階 猛
しなたけしバスト
第170回
2015年10月28日 放送

民主党 階 猛 衆議院議員

東大野球部では、ピッチャーとして、神宮の舞台で活躍。

勤務していた長銀が破綻になり、事後処理などの業務にも係る。

その後、弁護士となり、現在国会議員四期目。

政権時代の官僚とのやり取りや、NHK籾井会長とのバトル?の裏側も話してくれました。

背が高くビシッとスーツを着こなし、絵に描いたようなエリートですが、ご本人はあくまでも体育会系と言い張ります。(笑)

民主党 岩手1区 4期目 2015年10月28日収録時点

(動画より文字おこし)

[民主党の安井美沙子先生からのご紹介ということで、どういうご関係ですか?] ― 関係?(笑) 同じ民主党で。[グループが一緒なんですか?] ― 安井さんは長島昭久さんと親しいですね。私は細野さんと親しくて、細野グループと長島グループとは親しく付き合っている関係で安井さんからご紹介があったということです。[長島グループも細野グループもマスコミがいいように扱わないですよね] ― そうですか?(笑) [自誓会ですよね] ― はい、自誓会ですね。[細野さんもこちらに来て頂いて。自誓会を作る時だったと思うんですけど、意気込みを語って下さいましたね。グループの集まりとかは結構あるんですか?] ― ありますよ。昨日も集まりましたし。何かあれば直ぐ集まる。[勉強会もあるんですか?] ― 勉強会もやっていますよね。[結束を高め合わないということもあるんでしょうか] ― はい、そうですね。やっぱり同じ世代で。[そういうグループが政権の舞台に躍り出て欲しいですよね] ― 民主党自体もまだまだ厳しいんですが、そういう中でも元気を出して明るくやっていこうと頑張っています。[階猛さんのお名前は本当に珍しいというか] ― そうですね。読めないですね。岩手の雫石という所に実家があるんですが、地元でも親戚関係しかないので、なかなか読んでもらえないですね。ポスターもここにありますけど、ひらがなで通していますね。漢字だと誰も読めない。(笑) [政治家はひらがな表記は基本ですからね。お年寄りもすぐ書ける] ― ひらがなだと五文字で非常に覚えやすい。

 

●幸せ度数年表 (クリックで拡大)

