秋野 公造
秋野先生バストシュット
第150回
2015年04月01日 放送

公明党 秋野 公造 参議院議員

『会いに行ける国会議員 みわちゃんねる 突撃永田町!!

USTREAM akasaka plus』

第150回のゲストは、公明党 秋野公造  参議院議員でした。

2011年10月、赤坂プラスのスタジオから生放送でおおくりするようになり、

節目の150回目。150回の中では初めて公明党の国会議員さんが登場してくれました!!

幼少期に、喘息とアトピーで苦しんだ経験を活かし、お医者さんに。

米国留学後、厚生労働省に入省、薬害問題全般に奔走。前回の選挙でおよそ84万票という高支持を得て当選した、秋野議員。ピロリ菌の専門家でもあります。

秋野参議員と初めてお話をさせていただき、改めて「歴史があり幅広く強固な組織の人選」はすごい!と感銘を受けました。

その頭脳とお人柄で、さらに次の選挙では票を伸ばしていただきたいと思いました。

(動画より文字おこし)

公明党 全国区 1期目(2015年4月1日収録時点)

[有難うございます、今日はご出演して頂いて]―ものすごく緊張しております。[この番組、先生で150回目なんですが、その前にも350人、全部で500人以上の国会議員が出ておりまして、公明党の方は太田昭宏代表以来なんです]―公明党を背負って頑張りたいと思います(笑)。今日は宜しくお願い致します。[(太田代表には)相撲の話をして頂いて…色気がありますね]―(私は)ありませんが(笑)、宜しくお願いします。[皆さん知ってます? この方すごいんですよ。第22回の参議院選で、何と84万票獲ったんですよ]―(会場内拍手)[みんな30万票いかない。ぶっちぎりでしょ?]―有り難うございます。しっかりその分仕事をしないといけません。[秋野公造さんは、お医者様ということですね。「胃がんはピロリ菌除菌でなくせる」(本のご紹介)ということで、ヘリコパクターピロリ菌が胃がんの原因になっている]―これが胃がんの原因でありましたので、その辺を書きました。浅香正博先生という、胃がん関係では世界で名だたる先生と対談形式で。一般の方に読んで頂けるようにイラストを多くさせて頂いております。これをぜひ読んで頂きたいと思って、お土産に持って参りましたので、どうぞ宜しくお願いします。[先生のパンフレットも拝見したんですが、何と胃がんの94%以上が50歳以上。加齢と、このピロリ菌が原因]―原因はもう、このピロリ菌ということです。[やっと認められたということですね]―そうです。その話からいきますか? それとも…。[…あとにしましょう(笑)]―あとにしましょう(笑)。ちょっと前のめりになっちゃいました。二分の一の方がガンに罹り、三分の一の方がガンで亡くなり、その中で一番罹るのが胃がん、というのは変わりがありません。ガン対策の中でいの一番に行わなくてはならないのが胃がんだと思いますので、後ほど…。

