逢坂 誠二
逢坂バスト
第204回
2017年03月15日 放送

民進党 逢坂 誠二 衆議院議員

「役人と政治家にはなりたくない」と胸に秘めていた逢坂青年でしたが、

どうしたことか、地方自治や政治の様々な裏事情を目の当たりにしたことが逢坂氏にやる気をおこさせ、

ニセコ町役場職員⇒ニセコ町町長⇒国会議員という道を歩くことになりました。

2005年から国会議員となり、一度は政権を奪い破竹の勢いだった民主党を知っているだけに、党の立て直しの厳しさを痛感されているようです。

福田元首相と始めた「公文書管理」についてはライフワークとして力を入れています。

地方自治に明るい逢坂議員だからこそ発揮できることが、沢山ある事をあらためて確認できました。

 

(動画より文字起こし)

民進党 (北海道8区)  3期目 (2017年 3月 15日 収録時点)

[第二弾の「みわちゃんねる」が終わりそうな時に逢坂誠二さん、出て下さっているんです。今回「みわちゃんねる」このスタジオになって第三弾なんですけど、あと3回でこのスタジオでの収録は終わりなんですよ] ― あら、私が来ると番組が終わる!あー、疫病神ですね。[そんなことないです!(笑)] ― 私も実はね、前回、みわちゃんが来た時に、これ大丈夫かなと思って、(笑) 新手の押し売りじゃないかと思って。番組に出たら、CD100枚買ってとか来るんじゃないかと思って、ハラハラしたんですけど。(笑) [それから今回、204回ということで] ― そうですか、おめでとうございます![変わらず、民進党ですね] ― は、なんか奥の深い発言ですね。2012年に政権から下野しましてね、なかなかその後、支持率が上がらないという。[この間、党大会があったじゃないですか] ― 蓮舫さんにもっと外に出て行って貰って、頑張ってやってもらいたいと思うんですけど、彼女も一生懸命にやっているんですがね。なかなか支持率の回復にはつながらないんですね。一回、失った信頼はなかなか戻らないということを実感しますね。[蓮舫さんのせいではないですよね] ― もちろん、それはそうです。ただ、組織のトップと言うのは自分がやると言ってやったからには、やると言ったことに忠実に頑張ってもらわなきゃないんでね。今、世界の政治を見ても、わりと大きな力、流れがあるとなかなかそれを元に戻すのは難しいなという感じはしますね。[その間に震災もありましたからね] ― インターネットというのも大きいと思いますよ。瞬時にいろんな情報が伝わる。いい情報であれ、悪い情報であれ、ある一定の方向に情報が流れだすと、その流れをなかなか止めがたいというのがあるんですね。[民進党は負のスパイラルがずっと続いているというのが、正直言って、そういう感じですよね] ― 最近の与党政府の動きを見ても、具体的には言いませんけれども、稲田朋美さんの問題、具体的には言いませんけれども、森友学園の問題とかですね。(会場から笑い声)これほどの悪いスパイラルになっているにも関わらず、与党の支持率がガーンと高いままなんです。民主党政権の時代にあんなことがあったら、大臣の首が10人位飛んでいますよ。[自民党は負のスパイラル、悪い噂を自分の所に引き付けて、さらに支持を伸ばすお家芸があるんですよね] ― わかりませんけどね。愚直に誠実に明るく楽しく頑張ります。[北海道8区選出でいらして。2014年の選挙では小選挙区で当選されて総理経験者とかは小選挙区で当選される方はいらっしゃいますけど、貴重な一議席ですよね] ― 御指示いただいて、なんとかなりました。

 

