篠原 豪
篠原バスト
第160回
2015年07月08日 放送

維新の党 篠原 豪 衆議院議員

政令指定都市の横浜市議会議員から、維新の党の衆議院議員に。
国会議員のバッジを付けてから、わずか半年と少しで質問回数はなんと10回。
安全保障法案の採決に向けて動きが闊達な、維新の党ならではですね。
冷静沈着に見える篠原議員ですが、奥様を射止めた際は、とても情熱的。
逗子開成高校(ヨット部)から大学受験の際に、
前の日に宿泊した宿で出会ったのが奥様。福岡に帰る奥様を試験終了後追いかけて
いったそうです!

(動画より文字起こし)

維新の党 神奈川1区 1期目(2015年7月8日収録時点)

[大阪の市会議員から弁護士になった吉原洋文さんからのご紹介で。篠原豪先生も市会議員を…]―私は横浜の市会議員をやらせていただいておりまして。[政令指定都市の市会議員つながり。国会議員をやられてどれくらい経っているんですか?]―吉村さんと一緒で、昨年末の総選挙で当選させていただきました。1期生です。[今、永田町はどんな感じですか?]―我々1期生なので、大きな動きはなかなかわからない所もありますけど。色々と重責があって気の引き締まる思いであります。[維新の党の国会議員は40~50人いらっしゃいますよね? 大阪系と東京系と分かれているらしいですが、どうですか? 東京系としては]―我々1期生、吉村さんも含めて7人いるんです。その7人で結束して行動を共にしている、という感じで、先輩方からも結束が固いと思われていると思います。吉村さんは大阪の方ですし私は神奈川ですけども、仲良くやっています。

●幸せ度数年表

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[1975年。どちらで生まれたんですか?]―東京です。東京で生まれて、横浜で育っています。[どんなお家なんですか?]―いや、もう普通のサラリーマン家庭で、母は専業主婦、父は営業をやっていたので。[何の営業ですか?]―サービス業ですね。普通の企業で、まあ、よく名前の知られた所ではあるんですけど、広告関係ですね。[(幸せ度数年表に)詳しくは書いてないんですが、逗子開成中・高校? お坊ちゃまなんですか?]―いや、僕たちの時はですね、あの~…[ヨット部ですよ? ヨット部!]―ヨット部…(笑)!まず誤解のないように申し上げますと、お坊ちゃま学校であるかどうかというのはわかりませんけども、僕の住んでいる横浜市の金沢区という所では、昔はこの学校に多くの人が行くという、普通の学校でありました。逗子開成自体は、もともと東京の開成の兄弟校で、逗子という所は非常に自然が豊かで空気がきれいで環境がいいので、東京開成の学生が病になられた時に、療養しながら勉強する、ということもあったと聞いています。当時、結核とか色々とね。今はその関係は多分ないですね。[でも、逗子開成中・高のヨット部と言ったら普通じゃない感じ。近づきがたい感じですね。お金もかかるでしょうね]―お金はかかんないです、部活ですので。ヨットといっても、皆さんが想像されるようなラグジュアリーな感じ? そういうのとは全くかけ離れた(笑)。「ディンギー」というちっちゃなヨットで、すぐ引っくり返るし。どっちかというと体育会系な感じでありまして。逗子開成のヨット部と言えば、聞く人が聞けば「…結構大変だったね」と言われることもあります(笑)。[厳しい訓練の中、育ってきたんですね。…で、そのあとちょっと(幸せ度数が)下がってますが?]―僕はもともと、飛行機のパイロットになりたかったんです、旅客機の。ジャンボジェットの操縦をしたくて…世界中を、皆さんの思いを乗せて行くなんていい仕事だな、と昔から憧れてたんです。学力があまりなかったというのもあるんですけど、最大の理由は、目が悪かったりアレルギーがあったり。当時は、おそらく航空身体検査の条件にはなかなか難しかったと思います。いくら勉強してもね。[就職はどうされたんですか?]―色々と勉強が足りなかったこともあって…うち、結構厳しい家だったんで、望む大学に行かないのであれば、20歳になったら自分でやりなさい、と。ちょっとやりたいことがあって行きたいところがあったので、新聞奨学生として住み込みでやった時期があって。生まれてきて人生ずっと幸せだったんですけど、「自分で生きていくのは大変だな」とその時思いました。[それは辛かったでしょうね]―辛いというか、まあしょうがないですよね。[結婚は、どなたと?]―結婚は今の妻と、28歳の時にしました。[専業主婦なんですか?]―もともと仕事をしていたんですけど、子供が生まれて。今2歳なんで、パートで仕事してます。[横浜市議になられたのは、何歳の時ですか?]―36歳です。[中田市長の時?]―中田市長が辞められて、今現職でやられています林(文子)さんになってからですね。[なぜ政治の世界に踏み込んだんですか?]―真面目な話になるかわからないですけど、中学に入るか入らないかぐらいの時に、あるドキュメンタリー番組を観たんです。身寄りもなく財産もあまりない年金暮らしのおばあさんが、どういう暮らしをしているのか、という内容の。そのおばあさんに「人生の楽しみは何ですか?」と聞いた時に、「年金支給日に缶ビールを飲めるのが、人生の楽しみです」と言ったんです。うろ覚えですけど、物置のような所に住んで、「社会に迷惑かけたくない」と言って。僕は、高度経済成長の日本なのに「何でこんな社会なんだろう」と感じて、何でもいいから、いつか社会の役に立ちたいなと、当時ちょっと思ったことがありました。それから20代、30代の間は色々仕事をさせていただいて学ばせていただいた中で、今度は足りない勉強をさせていただいて。その間に、社会のことを色々考える仲間も増えてきて、皆で「今の日本を変えなきゃいけない!」と。[横浜市議の前は、どうやって食べていたんですか? 結婚もしていますが]―雑誌の仕事をしたり編集をしたり。紙媒体を作ったり、プランニングとか色々と。[(横浜市議は)何期やられたんでしたっけ?]―1期の途中で選挙に出ました。ほとんど4年終わるくらいのタイミングでしたけど。[どういうきっかけがあったんですか? 市議から急に国政というのは…]―僕はもともと「みんなの党」の政治塾で仲間が結構できて、その仲間何人かが一緒に横浜市会議員として(日本を)変えて行こう、と。で、政党も「結の党」に変わって、それから合流して維新の党にいるんですけど。[ボス的には江田さん?]―神奈川県は基本的に。今、県連の最高顧問をやられていますし、ずっと神奈川県のリーダーだったことは間違いないので。[江田さんもすごいクレーバーな方ですからね。役人や、何年もやっている議員さんも大変でしたでしょうね。誰も口では敵わない、みたいな(笑)。渡辺喜美さんは今どうしているんですか?]―すいません、ちょっとそこは…。[来週(喜美さんの)元秘書さんと食事するので、聞いてみますね]―ぜひ聞いて、あとで教えてください(笑)。[じゃあスピリッツは「みんなの党」なんですね。今、維新の党にいて「違うな」ということがあるんじゃないですか?]―いや、あまりないです。みんなの党が言っていたことも、「中央集権を打破して、税金の無駄遣いを省いていこう」ということでしたので、それは全然変わっていないと思います。[横浜市議から国政になられて、何か違うことってありますか?]―ひとつは、質問の回数が多いことですね。1期目で本会議で反対討論をやらせていただいたり、なかなかいい経験を。勉強させていただいております。[「レクチャー」と称して、役人の方を呼んで色々お話を聞いたりするんですよね?]―そうですね、役人の方に確認することもありますし、「こういうことを聞きたいんだ」という事をお伝えすることもありますし、質問だけお伝えして、ということもあります。[どうですか、色んな国会議員の方を見て]―最初に当選して本会議場に入って皆さんのお顔を見させていただいた時には、「あー、テレビで観る方々だ」と(笑)。