「●幸せ度数年表」

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秋野 幸せ度数年表

[1967年生まれ。どちらでお生まれに?]―生まれたのは神戸市です。[小さい頃は、喘息とアトピーを]―はい。喘息もアトピーも両方併発しました。夜になると発作が起きるのが怖くて。朝方に発作が起きますから、夜寝るのが怖かった思い出がありますね。アトピーも一緒に…今となっては(身体も)きれいになりましたが。[今はアトピーって多いですが、この頃ってアトピーって言ってたんですか?]―アトピーと診断はついていたのであったんですが、やっぱり今と比べると少なかったので、非常に目立ったんです。身体中は掻きむしって血だらけ、真っ赤になっていましたので、体育の時とか身体検査の時に脱ぐのが恥ずかしかった。顔だけが大丈夫だったんですが、首から下はアトピーで苦しみました。[友達の前では(身体を)掻きづらいですもんね]―そうなんですね。「掻くな、掻くな」という母の声を今でも思い出しますね。「掻くな」と言われたら、また掻いてしまうので…。[痛いのも辛いけど、痒いって本当に拷問ですよね。でもこれがあってお医者さんになろうと思った]―そうなんです。確かに大変な時期ではあったんですが、これが医師を目指すきっかけになったのは間違いありませんので。[大学はどちらに?]―長崎大学に進学いたしました。[(お医者さんは)何科になろうと?]―内科医です。卒業してこの大学で勤務をしたあとに、島原半島で地域医療をさせて頂きました。ちょうど雲仙普賢岳の噴火が激しい時期だったので、そういった意味では日常茶飯事に土石流で職員の家が流される、患者さんの家が火砕流で火事になって、泣きながらお戻りになる、こういったことを目の当たりにしながら…。はからずも災害医療の現場に、被災者と言っては言い過ぎになるかもしれませんが、被災地で仕事をさせて頂いたというのは、私の原点だと思います。[(幸せ度数年表が)ドンと下がっていますが、お父様の介護をされたということで…ご両親は何をなさっていたんですか?]―父は中小企業を経営しておりました。小さい機械関係の貿易をしていたので転々としていたんですが、父が店を閉めたのをきっかけに、みんなで長崎に戻ろうと。で、長崎に戻る時に私も長崎大学を受験して、みんなで戻ってきたということです。[ご兄弟は?]―姉と弟がおります。地域医療では非常にしごかれたというか、大変大きな影響を受けました。医師になって、張り切って地域医療の現場に行って、「さあ、今日は外来の初日。頑張ろう」と思って。9時になって「コンコン」とノックがあってドアが開く。患者さんが私と目が合った瞬間、ドアが閉まって、患者さんは帰ってきませんでした。25歳、こんな若造に命を任せられるか、という部分はやっぱりあったんじゃないかと。[厳しいですね]―医師として、医学的な知識があるだけでは駄目である、ということですね。そういう島原の先輩方から、人間的にも育てて頂いた。ショッキングなスタートでしたが、大きな良い影響を受けたと思っています。本当に感謝しています。[元に戻って申し訳ないですが、アトピーは治られた?治るんですね]―皮膚が弱い体質は変わっていないと思うんですね。カサカサするのは今でもあります。ですが子供の頃の掻きむしって大変だった時期と比べると、痒くなっても掻かないように充分コントロール出来てると思います。[やはりステロイドを塗ってらっしゃる?]―いえいえ、今は全くそういうのは必要なく、そういった意味では克服出来た、と。今は本当に元気ですよ。当選させて頂いてからもうすぐ5年になりますけども、病気もせずに元気いっぱい、頑張っております。[毎年(ピロリ菌の)検査されているんですね]―ピロリ菌は1回検査をしていませんでしたので。[いいんですか?毎年しないといけないって…]―胃カメラは一般論として毎年したほうがよろしいのでしょうが、ピロリ菌はいなかったので、もうそれからは検査はしていないです。だんだん聞きたくなってきたでしょ?この話(笑)。[…もうちょっと待ってくださいね(笑)。そして、お父様の介護に戻りますが…]―非常に尊敬する父でした。