●幸せ度数年表

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[1959年生れですね] ― 北海道、ニセコという所で生れました。家が小さな商売をしていまして。[どんなご商売ですか?] ― 酒とかを売る、お袋と親父でやる小さな商売で。[ご近所の人が買いに来る] ― 小さなよろず屋ですね。扱い品目は今でいうコンビニエンスストアと同じ位の品目を扱っていて。私が生れてすぐ、お袋が病気になりまして。残念ながらそのために、私は兄弟がいないんです。子供の頃、結構寂しい人生でしたね。家の仕事を手伝うとか、兄弟がいないんで晩飯を一人で食うとかね。あ、一人で頂く。(笑) 大学に入って、私の人生が開けるかなと思って。大学に入って研究者になりたかったんですね。[何の研究でしょうか?] ― 免疫学です。元々理科系なので、物理化学を勉強していて。大学の成績が決して良く無くて、80人の学部で79番目の成績でしたけどね。80番にならないというところが、なかなかいいところで。(笑) 研究職になりたいということで、わりと真面目に勉強しておりました。ところがですね、大学4年生の時に父親が病気になりまして、どうしても田舎に帰らなきゃならない、研究職の道を諦めて。田舎に帰るとになるとですね、信用金庫、農協とかですね、あるいは町役場とかしか田舎では務めるところがないんです。私の人生の中で嫌いなものが二つありまして。公務員、政治家。公務員、政治家が大嫌いなんですよ。(笑) 公務員がなぜ嫌いかと、公務員って仕事をしているように見えないじゃないですか。忙しそうには見えますよ、でも実際に実の上がる仕事を私はやっていないと思っていて。[逢坂先生のお父様とお母様がコツコツ、コツコツ働かれる姿を見ていたんですね、それもあったんじゃないんですか] ― そもそも何というか、世の中に対してちょっと斜に構えていたところがあるかもしれないですね。自分が嫌だと思っていた公務員にならざる負えなくて。試験を受けて役場の職員になったんです。生まれ故郷のニセコ町役場です。入ったその日に愕然としましたね。みんながサンダルを履いてペタペタ歩いている訳ですよ。それとかね、9時にお茶のんだり、10時にお茶飲んだり、1時にお茶飲んだりしている訳ですよ。全体にまったりしているわけですよ。[緊張感がないんですね] ― あともう一つは会議。みんなが集まって会議をするじゃないですか、何の意見も出ない。何の意見も出ないくせに、5時に終わって居酒屋とか行くと、みんな、「実は今日の会議の佐野課長は酷いよな」とみんなガーガー、ガーガー言う訳ですよ。この話を昼間やりゃいいだろうと思う訳ですね。それとかね、公務員の世界って何年も同じ仕事をしている、定型的な仕事ってあるじゃないですか。定型的な仕事というのは1年目は仮にレベルが十分でなくても、二年三年経つ内に進化していくのは、世の中当たり前じゃないですか。それが五年経っても十年経っても同じような仕事をしている訳ですよ。それを見て私はこれはダメだと。4月に入って時点でこれはダメだと、早めに荷物をまとめてどこかに行かなきゃいけないと思ったんです。ただ、私にも若干の負い目があってですね、物理化学ですから、法律のことが何もわからない。法律がわかれば公務員がつとまるという事じゃないんですけど、多少はねと思って。せっかく与えられた環境だから、ここにいる間に少し法律の勉強をしようと思って。札幌の大学の法学部の研究室に行ったり、通信教育で法律の勉強をして。スクーリングってあるじゃないですか。スクーリングで最低でも民法と憲法の単位を取りたいなと思って、ちょっと真面目に勉強したんです。勉強をしている内にちょっとづつ上がってきて。辞めないでずっといたんですね。いずれは辞めざる得ないだろうと思っていまして。いずれはもう一回大学に戻って、研究職の道と思っていたんですね。社会に出るのが嫌だったんですよ。[どうしてですか?] ― 嫌じゃない?人間関係。[私、子供の頃から社会に出たくてしょうがなかったんです。(笑)] ― 私、人嫌いなんで。話すのも嫌いなんで。[良く政治家になってバッチを付けられましたね!] ― 私、子供の頃、天文学者になりたいと思っていて。[星としゃべっていたい、ロマンチストなんですね。(笑) ] ― 社会に出たくないなあと思っていたもんですから、公務員になってみたら、公務員の世界が酷い。