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[昭和41年、どちらでお生まれになりましたか?] ― 岩手の雫石というスキー場のある所です。[それが岩手1区という所ですか?] ― 岩手1区は盛岡が主な場所なんですが、雫石は隣です。高校から盛岡に通いまして。ほとんど、生活圏、経済圏が一緒ですよね。[そして、大学合格、神宮デビューとありますが。東大ですからね!東大法学部!すごーい] ― 東京六大学野球で神宮でピッチャーをやりました。[そうなんですか!] ― 高校もずっと盛岡一校という所で高校野球をやっていました。[階さん、見えないですね。そういうアクティブな感じには見えないですよね、一瞬は] ― 運動は若い頃にやり尽くしたので、今はおとなしくしています。(笑) [心技体、全部そろっているんですね] ― いえいえ、その後が問題で大学二年の時に試合に出たんですが、三年の時に肩を壊しまして、それからは投げれなくて。当時、東京六大学野球の連敗記録を更新しまして。我々は70連敗で結構騒がれましたが、今年は94連敗までいきまして。[あ、じゃあ、更新されちゃったんですね] ― ええ、更新されて。でも今は連敗を脱出して、後輩たちも法政に2回勝ったりして頑張っていますよ。[ピッチャーをやっていたんですか?] ― そうですね。ピッチャーをやっていました。[だからウィキペディアに小林至と同期と書いてあるんですね] ― 小林君は同期ですね。[小林至さんは東大卒で唯一のプロ野球選手になった方ですよね] ― いえ、結構5、6人いますよ。[そうなんですか。私達の世代の時に騒がれたということですね] ― 彼も同期で頑張っていましたけれど。ロッテに入って、ソフトバンクのゼネラルマネージャーということで、今ソフトバンク、日本シリーズ頑張っていますよね。[東大生だからフロントに入った方がいいですよね。ラミレスが監督になるように、広報的なブレーンという感じですよね] ― そうですね。先輩にはNHKでキャスターをやった大越さんとかね。いろんな分野で活躍しています。[大学を卒業されてからどちらに行かれたんですか?] ― 当時バブルの絶頂期でして、就職は非常に良かったです。[浪人はしていないんですか?] ― 私は大学受験の時に二浪しています。[そうですか。人間味がありますね] ― いえ、全然、勉強が出来なったので。就職の時は当時、金融機関が人気ありましてね、その中の長銀というところに入りました。[長銀、いろいろドラマがありましたねえ] ― ありましたね。結婚して子供も生まれて順風満帆といきたいところですが、平成10年、32歳の時に長銀が破たんをしました。[思いだしましたよ、山一証券と一緒の年でしたか?] ― 山一証券の次の年でしたね。[いわゆる、金融ビッグバンと言われた時代ですね] ― 金融ビッグバンでこれからはグローバルに競争しなくちゃいけない、ということだったんですけれども、不良債権の重みがありましてね。長銀だけじゃなくて、どこの金融機関にもありましたね。そうゆう中でも長銀はいろいろ問題があって破たんしてしまったと。どうやって生計を立てるんだということで、悩んだ時期ではありましたね。[この時長銀ではどの部署にいらっしゃったんですか?] ― 総合企画部の政策投資担当、ちょっと難しい所なんですけが。長銀がたくさん株を持っていたんですけど、その株を売ったり買ったりする所で、なんとか破たんしないようにするために、たくさん持っている株を売ってですね、お金を調達したりということもありました。いろいろやったんですけどね。[そういうブレーンの部署にいらっしゃって、いつ頃からダメになるんだというのがわかってらっしゃったんですか?] ― 会社に入った当時はバブルの絶頂期と言いましたけれども、峠をちょうど過ぎた辺りですね、だんだん不良債権が膨らんできた時だったので、ちょっとこのままではまずいなと。ただ、同じような問題をどこの銀行も抱えていましたし。当時大蔵省の護送船団方式というのがありましてね、大手銀行はどこも潰さないようなことも言ってましたんで、ちょっとそれに甘えていたといいますか。