「まだこれから教えたいことがいっぱいあるんだ」と言いながら身体が動かなくなった父と対するのは、ちょっと辛いものがありました。仕事をしながら父に付き添うという辛さ…これが決して不幸せだったと言うつもりはないんです。ただ振り返れば、昼間働いて夜はずっと父に付き添って、それこそ父の下の世話も。今となっては父の下の世話をしたというのは私自身の誇りになっているんですけども、この時期はそれが理解できずに…。逃げ出したいという思いはありませんでしたが、いつ寝ていつ起きて、がわからない時期だった。そういった意味では医療あるいは介護は、介護する側の様々な生活の問題もあるんだな、と身をもって学ばせて頂いたのも、それからの自分の医師としての歩みにとって大きな影響だったと思っています。[この頃は大変だったと思います。介護保険も導入されたばかりですし]―介護に関わって、それを乗り越えることが出来たら…例えば父を見送るときに、もちろん別れる寂しさはあるんですが、晴れ晴れとした気持ちで父を見送ることができた、というのは、やっぱり介護をやり切れたという部分だと思うんですね。ただこれも、期間が長くなっていたら私も家族も本当に持ったのか、と。[お父様はおいくつだったんですか?]―私は遅く生まれたので、もう80(歳)くらいでしたけど。[病気ですか?]―最終的には老衰ということになりますけども、様々な…心臓も悪ければ呼吸器も悪かった。父に、最後に人口呼吸器をつけました。人口呼吸器をつけるかつけないか、というのは、家族の意見も正直言うと分かれました。呼吸器をつけてまで…「つけたら父らしくない」という意見、「少しでも父と一緒にいたい」という甘え、思い。色んな難しい問題を孕んでいるな、という事を体験した時期ですね。[そして、アメリカ勤務という事ですね]―アメリカの「シーダース・サイナイ・メディカルセンター」という病院で2年たらず。[長崎大学から?]―長崎大学を休職という形で、両方の身分で勤務をいたしました。全く違う環境でしたね、ロサンゼルスで暮らしましたけども。[アメリカの医療は進んでいるものなんですか?]―(アメリカは)こういう国民皆保険というのは整っておりませんから、日本の保険診療で行われる範囲の医療は、私は圧倒的に日本が優れていると思います。敢えて言うならば、お金をいくらかけても構わない、そういう医療をもしも求めるのであれば、もしかしたらアメリカのほうが優れているところもあるんじゃないかな、と。例えば、最先端と言われるものであったり、薬が高いものであったりとか、保険を超えた範囲の医療についてはもしかしたらアメリカのほうがレベルが高いものが有るかも知れない。[やはりアメリカはお金持ちのほうがいい医療を受けられる]―それはもう、そうだと思います。私の勤めた病院はまだちゃんと保険が一定程度はありましたが、例えばある額を超えたらあとは全額自腹であるとか。そして単価も圧倒的に高い状態なので、そういった意味では気軽に医療を受けるような環境にない、というのは、アメリカで身をもって感じたところですね。[覚悟して行かなくちゃいけない、お医者さんには]―そうですね。全然文化も違う所で暮らしたのは良かったです。[そして、(幸せ度数年表の)この「研究」というのは?]―研究はずっと続けていたんですけども…。[何の研究でしょうか?]―例えば、下垂体のガンの研究をさせて頂いたり、傷が治っていく研究をさせて頂いたり。原爆の研究所で博士号をいただきましたので、そういったことも。ちょっと宣伝させて頂きますと、たくさん賞もいただいたんです。[研究で?]―はい。日本内分泌学会・若手研究奨励賞、日本創傷治癒学会・研究奨励賞、ヨーロッパ組織再建学会・若手研究奨励賞。創傷治癒関係は、日本・ヨーロッパ・アメリカ、全部表彰をいただいて。[研究って、毎日研究室に籠って研究を?]―もちろん毎日とは限りません、患者さんも診ておりましたので、そことのバランスですけど。[ツイッターで来ていますけど、「なんで急にアメリカに行ったんですか?」って]―先輩方が、大学院を終えたらアメリカに…まあ順番に行くような背景もありまして。そういった意味では、ずっと言われた通り。