それで法律の勉強をしている内に、あることに気が付いたんです。公務員って凄い重要な仕事をしているなと気が付いたんです。当時、ふるさと創生一億円ってあったんです。竹下総理大臣の時に。全国の自治体に規模の大きい小さいかかわりなく、一億円ずつ配る訳ですよ。[日本がそんなに疲弊したとわかっていない時ですね] ― でも政策的には行き詰っていたんです。中央政府で物が考えられなくなったんで、地方に一億円配って、みんなで自由に考えて下さいという。たまたま私、その担当係長になっちゃってですね。国からお金が一億来る、何に使おうかということなんですけど。その時に私なりに全国のいろんな事例を見ると、金で鰹の置物を作ったとかね、世界一の砂時計を作ったとかね、そういうのがあって。マスコミのみなさんは何にお金を使ったかに注目していたんですが、私はそうじゃなくて、どうやってお金の使い道を決めたかに注目していたんですね。その時に役人主導で決めたり、あるいは市長さんや町長さんがこれに使うぞと決めたり、あるいはアンケートを取って決めたり。住民の議論する場を作って、あーでもない、こーでもないと議論して決めたり。いろんな決め方があったんです。その時にハッと気が付いた。日本の政策決定のプロセスというのは千差万別であり、決まったものはないといこと。要するに政策決定のプロセスって結構、いい加減なんだということなんですね。もう一つは、政策決定のプロセスの中に多くの人が関わることによって、その結果決まった政策がよそから見てみると、なんか変だなとなっても、その地域に住んでいる人の満足具合は高いと言うことに気が付いた。要するに政策決定のプロセスがいいか悪いかによって、一億円というお金の価値を物凄く低めてしまうこともあるけど、一億円の価値をもっと高めてよい方向にも使える。ある種、現場を担っているのが公務員ですよね。公務員がちょっと頑張るか頑張らないかによって、お金の価値が変わるんだということなんです。[ニセコ町はどういうことをしたんですか?] ― これはあんまり言いたくないんですけど、当時の上司が使う物を決めていたんですね。小樽とニセコの間にC62という蒸気機関車を走らせる。おー!という声が出ましたね。これはマニアの間ではよだれが出る位の凄い事なんです。C62を走らせるんだ、そのことにお金を使うと。それで「逢坂誠二、いいか。お前は住民のみなさんにアンケートを取ったり会議をやって、結果的にC62に使うという結論を出すように仕事をしろ」と。[さすが!これ役人の真骨頂ですね!] それで私、当然、今はだいぶんずるいですけど、当時まだずるくなかったんで、辞表を書いて「そんなのやってられない」とやったんですけが。当時の二番目の上司からですね、まだ29歳で若いし、まあそんなに無理することはないと。取りあえず、これも勉強だと思ってやってみろと。[その人はいい人ですね] ― まあ、その人もまあ曲者なんですけど。ちょっと付き合ってもいいかなということで、結果的に小樽とニセコの間にC62というのが復活して。私も実は鉄なもんですから。[本当は嫌じゃなかった?] ― いやいや、そうじゃないです。仕事と趣味は一緒にしちゃいけない。[また、堅いことをおっしゃって] ― 私人か公人であるか、はっきりしなきゃいけないですよ。[耳が痛いです。(笑)] ― 権威を笠に着て、学校を認可しろ、なんて言っちゃいけないんですよ。[私も政府専用機に乗りたいですよ] ― 私の事務所もあと5人付いたら、もっと仕事が出来ますよ。政府専用機にお金を払って乗っているんでしょうかね。ちょっと聞いてみたいと思います。[政府専用機に乗ったことはありますか?] ― ないです。それで、29歳の時にちょっと気が付いて。これは公務員やだとか、公務員ダメだとか言っている場合ではないと。これはですね、自分がちょっと怠けることによって、一千万とか二千万単位でお金を無駄にしていると。不正をして無駄にするということではなくて、公務員がちょっと頑張ればお金を有効に使えるし、ちょっと怠ければ、他の人が検証出来ないけれどお金を無駄にするということが、山のようにあると思ってですね、これは嫌だとか言っていられる仕事じゃないと思ったんですね。そう思い出したらですね、当時の上司が、これも失礼なんですが、当時の上司が大丈夫なのこの人とか、こんな仕事の仕方をしていたらダメだろうとか。