高野 光二郎
高野バスト.
第142回
2014年12月17日 放送

自民党 高野 光二郎 参議院議員

坂本龍馬の写真をバックに高知からの地方創世の話を熱く語っていただきました。

河野洋平氏の書生を6年間され、地元に戻り高知県議会議員として政界デビュー。

そして参議院議員となった今は、朝の部会から毎日全開モードで働いています。

 

自民党 (高知県) 1期目 (2014年12月17日収録当時)

動画より文字おこし

 

[「みわちゃんねる」第47回の衆議院選挙が終わって始めての「みわちゃんねる」なんですが、自民党おめでとうございました!] ― ありがとうございました。(深々と頭を下げる)[291議席でしたっけ。さすがに300はいかなかったですね。最後はマスコミの宣伝で下がったという感じはしますよね] ― 投票率が低かったとうのが。[戦後最低でしたっけ?] ― そうです、はい。[戦っていていかがでしたか?] ― 高知県は2区しかなくて。[0増5減で?] -はい、今回3から2になりまして、高知1区が防衛庁長官を務められておられました、中谷先生、高知2区が安倍第一次内閣で金融担当大臣を務められた山本有二先生、二人ともまだ57歳、62歳、しかも8期生、圧勝を頂きました。[8時にふたがしまった瞬間にばんざいですか?] ― そうですね。[じゃ、簡単な選挙だったんですか?こういうことを言っちゃいけないんですよね(笑) ] ― 二人とも幹部ということがあってですね、自分の言う政策とか発言に緊張感を持ってですね、これを言ったら必ずやらんといかん、なおかつ、おごった気持ちになったらいかん、極めて引きしまった戦いを二人ともやって下さいました。[自民党も党本部から谷垣さん、締めようという感じでやっていましたものね。団結してね。ちゃんと通達されているのですね] ― そうですね、石破大臣の時から1期生、2期生とだいぶ上がってきましたけれども、やっぱり選挙塾なんかをしながらですね、普段から市民とか、県民の意見を聞いて地元に帰りなさいということを自民党は徹底をしておったんで、ある意味地域、地方とはいつもコミュニケーションが取れる状況を作っておったので。[特に高知県は自民王国なんですよね] ― そうですね。2009年の民主党の政権交代があった時もですね、高知と鳥取と島根と福井と勝たせて頂いたんですが、圧勝させて頂きました。その時によく冗談で言われたのが、高知はテレビ朝日が映らないからと。(笑) これ、事実でございます。(客席からも笑いが起こる)新聞もあまり売れていないんで。[報道ステーションが映らないんだ!みんな、洗脳されてないんですね] ― 映らないんですね。その影響もあったかもしれません。[選挙報道をいろいろ見させて頂きましたけど、古館さん、総理とシンパシーがあった気がしますけどね。言うことは辛口でしたけど、好きな感じはしましたけどね] ― あまり見てないんでわからないですね。その辺は。すみません。(笑) [山本有二さん「みわちゃんねる」に来てもらっていますよ。今度9期目ですか?大臣になっていないのは自分だけだと言ってましたけどね] ― 安倍一次内閣の時に金融再生大臣をやりました。それからやってないですね。平成18年、19年かな。[1回やっているんですね。じゃ、逢沢一郎先生だけですね] ― (笑) そうです。[みんな、大好きな素晴らしい先輩なんで。すみません。民主とか維新はどうなっちゃったんですか?] ― やっぱり、これから政界再編とかいうことはですね、私達には関係がないので、ここは謙虚に丁寧に国民の皆さんにお約束させて頂いた、今回のマニフュヘストを踏まえてですね、着実に推進をしていくと。着実に推進をしていく中でもちゃんとした国民との対話姿勢を崩さないということで、強く前に進めていきたいと思っています。[今、私達の方がネット社会で先行しちゃっているから、無意味な党に入れてもしょうがない、という気持ちが正直言ってあるんですよね。無くなってしまう党とか、ノーと言うだけなら、なんで入れなきゃならないんだろうと思いません?実行してくれなきゃ、と思っちゃうんですよね。大勝して良かったですね] ― [これ、いろいろ] (テーブルに上の物を指して) ― はい、私は高知県出身なんですが、高知県というのは、とにかく飯がう旨いんですよ。野菜もお魚も料理も全部旨いんですよ。じゃらんというリクルートの雑誌なんですが、あ、名前を言っちゃった!観光客がご当地に行って美味しいと思ったもののランキング、高知県が圧倒的にもう3年連続くらい1位なんですよ。[そうなんですか、地味に頑張っているんですね。お酒のイメージはありますけどね] ― そう、飲んでからしゃべれと。女子の方が強いんですよ。男の方が潰される。で、食べ物が凄く美味しくて、生産量ナンバーワンのものがけっこうあるんですよ。ここで食べていただいたら有り難いんですが、これがおかず生姜。生姜は高知県が生産量ナンバーワンなんですよ。生姜を今まで生で売っていたんですけれど、それでは付加価値が少ないということで、今の知事になって、加工品いっぱい高知県でを作っているんですよ。