上司から「行け」と言われたら「はい、わかりました」と言って、一度も人事を嫌と言わなかった(笑)。そして一生懸命研究をしたら、最終的に長崎大学から厚生労働省に出向となりました。[どうしてでしょうか?]―これも大学から。教授会で決めて下さいましたので、私は行くか辞めるかどっちかになってしまって(笑)。今まで医者として勤務しておりましたが、その日を境に官僚に。4年程いました。[一番の思い出は?]―色んな仕事をさせて頂きました。薬害に関わる仕事は全部かもしれません。エイズ、ヤコブ病、ハンセン病、肝炎。患者団体の皆さまとの交流は今でも続いておりまして、そういった意味ではそういう仕事をさせて頂いて良かったな、と。出向でしたから、2年経てば長崎大学に戻って、また元の生活と思っていましたが、大学の先輩や周りの方々の勧めもありまして、結果として厚生労働省の採用試験も受験致しましてギリギリ合格致しましたので。[すごいですね。おいくつで受けたんですか?]―もう随分年が(いってから)。[…ウラとかあったんですか?]―ありませんよ!(笑)[ごめんなさい(笑)、それぐらいすごいですよね]―いえいえ。でも合格した時は嬉しかったですね。厚生労働省の皆さまに大変良くして頂いて。全く新しい世界が広がりましたので、その時は一生官僚として生きていこうと思いました。試験もせっかく通りましたからね。今でも採用試験合格した時の喜びというのを時々思い出したりしますね。厚生労働省の中に検疫所がありますので、最後は羽田空港の検疫所の所長をさせて頂きまして。[そういうのもやるんですか!]―やりました。これは厚労省の人事です。ちょうど新型インフルエンザの激しい時期で、検疫の陣頭指揮をとったのは、これも思い出ですね。新しいウイルスでしたから、職員に何かあってはいけない、そして職員の家族に何かあってもいけないと思いましたから、絶対に感染してはならない。「手洗いとうがいとマスクはきっちりしなさい」と口やかましく言っておりましたが、私が一番にうつった(笑)。結果として、みんながニヤニヤ笑う中を隔離されて。家に帰りました(笑)。[どうしてホワイトカラーの方がうつるんですか?]―やっぱり診察をしますから。[役人である前にお医者様ですから診察をして、そこでうつっちゃう]―そうです。サーモグラフィで「熱が高い人がいるぞ、あの方をちょっとご案内して」ということで診察をして…もちろんマスクもして、手洗いうがい、私自身かなり徹底していたつもりでしたけど。やっぱり生身ですね、うつりました。[(会場から) 治るんですか?]―治ったからこうやって元気でおります(笑)。[(会場から) ひと月治らないとか…]―いえいえ、インフルエンザの一種ですから。タミフルが効くのも同じです。[去年はエボラ出血熱で…]―検疫所の方々は本当に大変な思いでお仕事されたと思いますね。みんな元気で頑張っているかな、と思います。[そして参議院議員になられましたが、どうしてですか?]―厚労省で勤務をしていたら、北九州の、当時参議院議員でいらっしゃいました弘友和夫さんからお声がかかりまして。自分が引退するから出ろ、と。[国会議員の方から直に]―そうです。悩みに悩みましたけども…政治家を目指すという考えは一切ありませんでしたので。先程も申し上げたように、国家公務員試験も合格して、医師としての公務員としての生き方に誇りも持っていましたので…。[医師の官僚っていないでしょ?]―いえいえ、そんなことありませんよ。ちゃんと採用試験を受けて、厚生労働省の中だけでなく、他の省庁にも医師免許を持っている国家公務員はいます。[結構いるんですか?]―結構いると思います。やっぱり医師としての治験がないとできない仕事がたくさんありますので、特に厚労省には医師免許を持つ公務員がいる、ということですね。[そして、84万票も集めて当選]―有難いですね。[そんなに獲ると、また来年も大変ですね]―しっかり仕事をやらないといけない、ということですね。そういった意味では、83万6,120票、この重みを振り返った時に充分にお答え出来てるか、というと、やっぱり襟を正さないといけない部分はあると思っています。

