西村 康稔
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第28回
2012年04月25日 放送

自民党 西村 康稔 衆議院議員

(動画より文字おこし)

自民党 衆議院議員 3期目 西村康稔 (2012年4月25日収録時点)

●幸せ度数年表

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第28回西村康稔

[どちらのご出身ですか]-今の選挙区の兵庫県明石市出身ですが、出生地は神戸です。 [じゃ、ご幼少は神戸でお育ちになった]-はい、そうです。 [本当ですか。経歴書では、ずっと中央にいたようにしか思えないですけど]-いえいえ、関西弁でしゃべれ言われたらいくらでもしゃべれますよ。 [じゃ、関西弁でやりますか]-はい、じゃ上京してから標準語でやりましょうかね。 [あのー、ニッシーって呼ばれてたんですか]-はい、そうです。 [15歳まではどんな子でした?]-結構やんちゃやったんですよ。1962年生まれなんですけど、普通のサラリーマン家庭で市営住宅で育ちました。ある頃から、勉強に目覚めて15歳のとき灘高校に合格したんですよ。野球やってまして甲子園の予選の開会式に出たとき土を持って帰りました。で、そっから大学に入ったりして29歳のとき・・・ [いや、まだそんなに飛ばないでください。大学はどちらですか?]-え~まあ、22歳で東大の法学部に・・・いやでもねぇ、東大の法学部で官僚出身っていうのは嫌われ者の象徴みたいでね。 [そんなことないですよ、まだまだブランドですよ]-でも、東大の法学部で官僚出身って、長い間総理大臣が出ていないんですよ。宮沢喜一さん以来出てませんから・・ [省庁はどちらなんですか?]-今の経済産業省ですね。 [あ~徹夜ばっかりだったんですか]-当初はそうですね。役所に入るとき迷ったんですが、経済の現場で仕事が出来るっていうんで通産省を選んだんですよね。すごく面白かった訳です。最初に、一番最初のリサイクル法の条文を作りました。これがまた、権限折衝というか嫌な権限で、その辺に落ちてる空き缶はどっちの省が所管するんだ、通産省なのかゴミだから厚労省なのか、そんなんで徹夜するんですよ。それがまた変な結論になって、価値があると思えば有価物ですから経済産業省、価値が無かったらゴミだから厚労省の担当、そんなの誰が判断するんですか?そんな事をね、法律でどう書くかとか一晩中やる訳です。で、嫌気が差してもっと日本の大きな事がやりたいと思って政治の道へ行くんですけども。その前に大きな転機がありまして。91年に経産省からアメリカへ留学したんですね。ワシントンDCの近くにあるメリーランド州立大学で、日米摩擦とか国際政治を学んで自分にとってはすごい経験になりました。 [例えばどんな?]-デスラーっていう先生で、その先生の手法が、インタビューをして〈誰のどういう意思でアメリカの政策が決まるか〉っていう事を見極めていくっていう、そういうゼミなんですよ。そこに半年間入りました。例えば、日米摩擦で、自動車の生産圏の州の人たちは反対する。でも共和党の人は自由貿易だから基本的に賛成するとかね。ワシントンの中を歩き廻りながら、一人一人インタビューしながら取材をしてレポートをまとめる、っていう事をやってすごく勉強になったわけです。 [英語でですか?]-そうです。大変だったです。最初は、地名と上院議員と下院議員の名前がぜんぜん覚えられなくてね。あいつはこう言ってるとか言われても分からないじゃないですか。それが、苦労しましたけどね。そんな経験をして、アメリカも大したことことないなぁ、っていうのも分かったんです。授業に出ていてもみんな関係のない好きなことを言うんですよ。とにかく言えばいい、っていう・・・ [自己主張が強いですか?]-強い強い。しかも、数学や経済学の授業ではみんな出来ないんですよ。全然出来なくて(私に)聞いてくるんですよ。英語で聞かれるからむつかしいんですけど、数字で書けばいいからね。 [頭良いんですね~ あ、政界の舘ひろしだって]-いや~汗かいてきたな。 [似てるって言われますか?]-いや~初めてですね。まぁ猫ひろしより良いですね(爆笑) [やっぱ言う事違いますね、それで?]-それで、石川県庁に行くんですけど、その直前に結婚しましてバーンと(幸せ度数が)上がってるんですよね。100%超えてますよね。 [奥さん見てますか。どこで知り合ったんですか?どんな方ですか?]-アメリカのワシントンDCでね。あ~汗かいてきた。 [へ~、そして今お嬢さんが3人いらっしゃいますからね]-よく知ってますね。で、まぁバーンと上がりまして。 [結婚した時が一番上がってるじゃないですか]-そりゃそうですよ。