長谷川 岳
ac54
第23回
2012年03月21日 放送

自民党 長谷川 岳 参議院議員

(動画より文字おこし)

自民党 北海道選挙区 1期目(2012年3月21日収録時点)

[岳先生、十何年ぶりですね。]-15年ぶりぐらいですね。当時はバリバリの市議会議員をされてて、僕は20代でまだモウコハン着いてましたから。美和さんは輝いていらっしゃって、今も変わらないです。

[サントリーの財団のパネルディスカッションのパネリストで大分まで行ったんですよね。それで、私は市議会議員のことを、岳さんはYOSAKOIソーランの事についてお話したという事がありましたよね。]-NPOでどうやってやっていくか、っという話です。 [覚えてていただいて光栄です。参議員になったのも知っていて、〈とうとう、なったんだ〉って思ってね。苦節何年って感じですか。]-タイミングで、この時手を挙げたいな、って思った時にやらせて頂いてます。 [スタジオのみなさん、そして見ている方、この方はとても凄い方なので是非、町おこしの参考にしていただければと思います。]

●幸せ度数年表

(クリックで拡大)

第23回長谷川岳

[北海道で生まれたんですね。]-いえ、北海道へ、って書いてあります。生まれは愛知県の春日井市ってところです。実家が自営業で“社会保険労務士”とか“行政書士”とか、中小企業の皆さまの顧問をやってました。強烈な父親で、小学校5年生の時に〈海に連れて行く〉と言ったんで、海水浴だと思って車に乗ったんです。そしたら、“戸塚ヨットスクール”だったんです。父は、戸塚ヨットスクールのスパルタ教育っていうのを信望していまして、危機管理に強くなるには学校教育ではダメだと。僕と兄を入れまして・・・。 [戸塚ヨットスクールはいろんな事件が起きたじゃないですか。生徒さんがお亡くなりになったりとか・・・]-そうですね。父が支援者だったので裁判には連れて行かれて、実際にはメディアに書かれていたのとは違う面があったんですが。強烈な父親から何とか逃れることが出来たのが19歳と。[戸塚ヨットスクールに入ったのは、何年から?]-最初体験で入って、小学校5年生の夏休みから本格的に入るって言った、前々日ぐらいに捕まったんです。 [ホントにスパルタなんですか?]-いやぁ、スパルタですね。海に3回ぐらい投げ出されましたね。 [恐怖感を消す、みたいな?]-逆に恐怖を持たないと人間の危機感は育たない、っていう考え方です。父親も自営業だったので、取引先にも迷惑をかけますから。 [すごいお父様ですね。]-僕は35~36歳で父親を亡くしましたけど、敬語以外でしゃべったことは無いです。ため口は許されなかったので。 [それにしては岳さんはマイルド路線ですよね。]-逆に行きますね。本質的には父親からそういう教育を受けましたので、教育に対しては強烈なところがありますけれど・・・。 [そうですか。で、北海道に行って。]-そうです。父親と離れることが出来た、と。兄も父から離れようと、四国の高知医大に行って。 [はい。そして、長谷川岳さんといえば“YOSAKOIソーラン”を作った方、と言っていいんですか?]-まぁ、言いだしっぺ、かな。 [今日本全国津々浦々、必ず“YOSAKOIソーラン”ってやってるじゃないですか。]-参加型で、鳴子を持って地元の民謡を入れれば、という受けやすさ、ってのはあると思います。地元に伝統芸能があるとか歴史的なお祭りがあればともかく、北海道ってのは歴史が浅いですから、地元で6月あたりに厳しい冬を乗り越えた最初のお祭りってのが無かったので、そういうのを創りたいな、という。それの参考になったのが高知のよさこい祭りだったんですね。 [そして、北海道のソーラン節をかけたのの“YOSAKOIソーラン祭り”という事なんですね。]-参加型で自分たちで参加費用を払って地元の民謡を現代風にアレンジする、っていうのは非常に魅力的でしかもストリートを使う、町を舞台にするという意味では、当時の20歳の大学生である私たちの年代には非常に刺激的でこういうお祭りを北海道で出来れば良いな、っていうのが当時の学生5人の共通の思いだったんですね。 [今原宿でもやってるじゃないですか。ああいうのって家元制で岳先生にロイヤリティが入るとか。]-いや、いっぱいそういう話をね、貰ってるんじゃないか、って言われましたけど。今資産公開制ですから見ていただければ分かるように、そんな話は1つもない訳で。そりゃ、例えば商標とか、皆さんから参加費用を頂いて運営費にまわすことはありますけれども、基本的に個人にまわる話じゃなくて組織団体に入る。