何とかなるだろうと。[大丈夫だった銀行と大丈夫じゃなかった銀行があったということですね] ― いや、どこも大丈夫じゃなかったんですね。実際のところ。ただやっぱり、長銀が潰れ、その前の年に拓銀が潰れ、日債銀とかね、潰れていく中で銀行だけ潰れるんじゃなくて、お取引先の会社さんも潰れていくということで、これはまずいということで政治的に法的な手当てがありまして、連鎖的な破たんというのが止まったお陰で他の銀行はなんとか生き残ったと。[長銀が身体を張って阻止したと] ― 身体を張るつもりもなかったんですが。(笑) でも、どこかが潰れていなければ、そういう法的な手当てもされなかったでしょうから。[今となっては山一証券も「しんがり」でしたっけ?ドラマ化されるしね、長銀もあるかもしれないですね] ― そうですね。長銀も昔「バブルへGO!!」という映画がありまして、それでは取り上げられていましたね。なんとかそれでも銀行に残って、公的管理ということで国有化されましてね、総合企画部から法務部の方になりまして。働きながら勉強して、平成13年でしたか司法試験に合格して。[凄いことですね!会社が破たんして弁護士になるって、凄いことですね!] ― 元々、法学部だったので、どっちかっていうと経済より法律の方が面白かったかなあと思って。[この三年間は働かなかったんですか?] ― いえ、働きながらです。普通に働きながら、朝早くとか、通勤電車で。[その時は長銀で働いているということですか?] ― 長銀は破たんしましたけれど、会社自体がなくなった訳じゃなくて、給料も大幅に下がりましたけれど、国有化ということで会社はあったということで。新生銀行と名前は変わっていますけどね。大変な時代ではありましたよね。やっぱり会社に入った当時は恵まれていましてね、社宅とかも豪華でしたし。そういう所も全部引き払ってですね、大変といえば大変ですけど、そうは言っても普通の会社に比べれば、公的管理になって会社から給料も減ったとはいえ出た訳だから、恵まれていましたね。[銀行が潰れてその処理をするなんて、なかなか出来ないことですよね] ― 結局そこで、法律の勉強も出来ましたよね。潰れた後、倒産法の勉強だとか、取引先からどうやってお金を返してもらうかとか、いろんな勉強になりましたね。[勉強だけじゃなくて実地もあるということですよね。実際に対面して、無い所から少しでも返してもらうということをやらなくちゃいけ訳ですね。恐ろしいですね] ― うーん、大変でしたね。[司法試験に合格されて、弁護士として活動されていたんですか?] ― はい、社内弁護士として、長銀が外資系に買収されて新生銀行に変わったんですけれど、新生銀行の中で社内弁護士をやりました。その後、みずほ証券というところに移りまして、そこでも社内弁護士をやりました。普通の弁護士さんとは違って、会社の中で法的な問題について答えを出したりということでしたので、いい経験をさせてもらいましたね。[そして政治の世界にということなんですが、どうやって政治の世界に入られたんですか?] ― 政治の世界に入ったのは平成19年でした。[2007年ですね] ― そうです。当時の岩手県知事、達増さん、今もされていますけど、達増さんが知事になって、それまで衆議院議員をされていたんですね。そこの選挙区が空席になったと。高校の2年後輩である私に自分の後にやってくれないかと話がありまして。青天の霹靂でしたけど、地元岩手のために少しでもお役に立てればなあという気持ちもあってですね。みずほ証券の方々にはちょっとご迷惑をかけたかもしれませんが。快く送り出してくれて。[岩手と言えば、小沢一郎さんですよね。小沢さんの引きもあったということですか?] ― 長銀が破たんした辺りでですね、私も将来をどうしたらいいか悩んでいる中で、最終的には会社に残って司法試験だったんですが、小沢さん率いる自由党のコンテストがありまして、それに申し込んだんです。政治家としてふさわしいかを見るコンテストがあって、その時に小沢さん、達増さんが審査員で。