落合 貴之
落合バスト
第161回
2015年07月15日 放送

維新の党 落合 貴之 衆議院議員

学生時代から田中秀征氏に傾倒し政治の世界に憧れを持つ。

三井住友銀行から、江田憲司衆議院秘書→松田公太参議員秘書という政歴を積む。

みんなの党の支部長として活動していだが、特定秘密法案に反対し離党するという気骨のある落合議員。

安全保障関連法案の委員会での採決の日ということで、維新の党としての反対意見や、

委員会採決欠席の信念などを語ってくれました。

 

(動画より文字おこし)

第161回 落合貴之 衆議院議員(東京ブロック 東京6区)

1期目(2015年7月10日収録時点)

[この日を待っていました。落合さんが議員になる前から、私達知り合いだったんですよね。江田憲司さんの秘書さん時代、そして松田公太さんの秘書さん時代ということで。あれから10年近く経っていますよね] ― ほんとにそうです、そうです。[ウキペデュア見たら、ほんとかどうかわかりませんが、江田憲次さんの秘書時代のあだ名が] ― 麻呂。(笑) [松田公太さん時代のあだ名が] ― 寝ぐせ王子。(笑)  [どっちにしても、公家系というか、いいですよね]  ― 寝くせだけは今は気を付けています。[その後はみんなの党に入党されたんですよね] ― 立候補して一回落選して、今回当選出来ました。[そうですか。おめでとうございます。これは一番最初に頂いたチラシなんですけど、この番組500人位国会議員の方が出ていて、500枚以上このようなチラシを見ているんですけど、落合さんは性格がいいです。選挙区で負けた越智隆雄さんの名前まで書いてあるというのは。普通は皆さん、小選挙区だと妙な感情が入って、名前を出すのもやだ、あいつのこと言うのもうやだなんですけど、書かれるというのは凄いなと思いました] ― 気づきませんでした。[皆さん、同じ刷り物に名前がというのは嫌がるんですよね。東京6区世田谷なんですよね。今日は世田谷のハイソサエティーの奥様がいらして下さっています。応援団ですね] ― はい。(笑) [今日は安全保障関連法案の採決があった劇的な日なんですよね。歴史に残る日ですよね。採決まで注目されていた維新の党のスタンス、どういうスタンスなんですか] ― 国民的な理解が深まっていない、それから法案の内容がかなり怪しいということがわかってきた中で採決するというのは、まったくおかしいことですので、採決を取ること自体がおかしいということで採決を取る時は立ち上がってみんないなくなるという形で。[採決も反対ということで欠席をされたと] ― 反対討論はやって、討論が終わって採決に入りますという時は反対していなくなったということですよね。[意見は統一できたんですか。] ― 今日の午前中に衆議院議員、参議院議員集まりまして全会一致で採決の時には退席すると、採決を取ること自体にも反対するとまとまりましたので。[これから世田谷の皆さんにどう説明するかですよね。いろいろ大変な質問が待っていますよね] ― 法案自体は重要な法案なので、なぜだめなのかをわかってもらうことが重要だと思います。[これのもとはどこかというと2012年の選挙なんじゃないかと思ってしまいますね。あの時はアベノミクスとか景気の回復を期待したんですけど、こんなことが待っていたんだと。実際それが稼働する時に皆さんどう思うんでしょうかね] ― 民主党政権がだめだと国民が思って一気にワーっと安倍さんに表を入れて、もう回の選挙でもっと入れて。[今度は景気回復ではなく安全保障法案が待っていたという] ― 我々も安倍路線は危険だということを訴えて選挙を戦ってきているので。2012年からそれを続けてきたので。他の政策にしても危険な路線が多々ありましたんで。それを国会でいかに正していくかということが重要ですね。

●幸せ度数年表

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第161回落合貴之

 

 

 

 

 

 

 

 