補助金に頼らないで自社益に基づいてやっていこうと。当時北海道って、補助とか官主導っていうのが多かったので出来るだけ参加費を、自分たちの責任で実財源にしながら運営をして、不景気にも強いお祭りを作っていく、というのが僕らの考え方だったんです。それは今も変わっていません。 [でも、何十万人を笑顔にさせたんですか?って感じですけどね。]-まあ、参加する人の楽しさと、参加しない人の騒音とかいろいろありますけども。 [でも、子供から大人まで誰でも参加できて衣装を作って同じ振りをして、地域が活性してますよね。]-まだ途中経過でありますしね。お祭りの伝統というには程遠いと思います。 [どうして全国で流行ったんですか?]-ひとつはノウハウをオープンにしたことです。説明があればすぐ出かけて行って踊り子さんやチームの皆さんを派遣して、お互い交流しましょうと。従来の古いお祭りっていうのはピラミッド型の組織で閉鎖的(ですが)、僕らの場合は地域は別として来る人はwellcomeです。もうひとつは、自分たちの責任で参加費をちゃんと払って、町のど真ん中でやるというストリート性です。こういうのが受けたんじゃないかと。ただ、こういう時代だと震災の事も含めて、やり方を進化させていかないといけないだろうな、と。今は運営から離れてますけど、そう思います。 [お祭り自体が持ってる素材も良かったのかもしれないですね。]-明るいし、古い人は民謡を聞いて安心しますが、若い人は民謡をアレンジすることで自分たちの感性を表現できる、っていう。 [“YOSAKOIソーラン”の定義ってあるんですか?]-定義は、鳴子を持つという事とソーラン節を入れることが原則で、衣装も自由です。青森のねぶた、高知のよさこい、阿波踊り、ブラジルのリオのカーニバル、名だたるお祭りは見に行くだけじゃなくて、システムやマニュアル、ノウハウを殆ど頂いてます。つまりシステム研究ですね。凝り性なんです。 [まだ学生だったんでしょう。]-父親から〈大人になってもゴルフだけはするな〉と言われてました。凝り性でとことん凝るので。20年ぐらいこのお祭りにこだわってやってきましたから。そろそろ、地域性からより公共性の高いものに、政治の世界で実現させたいな、と思っています。いろいろありましたよ。学生に道路なんて貸してくれなくて、道路の(使用)許可が下りないんですね。で、友人が憲法の「思想の自由」の中から、デモ行進で攻めたら1車線もらえるんじゃないかと。最後はデモに準じた形で1車線3時間許可をもらいました。ところが使うのは3車線なので、道路交通違反だと言われて警察から出頭命令が来たりして。修羅場は超えてきてます。 [普通だったら際物として終わってしまうのによく老若男女のポピュラーになりましたね。]-行政的に応援してくれた方がいらっしゃいまして、当時知事室長だった、今民主党の衆議院議員の荒井聰さんて方や北海道警察の総務部長で、今みんなの党の小野次郎さんが。たまたまお祭りに関わった3人が自民党、みんなの党、民主党で、何かの縁かな。 [そして、永田町で終結みたいな。]-やりづらい、やりづらい。学生時代にお願いしていた方ですから。(スタジオ内:笑)取り締まられる方でしたから。今隣の部屋なんです。 [今サラッとお話してますけど、情熱があったんですね。]-情熱がないと出来ません。寝ても覚めても。政治の世界も同じです。今日“沖縄及び北方問題に関する特別委員会”で。北方領土の初心表明が沖縄が4ページあるのに1(ページ)だったんですね。川端大臣に〈やる気があるのか、もっと情熱と覚悟を持ってやらないと〉と大分突っ込みまして。政治の世界でも、寝ても覚めても、っていうのを持ってないと、北方領土とか複雑な問題は絶対できません。義務的にはやれないと思います。 [やはり、町おこしをツールにして考えてきたんですから、政治にも興味があったんですね。]-1チーム50人から150人なんですが、地域で100人を束ねるって大変なんですね。今チームのリーダーで100人を束ねて来た方が、北海道が179市町村あるんですが、よさこいの出身で町長・村長が5人生まれてきてます。結局チームのリーダーが地域を束ねる、例えば商工会の会長さんとか序列のトップじゃなくて、一般の人が政治の世界に出てくるチャンスっていうのがこういう地域活動にあるのかな、って。 [みなさん、政治家になりたければ是非“YOSAKOIソーラン”に。(スタジオ内:大爆笑)]-例えば、自民党に入ると業界の皆さまの応援は多く頂いておりますけれども業界以外の皆さまとのお付き合いが減るんです。