上司批判というよりも、これはまずい、このままじゃ将来、ニセコ町はたちいかなくなると思ってですね。35歳の時に無謀にも町長選挙に出ることにしまして。[みなさん、ここですよ!公務員が嫌いだと思った人が首長ですよ!] ― 35歳の時に町長選挙に出ることにしたんですが、残念ながら私の父も母もニセコ生れじゃないし、私は親戚がいないし。いわゆる政治家で言われる、地盤、看板、かばん、が何もないんですよ。金はないは、親戚に政治家はいないわ、知名度はないは。[特に地方自治体の公務員の出身者だと地味なんですよね。中央官僚と違ってね] ― もちろんそうですよ。11年、役所に勤めていたんで、退職金をもらったんですよね。[おいくらですか?] ― 90万円。90万円じゃ、選挙にならないんです。それでも思い余って出ちゃった。誰も勝てるとは思っていなかった。選挙になると、いろんな雑誌、新聞が来るんです。あなたのことを良く書きますよと言って、50万円とか、100万円とか。私は当然、お金がないから、そんなの無理、お断りする。その3日後に配られた地元の新聞を見るとね、「横綱と幕下の戦い」と書いてあった訳です。「泡沫候補、家でゴロゴロ」それでピンときたのが、相手候補は金を出したんだな、こりゃ。いやー、もう大変でしたよ。誰も勝てないと思っていたんですけど、選挙戦、結果的に僅差で勝利することが出来まして。[凄いですね!その勝因は何なんですか?] ― 勝因はですね、丁寧に政策を説明して歩いた。あと高齢者のみなさんが応援してくれたんですね。私が当時、年が若かったということもあって、一般的には多くの人は若い力があなたを押し上げたんですねと言ってくれたんですけど、そうじゃないんですよ。若い人とか中堅どころの人はですね、みんなしがらみがあって。要するに組織とか団体にみんな入っている訳ですよ。そういう人は自由に選択できない訳です。どっちがいいとか、悪いとか思っても。だから、そういう人じゃなくて、リタイアした人が、「俺たちはもう職場、関係ないし、いいよ」と。そういう人が応援してくれたのと、中高年の女性ですね。みんな、可哀そうに思ってくれたのかもしれないですね。結果的に当選することが出来たんですね。1994年と言うのは無党派層が出る1年前なんですよ。1995年に東京都が青島幸雄さんの自治体選挙ですから。その年は私みたいな変な首長が出ない時代だったんですが。[私も1995年に初選挙だったんで、市会議員選挙だったんですけど。その時の空気というのはよく覚えているんですよね] ― それで、どん底だったんですが少しずつ、自分で工夫しながら。町長になってまあまあ。これから自分の人生、定まったかな。後は真っ直ぐです。[ニセコって外国人が訪れたいナンバーワンの場所ですよね] ― 今は凄いですよ。[町長時代はどうだったんですか?] ― 町長時代はですね、それに向けていろいろ準備をしていました。スキーで非常に有名な所ですから、スキーのお客さんはかつて来ていた。ところが、20年位前からスキーの人気は十分ではなかった。その時にアウトドアとかいろんなものに目を付けて、海外へのプロモーションというのは結構、やっていましたね。[今、中国人がお家を買ったり] ― 中国人ももちろんありますし、中国の方だけではなくて世界中の方が来ていますね。ゲレンデで日本人を探すのが大変なくらい。この間ね、あるニセコのスポーツ店に行ったんです。そうしたら何て書いてあったか。「日本人の方もご利用いただけます」(会場から笑い)店員さんも外国人だし、来ているお客さんも外国人だから、日本の方が利用できないんじゃないかと思う。この間、ニセコのある旅行会社に電話をかけたら、もしもしと言ったら向こうはハローなんですよね。日本人が経営している会社なんですよ。それで社長に代わって頂いて、社長、ハローはないだろうと言ったら、電話の8割が外国人だからそうせざるを得ないんだと言っていました。その後、ニセコ町長を11年やらせて頂いて、3期やって。途中で国会に移ることになったんですけど、国会に来てからは自分の生まれ故郷の選挙区ではなくて、今は函館なんです。落下傘なんです、8区。元々は4区という所のはずなんですが。[ニセコ町の票が入っていないということですね] ― そういうことです。[それでこれが飾ってあるんですね。これは何ですか?] ― (イカのキャラクターのぬいぐるみを手に取って)イカ。イカの宇宙人版。イカール星人と言ってですね、函館に行くとこれがたくさんいます。