[1979年どちらでお生まれになったんですか] ― 世田谷です。[お金持ちなんでしょうね(笑)] ― それが、昭和の前、世田谷が田舎だった頃からの家なので。普通の職人の家です。[世田谷のどちらなんですか] ― 駒沢です。[そして田中秀征さん(幸せ同数年表を指して)] ― 私が中学生の時に日本は細川政権が発足して自民党政権が終わったんですよ。その仕掛け人だった田中秀征さん。政治に興味を持ってこの人が一番凄い人だと思って、中学を卒業したあたりに手紙を書きまして。そうしたらその時、毎日テレビに出ていた人が返事をくれたんですよ。それで、絶対に将来は秀征さんみたいになろうと。[もちろん秘書さんに書かせた手紙ですよね] ― それが最近になって手紙を持ってい行ったら、自分が書いたやつだと言っていました。それまでは人生であまり政治に興味を持ったことがなかったんですけれど、ここら辺あたりから将来は絶対に政治家になろうと思って。[穏やかなお顔をされているので政治に入るような感じでは] ― 学校の授業中も下向いて田中秀征さんの本を読んでいました。(笑) [傾倒されていたんですね。テレビに出ていて露出も多かったから] ― そうですね。学生時代は学生のシンクタンクを立ち上げたりですとか、沖縄サミット学生版というので、世界の学生を集めたり。そんなことしているうちに、政府税調が学生の委員を選ぶということで選んでくれて、政府税制調査会に出させてもらって。[それは何年ごろですか] ― 私が学生のころなんで2000年前後ですね。[そういうのはネットで調べるんですか] ― 自分がイベントとかやっているうちに口づてに広がっていくという感じですね。[大学はどこに行かれたんですか] ― 慶応大学経済学部です。経済のことを知らないと政治は出来ないと思って。国民がご飯を食べられなかったら政治家の存在する意味がないですから。[銀行員だったんですか。どちらの?] ― 三井住友です。[え、越智さんと同じだ。大学まで一緒なんですね] ― 学生時代に政治家の事務所を手伝ったりしてたんですけど、江田憲次が新人で落選していた時。[バックパッカーでハワイから帰って来た時にお手伝いをされていた?] ― よくご存知ですね。江田憲次が40ちょっとのとの時ですね。[奥様に大人気の時でしたよね。ワイドショーのコメンテーターされていましたからね] ― 政治の世界を見てみると企業で働いたことがある人が少ないので、いきなり若い時に政治の世界に入るとおかしくなっちゃうと思いまして。[永田町の定説は学生のころから秘書さんみたいなことをやってそのまま永田町にどっぷり浸かるという。永田町の常識が世界の常識になってしまうというのがありますよね。] ― それでまずは、大きな組織で日本の社会を経験しようと。[それは政治家になるための前段階ということですよね] ―そうですね。銀行員として活躍してから選挙に出ようと思っていたら、もういてもたってもいられなくなって、政治の世界に途中で来ちゃったんですけれど。三井住友銀行に入社して3年目に郵政選挙だったんですよ。[これは血が逆流しちゃいますね。歴史的転換点があると] ― 上司にすぐ選挙出るために辞めさせて下さいと言いまして。そこから自分が受かるまで10年かかっちゃったんですけど。[永田町に入った政歴は江田憲次さんの秘書さんが一番最初ですね] ― はい、2005年ですね。[その時確か江田憲次さんは無所属でしたよね] ― 無所属の地元秘書をやるというのは結構大変でした。[でも一番いろいろな物が見えてくるところですよね。政党助成金は無いわ、大きな組織も無いわ、本当にしがらみの無い世界ですよね。江田さんの人気だけで] ― ちょっと手を抜くと直ぐにだめになっちゃいますから。伝統と看板がないと。[江田さんは厳しかったですか?] ― 正直、私にはそんなに厳しくなかったんです。そんなに厳しかった印象はないですね。今でも。[出来すぎちゃう方ですからね。東大から経産省行って] ― 怒りっぽいことは確かですけどね。(笑) [そしてみんなの党の結成ですね] ― 党の設立に関わった、今になって考えてみるとめったに出来る事じゃないですからね。構想から設立まで1年かけて作りましたからね。[そして松田公太さんの秘書もやられたということですよね] ― 公太さんも元銀行員で、三和銀行の後にタリーズコーヒー(創業者)で、政治の世界をあまり知らないということで、江田さんの所からレンタルさせてくれということで行きました。