審査はパスしたということだったんですが、だからと言って直ぐ政治家になるとかではなくて、普通に生活をしていました。ところが達増さんが知事になったということで、いきなり声がかかったということですね。[小沢グループに所属はされていたんですか?] ― はい、していました。これもまた、いろいろありまして。[結局は小沢さんがいなくなってしまうんですからね。それはどういうことなんですか?] ― 話せば長いんですが、小沢さんも民主党に残れれば残った方がいいという考えだったと思うんですが、その当時野田政権でしたけど、消費税の問題などでですね、亀裂が深まって、小沢さんと小沢グループの人たちが出て行ったと。[それは税と社会保障の一体改革の時ですね]― その時に私も付いて来るもんだと小沢さんは思っていたと思うんですが、私は二大政党を目指して民主党という党を選んだので、ちょっと一緒は行けませんねということでその後、大変なことがありました。いろいろ。(笑)[どういうことですか?] ― 政権転落と幸せ度数年表に書いてありますけれど、野田さんが党首討論をやって解散と言った、平成24年ですかね。あの時の選挙では刺客を立てられたり。[やりますね、小沢さん!] ― それが達増さんの奥さんなんですけどね。(笑)[え、奥さんが!凄いドロドロしちゃいますね]― 政治の世界ですから。[岩手から来る新幹線の中で小沢さんに会わないですか?] ― 会わないですね。たまに議員会館のエレバーターで会います。普通に大人の世界ですから。(笑)そもそも党が分裂したきっかけというのが東日本大震災で岩手だけじゃなくて、宮城も福島もですけど大変な状況になりまして。なかなかコミュニケーションが取れないような、小沢さんを含め、議員間どうしのコミュニケーションが取れなかったですね。政府にいる人たちと党に残った人たちが。政府にいる人たちは寝る暇もないぐらい大変だったと思いますし。[その時の政権与党だった訳ですよね。民主党の未熟さを感じざるおえないこととか、結構あったんですか?] ― 震災は原発事故もありましたし、誰も経験したことのない未曾有の大災害だからどの政権でも大変だったと思いますが。むしろその前ですかね、政権交代した直後、官僚との関係が不慣れだったこともあってあまりスムーズではなかった。[官僚との関係が不慣れだと、情報を出してくれないし、言うことを聞いてくれないし、レクチャーに来てくれなかったり、平たく言うといじめみたいなことですか?] ― そういうことはないんですが、我々も政治を変えなくちゃいけないということで、マニフェストに書いてあることをどんどんやろうとする訳ですけど、そんなに何でもかんでも直ぐに出来ることばかりではなくて。もっと順番とか手続きを踏んでやれば、官僚の人たちも仕事がし易かったのかなあと。仕事の量と、今までのやり方とあまりにも違い過ぎたので、そんなサボタージュは無かったと思うんですけど付いて来れなかった。苦しかったですね。[そうしている間に東日本大震災が起きてしまったということですね]― そうですね。[そして野党にまた戻ってしまったということですね]― はい。[いつ頃、民主党は復活出来そうですか?]― 安倍政権は極端に右よりじゃないですか。もぅ一方、共産党さんは非常に調子がいいですけど。[宮城県議会で共産党が躍進していましたね。民主も自民も票を減らしていましたよね]― 安保への対応をはじめ、極端な安倍政権に対してうまく対立軸になっていると思うんですが、民主党はその間にいて存在感がなかなか示せていない。ただ、間にいること事態、悪い事ではなくて、一番常識に合っていると言いますか、普通の人の感覚に合っていると思うんですけど、今の局面では埋没感があるということだと思うんですね。共産党さんから一緒に国民政府を作ると言われていますけれども、左に寄って行くのか、今まで通り中道で行くのかというところで悩むところではありますけれど、私は中道で行くべきではないかなあと思っています。私達は安保法案についても、これは憲法違反で廃案にすべきだと言ってきた訳ですから、その部分では(共産党と)そんなにずれはないと思いますが。