函館朝市の中にイカール神社というのがあってですね、御利益があるんですよ。[縁結びとかね] ― お金が儲かるとかね、選挙に当選するとかね、かな?(笑) 本当はこれの被り物があるんです。被り物を持ってこようと思ったんだけど、それちょっと函館に置いて来ちゃったんで、残念ながら。[逢坂議員は何期目なんですか?] ― 3期目です。町長の時はね、情報公開とか住民参加とかそういうことを一生懸命にやったんです。ところがね、小泉政権の時に小泉改革なるものがあって、地方の財政がずたずたになったんです。それで私、カチーンときてね。[その時は地方分権の名の元に] ― その時も地方分権と言っていたんだけれど、全然、分権とは名ばかりで。[それは小泉さんになったから変わったんじゃなくて、元々名ばかりだったんですか?] ― いや、それはそんなことはなかったですけれども。一生懸命に地方に権限とか財源を渡そうとして。小泉改革もどちらかというと分権のひとつの流れだったという風には思うんですが、ところが結果はまったく惨憺たるもので。地方の財政がボロボロになりましたね。[ボロボロというのはお金をくれなかったということですか?] ― そういうことですね。福祉のサービスも切り詰めるとか。一番明らかなのは除雪ね。ニセコなんか8センチ雪が降ったら除雪するということだった。ところが小泉改革によってお金が全然ないから15センチ。それから冬の間、通行止めにする道路を増やさなきゃいけないということでですね。私がその時に感じたのは、民主主義の基本は自治体の自治、PTAとか町内会とかいろんなサークルとか、自治体の活動もそうだけれど、それが民主主義の基本だと思っていた。ところがそれが、中央政府の配慮がなければそれが一気に壊されてしまう。これはヤバいって思ってですね、これは自治のことがわかる人間が国会に行かなければだめだなと思ってですね、2005年に国会に行くことを決めたんですね。[最初に出た党が民主党だったんですね] ― その頃、民主党は地方分権ということに関しては、自民党よりも民主党の方が理解があるのではないかという思いもありましたね。それで私の人生はだんだん深みにはまる訳ですよ。公務員が嫌いだと言っていたのに公務員になり、政治家は嫌いだと言っていたのに政治家になってですね。でも私は今、政治家が嫌いだった理由が自分なりによくわかっていて、政治ってうさん臭いんです。例えばね、物事が理路整然と割り切れれば、それは政治家がやる必要はないんです。それは社会の中で自動的に選択、どの道へ進むか決まる訳です。理路整然と理由の付いているものは。でも利益を配分するとか、右へ行ったらいいか、左へ行ったらいいか、わからないものは、社会に必要なものであれば政治が決めなきゃいけない。根拠がはっきりしないんです。根拠がはっきりしないんだから、当然そこに、えー、そんな決め方をしていいの、何でこっちに利益を与えてこっちに与えないの、というのが出るんで。政治の持っている本質は実はうさん臭さとも言えるんです。ただ、政治家自身がそのことをわからず仕事をしているというのが私はおかしいと思っていて。政治家がどういう仕事をしなければならないのかということ、社会の中では決めかねるような問題を実は我々が引き受けているんだっていうことです。若い頃になぜ政治が嫌いだったのは、うさん臭さを見抜いていたというか感じていたんでしょうね。権威的なものは私はどっちかというと嫌いなので、権力とか権威的なものは嫌いなので。みんなが同じ土俵の上で同じような形でいろんな話が出来るというのが好ましいと思っていたので。ただ、今はその考え方がちょっと変わりまして、なぜか。選挙によって私にはある種の権力が与えられている訳です。法律を作るのは国会議員にしか出来ないんです。法律と言うのは何かというと、国民のみなさんのある種、自由を制限することですから。そういう権限を持っているということの責任、重みをね、しっかり感じた上で、特に国会議員はやるべきだと思いますね。市長や村長や知事さんって、実は国会議員以上に力があるんです。[ですよね、よく一議員になられて頑張っていらっしゃいますね] ― それは国政の場でないと出来ないことがありますから。[理念とかやりたいことがあるということですね] ― 幸せ度数年表でいくと、ちょっと上げって下がって、ちょっと上がって、あとは政治家になってずっと真っ直ぐです。