[どうでしたか?] ― 大変勉強になりましたね。久し振りに民間の人と一緒に仕事をしましたし、ベンチャー企業の社長になる位の人ですから、いろんな能力がありましたね。ベンチャーに興味がある人は凄く勉強になるんじゃないですかね。[今、江田憲次さんと松田公太さんと落合さんは党的にはどうなんですか?] ― 江田さんは一時期違ったんですけど今は一緒でして、公太さんは今違う所にいますね。(笑) みんなそれぞれ。(笑) [恨みあったりはしてないんですよね] ― はい、今でも、元弟子と師匠ですんで。2012年31歳の時ですね。候補者になって初落選。落選していろいろ見えてくるものもありまして、落選した日に結婚することも決めたんですけど。どうして決めたかはちょっとわからないんですけど。独身から結婚したことで人生が2倍というか経験にはなりましたね。政治家だといろんな経験してないとだめですものね。あと本を読む時間も。10年間秘書をやっていて凄く忙しかったので。晴耕雨読で、自分がどうあるべきか、日本はどうあるべきか考える二年間になりましたね。〔その時はみんなの党の政党助成金があったんですか〕 ― 助成金を途中までは貰っていたんですけれど、僕が法案に反対して無所属になって、それで江田さんたちと袂を別っちゃっているんですけど。〔何の法案に反対されたんですか?〕 ― 秘密保護法です。ここでうやむやにしていたら、後で絶対後悔すると思いまして。バッチ付けて現職だったら反対票入れられますけど、浪人生って反対と言う事しか出来ないんですよ。だからやっぱけじめをつけた方がいいと思いまして。みんなの党が賛成の方針だったので離党届を出して。浪人時代は半分は無所属です。〔浪人の時にわざわざ反対するんですか?すごい気合が入っている人ですね。普通はもっと日和見ですよ。〕 ― でも、国民の代表になる人たちですから。偉い人に媚売っていたらだめですよ。〔そういう人は損をしちゃうんですよね。だから皆さんが支えてあげないと〕 ― 地元の方々がいなかったら事務所の家賃も払えなかったですし、みんなカンパです。後は妻が働いて生活費を。(笑)〔奥さんとどこで知り合ったんですか?〕 ― あの、松田公太さんの選挙です。(笑)〔選挙って婚活もあるんですよ。松田公太さんの支持者だったんですか?〕 ― はい。コーヒー好きで、コーヒーのファンだったんです。だから政治のことはあんまりわからなかったらしいんですけど 。〔奥様はお仕事は何をされていたんですか?〕 ― 仕事はOLですよね。なのでそんなに給料も高くないんですけど、世田谷のボロボロのアパートに住んで。〔そしてようやく2014年に当選。この時は維新の党だったんですよね〕2014年の年末、この前の選挙で。選挙の二ヶ月ぐらい前に維新の党が出来て、そこの支部長になりまして。〔その時はみんなの党はあったんですか〕 ― みんなの党はありました。みんなの党は選挙の直前に無くなっちゃったんです。〔結党のお手伝いをしたにも関わらず、無くなってしまうとはね。不思議ですね。早いですね、政治の世界とゆうのはね〕 ― この10年でいろいろありましたね。政治のいろんなことが。〔この頂いたチラシを見で思い出したんですけれど、石井紘基さんのことが出ているんですけど。石井紘基さんという衆議院議員がいたんですけど殺されちゃったんですよね。私、殺される何日か前にインタビューしてたんですよ。それが政治評論家の有馬晴海さんとやったのが一番最初で、まずは初回原口さんとか石井紘基さんをインタビューしたのを思い出しました〕 ― そこの選挙区です。今、お嬢さんがうちの事務所で事務所長です。 〔バッチをつけてどうですか?もともと永田町は10年間関わっていましたけれど、バッチをつけた感じは違いますか?〕 ― 違いますね。なんて言うんですか、座っている時間が多過ぎますね。儀式のために座っていなきゃならないというのが、国会議員の多数決で決めることがたくさんあるので、座ってなきゃいけないことが異様に多いんです。だからボーっとしていると、ただ座るだけの、手を挙げるだけの要員になっちゃいますから。〔身長は何センチぐらいあるんですか?〕 ― 178なのでそんなには高くないんです。〔松田公太さん、江田謙次さんもみなさんスリムじゃないですか。(笑) 今日の法案の採決を見れば、野党と呼んでいいんですか〕 ― 地元を廻っていろいろ訴えていかないといけないです。

