畑野 君枝
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第195回
2016年11月16日 放送

日本共産党 畑野 君枝 衆議院議員

横浜国立大学の時に共産党に出会い、卒業後は教師となりました。

その後、候補者として二回の落選を経て1998年参議院議員に初当選、

一期を務めた後、七回もの落選を経験し、ついに2014年、今度は衆議院議員として返り咲きました。

およそ10年のブランク、畑野議員が物申す機会がない間に、

国から国立大学への運営予算が、12年間で12%も削減された事を憂い、

勢力的に教育費増加を訴えています。

TPP、リニア、野党共闘のお話も。

手塚治虫にあこがれ、学生時代から漫画を描いているという畑野議員。

スタジオでも、マッキーでサラサラと描いてくださいました。

 

(動画より文字起こし)

共産党 (比例南関東)  1期目 (2016年 11月 16日 収録時点)

[武田良介さんからのご紹介ということで] ― 武田さんからご連絡頂いて。まだ出演していない議員が日本共産党、少なくなって参りまして。お招き頂きましてありがとうございます。光栄です。[11月9日に武田良介さんに出て頂いたんですけど、それからアメリカの大統領が変わるは、TPPの問題とか、いろんなことがありましたよね] ― 世界が動いて日本が動いて凄いですよね。[共産党さんの本意ではないと思うのですが、共産党さんが思う方に物事が進んでいませんか?] ― そうですね。[だって、TPPを反対していて無くなっちゃうかもしれないじゃないですか、今。全く見えない状況で。共産党としてはどうですか?] ― 共産党としても、去年の9月19日の安保法制の戦争法反対の運動をずっと続けてきて一年経って、やっぱり市民のみなさんが凄いじゃないですか。アメリカでもそうだと思うんですよね。そういう市民のみなさんと私たち政党が一緒になって日本も変えていくけれども、太平洋を越えてアメリカとも響きあっている。[トランプに対しては反対じゃないですか。敵の敵が味方みたいな、そういうことになってません?] ― 市民にとって国民にとって道理ある方向で、いろいろ時間がかかることがあるかもしれないけど、世界が進んでいる。もちろん逆流もあると思うんですけど、市民のみなさんが力を合わせて動かしている、その激動を感じますよね。[過程が本意ではないかもしれないんですが、結果は一緒みたいになっているじゃないですか。それが凄いなと思っているんですよ] ― 矛盾が噴出しているという事じゃないですかね。TPPに関しては衆議院では、当初10月29日にも通すという話だったんですよ。それを引っ張って、引っ張って、山本農水大臣の二度にわたる発言もあって。[「みわちゃんねる」の映像も日本テレビの「バンキシャ」に使われましたよ。(「みわちゃんねる」第15回に山本有二議員が出演)その時は大臣になる前だから] ― (笑) どこでどうなるか分からないのが政治の世界ですけど。それで11月10日までかかってTPPの24の項目に関わるから、一個一個やろうという風に提案してですね、頑張らさせて頂きました。