豊田 俊郎
toyoda
第141回
2014年11月26日 放送

自民党 豊田 俊郎 参議院議員

八千代市で市長を3期11年勤め、参議院議員になりました。行政のトップでしたので、その観点からも「待機児童問題」を語って頂きました。そして「地方創世法」についても。「やはり千葉は関東1の農業地域。新しいやり方の農業で再生したい!」とのことです。お土産を沢山いただきました、豊田議員のお母様が作った揚げ餅。美味しかったです。他に八千代切子のコップ、地元で作った大きな梨などです。

(動画より文字おこし)

自民党 (千葉県)1期目(2014年11月26日 収録時点)

 

[すみません。この忙しいさ中に来て頂いて。事実上の選挙戦が始まったようなものですから衆議院の方が。それにしても凄いポスターですね!(等身大のポスターを指さして)] ― でも、これは選挙には使えませんから。事務所で楽しんでいる、その程度です。(笑) [欲しいという方はいないのですか] ― いやー、残念ながら。[千葉の八千代市長さんだったんですね。3期務め上げて] ― はいそうです。[昨年の参議院選挙で当選されて] ― 初めて国政に挑戦させて頂いて、当選出来たということですね。[今の永田町は参議院は別として、衆議院は人がいないんじゃないですか] ― 自分も、今日も千葉の方でですね、選対会議、選挙関係の集まりがありまして、各種団体だとか自由民主党の支部長さんの会議に出て、夕方までいて千葉からまっすぐこちらに来たんですけれども。[申し訳ないですね。でも、自民党は突き進むだけじゃないですか。でも野党は連合を組まなければいけないから、調整が必要だから、また戦い方が全然違いますよね] ― 衆議院の先生方は常在戦場ということで常に備えているのが当たり前だと思いますので、それぞれ政策論争をしっかりしていただいて、私は自由民主党の議員でございますので、自由民主党にご支援を賜ればと思いますけど。[いろいろ貼っていますね。(後のポスターを指さして)千葉県民マラソン] ― 趣味で。牛のマラソン大会みたいなものなんですけれど。僕は牛と同じようなスピードで。[ということは、先生が牛?] ― そうです。(笑) この間の千葉県のアクアラインのハーフマラソンに出させて頂いて。[私も千葉県のマラソン大会にゲストで呼ばれたことが] ― あ、マラソンの大会で。いろんなイベントが結構盛んなんですよ。ほとんどの自治体でマラソン大会が開催しています。大会はね、行政側が実行委員を作って、市民の方が自発的にやっていますし、参加者も参加費を払って走ってくれますんで、負担がほとんどない。ボランティアによって大会が成立して。それで、地域の名産も含めて、自分達の地域を全国に発信が出来るという、いいイベントだと私は思います。[これは何ですか?(後のポスターを指さして)「描きたくなる旅がある 千葉」] ― 千葉県は農業県だったんですけれども、工業中心のコンビナートがどんどん出来まして。ただ千葉にも、名所、旧跡、たいへん多く残っておりまして。この写真は佐倉という所の写真なんですけれど、コスモス。コスモスを植えて皆さんにご来場頂く、そしてチューリップの時期はチューリプ畑に、お米の時期にはここにお米が植えられるという、景色が三回変わるんです。[そしてこれは?(テーブルの上の大きな梨を指さして)] 梨なんですけど、みなさんこんな梨をあまり食べたことがないと思うんですけど、「あたご」という梨なんですけど。普通、梨は7月から8月、9月位までが最盛期なんですけど、この梨は11月から2月位までがちょうど食べ頃なんです。獲れるのは今位に取れるんですけど、保存が効くんですね。普通梨は足が速いんですけれど、この梨に限っては大変日持ちがするということで、若い農家の後継者が変化を求めて、親から譲り受けた農業、梨栽培ですけど、新たなものへの挑戦、そして付加価値を上げて行くということで。これ実は一個相当な値段がするんです。美和さんどれ位だと思います?[1000円!] ― まあ、いい線ですね。普通の梨は一袋で1000円ですからね。