西田 ゆずる
にしだ
第113回
2014年04月09日 放送

日本維新の会 西田 ゆずる 衆議院議員

慶応大学中退⇒小林興起代議士秘書⇒千葉県議会議員⇒国会議員という経歴をたどってきた西田衆議院議員。現在永田町では「煙たい男」として、法務委員会理事を中心とした活躍をされています。様々な発言にメッセージ性がある事や、髪の毛やお顔の感じから「永田町の尾崎豊」と思う事にしました笑!何とも言えないフェロモン系の落ち着いた感があるなぁと思いきや、奥さまは10歳もお姉さま♡男性としても魅力に溢れた、西田代議士でした。

(以下、動画より文字おこし)

日本維新の会 (千葉9区)比例南関東ブロック 1期目

●幸せ度数年表

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第113回西田譲

(どちらに生まれた?)―熊本。松野先生と同郷。あともう一人園田先生も同郷、うちの党では。(熊本で生まれ育っている?)―高校まで熊本。(どんな一家に生まれた?)―祖父は酪農、父は家が増えて来たのでやめて農業…メロンとか茄子とかトマトとか胡瓜を作っている、熊本のビニールハウスで。百姓の長男なので本当は帰ってやらなくてはならない。兄弟が姉しかいないので。男がいない、後継ぎの。姉はもう嫁いでいる。(選挙区は千葉…)―千葉9区。(選挙区では取れなかったが比例復活で。ゾンビ議員)―助かった。八千代市長選挙で落選するが、やはり落選すると大変↘(51%)。市長選は結構色々な思惑が絡んで、落選すると応援して下さっていた方々までしんどい思いをする。自分だけだったらまだ良いが応援して下さったのにその人までしんどい思いをしてしまう。(二回も経験されている)―これ↘(51%)は、私ではなく、小林興起の秘書をやっていたが…2005年郵政解散。(ではちょっと振り返って…ここの「近視」は何ですか?)―小学6年生で近視↘…マイナス20、人生の中で。取り返しがつかない。ここ↗までは大学受験に向かっていく。ずっと勉強。(どちらの大学?)―慶應の経済。田舎で中学受験、高校受験、大学受験…そこまでは上る↗。ただ大学に行って親の監視が外れると一切勉強しないので4年後に中退になる↘(51%)…殆ど学校に行かなかった(笑)。(何していた?)―半年は行った。島田晴雄先生とかの一般教養で経済とかレポートをバーッと書いて…(論客の方?)―今、千葉商科大学で学長。日本の経済とか竹森俊平先生の世界の経済とかレポートはちゃんとAを取っていた。ですが、夏休みになった時に、全然思っていた大学時代と違うので…(夏休みから非行とか始まる)―始まる(笑)。秋から、「大学って別に行かなくてもテストだけ要領良くやればいいんだ」と考えが変わると全然大学に行かなくて、慶應の経済は厳しいからテストだけ巧くとはいかない、余程頭が良ければ別だが。結構まわりの友達とかが協力してくれた、ノートを貸してくれたりとか過去問を集めてくれたりとかして、「頑張れ」と言ってくれたが。二年毎に切られていくからもう上に上がれなかった。(毎日何をしていた?)―何をしていたんでしょうかね…最初にやったのが塾の講師…やはりお金が必要だと思って、遊ぶにしろ一人で上京して…(親の仕送りがあったにせよ暮らしていけない?)―暮らしていける、本当は。勉強だけしていれば。でもやはり刺激に負けて色々な遊びをしてしまう。(夜の商売も?)―そこまではいかなかった。(夜が似合いそう。仲間の議員さんも夜の人かと思った)―アルバイト歴で言うと、塾の講師をやって…塾の講師は時給が3000円位で良いが、週二回とかで二時間なので一回働きに行って幾ら稼げるかと言うと割りに合わないと思った。それでコンビニの深夜をやった。その後ご縁があってイベントのお手伝いとかをやり出して、実はこの政治の世界に入るきっかけだが、選挙の手伝いをやる…滋賀の県知事選挙で、当時小林興起代議士が応援していらっしゃった通産省の後輩の方がいらっしゃって、泊りがけで当時の大学時代のサークルの仲間も皆引き連れて行った。合宿みたいなもの。(小林興起さんこの辺で買い物をしていた)―奥さんと?(奥さんは見なかったが子供とワゴン車に乗っていた)―三人もいらっしゃる。ずっとこの期間というのは中退してまた100まで↗いくが、中退して23から↗30歳(100%)まで8年間。最初は丁稚奉公で、例えば代議士のお母様の買い物に一緒に行ったりとか、庭の草取りとか。お母様はすごく厳しい方だったが我々スタッフにはとても優しい方。(そういう制度みたいなものがあった)―当時小林代議士はまだご結婚されていなかったので、お母様が色々お買い物をされていた。ご高齢になっていたので時々は一緒に行ったりとか。当時は5分位の所に住んでいた、いつでも行ける様に。運転手もやった。(所謂雑巾がけ)―そんな小林代議士は私の事を公設第二秘書にして頂いて、28かな、公設第一秘書にして頂いた。(どこが良かったのか?)―多分、打ち込んだのだと思う。この期間↘(大学に入ってから中退するまで)は何も打ち込んでいない。この期間↗(大学に入るまで)は大学受験に向かって一気に打ち込んでいる。その後は打ち込むものを失くしてしまった。それでここ(中退後)から24時間365日必要があれば常に出撃態勢を取って秘書をやる。本当に充実していたし…(この頃は小林興起さんは自民党?)―自民党。自民党を除名になるのは2005年の夏。郵政民営化で造反。