茂木 敏充
茂木バスト
第200回
2017年02月15日 放送

自民党 茂木 敏充 衆議院議員

節目の第200回のゲストは、自民党茂木敏充政調会長でした。

トランプ大統領の「マール・ア・ラーゴ」から帰って来たばかりの、

萩生田光一内閣副官房長官からのご紹介で、特別出演してくださいました。

みわちゃんねる公開生放送以来、一番の観覧数でした。

華麗なる経歴、日本が誇る秀才の茂木議員ですが、

その陰には血のにじむような努力があるのだなという事が

お逢いしてわかりました。

 

自民党 (栃木5区) 8期目 (2017年2月15日 収録時点)

(動画より文字おこし)

 

[ついに政調会長、党三役が「みわちゃんねる」にやって来て下さいまして!どうも有難うございます] ― 200回目ですから、満を持して登場させて頂きました。(笑) [紹介、紹介、紹介でやっている番組なんですけど、今回は特別に私の八王子の地元の先輩の萩生田光一副官房長官にお願いをして。100回目に出たので200回目もお願いしますと頼んでいたんですが、いや、もっと俺よりビックを紹介するよということで] ― いや、今忙しいんですよ、彼は。官房副長官ですから。この間も日米首脳会談、安倍総理と一緒に。帰ってきた夜に会ったんですけど、ちょっと自分は忙しいから、政調会長、暇だろうから。あんたちょっとやっといてくれということで、今日出ることになりました。[本当に有難うございました。お忙しい中、来て頂きまして。今も話が出ましたけれど、トランプ会談をいかがご覧になられましたか?] ― 大成功だったと思いますね。これからトランプ大統領は主要国の首脳に会うと思うんですけれど、ある意味、安倍総理との会談がひとつのモデルとなると思うんですけど。まず、安全保障。この分野においは日米同盟の重要さを一回確認をして、トランプ大統領と安倍総理との間で一層強化していくんだということについて、内外に向けて発信が出来た。そして、尖閣諸島。これについて日米安保条約の五条を適用しますよ。アメリカはこれからもしっかり、アジア太平洋地域でコミットメント、プレゼンスを示していきますよと。こういったことも含めて全部カバー出来た。百点満点だと思います。[2月1日に予算委員会で日米同盟の強化を茂木さんは強くおっしゃっていたので。それを踏まえても百点満点だった訳ですか?] ― やっぱり言うべきことはきちんと言っていると。経済の分野についても80年代と今は違うんだと。例えば、自動車。一時どうなるのかなあという心配もあったと思うんですけど。80年代は日本の自動車メーカーは340万台を輸出していたんですよ。アメリカで作っている日本車は60万台しかなかったんです。今は390万台がアメリカで作っているんですよ。これはもちろん、トヨタの工場、ホンダの工場で働いている人もいるんですけど、その車を売っているディーラーさんとか含めると150万人を雇用しているんですよ。雇用を増やしたとトランプ大統領は言っているわけで、日本はちゃんと貢献していますよと、こういったこともインプット出来たと思います。[日本がちゃんとやっているんだ、ということを示せたということですね] ― お互いに経済関係を強めていくことが、相互利益につながるんだと。ウインウインだと。どっちが勝って、どっちが負けたじゃなくて、ウインウインの関係を作りましょうと。[コンサルがおっしゃるから、凄くきますね] ― コンサルじゃないですから、今は。(笑) 今は政治家ですから。(笑) [ずっと政治家をやってきた方よりも実体験に基づいている感じがしますね] ― 始めからずっと政治をやっていますから。(笑) [TPPの問題はどうでしたか?] ― TPPについてご案内の通りですね、トランプ大統領はすでにTPPから離脱をすると。こういったことで、大統領令にも署名してますんで、直ぐに動かすのは難しいんだと思います。ただ今回ですね、経済の分野については日米で経済対話の大きな枠組みを作る。日本の方は麻生副総理、アメリカの方はペンス副大統領、これがヘッドになってですね、エネルギーの分野とか、インフラの投資。さらには貿易、投資のルールについても議論していく。おそらくTPPでこの三年間、12カ国で議論してきた、これがベースなんですよ。そういった意味ではTPP、せっかく大筋合意したのにアメリカがこうなっちゃったら、何のためにやってきたんだと言う人がいるかもしれないんですけど。[共産党の方がこの番組に出て、梯子を外されたとは言いませんけど、そういう気持ちだったでしょうね] ― ただ、これまでやってきたことは、日米間で議論するにしてもいいベースになる、いい土台になると思っています。[そういった自動車の話、TPPの話をゴルフの間でも話していたというのは、本当なのでしょうか?] ― 話していると思いますよ。ただ、ティーショットを打つ時は真剣ですからねえ。(会場から笑い声があがる)OBを出さないように緊張しますから。トランプ大統領、飛ぶみたいですよ。[ゴルフをやられるんですか?] ― やります。[ご地元がゴルフ王国] ― 王国じゃないですけど。(笑) ゴルフ場はたくさんあります。ゴルフは好きです。