「佐野さんの顔くらいありますね」(観客席から)そうですね。赤ちゃんの顔くらいありますね。収録が終わったら是非食べてみて下さい。[一人暮らしだと保存が効くと嬉しいんです(笑) ] ― 千葉は北海道に次ぐ農業県です。[じゃあ、関東一なんですね] ― これは何かわかりますか?(長さが1メートル近くある長芋を取り出す)これ、誰が作っていると思いますか?千葉は家庭菜園というのが盛んで。農家で農業の後継者がいなくてですね、農業を継ぐ人がいない農地を細かく切って、家庭菜園でサラリーマンをやっていた人たちが老後の趣味として作っているんです。この間の日曜日、自分達が作った野菜を持ち寄って、収穫祭を開いたんですよ。品評会をやったんですけれど、白菜とかブロッコリーとか長芋、ホウレンソウを含めていろんな野菜が出るんですけど。この長芋ですね、元消防署の職員が作ったんですよ。[作れるもんなんですね。農家の方から指導を受けるんですか] ― 長い間やっている人達が、農家に負けない野菜を作って。もちろん、これ売り物じゃないんですよ。自分達で楽しんで。[自然薯じゃなくて、長芋なんですね。勢力が付くという] ― そうですね。選挙の時はこれをすりおろして、朝に晩に精を出すという。(会場から笑いが起こる)ただ、農業だけじゃなくてね、これも持ってきたんですけど、ロックアイス。これはセブンイレブンで買ってきたんですけど。去年、今年とフイーバーしていますよね。セブンカフェって。100円でセブンイレブンで。僕がセブンイレブンの宣伝してもしょうがないんだけど。実はこれが私の住んでいる八千代市で作られているんですよ。としかく全国のセブンイレブンの氷は八千代市に本社がありますので。[しかも持って来て頂いたのは、食品サンプルですよ!] ― いくら溶け難いとはいえ、僕も昼から出てきていますから。(笑) 実はもう一つお持ちしたのは、(切子の青と紫のグラスをテーブルの上に置いて)切子というと、江戸切子、薩摩切子、それも私も名品だと思うんですけど、八千代切り小というのが千葉県にあるんですよ。若いガラス職人の方々のです。[素敵ですね。紫の方なんてフレンチのロブションにあってもおかしくないですよね。素敵!] ― 江戸切子とか薩摩切子とまた違ったデザインの切子で。普通、切子ってだいたいが小さいんですよね。もっと花瓶みたいに大きいか。ワインを飲むにはワイングラス、ビール飲むにはビールグラス、日本酒はおちょこがありますけど。さてこの大きさで何を飲んだらいいかなと。さしずめ焼酎グラスかなと思って。これは一生、使えますんで。これもあなたにお土産に差し上げます。[こんな高価な物、いいんですか?] ― 外国からのお客さんがあると、外国の方はプレゼントを持って来ますし、その時にいつも持ってですね。本当に喜ばれますよ。[こういうのも政治資金収支報告書に書かなきゃいけなんですね。めんどくさい世界になりましたね。相手を倒すには最高のものですけど。国民が豊かになる、ならないではどうでもいい話] ― 「枝葉末節が行き過ぎていますね!」(観客席から声が上がる)[そういうのを作ったのも自民党かもしれませんけどね] ― 千葉という中でも八千代という所の商品をご案内したんですけど、観光を含めてですね、バラ園もありますし、風光明媚な銚子の市場から始まって九十九里浜、南房総とかですね。房総半島、本当に住むには素晴らしい、訪れても良しと。[サファーの方も結構いますよね。おしゃれなカフェとかレストランも多いですね] ― 九十九里浜は本当にサーフィンのメッカですよね。[本当にご地元を大事になさっている、ご地元を推進されている国会議員ということで。落下傘ではないけど、落花生は好き、趣味は献血。(笑)] [今は選挙前なんですけれど、前の2年前安倍政権が始まった12月16日の選挙から今まで、国会議員が出て下さった数が83人、その内、自民党は69人、民主党は6人。後は維新が6人、大地が1人、生活の党が1人です]

 

 

●幸せ度数年表

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第141回豊田俊郎

 