結婚生活、最初が一番(良い)でしょ。ねえ、みなさんねぇ。後は下がってく一方でしょ。 [新婚の人もいますから]-あ、最初だけ、最初だけ(爆笑)それで、石川県庁で2年間、商工課長という立場で、県内の産業のことを全部やるわけです。コマツ製作所、伝統芸能、農水産業、中小企業、等々。2年間で200~300社廻りました。保証協会の審査員もやっていて、中小企業の経理を見て技術を見て経営者を見て、融資をつけるかどうかを判断する。そういう現場を経験しました。アメリカと石川県での経験は自分にとっては宝物ですね。 [鍛えられたんですね]-そしてその後、最初の選挙落選なんですよ。 [ニッシーさん落選されてるんですか。東大の時は浪人されたんですか]-現役です(キッパリ)。 [やっぱり違うなぁ]-いやいや、この時やっぱり辛くてですね。自民党の現職の方と民主党も出て(私は)無所属で出たわけですよ。 [どして無所属だったんですか]-自民党さんがおられましたので。お誘いは受けたんですけども・・・ [自民党は空きがなかったんですね]-当時はね。年功序列だったし、新人は出れなかったから勝ち上がるしかなかったわけですよね。その時に借金も抱えました。 [いくらぐらい?]-まぁ、いいじゃないですか。でも全部返しましたよ。でも、毎日駅に立ってたし、今日はこのエリアを廻ろうとポスターやパンフレット抱えてコンコンって・・・ [俺何してるんだろうとか思いましたよね]-そう。当選した人や同期の役所の人たちはみんな課長ぐらいになるでしょう。世界は動くし、落選中に9.11があったりして国際的なところで仕事がしたいという想いはありましたけれど、ぐっとこらえて。でも、麻生元総理には〈この落選中に一生分の選挙をやれ〉って言われて、とにかく地元の皆さんの信頼を得るために1件1件歩いたわけですよ。4年近くで選挙の地盤が出来ました。で、初当選が41歳、2003年です。 [そして何年後に総裁選出るんですか]-ん~と、47歳。 [どうでしたか、内部の選挙というのは]-むつかしいですね。これはほんとに。友達だと思ってた人が・・・・とかね。でも、あの人が応援してくれてるんだ、っという良い面もありました。地方の人で〈総裁選応援したんだ〉って人がいまして、その地域の中で後援会を作ってくれたりして。という事で、まぁギザギザしながら(上がり下がりしながら)現在は70点かなあ。今の政治に対する皆さんの思いを考えると7割かもっと低いかもしれないですね。もう1回日本が良くなって、自分自身もバーンと仕事をして上に上がるように頑張りたいと思います。 [どうですか野党経験は?]-そりゃぁ面白くないですよ。だって、いろいろ提案しても実現できる事が限られてますよね。それが1番面白くない点です。ただ、参議院選挙で与党が過半数割りましたから一定程度のことは与党側も聞き入れてくれますね。 [参院選の前は本当に辛かったですか]-特に民主党政権に代わった直後なんて、私も本会議で代表質問やりましたけれども、もう馬鹿にしたような答弁だったでしょう。 [役人の態度も違うんですか]-役人もあの時は向こう側にグッとなびきましたよね。そのあと半年位で民主党政権がガガガと悪くなっていったんですよ。これが今の政治の悪くなった1番の原因ですね。本来我々は2大政党ですから、民主党が上がれば自民党もその危機感で良くなる筈ですよね。政権交代直後のあの状態で民主党が続いてくれていれば自民党内の改革ももっと進んだと思うんですよ。ところが、民主党がガクっと落ちてしまったので、(自民党は)安心感を持ちましたよね。だから、自民党も油断してガクっと落ちてるわけですよ。 [あ~それ、今日自民党の別の方が同じことをおっしゃってましたよ]-完全にそうですよ。ただ最近〈維新の会〉が出てきてくれたんで、もう1回危機感を感じてるから(これで)自民党を立て直せるかどうか・・これが出来れば生まれ変わってやれるんでしょうが、出来なければ政界再編か・・ぐちゃぐちゃっとなりますよね。 [我々は今東京にいるから新聞の1面に〈大阪維新の会〉が載ってることは無いけれど、関西は毎日のように1面に載ってます。危機感ありますよね。]-新聞もそうですが、テレビですよ。毎日毎日(近畿地方全部に)流すからこれはきついですね。〈負けるもんか〉って感じですよね。政治家になりたいと思ったのは、日本を良くしたいとか地元を良くしたいとかそういう気持ちでしょ。橋本さんを見てると〈覚悟を決めてやらなきゃいけないな〉と感じますよね。あの速さとかスピード感とかね。同じことやれと言われても出来ないし、私のやり方とスタイルがある。私のやり方で覚悟とスピード感を持ってやろうという事ですね。[すばらしい!ありがとうございました]