 

●幸せ度数年表

(クリックで拡大)

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[「みわちゃんねる」幸せ度数年表をやっておりますが、なんとオリジナルの幸せ度数年表です。事務所の方が作られたんですか?] ― 私が作ったんです。[えー!そうなんですか?さすがマッキンゼー・アンド・カンパニー!] ― いえいえ。まず、幸せ度ランキングということなんですけど、200回記念なんでちょっと勝手にタイトルを変えさせて頂きまして。世界のMoteging、Motegingというのは私のあだ名なんですけど。「世界のMoteging“BIG度”自己ランキング」縦軸がBIGです。横軸がYearということで。[幸せか幸せじゃないかということではなく、BIGかBIGじゃないかということで] ― どこまでBIGか。[日本に必要なのはそれですよ。アメリカはそれを取り戻したんです。今] ― アメリカはグレイトですけどね。メイク アメリカ グレイト アゲインですけどね。[足利市に生まれたということで。相対的に見て頂くと、振れ幅がありますね。落ちているところがいっぱいあるという] ― 5回、ランクダウン。[どういうご実家に生まれたんですか?] ― ここに書いてありますけど、北郷小学校月谷分校。分教場に行っていたんですね。[それが、ハーバードですよ!] ― 学年で一番出来たんですよ。学年といっても、ひとクラスで19人しかいなかったんですけど。分校ですから。4年生まで分校なんですよ。分教場は4年生までしかないんです。5年生になると、遠くの本校に行かなくちゃならないんです。本校は大きいんですね。カルチャーショックですよ。[自分より身体の大きな奴もいるし?] ― 身体というよりびっくりしたのは、4月入学でしょ。半ズボンの子がいるんですよ。半ズボンの子なんか、いなかったから分校は。何日かすると新しい発見が二つあって。びっくりしてガクンと下がるんですけどね。(最初のランクダウンの箇所を指して)ひとつは家庭教師。家庭教師が来るんだと、毎週、友達の家には。教師が家に来るなんて、ろくなことないですからね。(会場から笑い声があがる)怒られるとか注意しかないから。毎週、家庭教師が来ると。もうひとつ、問題集なんてものを持っている奴がいるんですね。教科書に付いている問題をやらなくちゃいけない、宿題でね。それだけで大変なのに、問題だけ書いてあるものを買っているんですよ。それでプラモデルが買えるのに問題集を買っていると。[茂木家では問題集は買わないで、学校の教科書だけで勉強していたんですか?] ― そうですよ。分校の生徒はみんなそうです。節約ですから、問題集なんか買わないで。ここでガクンと落ちるんですけど、頑張って足利高校へ。地元では進学校ですけれどもね。それから東京大学に行くと。[学部は?] ― 経済学部です。一回目の井の中の蛙が、分校から本校に行く時。二回目はアメリカに行くわけですよ。東大の時はそこそこやっていれば大丈夫かなと思ったんですよ。ところがですね、アメリカに行ってみたら出来る奴がいるんですよ。勉強しないと大変だこれはと。結構、勉強しましたよ。[英語で勉強するんですよね] ― もちろん。何ページじゃなくて、何センチですから。大変だなと。ここで二回目のランクダウンですよ。出来る奴がいると。[東大を出て直ぐにハーバードに行かれたんですか?] ― いえ、商社にいましたけど。[丸紅だそうですよ。綺麗な女性がたくさんいたでしょう?] ― (笑) ハーバードに行ってマッキンゼーアンドカンパニーへ。結構大きなプロジェクトもやったりして、海外に行ったりして。一応ビジネスエリートとしてはそこそこに収入も高かったですし、なかなか上手くいっていたんですよね。ところが、政治に出ると、衆議院に出ると。1991年ぐらいにそうしようかなと思って。93年に一回目の選挙でトップ当選出来たんですけど。変わったのは、マッキンゼーにいた時は講演に行くと、それは頼まれて行くと。集まっている所に行くんですよ。先に集まっているんです、みんなが。ところが今度は選挙に出るとなると全く逆になるんですよ。お願いして来てもらわなきゃならない。[90年というのは細川政権、日本新党。なんと、最初の選挙は37歳で自民党ではなかったんですね] ― はい、日本新党で出ました。[きっかけは何だったんですか?エリートで年収も高いし] ― 地元で国会議員がいたんですよ。その人がね、ちょっと脱税で辞めることになっちゃって。