[1952年に今のご地元で生まれた、八千代市で生まれたということですね。どんなお家だったんですか] ― 農家です。[代々、市長とか?] ― 純粋な農家です。米と野菜を作っていた、ごく普通の農家です。[ここで土地家屋調査士の事務所を設立されたんですね。何歳の時ですか?] ― 二十歳です。皆さん、弁護士さんとか税理士さんとか、公認会計士さんだとか、その辺まではわかるんですね。司法書士さん、行政書士さんも。土地家屋調査士という資格があるんです。これはね、不動産の登記をする仕事なんです。皆さん、権利書を見た事ありますか。権利書というのは登記を証明するひとつの書類なんですけど、この権利書を作るのに必要な資格なんですよ。建物が建つ、マンションが建つ、そこには誰も権利書を持っていない訳なんです。新たにそこに権利書を作らなきゃいけないですよね。その権利書を作るのが土地家屋調査士です。[じゃあ、日本の高度成長期にビルを建てるのに活躍したわけですよね] ― アパート建てたりね。どんどん開発が進んできますんで、その時に土地を分けたり、分筆したりする仕事をする法務大臣所管の資格です。[そして、40歳で県議になられたんですね] ― いえ、40歳で選挙に出ただけです。[落選された?] ― はい、最初の選挙は落選です。[落選されたことがあるんですか。市長を3期された方が最初は落選しているんですね] ― 最初の選挙は次点だったですね。42歳だったんですけどね。[都市家屋調査士をやって、地元を回っているうちに、地元のためにいっちょやったろうということで?] ― 仕事を通して社会の中で認めてもらおうという努力をしていました。商売をやっていたので、昔ですから商店街とまではいきませんけれど、地域の中でいろんなお役を頼まれますよね。自治会の役員をやってくれだとか、PTAの役員をやってくれだとか、そういうものに参加しているうちにですね、世の中を変えて世の中を変えていくのには政治家が一番、具現性があると、いうふうに思って。[落選は一回だけですか?自民党で出られたんですか?] ― もちろん無所属です。初陣の時に、二世議員とか団体で出る場合には公認は出ますけど、普通の人は無所属ですよ。それも地方議員の場合は。市会議員で最初から自民党で出られる人はいないでしょ。他の政党の人はいますよ。共産党さんとか、公明党さんとかはいますけど。普通自民党で出るのに、何もしてない人が急に自民党の公認というのはないですから。無所属で、もちろん。[それが92年 ] ― 次の96年の選挙で初当選、県議選で。[このころから、自民党の政治不信、政党不信ということがあったので] ― 国政の選挙ではそういうことが言えますけど、地方はまた違うんですよ。この時位からから、ある程度ひとつ秀でた事業や組織を作ったり、運動した人たちが、結構選挙で国政の方には入ってきましたよね。例えば、薬害訴訟を一生懸命やったり、オリンピックで活躍してでたり、そういう人たちがどんどん国政は出てきましたけれど、地方の場合はなかなかそうはいかないんですよね。地道な積み上げによって地方選挙を勝ち上がっていく、ということですよね。[わたしなんかちなみに、95年の選市議会議員選挙でしたけど、自民党は全員、自民党の看板を隠していましたからね。無党派層という言葉がちょうど出た時だったんで。勝ち方の戦法ですからね] ― 県議選に当選して直ぐに自民党に入りましたけどね。[県議はどれ位?] ― 1期4年ですね。[なんと、市長を3期もやられているんですよね] ― 50歳の時まで。[どうですか、12年を振りかえられて] ― 11年ですね。少し残してですけれど。[一番、思い出深いことは?] ― いっぱいありますよ。一番思い出深いのは、八千代市に東京女子医科大学の医療センターを誘致したとこが、最初の大きな仕事だったですね。今は千葉県全体の小児の救急医療、周産期母子医療、総合周産期母子医療センターというのは、千葉県で二カ所しかない、その一か所をこの病院が担っていると。ですから、千葉県で三つ子とか四つ子、五つ子とか生まれるでしょ。みんな私どもの市の病院です。総合周産期医療センター、そこしか産めないですよ。鎌ヶ谷の人が船橋市役所に勤めていて、八千代の医療センターで四つ子を産んだというのがありましたね。あとね、極小未熟児の生存率、これ凄いですよ、この病院は。本当に掌にのるような子どもが育つんですよ。もちろん、赤ちゃんの集中医療室がありますからね。カプセルみたいなものですけれどね。NICUとか、高度な医療を備えた病院、これを開設にあたってはね、もちろん医療が不十分だったんで誘致したんですけれど、公設公営、民設民営、公設民営といろんな議論がありました。それから公的病院がいい、あるいは私立の大学病院がいい、これはいろんな考え方が皆さんあってですね、ずいぶん市内の皆さんの意見が分かれたところなんですよ。誘致病院ですから、土地を手当てしなきゃいけないと、補助金を出すと。補助金を出して病院を誘致するのは、財政状況から見て問題があると。ならばね、国立病院、県立病院を持ってこいと。ただ、国立病院、県立病院、簡単に出来るものではないですよね。それから、民間病院を誘致するというような話もあったんですけれど、徳洲会さんを含めて民間病院がありますから。