●最近の政治トピックス

[今日は(衆議院の特別委員会で)何の質問を?]―集団的自衛権…安全保障法制の委員会をやっていますので、その質問を。領域警備法をどうするか、という話で。例えば、我が国の領域内のところで、有事にならないまでも緊張感が高まることになるのであれば、どういう風に対処するか。今のやり方でいいのか、それとも今よりもうちょっと力を強くしてやったほうがいいのか。そういったところを整理しながらやっています。[それは「グレーゾーン」とは違うんですか?]―グレーゾーンです。[詳しく話していただけますか?]―我々としては、今「新三要件」の話をしています。重要影響事態と存立危機事態というのがあって、「存立危機事態は重要影響事態の枠に入るんですか?」と質問を。今までの答弁によると、「経済的な影響によって重要影響事態になることは想定していない」という話とか、まあ色々あるんですけど、なかなか説明が難しい。我々としては、グレーゾーンと言われてるところに対しては、今回「領域警備法」というのを出しました。政府案としては、もともと集団的自衛権を想定したものばかりですので、何かあった時にすぐ自衛権の発動だ、みたいな話になる。でもそれは現実的じゃない。やはりグレーゾーンに対して、自衛権の発動じゃなくて出来ることを、しっかりと法案としてやらなければいけないだろう、と。それを昨日、うちの党と民主党さんと、一緒に出すか出さないか、という話になって、色々報道はありましたけど、一緒に出すことになりました。[決裂じゃないんですね? で、今日の質問の答えは何だったんですか?]―そういったことを出されていることに対しては、まあ…「敬意を表します」と言ったかどうかはわからないですけど(笑)、政府としても決して悪いようには考えていない、と。[採決に向けて、どういう風にまとめていくんですか?]―採決に向けては、僕たち1期生はなかなかよくわからないところもありまして…。私たちは今日三本法案を出して、この審議を明日から始めていくことになっていますが、それを政府としては丁寧に真摯に審議するけど、国会日程は国会が決めることで政府が決めることじゃないので、ということでした。