(会場から笑い声)その人を責めている訳じゃないんですけど。(笑) それで足利市の議員がいなくなっちゃったんですね。それで出て欲しいということで出たんですけど、その頃結構テレビなんかにも出ていましたから。[ビジネスエリートとして出ていらしたということですね] ― 出るとなったら、自分で集めなくちゃならないと。何でもやるからといいながら、そうでもないんですよ。陰ながら応援しますとか。何で陰ながらなんだとか。(笑) それで初当選する訳ですね。37歳で初当選する訳ですよ。それから自民党に入って、橋本政権、小渕政権と続く訳ですよ。主流派の派閥にいて、肩で風を切って歩くような感じで。ところが2001年に小泉政権になるわけですよ。自民党をぶち壊すと言って、急に非主流派になる訳ですね。なんか抵抗勢力みたいな感じになって。別に抵抗していないのに。(笑) それで非主流派になるんですけど、またここで頑張るんですね。ここで4回目のランクダウンなんですけど。37歳で初当選して、小泉内閣の時に初入閣するんです。外務副大臣もやったんですけど。初入閣をすると。そして福田政権で再入閣をすると。大臣、大臣と来る訳ですよ。復活したんです。ところが2009年、政権交代、野党へと。ガクンと。[でも、バッチは守った訳ですね。議席は守った訳ですよね。多くの方がバッチを外した中でも、栃木5区は守ったということですね] ― 野党で大変だったんですけど、そこから3年数か月。民主党のオウンゴールもあったと思いますけれど、「日本を取り戻す」というキャッチフレーズのもと、政権復帰を我々がして安倍内閣が出来る訳ですよ。57歳で経済産業大臣。1年8か月、経済産業大臣をやって、自民党の選挙対策委員長。これを2年間やりまして、去年の8月3日からは政調会長という形で。ここまで来て、何度もランクダウンしていますんで。下に行く可能性もありますし。(笑) [でも、戻る底力もありますし] ― 10年に一辺位来てるんです。見るとサイクル的に来ていて、ちょうど今、危ない時期なんです。(会場から笑いが起こる)[そろそろね。この番組に出るといろいろなことが起こるんですよ] ― やだー![有名になる方ももちろんいらっしゃいますし、スキャンダルを起こす方もいらっしゃるし。もちろん、大臣になる方もいらっしゃるんですけど。政調会長は二回目なんですよね、実は。一度目は野党時代だったんですね。野党時代の政調会長はどうだったんですか?] ― 野党時代の政調会長はですね、ある意味ですね、分野を決めて攻撃すればいいんですから。ただ、我々の野党時代には対案を出しましたから。きちんと政策提言もしましたんで。こういう風にした方がいいというのをやったんですけど。ある程度ターゲットを決めて、我々はこうして行くんだということが言えたんですけど。与党になると全部やらなくちゃならないでしょ。あらゆる政策を。[大臣の元締めみたいなものですよね] ― いやいや、そんなことはないですけれど。言ってみれば、学校時代に戻ると、選対委員長の時は毎日、体育なんですよ。毎日、運動ですよ。何メートル何秒で走れるかと。とにかく競争ですから。一着になれば当選、二着になれば落選。選挙ですから直ぐに結果が出て。校庭のどこかでですね、例えば宜野湾市長選をやると、これは砂場で幅跳びをやっていることになるかもしれないし。衆議院選挙、参議院議員選挙もやりましたけど、これは校庭全体を使っての大運動会ですよ。これも自民党組が勝ちましたから。なにしろ校庭に出て毎日、動いていた訳ですよ。それが政調会長になるとですね、まずは教室に入って全部授業を受けなくちゃならないですね。体育だけじゃないんですよ。国語、英語、理科、数学、保健体育、美術史とかやらなくちゃいけない訳ですよ。[そういうのが悪く言えば、しんどいなと] ― (深くうなずく)あ、今コメントしていませんから。(会場から笑い声)[人間ですからね] ― 私、コメントしいてませんから。(笑) [8回の選挙を勝ち抜いてきているということですね。足利近辺に行くと、地元のホープを国政にというキャッチフレーズでしたよね] ― それは10年位前で、「地元のホープから日本のリーダーへ」です。[そのポスターが地元の津々浦々まで貼ってあったから、茂木さんを知る前に、ポスターで存じ上げていて] ― 景観を害してすみません。(笑) 不愉快に思いをしたかもしれません。(笑) [担々麵がお好きなんですよね。登龍でお見かけするんです] ― あ、ビックリした。地元に担々麵が美味しい大童という店があるんですよ。そこまで追いかけられたのかなあと思って。(笑)