お陰様で野党も最後まで結束して頑張りました。衆議院では。[反対の方はそれで達成感があると思うんですけど、自公の方ですよね、肩すかしという感じがしませんか] ― 選挙の時にはTPP断固反対と自民党は言った訳です。ぶれない党だと言った訳ですから。それがTPPを通すということですから、これは国民への公約違反ですし。国会の決議でもお米はじめ、5項目は守ると国会全体で決議を上げている、これにも反するということですから。やっぱり、こういうやり方はためだというのが、世界を見ても明らかになってくんじゃないでしょうかね。[民主党の野田政権の時にTPPは決まった訳ですから。その野田さんは今、反対の立場ですから。TPPに関しては本当に入り組んでいるというか、不思議な感じがしてならないんですよね] ― 結局は各国の国民が決めていくと。アメリカはアメリカ、日本は日本、どうしていくのか。その上でのことになりますよね。12カ国の内、アメリカと日本が入らなかったら発行しないので。[今日の朝日新聞なんですけど、「共産党 本気の共闘」凄いらしいですね。(朝日新聞の記事がアップになる)共産党は自我を押し殺しても民進党に協力することを鮮明にしたということですか?] ― そうじゃないです。参議院選挙の時には、もう緊急の事態ですから、全国一人区は32ありましたけど、香川県を除いて下ろすという大それたこともやりました。今度は衆議院ですから、一番政党の力を反映するのは比例代表でその得票数に応じて、選挙の結果、お互いに共通政策を持って相互支援もしてやっていこうと。政権の方向もどういう風にしていこうかという議論もしようということで、さらに提案を私たち、熱くさせて頂きました。[でも、結構大変じゃないですか?] ― 大変ですよ。昨日私たち、第7回中央委員会総会を開いて。[それが党の指針になるんですね] ― 私も昨日、参加して。今日、採決をされたので、これから全党で、全国で議論をして、1月の党大会に向かおうと。もう、一番熱い時ですね。[民進党は10月の補欠選挙、二回とも単独で共産党の支援を得ずに惨敗したと書いてありますね] ― 一応、私たちも協力しましてけど、本気の共闘かどうかというのがやっぱり。[そこで踏み絵がされたんですか?] ― そこが分岐点になった訳です。だって、本気の共闘をやったところは勝っています。新潟の県知事選挙、本気で頑張りました。[まずは政策の一致ですよね、そこが一致しないとどうしたって無理な訳ですから。勝ったとしても亀裂が生じる訳ですから] ― そうですね。私たちは前の国会の時に15の法律案を野党4党で、一緒に相談して出してきましたから。これは今後の一つの大事な方向になってくると思いますよね。[解散風も今ちょっと収まっているような感じで。マスコミが言ったか、言わないかなんですけども] ― こればっかりは分からないですよね。[それどころじゃないですよね、アメリカの大統領も変わって日本もどうなっていくのか] ― そうですね。アメリカの矛盾、そして今後どうなるかというのは次期大統領のトランプ氏がまだ何も政策を出していませんから、それも見極めないといけないですしね。