ひきこもごも、いろんな話があったんですけれど、民設民営誘致方式をとって、土地は市で手当てをして、そこに病院が病院を建ててもらうと。建設費の二分の一を市が負担すると、いうような形で。[行政の病院の誘致には裏でお金が動くという話があるじゃないですか、実際はどういうことなんですか?必ず尾ひれが付くじゃないですか、どこの自治体でも] ― だからね、必要でもない所に無理やり病院を造るとか、病院側の理由で進出したいというケースの場合には誰かにお願いをしなきゃならん、私達のところはなきゃ困るという病院ですから。基本的に病院を設置する目的が全然違いますから。なんとかして地域医療を充実していくためにですね。それがないとすると、結局、他の市町村の病院に頼らざる得ないんですよ。そうすると、この病院が出来るまでは、小児の救急は82パーセント、市外の病院に搬送していいた。今度、病院が出来たらあべこべですよ。20パーセント位は市外に行きますけれども、80パーセントは市内。その20パーセントもいわゆる特殊な治療を受けている人たちは、その病院じゃ受けられないというのもありますし、継続的に治療を受けているお子さんもいますからそれが二割。実質は必要な子ども達の100パーセントに近い対応が出来ているということになると思います。[じゃあ、人間ドックはそちらに行ってらっしゃるんですか?] ― 残念ながら急性期の病院ではございませんで、一般の方がドックで診療を受けることは出来ません。病院のベッドによって種類が違いますからね。なかなかそういうような形では使えないんですけど。[健康だからいいですよね(笑)] ― (笑) はい、そうですね、まずそれが一番。[どういう経緯で参議院議員になったんですか?] ― 市長を3期やってある程度の目鼻はたったと。長くやる方もいらっしゃいますよ、能力もあるし、地域事情もあるけれど。僕の場合は3期位がちょうどいいのかなと。なかなかモチベーションが持たないですよ。忙しいし、大変だし。[参議院ももたないんじゃないんですか?] ― 人間というのはね環境が変わるとまた違うエネルギーが湧いてくるんですよ。目的も目標も変わってきますし。[市長は大変。だって職住接近、一歩出れば市長だから、上から下まで24時間体制で見張られているから] ― もうすべて、お金の出し入れも全部、情報公開ですから。自分の家の家計まで、全部。それでよく市民で調べている人がいますから。[オンブズマンの方とか、いっぱいいらっしゃいますから。どうにか引きずり降ろそうという趣旨ですからしょうがないですよね] ― 公用車の付ける場所でも乗り降りでも。市長対話なんかあるでしょ、それで住宅地に車を停めておけないですよね。道路で運転手が待っていて、冬場なんかエンジン止めて待っていられないでしょ。エンジンをつけていたら、通報が来て。通報する人の気持ちもわかるんですよ。その人も玄関先でやられていたら。本当はどっかに回っていればいいんでしょうけど。今は携帯がありますからね、大丈夫ですけど。そういう細かい所まで気を使っていかないと、なかなかね。でも市長さんも、首長というのは全国で1700人いますから。(笑) だっているでしょう。市長村が1700あるんだから。ただね、地域事情で、継続的に引き続き、計画行政ですから、一年一年、単年度で物事が終結するわけじゃないんですよ。複数年度に渡ってやらなきゃいけない、地域によっては近隣の市町村と一緒に進めている事なんかもあるんですよ。多いんですよ。合併こそしないんですけど、市民サービスを広域的に処理した方が効率のいい場合がたくさんありますから。下水だとか水道だとか。あとは近隣の首長さんのバランスなんかもありますんで、どうしても核の人が残って引き継いでいかないといけない、というのもありますしね。いろんなケースがあると思いますんで。私は3期ぐらいはと思って。[参議員は公募ですか?] ― いえ、違います。千葉県は3人区なんですよ。この間の選挙は全国、東京都以外は一人公認になったんです。東京は5人区ですから。東京だけは二人であとは全部一人だったんですけど。千葉だけ実は二人公認ということで。3人の選挙区で。[公認されるまでに、いろいろあったわけですよね] ― そうです。一人で確実に一議席を確保すると。ただ、当時はねじれを解消するということで、自民党がねじれを解消する場合は取れる所はすべて取っておかないといけないような状況だったわけで。3人区においては過半数を取らないと逆転にならない訳ですから、3の過半数は1.6という訳にはいかない訳ですから。2ですから、当然二人を出すべきだと。僕だけじゃなくて、県会議員の皆さんも含めて、首長の皆さんも、是非二人目の候補者をということで。ただ、過去の実例からいきますと、毎回二人ずつ出していたんですけどいつも片方しか受かってないんですよ。そんなこともあって。[それが二人受かったということですね] ― おかげさんで。(笑) 追い風、フォローの風に乗ったというか。[それで、自民党はねじれがなくなったということですよね] ― それが一つの要因になっているわけです。それが全国に同じような効果が出ているということだと思います。