 

●最近の政治トピックス

 

[最近何か]-もういっぱいありますね。大きなテーマとしては、消費税・TPP・エネルギー、原発・道州制。この辺ですかねえ。 [消費税はどうなんですか]-やらなきゃいけないと思います。 [今の時期はどうなんですか]-2月10日に予算委員会に質問したんですが、今って1992年とGDPがいっしょなんですよ。売上や給料が増える状況ではなくて、むしろ沈んでいます。そこで増税したらもっと経済が縮むわけです。ゆるやかに経済が拡大していって、売上や給料が増えるという中で〈ああ、やっぱり年金や医療のこと考えたら負担をしなきゃいけないな〉という気持ちになってもらわないといけないですよね。大事なのは、経済環境を変えること。日銀の役割なんですよ。日銀がもっといろんなものを買ったり紙幣を供給して、金融緩和をして、ゆるやかに物価を上げていくことをしないといけないと思うんですよね。 [日銀に知り合いはいらっしゃいますよね]-います。でも言っても日銀の人達は頭固いですね。日銀の人達って急激なインフレが怖いんですよ。例えば、このペンが500円としますね。物価が下がって450円になると、安くなっていいなぁとは思いますが、よく考えてみるとこのペンを売っている会社は売上が下がって、働いている人の給料が減りますよね。それから10円玉が50個必要だったのが45個になって数が減りますね。という事は10円玉の価値が上がってるんですよ。という事は、円高になるんです。デフレの状態になると日本の経済は厳しくなるんですね。もうひとつ、国が1千兆円借金してますが10円の価値が上がってるから、金額は同じでも重く感じるわけです。経済にとってはマイナスですね。だから500円の物が510円になり520円になりとゆるやかに上がっていく状態を作れば、売上も給料も増えて円安になって借金も軽くなります。そういう経済を作ったうえで、皆さんに消費税をお願いしなきゃいけない。 [自民党だったら何時頃になるんですか]-今は、とにかく日銀に金融緩和をバンバンやらせることですよ。そしてゆるやかに経済が拡大してる雰囲気をもってもらうことです。もちろん我々国会議員の数を減らしたり給与を減らしたり公務員の数を減らしたり・・・ [減っちゃうんですよね、気の毒だなあと思って]-もうすごいですよ。300万弱かな。まあまあそれぐらいの負担はしなきゃならないですね。国家公務員と地方公務員も大胆に減らして、これで1兆円ぐらいは出せますからね。 [国家公務員はすごい数いますよね]-よく言われるのはバスの運転手さん、市バスの運転手さんと民間の(会社)運転手さんって格差があるでしょ。民間でやれることは民間でやってもらったら良いし・・・てな事を相当思いきってやればね。そういう事を提案して2012年代の半ば(から)14年15年にやらないといけないと思いますけどね。そうしないと、医療・年金がもたなくなりますね。その分若い人達が保険料とか、別の形で負担しなきゃいけないですよね。 [明日小沢さん裁判でしたっけ?]-まぁ専門家に聞きますと有罪だという人と、無罪だという人といます。結論がどちらでも、これまでのいろいろな経緯から、小沢さん的な手法の政治は終わりだと思います。仮に無罪になっても、影響力もないしあのようなやり方の政治は無理だと思いますね。

 

●質問コーナー

 