ホントの生活の現場で働いている方との交流って少なくなっちゃうんですね。それって受信力がすごく落ちてしまう話です。お祭りってのは様々な職業や考え方の人がいらっしゃるんです。(その人達に)自民党としてはこう考えてるんだけど、どう思う?って投げかけると様々な反応がもらえるんです。自民党は業界だけに関わってきたので、皆さんの反応っていうのはひとつのリトマス紙になると思うんです。非常に大事にしてます。 [そうですか。そんな“YOSAKOIソーラン”を作った長谷川岳さんなんですが、落選経験が2回あるんですよね。]-そうなんです。1回目は25歳で無所属。2回目は38歳自民党。1回目も2回目も横路さんと戦いまして。その時学生が手伝ってくれまして。(でも)20歳未満のメンバーがビラを配ると公職選挙法違反なんです。その違反で7人ぐらい押さえられまして、みんな取り調べられて。でも1人だけまったく口を割らなかった女の子がいまして、今うちの公設の第一秘書です。警察から〈女刑事になれ〉って言われて。一切口を割らなかったんで。(スタジオ内:爆笑)僕は、取調室に入れられて、30ページぐらいの調査書を見ながら、当時銀行からどうやってお金が出てるか、とか女性関係で何人くらい女友達がいるか、とか公安が調べてるんです。ほぼ合ってます。(調査書の内容)ただ、郵便貯金だけは調べられないんです。当時は郵政省って国(の機関)でしたよね。国は民間を調べることが出来ても、国が国を調べることは出来なくてですね。そういう中で国の仕組みって勉強になりましたし、授業でもたくさん習いましたけど。 [ここは(年表を指しながら)、杉村太蔵さんと公認争いをされたんですよね。]-太蔵さんは、ああいう物言いはしますけど、最後は応援してくれましたし、会っていると非常に繊細で気を使う人で、テレビに映ってるほうが不利かな。私は同年代として好きなタイプです。 [でも、岳さんが名乗りを上げてくれたからソフトバンクのCMに彼も出られたんですよね。]-いや、それは関係ないです。でも、またこの世界に戻って来られるのかな、っていう気はしています。 [いや、戻らないほうがいいんじゃないですかね。余計なお世話ですね。(スタジオ内:爆笑)でも岳さんは2回も落選されて。]-この時は25歳で、無所属で1番強い人と戦おうと。2回目は自民党の公認で出さしてもらおうと。子供が生まれた直後で自分も子育て世代で責任がある、という思いもあったんで。失敗することや落選に恐れがあったわけでもないし。 [どうして参議院から出ることになったんですか?]-最後まで衆議院にこだわってはいました。丁度自民党が退廃して、若い人材を参議院から出したい、という要請がありまして、公募だったんですけれども当日の朝5時まで悩みました。1区の選挙区から北海道全体の選挙区になって、(一次産業の農業水産業のみなさんから全部)今まで全く縁が無かった方との縁がないと出来ません。この時に覚悟をして一次産業にしっかり力を入れられるよう農林水産を選びました。 [でもこのようなキャリアがあるのに、すぐ受かってもいい話ですよね。]-いやいや、僕らが大事にしているのは、絶対妥協しないこと。言いたいことを言い続ける姿勢です。お祭りの中でも、いろんな考え方がありまして、公的に応援を受けるやり方もあるし、僕らみたいに〈ビジネスモデルを作ってNPO的に、実財源で補助金に頼らない運営をしていこう〉というこだわりもあります。僕らの年代では当時は古いと思っていた方々をどんどん論破していくんですね。今政治の世界に身を置いて感じるのは、思っていることと相手を論破することは別だと(いうことです)。やってはいくんですが、別の世界でプライドを持ってやっている方々に〈あいつ仕方ないな〉って思わせるか〈あいつ絶対潰す〉って思われるか。潰す、って思われるような言動を吐いておりましたので・・・。20代の授業料ですね。 [それは仕方ないですね~。私もそうでしたけど、あえて嫌われるようなことをわざと言う、んです。そうじゃないと自分の存在価値って無いな、と思ってましたよね。]-美和さんはどうして市議会議員を辞めちゃったんですか? [2期市会議員をやらせていただいて、都議選に出たんですが、惨敗で。小泉ブームで自民党ブーム、無所属だったので当時は“無所属は人にあらず”って感じで。過信してたところもあるんですが、これでもう辞めようと・・・]-僕らの時は“自民党は人にあらず”と思われてましたからね~。自民党っていうと、バカヤロー、って感じで。 [2009年ね~石が飛びましたよね~それでは一旦締めたいと思います。幸せ度数年表でした。]