 

●最近の政治トピックス

 

[ここでは政策的なことを伺っているんですけど、3期首長を務められたのでお伺いしたいのですが、どうして待機児童の問題はなくならないんですか。もともと行政の問題で、今は参議院議員になられて] ― こういう風に考えて下さいよ。待機児童をゼロにするにはどれくらいのキャパが必要か。小学校に上がる時に上がれない子はいませんよね。全員、小学校に入れますね。中学校に入れますね。ということは、子どもの数だけ全員分用意しないと、待機児童というのはなくならない訳です。全員が保育園に行こうと思ったら小学校の数だけ受け入れ態勢を作らなければいけないわけです。[作ればいいんじゃないんですか?] ― それは作ればいいです。作ればいいんですけれど、家庭で子供を育てたいという親御さんがいらっしゃる、幼児期は家庭で育てて2年なり3年保育園に入れたいという人もいれば、幼稚園に行かせたいという人もいるんですよ。スタイルがみんな違うし、その時、その時によって変化するんですね。ですから常に全員の子どもが受け入れられる環境を作るには、費用負担が大変大きくなってしまうんですよ。そことの兼合いですよね。皆さんが、子どもが生まれたら必ず保育園に預けるんだと確定すれば対応出来なくはないですよ。ただ、その分の負担は増えますよということだけご理解頂いて。[20年前から行政で問題になっていた問題じゃないですか。10年位前から国政にこの問題がやってきて。未だに、民主党から自民党になってまだ解決出来ていないという] ― その時は保育園に通わせたいと思っている人が少なかったんですよ。圧倒的に幼稚園の方が多いですからね。ですから、幼稚園の場合は保育園に預けなくて、自分の所で2歳、3歳まで育ててそれから3年の幼稚園、2年の幼稚園に行く人が圧倒的に多かったんですよ。子供を働きながら育てるという人が後からどんどん、どんどん増えてきていますから、それに追いついていないというのが実情なんです。普通の地方の保育園はそんなことないです。足らないのは都市部だけです。ほとんどはどこの市町村でも対応していますよ。[この問題はお金と人件費の問題で、反対している人がいないじゃないですか。なのに総理総裁が言う問題なのかなと、常々思っているんです] ― 確かにそうなんですけどね。高齢者の問題も同じことが言えるんですよ。[私達、待機老人。(笑) ] ― 在宅で暮したいという人もいれば、大型の施設の方がいいという人もいれば、ちっちゃな所でいいから家庭的な所で暮したい、お金持ちの人は外国で暮らしたい、そのニーズに公が必要十分なことを備えるというのは財政的に負担が大きくなるんで、歳出がさらに増えてくるという点でぎりぎりのところの選択と。しかし社会ニーズが変わってくれば、時と場合によってはそちらに財政の方のシフトをしていって対応していくことも大事。それはもう病気だって同じですよ。病人でもそう、障害者政策でもそう。障害者の子供に対してもみんな同じなんですけど、障害を持って生れてきて、全てが行政が受け入れられれば、それはそれにこしたことはない。その負担というのは皆さんで負担して頂く訳ですから。ですから、どこにどう税の公平な配分をしていくか。負担と給付という問題はそれぞれの人、それぞれの立場で考え方が違いますんで。