(そこで小池百合子さんとか出て来て刺客を送られ)―一気に負ける。(小林興起さんは今現職?)―違います。まだまだ不屈の先生なので…(浪人中。日本維新の会から?)―そうではない。ちょっとやはり政策的に合わないところがあると思う。全てを賭けてやっていたので自分の落選と同じ。親分の落選は自分の落選。(小泉旋風の時で足元にも及ばなかった?)―ただあの時はせめて比例で受かれば良いと思って、選挙区を離れて都内中で街頭演説をしまくっていた。(注目の選挙だった。小林興起さんは自民党ではかなり中枢だった)―財務副大臣までされた。一寸先は闇。言葉では分かっていても実体験はなかなか無い。で、落選…ここで色々な残務整理とかあって八か月位は色々後片付け含めてやって、それから「よし自分でやろう」と決めて千葉に行く。(千葉は落下傘?)―落下傘。また目標が出来たので上がっていく↗。(何で千葉だった?)―最初に県議選を思った。市議選に出ると次県議選…国選志望だったので。市議から国選は遠い。やはり県議から国政は一番近い。官僚ではないし、親が政治家ではないので地盤も無いのでやはり県議だろうと。県議でみてみると神奈川か埼玉か千葉かと思った。熊本帰ったら勝てない、地盤が無いから。(全部埋まっている?)―埋まっている。小中高の友達がいると言ってもそれでは勝てない。どこだったら勝てるかと言ったら、人口が増えている所。人口が増えていて、私が選んだ千葉県の八千代市という所は、前回の県議選が投票率29%だった。という事は71%の人達はまだまだ新規開拓の可能性がある。元々政治家は生まれ育った所で「わが故郷の為に」という思いがずっとあったが、この落選を契機に考え方が変わって、勝てる所でやらなくてはダメだと。いくら努力したって、勝てない選挙をやってもダメ…(ちなみに地元はどなたが出ている?)―国会議員で言うと野田毅先生。(それは大変な所ですね~)―(笑)それと林田彪先生。だから県議は29.1人口が増えていて、ここだと思ったのが八千代市だったので、そこでやって何とか滑り込み。(花粉症で下がっている↘)―マイナス10。(書くほど凄い?)―人ごとだと思っていたが、なってみた瞬間にこれが花粉症か、と。でももう治らない(笑)。近視もそう。で花粉症。最近ヘルニアが分かったがこれもマイナス10…頸のヘルニアで低気圧が来ると痛む。よく気圧でと思ったがなってみないと分からない。もっと大きく言えばこの辺(代議士の落選の後)で前歯が虫歯になる。差し歯。(前歯可愛い)―?(笑)。(ご自分の落選はこちら)―県議をやらせて頂いたその八千代市で現職に立ち向かって出る、市長選に。(八千代市長選に)―現職が29400で、私が23000。民主党の候補がいてそれが15000、無所属の方が7000。これは一騎打ちに出来なかったのが敗因。(漁夫の利があった?)―ダメでした。選挙も面白かった。初めてのスタンプ形式の投票だった。四人の候補者の名前が書いてあって投票所に行くと黒いスタンプが置いてある。で、「スタンプ押してください」と。それはないだろう、いくらでも票を作れてしまうと思ったが、負けていくら言ってもしょうがないと思った。で浪人。浪人もまた鍛えられる。(何歳位だった?)―35歳で。2年間…この間の衆議院選まで2年間浪人。(今バッヂを付けているという事は2012年12月の選挙で)―維新政治塾に行くので…それを誘って頂いたのが松浪先生。(松浪健太さんが誘ってくれた?)―小林興起代議士も志帥会、江藤亀井派で松浪先生も江藤亀井派。流れはそこにいく…我が党でいけば平沼赳夫、元々党首を一緒にやっていた。そういった中で松浪先生が「維新塾始まるからお前行ってみたらどうか」と声をかけてくれた。それで応募した。ところが維新政治塾で色々講義を受けて論文を書かなくてはいけないが、何か聴いていてそれは違うだろうという事が多くて、「それは違います」「それは違います」と全部書いていたので、多分公認されないだろうなと。ところが当時、維新は懐が広く、全部反論していたのに公認をくれる。(イエスマンよりそういう気骨のある方が橋下さんも良い)―満座の席で手を挙げて、「そんなのは維新の精神に反するではないか!」と言っていた。(この間石原さんに文句を言った浦野さんが山之内さんと観に来てくれた)―(笑)。(その後仲が良くなったみたい)―やはりそれはそう。(大人な政党。素晴らしい)―それは我々若造から見ると長年政治の世界に居て色々な事を分かっている先輩がいらっしゃるからこそ我々もわきまえる。歴史が違う。もし自民党にずっといたら口もきけない様な存在の方々ばかり…そういった先生方と机合わせて議論出来る環境は有難い、我々若手からしてみると。(あまり石原さんとは口きけない?)―そんな事も無い。石原代表とはさすがに他の先生に比べると数は少ないが…(仲間として受け入れてくれる?)―受け入れてくれるし、「缶ビール飲みながら色々な話をしよう」と言ってくれる、石原代表の方から。(どういうシチュエーションで言ってくれる?)―全体会議が終わった後の全体の懇親会などをやっている時に「今度はこういうカチッとした場ではなく缶ビールでも飲みながらやろうよ」と言ってくれた。石原代表は毛沢東とかとも話を直接されているから、そういう話を聞いてみたい。(三島由紀夫と対談もしていたがそんな人は文化人で生きていない)―本で読むしかない事をリアルに経験してらっしゃるのでその話はお聴きしたい。後30年位…(30年位お元気でしょうけど絶対聞いておいた方が良い)―かけがいが無い。