地産外商という形で。加工したら日持ちもいいじゃないですか。単価も上がっていくじゃないですか。県の戦略でこの民間企業はいっぱい作っているんですよ。[地方創生第一弾ですね。いただきます] ― あ、それちょっと多いかもしれません。[あ、美味しいです。凄く美味しいです!] ― 美味しいでしょ。高知県は34市町村あるんだけど、それぞれに味付けが違って。[凄く身体にいいですね。女性にはいいと思います] ― これは「まるごと高知」といいましてね、銀座にアンテナショップを出しているんですね。そこで一番人気なんですよ。(カメラに商品がアップになるように近づける)― 美和さんって私の姉と同じ名前なんですよ。美しい和ですよね。佐野さんですよね。私、高野なんで一字違いですね。[ほんとだ!](別の生姜の商品を佐野にすすめる)[美味しい!フルーティー!] ― 美味しいですか?嬉しいです。味付けはお酒に合うあてなんですね、基本は。だからご飯にも合いますし。ちなみにピーマンとかきゅうりとかなすとか園芸王国なんでそういう生産品も一番で、かつおのたたきが一番ですけど、うつぼのたたきも美味しいし、鳥もいっぱいありますし、牛もいっぱいありますし。一度来てみて下さい。ご案内しますから。これが「ミレイビスケット」なんですよ。食べてみて下さい。ここに「高知家」と書いてありますけどね、PRで。高知って何が一番課題かといったら、次の30年に70パーセントの確率で南海トラフ巨大地震が来るんですよ。マグヌチュード9.0で最高の津波高は34メートルなんですよ。75万人しかおらんのに4万2千人が死ぬんですよ。けが人じゃないですよ。県民は逃げても無理かなと。[私の友人のテレビ高知の人はもう諦めていると言っていました] ― 政治家にとって諦められるのが、一番酷なんですよ。なんでこんな話をしたかと言ったら、これ、「ミレイビスケット」は保存食なんですね。[カンパンの美味しいやつね] ― 各行政が備蓄をするじゃないですか。それを出来るだけ高知県が作ろうということで、こういった格好の食品、長持ちをするやつをね、それを学校に置いていたり、役所に置いていたりということをしているんですよ。[いろいろ地域で頑張っていますね。地方創生の一環ということですね] ― これも有り難いことで、地方創生と言われる前からずいぶん高知県は地方創生をやっていたんですよ。[それでまた、お金とか付けてもらえばいいんですよね] ― お金を付けてもらえば、一番成果が出せるのが我が県だと思っています。[こちら、いろいろございますけれど、坂本竜馬があるのがいいですね](後に貼ったポスターを指さして)これをちょっとPRさせてもらっていいですか。これ何と読むと思いますか?(「高知家」と書かれた板を前に)[コウチケですか?] ― 早いなあ!普通、コウチヤとか言いませんか?コウチケなんですよ。これプロモーションしているんですね。高知県出身の広末涼子さんに出て頂いて、高知県の尾崎正直さんという優秀な知事がお父さん役でプロモーションビデオを作ったりして。このバッチもそうなんですけど、(胸に付けた「高知家」と書かれたバッチを指さして)県庁の職員さんとか市役所の職員さんとか学校関係者とか市町村議員さんですね、みんな付けています。これを付けてうろちょろしている訳ですよ。広告宣伝費よりも十倍ぐらいの効果が出てくるんです。こういった形でPRしています。何かといったら、高知って旨い物たくさんあって、まあ田舎やけど、高知に関わる人は家族やと。一緒に話したりとか、飯食ったりとか酒飲んだら、おまんら家族ぜよということですね。凄く人を大事にするんですね。移住なんかも凄く多くて、今、年間で400組来ているんです。高知に住みたいって。これ付けてくれたら、高知県の家族やき、ということでね。[それじゃ、私達も付けないとね(笑)] 後で持って来て付けてもらおう。[そんなに優しいんですか、高知県って] ― 優しいですね。決して恵まれていないんですよ。たとえば、県民所得とかは全国の最下位か二番目から三番目で、東京の人の半分いってないですからね。全国平均の77パーセントしかないとか。いろんな問題がありますけれど、竜馬みたいに、下向いちょったっち、いかんろ、というような気持ちで頑張っていますけど。今日の美和さんのスーツは高そうですけど、いいですか?― [「みわちゃんねる」の中で一番高いスーツを着てきましたよ] ― すみません。付けさせてもらっていいですか?これはちょっと種類が違うんです。「お裾わけ」というんです。公職選挙法は大丈夫ですね。(笑)(バッチを佐野につける)[有難うございます。これから飯倉キャンティにこれを付けていきます] ― キラッキラじゃないですか。[これはブルガリより映えますよ] (会場から笑いが起こる) [有難うございます。大切に頂きます。] ― 本当に東京に来られる方、みんな付けています。高知県人。そこから会話になるじゃないですか。それで、観光振興とか、一回来て貰ったらちゃんとファンになってもらって、その中から移住促進とか。[高野さんも熱いですね。地元愛がね]