 

●最近の政治トピックス

 

[この間の予算委員会では非常に分かり易く説明をされていましたよね。まずは100兆以上となる?] ― 97兆5千億。[97兆の予算をどのように使うかを安倍さんに提言されていましたけど、私たちからすると景気が良くなっていないんじゃないかという実感なんですけど] ― はい、今回我々は5回目の予算編成になるんですけど。100兆近い予算ですよね、97兆5千億ということで。3つ位特徴があるんですけど。ひとつは景気を良くしよう、それによって税収を上げよう。一方で借金を減らそう、国債の発行額を減らしていくということを着実にやってきまして、5年前の民主党政権時代と比べると税収も14兆円増えているんですね。一方で借金といいますか、新規国債の発行額が13兆円減っているということで。経済の再生と財政の健全化、これを両立をするという予算を組んだと。これがひとつの特徴ですね。二つ目に一億総活躍社会、これについては財政は厳しいんですけど重点的に配分をしましょうと。例えば、保育所、これを拡充していくということで。毎年やってきたんですけど、この4月は我々が政権になって50万個の保育の受け皿が広がる。ただ、保育にしても介護にしてもそうなんですけど、受け皿だけ作ってもそこで働いてくれる人がいないとなかなか充実しない訳ですから。保育も介護人材についても処遇を改善する。給料を上げなくちゃいけないということで、来年度の予算でも保育士の皆さんの給料を2パーセント上げる。我々が政権について10パーセント上げる。月にして3万2千円上げる形にしたんですね。さらにそれだけではなくて、経験を積んだマネージャーさんというか、中心になる方についてはさらにその上積みをしましょうということで。最高で言うと4万円さらに上積みをするという形をとったんです。実はどうしても保育で仕事をしたいと思っても、なかなか給与面でも大変だということで他の仕事に移ったりする人がいるんですけれど。他の産業の平均の給料と比べて保育士さん、残念ながら4万円低いんですよ。キャリアを積めば、他の産業で働く同じ給料を取れるようにすると。それをさらに上げていくような措置をとる。今年から給付型の奨学金を創設することにしまして。私なんかもハーバードに居た時に助かったのは、給付型のグラントという奨学金をもらっていましたから。[それは優秀な人しか貰えないんですか?] ― いえいえ、みんな貰ってましたから。