 

●最近の政治トピックス

 

[NHKの会長とバトルをしていましたね] ― バトルをするつもりはなかったんですけど。[水と油で喧嘩をしているような感じだったんですけど]― どういう意味ですか?

[ガキ大将と秀才みたいな(笑)] ― 政治のトピックスというと震災の復興というのが、4年7カ月以上経ちましたが、まだまだこれからなんですね。被災地と離れている方はだいぶん進んでいるだろうと、思っていると思うんですが、むしろこれからが正念場で、ようやく住宅を建てるための高台とか、かさ上げされた土地が出来上がりつつあるので、これから家を建てたいというところなんですが。どんどん建築費が上がっていまして、今の補助金の仕組みでは家を建てたくても値上がり分で補助金が全部消えてしまって、自分で家を建てるとの実質的には変わらない。[結局、また持ちだしということになってしまうんですね]― そうです。新国立競技場が白紙撤回されましたよね、あれ2520億という金額が白紙撤回されてました。当初、1300億で2520億だから、1200億膨らんでおかしくないかということで、白紙撤回になったんですよね。膨らんだ1200億の内、400億位は値上がり分なんですよね。新国立競技場は1300億と言ってから白紙撤回されるまでの期間は3年位ですよ。だからそれを考えると、被災地ではもっと上がっているということで、実はこれから家を建てるのですから、さらに値上がりというのは大きいかもしれない。[作る人が足りないということですか?]― 作る人が足りない、それから資材も値上がりしていると。一方でアベノミクスで全国で公共事業やられたり、オリンピックでこれからいろいろな物を作るという中で、なかなか被災地に職人さんとか資材は回してもらえないという状況でどんどん値段が上がって行く。[もうちょっと補助金を出してくれないと困っちゃいますよね]― おっしゃる通りです。[生涯にたった一度と思っていた方が二度家を建てることになってしまって、人生計画が大幅にくるってしまっているんですよね]― これは何度か私も国会の質問で取り上げましたけど、今の復興庁、復興大臣というのは消極的ですよね。[復興大臣は誰でしたっけ?]― 復興大臣、この間変わりましたでしょ。高木さんという方、週刊誌でスキャンダルも出ていましたが。[あ、高木毅さん。「みわちゃんねる」にも出ていますよ]― 復興大臣は今4人目になるのかな。震災以降。それで、最初の二人は被災地の方だったんですけど、前回と今回は被災地以外の方が復興大臣になっているということで。[高木さんは福井の方ですものね。ですから直接は関係ない。原発はある所なんでしょうが]― 我々、被災県出身の議員からすると、ちょっと違うなと。被災地の側に立っているんじゃなくて政府の側、というか財務省の側というか。そういう感覚が見て取れるんですよね。そういう中で、せっかく税金で作った住宅再建用の土地が空き地だらけになったら、まったく意味がないですね。[毎日そういう声を聞かれている訳ですよね、それは本当に辛いですよね。永田町にいても辛いでしょうけど、ご地元に変えられても辛いですね、それはね。]― この間は政府が方針を変更して、復興の事業については住宅再建じゃなくて、いろいろ道路を作ったり堤防を作ったりというのがありますでしょ、今まで国が100パーセントお金を出すと言っていたものを変更して、被災地にも一部負担を求めるということになったんですね。これも被災地にとっては結構重いことで。