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●幸せ度数年表(クリックで拡大)

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[1957年生れということで、お若いですね] ― (笑) ありがとうございます。気持ちは若いです。[どちらでお生まれになったんですか?] ― 神奈川県の川崎市という所です。[今、出馬されている所はご地元ですか] ― そうなんです。[どういう学生時代だったんですか?] ― 大学に入った時に日本共産党に出会って。[どうやって出会ったのですか?] ― 私の高校の時の同級生が応援してたので。大学に行って大いに学んで、大いに人生を楽しもうと思っていて誘われて。共産党の人が凄く明るくって。(笑) 暗い大学だったので、明るい人はいいなあと思って。(笑) [ちなみに暗い大学ってどこなんですか?] ― 某横浜の大学です。[頭がいいんですね~] ― いえ、ちょっと暴力学生がいたので、暗いなあと思って。なんかヘルメットをかぶって怖い活動をしている人たちがいて。[一緒に共闘されたりしたんですか?] ― しないです!私たちは平和主義者ですから、民主主義者ですから。そういう暴力はだめと。[一緒にして欲しくないですよね] ― そうです。暴力のない明るい学園をというんで私、自治会の活動などもさせて頂いて。そこに真面目で明るい人たちがいっぱいいた。(笑) [それで民生同盟に入られたんですか?] ― そうですね、まずね。[どうですか、活動は楽しかったですか?] ― 楽しかったですね。私ね、小さい頃に母から戦争の話を聞いて育ったんです。ですから戦争って怖いなと思って。そうしたら戦争に反対してくれている政党があったのを知って、凄い感激して。その党だったら間違いはないわと思って入ったんです。[1922年に共産党は結党されているんですよね。この間、共産党は革新政党ではない、歴史と伝統がある政党だという話をしたんですけど。革新の党というイメージをここで変えた方がいいんじゃないんですか] ― 両方混ぜたらいいですよね。歴史と伝統もあるし、しかも新しい時代を切り開く革新の党。[もしかして、一番古い党なんですか?] ― そうですね、戦前から続いていますもんね。[55年体制なんて、結構新しいですね] ― そうですね、私たちが生れる前ですけどね。(笑) [そして、お母様が亡くなっていますね] ― 私の出産があるんですけど、その14日前に亡くなっているんです。[生まれ変わりですね!] ― そうなんです!そう言って父は一生懸命に子育てに協力してくれました。まだまだ早かったです。大好きな母でしたので本当にショックでした。[お子さんは男の子さん?女の子さんですか?] ― 上が男の子で下が女の子です。[ご主人も共産党の方なんですか?] ― そうなんです。[同士なんですね、仲がいいでしょう?] ― はい、仲いいです。[ゴールというか、目的がしっかりしていますし] ― そうですね。やっぱりちょっと助け合わないと、こういう仕事、出来ないもんですから。もう感謝、感謝ですよね。表では言えませんけどね、心の中ではいつも感謝しているんです。たぶん伝わっていないと思いますけど。[ご主人、何をされているんですか?] ― 新聞赤旗の記者をしておりまして。[じゃあ、明日、何が載るかわかるんですね。特権ですよね] ― (笑) はい。[今、新聞が売れていないけど、大丈夫ですか?] ― 頑張っています。やっぱり、内容を良くしないといけないので。その苦労がありますよね。私たちが発行出来ているのは、応援して下さるみなさんがボランティアでやって下さるので発行出来るので。本当に感謝、感謝なんです。[そしてここちょっと落ちていますね。(幸せ度数年表の落ち込みを指して)] ― あ、そこはですね、二回私、その後に選挙に出まして。[これはたぶん、選挙歴凄いですよ] ― そうなんです。ここは二回落ちているんです。[二回落ちて、初当選が参議院議員なんですね] ― 3回目で当選です。[これはどちらで出られたんですか?] ― 私の地元の神奈川県選挙区、定数3名の中で。[そして七転び八起きとありますが] ― そうなんです、これからがもう大変だったんです。ギザギザが7回。[何回、落選されてるんですか?] ― 最初2回落選して受かって、それからが長くて七転び八起きだから、7回落ちて8回目に衆議院で初当選。[じゃあ、9回落ちてらっしゃるんですか?] ― そうです。本当に選挙が好きなのかと言われちゃうですけど。[でも、党の方針で出られている] ― いやー、好きだから。(会場から笑い声)そういう風に言っています。でもやっぱりね、みんなから出てと言われたら。[自民党の議員だったら、お金が続かないですよ] ― そうですね。[よく自民党の議員がおっしゃるのは、一回受かってから落ちたのが本当に苦しかったと。一度バッチを付けてから外して一からだと、なかなか大変なんですよね] ― そうですよね。