が夕食に提供されるようになったということで一安心なんです。でもお弁当も二週間続いたら飽きられます。だから献立を変えていかないといけないし。そういった活動を一ヵ月半くらいやってきました。[共産党の実績ということですね] ― みんなで被災地に入って要求を持って帰ってきて。例えば仮設住宅について取り上げる人、観光と商工業の被災状況を取り上げる、医療と介護の問題を取り上げれる、そういった問題をみんなで手分けしてやってきました。私は避難所の待遇についてこだわってやってきて。まだまだ課題はあるんですけど、一歩一歩、改善させて行けねばならないと。今日も各省から補正予算のことをいろいろお話を聞いたんですけれど、ぜひ、熊本県に九州に夏休みなんかでも訪ねて下さい、観光でね。75万人キャンセルがあったということなんですよ。旅行のパックの補助金も政府の方から付きますんで。お安く九州を旅行出来るようなパックが出てきますんで、ぜひ被災地も訪れて頂いて、崩落した阿蘇山の状況を見て頂くのもいいかなと思います。応援して頂きたいと思っています。(深々と頭を下げる)

[他には何かありますか?] ― 東京に来てびっくりしたのは東京一極集中というのが是正されていませんよね。誰もが言うんですよ、東京一極集中って。議員宿舎からも議員会館からも見える風景って高層ビル群が毎日のように竣工されて建っていく。[毎日、建っているんですよね。ニョキニョキですよね!] ― ニョキニョキですよね。だから働く人が来ますよね。[これ以上建って、誰が住むんだろうと思いますよね、自分も住んでいるんですけど。(笑) ] ― 東京、神奈川、千葉、埼玉から首都圏に入ってくるということで、ここは解消しないとですね、地方創生は成り立たないと思って。いろいろやっています。[オバマさんの広島訪問についてはいかがですか?] ― 歴史的な訪問だったんじゃないでしょうか。やっぱり初めてですからね。広島に行かれて被災者の方と短い時間だったけど言葉を交わされ、ハグもされていましたよね。ただやはり、世界中から核兵器を無くすということでノーベル平和賞を取られたオバマさんだから、自分の生きている内には出来ないかもしれないがという弱々しい言葉じゃなくて、私は任期はあとわずかなんだけれども、究極的には核兵器の廃絶が人類の幸福なんだと、それを目指して核兵器をなくすために頑張ると言って欲しかったですね。[その後ろでは核のボタンが入ったカバンがあるんですからね。恐ろしいですね。ミイラ取りのミイラじゃないですけど。よくわからない世界ですよね] ― 軍人が持っていました。軍人が持ったアタッシュケースの中身が何なのかわかったら、被災者の方はショックな話だと思いますよね。[それはそれとして、現アメリカ大統領が被爆地に来たということは安倍さんの手柄になっちゃうんですかね] ― 手柄?手柄と言うか、私は長崎の慰霊式典に毎年、出させて頂いているんですけれど、それは市民と県民がずっと願ってきたことなんですよね。[県民の皆さんの活動がありましたからね] ― そこがアメリカ側がぼかした所じゃないでしょうか。[安倍さんの外交代も88億でしたっけ?] ― 随行する人数が凄いですから。[それぐらい使ってみたいですよね。日本のセールスマンとして使った訳ですよ。普通の会社は88億も経費はないですから] ― 外交というのは必要なことですよ。外交するんだったら、日本の立ち位置とか、各国に求めるものをしっかりと貫いて来ないといけないと思うんですよ。核兵器削減の交際会議で棄権するとか、そんなことしとったらダメですよね。アメリカと一緒の立場に立って。そうじゃなくて、恒久平和の憲法もあるし、国際紛争を解決する手段としては武力の行使を禁じていると。アメリカとの間には同盟があるんだけれど、集団的自衛権の行使は出来ませんと、言ったらどうかと思うんですよ。[私が総理だったら、言えないなあ。難しい交渉ですよね] ― 先週、沖縄にあってはならない殺人遺棄事件が、またありました。二十歳のこれから将来のある女性の方が殺されて。そうしたら、地位協定は見直すと、基地は撤去していくの一言なんかあってもいいんじゃないかと思うんですけど、それがなかったですよ。日米両首脳からは、未だにありません。これは残念ですね。

 

●今だから言えるあの日のあの出来事

 

私、忘れ物大王ですね。ありとあらゆる物を乗り物の中で忘れちゃうんですよ。例えば電車に乗ってますでしょ、ギリギリまで何か読んでるんですよ。読んでて、あっ、と思って降りる時にここにあったカバンが、網棚の上にあったパソコンの入ったカバンが。[指さし確認しないとダメですね] ― 指さし確認はタクシーに乗った時だけするんですよ。電車と飛行機はしないで、財布でしょ、鍵でしょ、スマホでしょ、パソコンでしょ、それから書類の入った演説原稿が入った大事なバックとか。それが、すべてが戻って来てるんですよ。[凄いじゃないですか!徳がありますね!] ― 徳じゃなくて、そこだけ自分はついてるなと。鹿児島県でね、定期を落としたんですね。電車に乗っている時に挟まっちゃって。警察に届けて、忘れ物拾得センターに行っていろいろやったんだけれども、結局見つからずに。あー、損したなあと思っていたら、一ヵ月半後に鹿児島西警察署ですけれどもと電話があって、ありました。たまたま見つけた人が届けてくれて。パソコンを忘れた時は泣いたですよ。絶対に戻らないなあと思ったんだけど、戻って来ましたね、二週間かかって。電話してくれる人がおってですね。[共産党員の先生の方ってうっかりが多いですね~] ― 多いですね。先週の真島さんも何か言ってましたね。[真島さんは電気料金の滞納ですよ。あれは意図的にしたんですね。(笑) ] ― 違います、違います!あれは請求がわからなかったんです。(笑) 私は物を失ったら始末書もんになるんでね、気を付けないといけないなと。[いろんな国会のやり取りとか秘密文書とかきっと入ってらっしゃると思うんですよね] ― それは基本的に持ち歩かないようにしているんですけどね。ただ、自分にとって、今から九州に行ってこの話をする、せっかく考えたネタを忘れたと思ったら、行っても意味が無いから。(笑) 美和さんが言われたように、降りる時に指さし確認。今日の出演を機会に教訓といたします。[でも、おしゃれですね。真島省三さんもおっしゃっていたけど、スーツなんかに凝ってらっしゃると] ― いやー、そうでもないですけど。女性の秘書からも言われるんですけれど、国会のバックって茶色とグレーばっかりなんで明るい色を着ようかなと、ちょっと気を使っています。いつも黒とか青だったら、背もあまり大きくないので、埋没してしまうかなあと思って。