●最近の政治トピックス

基本的にオールマイティに何でもやらないといけないが、党の中で役割を頂いているのは法務委員会の理事…副委員長みたいなポスト。(普通、自民党とか入ったらなれない、人数が多いから。1期生で任されるというのは人数が少ないからという利点もある、個人の成長としては)―物凄く勉強になる。毎週質問なので。昨日も法務委員会で質問で、先週もその前も。もし自民党で1期生だったら、1年に一回やったら後は採決の時に国会に来て後は地盤をしっかり固めるというのが1期生の仕事、そういうイメージだったが…(千葉県議の時は自民党だった)―県議の時でも年に2回位しか質問やっていない。ところが維新で議席を頂いたらいきなり法務委員会の理事で「え、本当に?」と思い理事会に行って「何すれば良いのだろう」というところからスタート。(手探り状態)―というのが去年。今年は、もう1年やらせて頂いたので大分分かって来て、今は「会社法」。その前は何をやったかというと「外弁法」と言って外国の弁護士の事、その前何をやったかと言うと「少年法」、去年やったのでは「非嫡出子の相続」…愛人の子も相続平等という。その前は「ハーグ条約」と言って子供の連れ去り。結構トピックスはある。何が大変て、弁護士でも何でもないので分からない事だらけ。哲学とか思想とか絡んでくる問題が多いので。(家族関係とか全てが関わってくる)―価値観を問われる。難しい。価値観は多様で排除出来ない。私は価値観は多様であって良いとも言えるが、価値観は正しくなくてはいけないと言っていて、「多様な価値観、多様な価値観」と言えば言う程秩序は無くなっていくと思う。排除はしないが正しい価値観はやはりきちんと定義づけた方が良い様な気がする。多様な価値観ばかり竹の子みたいに出て来たら秩序が無くなる気がする。法務委員会の理事をやらせて頂いた以上、きちんと党の中で責任を持って「これはこうです」と言わなくてはいけない。(責任野党なのでというのではないが、今の政権に意外に近い?)―今の政権は連立政権で、色々な調整をしなくてはならない。うちの党は調整必要無いので本来自民党に所属する先生方にしてみれば調整しないでストレートにやりたいところは分かる。そういったところをうちで先にスパーンとやる。集団的自衛権もそうだし、慰安婦の問題でもそう…(意図的に色々やっている?)―意図的というよりもそういった分野では自民党を引っ張れる位の政策を打ち出しているつもり。(安倍さんが党内より日本維新の会が良いとなる?)―あまりそう単純ではない。(笑)(それはそうですよね(笑))―政権から例えば「有難い」と言われる分野もあれば、是是非非なので「それはちょっと待て」と…例えば公務員制度の改革であったり、そういう分野では逆にブレーキというか違う方向性に引っ張りたいという思いがあるので、そういう時は面倒くさがられているかも知れない。(是是非非は大変。一杯案件があるから、これはどっちだったかという事が正直言ってあるでしょう…集団的自衛権とか慰安婦問題は別として)―ただうちの党を作る時に思想とか大事にしている…自立という精神。それに忠実にやっていけば自ずと答えが出る。政府に余計な事をさせないとか。(自立は自分も自立する事だとこの間岩永さんが仰っていた)―そうです。難しい事ではなくて、自分の食い扶持位自分で頑張ってやりなさい、家族の面倒はまず自分でみなさい、子供の世話に関しては親が責任を持つ、お爺ちゃんお祖母ちゃんになったらまず自分の親の面倒位しっかり自分でみる、その上で困っている人がいたら友達とか隣の人とか同じ地域の人とかに手を差し延べるとか、そういった事はあたり前だが、そういった事を基本に置いているので、あまり政府が余計なお世話をするなよと…サッチャーがこういった事を言っている…「国が困っている人がいるからといってばら撒けばばら撒く程むしろ家族の絆は弱まり、社会の不合理は増し、勤勉や自己責任といった美徳を奨励する代わりに怠惰やごまかしがまかり通る社会を作り出してしまう」と言って。その通りだと思う。そういった精神を大事にした…本当の維新は明治維新の頃の信条は富国強兵。我々が掲げた維新は流石に富国強兵と言えないから、やはりまずは我々の自立。国民としてまずはしっかり健全な精神を持とうと。(普通の人達は家族や自分の事で精一杯だからバッヂを付けた者がそれを考えるべきだと)―そうですよ。よく社会正義とか、「皆がこう思っているから」と言うが、特に我々の世代というのは日々の暮らしで一生懸命やっている。(そこを代弁してあげたいと)―税金は安ければ安い方が良いし。(8%だとやはり高い)(会場:便乗値上げ)(便乗値上げ多い本当に(笑))―その代りやはり一番お金がかかっているのが社会保障の分野なので、本当に困っている人達にどれだけいっているのかという話。サッチャーが言う通り、一律にばら撒いてはダメ。やむを得ない事情で困っている人達が一杯いる、不慮の事故とか、もしくは医療が発達した裏腹に生まれながらに障害をもっている子供達は一杯いる。うちの近くの周産期医療の集中治療室があるが、手の平に乗っかる赤ん坊が生まれて来る訳だからやはり多少障害が残ったりする事が多い。そういったところにきちんと手当をする事の方が本当の福祉のはず。なのにそっちはあまり変わらず、いくら一律にばら撒くかの方でお金を使っている。(働く意欲とか…配偶者控除は早く無くして欲しい、女性としては)―税金はシンプルが良い。分かり難い。シンプルでなるべく安い方が良い、税金は。て事は余計な事はしないという事。政治構造からいって政治がもっとこうしろああしろと言えば言う程、それは政府がする訳でその為の対価として税金が高くなる。民主主義をやればやる程税金は上がる。民主主義に消極的でなければいけない、そういった意味では。