受かる前だったら分からないけれども。[一番、何が辛かったですか?] ― そうですね、何が辛かった?みなさんに託された思いを国会の中で実現できないというのが。10年間ブランクがありましたから。[畑野君枝さんに言ってもダメかもしれないというのが、何となく伝わってしまうみたいな] ― それもあるかもしれないけれど、それよりも毎回期待されて、本当に応援して下さってそれに応えられないという時に、本当に申し訳ないと思って。でも翌日から頑張ろうと。落ちた朝から駅に立つんですよ。[2年後、4年後、6年後、わからないけど行くという。それはよっぽどしっかりした気持ちとかないと、出来ないですよね] ― 心で泣いて、顔で笑う。[結果が出るのは何年のスパンですからね。それはいくら党の方針だからと言っても、出来るもんじゃないんですよね] ― 周りの方の応援があったり、家族の応援があったり、そういう条件があって出来ると思うんですよね。個人の努力ではそれはきかないことなので。みなさんのお陰だと思います。[そして衆議院選、初当選は2014年ということですね] ― ちょうど2年前の12月14日の、赤穂浪士の討ち入りの日に。選挙があるだろうなあと思っていました、私は。11月位から構えていて。赤旗祭りというお祭りがあって。[ええ、知っていますよ!] ― 知ってます?[みんなそこで20代はカップルになると聞いてますよ] ― あ、そうですか!私、そういう経験がないのでわからないんですが。そうだったんですか![畑野さんの頃は赤旗祭りはなかったんですか?] ― ありましたけど、そのカップル伝説は知らなかったです。ぜひみなさん、来て下さい!今度、いつあるかわからないけど。党大会が来年の1月にあって、選挙がいつあるかわからないけど、そういう合間をぬって開くことになると思います。[毎年、決まっているんじゃないんですか?!] ― 十何万人が集まるお祭りなので、凄い準備とか日程とか考えなくちゃいけないので。[どこでやっているんですか?] ― 東京でやっていますね。[屋台とか出るんですか?] ― 全国物産展、お酒から何から、全国から美味しいものが集まって。(笑) 私は神奈川県なので、横浜の中華街の方がお店を出してくれたりとか。[質のいい物が出そうですね。普通のテキヤさんとは違うような感じですね。味噌田楽とか出そうですね] ― 鮎焼きとかね。(笑) [久しぶりにバッチを付けてどうですか?] ― 本当に久しぶりです。参議院と衆議院はちょっと違うので。[私も思いますよ。参議院は牧歌的なんです。衆議院は戦闘態勢に常に入っているんで、みなさんギスギスしてるんですよね。(笑) 違いますか?] ― ギスギスというか、ガツガツというか、熱いですよね。[参議院というのは党派を超えて、隣の席の人でも凄く仲がいいじゃないですか。衆議院はそうではないんですよね] ― でもね、去年の野党共闘が始まってから、なんか凄いね、仲良くなった気がします。[そうですか!やっぱり、共産党は変わりましたね] ― 最近、国会の廊下を歩いていても、野党の人からも与党の人からも「こんにちは」とか声をかけられて。あれ、誰だったかしら?と言って。[前は違ったんですね。やっぱ共産党だ、という感じで。(笑)] ― 前は相手にされていなかったかもしれない。[そういうんじゃなくて、孤高の共産党ですから、ちょっと声をかけちゃいけないというのがあったと思うんですよ] ― 今、いろんな方から声をかけて頂いて。凄く嬉しいですね。[今日の新聞によると「民進党内では共産党に対して安保法制政策でもっと現実路線に転換し、自衛隊を積極的に容認すべきだ」と書いてありますけれど] ― 私たちの方針では自衛隊はすぐ解消でしゃなくて、段階的に国民の意識の元で解消の方向に向かおうということなので。当然、安保条約は無くそうという立場ですけれど、その上でも自衛隊は必要だという国民の声がね、ある限りは。[そう思うと、民進党の中が統一されていないんでしょうね] ― 私たちも共産党の方針とか政策とかお届けしなくちゃいけないなあと思って。やっと民進党さんにも共産党のパンフレットを持って、お知り合いの方にお届け始めたんですけど。でも、また忙しくなっちゃってね、国会質問が立て続けにあるもんですから。[さすがですね、共産党さん、内部でも党派を超えて宣伝していく。そうじゃないといけないと思いますね。身近な人からですからね。それが出来なかったのが、申し訳ないけど、民進党なんですよ。大義名分は言っていたかもしれないんですが、隣の人の塀を直すことは出来なかったということですから。それ、凄いことですよね] ― それ、始めたばかりなんです。(笑) まだまだなんです。もっとお互いに知り合っていくことが大事なんです。委員会でもそうやっています。[みなさん、共産党は変わりましたねー。畑野君枝さんが言うんですから間違いないですよ。共産党歴が本当に長いんですから。酸いも甘いも知っている方ですから]