[考え方が違うにしても、待機児童の問題は長すぎるから、反対する人がいない、あとは財源だけ] ― 毎年追いつくように増やすんですよ。そうすると、また増えてくるんです。追いかけっこ。だから最後はさっき言った小学校に上がる分の数だけ作る。それがマックス。どこの市長さんでも首長さんでも選挙に出る時「待機児童ゼロ、頑張ります」と言っています。まさか選挙に出る時に対応しませんという人はいませんから。ただ、実情はそういうことで。[ただ、私としては長いなと] ― ですから、出来るだけ将来的負担がかからないようなシステムね、たとえば保育ママの制度とか、一時預かりのシステムとか、いろんな子育てのそういうものも取り入れながらそういう待機児童の対策をしていくのが大事だと思います。[待機児童の問題すら解決できないのに、集団的自衛権とか大丈夫かなと思っちゃうんですよね] ― それは少子化の問題もそうなんです。個人差がみんな考え方にありますから、多種多様ですから。ひとつの枠組みだけで対応するのは難しい。地域差もありますから。[ずっと気になっていたんですよね。私も市会議員をやっていたので、その頃からずっとあったんです] ― でもね、どこの行政も努力していますよ。間違いないですよ。その延長で放課後保育の問題なんて出てくるんですよね。いわゆる学童の問題。[昔は学童なんてなかったですよね] ― そうでしょ、次から次にいろんな問題が出てくるんです。

 

●今だから言えるあの日のあの出来事

 

子育ての話で今思い出したんですけど、僕が県会議員に挑戦した時に知事が堂本暁子さんだったんです。僕が一般質問で子育ての質問をしたんですよ。20年前のことですけど。少子化がどんどん進んでいくんで、どんどん子どもを産み育てる社会を作るのにお金を出すべきだと、子ども一人生まれたら、100万円だせと、中学校に上がったら50万円、高校を上がったらまた50万円と。成人するまで出し続けたらどうかと。一人せいぜい払ったとしても、300万かそんなもんですよ。この人たち大学を出て直ぐに就職してくれたならば、300万ぐらいすぐ払えますよと。そういう質問をしたんです。ところが堂本さんその質問が終わって直ぐに壇上から知事が降りてきまして「豊田県議ね、女性はお金じゃ子どもを産みませんから!」(笑) [微妙な問題だ!] 僕は何もね、お金だけで何もやれということじゃないんですよ。いろんな政策をやった中でそのプラスアルファ、今言った追いつかない部分に何とか援助するというかね。[たじたじでしたね。特に女性の知事ですからね (笑) ] ― 怒られましたよ。でもその後、堂本さんといろいろな事業をやらせて頂きましたけどね。[そういう見方もあるんですね。私、今聞いていて全然そんなこと思わなかった。でも、堂本さんはそういう思い方をされる女性、大半なんでしょうね] ― あとね、選挙を落選していますからね。[一回だけですよね (笑)] ― いやあ、大変だったですよ。4年間ですからね。[それは働き盛りの4年間は、30年ぐらいに匹敵しますよ] ― 麻生先生がよく言うんですけど、演説の時にね、「政治家というのは、度胸と愛嬌とやせ我慢だ」というんですよ。やせ我慢というのはひもじいんだけど我慢して、いるものもいらないって言うし、ない物もあるという。選挙が終わった時、無一文ですよ。子どもが小学校、男の子3人いたんで。[借金しました?] ― 借金どころか学資保険の積立から保険からね、全部解約して。[地元の信用金庫なんか、そんな時は貸してくれないんですよね] ― それこそ、やせ我慢して苦労したことがありました。[明日がわからないですからね。4年後受かるかわからなくてやっているんですからね] ― ですから、選挙というのは思ったよりも、お金がかかるんですよね。[特に千葉とかかかりそうですよね(笑) ] ― そういう人もいますけど、人口が多いですから、対象になる人口が。だいたい県会議員というのは5万人に一人ぐらいですけど、5万人だけ相手にする訳じゃないですからね。私の所は19万人いますから、19万人を相手にしてやりますから。手紙だって一通だせば、相当な費用がかかりますから。[首長になれば、毎日が選挙活動なものですからね。選挙のことを考えるよりも日々の事が大変だったということですよね] ― そうですね。選挙のことは二の次でね。でも市長になるまでは大変です。[今は為公会ですか?] ― そうです。[麻生さんは巷にはいないような方でしょう?] ― よく一緒にいますよ。まあ、いいです、今日は麻生さんの話は。(笑) 今だから言えるということですけど、そんなことが思い出として。