 

●質問コーナー

Q:参議員や自民党で所属されている委員会や部会を教えて下さい。

 

A:自民党の農林部会、それから水産部会の副部会長になりまして一次産業に全力を尽くしています。復興特別委員会は今年の1月までやってまして、ODA、政府開発援助のほうにおります。

 

Q:“YOSAKOIソーラン”は始まった当時衝撃的でした。あれほど大規模で楽しいお祭りが運営できることに驚きました。 [でもホントに希望ですよね。先程の幸せ度数年表で3.11で落ち込んでらっしゃいましたけれども、あそこの地域の方たちも笑顔にしてあげたいですよね。]-そうですよね。政治で出来ることというのは大きいと思います。それは僕もそう思ってまして、出来るだけ現地に入るようにしています。 [普通に“YOSAKOIソーラン”やるのと、岳さんに直伝してもらうのは違うんですか?]-いや、私踊ったことは無いです。(スタジオ内:笑)家元でもなんでもない。僕がやったのは、道路の申請を出してお金を集めてテレビ局と組んで広報を。裏方なんで・・・。 [じゃあ、岳さんが来て踊りが上手くなった、とかそういうのはないんですね。]-クレーム処理ばっかりです。(笑) [では、最近の政治トピックスをお話下さい。]

 

●最近の政治トピックス

 

[TPPに力を入れているとか。]-ああいう交渉をする時は、政治が安定しているって事と、外交能力に長けた熟練した政治家がいないと出来ないですね。民主党の1番の間違いは、いっぱいマニフェストを出して〈あれもやります〉〈これもやります〉〈TPPもやります〉〈増税もやります〉〈普天間もやります〉。分散していて1つに絞ってないことが原因です。増税なら増税に対する議論をしっかりやらないといけないのに、片方でTPP、片方で普天間の問題とか、片方で北方領土の問題とか、分散しているのでそこまでのマンパワーが今の民主党にあるとは思えない。僕は愛知で育ちましたし、トヨタ自動車の下請けが多い中で、自由貿易って言うのは大賛成です。ただ、世界的に人口が増えないとか資源が安定してるとか気候変動がない、っていう事が前提であればこれは面白いと思います。今の現状を見ると、気候変動がものすごくでてきて、世界19カ国で小麦・トウモロコシを含めた輸出規制をしてます。そういう話政府からは出てこないですよね。安く大量に食べ物を売ったり手に入れるという時代はもう終わりました。食料の争奪戦です。そうすると、日本の中でどこかがちゃんと食糧供給が出来るような体制を作っていくのは、日本の安全保障からいって当たり前の話なんです。それをTPPという部分で。産業界と農業と両方大事に決まってるんです。両方とも生きるようなやり方を何故考えないのか、根本的な政治の誤りがあるような気がします。 [それでTPPどうだ、って言われても答えようが無いと。]-そうですね。地方に配ってる資料なんか見ると、今の経済産業省は“TPPのゴール”って書いてあって〈何かな〉って見ると、アメリカ大統領選の“オバマ大統領の再選”って書いてあるんです。結局のところアメリカにとって都合のいい話であって、日本にとって都合のいい話ではない。国益には反すると思います。 [TPPの話も長谷川岳さんがされると、岳さんよりも下の方に発信力をもっていらっしゃるので。]-どうなんですかね。農業だけの話じゃない、という部分はちゃんと知ってもらいたいし・・・。政府に言わなきゃいけないってことですね。 [そういうのを是非下の世代に言ってほしいですね。長谷川岳さんは影響力がありますから。]-そうですね。聞いてもらえるようにします。今はTPPが大きな問題だと思います。