 

●最近の政治トピックス

 

[どういう活動をされているんですか?] ― 委員会は文部科学委員会、もう一つは法務委員会。二つの委員会に入っているんです。忙しいです。やっぱり子供たちの教育を巡っては財務省が教員を減らせとか、そういう圧力が凄い訳ですよ。[共産党さんが推進していたゆとり教育でゆとり世代と言うのが言葉になったじゃないですか] ― そういう訳じゃないですよ。[あ、違うんですか?] ― 違うんですよ。私たちはどの子も本当に成長出来るように、教育条件を整備しようと。内容はよくよく精選していいものをちゃんと教えられるようにと、そういうことを提案して。[学級の人数が多いからもっと少なくしようと言ったのは共産党がはじめじゃなかったでしたっけ?] ― ゆとり世代というのは教育の内容のことですよね。一クラスの子供の人数を少なくして、ちゃんと先生たちが子供たちに対応できるように、少人数学級ですね。そういう提案を私もしてきましたし、党としてもやっていきたいけれど、これを超党派でみんなでやろうというので、国会の中ではじまったことなんです。私も参議院議員の時に全国の中で先がけたような町にも行って見てきました。その頃は町独自でやると、国がけしからんと圧力をかけたんですけど。[文科省が!当時はそうだったんですか] ― それはね、町ごとにできるいいことは応援するのと同時に、だんだんとそれが認められるように、国会でも質問して。それで自治体ごとに少人数学級、35人学級とか、もっと少ない学級が町、市独自で出来るようになっていったんですけど。一番最後に残ったのは国の制度がなかったので、国の制度として小学校一年生と二年生は予算の面ですけど出来るようになったんです。ところが小学校三年生からはやられてないので、去年の2月の予算委員会で安倍首相にさらに進めましょうと質問をしました。安倍首相はさらに進めましょうと言ってくれたんですよ。[凄いじゃないですか!] ― 言ってくれたんですけど、進んでいないんです。[それはそういうことですか?問題ですね] ― そうなんですよ、問題なんです。小学校一年生と二年生で終わりじゃなくって、もっとみんなで進めていきたい。これも超党派で言っていることなんだけど、やっぱり財政の問題でいろいろ言ってくるので。今日もね、国会の委員会でそのことが議論になったんですけれど。[今日はどういう質問をされたんですか?] ― 今日は国土交通委員会というところに行きまして、リニア新幹線の問題を質問しました。[共産党は反対なんですって] ― はい。[いまさら反対されても、というのはないですか?] ― 今までは民間のJR東海がやってきたことなんで、よくわからない状況がいっぱいあったんです。[何十年も進んでなかったですよね] ― そうなんです。進まないには進まない理由があったなあと、私も今日質問で政府の答弁を聞いて思ったんですけれど、私は神奈川県で対象となる立ち退きとかね、地権者が何人いるかと聞いたら、1500人。[そんなにいるんですか] ― 山梨県も1300人もいらっしゃるんですって。ところが保障の締結が出来た所はどうか、ほとんど進んでいないんです。50世帯の神奈川県のある地域で、丸ごと移転して下さいと言われたら、はいはいと言えますか?どけないですよ。お墓もある、緑も豊か、蛍も飛び交う、子供たちが体験学習で来る。そんな所にドーンと山を埋め立てて車両基地を作る。とてもはいとは言えない。[これだけ進んだものなのにと私、先ほど言いましたけど、それは関係ないから言える話ですね。自分の土地だと思ったら、ちょっとそれは困りますよね。どこに怒りをぶつけたらいいか、共産党さんしかないですよね] ― ありがとうございます。みんなね、国が決めたらもうすいすいと進んじゃって、反対を言っても遅いんじゃないかと思うんですけど、今日聞いてわかったのは、全然住民の納得を得ていないから進んでない。[JRと国が勝手に前のめりになっている、地権者が同意しないからどうにもこうにもならない段階なんですね] ― おっしゃる通りです。これから地下を掘っていくんだけど、それだって10年かかるというんですよ。だからまだまだ先の長い話で、掘って出たごみをどこに持って行くか、行き先も決まっていないんですよ。[そういう事情があるんですね、地権者の方のね] ― ということで今日は別の委員会に行っていて、教育関係の委員会にも出ていたんですけど、他の党の議員も、うちの党の議員も財政をきちっと子供たちに出さないのはおかしいというので、文部科学委員会VS財務省みたいな戦いになって、今日はなかなか面白かったです。[財務省と文科省は、どちらが子供のためになるんですか?] ― 財務省はとにかく、お金を削る、削る、削るですよ。私たち文部科学委員のメンバーは党派を超えて、子供たちに必要な予算をと。