 

Q1;先程の待機児童の話もそうなんですけど、アベノミクスで日本をもう一回元気にしようと自民党、頑張ってらっしゃると思うんですけど、消費税が争点になったりしますけれど。先程の給付と負担というところがいろんなことをやったら、どうしても大きな政府になってしまう、そこのバランスが難しいと思うんですが。首長のご経験から今後の地方再生、シャッター街も結構地方なんかあると思うので、地方を元気にしながらバエマキじゃないような活性化、ご経験からどんな。

 

A1;そうですね、実は私の所は人口が減らないで維持して横ばいなんです。やっぱり、キーワードはね、女性がさらに働く場所、生産に加わってもらう。もちろん子育てが生産していないというわけじゃないですけど、女性が働く場所なり職種なり、そういうものがもっと広がってくること。それとね、農業ですね。地方にはね、工場を作ろうとかやろうと言っても、東京近郊で出来る物は地方に持って行っても効率が悪いんですよ。そうすると東京や東京近郊で出来ないものといったら、農業と漁業だと思うんですよ。ここに新たな産業の展開というものを。ですから農業をもう一度見直して元気にするという政策に打って出るべき。これは農地がなきゃ出来ないですから。確かにビルの中で野菜を作っているという方もいらっしゃいますけど、限界があるでしょ。ですから、地方に住んだ方が、損得で地域を選ぶのはいかがなものかと思いますけど、生き方の上で充実感だとか満足感が得られると。今は田舎にいるよりも、東京、どんなに狭くても、空気が悪くても、危なくても東京に住んだ方が満足感、充実感が得られるから東京にみんな来るわけですよ。でも地方に住みたいという人もいる訳ですよ。さっきの長芋を作った皆さん元サラリーマン。東京に住んでいた人が定年退職して農地を少し借りて農業というか、家庭菜園をやっているんですけど。働きたければ制限をつけなきゃいいんですよ。たとえば、定年が60とか65とか、公務員がそうですよね。働きたい人には働ける仕組み、元気な人は、別に70でも80でも働いていいんですよ。なにもリタイアする必要もないし。それからリベンジの話もそうね、再チャレンジが出来る仕組みとか、こういうものをもっとオープンにして、新しい就労のスタイルみたいなのを発掘していくということが、最終的に地方創生につながってくる。で、地方でなけりゃ出来ない物を、農業や漁業、林業もそうなんですけれど。東京でまさかね、魚釣れませんから。そういうところもっとクローズアップさせるような政策をやりたいなあと思って国会議員になったんです。[この間駆け込みで、地方創生の法案が成立しましたよね] ― ええ、でもまだ理念法ですから。あれが今度、次の国会からもっと具体的に出してくべきだろうと。私はこの間、いくつか、自民党の方が案を出してくれというので少し出させてもらったんですけどね。採用されるかわかりませんけど。(笑)

 

Q2;許認可行政の規制が結構あってという話を聞くんですけど、そういうものを撤廃しないとなかなか活性化しないかなと。

 

A2;でもね、その先にあるものが示されていないから、皆さんが既得権益で役をやっていたり、役職に戻っている人たちが、多少、農協なんかも抵抗したりしていますけど。きちっと、こういう形にするにはこうだと、説明がまだ足りないと思うんです。まず、ビジョンをもう少し示した中でそのためにはこういう規制緩和が必要だと。ただ規制緩和しろしろと言っても、なかなか理解、説得が出来ないと思いますんで。そこを最初にやるべきだと私は考えます。[どこかの県で成功例が出てくればね] ― それは政府としてもいろんな事例を出していますよ。それがすそ野が広がるような、それがこれからの政治の仕事だと思いますよ。千葉県が発展しないと他の府県には及ばないと私自身は思っていますので。森田知事も一生懸命頑張っていますから。