●今だから言える、あの日のあの出来事

(SNSに8億円と来ている、みんなの党・渡辺喜美氏の問題)―確かに借りてはダメというと語弊があるかと思うが、同じ政治の世界の身として8億円借りる事が出来るというのはすごい事。貸す会長さんも凄いし、借りる方だって…携帯をスクロールしたって8億円も貸してくれる人いるかと言ったらいない。(万一先生が次落ちたら500万円でも貸してくれないかも知れない)―貸してくれない。(国会議員の方は皆言っている、応援してくれた信用金庫が貸してくれないと)―手の平が返る。だから浪人している時に応援してくれた人達というのは本当に有難い。あの2年間浪人出来たのはやはり支えてくれた方がいたから。それも8億円とかではない、月3万円とか。多い方で月5万円、そういった方が何人かいらっしゃって生活費含めて面倒みて下さる、頑張れって。(8億円借りたら仕事したくなくなってしまう(笑))―ただ、借りられない様になっている、規制法上は。借りたと言っても使い方の問題で、寄付扱いになる。寄付の上限、個人は2千万と決まっている。「8億円貸した」と仰っているが、8億円を寄付したつもりで出されたら貸した方も責任があると思う。何故かと言うと政治家に出して良い個人の上限は2千万。(ゆうに超えている)―ゆうに超えている。そういった色々な事があって本当のところがどういう話なのか分からないので、色々聞かれるがコメントのしようが無い。(DHCの会長も、発端が結いの党の予算委員会の理事のポストを渡辺代表が渡さなかったから…)―どうでしょう…(笑)だから分からないですよ、そういうのが。(それで結いの党と日本維新の会が…)―統一会派?まだ決まってない。とりあえずそういう方向もありだという事で…(新聞を見た方が早い?自分達で決めた事より新聞に載っている?)―いや、決まってない事が新聞に載っていたりする。(恐ろしい。ここに来る議員さんがよく言う)―正しかったら良いが、正しくない事が載っていたりするから…(その方向にいっちゃう事が多い?正しくなくても?)―あまり無い。あまり新聞も最近読んでない。(そんなもの?)―読まない事が多い。(みんなの党と日本維新の会は同等だった、ついこの間までは?)―それはもう、どの政党もある意味同等。数で言えば全然違うが。(それがみんなの党がこういう事になって代表選がスタートするが)―あまり他の政党の事だから外からコメントするのは良くない。ただみんなの党に対して沢山の期待があった訳で、その期待は夫々の先生が受け止めていらっしゃると思う。その結論が出て、我々はやはり先ほども言った通り維新の会は最初の思想を大事にしたのでその思想を大切にした上で衆議院選挙、参議院選挙、選挙を二回やって今があるから、それをきちんと踏まえて、みんなの党とどうか、結いとどうか、民主党とどうか、自民党とどうかとやっていく。まだ動かないと思う。あまり評論家みたいな事を言ってはいけないが、政権の支持率が高いうちはあまり動かない。だから今は目の前の事をブレずにやっていくという事が大事。私で言えば法務委員会で頂いている役をしっかりやるという事。一回一回の質問…質問は初めて国会でやったが…去年が11回、今年が6回位やっているが、今年の議事録を振り返る。法務委員会の所管の法律は刑法、民法、基本法が多い…この間少年法をやって…<参考資料を見ながら>…これはテロの話。テロで、イタリアで昔首相の暗殺事件というのがあったが、その時のテロの首謀で赤い旅団というのがあったが、赤い旅団の理論的主柱であるアントニオ・ネグリさんという方が何と去年来日している。(何で?)―脱原発のデモに参加したりとか。アレっと思って入管法で、国外で1年以上の懲役刑の人は入国できない。なのに入国しているので「大臣の特別許可ではないですか」と聞いた。で大臣の特別許可だった。