日本の教育予算というのは先進国に比べも持っている経済力からみたら一番低い訳ですよ。力に応じてちゃんと出せばいいじゃないということを、今、一生懸命やっているところで。奨学金の問題もこの間、国会の近くの星陵会館で集会があったんですよ。私なんかの頃は凄く安かったんですよ。今は国立だと50万以上、私立だと90万、100万円。それ以外に入学金もかかる訳ですよ。施設整備費とかもいろいろ。教科書も買わなくちゃいけない。こんな高い国はない。その上奨学金は貸与、貸すから返さなきゃいけない。返す必要のない奨学金はない。大学生は本当に苦しめられている。それを50代以上の親の世代は知らないんですよ。私なんか授業料1年間、3万2千円でしたから。半年間、1万6千円。学生のみなさんは奨学金を借りたはいいんだけど、返さなくちゃいけない。月に4万1千円返していたという人がいました。だけど、若いからお給料、10万円代じゃないですか。東京に来て仕事を探してとなったら、家賃でしょ。だから奨学金を返しちゃったらほとんど残らない。だから学生さんでも、ご飯食べるの二日に一回にしているとかね。時々気絶する、携帯に出ないと思ったら気絶していた。そういう情況なので、これ以上若い人たちに負担を押し付ける訳にいかない。[共産党さん、いい政策を言いますよね] ― 本当に知らないことが多いじゃないですか。世代間で違うから、私の頃はこうやって大丈夫だったわよとか。私の頃は奨学金、返さなくてよかったんです。教員になったら返さなくてよかったんです。[学生ローンになっちゃうんですよね] ― 私、教員を辞めてこういう道に入ったんですけど、その時は奨学金を返さなくちゃいけなくなったので、返した額が14万だったんです。当時、私の初任給が14万円ぐらいだったんです。一か月分の給料ぐらいですよね。今の奨学金は滞納ということになったら、全部まとめて返さないといけないし、延滞金は付くし、というんで自己破産という情況。あるいは裏バイトとか。(「国立大学運営費交付金 12年間で12%削減」のパネルがアップに)今年の衆議院の予算委員会で安倍首相にこのパネルを見せまして。大学の運営のための国の予算を毎年、1%下げるというルールが作られちゃって。階段式にずっと12年間で12%下がってきたと。だから、これをもっと減らしていったら結局この先、どこ行くかというと大学の教育研究の内容が貧しくなる、あるいは学生の授業料をアップしていくことにつながるんじゃないかというんで質問をして、そういうことのないようにしなくちゃいけないというんで。今年度は減らなかったんですよ。12年ぶりに減らなかったんですよ。でもね、減らなきゃいいというもんじゃなくて、減った分、元に戻さなきゃいけない訳ですから。[2004年なんて、小泉政権のついこの間の話じゃないですか、こんなに減っちゃったんですね。畑野さんがいない間にね、苦労されている間に] ― そうそう、(笑) やっぱり、私がいなかったからこんなになっちゃったんですよ。これも党派を超えておかしいよねと、元に戻していこうよねというのと。それにとどまらず、授業料は高い訳だからもっと支援をして、高等教育、大学、大学院に占める支出というのも先進国の中で最低クラスですから。これもっと厚く応援しようよと。だって若いみんながこれからの日本を作るんじゃありませんか。[子育て世代に聞いたら、子供を産むの恐ろしいですよね。大学に入れようと思ったら年間どれだけいるのと思ったら。みなさん自分が生きるのに精いっぱいなのに子供の分までって、恐ろしいことですよね] ― こういうパネルを使って頑張ってきた訳です。[某自民党の副官房長官も言ってましたよ。共産党、キテるって。凄いって。人材も凄いって。もうちょっと実現的なことと、共産党が財力を持ったら怖いものないですね] ― もちろん私たちね、政権に参加していこうと、そして国の予算を本当に国民最優先に使っていく。リニアのための経済投融資、二年間で3兆円も使うんだったら、教育とかね。同じ鉄道でも駅のホームドア、転落死亡事故があるじゃないですか。私の地元でね、武蔵小杉駅というとこに行ったらね、もう落っこちそうになるぐらいに。駅員さんが「将棋倒しになるから止まって下さい!」と。そういう所に安全のホームドアを作るとか、そういうのに使ったらいいじゃない。それを作る工事の人の仕事にもなりますしね。循環していくんじゃないかなと思っているんですけど。私たち、野党連合政権というのを、昨日、志位委員長が第7回中央委員会総会で大会決議案で提案して。私たちは国民連合政府と命名していますけど、名前にはこだわりませんので。野党で連合した政権を作っていく第一歩となる今度の総選挙にしていきたいなと。野党共闘を広げる上でも、共産党は頑張りたいと思います。