●最近の政治トピックス

[胃がんの原因は、ほぼピロリ菌だったと]―ガンと言ったら一般論的には生活習慣病、加齢も含めて色んなことが言われてますが、例えば肝臓がん。B型肝炎ウイルス、C型肝炎ウイルスといった感染症が原因でガンになります。胃がんも、このヘリコパクターピロリ菌が原因でした。感染症が原因となるガンは、これに生活習慣病対策をしても効果は限定的なので、感染症が原因ならば感染症対策でガン対策を行わないといけない。だから、一義的にはウイルス、あるいはその病原体に感染しないように気を付けるということ。もしも感染してしまったならば、それを追い出せるならば追い出すことがガンの予防につながる、そういうガンだということです。[まずは菌を取り除く、ということ?]―感染した場合はそういうことです。胃がんの原因がピロリ菌とわかっているのだったら、除菌を保険で行えばいいのに、どうしてそんな事が出来ないのかなあ、と以前から思っていました。単純なことで、国において「胃がんの原因がピロリ菌である」という意思決定が一度もなかったんです。つまり意思決定がないから、それが効きます、という薬の効能書きを書き込むことも出来ず、薬の効能書きに書いていないことを保険適用にしろと言っても出来ない。よって、この治療を患者さんの元に届けるためには、国に「胃がんの原因はピロリ菌である」と認めてもらわないといけない、というわけで国会で質疑をするわけです。当選させて頂いたのは2010年で、2011年の2月に国会で「胃がんの原因はピロリではないですか?」と。で、国が間接的ながら「胃がんの原因はピロリです」と認めましたので、ここから薬の承認、薬事承認、保険適用に向けて進んで、2013年の2月、保険適用になりました。[その頃から「ピロリ菌」というのが聞こえるようになった]―保険適用になって一気に注目が…俄然高まったと思いますね。出馬するときは、周りの方から「あなた、議員にならないで医者のままでいたほうがいいんじゃない?」と言われて返す言葉がなかったんですけど、そういった意味では「仕組みを作る」ことが出来たのは、非常に有難いです。で、クリップを…これは国会で実際に使ったものを持ってきました。この5つ、「胃・十二指腸潰瘍」に始まり「胃MALTリンパ腫」、「機能性ディスペプシア」、「胃過形成性ポリープ」、「突発性血小板減少性紫斑病」。この5つはもうすでに保険適用だったんです。これらが保険適用ということは、国はすでに「これらの原因はピロリ菌である」と科学的にも認め、効果があればこそ薬の効能書きに書き込まれ保険適用だった、ということなんですね。今回国会で頑張らせて頂いて実現したのは、この「慢性胃炎」の段階から除菌をすることが出来る、ということです。慢性胃炎の段階を経て数十年かけて「委縮性胃炎」が完成し、そしてその中からまた数十年かけて「胃がん」になる。慢性胃炎の段階でブロックしておけば、先に進まない、と。もうひとつ(慢性胃炎から)「未分化型胃がん」、スキルス胃がんとも言いますが、わりと若い方がなるんです。これは委縮性胃炎を通らないから、ここの数十年が無い分、20代30代で主になる。これも慢性胃炎の段階で止めておけば、先に進まない。今回の保険適用の成果としては、胃がんがおそらく減ってくるだろう、と。[今まで、(ガンの原因として)塩辛いものを食べてたとかお母さんが胃がんだったとか、迷信的なことが言われていた]―確かに塩分は増悪させる因子ではあると思います。「原因」と「悪くさせる因子」と分けて考えないといけない。[ピロリ菌は「原因」で、それを増長させるのが塩分であったり遺伝子であったり]―そういう考え方のほうがいいです。ピロリ菌に感染して数週間から数ヶ月で、100%慢性胃炎になる。ピロリ菌が入った以上、異物ですから免疫は追い出そう、追い出そうとしますので…[どこから入るんですか?]―口からです。