 

●最近政治トピックス

 

今国会で最大の争点になると言われている共謀罪ですね。与党の中にも賛成しかねると思っている人もいると思いますよ。共謀罪とは何かというと、普通の刑法犯罪と言うのは、刃物を持って刺し殺さないと殺人罪にならないじゃないですか。それとか、仮に刺そうと思って恐怖感を与えて刃物がそれたら、殺人未遂じゃないですか。これが刑法の基本なんです。要するに、やっちゃうということがなかったら、刑法で犯罪にならない。ところが今度の共謀罪というのはやる前に犯罪にしようことなんです。やらないのに犯罪になるということなんですよ。例えば、「今日、スタジオに来ているお客さん、がら悪そうだ。帰りにとっちめてやろう。」とやると、これで合意する。合意しただけで罪になる。ところがこれではあまりにも厳しいというんで、合意プラス何か要件を付けようと。「うちの事務所の君、刃物買ってこい」これで合意と準備行為があれば、それで罪になる。実際にやっていないのにですね。[それはテロを防止するためにと言われていますね] ― そう言われていますが、実は違う。元々この法律はTOC条約と言って、組織犯罪を防止するための条約があって、これはテロとは無縁のものなんです。そういう条約に加入するために必要な法律だと言われていたんですが。小泉政権の時に3回、国会に出しましてね、物凄い反対にあって廃案になった訳です。ところが今年の1月16日、菅官房長官が突然、今度はテロ等準備罪というのを国会に出します。これは今までの共謀罪とはまったく違ったものです。一般の方は対象になりませんなんてことを言ってですね。国民のみなさんは、あ、そうか、テロのための法律なんだと。東京オリンピック開催のためにはこれが不可欠なんだと政府は言う訳ですよ。このままじゃ誤解の元に共謀罪の法案が出来てしまうと思ってですね、予算委員会なんかでも、本当にそうですか?と金田大臣にいろいろ聞くと、まだ法案が決まってないですから答弁出来ませんと言うんです。共謀罪というのはですね、実際に犯罪行為をしていないのに罪になるという法律ですから、明治以来の日本の刑法の考え方の大逆転なんです。大転換なんです。それくらい重要なものなんですが、中身もよくわからずに国民のみなさんにイメージだけ振りまいているもんですから、そうとう危機感を持っているんですね。最初2月の段階ぐらいでは、調査なんかでは共謀罪賛成という方が多かったんです。最近、予算委員会でも私たち頑張りまして、やった結果、最近は反対の方が多くなってですね。合意した者を罪にするとなると、普通は合意したことは人に言わないじゃないですか、犯罪を計画したら秘密裏にやるじゃないですか。秘密裏にやったことをどうやったらその事実が掴めるか。盗聴するとか、あるいは仲間の内で密告するとか。そういうことがないと、なかなか掴めない。共謀罪の場合は関係者が漏らすと、今はそれはルール化されていないんですが、司法取引といって、漏らした人が有利になるというのも場合によっては含まれるかもしれない。そうなれば何が起こるか、監視社会。監視社会というのは警察とか他の権力が国民の様々な動きを盗聴したり、インターネットを見たりということで監視する社会になるかもしれない。もうひとつはお互い共謀しあっている仲間が密告するかもしれないので、密告社会みたいなものにね、なりはしないかといことがずいぶん心配されていて。[防犯カメラだって付ける時は国中で反対したような気がしますけどね、今はいろんな犯罪の捜査に利用されていて恩恵も受けていますよね] ― 今回、本当にテロのためなのか、ということと今、いろいろ課題にされている犯罪が今回の法律が出来て、本当に防げるのかということなんですよ。実はどうも必ずしもそうじゃないということを多くの方が今、言い始めていて。先般、日弁連もこれに反対と声明を出したんですね。それから相当多くの刑法の学者さんもこれに反対ということを言い始めてですね。これが今国会、最も大きな山になるかな。[数の力で決まってしまうことは目に見えていますけどね] ― 共謀罪なる法案を数の力でやるということになると、相当将来的に禍根を残すことになるという気は私はしますね。今、衆議院の法務委員会の野党の筆頭理事というのをやっていて、その法案を議論する野党の責任者なんですね。そういう意味で言うと、非常に重たい責任を感じていますね。[決まったらそのまま、適用されてしまうんですか?] ― 刑法というのはどちらかと言えば、明確に決めるというのが刑法のルールですから。罪定法定主義と言って。法律で罪が決まっちゃうと、それを適用するというのが具体的に進むでしょうね。テロに関して言うとですね、日本は国連のテロに関する条約、13本あるんです。全部それに参加しているんです。その条約にそれぞれ法律がついてまわる、各々の法律も整備されているんですね。そういうことを考えてみると、テロのためだと今言っているんですが、本当にテロのためにどこが抜け落ちがあるんですかということをね、丁寧に確かめないと。逆に最後、国民のみなさまの息苦しい社会になるかもしれない。最近テロで問題なのは、何人かでやるテロばかりじゃなくて、一人でやるテロなんです。ローンウルフ、一匹狼という言い方をするんですが、そういうものに今回の法律は全く機能しない。ま、そんなところです。[採決はいつ頃なんですか?] ― そんな!まだまだ。閣議決定もまだされていないんですから。[これから廃案になる可能性があるんですね] ― 廃案になるように持ち込んでいかねばならない。[山本太郎さんから、ずっと共謀罪の話をしていますよ。大変な法律だって。でもね、テレビのニュースを見ると、経済問題とかに一般人は走っちゃうんですよね] ― 本当のことを言うと、今、日本の経済、財政の問題は大変なところに来てるんですよ。財政に関してわかり易いのは国の借金をそのままにしてね、一年間の収支が合わないままに今もそのまま、財政運営をしている。経済で言うと、日銀が国の借金をいっぱい抱え込んで、国債、国の借金と平たく言いますけれど、500兆円ぐらい抱えているんです。実はこういう国はないんですね。世界の各国の中央銀行が自分の国の国債を半分ぐらい抱えているという国はないんですね。それからマイナス金利というのも普通の状況ではない。マイナス金利をちょっとだけやってやめるはずだったんだけど、まだそれも続いている。それから国民のみなさんの年金のお金を株式に投資をしている。その株式で今の株価を維持している側面があるんですね。だから株を買っているお金を今度、株のマーケットから引き上げられない。株が下がるということになっちゃうんでね。いわゆるこういうのを、出口戦略をどうするか、この政策をどこでやめるかというのを決め難い状況になっているというのはですね、本当は今、落ち着いて議論しなければならないこと。[恐ろしい話ですね] ― そうなんです。本当は恐ろしい話なんです。