 

●幸せ度数年表

(クリックで拡大)

第142高野光二郎

[1974年生まれ、今おっしゃったように高知県で生まれたんですね。そしてここでちょっと下がっています] ― 私ね、小学校から中学校にエスカレーターでいける受験に失敗したんですよ。国立の小学校ね。私の兄と姉はそのままストレートに中学校にいったんですけど、私そこでまずつまずいて受験に失敗したんですよ。高校受験をする時にも、みんなで一緒に行こうぜと県立高校を受けたんですけど、僕だけが落ちたんですね。その二回の受験の失敗、今考えたらたいしたことないですけど、ちょっと自分,大丈夫?かなと。

 

[どんなお家に育ったんですか?] ― 父と母は365日、働いている家。ま、自営業なんですけど、特殊土木といって、橋の橋げたとか特殊工事ですね。[公共事業ですね] ― 公共事業の中でも特殊、めちゃくちゃ波が荒い所に杭を打つとか。90パーセントぐらいは高知県じゃない仕事を各地域でやらせて頂いているんですけど、私の子供の時は新聞運送の会社でした。運送会社。運送会社からバージョンアップして基礎工事になったんですよ。365日、働いている家で兄が5つ上、姉が4つ上で、私が気がついた5歳ぐらいから、私がご飯を作っていた。それで、お兄ちゃん、お姉ちゃんに食べさせてた。[優しいんですね] ― 優しいんじゃなくて、自分しかやる人がいないから。[こういうのを出して下さるおもてなしの気持ちが出ていますね。(テーブルの上の数々の品を指さして)こういう方は本当に優しいんですよ。] ― 有難うございます。[秘書さんはどなたの秘書さんをやっていらしたのですか?] ― 私は河野洋平先生の秘書を5年間やりました。そして仲人が河野太郎です。[河野洋平さんの秘書の時は何年ですか?] ― 22歳からやっていたから1996年か。[そうですか。それは河野談話のちょっと後ですね] ― そうですね。奥さんも亡くなっていて、外務大臣を辞められて、自民党総裁も辞められて、森第二次内閣から2回続けて外務大臣になった時期ですね。[自民党が一番疲弊していた時期ですね] ― 普通の秘書じゃなくて、ほぼ住みこみという形ですね。靴磨きから庭掃除から。代議士の家が小田原なんで、夜中の2時に必ず外務大臣の激務の中を帰って来るんですよ。帰って来て頂いてから、その日の打合せをやって、次の日はまた靴磨きから始めて。[その時は奥様はいらっしゃらなかった。女房代わりみたいなイメージでやっていた感じですか] ― いえ、女房というよりは書生ですね。来てくれたお客さんのお茶出しから、机の拭き方から、庭掃除から。[やっぱり注意されるんですか] ― 注意は洋平先生はしませんね。ただ、お手伝いさんが結構厳しくて。たとえば、座布団の置き方とか方向とかね。そういったことを教えて頂いて。[でもね、そういったことって20代で聞いたら、わーやだ!と思うけど、年を重ねてくるとそういうのって、教えて下さるのは貴重ですよね] ― 自分が1年秘書をやっていてこれじゃいかんなと思ったんですよ。もっと苦労せないかんし、もっと経験せないかんと。22歳から入って5年間で次、県会議員に出ますと。給料はいりません、飯だけ食わせて下さいというので、入ったんですよ。そういう気持ちがあったんで、これいかんなと。それから365日中、362日は働いていました。本当に。でも楽しかった。洋平先生はすっごく優しい方ですからね。あの方に怒られたら、よっぽど悪いことをしたのか。[5年間の間に怒られたこと、あります?] ― 2回くらいありますね。選挙期間中に地元の方が運転してくれじゃないですか、宣伝カーを。ちょっととろいから私が代ろうと言って僕が運転しおったんですよ。そうしたら、怒られて。そうしたら、その人のやることもなくなるし。後ろから肩を掴まれてですね、怒られていましたね。若気の至りで、俺の方が道を知っているとか、声掛けたら人は来てくれるとか。[それは、怒られた内に入らないですね] ― それをやったらいかんですね。[もう一つは?途中で話を切っちゃってごめんなさい。河野太郎さんはまだ議員じゃなかったんですね] ― いいえ、議員でした。平塚、茅ケ崎で小選挙区で2回目かな。[じゃあ、別に暮らしてましたし、関係ないという感じですか] ― しょっちゅう太郎先生も来られていたんで、可愛がって頂いて。[書生とかやっていると、何で俺はこの家に生まれて来なかったんだと思わなかったですか?] ― 全然。あること全て新しいんですよ、しかもハードルが高いんですね。[何歳からやっていたんですか?] ― 22歳から。[じゃあ、大学出てからすぐ、書生なんですか!この道一本なんですね。半端な気持ちでサラリーマンやるんだったら、こっちですよね。凄い勉強になるでしょうね。うるさいお手伝いさんはじめ(笑) ] ― いや、でもね、うんと可愛がってくれましたよ。だから、お仕事終わって二人で飲んでいました。[5年間いられて、それで県議に出るということですね] [5年でちゃんと出させてくれるって言っていたんですか?] ― 私が5年間、預かって頂いて政治家が出来る男だったら、応援をして下さいと。政治家ができへん人間だったら、いつでも切ってくださいと、そういう条件をこちらから出したんですよ。[凄い人ですね。なかなか自信がないと、そういうことは言えないですね。やっぱり、やる気があったんですね。そして選挙に出たのが、高知県議会選挙ということですね] ― これが不思議でございまして、政治経験が神奈川でしかなかったんですよ。高知の政治事情もわからなかった。高知に帰ってすぐ自民党に入るならば、高知の体質とか知っちょかんと、判断が出来ない状態というのがあったんですよ。それならば、高知に帰って真っ白いキャンパスにひとつずつ「絵を入れていって自民党なのか、無所属なのか、他の党なのか、更でいこうと思ったんです。そうしたら、私の選択肢の中では選挙まであと1年なかったんで、無所属という立場しかなかったですね。[公認は遅かったということですね] ― 無所属で県議にならせて頂いて、2期目に自民党に入りました。[いろいろ活動を重ねて4年間経ってからやっぱり自民党なんじゃないかということで、入ったということですね] ― 大きな仕事が出来ないですよね。[分かりますよ。2009年に改革が終わったんじゃないかと思っているんですよ。民主党があそこで政権を取ってそれでもう、終わったのかもしれない。