ピロリ菌は土の中にいるんです。誰も土は食べませんでしょう?すなわち地下水を介して口の中に入る、ということなんですね。こう言うと「井戸水、湧水、沢水、明日から飲んだらいかんよ」と思うかもしれませんが、私たちは心配いりません。何故かと言うと、私たちの胃の中に胃酸がありますので、例えば肉を食べて、ジュッと溶かすことができます。個体をジュッと溶かして液体にして腸に送るのが胃の役割なので、肉を溶かせるのだったら、ピロリは溶けるだろう、と。ですから今日皆さんと一緒にピロリを大量に持って「せーの!」で飲んだとしても、ピロリはうつらない。[じゃあどうしてピロリ菌を持っている方がいらっしゃるんですか?]―そうなんです。胃液が出ていない時期がありますね。赤ちゃんの時です。[…えーっ?]―赤ちゃんは歯がありませんね。歯がない時期はおっぱいを飲んでいる。おっぱいを飲んでいる時というのは、ジュッと溶かす必要がまだそんなにないですね。その、胃液が充分に出ていない時期にピロリが入り込んだならば、そこに感染する、ということです。[だから最初先生は、ご自分は一度検査をして大丈夫だったから「大丈夫」と]―もちろん全部大丈夫かと言われたら、ちょっと私も口ごもります。例えば充分な消化能力がないとか…。だから、実は胃がんになるかならないかというのは、赤ちゃんの時に決まっている、と。[私、何度も(検査)していますよ。何度もしなくて良かったんですね(苦笑)]―もちろん遺伝的なものは、もしかしたらあるのかもしれませんが…だけど実は、家族が同じ水を飲んでいただけ、ということも。[要は、遺伝もDNAもあるかもしれませんが、生活習慣ということですね]―土の中にピロリがいるわけですから、胃がんはひとつの風土病と言えるかもしれませんね。[赤ちゃんの時にどういうことをするとピロリ菌が?]―例えば「赤ちゃんの時に、井戸水、湧水、沢水を飲ませないほうがいいですね?」と聞かれたら、「そうですね」という話になりますね。だけど私たちの世代になって、あるいは歯でガリガリ噛んで、充分に胃の消化能力が整っている時は、そんなに心配はない。[私はここ1ヶ月で歯を4本抜いているんですけど、大丈夫?]―大丈夫です(笑)。[(食べ物を)全部飲んでるんです、今]―え、飲んでるんですか(苦笑)。胃でジュッと溶かしてくれると思いますので。無酸症、低酸症の方は「じゃあ再感染するのか」と言われたら、私も口ごもるところがありますけども、一般論としてはあまり心配はない、と。[(会場から) 口移しでは?]―可能性は低いんだと思いますが「やらないほうがいいですね?」と聞かれたら、やっぱり「そうですね」という話になってくるんだろうと思いますね。そして感染率。(表を見ながら)現在に近い2010年のデータを見ると、60歳は8割感染ですよ。[えーっ?]―50歳、4割5分くらい。[どういうことですか?]―おそらく、水道の敷設と逆に相関をしているんじゃないか、と。以前(1950年)は若い人もピロリの感染率が高かった。それがだんだん(若い人の)感染率が下がっていっているその理由は、やっぱり水道の敷設、すなわち赤ちゃんの時から地下水を飲まなくなってきた、ということが言えるんだろうと思います。で、先ほど胃の中で胃酸が肉を溶かすと申し上げましたけど、胃自体も肉で出来ていますので、胃が溶けないように粘液を張るわけです。ここ(pH1~2 強い酸性)で肉を溶かして、自らは溶けないように守る(pH5~7 中性)。赤ちゃんの時に入ったピロリはここ(中性)に逃げ込んじゃいますから、胃酸で胃が溶けないかわりにピロリも溶かすことが出来ません。ですから赤ちゃんの時に入ったピロリはずっと住み続ける。で、当然免疫は異物を追い出そうと集まってくるわけですけど叶いませんので、薬を飲んで除菌するしかない、と。