[民主党政権だったらそれは出してくれたものなんでしょうか?]― 民主党の時に100パーセント国が出すということを決めたんですけど、ここに来て方針を変えると。[何パーセント負担なんですか?]― 割合としてはたいしたことないんですよ。せいぜい3パーセントとかそういうことなんですけど、ただ、額が爆大なんで被害の大きい市町村ほど、一方で負担は大きくなり、被害が大きいと税収も減っていますよね。だから私は、それはやるべきじゃないと思っていたんです。[それは変えて欲しくないですよね]― あと一点、今私、民主党の中では行政改革、情勢刷新担当のネクスト大臣ということになっています。その中で今やらなくちゃいけないなあと思っているのは、情報公開です。TPPの交渉の時の情報が国会の決議があったにもかかわらず、全然伝わって来ていなくて、ようやく大筋合意されてTPPの内容がちょっとずつ明るみに出ていますけど。[聞いていないよと言った時にはもう遅いと。与党内でもそういった不満が噴出しているということですよね]― あと、アベノミクスで2020年に600兆円のGDPを達成すると言っていますけど、経団連のトップの方ですら、そんなの無理だと言っていますよね。600兆見通しというのは政府の方で出している数字なんですよね。非常にお手盛りだと思うんですけど、そういう数字を政府が出すとどうしても政権にとって都合が良くなるので、独立的な推計期間を国会の側に作るべきだと思いますよね。たとえば、TPPで日本にとってどれ位の利益が出るのか損が出るのかという問題についてもですね、たぶんこれから政府が出してくると思うんですけど、推計値を。これも政府が出して来るものだから、今ひとつ信用性に欠けますよね。[チェックする第三者機関みたいな]― 国会の側により中立的で公正な数字が出てくるんじゃないかと。一般の方に広く情報を公開することによって、一人の目では間違いチェックすることは出来ないかもしれませんが、一億人が見ればいろいろ問題も出てくると。一億総活躍じゃなくて、一億総監視で国が変な方に行かないようにチェックするというのがいいんじゃないかと思います。その為の情報公開法であったり、独立推計機関であったりが今必要じゃないかと思います。情報公開法は1999に時の政権が作りましたけれども、それからどんどん、不備があるなということで民主党政権の時にそれを改正して、もっと国民の知る権利に奉仕しようということで、私は担当の政務官で作ったんですね。国会にも出したんだけど、通せないまま政権が変わっちゃって。その後は情報公開よりも特定秘密保護法で情報非公開の方に方向が向かっちゃっていまして、それはまずいだろうと思っています。情報公開法、せっかく作ってありますからね、国会で通したいと。[先程のね、役人のサボタージュはしてないとおっしゃっていましたけれど、役人との付き合い方も大変ですよね]― 情報が広く知れ渡ると役人にとって不都合なこともあるでしょうから。[この間、安井さんがおっしゃっていましたけど、霞が関の役人は明治から続くシンクタンクだとおっしゃっていましたから、なかなかそれに打ち勝つには力がいるなという感じはありましたけどね]― 今の時代、役所の方々が優秀だとしてもすべて問題を解決出来る訳ではないし、問題自体が何かというのも解らない時代ですから。答えのある問題を解決する力は役人のみなさんはあると思いますが、答えが無いとか、問題自体が良く解らないという状態の時に秀才の官僚のみなさんが対応できるのかと。[階さんが一般的に見ると、凄く秀才なので(笑)]― あまりそんなことを言われたことがないですね。ずっと体育会系だったものですから。(笑)[論破出来る方はなかなかいないと思うので、頑張って頂きたいと思います]― 論破しようという気はないんですけど、常識で常識を疑うというか、常識的なことをちゃんと言うと。そのために必要な情報は開示してもらうということですね。