「いくら何でもそれは不適切だろう」という質問。(大臣は?)―谷垣大臣。まして保守を標榜する安倍政権が…アントニオ・ネグリはバリバリのスターリン主義、スターリン万歳の人なので「こんな人を大臣の特別許可で入国させるのはおかしい」という質問。話を基に戻すと、基本法が多いので議事録を振り返る…昭和22年とか、第2回とか3回とか…(国会議員の特権)―今はネットでも見られる…そうすると色々な方の答弁があったり質問があったりする。ふと考えると、50年後の未来の国会議員が、例えば今私がやっている色々な質問を見てまた国会をやる…そうするとシャキッとする。些細な事かも知れないが一応歴史に残っていく。だから一生懸命向き合わないとダメだなと思う。思いつきで質問したり、とりあえずのどうでも良い様な質問とか、もってのほかだと思う。まずは目の前に与えられている政策的なテーマに懸命に取り組まなくてはいけないなと思う。(赤い旅団は過去のものかと思ったが脈々とある)―団体は無くなっても思想は滅ばない。共産主義だってそう、ソ連が滅んだって共産主義の思想はずーっと蔓延る。だからそうした思想に戦っていかなくてはならない。(赤い旅団の次に渡辺さんの話はなんですが、接触はあった?)―秘書上がりで色々な先生と繋がりがある。私が市長選に出る時…当時自民党…市長選は無所属で出るが…あれ、誰か来ましたよ<窓の外を指しながら>…中丸先生(笑)…市長選出る時は一旦自民党を離党して無所属で出る…(大事な話ですが拍手で迎えましょう)会場拍手(「今日Facebookでいじってください」と…中丸先生も夜の雰囲気で、西田先生も夜の雰囲気があると)―いつも早く寝てますよね、先生<中丸議員に向かって聞く>。中丸議員:僕も早いですよ。8時か9時には寝ている(笑)。(今、渡辺良美さんとの話)―で、市長選挙は公認ではなく推薦で戦う。私は当時自民党だったが自民党を離党して無所属で出て、推薦どうしようかなと思っていた時期があって、現職と戦うのだが現職も自民党系で、むしろ政党の色無しで純粋無所属的に戦おうかなという結論を出すが、その過程でみんなの党で単独であれば出すよとお誘いがあった。その時に渡辺良美代表と会って「今回は純粋に無所属で戦っていきたいと思う」と言った結果負けてしまう。で、負けた後もちゃんと「済みませんでした、気にして頂いて」とご挨拶に行った時に「それ見た事か、みんなの党の推薦があれば勝てたかも知れないじゃないか」と言われた。内心ではそうではないと思っていたが、その時はもう負けたご挨拶なので謙虚に謙虚に。(言われた方は覚えている)―それ位勢いはあった、みんなの党も…2012年位。うちもそう。勢いがあったって今勢いが無いし、1%と言われていて。これはジェットコースターみたいな物。やはり歴史が無いのでしょうがない…自民党みたいに60年の歴史、民主党だって15年の歴史がある、どうであれこの歴史はすごいと思う。その中で色々な…私が秘書をしていた頃に森総理で選挙をやった事があって支持率4%、大変な選挙だった。それでも当時の自民党は耐えて耐えて今がある。だからうちだってそう、今良かった時から落ちた、支持率が…そんなの気にせず耐えなくてはダメ。耐えて耐えて、支持率上げる為にこうしようという事ではなく、耐えて、目の前の事にまず取り組む。そして機を待つしかない。努力と才能と半分以上は運。ハイエクもそう言っている。(松下幸之助さんも言っている、「運と愛嬌」)―運悪いですけど(笑)。(独身?)―結婚している。(どうやって?)―やはりこれも運命だと思う。こっちで知り合った女性。(選挙活動とか一緒にやっている?)―今は家事が中心。(お子さんもいらっしゃる?)―子供がまだ小学二年生と中学一年生になったばかりなので選挙、後援会というよりも子供達の事をみているというのが精一杯。