 

●最近の政治トピックス

 

〔ついに安全保障関連法案が今日採決、野党からすれば強行採決?〕 ― 今日は委員会も採決、この後明日、本会議場で採決で衆議院を通るかどうか。〔維新の党としては大阪派と東京派ということで意見が統一できないということだったんですが、今日の冒頭の話では全会一致で法案に反対で否決をされて議場をでたということで。自民党の法案を取りまとめた方が維新の対案をどこを見ていいかわらんよと言っていたということですが、本当なんですかね〕 ― 自民党の中も今回の法案はいろいろあるでしょうし、各政党いろんなそれぞれの意見がある中での法案だったと思います。維新は新しい政党ですし、いろんな党の人たちがくっつけてできた党なので、マスコミが面白おかしく書きやすいことは書きやすいんじゃないかなと。[自民党は維新の党なら取り込めるんじゃないかという目論見があったと] ― それで取り込められたら、何のために野党で当選したんだってことになりますから。[正直言って、賛成しよう迎合しようという議員さんもいらっしゃったんじゃないですか] ― 私自身はそんなにその意見は聞かなかったですけどね。[それはやっぱり面白おかしくの報道の一部かなという感じですか] ― 私自身がかなり反対の立場の方だったんで、僕に言わなかったのかもしれないですけどね。[どうゆうところが反対なんですか?] ― 国会と言うのは憲法の枠の中で法律を作るのが当たり前ですので、独裁者を生まないために憲法を定めてその中で総理とか大統領が各国政治を行うというのが世界の政治の仕組みですんで。憲法の枠からはるかに踏み出しているというのを何にも考慮しないで、そういう意見もありますねで終わってしまっているのが第一と、いままで日本の歴史の中で、日本国憲法の中で平和主義というのを掲げてきたわけですし、平和外交ということで国際社会に貢献した中で、その主義も簡単に変えちゃっていいのかという、日本の進路に関する問題がありますよね。後、日本は良く言われる、軍部が暴走してしまって70年前に失敗をしてしまったと、その反省を元に統治機構を考えていかなければいけないという中で、今回の法案は自衛隊がどこまで行くのかもはっきりしない。日本が一回失敗しているからこそ、この部分には他の国より慎重にならなければならない、そこがしっかりしてない中でこうゆう法案を通すというのはやはり問題があると思います。安保法制自体は、日本が責められたらどうすんだというそこの法案の整備というのは必要だと思いますが、今回は地球の裏側までといえば、日本の防衛のためだけじゃない話ですからね。日本の領土領海守るために整備するべきだと思いますけれど、そのために維新は独自案というのを出しています。[独自案というのはどういうものだったんですか?] ― 一言で言うと政府の案はどこまでも自衛隊が行けるようにすると、維新の案というのは日本の領土領海、尖閣諸島ですとか赤サンゴが勝手に捕られたりとかそういう問題があったので、日本の領土領海をいかに守っていくかという範囲を絞ってるということですね。日本の回りに関しては穴がないように法律を整備していくということを目的として独自案があります。[今のまま法案が通ってしまうとアメリカに追随しているということでアメリカが行けと言えば地球の裏側でもどこでも後方支援に行ってしまうということで] ― 安倍さんはそれはないと言っていますけど、それがないということが法律に明記されていないですし、歯止めになるようなものがかなり弱いので。[この法案が施行されるのはもしかしたら、私達とか安倍さんがもう死んじゃった時とか、証人がいないというか当事者がいなくてわからないという時もあるかもしれないですよね。] ― その時の政権が決めますという部分が多過ぎるので、安倍総理よりもっとひどい人が総理大臣になったらどうすんだということです。[安全保障関連法案を容認したいという方は今しかないんでしょうね。] ― それだけ選挙で勝って議席を持っているので、衆議員は三分の二持ってて参議院は過半数持ってますので、これほどやりたい人にとってはチャンスはない状況ですね。[言われているように、議論が重ねるほどにほころびが出てしまうので、なるべく早く決めて行きたいとゆうことですよね。決める側としてはこれがベストの青写真ですよね] ― これで選挙で問いますと言ったらどうなるかわかんないですよね。[この法案に反対の理由を三つ言ってくれたんですよね] ― 憲法の枠外に出過ぎているですね。[大阪府構想が否決され、安全保障も容認されるんでしょうね] ― 日本は民主主義国家ですから、もっともっと住民投票とかを活用して国民の声が政治に届くようにしていかないといけないですよね。18歳に選挙権も下がりますし。高度成長していた時代、アメリカが日本を守ってくれていた時代は良かったですけれども、これからは選挙で国の将来を決めていくというのが当たり前になってきますんで。今までも政治の世界、真剣でしたけれどもこらからもっと真剣な選挙も国会も行われていくと思いますね。[街頭インタビューやテレビなどで、私達の意見が届いてないとか、まだ説得されていないと国民は言っているんですけれども、その辺はどうですか?] ―