変えますとか言ったって誰にも響かないと思う] ― 美和さん、一番ご存じだと思いますけど、自民党にはリベラルからいろんなウイングの広い意見が出てきていますんで、自民党内で改革を一段と進めていかないといかんと思っていますし。[自民党内の話し合いは厳しいです。あれドキュメント番組を入れて方がいいですよ。あんなに怒るの?あんなにいつも笑っている人がみたいな(笑) ] ― 一番怒っているのは朝の8時ですからね。[朝、お弁当を食べながらね] ― だから委員会とか本会議の時は、自民党が作ったものを出すんで、そこで言ったってしょうがないんですよ。自民党の朝の部会でいろんな議論をするんですけど、本当に凄いなと思いましたね。今でも思っていますけど、やっぱり部会に出るまでには、ちゃんとその件について勉強をしておいて、なおかつそれを、自分でしっかりとした意見として固めて行かんと部会に出る意味はないですね。[あれは本当に気をてらってない、県民の皆さん、有権者の意見を背負った生の場ですよね。みんな内輪で話しているという感じですよね] ― 右からも左からも意見が出ますけれども。[一番誰が凄いですか?] ― 期数重ねた先輩でも厳しい発言をされる方は厳しい発言もされますし、若手もなかなか偉いです。どなたがというのではなくて、みなさん発言される。それぐらい開かれています。みなさん意見を聞きますよと、聞くだけじゃないですから。聞いてくれたら、その後に役人が追いかけてきてくれて、それどういった話ですかと聞いてくれますしね。[それが議員提出法案のプリミティブな元になる訳ですから大事ですよね。そこで全部決まっちゃうんですものね] (佐野が幸せ度数年表の落ち込んだ折れ線グラフを指さして)[ここはどうしたのですか?このままでいいのか悩んだんですね。熱血漢でも、誰でもありますよね] ― 6年やっていたんで、二期の途中まで、その時に民主党政権が誕生するかしないか、麻生総理の時だったんですよ。これやったら民主党が勝つと思ったんですよ。行政で民主党政権になった場合、この事業とこの事業が切られるということがわかっていたんですよ。麻生総理は地方重視だったので、やっとこれから地方に目が向いてくるという時に、民主党政権になったら困ると。[なるほど、そういうストーリーがあるんですね] ― だから、出たんです。参議院選に。だいぶ削られましたね。凍結、凍結で。子育て支援とかね、福祉関係が結構多くてですね。[コンクリートから人へと言ったら、ああゆう震災が起きるわけですから。本当に滑稽というか、因果というか、運命のいたずらというかね。[民主党の方もう、どうしようもないですね] ― まあ、民主党は地方のことをわかっていないですからね。知りませんからこの番組に来られますけど、地域に根付いたネットワークが違うもの] ― ネットワークが責任感になるんですよ。同じ国民と言っても彼らは顔も立場も名前も知らなくて言っている。うちらは家族構成であったり、どういう職業やっているか、何に困っているかを常に知っているんですよ。常に県議なり、市議、行政とつながっているんで、国民に対しての責任が違うんですね。[私ね、全然自民党に加担している訳じゃなくて、無所属で対自民党で生きてきた訳ですけど、自民党のネットワークは本当に凄いと思うし、自民党が培った文化、人の和というのは改めて凄いと思っています] ― それと関連して言うと、一回政権が民主党に行った時代に、この間の衆議院選挙のひとつ前の選挙の一期目のみなさん、相当な候補者が選ばれているんですよ。自民党の中でも。[ここに来る1年生議員の方も凄い方ですよ。一般の方とか、マスコミの方が、1年生議員だ、安倍チルドレンだと言ってもレベルが違う!] ― 私もあえて言いたかったけど、自民党の今の若手の議員、いいですよ。調子に乗ってないし、ちゃんと意見を聞きおるし、汗だくで働くし、頑張っていますよ。[先輩の杉村太蔵さんとか見てね(笑) ] (会場から笑いが起こる)[でも彼は稼いでますから、大丈夫ですから。そういうのを見てちゃんと締めているんでしょうね(笑) ] [参議院に出て失敗しちゃうんですね!] ― これは簡単に言うと、私が参議院選挙に出る時、家族の誰もが反対だったんですね。妻は韓国出身で。[何歳で結婚したんですか?] ― 8年前です。県議2期目の時だと思いますね。妻は反対し、大親友も反対し。なぜ反対かと言えば、やったら必ず負けると、おまえアホかと。相手が誰かわかっちゅうか。全県的に強いやろうがと。[誰なんですか?] ― 広田一さん。それでもやると。その理由はこのままではいかんという気持ちが強くてやったんですが、広田一さんと、前やった自民党の公認候補、現職でその人が無所属で出たんですよ。得票率広田さんが37パーセント、私が34パーセント、田村さんが16パーセントで負けましたね。[それで、浪人生活を] ― はい、3年。落選した次の日から活動を始めて、24市町村をくまなく回っていたら、東日本大震災が2011年3月11日2時46分に起きて、あの映像を見て宮城の友達に連絡したら、宮城も終わったかもしらん、ということを聞いて、それから2週間後3月24日に単身でまず3日間行って、こりゃだめやということで、5月に仲間を50人位連れて行って、専門、プロパーばっかりね。それから2カ月半位、東日本大震災で活動して来ました。それがある意味、政治を改めて志し、自分の人生に覚悟を強めてきたというのが事実だと思います。[今、落選した次の日から活動したと言うけど、今回ね、第47回の総選挙はネット選挙解禁してからの初の選挙で、各陣営大変だったと思うんですけどね。みなさん受かった方、次の日から駅に行ってましたね] ― はい、私も行ってましたよ。[受かって行くのはいいけど、落ちて行きたくないよね。選挙落ちたことがあるからわかるけど、次の日なんか起きれなかったもん] ― それね、心境を言うと、負けた時って自分のカッコ悪さなんてどうでもいいんでしょ。自分がカッコ悪いとういより、応援してくれた人に申し訳ない、そればっかりなんですよ。そうしたら、お返しする、頑張るしかないんですよ。頑張ることと言ったら、お金も持っていないし、やるしかないんですよ。挨拶周りをしながら、本当に申し訳ございませんでしたと、また3年後やらせて下さいという活動が人から人への噂になりますし。[なるほどね、それは素晴らしいことですよね。当選した人はフェイスブックなんかで頭を下げる写真が載ってましたけど、落選した人はさすがに駅頭はなかったですね]