 

[次のコーナーに行ってみたいと思います。]

 

●今だから言えるあの日のあの出来事

 

やっぱり、3月11日ですかね。僕は2時の羽田発の千歳行きの飛行機に(乗っていて)。2時46分って丁度福島の上空で、千歳空港で旋回し始めて機長が〈大地震が発生して、千歳空港にも津波が来襲する恐れがありますので暫く上空で待機します〉と。それで降り立ってからは、もう戦場でした。北海道も太平洋側の600キロに最大5メートルを超える津波が来ましたから。翌日から警戒区域の中を入って、被害の実態調査をやってくとき、ホントのことを言うと一瞬家族の事も思うわけです。消防署の方も警察の方も、みんなそうだと思うんです。でも公的な形の政治の部分で言うと、どこに自分のリスクを持ってどこで自分の判断をして、突っ込んでいくかっていうのは勝負でありました。3月12日からは、福島に入って、僕らは警戒区域6キロ圏内に入ってますが、それは家族に言える話と政治家としてやらなきゃならない事とは、別なんで。非常に悩みました。みんなもそうだと思います。でもこの日からなんとか立て直さなきゃいけない、と。 [岳さんが自民党だから言うわけじゃないんですけど、翌日の菅総理の会見は、まれに見るワーストの会見だと思って、あれほど国民を不安にさせた会見ってないと思うんですよ。]-菅さんが場慣れしてないから目が泳いでたのを、みんな気になってた。もう1つ悪いのは枝野さんが最悪の情報を流さずに、〈今のところ健康上被害はありません〉って言っていた。大事にしたいのは自民党は(自民党だったら)まずはドーンとして〈任せてください。ここは僕らの出番です〉って言う。目を据えてね。もう1つは官房長官みたいな女房役が、〈最悪の場合60~80キロあるいは90キロ圏内にプルーム(放射性プルーム:原発事故などにより飛散した微細な放射性物質が大気に乗って煙のように流れていく現象)が行く可能性があります〉と、ハッキリしたことを(言わないと)。ネットでも正しい情報裏の情報全部入ってくる時代になったからこそ政府が先駆けて最悪の情報を流す、という事をやらない限り、これからもネット業界は隆盛を極めると思います。 [ですよね~菅さんがイラついて怒って視察に行くとこって、ホントに許せないですよね。]-そうですね。でも、ああいう人だけが政治家やってるわけじゃないので。ああいう時は涼しい顔を出来なきゃダメです。あの方の人間性(という)よりも、修羅場を潜っていない方を選んでしまった、というだけの話だと思います。 [さすが戸塚ヨットスクール出身!(スタジオ内:爆笑)そういう時強いですよね。]-(爆笑)強いですね~小学校の時、ここまで(鼻の下当たり)海水がきたら死ぬかな、とか思ってましたけどね。まあそれはいいです・・・。

 

[そういう方が被災地に行って暖かい言葉とか投げかけてほしいですし。]-まあ聞くだけしかならない(出来ない)こともありますが。

 

[それでは、質問コーナーに行きたいと思います。]

 

●質問コーナー

 

[会場からいきましょうか。]

 

Q:北海道という事で、北方領土なんですがなかなか進展がないですが、ロシアのプーチン大統領が親日家という事で有名ですが、具体的な方針と言うか戦略はあるんですか?