 

●今だから言えるあの日のあの出来事

 

[フィリップを持って来て下さっているんですよね]― 予算委員会の時に使った、籾井会長を追及した時に出したんですが、NHK会長の資格要件というのがあるんですね。ちゃんと定められていまして、これに合致している人をNHK会長に選ぶと。[籾井さんは違うんですか?]― 違うということを私は指摘したんですけど。上から見ていきますとですね、公共放送としての使命を十分に理解しているとありますよね、ところが「NHKのことを何も知らないんですから」と言っています。本人のコメントですね。二点目、人格高潔であり、広く国民から信頼を得られる。[抽象的ですね!]― 広く国民の信頼を得られてないから、予算承認の全会一致が8年ぶりに崩れると。国会での出来事ですけどね。後は広く国民から信頼を得られていないから、NHKを辞めた方、市民団体から辞任要請があったと。[何でですか?何かあったんですか?]― その後に出てきますけれど、政府が右ということに対して左とは言えないとかですね。[政治的に中立じゃなきゃいけないのに、自分の思想信条を押し付けると]― 思想信条というか、本人はたぶん思想信条がなくてですね、政府が右と言えばただ右というだけで。政府に盲目的に付いてゆけばいいということで「政府のスタンスがまだ見えない」とか言ってですね、政府にすり寄るような追従な姿勢なんです。[昔からNHKの方ってこういう方じゃないんですか?自民党時代が長いじゃないですか。みんなこんな感じの方じゃなかったんですか?]― そういう方は辞められていますよね。やっぱり国会で問題になって辞めていますよね。[NHKも大変ですよね。番組は面白いですよね。製作費が半端ないから]― ちょっと政権に対する追及が甘いんじゃないかと思いませんか?政治的に中立とは言えないですよね。[構想力、リーダーシップが豊かであるとありますね。豊かじゃないんだ]― 理事全員から辞表を取りつけていますよね。「これは一般社会ではよくあること」なんて私の質問に対して言ってましたけど、無いです。それは、一般社会では。「求心力を付けるには何らかの方法が必要だ」と言ってましたけど、こういうことをしないと求心力が付かないということは構想力もリーダーシップも欠けているということですから、資格がないということだと思うんですね。[社会環境の変化、新しい時代の要請に対し、的確に対応できる経営的センスを有する]― クライシスマネジメント、危機管理ですよね、危機管理をどうするかという質問に「正直よくわかりません」と答えています。今の時代、危機管理がわからない人は経営的センスがあるとは言えない。[そして最後ですね]― 業務遂行力があり、説明力がある。辞表を取りつけたことを「一般社会にはよくあることだと」と言ったので、それは無いでしょうと言ったら「皆無ではないという意味だ」と言い変えをしていました。非常に日本語の能力としてもいかがなものかと思います。[今だから言えるあの日のあの出来事のコーナーでどうしてこれをやろうと思ったんですか?]― NHK会長が未だにいる訳ですよ。なんでいるのかなあという時に、もう半年まえのことですから、みなさんは記憶のかなたなんですよ。あの時に喧嘩しているような感じで、どっちもどっちと見られたかもしれないけど、なぜ私があれだけ怒ったかというとですね、こういう資格要件がある中で、まったくどれも満たしてないような人がなっている。[受信料を私達から取っている訳ですから、そういう人がなるというのが、あり得ないと。しかも政権に迎合し過ぎているということですか?]― そうですね。だから、何であの時、あうゆうやり取りだったのかということを、知って頂きたいなあと。[言われちゃった方は人格を否定するような感じで辛いですね]― 私だけではなくて、退職された方とか、市民団体とかですね、経営委員を辞めた方もですね、こういうことを言われていたりとか。まあ、だから本当に多くの方が疑問を持っていて、何かの新聞で世論調査をしたら95パーセントの人が辞めるべきだと言ってる訳ですよ。ということはですね、籾井会長が今もいらっしゃることはおかしいんじゃないかと。[予算委員会の様子をNHKで夜、放送しなくちゃいけないですよね、あのやり取りを。審議が終わった後も机でしゃべったりしてたじゃないですか]― あれは予算委員会とか国会の委員会ではなくて、民主党の会議だったんですね。会長がやって来て、「くだらん」とか言う訳ですよ。くだらんとはなんだということでですね、「くだらんとは何ですか」と言いました。そうしたら、「くだらんから、くだらんと言ったんだ」みたいな、そういうやりとりを。[一触即発じゃないですか。大変なことでしたもんね。私、怖くてちゃんと見られませんでした]― 私も久々にあんなに興奮しましたけれど。[この冷静な階さんが!]― あまり冷静でも無いんですけどね。体育会系ですし。[この委員会が終わってどうなっちゃったんですか?]― 籾井会長は元気にやっています。[そうですか。(笑)]― なぜそういうことになるのか。(笑)[誰が辞めさせられるんですか?]― NHKの会長は誰が選ぶかというと、経営委員会ところが選ぶんですね。経営委員会が会長の任免権を持っています。経営委員会が会長を辞めさせることが出来るんですね。ただし、経営委員会は12人、その12人を選ぶのは内閣総理大臣。[要は大臣の諮問機関ということですね] ― ここは国家の同意人事ということで、国会も同意して選ばれることになっていますけど、今は与党の数が圧倒的多数なので、いくら反対しても選ばれてしまう。この間辞めた百田さんは経営委員だったんです。政権寄りの委員を選ぶということは、経営委員会は政権寄りだということになります。[自分がトップになったら、そういう人を選びますもんね。あさってのことを言う人を選ばないですもんね。(笑)]― 報道の自由が今、危うくなっている。報道の自由が守られなければ、国民も間違った判断をしてしまって、またこの国が道を誤ったら大変なことですから。だからNHKの問題というのは非常に根が深い。報道ステーションの中でも古賀さんという方が、政権から圧力がかかったようなことを言って、テレビ朝日の幹部が呼び出されたりしましたよね。[自民党は全部の報道をチェックしている「みたいですね]― この番組もチェックされているかも。(会場から大きな笑い声があがる)[もちろんです。(笑)]

 

Q1;NHK,メディアの話をされましたけれども、私、一視聴者からするとですね、やはり国益というところですね。今回の安保法案に関しても、かなりの時間、反対の意見やデモが流れていて、方や、賛成の意見が流れる時間が少なかったかなと思うんですね。メディの平等性、中立性、先程は政権寄りという話もありましたけど、そこのところで多様な意見といいますか、報道する必要があると感じていまして。その辺のメディアの在り方、公共放送の在り方、その辺なんかはどういう風にお考えですか?