 

 

 

●最近の政治トピックス

 

 

 

私が当選させて頂いて最初の臨時国会が特定秘密保護法とか集団的自衛権、臨時国会の時にだいぶデモなんかやっていて。そんな状況の中で、参議院の本会議が朝の4時。次の日が朝の2時。その次の日が朝の1時半。何を言いたいかというと、今から10年、20年、日本は置き去りにしてきた課題を真正面から、自民党はやろうとしているんですよ。決めて行く戦いをやろうとしているんですね。そう言った意味では非常にスピードが早い。TPPの問題、税と社会保障の一体改革、教育改革の問題、凄い課題ばっかり、国民を二分するような議論ばっかりなんですよ。あまりにスピードが速い。[絶対多数が多いからですか。全部、賛成で終わっちゃうからですか?] ― それが違うんですよ。3年3カ月、野党をしているじゃないですか。あの時に先輩の国会議員、徹底的に地域に帰っているんですよ。自分の地方に帰っているんですよ。もう一回、国民の意見を聞いていて、いかんこれはと。10年、20年問題をこのまま放置しおったらいかんと。バラツキの政策、バラマキの政策、耳触りのよい政策やりおったらいかんと。根幹的な問題はなんだと。そうしたら、党是である憲法改正とか、安全保障であるとか、社会保障とか、教育だって、偏向教育じゃなくて、ちゃんとした保守系の教育をしていくためには、やっぱりこれをやらなあかんとか、かなり揉んできているんですよ。その中にぼくらパッと入ってですね。そんな話を聞いたら凄いなと思いながらも、いや、ちょっと国民に聞きたいと、帰って県民に聞きたいと、こういったことがあるんですけど、みなさんどう思われますかとか、反対にいい知恵ありませんかとか、その時間がないんですね。だからメディアがやたら早く決めていく、強権だとか言いますけれど、自民党は3年3カ月、やらなければならないことを明確にしておった分、スピードをバンバン、バンバン上げてきている。それに関してはやっぱり、よくよく理解をしてなおかつ、国民に説明をして、国民から意見を吸い上げるシステムを個々から作っていかんと、いかんなという気が非常にしますね。[かと言って、法案が決まらないと、必ず政権与党は言われますけどね。私なんか決まった方がいいと思うけど、すべて決めて欲しくないという方もいらしゃいますもんね] [今、必ず言われるのが、身を切る改革をしてないと、それは有権者のみなさんにどうやって答えるんですか?] ― あれもおかしな話で、12月に選挙があって3月までには自民党と公明党が定数比例30減を公表しているんですよ。それで各党もそれぞれ提案してきますよね。けど、そん中で自分らで決めれない、なぜなら、自民党と公明党がやり易いように決められたと言われるのが間違いないんで、第三者機関に研究してもらっているんですよ。どの案が一番いいか。その矢先に解散したんで。参議院も今、一票の格差が11月26日に違憲状態と出ました。私も検討会に入っていますが、要はそれぞれに利害関係が違って、さっき顔が見える、顔が見えんと話しましたけど、顔が見えん選挙だったら、大きな選挙でいいんですけど、顔が見える責任のある選挙ならば小さい選挙がいいんですよ。これとこれが対立しているから、そもそも同じになる訳がないんですよ。強行してやっていいかといったらそうではない。第三者に衆議院は決めてもらおうとしている。参議員はこれからですけど、もう次の選挙まで1年半なんで、無責任なことは出来ないんで、削減案をちゃんと国民に説明してから、場合によっては採決でも決めていかなきゃいかん大事な問題だと思っています。[いつまでにやるんですか?] ― 来年の通常国会までにやらないと間に合わないです。法案を変えていかないと。参議院の場合は県と県の合区とかの問題が出てるんで、民主党と公明党とは案が違うんで。[何人ぐらい、切るんですか?60人ぐらい切らないと国民は納得いかないと思うんですけど] ― ほんとにそれをやってええか、ということを国民のみなさんに訴えたいというか、ご意見を聞きたいと思うのは、国会議員というのは地域のことも当然やっていかんといかんし、やっぱり地域の声を国政にもちゃんと反映していかなければいけないし、それがただ単に減らされてそれでいいのかと、いったことをちゃんと議論していきたいと思っています。個別に言えばいろいろ理由が実はあります。都市ばっかり議員さんが増えたら、都市型政策になるんですよ。人も金も物もそっちに移動するんですよ。日本がそのままそれで成長するかと行ったら、成長しないですから。その場合に地方にも案分していくべき、それは一票の格差をまた別の問題としてね。その前に憲法改正もしていかんといかんということですね。[0増5減ですでに減っていますからね。高知はね] ― 減っていますね。大きな問題で、人口が少ない所から切られて行くんですよ。面積は広いですからね。[待機児童問題はどうですか?待機児童、高知県にもいるんですか?] ― 高知県にもいます。自民党は待機児童30万人を解消するというお約束を。そう遠くなく待機児童の問題は解消しますけど、ただそれもですね、国が待機児童の問題を解消すると言ってですね、地方に財源の手当てをして、地方で考えてやって下さいとやると、おかしなことが起きるんですよ。子どもの教育に悪い所に保育所作ったり、保育園作ったり。[地方がやると一番わかっているじゃないですか] ― あえて個別の所を言いたくないけれども、大都市の市町村がお母さんのことを考えて、地下鉄の高架の真下に窓が一つしかない所に保育所を作るとかですね、待機児童をまず解消しましょうと、その時にお父さん、お母さんのことを考えたら交通の便がいいところがいいでしょうと、作っていくのはいいんだけど、じゃそれが子どもの教育にもいいのかと。それは問題が出てくるんで。[それを国で管理するんですか?] ― 国で管理は出来ませんので、やっぱり市町村に任せることになりますけど、たとえばそれに対してのアドバイスとか、情報発信であるとかいうことをやっていかんといかんですよね。市長さんだって、待機児童を解消しますと言って、3年後に解消しますと言って、パンパン、パンパン建てたら聞こえがいいじゃないですか。実質、中身がどうかということになってくるじゃないですか。たとえば、保育所を作って地域の人がそれに参加するような体制を一緒に作るようなこととか、いろいろやり方あると思うんですよ。ただ、子どもにとって何が一番いいかを優先をしないといけないし、親はその後ですよ。[待機児童問題って誰も反対する人がないじゃないですか。特定秘密保護法とか原発問題とかと違って。どうしてそれなのに、菅政権からずっと待機児童問題を総理が言っている訳ですよね。元々地方の問題だったのが、それでも解消出来ないという] ― 待機児童解消というのが、例えば保育園とか保育所に入れることがお父さん、お母さんのためにいいのか、子どものためにいいのか考えていくと、ちょっと私は考え方が違っていて、女性の活躍と言って、働きたくない女性を働かす必要ないと思うんですよね。家庭で幸せに育児が出来る状況を作ることも大事であって。[本当にそうしたいですよね] ― だからそれに対しても選択性があるように、家庭にしても仕事にしても女性が輝ける社会と安倍総理は言い直しましたけど、そのとうりやと思うんですよ。[でも、今回も女性の国会議員は一割にも満たないんでしたっけ、一割を超えたんでしたっけ。代47回総選挙は。少ないですね、女性は] ― 少ないけど元気ですよ。[安倍さんも上場企業に三割配置とか言って、自分は出来なかったですもんね] ― だから今の女性の議員さん、特に自民党の女性議員さんは優秀ですし活発ですし努力もしていますし、ああゆう方々がどんどん頑張れば、若い官公庁の役人さんが私も出たいということになれば、それに対して止める必要もないし、かえって女性が出ることによって、女性がでるんだったら女性を優先してやろうかという雰囲気を作らんとね。[よくわかりました]