そもそも総理の答弁と防衛大臣の答弁が食い違ったりしている状況で、どうとでも解釈出来るという、その場その場でどうとでもできちゃうということですからね。野党も人数は少ないですけれども、バッチ付けている人がこのままだったら後悔することになると思いますね。[維新の党のこれからの出方というのが、注目されますよね] ― 総理が言ったことをそのまま言うんでしたら、国会議員に誰がなっても一緒ですからね。[そうしないと党議拘束あるんじゃないですかね] ― 国民はそれは求めてないですよね。地元の代表として自民党の議員を選んだ訳ですからね。[選挙権の話に移りたいと思いますけど、70年振りに選挙権の年齢が引き下げられ18歳になるということで、維新の党としては秘策みたなのがあるんですか] ― 維新の党は大阪で住民投票をやりましたけど、世の中、民間の常識と政治の世界の常識があまりにも離れ過ぎていると。民間の常識、世の中の常識を政治の世界に持って行かなくちゃいけないということで、国民が政治に参加するということをかなり重視してきましたので。そういう中で住民投票もやり、やはり選挙年齢を引き下げれば10代から国のことを考えるチャンスがあるということなんで、いいことだと思います。

維新の党がどう決めるかわからないですけれど、私の個人の意見としては、被選挙権というのは重要だと思うんです。結局、政治家が何もしてくれない訳じゃなくて、国民が政治家になる訳なんで、私達の問題なので。今、半分ぐらい世襲ですけど、自分たちが選挙に出て自分たちが選ぶという被選挙権も引き下げていかなければいけないと思うので。[落合議員は世襲ではないんですか?] ― 違います。おじいちゃんまでは木で桶を作る職人でして、父の代からは時代が変わってきたんでキッチンとかトイレを設置するような仕事です。いろんな人が、やる気のある人が選挙に出ていかないと、日本のリーダーの幅とか質が高まらないですからね。もっと激しい選挙をやっていかなきゃいけないです。[被選挙権は変わらないんですか?] ― 変わらないんです。参議院が30歳、衆議院、自治体の議員が25歳で。世界の国のほとんどは21歳以下ですからね。せめて日本も20歳ぐらいとか18歳に下げてもいいと思います。あとは選挙にお金がかかり過ぎるので、それもどうするか、いろいろ工夫をしていかなくちゃならないと思います。たとえば、大学にも奨学金というものをもらって貧しい家庭でもいけるように、選挙もやる気があれば、なるべくいろんな人たちが出れるようにしなきゃいけないですよね。[維新の党は門戸を開くと。いろんな人たちに立候補して欲しいし、支持して欲しい、党員になって欲しいと思ってらっしゃるんですね] ― 今回の統一地方選挙でも20代には党の支援をちょっと厚くするというのをやりましたんで。若い立候補者を育てるために。[20代に支援を厚くするのが秘策ということですね] ― 今度の参議院選挙にむけて案を8月に発表する予定で、私もまとめる中心の一人に入っていますんで。20代に支援を厚くする、被選挙権を下げる、あと、若者担当大臣、若者省そういうものを作って内閣の目玉にしていくという検討はされていますね。