家庭の環境に関わりなく、勉強したい、さらにいろいろな分野で活躍したという人にチャンスを与える。こういうものを作るようにした。そういった一億総活躍関係の予算も増やしましたし、さらには人工知能、凄いですよね。[AIですね!] ― 囲碁でも将棋でも人工知能が勝つような時代になってきている訳ですけど、人工知能。介護の世界ではロボットが使える、さらに車もこれからの時代は自動走行ですよ。こういう分野について重点的に予算を配分しましょうということで、来年度の予算では390億円、こういった分野に予算を増やすことにしたんです。もうひとついいですか。三番目の特徴が社会保障。社会保障費は予算の中でも大きな項目で全体が97兆5千億円。社会保障費がどれだけかと言うと、32兆5千億。ちょうど三分の一なんですよ。長寿社会になっていますから、当然毎年膨らんでいく。自然増と言うんですけどね。普通の状態で行っても膨らんでしまう。これをある程度で押さえないと次世代に持続可能な社会保障制度、これが引き渡せないということで。来年度で言いますと、自然増で6千4百億円あるんですけど、5千億に抑える。抑制をして、少し我慢をして貰う、例えば、小さなリスクについては出来るだけ自己負担でやってもらう。その変わり、大きなケガとか病気をしたらしっかり国が責任を持つから、安心して生活して下さいと。こういうこともやっていくと。そういう措置も取っているところです。[これから高齢者の基準が引き上げられますからね。最初におっしゃった保育の問題なんですけれども、私も地方議員出身なので、ずっと地方レベルで話してた話なんですね。それが今はどうにもならなくなり、首相が解決しないとならない問題になってしまったというのは、深刻ですね] ― そうですね。地域によってですね、本当に大変な地域もありますし。逆に過疎が進んだ地域もあって、地域によって抱えている課題というのは違うと思うんですけど。特に人口が増えている地域においては、仕事もしながら子育ても出来る、こういう環境を整えないと、本当は二人目のお子さんを持ちたいと思っても持てない。三人目を持ちたいと思っても持てない、こういう状況で。この赤坂に建設機械、ブルドーザーのコマツという会社がありますよね。あそこは本社、つまり溜池の赤坂で働いている方は平均出生率で言うと。0.9ぐらいなんですね。だいたい東京の平均ぐらいになるんですけど、メインの工場はコマツという名前の通り、石川県の小松にあるんですよ。ここでは出生率が一気に1.9になっちゃうんですね。我々は希望出生率を1.8まで上げていきたい。それをもうクリアしているんですね。子育てをするにもいい環境であると。あとは地方にも雇用がなかったらしょうがないですから、地方では雇用を作るということが重要ですし、東京では子育て出来るような、そして子育てと仕事が両立出来るような環境を作っていく。こういうことが重要なんじゃないかなと思っています。意外と真面目な話でいいんですか?

[もちろん、格調高い番組ですので。(笑) 昨夜、凄いニュースが入って来ました。金正男氏が暗殺されたということで] ― 完全に確認されたかどうかは別なんですけど、毒矢か何かでやったと。時代劇に出て来る忍者みたいな感じですよね。北朝鮮、いろんな挑発行為を先週末も行ったりしてまして、これから国連の場でも安保理で新たな決議を模索したり、日本、アメリカ、韓国が連携をして。さらには中国、ロシア、北朝鮮に対して影響を持っている国を一緒に巻き込んで、国際社会全体で北朝鮮の挑発行為を止めると。ということをしていかなくちゃいけないなと思っています。[2月1日予算委員会の代表質問の時も危惧されていましたし、この間のトランプ大統領とのゴルフの後も、直ぐにミサイル発射という、タイミングはそれを意識しての発射だったんでしょうか] ― 北朝鮮の行動については、我々が分析し尽くすというのは難しと思うんですけれど、少なくとも日米首脳会談が行われ、その中でアジア太平洋地域の安定のために日米同盟の強化をする。東アジアの情勢で言いますと、北朝鮮の核、ミサイル開発、こういったことを止めていく。このようなことを合意している時にやったことは間違いがないわけであります。ただ、そこで夕食会の後に総理が毅然とした姿勢を示し、その横にトランプ大統領が立って100パーセント支持をすると。非常にいいシーンだったんじゃないかと思います。[信頼関係として、人と人としてはスタートダッシュは良かったんでしょうか] ― 私も1月の中旬過ぎ、大統領の就任式は1月20日でしたけど、その直前にアメリカに行ってきましてアメリカの上院議員に会ったり。それから、アメリカのシンクタンク、これが結構、影響力を持っていまして。ヘリテージであったりハドソンであったりとか。そこの所長さんとも会ってきたですけれども。トランプ大統領との付き合い方、信頼関係を作らないとなかなか始まらないと。ツイッターで何を書かれちゃうかわかりませんからね。(笑) 信頼関係を作ると。二つ目に、トランプ大統領はアメリカ第一主義。アメリカを偉大な国にすると。日本はそれについて、いくらでも協力出来るし、パートナーであるということで、お互いの利益になるような大きな枠組みを作りましょうと。そして新しい大きな枠組みの中で具体的な協議に入って。この三段階のアプローチで信頼関係を作る、そして大きな枠組みを作って具体的な協議をしていくということで、信頼関係は間違いなく出来た。大きな枠組みはさっき言ったように経済対話。麻生さんとペレス副大統領との間で作った訳ですから。そう言った意味ではアプローチは上手くいっているんじゃないかなと。ゴルフのアプローチが上手かったかはちょっとわかりませんけど。[(笑) 私たちに分かり易く、外交という名の接待を見せて頂いて、皆さん、凄く感じるものがあったのではないでしょうか]