 

 

 

●今だから言えるあの日のあの出来事

 

 

 

[裏話的なものをみなさん話して下さっていますが] ― 国会の中ですか?[そうですね。そう言えば、高野先生は為公会なんですか?] ― 為公会です。[為公会つながりで今、来ているんですね。為公会と言えば、務台俊介さん、この番組に来てくれたんですけど、大変ですよね、麻生さんがね。また問題発言しちゃって] ― あー、そういう話か。(困った顔をして腕組みをして)そういう話、あるけど言えません。ひとつ言えば、筋は通した、男は通した、これだけ。まあ、そりゃ、そうゆうことですわ。[なんですか?それ?] ― (笑)これね、自分のお墓まで持って帰ることなので、それは言えません。[お墓まで持って行く話って、みなさん結構ありますよね(笑)] ― (笑) ありますよね。面白い話がいいですか?悲しい話がいいですか?[面白い方がいいです] ― 悲しい話が結構多いんですよね。面白い話か・・・。何かある?(秘書さんに問いかける)[河野談話を見たとか、聞いたとかね] あーあれね、あれヤバいかなあ。[ヤバいこと満載ですよ(笑)] ― あのね、あー、あれヤバいかな。(笑) 洋平先生に関わることだもんな。まあ、洋平先生は素晴らしい方なんですけど。[麻生先生は問題発言をされて] ― いや、麻生先生は身内の親分を褒める訳じゃないけれど、それはね、素晴らしい人ですよ。本当に義理堅いし人情家だし。たとえば、国会議員って、私ら一期生って、いいとこで飲んでると言ったら大間違いで。[隣の居酒屋でしょ。折りおりとか番屋だよね(笑)] ― 行きますね。麻生会長ね、どんなに疲れちょっても、どんなに忙しくても、一次会から三次会までおってくれるんですよ。途中で抜けてもまた来てくれるんですよ。びっくりする。[それ尊敬するね~。私、自分の会でも帰っちゃうもの。眠いと(笑)] ― たとえば、高知の私の支持者と名刺交換するでしょ。そうしたら、必ず筆で手紙を書いてくれるんですよ。みなさん、びっくりするんですよ。あれだけ忙しいのに。[三次会まで居るって、凄いと思う。体力がないと出来ない、健康じゃないと出来ない] ― 人を知っているし、知ろうとしているし、相当大事にしてる。それが凄い。でも、そんな話じゃないですね。(会場から笑いが起こる)えー、おもろい話・・・