[もし西村議員が総裁でしたら自民党をこうやって良くするんだっていうの何かありますか?]-一番は経済成長だと思いますね。日本全体の経済成長と地方が元気になるっていうところで、もっと大胆に税制とか予算とか規制緩和をやって、特区も含めてやらなきゃいけないと思いますね。民主党の中に日銀の政策のことを言う人もおりますけれども、金融政策だけではなくプラスアルファで、経済が成長していく、雇用が増える、企業に国内で立地をしてもらう(ための)研究開発とか、海外からどんどん投資がくるための規制緩和とか税制とか、特区(経済特区)ですよね。東北で法人税がゼロになる特区を今回初めて作ったんですけれども、東北だけじゃなくて、同州ごとに特区を一ヵ所決めて、そこに日本の企業や海外の企業に、法人税を何年間かゼロにしてあげるとか思い切った税制をやって、地方の雇用も増やします。あとは、農業や水産業を立て直していくっていうところ。今回、ファンドフォーっていう〈農業や水産業にお金を入れよう〉という提案を民主党がしてきていますが、もっと大胆にやるべきだと思いますね。 [少なすぎるんですか?]-少なすぎますね。農業や水産業は、家族でやってる限りは規模も大きくならないし競争力も持てないんで、集落ごとに一つの法人にしてお金を投入して、農協にも応援してもらって出資をしたり海外に打って出るのを手伝ったり。経済政策ですね。ここが民主党との違いだと思いますね。民主党の場合は、みんな平等で結果がよければ良い、って感じですが、同州同士も、市町村同士ももっと競争しながらやるって事ですね。

 

●今だから言えるあの日のあの出来事

 

[たくさんあるでしょう]-いや~いっぱいありますね。 [私は総裁選のこと聞きたいな]-その前にひとついいですか?これは言ってもいいのかなぁ。 [言って下さい]-落選して2回目の選挙の時、無所属だったわけです。民主党の候補が決まりかけてた頃ですかね。ある民主党の大物議員から〈民主党に来い〉と言われたんですね。 [悪魔のささやきですね]-でも、基本的には保守であり地方を大事にっていう気持ちがありましたから〈それは出来ません。無所属で頑張ります〉と(言ったら)〈候補を立てるぞ〉と。 [すごい圧力してきますね]-そうなんです。〈推薦でもいいから受けてくれないか〉ときたんです。〈それも出来ません〉と(言いました)。最後にその方から電話がかかってきて〈わかった、民主党に入らなくてもいいから、当選したら代表選挙(総理を決める投票)で、菅直人と書いてくれ、小泉純一郎とは書かないでくれ〉と言われたんです。菅直人か小泉純一郎かといわれたら当然、小泉純一郎と書きます。でもグッとこらえて〈わかりました。小泉純一郎とは書きません、でも菅直人とも書けないので、私は自分の名前を書きます〉と言ったんです。そしたら、その方が切れてしまいまして〈おまえ1年生でそんなこというやつがあるか〉とガチャンと切られて、その2,3日後に民主党候補擁立と(なりました)。[あたったんですか?任侠の世界ですね]-申し上げたいのは、政治の世界では僅かな経験ですがその時に〈わかった、じゃぁおまえ自分の名前を書いてもいい、当選して(そして)民主党が政権をとったらうちに来て、いっしょに仕事をやろうや、無所属のままでもいっしょに組んでやろうや、その時に考えてくれればいいよ〉という風におおらかに包み込んでくれれば、ひょっとしたら、民主党に行ってたかもしれない。 [でも、逆切れされたんですよね、良かったですね、でも、ビジネスでも応用できそうですよね、ホントに離したくないときは怒っちゃいけないですね]-(スタジオ:笑い)むつかしいですね。自民党の中でも似た様な話はあって、無所属でしたから公認が欲しくて何人かの人に頼みに行ったんです。その時殆どの人が〈いやぁ現職がいるからむりだなぁ〉と(言ったんです)。でも、うそでもいいから〈分かった、色々頑張ってやるけど、もし無理でも当選したらいっしょにやろうや〉って感じで包み込んでくれるとね。政治っていうのは難しいですよね。(私には)まだまだ円熟みたいなのは、ないですけれども。敵にしてしまうのは簡単ですが、今の自民党と維新の会の関係を見た時に、方向性はもともと自民党の人達ですからね。いっしょにやれることがあれば、いっしょにやったらいいですけれどもね。もちろん、単に迎合しないで、政策で一致しないと。そこがこれからの焦点じゃないですか。 [そうですね]-おそらく、自民党・公明党は選挙で過半数採れないでしょうし、維新の会を含めた第3局がどれだけ採るか、それによって政界再編か、連立か・・・ [その後総裁選に出られるんですよね、何か裏話を]-裏話いっぱいありますからねぇ。 [冒頭で仰っていたのが応援してくれそうな人がだめっだった、でもこんな人が応援してくれる・・]-まぁそうですね。そこは人間を見る目というかね。まぁでも仲間ですからね、同じ党内ですから、そんな事言ってもしょうがないですから。 [でも忘れてないですよね]-いえいえ、包み込むようにね。ね。 [今回は応援しなくても次は応援すると・・・]-それもありますし、いっしょにやってるんですから・・・ [それしかないんですか?]-ん?うん。 [分かりました、あんまり聞いてもね]-まず、9月にもありますからね。 [出るんですか?]-いろいろ考えております。どういう形で土俵に上がるかは別として、常に、しこは踏んでます。 [でもねぇ小泉進二郎VS西村康稔は見たいですよね]-あ~いいですねぇ、絶対負けませんよ。 [あと2.3回出れば絶対そうなりますよね、すーごい楽しみです]-まだ、2.3回かかりますかね。 [アハハ、そんなことないです。失礼いたしました。]