 

●今だから言えるあの日の出来事

 

さっきのランキング(幸せ度数年表)をもう一度出して頂いていいですか。比較的、美しく書いたんですよね。実際ここで瞬間的にガクッと落ちているんですよ。[どうしてですか?] ― 大学受験という時に、一校しか受けていなかったんですね。東大だけ、たまたま一校しか受けてなかったので。一校しか受けていないのに、入試、遅刻なんですよ。入れてもらえて良かったですね。[通ったんですか?] ― 通りました。でも、入れてもらえなかったら。[なぜ、遅れたんですか?] ― 計っていた訳じゃないんですけど、1時間は遅れたと思います。ここで落ちていたら、挽回するのは厳しかったです。試験官に感謝しています。[どうして遅刻してしまったのですか?] ― 一般的には朝ですから、寝坊したということじゃないですか。(笑) [大物ですね!] ― いや~、前の晩までは起きるつもりだったんですけど。[凄い方ですね!] ― 凄くないです。遅刻しない方がいいです。(笑)

[家族構成はどうなんでしょう?] ― 妻がおります。息子もおります。[こういうお父さんだと、どういう教育をするんでしょう。背中で分かりなさい、という感じなんでしょうか。結構、厳しいんでしょうね] ― 全然。勝手にサッカーをやっていますから。[ご家族と触れ合う時間はあるんですか?] ― はい、週末とか。息子は海外にいるんで。[どちらですか?] ― アメリカにいます。[一時間遅れたのは、何の学科だったんですか?] ― 国語です。鮮烈に覚えています。国語はですね、漢文で点数を取ると。パーフェクトに漢文で取ると。古文でかなりなところを取ると。現代国語は間違えることがありますから。どうしても、出る範囲が広いから。[ここはポイントですよ!] ― 受験生の皆さんがいらしたら。[ここにはいないです。(笑) ご子息とかお嬢様にね] ― それでもう一回大変だったのは初入閣の直前といいますか、2002年から外務副大臣になるんですよ。2003年の3月20日にイラク戦争が始まるんですね。その直前、3月3日ぐらいとそれから直後の、5月の始めにフセイン大統領の頃のバクダットに行っているんですね。結構、危険度が高かったですね。いつも日記なんか付けないんですよ。でも行っている期間は、何かあった時に記録に残しておかなくちゃならないということでですね、日記を付けたんですよ。読んでいいですか。「3月5日以来、二か月ぶりにイラクの首都バクダットを訪問する。日本政府の高官としては戦後初のバクダット入り。前回は空路だったが今回はまだ空港が使えないため、陸路での度となる。5月11日、日曜日。AM 6時 アンマン発。早朝の出発は朝寝坊の僕には得意ではないが、イラク国内はおいはぎが出現する危険があり、日が高い内にバクダットに入らなければならない。ヨルダンのアンマンからイラクのバクダットまで550キロ。10時間の長旅が始まる。鉄の塊のような防弾車で6台のコンボイを組み、一気にヨルダン国境まで走る。途中、落差がほとんどない平原で何度か羊飼いの群れに出会う。ちなみに中東の羊は臭みがなくてとても美味い。AM10時半、イラク入国。ヨルダンからの出国には少し時間がかかったが、先遣隊から1時間半かかると言われていたイラクへの入国手続きは10分で完了。米軍がイラク政府に代わって入国審査のようなものをやっている。後でパスポートを確かめると入国のスタンプは押されていなかった。PM4時半、バクダット市内に入るとガードレールや中央分離帯に破壊、分断が見られる。街中では空爆を受けた建物と残っている建物がくっきりと分かれている。これも精密誘導兵器の効果なのだろうか。露店で酒、タバコ、ガソリン等を売っている。ガソリンスタンドは給油の車列が延々と続き真夏のような太陽が照り付ける。ただ人々の表情は敗戦に打ちひしがれているというより、フセイン政権の抑圧から自由になったという解放感の方が強い」