 

私の人生、あんまり面白くないんで。[そんなことないですよ。面白そうですよ] ― みんな楽しそうっていうんですけど、家に帰ってライトひとつにして、片隅で膝を組んで反省している。[お子さんはいらっしゃるんですか?] ― ひとりいます。5歳で新極真空手をやっているんですけど、あと五年くらいしたらちょっと負けそうなんで。(笑) おもろい話・・・おもろい話っていうかやっぱり・・・硬くなるね。[いいですよ、硬くても] ― 本当に今でもフル全開で緊張感持ってやっています。日々、毎日ね。だから、やっぱりよっぽど勉強せないかんし、発言力も強めなきゃいかんし、人も説得せんとかんし、仲間作りもせんといかんし、国民の声も聞かんといかんし。[やること満載ね、国会議員は] ― だから、非常に緊張感を持ってやっていることが楽しいですかね。[息抜きはどうするんですか?という質問がたぶん来ると思いますよ。どういう時、息抜きなんですか?それだけガチでやられていて] ― 僕、趣味でオートバイに乗りおったんですよ。結構、大型ね。あと、フィッシングですね、かつおを釣るんですね。かつおさばいて食べるんですけど。うなぎとひらめとかれい意外、全部さばけるんですよ。自分で料理するんですよ。それも二年ぐらいやっていないんですね。[だから、全部仕事ですね] ― そーですねー。あんまり飲んでいても楽しいと思いませんし。仕事がやれたら楽しいですね。でも、早いんですよ。朝はいつも4時半から5時に起きているんで、10時位に寝ないと、サイクルがおかしくなってくるんですよ。[赤坂の土佐料理に行かれるんですか?] ― 行きますね。[高いでしょ?] ― でも、基本、割り勘なんで。[なんで、あんなに高いんだろうと思って。民主党政権の時、外に新聞記者、テレビ局、当時はいましたね] ― あ、祢保希(ねぼけ)? あれ、山本有二先生の奥さんの実家。この間、祢保希(ねぼけ)でカタールの大使と会食させてもらってね、くじら食べてもらって、大喜びだったから、「大使2020年のオリンピックに高知県で合宿して下さいよ」とパンフレット渡してニコニコしていました。やってくれるかなあ。[山本有二さんも凄いですよね。祢保希(ねぼけ)のオーナーであり、弁護士であり、国会議員であり、井浦新の親であり。凄いね。あと何とかという俳優さんの親なんですよね] ― 8期当選で今度9期目で圧勝だったでしょ、やっぱりねえ、普段の活動も地道ですよ。中谷先生も山本先生も、凄いところは、僕もそうですけど、土曜日、日曜日必ず帰って地域を回っていますからね。あの年代ですよ。これは凄いですよ。[井浦新さん、最近有名になったから、知らなかったんですよ。山本有二先生の義理の息子さんだって。だからね、娘の婿にばっかり、頭下げたり握手しに行くんだって、ちょとっと疑問だったんですよ] ― ほんまに、ええ俳優さんですよね。三島由紀夫さんのあの演技みたらね。[そんじょそこらの方と違いますよね] ― 面白い話、ないです。すみません。

 

 

 

Q1;自分が大学生なんで、大学時代のことを聞きたいんですけど、東京農業大学を卒業されたということで、それから政治の世界に入られたきっかけというか、秘書になられた理由というのはあったんですか?

 

A1;私は大学3年の時にもう名前は出しませんけれど、神奈川の自民党系の国会議員の事務所にインターンシップに行っていました。なおかつ言えば、選挙の時に行っていました。その時に東大とか早稲田とか慶応とかインターシップとして受け入れているところがあって、自分は元々政治家志望だったんですけど、そこで切磋琢磨をその学生とかとしながらですね、今の自分の能力の立ち位置、やる気の立ち位置、情熱の立ち位置そういったことを確認をしながら、研さんを積んでました。大学はですね、私は食糧問題がこれから一番の日本のテーマになると思っています。国内で食料自給率を上げて、いざという時には自分達で食える状況を作っとかんといかんというという思いで、本格的に農業を勉強しようと思って行きました。県議の時もそうでたし、国会議員に出る時もそうですけど、自分が何のためにやるかということをまず、自分の腹の中に入れておかないといけないし、伝わる訳ないということがあって、その時に座学だけで勉強したらあかんということがあって。政治家を目指すんだけど、自分はこれをプロパーで臨んで達成をしたい、その時に一番大切なのが食糧とか水とかエネルギーの関係もやっていますけど、ちゃんと勉強したいというのがありました。[エネルギーってどういうことですか?] ― たとえば、高知はメタンハイドレードってあるんですね。これを2018年までに経済産業省が商業化をすると、前進はしているんですけど、メタンハイドレード、一回採掘をして精選をしてガスにすれば、それは日本の国内の自給は担えますよ。100年分あるんですから。日本が使うすべてのエネルギーの100年分が高知の南海トラフト沖にあるんですよ。掘削したら出来るんですよ。それをやれば今のLNG、輸入している天然ガスよりも二酸化炭素、CO2の排出量が10倍、20倍になると言われているんですよ。方や、シェールガスであるとか、シェールオイルであるとかいうものであるとか、今は原油が下がっていますけれど、エネルギーをどれが一番、負荷がかからなくて環境に良くて、コストに良くて、いうことを示していかんと。日本は第二次世界大戦の時もそうですけど、そもそも食料とエネルギーに枯渇をしちょってああいった状況になったということもあるんで、日本の積年の課題なんですね。その上に経済があって、その上に教育があって、その上に福祉があるといったようなことを考えると、このふたつの問題に道筋をしっかり付けていくことが私達の責任だというふうに思っています。

 

Q2:今先生は参議院でいらっしゃいますけど、衆議院だったらこういうことが出来たのになあというのはありますか?