●質問コーナー

Q:法務委員会の理事をやっているとの事で、マスコミの報道について。報道、表現の自由を盾に悪口を言う自由でバッシングが多い。例えばSTAP細胞の小保方さんはさんざん持ち上げてドーンと落として バッシングをしている。ガリレオの異端審問ではないが、あれだけやると個人の人格まで否定しているような状況。もしSTAP細胞が本当であれば大発見になる。規制はあまりかけられないと思うが何かマスコミに対して方法はないか。

A:やはり言論の自由というのは物凄く大事だと思う。よく色々な権利、権利というが、実は権利の要求というか自由の確保と考えた方が良いのではなかろうかと思っていて、その自由って何かと言った時に自由奔放とか自由放任ではないはず。まず第一にあるのは、日本という国があるから国家があるから我々自由があるわけで、北朝鮮に生まれていたら自由なんか無いし、世界人権宣言を見ると、「全ての人間は生まれながらに自由」とか書いてあるが嘘っぱち。アフリカの子供達は機関銃を持っている…そういう国もある。この国に生まれたからこの国の自由がある、という事はやはりこの国を守っていかなくてはいけないという事があろうかと思う。言論の自由はすごく大事だが、一つ、昔の刑法だと間諜罪というのがある…刑法旧85条だが、「敵国と間諜なしたる者は死刑もしくは無期懲役」と書いてある。どういう事かというと、例えばちょっと警戒しなくてはいけない国として中国や北朝鮮がある。そういった国と一緒になって何か日本に対して偽の情報工作をやる、こういったのも間諜にあたる。昔はそういった傾向があった。では今それを復活出来るかと言うと非常に難しいところがあろうかと思う。やはり、受け手。報道を見て新聞を読んでどう思うかという受け手の問題が一番大きいと思う。あまり言論の自由に抵触する様な規制をかけるべきではないでしょう。