●質問コーナー

Q : 世界的にすごく混乱していく上で、日本はどうやってリーダーシップをとっていけばいいか、先生のお考えをお聞かせください。

A : 日本はずっと、戦後から70年間憲法9条があって、いわゆるハードパワーではない外交で色々と交渉できる条件が、今だからこそあるんだろう、と考えています。パワーがハードパワーによるものであると、その時々の流れで不安定になることが多いし、日本の場合は財政的な余裕もあまりないので、新たに軍事力を増やしていこうとしてもなかなか難しい。日本が、なぜ戦後の焼け野原からたった20年で高度成長できたのか。これは間違いなく、西側の国として、アジアの中で唯一恩恵があったことは大きいんだと思います。もちろん日本には技術力もあったし勤勉性もあったし、そういったことと相まって高度成長した。しかし、今までの東西冷戦構造の崩壊が20年くらい前からあって、東西とのバランスが保たれていたものがうまくいかなくなった時に、20世紀の近代国家を欧米型主導で、法律も含めて秩序の形を作ってきたと思うんです。そこが限界に来ているから、今のような状態になっているのは間違いがないわけで、そうなると、今本当に日本が何が出来るかと言ったら、アジア周辺の緊張状態もどんどん状況が変わっていますから、現実的なことを進めていかなければいけないし、またソフトの面で色んな国と対話ができる数少ない国だと思いますので、そこを生かしていかなければいけないんだろう、と考えています。

[今、安全保障の改正をやっていますけど、これは国民が反対したとしても、私たちが選んだ国会議員がやっているわけですから…これが選挙の恐ろしさなんでしょうね。私たちの一票が今の法案作りに影響しているんだと、こういう大きな問題になると思ってしまいますね]―振り子の振れ幅が大きい、とよく言われます。ある時はこっちの政党がいっぱいとって、ある時は振り子のようにすぐにあっちの政党がいっぱいとって、という。[小選挙区になればそうなるのがわかってて、選挙制度も改正したわけですけどね。今度(選挙権が)18歳に引き下げられますね。どうですか?]―若い人が選挙に行かれるというのは、本当に良いことだと思いますね。[「若い人ほど議員の本質を見るよね」と(鈴木)宗男先生とも話していました]―なるほど。どういう方法で政治の情報を知るか、というのがすごい大事だと思っていて。例えば新聞ひとつ読んでも、各紙色んな切り口で書いている中で「どれが正しいんだろう」と考えていただければ、と思いますね。例えば大阪都構想をやりましたけど、大阪で大きな借金を作って、それを次の世代に引き渡していく。そういった中で借金を背負わされるのは自分たちなんだよ、という話をすると、大阪の高校生も真面目に議論を聞いてくれたりするんですよ。だから自分のことと思うようにしてもらいたい。その時に大事なのは、学校の中で政治について考えてもらう事はすべきだと思うんですけど、学校は政治的なイデオロギーを教えるところではないので、そういったところは除いて、「自分たちの社会作りに関わってくることだから、自分の目でしっかり見て判断するようにして下さい」と伝えていきたいです。

●今だから言える、あの日のあの出来事

―僕が今の奥さんに会ったのは18歳の時で、結婚まで10年かかってるんです。僕、男子校だったので、初めてしっかりと話させていただいた女性かなあ…。[じゃあ今、有権者の色んな女性と触れ合ってるから大変じゃないですか? 変な意味じゃなくて(笑)、色んな人がいるんで]―いや、それはないです(笑)。まあ、10年かかって結婚して。その間色々ありましたけど。[別れたりしてないんですか?]―付き合うことになったのは(出会ってから)8年目、9年目なので。[そうなんですか。それで、何が「今だから言える」なんですか?]―大学の受験会場で会って声かけたんです。[受験会場で? なかなかないですよね、試験受ける前に(笑)]―地方の国立大学を受けに行ったんですが、前の日泊まったのが、たまたま同じ宿だった。試験当日、朝ごはんを食べている時に見かけて…もちろんその時は話さないですよ? それで受験会場にマイクロバスで向かったんです。そしたら前の席で(彼女が)「今日は福岡に帰るんだ」と話していたのを聞いちゃったんで、空港に先に行って。今やったら大変ですけどね(笑)。ちょっと話してみたいと思って。[えー? すごい! 篠原豪さん、そんな情熱家に見えないんですけど(笑)。そこだけ聞くとラテンですね]―(笑)まあ色々ある、ということで。[そこまでさせた、というのは運命ですね。で、両方とも合格されたんですか?]―…それは聞かないでください(笑)。