[貴重なお話ですね] ― 意外と文章、上手いでしょ。日記ですけれどね。[みわちゃんねる出演の際にさっと出て来るところが、事務能力にも長けてなっしゃって。秘書さんは大変ですね] ― いや~、違うんです。本を書いた中に、日記を載せていて、そのページをコピーしてきたんです。(笑) [本を10冊ぐらい出されていらっしゃる] ― 7冊です。[そういうのも、ちゃちゃっと書いちゃうんですか?] ― ちゃちゃでもないです。(笑) [本当に文武両道、何でも出来る人を目の当たりすると何とも言えない気持ちになりますね] ― でもね、やっぱりね、あの頃のバクダットは危険でしたよ。3月3日に一回目は小泉総理の特使で行って。当時ですね、フセイン大統領のナンバー2だった、タリクアズシ副首相と二時間交渉するんですけど。このままいったら大変なことになるから、今ある兵器とか査察を受けた方がいいとう話もしたんですけど。当時は福田官房長官なんですよ。行ってきますという挨拶に行ったら、「茂木君、危なかったら途中で帰ってきた方がいいよ」という話しで。(笑) 親書を僕が預かっているのに、官房長官が途中で帰ってきていいよはどうなのかなあと思ったんですけどね。[お付きの方とかはいらっしゃらなかったのですか?] ― 外務省の人間はいましたけどね。[外務省の方だって自分を守るのに必死なわけですからね] ― ヨーロッパ経由でヨルダンに入ったんですけど、その頃はトランクがちゃんとヨルダンに届かなかったりいたんですよ。私のトランクはちゃんと届いたんですよ。ですから着替えもあったんですよ。ところが一緒に行った外務省に人間のトランクは届かなっかったんですよ。ですから彼は四日間、着替え無し。それも昼間は43度ですからね。[なぜ、モテギンさんのトランクだけ届いたんでしょう。やっぱり持ってらっしゃるから、政権中枢まで行かれているのでしょうね] ― いや~、あまりそんなところで運を使っても良くないですけど。(笑) [今でこそ笑って言えるお話しですが、この時は明日をも知れないからこうやって残しているわけですからね。またそういう場には行きたくないですよね] ― いや、そんなことないです。別に好んで行く訳じゃないですけど、日本としてのミッションというか、いろいろなことを国際社会の中で果たしていくことは必要ですから。それはそれぞれの持ち場で仕事をしていかなくてはならない。政治家と言うのはそういうものだと思います。そういう責任感なり使命感を持ってやる仕事だと思っています。[もうひといつ聞いていいですか?世界一安定していると言われる安倍政権にいてどうですか?] ― 安定しているのは間違いないと思いますよ。ですからトランプ大統領との会談も上手くいいったと。何かの約束をする、でも来年政権が変わってしまうとしたら、コミットしても出来るんだろうかというところがある。安定している政権で、同時にですね、地球儀を俯瞰する外交ということで、いろんな国のトップとも会っている。今ドイツがどうなっているか、イギリスがどうなっているかとか、アジアの情勢がどうなっているか、非常に良く安倍総理はご存知ですし。しかも、まず場をこなしていますよ。国会でもだから上手くいくんだと思います。[もう時間が無いということで閉めたいと思います。この番組はどうでしたか?] ― 楽しかったですよ。[そうですか!貴重なお時間をどうもありがとうございました] ― 300回の時にまた、萩生田副長官が忙しくて、暇な私でよければ出ますので。(笑) [嬉しいお言葉をありがとうございました!]