 

A1;たぶんですね、賛成の方の意見、そもそも政策として賛成だとおっしゃっていると思うんですが、政策として100パーセント正しいものであっても、憲法に抵触していれば、それは法律として成り立たない訳で、憲法に反するかどうかというところでですね、あまり説得的な意見が安倍首相をはじめ、閣僚とかあるいは外部の方からも無かったことで、審議が紛糾して、デモの方たちもたくさん押し寄せたのではないかと。政策として正しいかという手前のところで、もっと賛成側の人から説得的な意見があれば良かったと思うんですが。砂川事件の最高裁判決とか、昭和47年の政府の意見とか、それではちょっと我々からすると説得力が乏しいのではないかと思って見ていましたけどね。

 

Q2;長銀のご出身ということで、長期的視野を持った金融機関が長銀の破たんなどで、なかなか出来なくなってしまって、お金が余っていても貸付が進んでいない状況だと思うんですね。中小企業も含めて。なかなか担保が無かったら貸せなかったり。事業性を見て、日本の柱になるような産業を育てようと、積極的に金融機関が融資をする方がいいと思うんですけど。その辺、何か政策的にお考えとかありますか?

Q2;新しい産業を興していくためには、ベンチャー企業とかにもっとお金を出していかなくちゃいけないと思うんですが、銀行というのは、預金という元本保証のお金を集めているので、なかなかリスクのあるところにはお金を出せないと思うんですね。銀行ではないファウンドや投資家がそういうところにお金を出して行く仕組みを作るべきではないかと思っています。あと、銀行が今、非常に経営が苦しいのは金利が低いですよね。10年の国債でも零点何パーセントという世界なので、利ざやが少ないですよね。なので、貸し倒れになった時にそれを取り戻すとが大変な訳ですよ。だから非常に消極的な貸し出し姿勢になっていると。今の異常な低金利を日銀はまだまだ続けるようなことを言ってますけど、私はなるべく早く正常な状態に戻す方がいいんじゃないかと思っています。

[それこそ、政治の政治主案ですよね]― 日銀の金融政策というのは、軍資金が独立で決めますんでね、政治がどこまで口を出せるかというのがあるんですけど、今の異次元の金融緩和ですか。毎年80兆円も国債を買い増ししている訳ですよね。だんだん、マーケットで買える国債も無くなってきて、国債が品薄の状態になっていて、官製相場で異常な状態ですから早く変えなくちゃいけないのではないかと思いますね。[ずっと低金利ですからね]

 

[有難うございました。どうでしたか?こういう番組は]― え、どうなんですかね。(笑)私、体育会系の人間なんで、秀才っぽく見えると言われてびっくりしました。銀行員をやっていたというのも、あるんですかね。[ライザップとかで真っ黒に日焼けするといいかもね]― 確かに私、地元とか歩いていると、銀行員だと思った言われることはありますよね。[階さんのような議員は貴重ですよ。なかなかいないですよ。スタンスを崩していな方は。(笑)本当の階さんの良さを知っている方が投票していると思うんで、それは継続して欲しいですよ。硬さというか。一見、近寄りがたいんですよ。]― そうですか。そういうオーラが出ているんでしょうか。[そのオーラでちゃんといろいろ解析とか、いろいろお話して下さると、有権者は嬉しいですよね]― はい、ちょっと、自分を見つめ直してみます。(笑)