 

Q1;先程、共産党に入られたのがクリーンな政党、企業献金を受け取ってなかったということがきっかけということですが、今、舛添知事の問題があったり、石原慎太郎さんが「天才」という書籍を出されて今もし田中角栄がいたらと、剛腕政治家が今いないという。クリーンな政治家がいいのか、ある程度剛腕で結果を出していく政治家がいいのか、その辺を田村議員はどうお考えですか?

 

田村議員;やっぱり政治と金の問題というのは、一番国民が不振を抱く問題だと思います。ですから、選挙に行かない人がおられる。やはり政治不信があって、政治不信の根っこにはどうせ悪いことをしてるんだろう、汚いことをしてるんだろうと、こういう事件があるたびに繰り返されてきたので。その根底に流れている問題として、私はそこはきっぱりと賄賂の根を断つことが必要だと思っています。企業団体献金というのは見返りを求めます。甘利さんの問題もそうですよね。やはり口利きと金があると、どうしてもそこに走ってしまいます。そこを禁じないと国民が思うような清潔な政治は出来ないと思います。普通に活動していて、住民の願いを行政に届け、国会質問に結びつけて。そして災害対策をこうしたらどうかとか、福祉と教育はこういう策を取ったらどうかと言って実現して、そして有権者から評価されるという、そういう見返りでいいんじゃないかと、それでいいと思うんです。「いい仕事したな。今度、あんたに入れちゃおうか」それでいいと思うんですよね。それ基本でしょ。そこを破ったらね、それは教育なんか成り立たないと思います。

[今、舛添さんのお話をされていましたけど、私なんかの小さい頃は美濃部都知事で共産党だったんですよ] ― 社会党と共産党。[そういう都政もあったんですよね。共産党もその時は伸びていた時期で] ― 福祉が充実した時期です。[ただ、時代が違いますから。美濃部さんも素晴らしい方だったと思いますけど] ― 舛添さんはちょっとせこいよね。[美濃部さんの時代というのは私生活まで出なかったじゃないですか、何をしようと。都民もそこまで関心を持てなかったという] ― 情報公開が進みましたから。そして金と政治がまつわる大きな事件が来る度に法律の拡大もされてきた。そういった中で、透明化が図られる中で分かってくる。情報公開条例なんかは美濃部さんの時代にはなかったです。今は市民が請求して開示されたら、どこどこに行っていた、それは政治団体と個人との関係でどう使われていたというのが、全部わかっちゃうから。[昭和の時代はね、偉い人は贅沢をするものというのがありましたからね。今は反対ですものね。偉い人ほど、質素にしないといけないというね] ― 偉いというのを誰を指しているかわからないけど、東京都のリーダーがね、お金に不自由している訳ではないんだから。国際政治学者の時代からですよ、講演料だって凄いお金をもらって、蓄財もあるんだったら、それはそれで私生活の方でやってもらって。政治資金の枠内では政治活動に使うというのが当たり前なんだから。そこは公私混同したらいかんと。そして、自分の私用で公用車を使うなんてゆうのはね、共産党の都議会議員団が昨日発表して、問題になっているけど、そういった分別を持たないとだめです。政治と金の問題はどこに問題があるかと言ったら、やっぱり賄賂ですよ。自戒しながら政治活動にあたっていかないとだめです。資本主義の発展の中で到達した文化とか産業とかはね、みんなが共有するし、私たちもその中で快適な生活を営んでいる訳なんですよね。その中での一定のルールを作ろうというのが私たち共産党です。

 

[どうやって10キロ痩せたんですかという質問が来ていますよ] ― とにかく走りました。トレーニングセンターに行ったり、泳いで走ってとにかく有酸素運動をして痩せました。これはもう、決死の覚悟でやりました。[何キロが何キロになったんですか?] ― 67,8キロあったのが一番搾った時に58キロまで絞りました。その時に持っていた服はすべて着れないんですよ。ぶかぶかで。このスーツも痩せてから買った服なのでリバウンドしたら大変なんですよ。だからあまり暴飲暴食しないようにということは心がけています。[自民党はみんな太っているでしょう?許せないでしょう?] ― そんなことない。(笑) 田原総一朗さんが、自民党って焼き肉のイメージじゃない?って言っていたんだけど、そうじゃなくて、スタイリッシュな方もいっぱいおられますよ。(笑)