 

●今だから言えるあの日のあの出来事

 

さっき七転び八起きの話をしたんですけど、2007年の参議院選挙の時に漫画を描いて勝負したんです。それだけじゃ受かんなかったわね。(笑) その前に2005年に補欠選挙というのがったんですよ。参議院の補欠選挙、1人区神奈川県で。その時に漫画を描いたら、漫画家らしいと言われちゃって。[この絵もそうですね!] (「まもろう憲法9条」ポスターのハトの絵を指して)これ一番気に入っている絵のひとつなんですけど。選挙の時にね、街頭で絵を描いたんですよ。[亜土ちゃんみたいに。(笑)] ― そうそう、そうしたらみんな寄って来てくれて。[それは凄いパフォーマンスですよね] ― 若かったから出来たというのもあるかもしれない。わかりやすい政治を絵に託したんです。あれは憲法9条を守ろうとうんでハトの絵を描いたんです。ハトと言うのは九という感じがあるじゃないですか。憲法9条を守る鳥にかけてハトの絵を。[後ろの絵もそうじゃないですか?後ろの絵、畑野さんのお顔ですよ。可愛い!] ― 私かどうか別として。(笑) [今日も描いて下さって。みなさん、これこのスタジオにあるマッキーで描いたんですよ、上手いと思いません?] ― シャカシャカと描いたので。もう画力、落ちてます。[こういう議員がいたらなという、憧れのアイコンですよ] ― 使ってもいいですかね、これ。[素晴らしいですよ!ささっとさっき描いて下さって。美大とか行かれたんですか?] ― いえ、全然。私ね、絵が好きだったんです。小さい頃から校庭の庭で白墨でずっと絵を描いている子だったんです。あとは漫画家になるにはストーリーだと思って、国語科に行ったんです。[そうしたら教師なられた] ― 才能がないなと気が付いて。[今は原作家がいて漫画家がいるじゃないですか] ― その手があったんですね。その頃はね、漫画と言うものは全部自分でやるもんだと思っていたんですよね。(笑) [この絵、上手いですよね、共産党ってこういう方がいらっしゃるんですね] ― うちね、結構、絵を描くの上手な人、多いと思いますよ。やっぱり政治家の仕事って、私の場合ですけど、人が好きじゃないといけないので。小さい時から人の顔を描くのが好きだったの。人が好きなので、人を見るのが好きだったの。でも書くと全部、自分の顔になっちゃうんですよね。鏡で見ている自分の顔が一番多いからかな。[永田町というのは国会議員700人位いますけど、みんな自分が好きなんですよ。でも畑野君枝さんは人が好きなんですよ、そこが違うんですよね。みんな自分が好きな人が多いんですよね。(笑)] ― 困っている人がいるとほっとけないもん。だから選挙もそんなに出ちゃったと思うんです。他に人がいないとか。[畑野さんじゃないとだめなんだよと言われちゃうとかね] ― (笑) その気になってしまって、頑張ってしまう。(笑) それでみんなが喜んでくれたり、元気になってくれたりしたらいいんじゃないかなと。それが私の幸せです。[共産党さん、来ますよ。政権を取る日が来るんじゃないかと、今日、お話を聞いていて思いました。だって世界の流れと一緒なんだもん] ― そうなんです!おっしゃる通り、世界の流れ、市民運動、市民革命が起きていて。それが分からない政党は乗り遅れていくと思います。[共産党、今まで弾圧と言ったら失礼ですけど、小林多喜二さんに始まって偏見の目があったじゃないですか。そういうのが払しょくされれば、あ、いいこと言ってるなとか、思う人がこれからどんどん出てくると思うんですよね] ― やっぱり、市民社会が成熟してきて一人一人が自分で行動する。誰かに言われてじゃなくて、自分で考えるという。それが色眼鏡なしに私たちとも一緒にやって下さるということなんじゃないかなあと思います。