 

A:ホントは外務大臣に答えてもらいたいんですが、私は非常に期待をしています。プーチンさんのメッセージっていうのは、今までの東京宣言っていう、4島の帰属を確認してそれからじゃないと平和条約にもっていきません、というのと。その前にも1956年日ソ共同宣言っていうのがあってまずは歯舞群島、色丹島を帰属として認めて、それから国後島、択捉島の帰属を後から確認する、と。イルクーツク声明っていうんですけど。それをメインにしながら進めていきたいという意向があります。政治っていうのは最後に4島どこまで主権の下に戻すかが大事でありますから、途中の経過をメディアが〈妥協だ〉とか公共的な論議で騒がずに、やってく事が大事だと思います。もう1つは可能性が出てきたのは、日本は震災がありましてエネルギー不足です。今ロシアを含めて、LNGとか天然ガスが沸いてます。シェールガスっていうのも可能性が出てきてます。日本は資源が無い国で、どこから買い取るか選ぶことが出来る強みがあります。そこはちゃんとしたカードとして、ロシアにメッセージを作る。もう1つ震災でいうと、今回日本は防災を学びました。今後このような大きな地震が起きた場合、北方領土の危機対策、津波対策、避難の対策っていうのは〈日本とロシアで共同でやっていきましょう〉っと。そういう地政学的な戦略は組めるだろう、と思っています。そういったカードをいかにして積み上げていくか、〈ロシアが日本と組んだらこういう事が学べるね〉〈良いね、国益になるね〉と思えるようなカードを今のこの1~2ヶ月の間にちゃんと積み上げて、交渉に望めるかどうか。 [今からなんですね。]-ええ、もう始まっていると思います。その覚悟が今の大臣にあるかどうか。そういう事を、前首相の森さんとかプーチンさんと仲が良いような自民党の政治家とも、意見交換できるような度量が今の民主党の政治家にあるかどうか、っていうところが問われてると思います。 [無いのかなあ。そういうのも政治家の経験ですよね。]-だと思いますね。人脈が無いっていうのは痛いと思います。自民党の我々若い世代は、青年局っていうのがありまして、(私)国際部長に任命を受けました。それは台湾を主に担当させていただくんですが、台湾に行かせて頂いて交流します。若い年代から国際的な人脈を創るという機会を、自民党はもっています。そこは50年の自民党の政治の弊害と言われますが、一方で部会とか勉強会が朝8時からあったり、あるいは今のように、議員連盟も含めて人脈を拡げるような・・・この自民党のノウハウはとても良いことだと思います。 [最初のブッキングは役所がしてくれても、そこからは政治家と相手の方と個々のものですよね。そこで努力をしていかないと政治家もいけない、という事ですよね。]-官僚の皆さんって非常に優秀でセッティングはしますけれど、創造力があるとは思えません。現場を知っているかというと、そうでもありません。例えば、防災観点でいっしょに連携しましょうなんていう発想は、今までの外務省には無いわけですね。ですから創造力は政治家としては持たなくてはなりません。

 

Q:プライベートな質問なんですけど、奥様が綺麗な人だと書き込みがありますが、YOSAKOIの関係なんですか? [奥様との馴れ初めですね。]

 

A:うちの妻は、あるトマトジュースの会社に勤めていまして。たまたまそこの農協さんから原料を買っていて、広報のような役割で(会社に)おりまして、今産休を取っています。5月から復帰します。

 

[でもなんでカゴメの農協で知り合ったんですか?]-元々は、僕がやってるお祭りの経営学とか運営学を学びたいと学生の時に1回訪れてきました。それから何年か経って(出会った)・・・というような事で。今は北海道支社に(おります)。(相当照れてます!)