 

●今だから言えるあの日のあの出来事

 

これも堅い話しなんですが、日本の政治行政を考えた時に公文書管理というのが実は上手く出来ていないんですよ。だからいつも国会の度に野党の議員はあの文書を出せと、与党とか政府の側はもう廃棄しました。今回も似たようなことがあって、土地の購入の交渉について、その記録を出せと言ったら、もう廃棄しましたという訳です。公文書管理と言う点でいうと日本は世界の国から見ると相当、後ろの方なんですね。フロントランナーではないんです。公文書管理を何とかしなきゃならないと、私は国会に来る前から思ってまして。2007年だったでしょうか、当時の福田総理から私の所に電話がかけてよこして、総理大臣から野党の一期生議員に電話をかけてきて。ちょっと来てくれないかということで、福田さんの所に行ったんですよ。ビックリして、なんでかなあと思ったら、実は公文書管理法を作りたいんだ。ついては野党のみなさんの協力も必要だと。野党の中で一番これに興味があるのが逢坂さんらしいと聞いた。協力してくれないかと言われて。国会に来る一つの目的が公文書管理が私の心の中にもあったもんですから、こんなに早くチャンスが巡って来るとは思わずにですね。福田さんに、わかりましたと。政府が今出そうとしているのは必ずしも十分じゃないので、修正も当然必要ですねみたいな話をして。福田総理も、いいよ、いくらでも修正もと。結果的にはいくらでもは応じてくれなかったんですが。それで、何とか世の中に出すことが出来たというのが。あの時は私は凄いなと思いました。政治家って与党と野党ですからせめぎ合いあって、ある種、対立をしている訳じゃないですか。ところが、ある政治目的を達成するためには、野党の議員であれ一年生議員であれ、どこかそこのスイッチを押せば物が通ると思えばね、虚心坦懐にやって来るんだなと思ってですね、あれは私にとっては大きな出来事でしたね。[それで公文書管理は良くなったんですか?] ― 公文書管理法という法律は前よりも良くなったんですが、残念ながらまだまだの状態で。例えばですね、公文書館というのが国会の向こう側の北の丸公園という所にあるんですが、あそこの職員って今、50人ぐらいなんです。ところがです、アメリカの公文書館、職員は何人いると思いますか。3000人ですよ。[ホワイトハウスにあるんですか?] ― いや、ワシントンにはあるんですけど。[3000人と50人ですか?] ― 公文書を管理しておく本棚の長さね、日本が多分今、50キロか60キロだと思うんですけど、アメリカは1200キロですよ。アメリカと比べるから、向こうはそういう国なんだからと思うかもしれないけど、フランスの国立公文書館だって職員、600人か700人いるんです。お隣の韓国、公文書の管理が行き届いていて、職員300人ぐらいですよ。少なすぎるんですよ。だから日本ではいつも公文書の管理がいまいちで、国会で議論していてもその文書がない、廃棄したとか。[それはわざとやっている可能性がないですか?] ― まあ、それもあるでしょうね。8月15日が近くなると、太平洋戦争の新たな事実が見つかるということがあるじゃないですか。そのほとんどが、アメリカの公文書館にある文書で、何々が判明したとかって。[日本は焼けちゃったんじゃないんですか?] ― 焼けちゃったんじゃないんです。焼いちゃったのかもしれない。[それはGHQの手法だったんじゃないんですか] ― それは私は全く違うと思います。沖縄返還の時の密約の文書だって、アメリカにはちゃんと物があるのに、日本にはないとかですね。[結構、日本もずさんですね] ― ずさんですよ。公文書を何でこんなに重視するかというと、公文書が無いと歴史が書き換えられちゃう。そこはもっと精緻に私はやるべきだと持っていて。たとえ今、公開できない物であっても50年、100年先の日本の国民のみなさまに歴史を検証してもらわなきゃいけないんだから。その積み重ねがないと、国って良くならない。今だから言えるあの日のあの出来事には相応しくないかもしれないけど。[ずしっと来ましたよ。公文書館をテレビで見て、しっかり管理されていると思ったんですが、たった50名足らずの方が必死にやっていたんですね] ― 公文書館のみなさんは頑張っています。だけれども、日本の公文書管理のだめなところはね、公文書館だけじゃなくて、公文書館以外のそれぞれの役所。経産省とか農水省とか。それぞれでどうやって公文書の管理をされているかがひとつ問題で、そこがやっぱりまだまだレベルが。30年前にスエーデンから友達が遊びに来て、彼が日本の役所を見せて欲しいと言うんです。それで当時の厚生省に連れて言ったんです。「逢坂、ここは物置か、倉庫か?」と言うんですよ。「いやいや、違う。ここは普通のオフィスでみんな事務仕事をしているんだ」「ここにいるのはブルーワーカーか?」と言うんですよ。「いやそうじゃない、ホワイトカラー!要するに日本でも最先端の一番優秀な職員の集まりだ」と言ったら、「こんなに書類が乱雑になっていて、この書類を持って行ったってわかんないだろう?」と言って。彼はびっくりして、信じられない、信じられないと言って、写真をパチパチ撮っている訳です。「おまえ、やめろ!」と言ってですね。(笑) それぐらい、日本の役所と言うのは課題があるんです。