 

[そうですね、男たるもの衆議院という代議士の方、結構いらっしゃいますもんね]

 

A;2 私ねえ、本当に参議院で良かったと思うんですよ。いろんな理由がありますけど、さっき言った食料、エネルギーの問題とか憲法改正の問題とか、選挙区の問題って1年、2年で決まる話じゃないんですね。大局を見据えて人口の構造であるとか、日本の食糧自給であるとか、経済状況であるとか食糧事情の中でベストミックスをしなきゃいけないんですね。ということは、ちゃんと地に足を付けてじっくり考えて国民に説明をしてということが出来るということ。大きな問題について6年間しっかり勉強して方向性が示せるということ、それが参議員なんですね。衆議院であると各県でも選挙区が分かれている訳ですね。ご存知の通り。県というのは警察もそうだし、地方裁判所もそうだし、教育機関もそうだし、行政もそうだし、県がひとつの単位なんですね。そうなると全体的に見た中で高知県をどうするかの観点にいつも立てるんで、そう言った意味で、なんてゆうのかなあ。僕も土曜日、日曜日、衆議院に負けないくらい帰って意見を聞いていますけど、腰をちゃんと落ち付けて、大局であるとか、大きな課題について方向性を示すことが参議院の本当の役割だと思っています。具体的に言ったら次の選挙制度の問題がありますけど、5年後は憲法改正をしっかりして、衆議院との違いを明確にして憲法に位置付けるべきだと思っています。

 

[やっぱり憲法改正になるんですか?] ― いっぱい変えないかんとこある。みんな9条、9条って言うけど、9条を変えるのは後でもいいですわ。救急事態条項であるとか、選挙制度改革であるとか、環境権であるとか、地方税との関係であるとか、天皇のことだとかとゆうことで、結構たくさんありますね。ちゃんと一つずつ出してね、みなさんに理解をして頂く、みなさんから声を聞かせて頂くという作業が必要になってきますけど。衆議院になったら、パタパタ、パタパタでしょ。[でも、選挙が決まっているというのと、わからないのとねえ。総理の専権事項って言われて嘘をついてもいいと言われると困っちゃいますよね] ― 私なんか、任期があと4年半ありますよ。でも、正直言って、選挙をやりたくてたまらない。気持はね。気持はあるんだけど、やっぱりその時の中身、意味。私はこれを問いたいから、自民党はこれを問いたいからということを明確にせんと、自己満足になるからやりません。[じゃあ、今回の大義なき選挙と言われていたのを何て切り返していたんですか?] ― いや、大義ありまくりですよ。だって、消費税にしたって何にしたって、日本を二分化するような、国民の議論をふたつに分けていることに対して、自民党はこれをやりますということをマニフェストに書いているわけですよ。ということは、自民党を真任してくれとそれをやる訳ですよ。あまりにも問題が大き過ぎるため、もう一回聞こうということは大事なことだと僕は思っていましたね。[でもね、原発問題があまり語られなかったというか、戦略として語られないのは構わないんですけど、国民の側から出なかったというのが凄く残念というか、どうなっちゃうんだろうなというのは正直思いましたね] ― 党内とか、各国会議員は説明をしているでしょうけど、それが国民とかメディアにどれだけ浸透しているのかはまた別の問題であって、こちらが反省をしないといかんし、こんなことはしませんよ。(口をふさぐ仕草をする)前回の選挙と違って、3年野党になって出なおした自民党なんで、国民のみなさまには再稼働すると言っている訳ですから、集団的自衛権も一部容認を進めていくと言っている訳ですから。TPPにしてもそうですよね。そういった選択肢を示したと。他の野党が示しているかというと、あまりに抽象的なんですね。だから、覚悟を持っての今回の選挙ですよね。[凄い勢いですね。これ野党はかなわないね。とうぶんね。(笑)]

 

今日、不安やったから、高知県の観光の職員にも来てもらって。優秀な観光の職員さんなんですよ。(笑) [観光のお話、言わなくていいんですか?] ― とにかく高知県は料理も旨いし、人もいいし。高知に来る観光客が400万人。400万人って少ないと思うかもしれないけど、今まで310万、320万だったんです。大河ドラマがあったでしょ。功名が辻とか、山内一豊の妻とか竜馬伝とかあったじゃないですか。あの時にバッとブレイクしたんだけど、終わった時に引き気味だったんです。尾崎知事がこのキャンペーンを始めてちょっと上がってきはじめて(高知家のバッチを指さす)上昇がずっと続いています。観光も一泊二日じゃだめなんですよ。めちゃくちゃ広い。海岸線が770キロあるから。僕の選挙区から室戸岬まで、車で3時間。高速道路がないですからね。土佐清水まで4時間。僕、選挙の時にここからここまで10時間くらいかかるんですよ。(海岸線を手で大きく描く)二泊三日で来てもらわないと困るんですよ。[そうなんですね。わかりました(笑)]