 

●質問コーナー

 

[天下り団体を整理してほしい、必要ないのが多すぎる。民主党になって大分統廃合したんですか?]-整理したように見えるんですが、実はそこに投入している予算は減ってないし、むしろ天下りは増えてます。だって、脱官僚とか、天下り禁止とか言わなくなったでしょう。むしろ官僚にべったりになってきましたよね。まぁ批判してもしょうがないですけど、あの時のマニフェストは何だったんだろう。この2年間の反省で(すが)官僚との距離が出来て溝が出来ましたから・・・ [野田さんもね、修復して今べったりだから批判されない、という風に言われていますもんね]-使いこなさなきゃいけないですよ。官僚には情報が集まってますし、それなりの事を考えてきていますし、それを聞いた上で、有識者や民間の方の話を聞いて、そして政治家が判断しなきゃいけないですよ。それを聞かずに特定の偏った意見だけを聞いていると、この2年間の失敗のような事になるわけです。その反省で今、べったりいってますけど・・・[極端ですね]-そうなんです。ちゃんと距離感を以てやらないといけないですね。 [外から見て甘いな、っと思いますでしょ]-甘いですよ、むちゃくちゃ甘いです。 [他にご質問は?TBSの方ですね] [全然関係ない話で元に戻っちゃうけど、アメリカで嫁を貰ったという事ですが外国人ですか?]-日本人です。もともとは、山口県育ちでアメリカで大学と大学院に行ってますから、結構激しい性格です。恐いです。 [仲良さそうですよね、お嬢さん3人いらっしゃいますものね]-まぁ家族は仲いいですね。朝から、やかましいですよ。〈パンツ1丁で歩かないで〉とかね。(スタジオ爆笑) [はい、わかりました。それでは最後のコーナーにいきます]

 

●今後の政治に対する意気込み

 

そーですね。まず、今までの枠組みや、しがらみをどれだけ断ち切れるかってことを肝に銘じてね。日本は閉塞感が強くて世界から忘れ去られようとしています。ひどいですよ、各国に行っても〈日本から学ぶものはない〉って言われたりして。本当は、こんなにいい国は無いわけですよ。もう1回日本の伝統や文化、田舎の良さ、そして自然、(日本人は)勤勉だし、長生きできる国だし、衛生状態も良いでしょう。もう1回、日本の良さを理解して(もらって)世界に対してリーダーになれるように、世界中から〈日本に行って勉強したいな〉とか〈日本に行って仕事したいな〉とか、そう思ってもらえるようにもう1回立て直さなきゃいけない。そのためには、これまでの自民党の成功体験も1回断ち切らないといけないし、民主党の失敗からも学ばなきゃいけないし、若い世代が声を上げないといけない時が来てるんだと思いますね。だから自民党の中で、若い世代がまず声を上げて中心になっていく、という事が出来れば、もう1回生まれ変わって出来ると思いますね。民主党も今分裂気味でむちゃくちゃですけど、民主党の中にも良いメンバーがいますし、維新の会がどんなメンバーで出てくるのか分かりませんけども、少なくとも保守政治で改革していこうと。あるいは覚悟を決めてスピード感をもってやっていこうというのがありますし、いっしょにやれる部分もあると思うんですよね。政界再編も睨みながら、とにかくスピードですね、おそらく日本に残された時間が1年とか2年とか・・・この次の、衆議院選挙と参議院選挙で安定政権を作りたいですよね。そうしないと、外交も進まないですよ。北方領土の交渉なんか向こうは足元見てきますよね。 [誰も名前覚えてくれないから]-そーですよ。だって、この2年で外務大臣何人変わりました?総理も1年で代わるのは本当は良くないんですけど、野田さんには早く降りて頂いて、もう1回仕切り直して衆参で、安定政権で5年ぐらいの政権を早く作らなきゃダメだと思いますね。 [是非、頑張ってください!それでは、次の方をご紹介してください。]