(これは何?)<印刷物を指して>―これは「撃論」という雑誌…去年の予算委員会で「「“福島県の放射能汚染”はウソだ」と国会で叫んだ…」…何をやったかと言うと、この時の予算委員会で「避難区域を解除して帰りたい人は帰さなくては復興は進みませんよ」と。復興を阻害しているのは何かと言ったら避難区域の設定。実際に二年経ったばかりの時だが何一つ復興が進んでいない当時…今も。双葉町とかあの辺に行けばガードレールは曲がったまま、木も流されたまま手つかずで二年も放置されている中で、これを復興させていくには帰りたい人達は帰ってもらってそこで生活を始めて頂く事しかない、と。(これ本当に言った?)―言いました。(凄いですね。こういうのを見るとアナーキーかと思うが)―「アナーキー」を使い方間違っている(笑)。(何と言ったら良い?)―煙たい男。((笑)全然こう違うから色々な面を持っている)―この時は三日間クレームの電話が鳴りやまずに事務所を閉鎖しなくてはならなくなった。何か色々なもの、抗議文から何から何まで。(チャレンジャー。そういう事を敢えて言うというのは)―あれは事故が起こって、私が浪人時代だったので、その時に例えば札幌医大の放射線の先生だったり大阪大の先生とか講師に来てもらったり本を読んだりして、やはり福島の放射能という原発事故での放射能というのが人体に与える影響というのはそこまで、当時言われている甚大なものではないという評価、今となっては国連の科学委員会、調査委員会全部そういった結論を出している。という事は何かと言ったらこの三年の、あの地域をブラックボックスにしてしまった事というのは物凄いマイナス…政府の責任。この三年間はきちんと担保していかないといけないと思う。去年安倍さんが政権をとっていち早くやるべきだった。(今からでも遅くない)―いやもう、早ければ早い程良い。何度も行った。浪江で、和牛農家の方がいらして、当時事故が起こって牛達がワーッと色々な所に散った。で、事故が終わって落ち着いて何カ月した頃に戻って町中に徘徊している牛を集めて…この牛達を殺処分にしろと政府は言うが、それに反抗してずっと面倒みていてくださる方達が三軒の牛農家がいる。牛ピンピンしている、元気よく。その人達は何故そうしたかと言うと、この牛達を殺処分すると浪江の和牛がなくなる、絶やしてはいけない、と。次の世代が浪江で牛農家やる為にはこれを残さなければダメなんだと言って。全部手弁当で、避難所から通って。(その頃は浪人中?)―それはもう現職になってから見に行った。その質問した事がきっかけとなってやはり見に行く事になった。