(表を見ながら)これは8年間追跡したデータですが…ピロリに感染しているから全員胃がんになるわけではありませんが、感染していない人が(胃がん発生率)ゼロというのも、重たいデータ結果ですね。今回非常にこだわりもありまして、胃カメラを飲まないと除菌の保険適用にならないようにしました。こう言うと、多くの方が「余計な事しやがって」と言うんですが…。[(笑)確かに血液でチャチャッと調べたいですね]―血液でも出来ます、おしっこでもうんこでも出来ます、「フッ」と吐いた息でも出来ます。じゃあこれらで検査して除菌して終わりにしたらいいじゃないか、と言われるんですが、ピロリに感染している人の中に、もうすでに胃がんを発症してしまっている人が一定の割合で混じっています。ピロリがいることがわかって除菌はした、あー良かった安心だと思ったら胃がんを見逃した、ということになってはいけませんから、胃カメラを飲んで頂いて、胃がんがあれば早期治療、なかったら安心して除菌をして頂く。そういう仕組みになっております。わが国で年間1,300万件胃カメラが行われておりまして、11万5,000件胃がんが見つかっています。100回胃カメラをすると1回胃がんが見つかる。今回保険適用させて頂いて、有難いことに初年度110万件の除菌が行われたようなんですね。ということは110万件胃カメラが行われ、その結果おそらく1万件くらいの胃がんが早期に見つかっただろう、と。将来の除菌とともに、目の前の胃がん患者を見つけ出して早期治療につなげることが出来た。自覚症状がないことのほうが圧倒的に多かったと思いますので、1万件もしも胃がんが見つかって早期治療になっておけば、これは本当に有難い話かな、と思います。[医療費の負担も軽減になりますからね]―医療費が一番かかる理由は、重症化してから(病院に)かかるからなんです。ひどくなる前にかかっておけば安く済むのが、我慢して我慢して、大丈夫、大丈夫って思って行かないことが、医療費を一番(かけてしまう)。[(会場から)「心配なんですけど」ってお医者さんに行けば、保険適用でやってくれるんですか?全然慢性胃炎じゃなくても]―そもそもピロリ菌がいない人には保険適用になりませんので。[(会場から)ピロリ菌がいるか調べるにはどうすれば?]―検診ですね。次に残された私たちの役割というのは、検診を勧めていくことなんです。保険診療の「保険」というのは国の役割ですから、国会で議論を行って国が行政として決めていくことになりますが、ガン検診は市町村の役割になりますので、国が頭ごなしに決めるのではなく、それぞれの市町村議会で決定をしていただくことになります。今、九州でもピロリ菌の検診をガン検診に加えるなど、色んな取り組みが行われておりますので。ガンが予防できる時代が我が国は来た、ということです。他の国でここまでやっている国はありません。[そうですか?]―そうですよ。ピロリ菌を見つけたマーシャル教授、オーストラリアの方ですが、会ってくれました。そもそも日本は胃がんの原因はピロリと認めてなかったわけですから、「日本の胃がん対策は遅れている」と言ってたそうですが、2011年に認めて2013年には保険適用、すなわち国費を使って胃がん対策を行うようになった、日本はすごい、と言って下さった。[お墨付きですね]―早期に見つけたらガンは克服出来る病気ですから、これに加えて予防まで出来るようになったわけです。胃がんで死ぬのは勿体ない時代になったということです。[大腸(ガン)もそうですよね?]―大腸の原因はまだ…こっちはまだ生活習慣病の要素がありますから、また別の対策をしていかなくてはならないですね。[私、内視鏡検査には敏感なので(笑)。毎年1回は受けると誓っているんです]―大事ですよね。毎年1回受けると、仮にですよ、仮にガンになったとしても早期で見つかる。早期で見つかったら乗り越えることができる、そのガンでは死なないということですから、毎年受けることは大変重要だと思います。