 

●今だから言えるあの日のあの出来事

 

選挙が急に昨年末に行われて、2014年の11月くらいに安倍さんが去年の年末に急に解散ということで。正直その時にお金もなかったので常勤スタッフなし、事務所の口座もほとんど底をついていて、一時期事務所をたたもうかと思っていたんですよ。[落合さんから来るメルマガ見ていたんですけど、すごく心配していましたよ。(笑) 大丈夫かなと思って] ― はい。もうそろそろ限界かなと思う時が何回もきまして。そんな中で急に解散になって。その時に知り合いで無職の人たちを集めまして、一か月選挙をお願いしますと。その人たちが核になって選挙を始めまして。妻も仕事を一カ月休んでもらいまして。その時に妊娠五カ月ぐらいだったんです。本当に一番大変な時に選挙になっちゃたんですよね。お金もない人もいない、自民党の風が吹いている、野党は大変。その中で無名の新人で一回も受かったことのない人が受かるというのは、かなり厳しい中だったんですが、最終的にはその勢いで、地元の駅で街頭演説すると人で埋まっちゃうぐらい盛り上がりまして。地元の人が手作りでやって、口コミで人を集めてくれた選挙で。小選挙区は残念ながらだめでしたけ、惜敗率は比例一位で受かりました。本当に地元の方々に感謝しなきゃいけないです。[わずか2万票差ですね。あの日というのは解散の日?] ― そうですね。あの日というのは解散になった日です。何もない日です。(笑) 正直、党の風というのは全然、特に東京では無かったですから。[地元の票でしょうね] ― そうです。無所属だと小選挙区ではまったく戦えないですから。その時に党に入っていたというのもある程度、運が良かったです。[無所属ですと復活出来ないですからね] ― あとポスターも貼れないとかいろいろあるんですよ。無所属は。[そうは言いつつ、浪人時代みんなの党で特定秘密保護法案に反対して辞めた人ですから(笑)良かったですね] ― 訳がわからないまま、世の中の流れがどうなるか全くわからなかったですね。[落合さんは東京6区ですので、参議院で定数が2増えるんですよね。] ― 定数が2増えて三年ごとですので、東京選挙区は1増えるということですよね。参議院選挙は東京全部ですので相当、知名度と人のネットワークを持っている人じゃないと。[落合も文通費や企業団体献金禁止、もっと押せとニコ生コメントに来ていますけれど] ― 文通費、全部公開していますんで。[ネットで公開しているんですか?] ― はい。企業団体献金禁止を掲げてずっとやってきたので。[それは正直言って辛いと思いますよ] ― でも、世の中を良くするための仕事ですから。(笑) お金じゃないですよ。

 

● 質問コーナー

Q;安保法案について質問したいんですが、今日の採決で維新の党は欠席という事で、色々理由はあると思いますが、政治の知らない人から見たら仕事を放棄しているのではないかなと。普通の人が見たらそう映るのではと思うのですが。

A;採決の時間は1分くらいしかないので採決に行くまでに審議があり、反対討論を当日やって最後の最後に採決を取るという事なので退席したのは1分くらいなのと、政治の世界の通念として採決に参加するというのは裏で通していいよという事を認めたという事になります。それは55年体制からずっと続いてきた慣習なので、要は反対勢力も反対はするけど出席はしてあげるよと言うのが一歩妥協の一つなのです。よって採決を反対したということは真っ向から反対したということになります。

Q;そういうことはあまり知らないと思うので普通の人にもわかりやすく説明していただければと思います。

A;永田町の風習として採決に参加するもしないも意思表示としてあるということも、これから説明していかないと、とは思います。