●その他

中丸先生が何か質問?(笑)(中丸先生どうでした?)―(中丸議員:今日の感想は?)―そうですね、やはりドキドキする。あまり慣れないし。(アナーキーではなく(笑)煙たい男かと思っていたが意外と好青年というか)―それは、普通の人間関係の中で変な奴と思われていたら選挙当選しない。変な奴だけど一応常識的なところが無いと有権者から「ホントに大丈夫か」と思われる。(発言がうまい)―あまり…ただ頑固。やはり先ほど言った政策的に「これはダメだ」という時には、多少震えながらでも手を挙げて…(勇気がいる)―いるんですよ、これが。予算委員会だってやはりこの発言したらやはり大変だなと思って原稿を持つ手も震えた。この発言をしたらやはり大変、色々な反論に対処しなくてはいけないなと…予算委員会もそうだし法務委員会でも多少普通言わないなという事を言う時がある。(本当に色々な事を熟知した方が野次を飛ばす)―野次はまた聞こえて来る。耳栓しておけば良いがやはり聞こえてくる。鈴木貴子先生とかはやはりそういう野次とかが来ていても毅然と自分のペースでやれる。そういう政治姿勢はお若いですけど凄い。<資料を探して>もう一個、北方領土に行った時の…浪人時代に色丹島に行かせてもらった。その時に思ったがロシアの脅威というのが分かる。色丹島は、戦後70年になろうとしている…ロシアが侵略して来て舗装された道路一個も無い、色丹島。信号も無い。遅らせているだけ。ヤドカリ、ロシア人はやはり。人の領土ぶんどっておいて好き放題やって、次どこか良い所があったら行こうというそういう感覚。だからガーデニングをやっている家が一軒も無い。自分の所の故郷だという思いは誰もない。子供達と話したが、「色丹島にずっと住みたいと思うか」と言うと一人もいない。早くモスクワかハバロフスクの大学に行って向こうで住みたい、と。お父さんとか公務員とか軍の関係で住まわせられているだけだから。(国会議員としてそういう国はつくりたくない?)―これはやはり思想が大事。この国の自由を守るのはそういう事だと思う。自由には二つあって、政府に余計な事をさせないという事と、この国を守るという事。国を守れなくなったら自由もなくなる。だから皇室を守るという事と自由を守るのは一緒。イギリスもそうだが、自由というのは相続するという概念がある。親から相続する、またその親から、先祖から相続している財産が自由なんだという考え方がある。我が国、日本に当てはめると、皇室があって、そして我々国民があってというこの国の姿があるからこの国の自由が担保される。そうでなかったらその時々の権力者が法律を変えれば自由ではなくなってしまう事だってあり得る。そんな事は長年の歴史の中で出来上がって来た文言になっていない法で守られるという、そういう思想が無いとこの国の自由はもう守れないのではないかなと思う。政府に余計な事をさせないというのもそう…法務委員会でやったが、人権の話をした。人権擁護局が何をやっているかって予算委員会でこれもやったが、「デートDVって何?」というDVDを作っていたりする。是非見て頂ければ面白いが、三組のカップルが出て来て…まず一発目は大学生のカップル…女の子が嫉妬する…「ゼミに可愛い子がいるんだって?もうゼミに行かないで」と。バイト先の可愛い子と話していたりすると「今日バイト行っちゃダメ」と。挙句の果てには彼氏の携帯電話を取ってメモリーを全部消してしまう。そこで一旦終わって人権擁護委員みたいなのが出て来て「今のは人権侵害にあたります」と余計なお世話(笑)。それを啓発VTRという事で作っている。意味があるとすれば、劇団の方々の何か練習にはなっている。だけど国の予算ですよ。国の予算で「デートDVって何?」というそんな下らない…YouTubeで観られるので是非観て頂きたいが、こんなのしょうがないだろうという事をやっている。国家予算からみたら法務省の予算は7299億なので微々たる…微々たると言ってはいけないが、国で96兆ある訳だから。そのうちの1兆にも満たない、1%にも満たない全体から見れば些細な予算かも知れないが、やはりこれだけ税金を下げろ下げろと言っている以上そんな使われ方しているとやはりちょっと感情的になって追及してしまう。(どうしてそういうのが分かった?)―やはり「人権」という言葉にどうも胡散臭さを感じる。先ほど言った通り、「人権」というのは、生まれながらに全ての人間が持っているものではない。日本人として生まれた国民の権利としてある。それを普遍的なものだと言って何でもかんでも「人権だ人権だ」と言うのは良くない。という問題意識があって法務省の人権擁護行政って何をやっているんだろうと思って見たら案の定「デートDVって何?」。あとは、「女性に暴力を振るってはいけません」と…あたり前、傷害。「高齢者に暴力ダメ」介護施設で、という、あれも傷害。あたり前そんな事。「北朝鮮の拉致はいけません」は法務省の人権擁護行政ではなく内閣府の拉致対策本部でちゃんとやっている。何でやるの?とやったら、「人権擁護行政にも意味があって」と。それは地域で各地元で、人権擁護委員の方々が色々な揉め事があった時に何とか解決をしようと言って動いていらっしゃる、そういった事は評価しなくてはいけない。だけど法務省が本体としてやっている人権擁護行政というのは、だいたいこれ余計なお世話が多い。余計なお世話を求めたのは、出発点は何処かと言えば、やはり「人権人権」と叫ぶからそうなる。(そういうのを作ってしまう)―作ってしまう。(叫ぶ人がいる)―いるんです。全部受け入れてしまう。だから有権者がこう思っている、国民がこう思っているから、百聞いて百そのまま政府に要望してやったらこの国はダメになる。国民の要望を実現するというのも一つだが、それは違うのではないかと言った時にきちんと説得という事をやっていかないと、それをやったらこの国の為にならない。バンバンバンバン選挙の度に、「やれ我が党はどこどこに補助金だ」とか、何々手当だとか、週末のヤマダ電機とコジマ電気のバーゲンセールみたいな事をやるが、こんな選挙を続けていたらこの国はダメになる。…言い過ぎました?(笑)正論で大事なのは後で正論言って選挙当選出来るか(笑)。正論言うとだいたい負ける。辛いところ。(それを押し通して欲しい)―やはり正論を言える人間関係を地元で作らないとダメ。(地元は行っている?)―法務委員会とか、国会が少人数が故に国会に拘束される事が多いから、本当は行かなくてはいけない冠婚葬祭があったりしても行けなかったりとか。でもうちの選挙区は自民も民主も私の維新もみんなの党も四人現職がいる。呼ぶとなると国会議員が四人並ぶ、成人式とか。そうすると挨拶が長過ぎて皆嫌がっているのではないかなと思って。なるべく行かないで祝電だけ送って、例えば私だけ呼んで下さる会ははずさず行くとか。逆の立場だったらと思うと「早く終われよ」と思ってる方も多いのではないかと。消防の出初式など寒い中立ってやっている。それを来賓のご挨拶でダーッと国会議員が四人も居て色々なうん蓄を喋ったって皆さんに響かない。(でも来てくれた、と嬉しい方もいる)―個別できちんとお会いしていこうと思う。