福山 守
arc10
第84回
2013年07月31日 放送

自民党 福山 守 衆議院議員

(以下、動画より文字おこし)

自民党 徳島1区 1期目

●幸せ度数年表

(ダブルクリックで拡大)

第84回福山守

1952年、徳島県生まれ。
仙谷由人さんが相手がらの土地。選挙に出る時は自民より民主の支持率が高かった。
仙石氏は今東京で事務所を開いている。前回の参議院選挙では選対本部長をやられて
いた。自分は全県全国から応援を頂いて当選した。全県1区という言い方をするが24市町村全県から応援を頂いた結果。小選挙区制になってから自民は連戦連敗だった(5回連続)。郵政民営化の時の選挙では、民主39000対自民78000だったが、相手も1万以上
増やし底力のある人だと思う。
東京から帰って2年で市会議員になり1期4年勤めた後、38歳で県会議員になった。
麻布獣医大だったが、獣医にならずに、内需が疲弊して雇用力が弱く厳しい状況の国内の
様子を見て政治を志した。畜産の和牛や豚についても、土地ごとの特色を活かした銘柄があるし、農業においても日本列島土地ごとに特色のある農産物がある。県議の時は、畜産
振興議員連盟の会長をやっていたが、国外にもドンドン展開していくべき。
TPPという大きな問題もある。徳島は530億円弱で京阪神の市場でナンバーワンの売り上げ。京阪神の台所。TPPのマレーシア会議からの報告は明後日朝8時半からあるので
聞かなくてはならない。農業と工業(自動車産業)がメインで語られるTPPだが、実際は
食品衛生法、雇用、医療格差、保険の問題、訴訟法など、幅広い問題。
故郷の同級生と学生結婚。市議1期、県議6期、現在衆議院議員1期目。県議長、自民党
県連幹事長など全ての役職もやってきた。自民党が負けているので何としても勝負
しようと思った。政治の恩師は当時の徳島市長。市議の当時は官房長官などをやっていた
後藤田正晴さんがいた時代。後藤田さんはすごい先生でカミソリ後藤田と呼ばれていた。
県議1期目の時に後藤田議員を議員会館に訪ね議員会館での生々しい状況を見ていた
が、色々な情報が入り、偉い先生達が出入りしていた。県議選の時には後藤田先生に
応援に来て頂いた。甥っ子の後藤田正純さんの選挙の時には応援したが国会では自分の
先輩になる。県議から決意して1年1~2か月で衆議院議員になった。政治が好きでこの
世界に入った。当然市会より県会が面白いし、地方議員を26年経験して国会議員に
なってみると違う事がいっぱいあった。地方は首長も議員も住民が選ぶ。国会は立法府なので法律を作る。地方は首長と議員がやっていくイメージだが、自転車の大きな車輪と
小さな車輪の様なものでバランスが崩れる。法案についても数ある政調部会の中から
選んで参加して、そこで発言することができるので、自分が関わっている事が形になって
いくという遣り甲斐があり面白い。即戦力として期待が大きいので遣り甲斐がある。
都市とは違い地方は現実的に疲弊している。首都圏の少子化と言っても人口はそんな
には変わっていないが、鳥取60万、島根64~65万、高知76万、徳島78万弱のこの
4県が80万人を切っている。関西広域連合の議長をやっていた時は道州制の議論が出て
いた。関西広域連合は勉強会などもしたが7分野に渡って相互扶助的な協同組合の様なものだが、道州制導入であればやらないという事だった。何故徳島が関西かと言うと、
関西には130万人の徳島生まれの1世、2世がいるから。長男か技術職が無いと地元では
生活できない。若い人が出て行ったら子供がいなくなり先細りしていくのが目に見えて
いる。地元紙に2040年のシミュレーションが出ていたが、大変な事になっている。
日本の食の安全は冠たるものがあるので1次産業を基盤にしっかりやっていく事で地域間格差を無くさなくてはならない。衆議院議員定数も3人から2人になってしまう。
皆様にもっともっと知って頂きたい。日本はそれぞれの地域性が豊か。法案の中身の
整合性のためにも、難しい問題だがしっかり議論していきたい。
亡くなった中村博彦参議院議員は徳島の方。今朝2時半にご子息から電話があった。健康
状態などは本人も言わないのでよく分からなかったが。

●最近の政治トピックス

今回勝った事はむしろ厳しい。ねじれが解消して言い訳がきかなくなった。幹部の
人も謙虚に身を引き締めている。民主党政権の後、今回の選挙でも投票率は下がって
いる。民主党が下がった分自民党に来たと思う。自民党になって投票率も上げなくては
ならないし票も伸ばす努力をしないといけない。首長で人気を取ろうと思ったら、何も
やらずに普通の事だけやって会合だけ出ていれば良い。何か物事をやろうとすると必ず
賛成反対が起き段々落ちていく。日本を軌道修正しようと思ったら、支持してくれる
人達に接しながら信頼を得る事。東京から地元に「帰って来ている」という感覚で
思われてしまうが東京で勉強をして来る。保育についても東京横浜とは違って、徳島では
待機児童はいないし、需要の中身も違うが比較して考える材料になる。

●今だから言えるあの日のあの出来事

衆議院選挙に出る決意をし準備をしたが、相手候補を5000票のところまで追い込めると
思ったので全県の端から端まで廻った。徳島市の親戚縁者が市街にいるのでそれらの
浮動票を取り込む事ができた。去年春の水面下の世論調査で5分5分かチョッと負けて
いた。こちらが票数増やすと相手も同じ様に伸ばしてくる。互角になってくると追う方が
有利になって、調子が出てくると周りも乗っかってきて優位になった。相手は閣僚級の
人でも比例復活もならなかった。そういう意味では心理戦で実際は大変だった。朝9時か     ら夜8時まで歩くなんて嫌だと若い運転手が言っていた。台風の日には家にいる人が多いのでこんな日こそ行きましょう、とずぶ濡れになって一緒に歩いてくれた。暑い日には
水を2ℓ飲んで歩き、帰宅してからも1ℓ飲まなかったら元に戻らなかった。

●質問コーナー

Q:選挙で自民党から業界団体の方が出られたが、成長戦略に対しての足かせに
ならないか。
A:参議院比例区の事を言われていると思うが、しがらみは、これはこれと割りきら
なくては国家自体がどうなるか分からない。3本の矢を何としても成功させないと
未来はない。自分はTPP慎重派だが成長戦略として国益を考えなくてはならない
ので多少厳しい事があっても乗り切るためにグッと呑み込まなくてはならない。
安倍総理も執行部もしっかりやって行くので足かせにはならない。