 

Q:(ツイッターでの質問で、岳さんが黙って読んでます)。

 

A:なるほど。ウラジオストクってのは、元々ウラジボストウクって言って“東を攻めよ”って意味なんですね。日本も含めてですね。欲してるのは、やっぱり温暖な気候を少しでも求めていく、って事なんです。でも今温暖化によって少し変わってきたことと、ロシアが欲しがっているのはエネルギーの供給先である日本の市場じゃないかな。それから中国が台頭してきているその牽制を出来るパートナーじゃないかな、と思います。 [この質問にも関連するかもしれないですが、お祭りを成功させてきたじゃないですか。その過程には必ず、行き詰ったり衝突したり意見が合わなかったりすることがたくさんあるじゃない、どうやって乗り越えるんですか?]-20代(の時)は無視するしかないですね。そんなにキャパが無いですから。20代後半からは論破するんですね。 [無視、論破、そして30代以降は?]-つぶす、みたいな。(とにかく)失敗はいっぱいしてきてるんですよ。そしてそれは結局自分に帰ってくるんで。今は、でも自分のやりたいことをちゃんと言いながら、当たり前なんですが相手がやることも認めていく。どっちが良いだろうか、という比較は、ちゃんと議論が出来るような環境だけは作っておく、ということが大事じゃないかな。すごい年数と授業料がかかりましたけどね。

 

[うわぁ、やっちゃった、っていう事は?]-今思えば25歳の選挙の時、3万2千票ぐらい貰ったんですね。ところが同年代の支援者が殆どいなかったんです。同年代から支持を得て、共感を得られないと、こういう政治って繋がらないんです。結果からいうと上の世代のほうが経済的にも政治的にも発言(力)があって影響力があるけれど、同年代で〈失敗しながら作っていくっていう方法論をやってないとダメだな〉っと感じるきっかけになりました。今はどちらかというと、上にご機嫌を伺ったりとかそういう話じゃなくて、同期、同年代を大事にして一次産業の大臣にしていく、と。そこはもうぶれないと思います。

 

[私も同世代ですよ。それでは最後のコーナーです。]

 

●今後の政治に対する意気込み

 

陳情を受けて、お願いされる政治からは決裂していきましょう、と。自分達で地域に行って現場から良い情報を仕入れて、それを政治の中に入れていく。動くことがすごく問われる時代になってきたと思います。官僚の皆さんが持っているのは優秀な頭脳であり形に変えていく力だと思う。僕らは五感、感性、受信力です。現場に行ったときに、これを政策的にどういう風に乗っけるか、とか。動くことは大事です。それから、さっき質問の中に〈ツイッターやらないんですか〉とか出てましたけど、最近は発信をする議員が増えております。今の時代は逆で、発信も大事なんですが、受信力を高めていく議員にならなきゃいけないと思います。発信って言うのはツールがいっぱい出来まして便利なんですが、それに時間が取られてしまうと、政治に求められている(情報が)キャッチ出来なくなる。感受性が落ちます。感覚が劣化しないように、絶えず五感を磨くような事のトレーニングは大事です。出来るだけ夜の時間っていうのは極力、同業の政治の皆さんとは飲まないように、してます。かといってゼロってわけではないですが自分の中では極力、ですね。 [だったら別の感性を持った方と?]-そうですね。小泉純一郎さんが〈すごいな〉と思うのは、政治家の方と一切お付合いをせずに、文化的なものとか或いは音楽の鑑賞とか、徹底してます。国会答弁を聞いてると、芸術技だと思えるような、局面を変える力をもってますから、そういうところは前首相から学び取っていいと思います。 [俗っぽい言い方をしますと政治的センスを磨いているということですか?]-大きく言えば、人間的センスというか。そこを優先する時代になってきたかな。ホントに僕らが持っている情報と皆さんがネットで持っている情報と、殆ど変わりません。 [永田町にいるから知ってる、っていう情報はないんですか?]-全然。皆さんがネットで十分持っていて。それ以外でもつ情報は現場に行くしかないですよ。それが出来るのは政治家です。 [スタジオの皆さん勉強になりましたか?(スタジオ内:拍手~)何といっても発信力がある方です。是非突き進んでいただきたいです。]-あ、(北方領土4島は)譲歩するべきではないという意見ですね。(ツイッターより)勿論です。もっと巧みな外交交渉をしていく為に様々な提案を、複合的にしていくというのが大事だと思います。

 

[では、次の議員さんをご紹介していただけますか?]