 

Q1;韓国の大統領が罷免されて朝鮮半島が国防的にきな臭いなあというのを感じるんですが、国防関係をどうお考えかお聞きしたいと思います。

 

逢坂議員;外交の基本は近隣なんですよ。近隣が仲良くやっていくのは非常に大事なことで。ここ数年、それが出来ていないというところがですね、残念なところですね。遠く離れた国、ヨーロッパの他の国とかもちろんアメリカもそうですけど、仲良くなるということは大事なことですけど、近隣の外交をどうするか。ここのところが、ここ数年、対立的なところばかりが表に出るようになってですね、そこをもう少しやわらくしていく努力が必要だったんだと思っています。その時に直ぐ、貿易とか経済とかという話になりがちなんですが、お金、利害が絡むといろいろ先鋭化するところもあるんで。もう少し、文化とか教育とか人的交流みたいなものですね。そういうので改めて近隣関係を良くするということを考えたらいいなあと思っているんです。これ、野党の立場でいるとなかなか、外交については秘策ということもないんですが、丁寧に行ったり来たりすることが大事だと思いますね。昔ドイツとフランスが犬猿の仲でね、領土を取ったり取られたりということがあったんですけれども。五十数年前ですね、当時のドイツとフランスの首脳が話をして、今すぐは仲良くなれないけれども、将来仲良くなるために子ども達の交流を始めようということで、それを五十年ぐらいやり続けた。今はドイツとフランスと言うのは五十年前とは違いますよね。だからそういうことじゃないかと私は思いますけどね。すぐ結果を求めるということでは上手くいかないと思います。ただ、今、北朝鮮の状況は厳しい、普通ではない状況は確かだと思うんで、そこはいざという時にはしっかり備えるということは論を待たない状況だと思いますね。

[前回逢坂さんに、インタビューした時は民主党が政権奪取の前だったんですね。そして政権を取って今は野党に下がってという。時代の流れって早いですね] ― 政治の世界ってなかなか冷酷ですよね。[また野党になった逢坂誠二さんに会えて嬉しかったです] ― やっぱり政治って、目に見える、今対応しなきゃいけない課題だけやっているんでは、政治の役割は果たせないんです。3年とか5年とか10年とか15年後とか、どうなっているかということを頭に置かなきゃいけない。実はそういうことが出来るのは政治しかないんです。経営者のみなさんも先を見ているかもしれないけど、経営者のみなさんは収益をあげることを前提にしながら先を見てる訳ですよね。政治家と言うのは収益とか関係ないところで先を見る立場にいるんだから、そういう役割を日本の政治がやれているかというところはね、もうちょっとよく落ち着いて考えてみた方がいいなと私は思いますね。