●今だから言える、あの日のあの出来事

[公明党は政権与党にいらっしゃいますが、今のカジノ法案や特定秘密保護法案とか、自民党に「待った」という役割ですよね? 暴走しないように]―自民党も公明党も異なる政党なので、当然のことながら考えていることが全く一緒ではありませんから、常に議論を戦いあわせながら。だけど自民党と公明党の連立の歴史も非常に長いですから、必ず最後は結論を出すことが出来る、と。カジノ法案についてはどこまで審議できるかわかりませんから…。[色々物申してる、ということですよね。集団的自衛権も…]―そうですね、平和をしっかり訴えているというのは公明党にとって大事なことですから、戦争を絶対にしない、ということで…[でも安倍さんが暴走している、と]―まぁ、あの(苦笑)、自民党という党が、選挙に臨んでも訴えてきた内容のご主張でもありましょうから、それは自民党の意見だとしても、それを連立の結果としてどうするか。そういった意味では、止めたというのか、お互いに話し合って出した結論ということだろうと思います。[そういうのはどこで話し合うんですか?]―与党の協議がちゃんとありますので。もちろん自民党は自民党の中で話をし、公明党は公明党の中で話をし、そしてお互いの与党の協議の中で成案を得る努力をし、必ず成案を出していく、というのが自公の歴史だろうと思います。[あと、軽減税率。ぜひお願いしたいです]―軽減税率、公明党だけが主張していた内容ですね。野党も無責任に「やれ、やれ」と言おうと思ったら言えたはずですが、そういう事も言わず、マスコミもどちらかと言えば厳しい論調のほうが多かったんだろうと思います。軽減税率を訴えた公明党は、最初はもしかしたら孤立していたかもしれませんが、低所得者対策も、消費税を増税するときには約束したはずですので…例えば手当を支払うというのもひとつの方法かもしれませんが、公明党が主張した恒久的な対策としての軽減税率を、10%に増税をする時に導入をしようと、今政府も含めて頑張っているわけです。ここは公明党がすっとリードしてきた内容だろうと思います。[自民党なども部会で色んな意見が出て、時には喧嘩したりもあると思うんですが、公明党内はないんですか?]―いえいえ、色んな事を考えているわけですから、当然のことながら政策論争は党内でも活発に行われております。政策論争があるから党がバラバラというわけでは決してないんです。最後にみんなで「これだったら行こう」という結論を出せるか。決めて、変えて、また変えて、ということはしない。それが自民党、公明党の歴史だと思います。[もう野党に戻れないですね]―…しっかりと仕事をしていきたいと思います(笑)。[(携帯電話を見て) あ、黄色ですね。黄色がイメージカラーなんですね]―はい、黄色がイメージカラーで。これは、さっき申し上げた北九州の弘友和夫さんが、黄色をずっと大事に三十数年間政治活動をなさってきた…先輩からいただいた色ですから、何でもこだわって、携帯も黄色、名刺入れも黄色、ネクタイも絶対に黄色。[鈴木宗男さんの黄緑色と同じですよね。…例え駄目ですか? ちょっと顔色が曇りました(笑)]―すぐ顔に出る正直者で(笑)。

●質問コーナー

Q : 毎年1兆円増えていく医療費。これだけ高齢化になると止むを得ないのかもしれませんが…。

A : 医療が進めば進むほど、医療費は当然増えていくわけですね。今まで出来なかったことが出来るようになると、それにお金がかかるわけです。だから医療の進歩を進めていく限り、医療費は増えていく。今は誰もがどこでも医療にかかることが出来る、非常に質の高い医療を我が国は提供しています。例えば、かかれなくしてしまえば、医療費はかからなくなるわけですが、こういう改革は絶対にいけないと思うんですね。だから、病気にならないように気を付けていく。予防に力を入れていくということが、医療費の削減になると思うんです。だからそういった意味ではこの…(ご自身の本を指さして) 結局ここに来るんです(笑)。これから(胃がんは)予防できるわけですので、これは間違いなく医療費を大きく削減することが出来ますから。すぐに出来ることはやっぱりみんなで予防していく、ということ。病気にならないと、それだけ健康的な生活が送れるわけですから。医療費の削減のためにも、これからも頑張っていきたいな、と思います。[ピロリ菌は、キスや割り箸で移らないんですか?]―可能性は極めて低いと思いますね。最初の話ですけど、胃酸胃液がある限り、防御する機能が備わっていますので、私たち世代は特にあまり心配はないのかな、と。予防で皆さんが健康になっていただきますように。[今日の「みわちゃんねる」は贅沢だと思いますよ。カウンセリングだったら何万円も払わなくちゃいけない(笑)。]―(笑)時間もオーバーしましたね。[私はいつまでも聞いていたいです]―また153回目くらいに呼んで下さい(笑)。